−−○○新聞の記事より抜粋−−
×月×日 行方不明とされていたNちゃん(9歳)、Aちゃん(9歳)、Sちゃん(9歳)を
たれ込みのあった××県××市の山中の廃屋にて県警が保護した。
被害者両親らの強い要望で事情徴収などは行われず、被害届けは取り下げとなった。
現在は病院にて療養中。
専門医師のカウンセリングを受けるも、未だに快復の兆しは見られないと聞き及ぶ。

白い壁で区切られた清潔感漂う部屋。
少し高い位置にある窓から差し込む斜光、
棚の上に置かれた花瓶に生けられた花からは、心を落ち着ける香が溢れている。
その小さな部屋のベッドの上で、なのはは生気のない瞳で鬱ぎ込んでいた。
何をするでもなく、ただ膝を抱えてじっとしている。
かつては愛くるしくクリクリとよく動いていた瞳はドロリと濁り、何も映ってはいない。
呼吸をし、わずかばかりの食事を摂り、眠る。
ただ生きているだけ、そんな形容詞がピッタリと当てはまる状態だった。
一緒に保護されたアリサも似たり寄ったりで、すずかの場合は壊れ方が特殊であったため別の病棟で専門の医師が付いた。


その日、アリサの配膳係りだった看護婦が病室を訪れ、頬に付いた食べかすを拭おうと手を伸ばした際にそれは起こった。
自分の上に差した影に、少女は全身をビクリと強張らせ、弾かれたように顔を上げた。
「ひっ! ぅあ・・・うああっ!!」
何かに怯え、見開き、瞳孔の狭まった目で看護婦を凝視するやいなや、悲鳴を上げながら
もの凄い勢いで跳ね上がりベッドから転げ落ちる。
半ば這いずるような形で壁際まで逃げ、ボードにぶつかった拍子に乗っていた花瓶が掃除されたばかりの床に落下して割れた。
瀬戸物特有の鈍めの破砕音と水が撒き散らされ、水たまりが蒼白になったアリサの顔を映す。
花瓶の破片で手を切っても意に介さず、恐ろしい物を見る目つきで看護婦を見つめていた。
いや、アリサはその看護婦を通して、きっと別の物を見ているのだろう。


「ゆるしてっ、ゆるしてぇ!!  もう痛いのは嫌っ、怖いのも嫌っ! 気持ち悪いのやめてっ!!  やめてよぅ・・・・」
部屋の隅に追いつめられ、ガタガタと震えながら許しを請う。
「しゃぶりますっ、しゃぶりますからぁっ、もう痛いことしないでぐださいぃっ!」
前歯の無い口で哀願する。
上の歯4本下の歯4本の合計8本、男に奉仕するのに邪魔なため根本からペンチか何かで引き抜かれていた。
ブチブチと震える手で上着の前ボタンをはずして行く。
かつて男達にそうしろど命じられたように。
晒け出された未成熟な肢体には、空港の探知機が騒ぎ出して止まらない程のピアッシングが施されていて
まだ小さく薄い色合いの二つの乳首に7つもぶら下がっていた。
ズボンに隠れて見えないが、陰核や陰唇にも10を越える輪っかが通されていた。
看護婦がベッドの枕元にぶら下がっているナースコールに手を伸ばす。
「705号室ですっ。 アリサちゃんがいつもの発作を起こしました、すぐに鎮静剤をっ」
連絡し終わった看護婦は服を脱ぎ捨てる少女と距離を置いた。
今近づくともっともっと酷くなることを知っていたからである。
だけど同じ階の少し離れた病室にいるなのはや、特別病棟に隔離されているすずかよりは、まだましかもしれない。
側に寄りさえしなければ、普通に話すこともできるのだ。
ガクガクと細い両の腕で自らの身体を抱きしめ、過去の幻影に怯えるアリサの姿に耐えかね、思わず目を逸らす。
廊下の向こうから、パタパタと足早に近づいてくる看護婦達の足音が聞こえてきていた。



この物語の主人公こと高町なのはに視点を移す。
静かに風が入り込んでくる窓際のベッドに、その少女は身体を起こして外を眺めていた。
ゆったりとした白い病院服に身を包み、疲れた表情で何をするともなく、ただ座っているだけだった。
控えめなノックが聞こえ、一人の女性が姿を現す。
子供を産んだとは思えないバツグンのプロポーションを持つ、なのはママこと高町桃子(3?歳)である。
「・・・・お母さん」
生気のない声で出迎えられ、自分の元気までが根こそぎ持っていかれたような気がした。
これではいけない。
自分は毎日この病室に何のために通っているのか。
娘を元気付け、心の闇を取り払い、いつの日にかまた家族で笑って暮らせるようになるためではなかったのか。
落ち着け桃子。
息を吸って・・・・吐いて・・・・
前向きに、笑顔を絶やさず。
早く平凡という名の日常になのはを戻すのだ。
さあ、今日も明るく話しかけよう。
「ーーーーあのね、お母さん」
第一声をかけようと息を吸い込んだ桃子は、そのまま呼吸を止めるはめになった。
「なあに、なのは」
努めて優しく、包み込むように、どんな話でも受け止められるように。
「昨日の夜ね、おなかの中で赤ちゃんがあばれたの」
朝からなかなかヘビーな話だった。
「わたしのおなかの中を引っかくの。 ・・・・声もするの、『ママのお腹の肉おいしいね』って・・・」
気が遠くなった。
涙が込み上げ、心の中が悲しみと絶望のだんだら模様になってどうして良いかわからなくなる。



言葉に詰まる。
「・・・・・あ・・あのねなのは」
慎重に、言葉を選んで。
「なのはのお腹の中には、赤ちゃんなんていないの。  レントゲンを見たでしょ・・・?」
事実である。
なのはにはまだ初潮は来ておらず、排卵も確認されていないため妊娠するのは不可能なはずなのだ。
精密検査も受けた。
だがしかし、少女の腹部は妊娠6ヶ月ほどの妊婦のような盛り上がりを見せ、パンパンに張っていた。
レントゲン撮影では、膨らんだ胎内には何も映ってなどいない。
いわゆる想像妊娠、というやつだろうか。
「わたし、もうすぐ死ぬのかな。 お腹の中を食べる音がするの」
ここからでは掛け布団で隠れてよく見えないお腹をさする。
「この子がね『パパは誰』って聞いてくるんだけど、誰なんだろうね。  わかんないや・・・・」
魂の抜けたような瞳で、異様な膨らみを見つめていた。
桃子は泣きたかった。
一体全体、この娘が何をしたというのだろう、何故このような目に遭わねばならないのだろう。
理不尽極まりない、この世の全てが間違っている。
かける言葉が見つからない。
それでもどうにかしなければ。
いや「しなければ」ではなく「したい」のだ。
自分はこの娘の母親だから。
どうにか心の傷を癒したい。
どんなに深く抉られているのだとしても、いつの日にか必ず。
そうすれば、膨らんだこのお腹も元に戻る、担当医もそう言っていた。
想像妊娠は心因性によるものが強い、故になのはが懐妊していないことを理解すれば出た腹は引っ込むのだと。
とにもかくにも、孕んでなどいないのだということを解らせなければならない。



落ち着け桃子。
息を吸って・・・・吐いて・・・・
前向きに、笑顔を絶やさず。
早く平凡という名の日常になのはを戻すのだ。
さあ、妊娠していないのだということをなんとか理解させよう。
「ーーーーあのね、お母さん」
重い沈黙を破り、やっとの思いで声をかけようと息を吸い込んだ桃子は、再び呼吸を止めるはめになった。
「なあに、なのは」
努めて優しく、包み込むように、どんな話でも受け止められるように。
「赤ちゃんはね、コウノトリでもキャベツ畑でもなくて、せいえきをお腹の中に出されるとできるんだって、知ってた?
 わたし・・・・・・いっぱいおなかの中にせいえき出されちゃったから、ニンシンしちゃったんだよ」
諦めきった表情で無理に作られる笑顔は、見ている側の心を途方もなく沈ませた。
「いっぱいいっぱい、オ○ンチンをオマ○コに入れられて、お尻の穴にも入れられて。
 痛いって言ってるのに、やめてって言ってるのに・・・みんなでオチン○ンを突き刺すの・・・」
涙を流さずに泣いているかのような語り口調で、かつて自分の身に起きたことを語る。
掛ける言葉が出てこない。
「わたしのからだの中、せいえきでいっぱいだから、ツワリで吐き出すものは、ぜんぶせいえきなんだよ・・・」
想像妊娠でも悪阻(つわり)はくる。
外見の腹部の隆起だけではなく、一通りの妊娠中毒症の症状がでるのだ。
たしかにこれなら自分が妊娠していると信じて疑わないのも頷ける。
だが一体どのような目にあえば、幼子をこのように仕上げることができるのだろうか。
よほど歪んだ性教育を施されたに違いない。
カウンセリングに付き合う方も一筋縄では行かない、前途多難である。
桃子は為す術を失い、呆然と立ちつくしていた。


「―――――おかあさん、またオッパイ張ってきちゃった。
 少し外に出ててくれないかな」
そう言って服を脱ぎだし、側に置いてあった金属製のボールを手に取ると
慣れた手つきで搾乳を始めた。
洗濯板のような薄く平坦な場所に小さく息づく桜色の突起。
左右両の乳首をキュッ、キュッと摘むたびに乳白色の液体がほとばしり、ボールを白く満たして行く。
「わたし『メスブタ』のはずなのにミルクが出るなんて。 これじゃあまるで『メスウシ』だね」
パタン・・・
病室の扉を静かに閉じ、俯いていた顔を虚空を見るように上げる。
前髪に隠れてその表情は見えない。
背中を扉に預け、そのままズルズルとしゃがみ込んだ。
細い肩がわずかに震え出す。
念のために言っておくが、笑っているのではない。
一滴、二滴・・・
声を押し殺し、頬を伝い落ちた熱い滴りが上着の裾を濡らしてゆく。
桃子はただ、ただ静かに泣いた。


↓3人目の被害者・すずか編はまるまま追加です。
君が望む永遠からも看護婦の星野文緒と天川蛍が特別出演してます。
なにせどちらも舞台は同じ横浜・鳴海埠頭周辺ですから。


3人目の被害者である月村すずか。
彼女らの中で最も酷い有様であったため、現在親族も含め面会謝絶の状態であった。
「どうでした文緒っち、すずかちゃんの様子は・・・?」
ちびっ子ナースこと天川蛍は心配そうな顔で、ナースステーションに戻ってきた同僚の看護婦・星野文緒に尋ねた。
すずかの病室には現在、若干名のベテラン医師・看護婦の立ち入りしか許されておらず、
部屋に入るときは常に3人以上でなければならない決まりもあった。
患者が暴れ出したときに二人で押さえ、もう一人で施術するためである。
戻ってきた文緒はなんとも言い難い表情で天川を一別して、目を逸らした。
「3人娘の中で一番酷かったって事、知ってるよね〜
 隔離病棟で家族すらも面会謝絶・・・・・・・・・・・・どうしても、聞きたい?」
もの凄く、重い声色だった。
「あややや・・・・・やっぱりいいです」
文緒の様子に、なんだか軽々しく聞いてはいけないような気がして、突きだした両手を慌てて振った。
「そうよね〜。 そのほうがいいと思うな〜、あたしは。
 ・・・・・・酷いよね、あんな小さな娘があんなふうになるなんてさ。   人間のすることじゃないよ・・・・」
ボソリとこぼした最後の言葉は、いつものかったるいしゃべりではなく、深い悲しみと怒気を孕んでいた。
何かに耐えるかのように握りしめられた拳。
俯き、奥歯を噛みしめる。
見つめる先は、今し方取り替えてきたばかりの、堅いゴム性のベルト。
それはすずかをベッドに固定するためのものだった。
二カ所程、赤黒いものがこびり付いている部分がある。
血だった。
それが誰の物かは、言うまでもないだろう。
ただ、足の拘束具は従来の足首にはめるものではなかった。
なにせ彼女の両の膝から下は、何もないのだから。
文緒は初めて、比較的正気でいたときのすずかとの会話を思い出す。



『・・・・・・・・あの、すみません。 かゆいところがあるんですけど、かいてもらえませんか・・・?』
『ん? 遠慮しないで言ってごらんよ』
『・・・・・・・・・えっと・・・・・・・右の脹ら脛』
言われた場所を掻こうとしてベッドに横たわった少女の下半身を見ると、少しおかしかった。
足の部分の膨らみは、途中で消えてなくなっていたのだ。
『あ・・・・・あの、じゃあお腹、かいて貰えますか? かゆいんですけど掻けなくて・・・』
正気でいられる時間は短く、いつ暴れられるかわからないので拘束具で固定されたままだ。
『え? あ、うん・・・・・・・・、じゃあちょっと失礼して』
掛け布団をめくり、パジャマの上からではどうかと思い、それもめくる。
すると、いびつに引きつった皮が見えた。
腹部にある3つの手術痕。
助け出された後に精密検査を受けた結果、彼女の臓器はいくつかがなくなっていた。
おそらくは臓器売買にでも使われたのだろう。
若くて新鮮な臓器は、さぞや高値で売られたに違いない。
生きるのに支障はないとはいえ縫合はおざなりで、発見された当初は患部周辺の皮膚が壊死し始めていて
聞く所によると蛆まで沸いていたらしい。
『あの・・・とてもかゆいんです』
辛そうにする少女。
しかし、文緒はついに掻くことはできなかった。

そんなやり取りを思い出すと、胸の奥からまた熱いモノが込み上げてくる。
文緒が悲しみを堪えていると、廊下からヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「え〜っ、どおしたの、その血だらけの包帯。 ここ外科病棟じゃないんだよ?」
「916号室の、あの娘の。 点滴とかオムツ取り替えるのだけでも大変なんだから」
「あ〜、そういや医局の本田のジジイ、顔にすっごいキズ作ってたけど・・・」
「薬届けに部屋に入ったらやられたらしいよ、拘束具が甘かったんだって。 だけどさ、あの娘キモち悪いよ。
 ブツブツ言ってたかと思ったら、急に暴れ出すし。 顔面に巻いた包帯の下なんてもう
 見たらご飯マズくなるっつの」


失笑し、気味悪がり、そのネタで盛り上がる二人の看護婦。
バタンッ!!
勢いよく扉が開いた。
そこには怒りを露わにした文緒が立っていた。
「嫌なら二度とやらなくていいよ、月村さんの世話はあたしがするから!!」
星野と目を合わせた二人の看護婦は、ギョッとしてすぐに視線を逸らした。
「・・・・・・じょ、冗談だよ、ねー?」
「そ、そうそう〜」
迫力負けした二人はヘラヘラとへつらいながら、わざとらしく散っていった。
その様子を苛立たしげに見つめながら、彼女は不憫な少女に思いを馳せる。
そして硬い決意を胸に抱く。
いつの日か、いつの日にか必ず、あの娘に笑顔を取り戻させよう、と。
顔を引き締め、背筋を伸ばす。
そんなとき、ナースステーションにコールが入る。
「文緒っち、701号室の前田のお爺ちゃんが、また抜け出しました!」
それを聞いた文緒はうんざりとした顔で、背が低いためカウンターに隠れての見えない相棒に向かって指示を飛ばす。
「クソッ、またあのジジイかぁ〜。  天川! 全館にスクランブルかけて。
 すぐに出入り口を封鎖、絶対に外に逃がすなってね!!」
ラジャーッ!!と可愛く敬礼を返し、小さな看護婦は小さな肺に空気をいっぱいに吸い込んで、マイクへと手を伸ばす。
『アー、アー、ゴホン。 業務連絡、業務連絡、105発生。  繰り返します・・・』
天川の声が全てのスピーカーから鳴り響くなか、文緒は自らの仕事を全うすべく駆け出して行った。

END

・・・・・いつのまにか星野さんが主人公(?)になってしまいました。
ようやく最後の月村すずか編を書き上げることができました。
読んでいただいた方、ありがとうございました。
そして都築真紀先生、リリカルなのはが好きな人、ごめんなさいでした!

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