拙いながら、腕試しに書いてみました。

ただ、非エロ部分が多くなってしまったので、まとめてロダに。

うPろだ 2号 54961 ちょっとした話.txt

ファンタジー寄りでスカ有りですので、ご注意を



 新月間近の細い月が、頼りなく地上を照らしている。そのか細い光すら届かない森の中で、20人近い男たちが肩を並べ、時を待っていた。善良な人々であればそろそろ明かりを落とし、明日に備えて寝床に入るであろう時間であるが、男たちは不揃いの得物を手にし、不敵な笑みを浮べている。どうやら、まだ一仕事するつもりでいるらしい。中央に焚かれる炎が照らす横顔には、一つとして眠気を浮べているものが無い。
「遅くないか?」
「・・・・・いや、こんなものだろう」
 男たちの中心に座る、まだ若い男が、それよりも更に若い、恐らくは20をすぎて間も無いであろう男に声を投げた。内心の不安を形にしたその声を受けながらも、男は表情をまるで崩さず、落ち着き払っている。その声に心強さを覚えたのだろう。問いかけた男も落ち着きを取り戻し、重々しく腕を組んで地面に座り込んだ。
「のんびりと座っている暇はなさそうだぞ、アル」
「ん・・・、来たか」
 アルと呼ばれた男が座って程なく、一つの人影が闇の中を駆けて来た。夜目が効くのか、明かりに乏しい森の中だというのに、松明すら持たずに走っている。男は一団の中に走りこみ、並んで座る二人の前に膝を突くと、年上の男を見上げて薄く笑った。
「客は全員出て行きました。残っているのはあの家族と使用人だけです」
「よし、予定通りだな、クルツ」
「・・・行こうか」
 アルの声に、クルツと呼ばれた若者が頷いた。松明に火を移し、焚き火に土を被せて炎を収める。暗い森の中で唯一となる光源を手にした男は、周りに控えている男たちの先頭に立って歩き始めた。
「・・・・・」
 森を抜け、開けた草原へと出た男たちは、無言で一つの方向へ目を向けた。小高い丘の上に立つ、壮麗な館。普通に暮らしている者たちであれば、一生働いたとしても手に入れることなど出来ないであろうその館は、しかし、一人の金持ちにとっては、いくつかある別荘の一つでしかない。何を思うのか、松明を踏み消したクルツは、星明かりに浮かぶその館を無言で睨みつけていた。
「行くぞ」
「おう」
 アルの声に、男たちが声を揃えた。アルとクルツとが先頭となって走り出し、それに一団の男たちが続く。程なくして館の前に取り付いた男たちは、重たく閉ざされている正門を乗り越え、館の玄関へと向かった。当然のごとく、玄関は閉ざされて鍵が掛けられていたが、それを理由に訪問を延期するほど躾の良い男たちではない。一人が慣れた手つきで鍵穴を探ったかと思うと、しっかりと鍵が掛けられていたはずの扉がゆっくりと開き、男たちをホールへと招きいれた。
「役割は決めたとおりだ。派手にやれ!」
「うおおおおっ!!」
 クルツの言葉を切っ掛けに、20人近い男たちが一斉に雄叫びを上げて駆け出した。客を招いてのパーティーが終わり、ようやくに喧騒から開放されたばかりの館の中が、それまでとは全く異質の、気品の欠片すらない粗野な声で満たされる。食堂で後片付けをしていたメイドが驚いたのだろう。食堂の中からは食器が割れ砕ける音が響き、同時に甲高い悲鳴も聞こえてくる。少し遅れて二階からも悲鳴が伝わり、暴れまわる男たちが扉を蹴破る乱暴な音が耳を叩いた。
「な、なにをするんだ。金は・・・金なら全部やるから、乱暴は止めてくれ」
「ほう・・・。随分と気前のいいことだな」
 二人の男に挟まれて運ばれてきた中年男が、左右に向けた言葉を受け、クルツが皮肉を表情に浮べた。同じ顔のまま中年男の後ろ、遅れて連れて来られた二人の女性をも見やる。恐らくは男の妻と、その娘だろう。昔日の美貌を引きずる中年女性と、二十前の気の強そうな顔立ちをした女が、乱暴に床に突き倒されて震えている。若い女性はその整った顔に怒りを浮かべ、長い茶髪を揺らして抗議の声を上げた。どうも、恐れを知らない性格をしているらしい。
「な、なによ、あなた。何をするつもりなのよ?!」
「ほう、あいも変わらず気が強いな。あれからもずっと、我がまま放題で生きてきたんだろうな」
「・・・何を言ってるの? あなたみたいな人に知り合いはいないわよ」
「リアンお嬢さんが覚えているとは思ってないさ。だが、グーディ。あんたは覚えていないか?」
「な、何をだ?」
「8年前に雇っていた、庭師の事だ」
「8年前・・・・。ま、まさ・・・か・・」
「ほう、さすがに覚えていたようだな」
 満足げに笑い、クルツは腰に下げていた剣を引き抜いた。片手でぶら下げ、鋭い視線で中年男の脅えた顔を射抜く。
「庭の花を荒らす我侭娘に注意をしたばっかりに、親父は泥棒の汚名を着せられて牢で首を吊った。それから、俺たちがどんな目にあったと思う?」
「し、しかし、あの時は、判らなかったんだ。本当に盗んだとばかり思っていたんだ」
「少し調べれば判る事だった筈だ。お前が娘の言葉を鵜呑みにしたせいで、俺たちは街を追い出された。どこへ行く当てもないままな」
「う・・・、だ、だが・・・」
「僅かな蓄えなど、すぐに尽きたさ。家も食いもんも無く、ミリーは寒さに震えながら死んでいった。お袋も・・・後を追うように・・・死んだよ」
 かわいがっていた幼い妹の、最後の姿が思い浮かんだのだろう。クルツの瞳が僅かに潤み、それを打ち消すかのように激しく首を振る。再び冷たい笑みを貼り付けたクルツは、細かく震える手で体を支えている、中年男へと視線を戻した。
「そう脅えんでもいいさ。何しろ、過ぎたことだからな。金だけ貰えば、俺は忘れるよ」
「そ、そうか、そうしてくれるか」
 その言葉に、それまで震えていたグーディが喜色を浮べた。クルツは口の端に酷薄な笑みを浮かべ、卑屈な中年男を冷たく見下ろす。
「だが、親父は恐らくまだ怨んでいるだろうからな。悪いが、直接謝ってきてくれ」
「な・・、それは・・・どういう・・・ぐっ!!」
「ひっ! い、いやあああっ!!」
 問い返す声の主を、クルツは無造作に貫いた。剣で喉を刺しぬかれ、グーディーは目を見開いたまま固まる。商人としては強引で、相当に厚顔な男だったが、人間としては、喉を貫かれても生きているほどに厚かましくはなかったようだ。クルツが剣を揺すり、ゆっくり引き抜くと、力を失った体はそのまま後ろに倒れ、豪奢な絨毯の上に血溜りを広げた。目の前での惨劇に恐慌をきたしたのか、まだ命を保っている母娘が甲高い悲鳴を上げ、無様な姿で後ずさっていく。クルツは表情を変えずに血塗られた剣先を中年女性に向け、緩やかに一歩足を進めた。
「あいつも一人では寂しいだろうよ。長い間連れ添ってたんだ。付き合ってやりな」
「い、いやっ! たすけ・・・ぎゃううっ!」
 命乞いの言葉に耳を貸さず、クルツは紅に染まった剣を振るった。夫の命を奪った剣は、その直後に妻の命を奪い、その身に纏う血を濃くしている。そんな剣を下げた男に見据えられ、落ち着いていられる女はそう多くないだろう。リアンはそんな例外ではないらしく、歯を鳴らしながら瞳を落ち着き無く揺らしている。どうやら失禁したらしい。へたり込んでいる女性の周囲の絨毯が、その尻を中心に色を変えている。
「さて・・・・・」
 剣を彩る血を振り払い、クルツは残虐な薄笑いを浮べてリアンを見やった。目の前で父と母とを殺され、今まさに自分の命も奪われようという状況に、わがままに育てられたお嬢様も、いままで使ったことが無い媚びた笑みを浮べていた。
「お、お願い・・・・殺さないで。お願い・・・助けて」
「ほう、お嬢様は命が惜しいか」
「う、うん。お願い、何でもするから、お願い・・命は・・・命だけは助けて」
「・・・・・・いいだろう、助けてやるさ」
(命だけはな)
 心の中でそう付け加えながら、クルツは下げ持っていた剣を鞘に収めた。当面の危機から開放され、床の上で呆けている女を見下ろし、その背後で様子を伺っていた男達に目を向ける。
 言葉に出されずとも、その意図は明らかだったのだろう。男たちは床に転がる二つの死体を引きずって隣の部屋に放り込み、リアンを取り囲む位置に戻ってきた。危険を犯して金持ちの家を襲った以上、それなりの楽しみを期待するのは当然の事だろう。その楽しみの一つが、これからこの場所で得られる事を、彼らはよく知っていた。
「いいのがいましたぜ。どうですか、こいつらは」
 他の部屋を荒らしていた男たちが、二人のメイドを乱暴に引っ張りながらホールに現れた。二人とも二十歳前後だろう。一人はウェーブのかかった金髪を短めに纏め、もう一人は長い黒髪を背中で束ねている。どちらもおとなしい性格をしているのか、男たちに引かれて素直に歩き、リアンのように抵抗を見せていない。もっとも、そうでなければ、他の使用人達のように、言葉を口に出来ない存在に変えられていただろうが。
若い女の姿に、財貨を手にした男たちが足早に階段を駆け下りた。男たちは一人の例外とて無く返り血を浴びており、部屋の中にはむせるような血の臭いが立ち込めている。その臭いは、この館にあって命を保ってる住人が、この場の三人の女性たちだけであると、雄弁に物語っていた。
「揃ったようだし、始めるか」
「そうだな」
 部下たちが揃ったのを確認し、アルがクルツに声を投げた。男たちが作る輪の中に入れられ、体を寄り添わせて脅えている二人のメイドと、その前で一人震えているリアンを見やり、冷たい笑みを浮べる。
「お前たち、名は?」
「・・・ノ、ノルト」
「ルティス・・・です」
 揃って脅え、口を開けるような状態にはいない。だが、鋭い視線で睨まれて、黙り続ける事はできなかったようだ。クルツの目線を先に向けられた金髪のメイドが、震える唇をためらいがちに開き、それに遅れて黒髪の女性が己の名を告げる。二人の名を知ったクルツは小さく頷き、冷たい表情のまま顎でリアンを指し示した。
「その女を裸に剥け」
「・・・お、お嬢様・・・を・・・?」
「そんな・・・こと・・」
 予想外の命令に、二人のメイドは躊躇い戸惑っている。忠誠心からではなく、他のものに原因を帰する困惑であると、傍目にも判る二人の表情に、クルツが僅かに唇を曲げた。同時に、互いに顔を見合わせている二人を、不機嫌なリアンの視線が等しく見やり、それに気づいたメイドたちが脅えて体を引く。
館の中にあって強権を握っていた事は想像に難くないが、それにしてもあまりにも不自然なその態度に、クルツが眉を寄せ、金髪のメイドに顔を向けた。押し入ってきた男に睨まれるよりも、今は無力な女の目のほうが恐ろしいのだろうか。ノルトと名乗ったメイドは、クルツの視線を頬に受けながらも、ただ困惑を浮べたままリアンを見つめている。
「何を脅える? こいつはただの無力な女だ。お前たちが何をしようと、逆らう事すらできんのだぞ」
「ほ・・んとう・・・に・・・?」
 相手を上目で見上げる事が癖になっているらしい。人に仕えることを仕事としていたとはいえ、あまりに卑屈なその態度に、苛立ちと同時に憐憫が感じられる。
「カルナを助けてあげて・・・」
僅かに表情を緩めたクルツが、再び口を開こうとしたとき、それまで発言を躊躇っていた黒髪のメイドが言葉を発した。聞き逃しそうなほどにか細い声で、初耳の名を口にされ、周囲の男たちが顔を見合わせる。同僚の声に切っ掛けを得たのだろう。ノルトが顔を上げ、クルツとアルの前に進み出た。
「お嬢様の部屋の奥に、もう一人います。どうか、助けてあげてください」
 押し入ってきた男たちに向けて、館のメイドが口にするような言葉ではない。繰り返されたその願いに、クルツは再度首をかしげたが、その答えがどこにあるかは判っている。勝手な事をしないように男たちに命じ、アルと共に二階へと足を向けた。
「ここか」
 リアンを連れ出した男の案内で、その部屋を訪れたクルツは、やたらと豪奢なベッドが置かれた部屋の中に足を踏み入れた。最大の目的であったリアンの確保を遂げた後、特に探索もしていない部屋の中は、恐らく最初に抵抗を見せた跡なのだろう。入り口近くが乱れていたが、それ以外は整ったままになっている。クルツは先に立って部屋の奥へと向かい、突き当りの側面に、不自然に取り付けられた扉を見つけた。
「・・・・・」
 無言で扉を押し開いたクルツが、思わず顔を顰めて背後を振り返った。すぐ後ろに立っていたアルも同じ事を感じているのだろう。同じ表情で小さく頷き、部屋の中へと進む。
「リ・・・アン・・・様・・・・。お許し・・・くださ・・・・・お・・・ゆるし・・・を・・・・・」
 部屋の奥から、途切れ途切れにかすれた声が聞こえてきた。その声を追って向けられた視線が捉えたのは、扉に尻を向けて不自然な体勢を取らされている、小柄な女体だった。床に置かれた枷で腰を固定されており、四つん這いに近い姿で、尻を突き出した格好を強いられている。
おそらくは、まだ少女と形容しても差し支えない年齢なのだろう。板に隠されて胸や顔は見えないが、こちらからでも確認できる小さなお尻や、毛の薄い秘所のありようから、それがうかがわれる。
女性にとって最も大切な場所を隠す布すら与えられず、さらしものにされている少女の尻には、赤いみみずばれが痛々しく刻まれていた。この場所に、この姿で固定されてからどれほどになるのだろうか。小さなお尻の下には汚物の塊が転がり、小さくない水溜りが膝を浸して広がっている。部屋の扉を開いた瞬間に感じた、異臭の原因を見下ろし、あまりの惨さにクルツが無言で首を振った。
「あの女たちが脅えるのもむりはないな」
「一度や二度ではないだろうしな」
 凄惨な仕置きの現場の有様は、修羅場に慣れた男たちを辟易させるに充分なものだった。暫くは互いに無言で視線を交わし、やがてクルツが深いため息とともに言葉を吐き出す。同じ気持ちを抱いているのだろう。アルも同じ表情で頷き、うわごとのように許しを求めている少女の体を見下ろした。
「アル、シーツを・・・」
「ああ、判った」
 幾度と無く商隊や館を襲い、女たちをモノの様に扱ってきた経験を持つ二人ですら、この少女をこのまま蹂躙する気にはなれなかった。汚物に塗れていることよりも、あまりに哀れな今の姿に、柄にも無い同情心を呼び起こされてしまったようだ。クルツが屈んで少女を押さえつけている枷を外している間に、隣室に戻ったアルが清潔なシーツをベッドから剥がして持ち込む。自分が助けられた事を理解できているだろうか。枷から開放された少女は、全裸の体を隠そうともせずに、虚無を見つめながらまだ小声で哀願を繰り返している。その痛々しい姿を見るに耐えられなかったのだろう。アルが表情を歪めながらシーツを差し出し、クルツが少女の体を包んだ。
「・・・連れて行っていいものかな?」
「連れて行くより仕方ないだろう」
 この少女の心が壊れているのであれば、リアンの前に連れ出したところで、これ以上悪くなる事は無い。そして、単に錯乱しているだけであるならば、自分をあの惨状に追い込んだ、そして本来であればそこから開放する権限を有している相手を前にすれば、自分を取り戻す事だろう。そのどちらであるにしても、少女をリアンの前に連れ出して不都合はない。そして二人のメイドたちにこの少女を解放したと知らせるには、その場に連れて行くのが一番手っ取り早い。
「恐らく、ちょっと混乱しているだけだろう。メイドたちがなんとかするんじゃないか?」
「そうだな・・・」
 他になにか考えがあるわけでもない。アルはその言葉に頷き、歩き始めた。クルツは怪しい匂いを漂わせている少女を支え、その後を追っていく。
「カルナ!?」
 クルツの腕の中に収まった小柄な体を見出したルティスが、驚愕を浮べて立ち上がった。さっきまでの大人しさが信じられない機敏さでカルナに駆け寄り、光を失っている瞳を覗き込む。
「カルナ! カルナ! しっかりして! 判る?! お姉ちゃんだよ! カルナッ!」
「・・・お・・・姉・・ちゃん・・・?」
 聞き慣れた声に、深く潜っていた心が浮かび上がってきたのだろうか。ルティスが少女の頭を抱き、名を繰り返すうちに、カルナの瞳に生気が蘇ってきた。まだぼんやりとしているが、意思を持った声で問い返し、自分を抱きしめている姉を見やる。
「お姉ちゃん・・・、私・・・どうして・・・?」
 自分が置かれている状況が飲み込めないのだろう。周囲に群がっている見知らぬ男たちと、自分を支えているやはり知らない男。それらを不思議そうに眺め渡していたカルナの目が、男たちの輪の中で震えている女主人を見つけて止まる。体に刻まれた恐怖が無条件に反応しているのだろう。シーツを通じて、カルナの震えがクルツの手に伝わる。
「お姉ちゃん・・・」
「ごめんね、カルナ。これからどうなるか、お姉ちゃんにも判らないの」
 妹が向けてきた不安げな視線を受け止めた姉が返したのは、明確な解答ではなく、ほとんど同じ心情だった。暴虐な主を捕らえ、嬲ろうとした男の姿に、リアンに対する確実な怨恨を感じて縋ったのはいいが、落ち着いて考えれば、この男たちには、自分たちを優遇するべき理由は何一つ無い。リアンの手からの開放が、そのまま男たちへの隷属へと変わるだけでしかないかもしれず、しかもその可能性が一番高いとあっては、ルティスとしても、あまり楽天的な未来図を妹に語ることはできなかった。
 だが、そんな暗い状況にあっても、一つだけ、ルティスの心を晴らしてくれる要素があった。今まで自分たちを散々弄んできた女が、自分たちと同様の、いや、恐らくはそれよりも更に酷い目にあわされるであろうという予測。鞭打たれ、這い蹲って許しを請いながら、心の中で繰り返し誓った復讐が、この男たちの手でなされようとしているという予感。それが果たされるのであれば、男たちに何をされようとも悔いは無い。何人に輪姦されることになろうとも、男たちの欲望は、少なくともリアンの歪んだ欲求よりは、遥かにまともであろうから。
「あの・・・・。私たちを・・・どうするつもりですか?」
 覚悟を固めた女性の声に、カルナを預けて腕を組んだクルツが背後を振り向いた。無表情に頷くアルに、承諾の意思を読み取り、ゆっくりと顔を戻す。
「悪いが、俺たちは正義の味方じゃない。女に不自由している、盗賊の群れだ。覚悟はして貰いたい」
「・・・・・それは、判っています。普通にするだけなら、私も、ノルトも、喜んでお相手します。どうせ・・・、守るような純潔は・・・・ないですし」
 さすがに、そんな台詞の中に、妹の名前は入れづらかったのだろう。だが、姉とともに見つめてくる少女の視線に、クルツは聞く必要の無い言葉を聞いていた。
「俺たちにとって、若い女は貴重品だ。何人もの相手をしてもらうが、酷い扱いはしない。・・・・・あいつ以外にはな」
 恨みに満ちた視線に射抜かれ、リアンが体を竦めた。反対に安堵を浮べたルティスへと視線を戻し、クルツは薄い笑いを浮べる。
「どうやら、お前たちもあの女には恨みがあるようだな。あいつを辱める手伝いをするのに、躊躇いはないだろう?」
「・・・はい」
「お手伝いします・・・・・喜んで」
 人望ではなく、恐怖で他人を従えていた者の末路など、こんなものだろう。つい先刻まで、その上に君臨していた女たちにあっさりと裏切られ、リアンが怒りを噛み締める。その姿に愉悦を浮べながら、クルツは一人だけ沈黙を保っていた少女から視線を外し、その姉を見やった。
「とりあえず、裸に剥いてやれ。全てはそれからだ」
「はい」
 他人の命令に対しては、そう答えるよう体に染み付いているのだろう。二人のメイドは声を揃えて頭を下げ、かつての主の前へと歩み寄った。
「な、なによ! 私に手を掛けたら、どうなるか判ってるの!?」
怒りと不安と脅えとを混ぜ合わせた瞳で二人を見上げながらも、リアンは虚勢を張ってみせた。そうでもしなければ、自分の心が潰れてしまうと知っているのだろうが、漏らした尿で汚した床の上に座っている今、その姿に威厳はなく、ただ滑稽なだけでしかない。
 かつては脅えながら顔色を伺っていた相手の哀れな姿に、勝ち誇った失笑を浮べながら、二人のメイドは華美な夜具へと手をかけた。高価な薄布を乱雑に引き裂き、リアンの体を隠している布を剥ぎ取っていく。少しずつ、憎い相手を追い詰めている今を楽しんでいるのだろう。金切り声で悲鳴と抵抗とを口にしているリアンを押さえつけながら、必要以上に手間をかけて服を破く。
「リアン様ともあろう方が、はしたないですね」
「本当、おしっこで張り付いてますよ」
 最後の一枚だけを体に残し、震えながら両手で胸を隠しているリアンの姿に、余裕が生まれてきたらしい。ノルトが汚れている下着を揶揄し、ルティスもそれに乗って皮肉を放った。誇張ではなく、奴隷のように扱っていたメイドたちに嘲りを投げられ、その自尊心をいたく傷つけられたのだろう。リアンは憤然と唇を噛んでいる。
「こんなものを付けていてはお体に障りますよ」
「脱がせて差し上げます。足を開いてください」
 笑いを含んだそんな言葉に、諾々と従うことが出来るような女ではない。言った方もそれと承知しているらしく、睨みあげてくる視線に怯む心を励ましながら、二人掛かりで足を開かせ、最後の布をずり落とす。
「くっ・・・ぅう」
 抵抗もむなしく、全裸に剥かれたリアンは、素早く足を体に寄せてその場所を隠した。何とか、隠したい場所だけは隠しおおせているが、その姿のままでは、逃げる事はおろか、身動きすらままならない。相手の動きに対して抵抗を示す以外に、道を失った女を見下ろし、久しく黙って成り行きを見ていたクルツが口を開いた。
「せっかく裸になったんだ。その綺麗な体を皆に見せてもらおうか。ノルト、ルティス、手足を押さえるんだ」
「あ、はい」
 にやにやと、嫌らしい笑いを浮べて見つめる男たちの輪の中で、二人のメイドは、全裸に剥かれた女性の、手と足とをそれぞれに掴んだ。必死に暴れるリアンの抵抗に苦労をしながらも、それでも何とか、手足を掴んで床に押さえつける。やっとその全てが晒されたリアンの肉体の、均整の取れた美しさに、クルツですら言葉を失った。その日の食事に困る事など無く、澄んだ水を好きなだけ浴びることが出来、労働に時間を費やす必要をまるで持たない、そんな生活の中で磨き続けた、完璧なまでの女体。だがそれが、汚され、貶められるために磨かれたのかと思えば、世の皮肉に苦笑が湧いても来る。
「それだけの体を持っているんだ。当然、そこの穴も立派なものなんだろう? なかなかお目にかかれないだろうからな、二人で抱えて、そいつらに見せて回ってくれ」
「はい」
 ひとしきりリアンの肉体を楽しんだクルツが、新たな命令をメイドたちに与えた。それまで腕を押さえていたルティスが足元に移動し、ノルトと手分けして左右の足を抱える。リアンの背中にそれぞれ手を回し、息を合わせてその体を抱えあげた二人は、手始めにアルとクルツの前へ、美しい女体の無様な姿を運んだ。
「ははっ、さすがはお嬢さんだな。綺麗な色をしているぞ」
 胡坐をかいている顔の丁度目の前に、曝け出された秘所がある。いやがおうにも口を開くその場所の、桜色の肉襞に、アルがわざと大仰に感心して見せた。抱えあげられ、下手に動けば落とされてしまうとあって、リアンは大人しく二人の肩に手を回しているが、アルの言葉に顔を背けながら、その手を細かく震わせている。
「くたびれた女ばっかりを相手にしているから、新鮮で良いな。ほら、お前たちも有難く見せてもらえ」
 アルの言葉に、傍らのクルツが苦笑を浮べている。アルが相手にしている女といえば、他の誰でもなく、クルツの妹、エイリアがいるだけだ。まだ若くはあるが、生活のために体を売っていたエイリアは、確かにくたびれた女かもしれない。とはいえ、そんな感想は、実の兄を目の前にして、堂々と口にするようなものではないだろう。
 クルツのそんな思いとは関係なく、さらしものとなっているリアンの体は、男たちの前をゆっくりと移動していた。欲望にぎらつく目が柔らかな秘所を抉り、興奮に荒れる鼻息が恥毛を揺らす。喉の奥から聞こえる唾を飲み込む音、低く下品な笑い声、自分を貶める下品な単語の数々に、リアンは必死に耐えている。社交界でもてはやされ、優雅な紳士の腕の中に優しく包まれるべき自分が、粗野で下品な男たちの前に、全てを曝け出すなど、思っても見なかったことだろう。悪い夢だと、必死に言い聞かせている声が、二人のメイドたちの耳には聞こえていた。
 屈辱的なお披露目も終わりに近づいた頃、リアンの体は男たちの中にあって一際若い、まだ少年と呼ぶべき年代の盗賊の前にあった。転がっていた裸体を見て、昂ぶった自分を持て余していた少年は、痛いほどに勃起した股間を両手で押さえながら、目の前に来た女性の股間を覗き込む。体を乗り出し、食い入るように凝視しているその姿に、少年がまだ女に慣れていない事が伺われ、リアンを抱える二人のメイドが微かに頬を緩めた。
「ア、 アルさんっ! 俺、もう我慢できませんっ!!」
 他の男たちに比べて、ずっと長くその前に留まっていたが、いつまでもそこに居続ける訳にも行かない。やがて二人のメイドは、未練の視線を引きずりながら横に移動し、次の男の前へとリアンを運んだ。旺盛な性欲を抑え続けることなど、女を知らない少年には到底不可能だろう。少年は股間を押さえながら立ち上がり、この場を仕切る権限を持つ男に、自分の限界を訴えた。
「仕方ない奴だな。みんな、悪いが最初を譲ってやってくれ」
 アルの言葉に、男たちが口々に了承の声を返した。この少年に対し、この場の全員が微笑ましい気持ちを持っているのだろう。笑い声の中に、少年を励ます言葉が混ざっている。
「ノルト、ルティス。クートは初めてらしいんでな、手伝ってやってくれ」
「はい・・・。クートさん、こちらへ」
 もともと、館を訪れる客たちを相手に、こういった行為をさせられていたのだろう。リアンを床に下ろしたノルトが、僅かに恥じらいながらも、慣れた様子でクートの服を脱がせ、激しくいきり立っている少年のものを、掌で優しく包んだ。それだけでも、十分すぎる刺激になっているらしく、クートは眉をしかめて必死に堪え、腰を引いて逃げようとしている。
「一度出しておいたほうがいいですよ。すぐに終わっては、お嬢様に悪いですから」
 少年の腰に手を回し、柔らかな掌で竿を包み込む。困惑しながらも全力で堪えている、少年の初々しさを微笑で見上げ、ノルトが優しく手を動かした。同時に、少年の視線の先で、ルティスがリアンの秘所を押し広げ、淫靡に指を潜らせる。
「うっ・・あっ!」
 体に当たるほどそり立っていたものの先から、白濁した粘液が鋭く噴出した。若さに溢れた濃い精の塊は、ゆっくりと空中を移動し、毛足の長い絨毯に落ちる。一度放ちはしたものの、まるで勢いを失わない少年を見上げて笑い、ルティスがリアンの両膝を抱えた。クートを挑発している間に、既にリアンの体の準備はさせてある。顔いっぱいに嫌悪を浮かべ、激しく首を振るリアンを、勝ち誇った表情で見つめながら、二人のメイドは少年の肉棒をリアンの秘所へと近づけていった。
「いっ、いやあああっ!! いやあっ! やめてえええっ!!」
 それまで声も出せずにいたリアンの口から、不意に甲高い絶叫が迸った。ノルトの手に導かれたクートの先端は、すでにリアンの秘所に触れ、そこを押し開こうとしている。妙齢の女性が放つ拒絶の悲鳴は、一部の紳士たちを押し留める力は持っているかもしれないが、クートにとっては、残酷な征服欲を昂ぶらせるだけのものでしかなかった。喉を鳴らして唾を飲み込み、そのまま一息に腰を突き出す。柔らかく、暖かな壁に全てを包まれ、恍惚の表情を浮かべている少年の下で、リアンは絶望に両目を見開いていた。
「おいおい、止まってちゃしかたないだろう!」
「ちゃんと腰を振って、喜ばしてやりな」
「少しは我慢するんだぞ!」
 女性の体に自身を包まれ、目を細めているクートの背中に、周りを囲んでいる男たちの野次が飛んだ。馬鹿にしているようでいて、声の中には好意が滲んでいる。そんな声に背中を押されて、クートがようやくゆっくりと腰を動かし始めた。相手を気遣っているのではなく、自分の暴発を恐れているのが明らかなその動きに、周りを囲んでいる男たちが、声を揃えて笑い出す。
「ぅ・・・な・・んて・・・なんて・・・こと・・・・・」
 多数の男の前に体を晒しただけでも耐え難いというのに、粗野な少年に犯され、あまつさえ、その様を笑いものにされている。耐え難い屈辱にこぼれた涙が、顔を隠す両手をくぐって頬を伝った。そんな姿を目にしても、この場所にいる誰一人としてリアンに同情する者は無く、未熟な少年の必死な姿に声援を送っている。
「んぅ!」
 本当ならば触れることすら出来ないような女性を貫いてから、何度腰を動かしただろうか。仲間たちの目を気にする余裕も無く、リアンを貪っていたクートが、早くも息を詰めて動きを止めた。下賎な子供に体の中を汚され、リアンが嫌悪の声を絞り出す。しかし、その声に力はなく、この生意気な我侭女が、しだいに諦観に包まれつつある事をクルツに知らせていた。
「後は好きにしろ。ノルト、ルティス、お前たちも服を脱げよ」
「はい、判っています」
「あまり、乱暴にはしないでください」
 初めから諦めていたのだろう。ノルトとルティスは、クルツの言葉を受けて大人しく服を脱ぎ、リアンほどではないにしろ、それなりに恵まれた肉体を男たちの前に捧げた。豊かな胸を支えるように腕を組んでいるノルトと、細身の体を恥じるかのように、手で隠して立つルティスの姿に、男たちの間から好色な歓声が上がる。
「カルナ、お前はいい」
 姉たちが裸になったその横に、同じように並びかけていた少女を、クルツの声が制した。男たちにしても、成熟した女体が三つも並んでいるのに、わざわざ幼い体を求める必要を感じてはいないらしい。あぶれている男たちの目が向けられてはいたが、クルツの声を耳にすると同時に、男たちに囲まれている女体の空きを求めてそちらのほうへと足を向けた。
「アル、少し外すぞ」
「ああ、好きにしな」
 部下たちが三つの肉体を蹂躙しているその場所で、アルは少し退屈そうに頬杖を突いている。本拠にあっては、貴重な女性であるエイリアを独占しているアルだが、それ故に、こういった機会にあって部下たちの楽しみを奪うような真似はしない。もしかしたら、エイリアが怖いだけなのかもしれないが、やたらと女を独占しようとするよりは余程いい。クルツは苦笑を浮べて片手を上げ、まだ怪しい匂いを漂わせている少女を連れて部屋を出た。
「すまんな、先に洗ってやればよかったんだが」
 屋敷の裏手、小さな井戸の前で、クルツはカルナのシーツを剥がした。月明かりに幼い体を照らされながら、カルナは無言で立っている。その体にくみ上げた井戸水をかけてやりながら、シーツを裂いて作った手拭で細い体を丁寧に拭う。そんな盗賊の姿を、カルナは不思議そうに小首をかしげて見ていた。
「よし、きれいになったな」
 体を洗い流し、シーツの汚れていない場所を使って拭き取ると、クルツは自分が付けていたマントを外し、カルナの体を覆った。冷徹な男が見せた信じられないほど穏やかな笑顔を、カルナはじっと見上げている。
クルツは少女に背中を向けてしゃがみ、腰に下げていた革袋に、井戸の水を汲みいれた。懐から取り出した小袋の中身をその中に移し、きつく口を締めて腰に戻す。作業を終えて振り向いた目に、カルナの真っ直ぐな瞳がぶつかった。その視線がくすぐったかったのだろう。わざとらしく咳払いをし、表情を消して屋敷の中に戻る。
「お前の部屋はどこだ?」
「あそこ・・・」
 細いが、しっかりとした声で、カルナが一つのドアを指差した。クルツは表情を消したまま少女の背中を押し、ドアに向かわせる。
「着替えてこい。あと、必要なものをまとめておけ」
 それだけを口にし、クルツは一人でアルが待つ場所へと向かった。カルナが逃げ出す可能性を考えもしたが、行くべき場所を持たない少女が、一人でここを去るとは思われなかった。もっとも、仮に逃げられたところで別段困る事は何も無い。それよりも、これからしようとする事を、あの少女に見られるほうに抵抗があった。
「さて、もう一度上か・・・」
 カルナを置いたクルツは、乱れている男たちを脇目に一人階段を上り、再度リアンの私室へと向かった。無駄に広い部屋を見渡し、壁に掛かる一枚の絵を目にして腕を組む。数年前に描かれたものなのだろう。今よりも幾分幼さを感じさせるリアンが、椅子に座って笑っている。その背後には、やはり笑顔の父と母がおり、フォーレット家の繁栄と幸福とを形にしたかのような感がある。その幸福の為に犠牲を強いられた立場の男は、苦々しい表情でその絵を睨み、無言でじっと立ち続けていた。
「ふん・・・・」
 恐らくは名のある画家の手によるであろうその肖像画を、クルツは無造作に外した。そのまま脇に抱えて部屋を出、階段を下りていく。
 広間に戻ったクルツが目にしたのは、散々に汚され、力なく転がるリアンと、そつなく男たちの相手を続ける二人のメイドの姿だった。全員が、一通りは満足を得ているらしく、精に汚れて気を失っている女を求めるものは一人もいない。ほとんどは裸のままで適当に座って卑猥な言葉を交わし、ノルトやルティスを相手に楽しんでいる男たちも、クルツが戻ってきたのを見て、最後の精を放って離れた。
「ノルト、ルティス、その女を起こしてやれ」
 運んできた絵を傍らに置き、クルツが二人のメイドに命じた。幾人もの男たちの相手をしたであろうに、それを感じさせない穏やかさで立ち上がり、全身に精を浴びて転がる女体の前で足を止める。
「リアン様、お目を覚まして下さいませ」
「お休みになられるお時間ではございませんよ」
 言葉だけは丁寧に、しかし乱暴な手つきで、二人のメイドはかつての主の体を引き起こした。精に塗れた体に躊躇うことなく手をかけ、細身の引き締まった体を荒く揺する。できることなら、ずっと気を失っていたかったことだろうが、強引に現実に引き戻されたリアンは、か細く呻きながら薄く目を開き、裸のメイドたちを見つけて我に返った。
「ひいっ! いやああっ!!」
 既に襲い掛かる男たちは尽きているが、リアンは脅えた悲鳴を上げて体を丸めた。つい先ほどの体験が、強い恐怖として植えつけられているのだろう。最初の強気はどこへいったのか、背中が小刻みに震えている。
「まだ、終わりじゃないんだよ」
 脅えきっているリアンの背中を、恨みに満ちたクルツの声が容赦なく襲った。両手で耳を押さえ、首を振り続けている令嬢を冷ややかに見やりながら、用意してきた肖像画を拾い上げる。
「ずっと、考えていた・・・。この恨みを、どうやって晴らそうか・・・。どうすれば、お前に俺たちの苦しみを教えることが出来るか・・・・」
 語りながら、クルツは入り口のドアを大きく開いた。初夏の穏やかな夜風が吹き込み、血と精との匂いが篭っていた広間を清めていく。緩やかな風に頬を撫でられながら、クルツは肖像画を脇に抱えて石段を降り、豪奢な門へと続く石畳の真ん中にそれを置いた。
「松明を用意しろ。面白い見世物を用意してやる。ここからあの絵までの間を、昼間よりも明るくするんだ」
「あの・・・。倉庫に、ランプがありますけど・・・」
「・・・火を入れて並べておけ」
 ルティスからの予想外の申し出にも冷静に応じ、クルツは部下たちが用意を整えるのを待った。倉庫から運び出されたランプに火が点され、等間隔に並べられる。そしてその明かりを補うように、松明を持った男たちが間に立ち、クルツが望んだとおり、昼間のように明るい通路を作り出した。
「女として・・・この上ない屈辱をくれてやる・・・。他人の顔を正視できないほど辱め、立ち直れないほどに尊厳を踏みにじってやる」
 怨念が篭った宣誓を突きつけ、クルツは震えている背中に足をかけた。そのまま足に力を込め、床の上にうずくまらせる。二人のメイドに命令し、リアンの左右に座らせると、動けないよう首を押さえ、反対の手で尻たぶを左右に割り開かせた。深窓の令嬢の、人目に触れることなど無かったであろう排泄器官が、クルツの目の前に姿をさらけ、視線を避けようとするかのように窄まる。
「しっかり押さえておけよ」
 腰に下げていた水袋を外し、懐から小さな、人差し指ほどの太さと長さを持った棒を取り出す。棒の表面は磨かれ、中は繰り抜かれて管状になっている。その棒を必死に窄められている小さな穴に押し当てると、そのまま強引に、力に任せて押し込んでいく。
「いぎいっ!! いっ! いたいいっ!!」
「我慢しろ。これぐらいの事・・・」
 尻を望まぬ形で貫かれる痛みと屈辱は、他ならぬクルツ自身が知っている。だが、そんな事は、クルツが超えてきた苦しみの中では、他の記憶に埋もれてしまう程度のものだ。大仰に悲鳴をあげ、もがき苦しむようなものでは決して無い。
「苦しむのはこれからだ。さあ、全部飲み込めよ」
 尻から管を生やした惨めな姿を目にしながらも、クルツはまるで表情を動かさなかった。外しておいた革袋の口を細く開き、尻から伸びている管の先を填め込む。そして袋の口を強く押さえて中身がこぼれないようにすると、水をたっぷりと含んでいる革袋を、反対の手でゆっくりと握り潰し始めた。
「な、なにを・・・ひっ・・い、いや・・・いやああっ! なに!? なに、これえっ!?」
 何をされるのか判らず、不安を浮べていたリアンの顔に、驚愕と嫌悪とが割り込んだ。尻に挿された管を通って、冷たい液体が体の中に入り込んできている。それは今までに経験した事の無い、信じられないほどの不快感を押し付けてきた。体の中を逆流する水の感覚に鳥肌を立て、リアンが床を爪で掻く。
「いっ・・ひあ・・・あうっ・・・あ・・・ひ・・くぅ・・・・う」
 床の上で悶えているリアンの腹が、次第に膨らんでいく。時折びくびくと痙攣しながら、苦悶の喘ぎを短く零す女の姿を、二人のメイドは冷たい笑いで見下ろしていた。リアンのこれほど惨めな、これほど無力な姿を見ることが出来るなど、思ってもいなかっただろう。予想外の僥倖に、これまでに鬱積させてきたものを、一息に吐き出しているようだ。
「抜くぞ。漏らすなよ、お嬢様」
 わざとらしく尊称を用い、クルツがリアンに呼びかけた。この男の前で、そしてメイドたちの前で、これ以上無様な姿を晒したくは無いのだろう。全身に薄く汗を滲ませながら、リアンが必死の努力を見せる。クルツはその姿に冷笑を返しながら尻に刺さっている管をゆっくりと引いた。抜ける瞬間に少しだけ液が飛び出したが、育ちのいいご令嬢はその底力を見せ、内側からの圧力に耐えて見せた。
「立たせろ」
 短い命令に、二人のメイドは素直に従った。床に這い蹲って苦しみに耐えているリアンの腕を左右から取り、その体を強引に立ち上がらせる。端正な、この上ない調和を見せていた肉体の中にあって、僅かに膨らみを持った腹が滑稽に感じられる。それを隠した二本の腕を不機嫌に睨み、クルツが傍らのメイドへと目をやった。相手の意図を悟ったのだろう。ノルトが壁際のカーテンに駆け寄り、それを押さえている布紐を外した。男の力で背中に回した左右の腕を、その紐を使って縛りつけ、かつての主をより厳しい窮地へと追い込んでいく。
クルツは笑いを浮べてリアンの前に回り、気丈な令嬢の顔を見下した視線で眺め渡した。これ以上の責めを逃れたい一心で、リアンが引きつった笑みを浮べて媚を売る。だが、ことこの女に関しては、同情する必要も手加減する意思も持たないクルツは、そんな態度を鼻で笑い、その場所にしゃがみ込んだ。幾人もの男を迎え入れ、精に塗れた飾り毛の下に、包皮の間から顔を覗かせている小さな突起を探り当て、親指と人差し指で軽く挟み込む。
「はぅ・ぐ・・・・」
「く・・・く・・・」
 クルツの耳に、リアンの腹が響かせた鳴き声が届いた。随分と下ってきているらしく、額に脂汗を滲ませたリアンが溢す、かみ殺した声が心地よく耳に届いた。思わず込み上げてきた声を、押さえる理由はどこにもない。クルツは喉の奥で低く笑い、手首に巻いてあった細い糸を解いた。
罠を作るときに使う、細いが丈夫なその糸を、リアンの小さな突起に巻きつけ、きつく縛ると、クルツはその先端をルティスに預けた。自身は先に立って玄関に向かい、松明を持って立っている男たちに向け、高らかに宣言する。
「フォーレット家のお嬢様が、お散歩をなさるそうだ。転ばないように、明るく照らしてやってくれ」
 その言葉に、男たちの間から笑い混じりの返事が投げ返された。同時に、糸を預けられたルティスも、自身の役割を悟って妖しい笑みを浮べる。糸を失わないように、余っている分を掌にまきつけると、事態を悟って顔色を替えているリアンの目の前で、軽く掌を引いて見せた。
「ひっ!」
 最も敏感な場所を締め付けている糸を引かれ、リアンは腰から前に一歩踏み出した。信じられない程に惨めな、自分たちですら経験した事の無い哀れな姿に、ルティスの目が残虐な光を宿す。忍辱の日々を強いられてきた女性に、今、反撃の機会が与えられた。何を命ずる必要があるだろうか。クルツが腕を組んで沈黙するうちに、口元に薄い笑いを浮べたルティスはゆっくりと、玄関のドアに向かって足を動かし始めていた。男たちが作る炎の列へと次第に近づき、首を振って拒んでいるリアンを振り向いて笑う。
「さあ、お嬢様。参りましょう」
「い、嫌っ! いやああっ!!」
 裸の惨めな姿を見られるのも、この姿のまま外に引き出されるのも、共に耐えられない恥辱だろう。リアンは声を涸らして叫んだが、それは今まで、彼女自身が踏みにじってきたのと同じ声だった。かつては声を上げていた側の女性は、以前の主と同じ表情で糸を巻いた手を動かし、足を止めているリアンを前に引き出した。自身も裸体を晒すことになるが、いまさらそんなことを気にするつもりは無いらしい。糸を引いているルティスだけでなく、ノルトも、裸のままで松明の明かりの中へと姿を見せた。
「はあっはっはっ! いい格好だな、お嬢さんよぉ!」
「くぅー、そそるねぇ! また勃っちまうぜ」
「姉ちゃん、あんまり引っ張るなよ。千切れちまうぞ!」
 腹の痛みから逃れようと引き気味になる腰を、時折無理やり前に引き出される。頼りない足取りのリアンが見せる腰の卑猥な動きに、松明を持っている男たちが口々に笑い、囃し立てた。普通であれば耐えられないような状況だが、腹に入れられた妖しい液体の為か、激しい腹痛に襲われ始めたリアンに、それを気にしている余裕はなかった。こんな状況で漏らしてしまう事だけは避けようと、必死に尻を窄めては堪えている。
「ひ・・・うぐ・・・・。や・・・・いや・・・、で・・・るぅ・・・」
「あら、こんなところでお漏らしをなさるんですか? はしたないですから、お止めくださいね」
 もともと我慢ということに慣れていないリアンは、用意された通路の半ばで限界を訴え、足を止めた。がに股に開かれた足を中途半端に曲げて腰を突き出し、目と口とを大きく開いて虚空を見上げている。今にも汚水が噴出すかと見えたその時、リアンの背中に、もう一つの裸体がそっと寄り添った。耳元で穏やかに語りかけながら、さり気なく伸ばした指を肛門に当て、そのまま押し込んで栓をする。
「ぎいい! が・・・ぎぐぅ・・・・・」
 形容の難しい絶叫が、リアンの口から放たれた。崩れようとする体を、肛門に差し込まれた指と回された腕とに支えられ、かろうじて踏みとどまる。
体が崩れるのは何とか堪えたが、止められないものもあった。立ったままのリアンの股間から細い水流が迸り始め、炎を受けて華やかに輝く。気づいたルティスが糸を引き、小便を漏らしている女性の腰を突き出させた。あたかもその姿を見せつけるかのような格好になったリアンは、しかし途中で止める事も出来ず、美しい放物線を描かせながら、人前で溢すべきではないものを垂れ流し続ける。
「いやあああっ! うんち! うんちさせてえっ!! 指抜いてええっ!」
 気持ちを繋いでいた糸が切れたのだろうか。優雅な日々を送っていたお嬢様の口から、信じられないほどに下品な言葉が飛び出した。一度諦め、排泄の快感に酔う事を期待していたところを押し留められた為に、混乱をきたしているのかもしれない。
なんにせよ、いつも優美に振舞い、自分たちを見下していた女が見せる、見苦しいほどの錯乱は、責められ続けてきたメイドたちにとっては、この上ない喜びなのだろう。二人は声を揃えてリアンを笑い、後ろ手に縛っていた布紐を解くと、強引に背中を押して四つん這いにさせた。糸を引き、尻を押して前に進ませ、クルツが用意していた肖像画の上にその体を移動させる。
「いい格好ですね、お嬢様。外で裸になって、四つん這いで、まるで犬ですね」
「外でおしっこをするぐらいだもの。お嬢様、本当は犬なんじゃないの? 今までは人間の振りをしていたけど」
 余程恨みが溜まっているのだろう。ルティスとノルトは、リアンを貶めるための言葉をそれぞれに吐き出し、苦悶している女を嘲った。二人の言葉を耳にするうちに、何かを思いついたのだろう。追いついてきたクルツがリアンの前にしゃがみ込み、髪を掴んで伏せられていた顔を無理やり上げさせた。
「そうか、お嬢様は実は犬だったか」
「ち・・ちが・・・」
 最後の尊厳にしがみついているのだろう。リアンはその言葉に弱々しく首を振った。クルツは邪悪な笑みでリアンを見据え、残酷な言葉を口にする。
「違うのか。なら、我慢しろよ。人間なら、こんなところで糞をもらしたりはしないからな」
「そうですね。犬なら、まあ、仕方ない事ですけど」
 クルツの言葉を受けて、ルティスが笑いを含んだ声を投げた。この状況にあれば、相手が何を考えているのか、何を言っているのか、どんなに想像力に乏しい者であっても、間違いなく理解される事だろう。頭に浮かんだその答えを前に、リアンが最後の自尊心を投げ捨てるまで、ほとんど待つ必要は無かった。幾多の視線の中で、半泣きのリアンの顔に媚が浮かび、躊躇っていた唇が言葉を紡ぎ始める。
「わ、私・・・、犬・・・です・・・・。犬なんです。犬なんですうっ!」
「くく・・そうか、犬なのか」
「はっ・・・いい。・・・だ、だから・・・お尻・・・うんち・・させてぇっ!」
「世の中には、珍しいことがあるもんだ。ノルト、しゃべる犬を見たことがあるか?」
「いえ、ありませんねぇ」
「う・・・わ・・・ん・・・わん・・・わんっ!」
 とことんまで貶めようとするクルツの言葉に、リアンが顔を怒りに染めた。だが、それは一瞬で消え、すぐに開き直った鳴き声を上げ始める。ここまできて、今更意地を張る気になれなかったのか、意地を張る事ができなかったのか、どちらであろうと、そんなことはどうでもいい。クルツは満足げに低い笑い声を上げ、リアンが乗っている、自身が描かれた肖像画を指差した。
「これが、何の絵かは言うまでもないな?」
「わ、わんっ」
「そうだ、人間だった頃のお前だ。さあ、優雅に暮らしていた自分に、決別するがいい。ノルト、抜いてやれ」
「はい」
「はああっ! ああああはぁああっ!」
 出されるものが自分に掛からないよう、リアンの体を起こさせ、ノルトは差し込んでいた指を抜いた。限界を超える欲求を、無理やり押さえ込んでいた栓から逃れたリアンが、すぐさま堪えていたものを吐き出し始める。恥ずかしさよりも、悔しさよりも、開放感と快楽とに酔っているようだ。幸福だった頃の自分を排泄物で汚しながら、夜空に向けて上げられている叫びの中に、甘い喜びが潜んでいる。
「くすくす・・・、はしたないですねぇ」
「本当。人前で、そんな、ねぇ・・・・」
「お・・・ぅおおぁ・・・・ああ・・・・」
 メイドたちの侮蔑の言葉も、リアンを止める事は出来なかった。虚空を見上げ、口を大きく開き、その端から涎を伝わせながら、リアンは尻から汚物を吐き出し続けている。地面に置かれた肖像画の、紅いドレスを纏ったリアンの姿が、茶色い小山に隠されていく。幸福だった頃の自分を、自身の手で穢し貶めるリアンを、恨みを抱いた三人の男女は、残酷な目でじっと見つめていた。
「う・・・あ・・・ああ・・・。うわああああっ!!」
 突然、リアンが地面に突っ伏し、大声で泣き出した。肉体に余裕が出来、自分がしたことを理解してしまったらしい。それは、普通の感性を有した女性であれば、耐えられない恥辱であるだろう。ましてや、深窓の令嬢として、人並み以上の自尊心を育んできた女性にとっては、自分の存在の全てを否定されてしまったような、たとえようの無い屈辱であったに違いない。
「これからだ・・・・。もっと、貶めてやる。泣く事も忘れるほどに、苦しめてやる・・・」
 汚れた尻を晒し、自身が吐き出した汚物の上で泣き伏している女の姿を、それでも揺るがぬ恨みを抱いた視線で見やりながら、クルツが低く呟いた。その声の響きが持つ不吉さに、ノルトとルティスが視線を見交わし、まだ若い盗賊の男を呆然と見詰めた。
 
 ・
 
 リアンを始めとし、ノルト、ルティス、カルナの四人を得たアルたちは、森の中に隠しておいた粗末な馬車に女たちを詰め込むと、館から得た金品と共に、自分たちの本拠へと運び込んだ。連れ込まれた若い女の姿に、守備に残っていた盗賊たちは歓声を上げ、欲望に満ちた目で、歩く女たちを見送った。
特に男たちの目を引いたのは、一枚の布すら身に纏わず、首に巻かれたロープに引かれて四つん這いで歩く女の姿だった。顔も、肉体も、四人の中で群を抜いている女の、その哀れな姿に、同情するよりも先に欲情し、股間を膨らませながら卑猥な言葉を投げつける。そんな言葉と視線の暴力の中、リアンは硬く目を瞑り、引かれるままに手足を動かしていた。
「お帰り。アル、兄貴」
 本拠の奥に作られている、一回り大きな建物。といっても、リアンが暮らしていた館とは比べ物にならない、粗末な建物に入ったアルとクルツは、若い女に出迎えられた。
少しがさつな印象を受けるが、整った顔立ちと引き締まった体つきをしており、日に焼けている事と相まって、しごく健康的で活発な、田舎の娘といった印象を受ける。
その呼びかけから、クルツに付いて小屋に入った女性たちにも、その正体は理解された。だとすると、今日までに随分と凄惨な目に合ってきているはずなのだが、屈託の無い笑顔を浮べているこの姿からは、それが想像できない。
だが、想像できなくとも、そんな過去が存在していたのは間違いない事実であるようだ。ノルトが引く縄に繋がれ、四つん這いで入ってきた女性を見つけて浮べた、復讐を前にした残虐な微笑がそれを物語っている。
「お久しぶり、リアンお嬢様。・・・・って、言っても、覚えてないよねぇ」
 恨みを抱いたほうは、いつまでも覚えているが、怨まれている側は、それに気づいてすらいないものだ。クルツとエイリアにとっては、昨日の事のように思い出される過去も、リアンにとっては記憶に残りもしない、平凡な日であってなにもおかしくは無い。
 そんな認識を持っているのだろう。相手が覚えていないことを責めるつもりは無いらしいが、だからといって、水に流してやるほどおおらかな気持ちには、さすがになれないようだ。背けている顔の先にわざわざ移動してしゃがみ込み、脅えた顔を覗きこむ。
「お嬢様にどうやって復讐しようかって、ずっと考えてたんだよ。捕まえる手はずは兄貴が、その後の事はあたしが、たっぷり時間をかけて・・・ね」
「う・・・ぁ・・・」
「時間がかかったからね、あたしも色々と考えちゃった。ふふっ、楽しみにしていてね」
 世の中に、これほどに不吉な笑顔があるのかと、傍で見ているノルトですら震えを感じた。ましてや、当事者としてそれを間近で、正面から受け止めさせられているリアンが感じている恐怖は、どれほどのものだろうか。気おされ、脅えてずり退がるリアンの瞳には、かつての威厳は欠片も無く、家畜のような弱々しさが宿っている。
「それじゃ、ついて来なさい。お嬢様の今日からの居場所を教えてあげる」
「ぐぅぇ!」
 エイリアがリアンを繋ぐ紐を受け取り、それを乱暴に引いた。喉を締め付けられて、聞き苦しい声を上げた女性を振り返りもせず、早足で部屋を出て行く。繋がれている身としては、それについて行くより他に道は無い。リアンは必死に手足を動かし、遅れまいと進んでいく。
「ここが、お嬢様のための場所だよ」
 引きずられるようにして行き着いた先は、隣に建てられている棟の、廊下の隅だった。予め用意しておいたのだろう。木製の手桶と大き目の深皿が置かれ、壁には頑丈そうな金具が打ち付けられている。最悪でも、牢に入れられるぐらいだと思っていたのだろう。自分の居場所として示された場所の意外さに、リアンは呆然とそこをみつめている。
「この場所に繋がれる意味は、そのうちに判るからね。暫くは、好きにすればいいよ」
 詳しく解説してやるつもりは無いのだろう。壁の金具にロープを結びつけたエイリアは、惨めな状況の令嬢を見つめる女性たちに背中を見せ、数歩足を進めた。そしてふと思い出したように振り返り、自分を繋いでいるロープを握って考え込んでいるリアンに、笑いを含んだ声を投げつける。
「そうそう、縛ったりはしないけど、あまり勝手はしないほうがいいよ。手も足も、一度切ると生えてこないからね」
「ひっ・・・ぃい・・」
 言葉の意味は、充分すぎるほどに伝わっていた。リアンは掴んでいたロープを放り出し、小刻みに首を振りながら手を床に突く。充分な効果に満足しているのだろう。エイリアは鼻を鳴らしてリアンを見下し、改めて背中を見せて歩き始めた。
「普段の生活には、この部屋を使って。あと、お仕事の時には、向こうの部屋を使ってね。お風呂とお手洗いは廊下の突き当たり。近くの温泉を引いてるから、お風呂はいつでも使えるよ」
 リアンと別れたエイリアは、ノルトたちを四つのベッドが並べられた大部屋へと連れ込んだ。普段はこの部屋で、そして、男たちの相手をする時には、その為の部屋を使うよう指示し、その場所を教える。
「四つの部屋があるから、一番手前をノルト、二番目をルティス、三番目をカルナが使ってね」
「エイリア」
 手際よく話を進めていく妹の声を、不意にクルツが遮った。用も無いのに付いてきていた兄の姿から、何か言いたい事があると予想していたエイリアは、軽く視線を動かし、表情を消して立っているクルツを見上げた。
「なに?」
「悪いが、カルナは俺が貰う。身の回りの世話をする女が欲しかったところだ」
「ふぅん・・・。まぁ、いいけどね」
 兄が何を考えてそんなことを言い出したのか、長い付き合いのエイリアにはだいたい察しがついている。それ以上追求せず、クルツの言葉に不満ではなく、安堵を浮べている二人の女性に目を戻す。
「それで、うちの荒くれどもの相手をしてもらうんだけど。一応の約束事っていうのがあるから、それだけ先に説明しとくね」
「約束・・・・?」
「そう。したい奴にしたいだけさせてるとね、統制がとれなくなっちゃうから困るの。それに、あなたたちも大変だしね」
 盗賊団とはいえ、一つの組織として形を保つためには、一定の規則と秩序が欠かせない。女をめぐっての不要の争いを避ける必要も、貴重な若い女性を消耗させないための配慮も必要となる。そこを踏まえた上で、女性の管理を任されたエイリアが考え出した規則があり、性欲の処理を必要とする男たちは、それに従うことになっている。エイリアはその内容を大まかに説明し、軽く息を吐いて二人を見やった。
「まあ、こんなところね。一日に相手をしてもらうのは、二人増えた訳だから・・・まあ、4人ってところかな。前からいる娘たちに、少し楽をさせてあげたいから」
「あの・・・。それなら・・・あたしも・・・・・」
 エイリアの言葉に頷いている二人の横から、控えめな声が投げられた。面白そうに見やった目を、カルナが真剣に見上げている。
「カルナには別のお仕事があるでしょ? こっちは、私とノルトに任せなさい」
 小柄な少女の肩に手を置き、ルティスが穏やかに諭した。一人だけ特別扱いを受けるのが嫌なのだろう。カルナは姉の言葉に首を振り、この場の決定権を有している女性に視線で訴えかける。
「あたしはどっちでもいいんだけどね。兄貴、どうするの?」
「駄目だ」
 短く、しかし決然と言い放ち、クルツがカルナの手を取った。見上げてくる少女の必死な、それでいてどこか脅えている青い瞳を覗き込み、無表情なまま口を開く。
「お前たちの処遇は俺が決める。勝手は許さん」
 妥協を許さない強い口調に、他人に隷属する生活を続けてきた少女が逆らえる筈も無い。カルナは無言のまま小さく頷き、クルツに引かれて部屋を出て行った。
 
 ・
 
 裸で廊下に繋がれて過ごすというのは、裕福な生活を送ってきていた令嬢にとっては、簡単に順応できる状況ではないようだった。誰が、いつ通るかも判らない場所で、一枚の布すら与えられずにうずくまっている心細さ。誰に、いつ、何をされるか判らないという恐怖。そして、これから自分がどうなっていくのかという不安。
それらに襲われながら、ただ廊下で丸まっている事しか出来ない。快適な毎日を、自分が望む刺激に彩って生きてきたリアンにとって、それは耐えがたい苦痛だった。
 それでも、廊下に繋がれて暫くは、心を襲う苦しみとだけ戦っていればよかった。その状況に変化が訪れたのは、建物の入り口の方角から、よく通る女性の声が響き渡ってきた後のことだった。
「お待たせっ! 今日は初日だから、顔見せだけだよ。その代わり、廊下に繋いである犬は好きにしていいからねっ!」
 その言葉の中の『犬』という単語が、自分を指しているという事実に気づくのに、想像力は必要なかった。置かれた状況に恐れを抱き、逃れようの無い立場で、隠れる場所を探して左右をみやる。その間にも、待ちかねていた男たちの乱雑な足音はリアンに迫り、気づけば十数人の男たちが一人の女性を取り囲んでいた。
「うほぉっ! すっげぇっ!!」
「こんないい女、見たことがねぇよ」
「こ、こいつは、好きにしていいんだろ? 俺、俺は・・・」
「当たり前だろ! 俺だって、もう!」
 一人の男が下を脱ぎ始めたのを契機に、リアンを囲む男たちが一斉に自分を解き放っていた。十本を越える男根に取り囲まれ、リアンが悲鳴とともに後じさる。一人の男が、逃げる腕を乱暴に掴んで体を引き寄せ、いきり立ったものを顔に無理やり押し付けた。口を硬く閉じ、顔を背けたが、昂ぶった男の欲求の前に、深窓の令嬢の抵抗はむなしかった。顎と額を押さえられ、臭いのきつい肉棒を、強引に押し込まれてしまう。端正な顔を醜く歪め、逃げる事が出来ないように頭を強く押さえられ、男のものを噛み切るほどの決心も付けられないまま、せめてもの抵抗として口の中で舌を逃れさせている。
「う・・えええ・・・ぇ・・」
 頭の方に気を取られているうちに、男たちはリアンの体の背後にも回りこんでいた。一番に尻を掴んだ男が、当然の権利であるかのように腰を押し当て、準備をする気すら見せていない柔肉を強引に割り開く。一方的に押し付けられた苦痛に呻き、逃げようと前に出たリアンの喉を、硬くいきり立っている男根が強く突いた。思わず戻しそうになり、何とかそれだけは堪えたが、涙と鼻水を止めることは出来ず、整った顔を惨めに汚しながら短く唸っている。
「おいおい、早くしろよぉ。後が詰まってるんだからよぉ」
「舌を使うんだ、舌を。そんなんじゃ、いつまでたっても終わらねえぞ」
「なんなら、ケツも使ってやろうか? あんまり好きじゃねえんだけどよ」
 口々に勝手な事をいいながら、あぶれた男たちは、リアンの裸体をおかずにし、自分のものをしごいていた。そのうちに、その中の一人が溜まりきった精を吐き出し、白く滑らかな背中を汚すと、それを合図にしたかのように、周りを囲んでいる男たちが次々に精を放ち、髪といい、体といい、所をかまわずリアンを穢していった。
 どうやら、エイリアが立てている計画は、男たちの性欲を暴発はさせないが、充分に満足させるまでには至っていないらしい。リアンの裸体に精を放った男たちはそれで心を満たしはせず、先に使っている男たちがどこかの穴を空けるのを心待ちにしている。たった一人で、それだけの男たちの性欲を受け止めるよう求められた側は、たまったものではない。押し付けられる苦痛と嫌悪に包まれたながら、何をされているのかも考えられない状態で、されるがままになっている。リアンの体が男を満たす努力を見せないことを知った男たちは、それならばと自分勝手に腰を動かし、強引に自分を昂ぶらせては、それぞれの使っている穴の中へ、白濁した欲望を吐き出していった。
「う・・・ぐ・・・ぅ・・・ぅえ・・・ええ・・・」
 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。気が付けば、与えられた玩具を奪い合っていた男たちは一人残らず姿を消し、遮るもののない廊下の隅には、精液に塗れて転がる一人の女性の姿だけが残されていた。口に出されたものを強引に飲まされ続けたせいなのだろう。込み上げてきた吐き気に堪えきれず戻したのは、男の欲望そのままの、臭い立つ粘液だった。散々に抉られていた秘所からも、力を失った肛門からも、同じものはとめどなく溢れ、辺りに独特の異臭を満たしていた。
「あーあ、なによ、これぇ。こんなに汚して、どうするつもりよ」
 自分を取り戻す事すら出来ないまま、呆然と転がっていたリアンの耳に、突然若い女性の声が飛び込んできた。反射的に顔を上げ、声の主をみやると、そこには二人の女性を引き連れて立つ、エイリアの姿があった。かつてリアンに仕えていた二人の女性は、予想以上の惨状に言葉を失っているが、エイリアは嘲りを含んだ薄笑いを浮かべ、平然とその姿を見下ろしている。
「酷い姿になってるねぇ。まったく、これじゃ臭くてかなわないな」
「・・・・・」
 これほど惨めな自分の姿を、この間までの奴隷たちに見られるほどの屈辱はない。リアンは無言で顔を背け、エイリアの声を背中で受け止める。鼻を鳴らしてその姿を見下したエイリアは、リアンの傍らに置かれた、木製の桶へと目を移した。最初にここに置かれた時のまま、乾いた底板を見せ付けていることを確認し、再び視線をリアンに戻す。
「汚されたら、ちゃんと洗ってもらいなさいよね。言わなくてもやってくれるような気の利いた奴はいないんだから」
「・・・・・・」
「なによ、何か言いたいの?」
 エイリアの言葉を耳したリアンが、背けていた顔を上げた。すがり付いてくる媚びた視線を跳ね返しながら、エイリアは冷たい声で問い返す。気おされて、一度は視線を下げたリアンだったが、言わずには居れなかったのだろう。再びおずおずと顔を挙げ、震える声を唇の間から絞り出した。
「・・・体を・・・・洗わせて・・・・ください・・」
「ん? 体を洗って欲しいの?」
「は、はい・・・。お願い・・・します」
 他人に、このような形で懇願しなくてはならない自分が、悔しくて仕方ないのだろう。リアンの瞳から涙がこぼれ、頬を走って床へと落ちた。そんな姿を見ながら、エイリアは口元の笑みを大きくし、冷たい言葉を口にする。
「駄目ね」
「・・・な、なんで・・・?」
「飼い主におねだりするなら、それなりの芸を見せてもらわないとね。最初に・・・ああ、そういえば、言ってなかったっけ。誰かに何かをおねだりするなら、ちゃんと芸をしなさい。それが、ここでの決まりだから」
「げ・・・芸? そんな・・・何を・・・」
「何だっていいよ。何かをして、それで見ているほうが納得すれば、言う事を聞いてくれるから。でも、まあ、いきなり何かやれって言われても判んないよね。ノルト、ルティス、何か見たい芸はある?」
 肩越しに振り返り、背後に並ぶ二人の女性に問いかける。いきなりのことに、二人とも何も浮かばないらしく、ノルトとルティスは揃って首を振った。二人の希望を優先するつもりでいたが、それが無いのであれば仕方ない。エイリアは空のままの桶を足で動かし、廊下の真ん中に移動させた。
「芸っていうより、躾なんだけどね」
 笑いながらのその言葉に、何をやらされるのかは推測できた。廊下の真ん中に置かれた桶を前に、リアンは体を強張らせている。令嬢の追い詰められた表情が愉しくて仕方ないのだろう。エイリアは邪な笑みを浮べながら、桶の前にしゃがみ込んだ。
「ここでのお手洗いはこれ。おしっこも、うんちも、この中にするの。判るよね?」
「・・・・・・」
「誰がいつ通るかも判らない場所だし、隠れるような壁も無いけど、これがあなたのお手洗い。しているところも、出しちゃったものも、みんなに見られるの」
「・・・ひどい・・・・・」
「お嬢様のお言葉とも思えませんね」
 力の無い呟きに、ルティスが厳しい声を投げつけた。精液に塗れている女性の前に立ちはだかり、怒りに染まった視線を突きつける。
「私やカルナにした事をお忘れになりましたか? お客様が囲むテーブルの上で、お皿の中にするよう命令されたのは、お嬢様だったと思いましたけど」
「ふぅん、そんなことさせてたんだ。他人に命令したぐらいだから、自分は当然できるよねぇ?」
 ルティスの言葉を受けたエイリアが、皮肉を込めて桶を押した。許してもらうには、重ねてきた悪行があまりに多すぎる。見下ろしてきている三つの顔のどこを探しても、同情や憐憫は欠片も見出すことができなかった。だが、いくら追い詰められているとはいっても、簡単に出来ることと出来ないことがある。リアンは男の欲望に汚れきった体を丸め、迷いを浮かべた瞳で、じっと床の上の木桶を見つめた。
「嫌なら、別に今しなくってもいいけどね。汚れたままで、ずっとそうやってればいいよ」
「お、お風呂は?」
「だから、言ってるでしょ? 何かして欲しかったら、ちゃんと言うことを聞かなきゃ駄目だって」
「・・・・・」
「言っとくけど、今日だけの事じゃないし、私たちに対してだけじゃないからね。ご飯が欲しい時も、この桶を替えて欲しいときも、お風呂に入りたいときも、誰かにお願いして、芸を見せていうことを聞いてもらわないといけないんだよ」
「ふふっ、こんな汚れた格好じゃ、誰も近づいてくれませんよね」
「まあ、そう言うことになるかな。簡単に言えばね、餓死したくなかったら、自分から男を誘って餌をもらわなきゃならないってこと。男を誘うには、きれいな体でいなきゃならないし、体を洗いたかったら、どんな恥ずかしい格好を見せてでも、相手を満足させなきゃいけない。そういう立場にいるんだって事、少しは理解できた?」
「う・・そ・・・、私が・・・そんな・・・・こと・・・」
「まだ判ってないみたいだね。いいや、放っておこう」
「はい」
「そうですね」
 言いたいだけの事を言い、エイリアはあっさりと引き下がった。二人の女性を連れて、廊下を曲がってしまう。一人廊下に残されたリアンは、汚れた体が放つ異臭の中、呆然と立ち去る背中を見送った。

 ・
 
 翌日、朝食を終えたエイリアは、食事を共にしていたノルト、ルティスの両名と共に、リアンが繋がれている場所に現れていた。あまり寝ることが出来なかったのだろう。食事を与えられていない事とも重なって、リアンはずいぶんと憔悴した様子で床に座り込んでいた。足音に気づいてはいるだろうが、正面に立っても顔を上げる様子も無く、うつろな表情で床を眺めている。
「一応、判ってはいるみたいね」
 傍らに置かれている木桶の中に、黄色かかった液体が溜まっているのを確認し、エイリアが笑いを殺しながらつぶやいた。しかし、それ以上はなにもしようとせず、黙って廊下の奥へと向かってしまう。ノルトとルティスは慌ててそれに続いたが、疲れきったリアンの様子に、それぞれ不安を口にした。
「大丈夫でしょうか?」
「おなかも空いてるでしょうし、水も飲んでないですよね?」
「死なない、死なない。3日は食べなくても大丈夫だし、水はその気になれば、自分のおしっこでも飲むでしょ」
 二人の言葉が、リアンを案じているのではなく、復讐の早すぎる幕切れを懸念していると知っているエイリアは、ぶっきらぼうに突き放した。本当に危ないと思ったら、適当な口実をつけて水や食事を与えるつもりがある。だが、エイリアがそう感じるよりも早く、恵まれた生活に慣れた、お嬢様の忍耐のほうが底をつくだろう。
「まあ、今日のうちにはあきらめるでしょ。それより、今日からは二人にも働いてもらうから、よろしくね」
「はい、がんばります」
「あ、私も・・・はい」
 ノルトが明るく宣言し、ルティスが遅れて頷いた。リアンの呪縛から逃れたことで、本来の性格が表に出始めているが、奔放さを感じさせるノルトに対し、ルティスはどこか生真面目で、自分を押さえる傾向が感じられる。自分のことよりもカルナを案じる言動が目に付くところから、どうやら、姉としての責任感がそんな性格を育んできたらしい。
(私も、ミリーが生きてたら、こんな風になったのかな?)
 守らなければならない存在を失ったのは、随分と前の話になる。幼い妹と、病弱な母とが相次いで他界した後、エイリアには守るべき存在が無くなった。兄と二人、その日を生きるために必死になり、いつの日にか復讐を果たすことだけを考えてきた。だが、もしも父が濡れ衣を着せられず、あのまま平穏に暮らしていたなら、自分もルティスのように、ミリーのことを思いやるようなやさしい性格になっていたのだろうか。
(ま、いいや。今が変わるわけじゃなし)
 考えてみたところで仕方が無い。エイリアは軽く頭を振って現実に立ち返り、二人の女性をそれぞれの部屋へと向かわせた。自身はそのまま部屋に居残り、リアンが繋がれた場所が覗ける、廊下側の壁際へと移動する。リアンへの復讐が現実味を帯びた日以来、用意は周到に重ねてきた。繋ぐ場所も、繋いだ後で監視する準備も、その内の一つだ。
エイリアは壁にはめ込まれた細い板を一枚ずらし、現れた覗き穴に顔を近づけた。小さな穴だが、その役割は十分に果たしている。廊下でうずくまっているリアンの姿を確認したエイリアは、そろそろ来るはずの男たちを、その状態のまま待つことにした。
(来た来た)
 あらかじめ言い含めておいた三人の男が、猥雑な言葉を交わしながら廊下を進んできた。リアンの前で立ち止まり、不快と失望を浮かべて女を見下ろす。
「お、おい、どうするよ」
「好きにして良いっていわれても、これじゃ・・なぁ」
「ひでえな、臭くてそんな気になれねぇよ」
「俺、次が3日後だから、それまで我慢するわ」
「そうだな、じきに新しい姉ちゃんとできるのに、こんな汚い女を使うことないだろ」
「なんだよ、わざわざ来たのによぉ・・・。せめて体ぐらい洗っとけよなぁ」
(汚い・・・? 私が・・・・?)
 勝手なことを言い放って男たちが去っていった後、残されたリアンは、突きつけられた暴言を反芻していた。これまでの人生の中で、一度として受けたことの無い言葉。自分を表現するために使われることなど、決して無いと思っていた形容詞が、間違い無く自分に向けて使われていた。
 打ちひしがれるリアンに追い討ちをかけるように、更に数人の男が現れ、そして何もすることなく去っていった。幾人かはリアンを避けるようにして廊下の向こうに姿を消し、帰りには明らかな嫌悪を浮かべて通っていった。誰からも賞賛され、男たちの憧れと、女たちの嫉妬を集めていた自分が、今は誰からも見向きもされず、いや、むしろ嫌悪の対象としてここにいる。その認識は、救いの無い状況に置かれたリアンを、更に追い詰めるに十分なものだった。
(お風呂に入れば・・・・体を洗えれば・・・・・)
 汚れさえ落とせば、この場所を通る全ての男の足を止めさせる自信があった。だが、それは、この場所に巣食っている、下劣な盗賊たちに再び体を汚される事を意味している。汚されるために体を磨くことに、いったい何の意味があるだろう。そんな思いが、リアンをずっと迷わせていた。だが、迷っていられる時間は、それほど多く残っていない。空腹と、喉の渇きとが、そろそろ耐えがたいものとして感じられるようになってきた。食事を得るにも、水を得るにも、まずは男たちの足を止め、その求めに応じることから始まる。そのためには、なによりも最初に、この汚れた体を洗わなければならない。
「・・・・・」
 次にやってきた男に声をかけ、体を洗ってもらおう。そう思いきる事は、簡単ではなかったものの、なんとかできた。だが、その先、実際に声をかけて哀訴の言葉を口にすることは、どうしてもできなかった。決意の後に、何組もの男たちが姿を見せ、そして誰もが、自分を求めないまま去っていった。その男たちの背中を、喉にまで上ってきた声を口に出せないまま見送ったリアンは、自身の自尊心に恨み言を呟きながら、汚れた体をゆっくりと動かした。
「・・・・・・」
 それほど長くない廊下の左右を伺い、人のけはいが感じられないのを確かめたリアンは、屈辱に唇を噛みながら、既に3分の1程まで汚水が溜まっている木桶をにらみつけた。少しの間躊躇っていたが、いつ誰が来るか判らない状況に、さっさと済ましてしまおうと心を固めたのだろう。桶に向かって足を進め、跨いで腰を落としていく。
(ふふふっ、これを見逃す手はないね)
 リアンを打ちのめす、絶好の契機を前にして、それに目をつぶる理由はない。エイリアは足音を殺して廊下に出、さりげなく角から姿を現した。それほど長い廊下ではない。角を曲がって前を見れば、廊下の真中で用を足そうとしているリアンの姿が、嫌でも視界に入ってくる。
「あっ!」
「あら、遠慮しなくていいのに」
 エイリアの姿を認めたリアンが、驚きを浮かべて腰を浮かした。まだ始めてはいなかったらしく、それで周囲を汚すことは無かったが、バツの悪さは隠しようも無い。恥ずかしいのか、悔しいのか、顔を朱に染めて目を逸らすリアンに向けて、エイリアは穏やかに声をかけた。クスクスと、意地悪く笑いながら、たった今離れたばかりの木桶をつま先で押しやり、リアンの前に移動させる。
「この桶を使うんでしょ? 見ててあげるから、もう一度跨ぎなさいよ」
「そ・・・そんなこと・・・しない」
 挑発に釣られて反駁してきたが、その口調の弱さがリアンの気持ちを表していた。逃げ場を失い、堕ちる寸前にまで来ている。その手応えを感じながら、エイリアはわざと意地悪く、回りくどく責めていく。
「そう、名家のお嬢様ともなると、おしっこもうんちもしないって訳ね」
「・・・・・」
 意識して的を外したその言葉に、リアンが返答に窮した。かつてのリアンであったなら、きっぱりと肯定していたかもしれないが、いまはそんな強さも、そんな暴言を許すだけの背景もない。かといって、エイリアの言葉を自分から否定するような下品な真似は、心の底に残っている、わずかばかりの自尊心が許さない。
 リアンの葛藤を理解してやる必要を持たないエイリアは、一見穏やかに見える笑顔を浮かべ、床の上の木桶に手を伸ばした。取っ手代わりの縄を掴み、黄色い水を揺らしながら持ち上げる。
「それじゃ、こんなものは必要ないね。邪魔だから、片付けておくわ」
「あ・・・」
 それが無くなってしまう意味を、直感で理解したのだろう。持ち上げられた桶を目で追いながら、リアンが縋るような声を上げた。自分でも後悔しただろうが、もう間に合わない。いたぶることを楽しんでいることが明らかな、嗜虐的な笑顔を浮かべたエイリアが、手にしていた桶を目の前に置くのを、リアンは唇を噛み締めながらじっと見ていた。
「これが必要なの?」
「う・・・うん・・」
「どうして? お嬢様はおしっこなんかしないんでしょ? まして、うんちなんて、ねぇ」
「する・・・の。本当は・・・」
「ふぅん。それで、これが必要だってことは、ここにする気になったんだよね?」
「・・・・・」
 黙ったまま、リアンは小さく頷いた。その諦観に彩られた横顔を見ながら、エイリアは桶の前にしゃがみこむ。
「口だけじゃ信用できないね。本当にこれが必要なら、使ってるところを見せてもらわないと」
「・・・・・」
 絶対の劣位に逆らうことを諦めたのか、本気で桶を奪われることを恐れたのか、それとも我慢の限界を迎えていたのか、どれが理由なのかはわからない。だが、何にしても、リアンは無言で桶を跨ぎ、突き刺さる視線を感じながらも腰を下ろしていった。高さを持った桶を跨いでいるために、腰を完全に落とすことはできず、膝で手を支えながら、中途半端な高さで固まる。
「く・・・」
 屈辱に噛み締めた唇の間から、小さく、短く、声が零れた。同時に、桶の上で震えていた尻から、細く頼りなく、薄黄色の液体が流れ落ち始める。数度の経験で、既にコツはつかんでいるらしく、不自然な姿勢でしているにもかかわらず、こぼすことなく用を足していく。
 弱々しく流れ出るおしっこは、桶の中に溜まっていた水を跳ね上げ、はしたない音を上げている。自分が立てている音を聞かれ、決して他人に見られることなど無い筈の姿を見つめられ、耐え切れなくなったリアンが両手で顔を隠した。エイリアはそれを咎めはせず、頬杖をついてリアンの放尿姿を堪能している。
「はい、よく出来ました。リアンお嬢様にはこの手洗いが必要だって、よく判ったよ」
「う・・・」
「ちゃんと言うことをきけた事だし、約束通り、ご褒美を上げる。何が良いかな。お風呂? お水? ご飯?」
 あからさまな揶揄に唇を噛み締めたリアンが、続いた言葉を耳にした途端、思わず顔を上げてエイリアを見つめていた。余程意外だったのだろう。完全に虚を突かれたと、表情が語っている。だが、その申し出を受けない理由などどこを探しても見つからない。現状から、どれもすぐに欲しい3択を前に、リアンは必死で堪えを探した。
「そうだ、このままうんちもできたら、三つともあげるよ?」
 思いつきでの提案に、リアンが思わず迷いを浮かべた。だが、それは一瞬で消え、誘惑に揺らぐ気持ちを振り払うかのように激しく、何度も首を左右に振る。恥と誇りとを捨て去ることを、僅かにでも考えた自分に腹が立ったのだろう。押さえられない怒りが顔に浮かんでいる。
「それじゃ、一つだけだね。何がいいの?」
「・・・お風呂」
 迷った末に選んだのは、食事ではなく、入浴だった。汚れさえ落としておけば、通りかかる男たち全ての足を止めさせる自信がある。そして、業腹ではあるが、少し体を開いて見せれば、食事の一つくらいは簡単に手に入れることができるだろう。そんな甘い計算が透けて見えたが、エイリアは何も言わずにフックに結ばれているロープをはずし、自分の手に巻き取った。
「お風呂はそっち。角を折れた突き当たりにあるからね」
「判った・・・ぐぅえっ!」
 場所を教えられ、風呂場に向かおうとして立ち上がりかけたリアンが、突然聞き苦しい悲鳴を上げて床に転がった。その姿を、首輪につながる紐を思いきり引っ張った張本人が冷酷に見下ろし、問い詰めてくる視線に口の端を上げる。
「犬は四足で歩くものだよ」
「犬・・・? 私は・・・」
「犬でしょ?」
「・・・・・」
愉悦に満ちた歪んだ笑みに、自分の置かれた立場が思い出された。言葉を失い、情けなくうなだれたリアンを見下ろし、エイリアは手にした縄を軽く引く。促されているのだと知ったリアンは、絶望に包まれながら体を動かし、ゆっくりと両手を床につけた。
「言葉が通じないと不便だから、しゃべるのは大目に見てあげる。だけど、それ以外はちゃんと犬らしくするようにね」
「・・・・・」
「返事は?」
「・・・はい」
「返事は『わん』でいいよ。それで通じるんだから」
「わ・・・ん・・・・」
 涙声で細く鳴き、リアンは引かれるままに手足を動かした。俯きながら歩くリアンの後には、途切れ途切れに涙の跡が残っている。下から聞こえてくる小さな嗚咽を心地よく聞きながら、エイリアはわざとゆっくり歩き、優越感に満たされていく今を楽しんでいた。
 浴室で心行くまで弄び、浴びていた精の全てを洗い流したエイリアは、リアンを廊下に残し、そのままどこかへ姿を消した。嬲られ、言葉で責められながらも、誰かが傍にいてくれる時間は心強いものだった。再び廊下につながれ、一人だけで残されてしまうと、心細さが強く全身に染みてくる。
「あら、どうしたの?」
 一人の不安に涙をこぼしたリアンの前に、姿を消していたエイリアが姿を現した。思わず喜びを浮かべて上げられた顔の前に、左右に控える二人の女性の姿が映る。それぞれに、消すことの出来ない恨みを抱えた女性たちは、落ちぶれ果てたかつての主を、侮蔑と嘲笑とで貫いていた。
「お腹が空いて・・・」
 つい数日前まで隷属させていた女性たちを前に、心が弱っている姿を見せたくはなかったのだろう。リアンは涙の理由を空腹に押し付けた。全てを知っているのか、それとも、どうでもいいと割り切っているのか、エイリアはその言葉に鷹揚な頷きを返し、背後の二人を振りかえった。
「ノルト、ルティス、用意できてる?」
「はい」
「この通りです」
 エイリアの言葉に、ノルトとルティスが、それぞれ手に持っていた水差しとパンの入った籠を差し出して見せた。咄嗟の嘘ではあったが、それが事実に基づいた欲求だったことを、リアンの表情が伝えてくる。銀色に光る水差しと、小さな籠に山を作っているパン。以前であれば、なんとも思わなかったそれらを前に、リアンは乾いた喉を鳴らし、半口を空けて渇望の視線を投げた。
「欲しい?」
「わ・・・わん」
「あら、いい声」
「ふふ・・・ほんとに」
 エイリアの視線に強要され、消えそうな声で吠えたリアンの姿に、かつてのメイドたちがそろって皮肉な笑みを浮かべた。それを見ながらも反論できないリアンは、ただノルトの手の中にある水差しだけを求めて、哀訴の目を向ける。
「これが欲しいなら、判ってるでしょ?」
「な、なにをすれば・・・」
「自分で考えなさい・・・と言いたいとこだけど、まあ、今回は考えてあげる。こっちの二人から希望があったことだしね」
 言いながら、手振りで二人を前に出す。並んで進み出たノルトとルティスは、意味ありげな頷きを交し合い、互いに前を譲っていたが、やがて話がついたらしく、ルティスがリアンの前に立った。かつての暴君が四つんばいで見上げてくる姿を、優越感に浸りながら見下ろし、余裕が生み出す穏やかな笑みで口を開く。
「ご自分でなさってください」
 かつての主に対し、ルティスは以前と同じ丁寧さで応じている。だが、口調の微妙な違いが、今の言葉使いが強烈な皮肉であることを主張していた。それが判らないほど鈍くは無い。リアンは悔しさに奥歯を軋ませながらも、ただ立っているだけのルティスから受ける威圧感に、言葉を返すことが出来なかった。返事をせず、かといって命令にも従わないリアンの様子に、ルティスは優雅に膝を折り、メス犬に堕ちた女性の前にしゃがみこんだ。相手のわずかな動きにその都度おびえる、そんなリアンの姿を皮肉に笑い、至近から顔を覗き込んで再度口を開く。
「ご自分でなさってください。以前、私達がいたしましたように、見られながら、自分を慰めてください」
「そ、そんな・・・こと・・・」
「出来ないとはおっしゃらないですよね? 昔、ご自分で私どもにご命令されたのと同じ事です」
 穏やかな笑顔を浮かべてはいるが、決して心は笑っていない。許すつもりも、その必要も持っていない相手からの圧力に、リアンは目を逸らしながらも、片手を自分の股間に伸ばしていた。躊躇いながら指を押し当て、おざなりにまさぐっている。
「ご自分が命令されたとき、それで許した覚えがございますか?」
 おずおずと伺ったリアンに対し、ルティスは冷たく答えた。思わず硬直し、形だけの動きすらも失った女性に向け、かつて自分が投げつけられた言葉を、丁寧にもそのままつき返す。
「お尻を着いて、よく見えるように大きく足をお開きください。ご自分ではなく、私どもを満足させるように、激しく乱れて頂きいたいですね。ふふっ、私が申し上げるまでも無く、お嬢様にはよくお判りのことでしょうけど」
「う・・うぅ・・」
 以前、自分が口にしたのと同じ命令が、そのまま自分に返ってきている。リアンは口の中で小さく呻き、言われるままに尻を着いた。軽く膝を立てて足を大きく開き、秘密にされているべき場所を、これでもかとばかりに見せ付ける。どうやら、開き直ったものらしい。左手を胸に、右手を秘所へと伸ばし、乱雑にそこを刺激し始める。
「激しくとは申しましたけど、乱暴にとは申しておりませんよ」
「いつも私どもがいたしておりましたから、やり方がお判りになりませんか?」
 稚拙な指使いを揶揄しながら、二人の元メイドはリアンの左右にしゃがんだ。間に挟んだ全裸の女性を嘲りながら、事細かに動きを命じていく。
「胸は手のひらで持ち上げながら、軽くまわすように動かされるといいですよ。親指と中指で乳首を挟んで、人差し指で時々弾いてあげるんです」
「こちらのほうは、もっとゆっくり、撫でるように動かしてください。体が欲しがるまでじらして、その後で指を入れましょう」
「・・・・・」
 指導の形を取った命令を受けて、リアンが手の動きを変えた。至近で見つめてくる冷静な視線に晒され、さすがに恥ずかしいのだろう。頬を赤らめ、目を閉じ、羞恥に染まった顔を俯かせている。
「そうです、ふふ・・、乳首が硬くなってきているのが、ご自分でもわかるでしょう? もっと早く、もっと大きく、乳首も少し強く刺激してあげてください」
「指におつゆが絡んでいるのが判りますか? こうなったら、もう、指を入れても大丈夫ですよ。人差し指と中指で、ご自分の中をかき回しましょう」
「う・・・ぅあ・・んぅ・・・っはぅ・・」
 二人の女性の手ほどきに従い、自分の体をまさぐるうちに、決して漏らすまいとしていた声が自然と零れた。ノルトとルティスは笑みを交わし、自分の指を止められなくなってきているリアンの耳元に、左右から甘い言葉を囁く。
「ほら、気持ちよくなってきた・・・。遠慮はいらないんです。思いきり、もっと気持ちよくなることだけを考えて、好きなようにしてください」
「お豆もいじるといいですよ。皮の上から摘んで揉んで、慣れてきたら皮を剥いて直に触って・・・」
「はうぅっ! ふっ! はぅっ! うっ、くぅうっ!」
 投げられるのが、厳しい命令の言葉であったら、リアンは自分を保つことが出来ていただろう。だが、同じ高さからささやかれる誘惑の言葉には、抗うことができなかった。言われるままに自分を犯し、今までに感じたことが無い感覚に戸惑いながらも溺れている。演技ではない喘ぎ声を上げ、虚ろに空を見上げ、一心に指を動かすリアンには、もはや二人の声など必要無かった。白く濁った愛液を零しながら、体に埋めた指を激しく動かし、柔らかな肉を淫靡に歪ませ、押さえられなくなった声を上げている。
「ふああっ! あっ! あああっ!!」
 激しく動いていた指が止まり、体全体が硬直する。同時にひときわ高い声が響き、その姿を見つめる全員に、行為の終わりを明確に告げた。
「お疲れ様。いい格好だったよ」
「本当に・・・。見ているだけで、私までこんなに・・・」
 昂ぶりを収め、落ち着きを取り戻したリアンは、開いていた足を閉ざし、両手で胸を隠した。悠然と足を進めてその前に立ったエイリアは、あさましく自分を慰めている姿を見られたという現実を、改めてリアンに突きつける。
唇を噛み、涙を滲ませたリアンの耳に、右から艶やかな声が届いた。つられて顔を上げたリアンの前で、ノルトはゆっくりと自分のスカートを捲り上げ、染みが広がる清楚な下着を見せつけた。
「このままでは収まりがつかないものですから、恐縮ですが、私を満足させていただけませんか? 言葉を使うのは気が引けますけども、お嬢様がお好きだった『奉仕』をお願いします」
「やり方は、いまさら説明する必要もありませんよね? さんざん私達に命令してきたことなんですから」
 ノルトの傍らにしゃがんだルティスが言葉を引き継いだ。意図的な挑発を受けて、リアンが口を引き結ぶ。明らかな侮辱の言葉を前にして、卑屈に笑うことができるほどには、まだ落ちぶれていない。そんなリアンの心を崩したのは、エイリアの声でも、ノルトの嘲笑でもなく、ルティスの行動だった。弱い反抗の光を灯した瞳の前で、手にした水差しを傾ける。一杯に満たされていた水が滑らかに流れ出、床にあたって跳ね上がった。何よりも貴重な存在である水が、目の前で失われていく。その残酷な現実を押しとどめる為にはどうすればいいか、答は聞かなくても判っていた。 
「す、するから・・・だから・・・」
「それでは、お願いします」
 ノルトが自分の手で下着を脱ぎ落とし、女の匂いを漂わせている場所を突き出した。させることはあっても、自分が他人の性器に口を寄せることになるなどとは考えたことも無かったにちがいない。決断を口に乗せはしたものの、実際にその場所に顔を寄せたとき、リアンはこみ上げる嫌悪に眉を顰め、顔をそむけていた。
「どうされました? さあ、早くお願いします」
「簡単なことでしょう? ただ口をつけて、舌を動かすだけです」
「そんな方を向かれていては、できないですよ。こちらを向いてください、さあ、早く!」
 丁寧な言葉をそのままに、ノルトが僅かに語気を強めた。顔をそむけたままのリアンに業を煮やしたのだろう。無造作に手を伸ばして髪をつかみ、腰を更に突き出して顔に押し付ける。
「う・・む・・・・ぅあ・・」
「何をしてらっしゃるんです? それではくすぐったいだけですよ」
「舌を使ってください。私達に出されたご注文を覚えていらっしゃるでしょう?」
 強引に顔を押し付けはしたが、そこから先は本人がその気にならなければ進まない。口を閉ざし、逃れようともがいているリアンの鼻息が陰毛を揺らすために、そこがくすぐったくて仕方ないのだろう。ノルトが不満げに言葉を投げ下ろし、傍らからルティスが追い討ちをかけた。このままでは、この不快な状況がいつまでも続くことになる。気持ち悪いというのが正直な気持ちだが、とりあえずはそれに目を瞑り、今から逃れることを考えたほうがいいだろう。リアンは目の前の光景を見ないようにと目を瞑り、唇が感じていた生暖かさの源へと舌を伸ばした。
(う・・・うぁ・・・)
 既に欲望を滲ませていた場所は、おずおずと伸ばされてきた舌をすんなりと受け入れた。始めて触れるその暖かさと柔らかさ、そして口の中に広がる女の匂いに、改めて嫌悪がこみ上げる。リアンは戻しそうになるのを必死にこらえ、舌先で硬く尖っている場所を探り当て、重点的にそこを刺激し始めた。自身の経験から、それが一番早く終わると考えたのだろう。だが、経験を持たない女性の稚拙な奉仕では、どこをどのように攻めようとも結果は変わらない。ノルトはリアンの舌技を鼻で笑い、傍らの同僚に肩をすくめて見せた。
「ふふっ、仕方ないなぁ」
 下手な奉仕を続けさせたところで、ノルトに満足が得られるはずは無い。もちろん、あのリアンにこんな真似をさせているという精神的な充足はあるが、だからといって、こんな拙い奉仕をいつまでも続けられては堪らない。とはいえ、それを理由にここで止めさせるのも、それはそれで気に食わない。
 そんなノルトの内心を、同じ気持ちを抱いているルティスは正確に受け止めていた。リアンを助けるためではなく、中途半端な状況に置かれているノルトの為に、小さく笑って上衣を脱ぎ落とす。そのまま、幾度と無く肌を合わせた相手に抱きつき、求めてきた唇に自身を重ねると、リアンにはとても真似が出来ない、深く巧みな口付けを交わした。舌を絡ませ合い、至近で見詰め合いながら、ルティスの手はノルトの衣服の下へと潜り込み、自分と比べて豊かな胸を、羨むようにねっとりと撫で回す。胸を揉まれ、乳首を刺激され、濃厚な口付けを交わすうちに、それまで醒めていたノルトの瞳が熱を帯び、息遣いが乱れ始めた。
口付けだけで満たすことができる程に、互いのことを熟知している二人に、言葉は必要無い。ルティスは焦らしながら、合図を待っていた。それが眼もとの僅かな笑みという形で与えられたとき、ノルトの弱点である首筋に唇を這わせ、同時に胸の先を軽くつねり上げた。
「はあっ! あっ! っくぅ!」
 股間にある頭をひときわ強く押し付けながら、ノルトは体を震わせた。しばらくの間、腕の力を緩めないまま余韻に浸り、それからゆっくりと頭を離していく。全体を愛液に染めたリアンの顔が、細く糸を引きながら離れていった。途中から、意識を飛ばしていたのだろう。リアンは呆然と、自分を失っている。その瞳を意地悪く覗きこみ、三人の女性たちは満足を浮かべて頷いた。約束通り皿に水を満たし、その傍らにパンを置き、復讐者たちはその場所から立ち去っていった。
 
 ・
 
 廊下に繋がれてから、十日ほどが経過したころには、リアンにも状況の厳しさが嫌と言うほど認識されていた。一人の男の相手をすれば、体を綺麗にしない限り、次の男を呼び込むことは難しい。だが、相手をした褒美として入浴を求めていては、いつまでたっても水や食料を得ることはできない。芸として、言われるままに色々な格好をし、様々な痴態を演じても、二度目からは誰もそれを芸として評価はしてくれない。
 結局、リアンは常に腹を空かせ、喉の乾きに苦しみながら、纏わりつく自分の臭いに苦しむ日々を送らなければならなかった。最初のころには、珍しがって見に来ていた男たちの足もいつしか遠のき、気がつけば、ノルトやルティスとするために通る男たちだけが、唯一何かをねだれる相手となっている。だが、これから満足を得る男たちは、いくら土台がいいとは言え、薄汚れ、やせ細った女に興味を示してはくれなかった。誰もがみな、汚物が溜まった桶と、リアン自身の体が放つ異臭を避けるように、廊下の端を足早に通りすぎていく。
「だからね、今なら、何を命令しても逆らわないよ」
「・・・そう、なんだ」
 生理の関係で休みを貰ったルティスは、クルツの部屋の隣に与えられている、妹の部屋を訪れていた。世話係として働くようになってから、特に命じられない限り、常にクルツの声が届く場所にいる為に、ゆっくりと話をすることもできなかった。今日はクルツが砦を出ており、掃除や洗濯などの雑用を終えたカルナには十分な時間がある。それを聞きつけたルティスは、久しぶりに妹と遊ぼうと考えて部屋を訪ったのだが、話はいつか、落ちぶれ果てているかつての暴君へと及んでいた。
「暇があるなら、見においでよ。あの女が、どんなに落ちぶれたか。すっとすると思うよ」
あの館にいたころ、誰よりもひどい目に合わされていたのは、ノルトでもルティスでもなく、カルナだった。ノルトやルティスが抱いている以上に、リアンに対する復讐心は強いだろう。だが、そんなカルナが、これまで一度としてリアンの姿を見に来ていない。忙しいせいだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。急ぎとも思えない繕い物をしながら、カルナは姉の誘いに首を横に振っていた。
「いい」
「なんで? あんなに虐められたじゃない。今なら、何をしたって逆らえないんだよ。あの悔しさを、返してやることができるんだよ」
「それは、お姉ちゃんたちがやってくれたから・・・」
「カルナ・・・?」
 妹の言葉の中に、何か煮え切らないものを感じ、ルティスが小首をかしげた。心の中では、リアンへの復讐を願っているはずなのに、それを表に出そうとしない。そんな様子に、疑問を抱いたようだ。
「リアンが怖いの?」
「ううん」
「じゃあ、何で?」
「クルツ様に悪いから・・・」
「クルツ様?」
 意外な名前を持ち出され、疑問は却って深まっていた。リアンから開放してくれた上に、不特定の相手に対して体を開く立場から救ってくれたクルツには、確かに恩義があるだろう。だが、それが故に義理立てするとしても、リアンに対する復讐を止めると言うのは、筋が通らない。
「どういうこと? 逆なら判るけど」
「クルツ様ね、私に何もしないの」
「え?」
 問いかけに対して返されたのは、脈絡の無い言葉だった。妹が何を言おうとしているのか判らず、ルティスが首をひねっているが、カルナはかまわず言葉を続ける。
「不思議だったから、どうしてって聞いたの。そしたら、私が、死んじゃった妹さんと同じ位の年なんだって教えてくれた」
 クルツにとって最大の心残りは、まだ幼かった妹を助けることが出来なかったという事実だった。仮に生きていられたとしても、エイリアと同じように体を売ることになっていただろうが、それでも、生きていればこそ、その先を選ぶことができる。たとえどれほど少ない選択肢であっても、自分の手で何かを選ぶことが出来ていただろう。そんな機会すら与えられないまま、幼い命を散らせていった妹。その姿を重ねた相手に、どうして手を出すことができるだろう。それを言われては、カルナも納得するしかなかった。
「妹さん、死ぬまで、あの人の事を恨まなかったって。何かの気まぐれでお菓子を貰ったとか、優しくしてもらったことばかり覚えてて、恨み言を口にしたクルツ様に、許してあげてって言い残していったんだって」
 それは、事情を理解できない少女の単純さが生み出した言葉だったろう。だが、それと判っていても、クルツにとってはそれが、幼くして死んでいったミリーの遺言だった。それを受け入れ、従うことは出来なかったが、そう言い残した声だけは、ずっと心に残っている。
「だから、私はあの人を許すことにしたの。気持ちは無理でも、形だけでも」
 クルツがその言葉を押し付けてきた訳ではない。だが、その話を聞いて、気にせずにいられるほどに、少女は無神経ではなかった。そして何よりも、カルナ自身の心の中に、リアンを哀れむ気持ちが僅かながら残っていたことが、少女の遺言を受け止める気持ちになった、最大の理由だっただろう。
 ルティスにしても、カルナには、復讐などという荒んだ行為をしてもらいたくないという気持ちがある。そんなことを知らずに、穏やかな優しさを持ちつづけてもらいたいという願いがある。それは、代わってそんな暗い仕事を一身に背負う、自分に対する免罪符でもあるだろうが、純粋に妹を思っての祈りでもあった。
「うん、判った。ごめんね、変な話をしちゃって」
 ルティスは目を細めて妹を見やり、逃げるように部屋を出ていった。
 
 ・ 
 
 ルティスが妹と言葉を交わしていたその頃、語るべき妹を失った女が一人、廊下に繋がれた雌犬の前に立っていた。ここ数日食事を貰えず、うずくまって空腹に耐えていたリアンは、通りすぎることなく足を止めた人の気配に顔を上げ、そこにエイリアの姿を見出すと、卑屈な笑みを浮かべて体を動かした。言われるまでもなく手を床に突き、自ら四つんばいとなってエイリアに近づく。
 用を足した後に、そこを拭くことも洗うことも出来ず、最後に相手をしてくれた男とした後も湯を浴びていない。傍らの手桶には溢れるほどの排泄物が溜まり、その異臭に囲まれつづけていたリアンの体には、近づきがたい臭いが染みついていた。そんな女に寄られては堪らない。エイリアはわざとらしく顔を顰め、鼻を押さえて数歩下がった。
「ひどい臭い。堪らないなぁ」
 鼻を押さえたまま呟き、エイリアは背中を見せて歩き去ろうとした。ここでエイリアに去られてしまっては、次の機会はいつになるか判らない。リアンは去り行く背中に未練の視線を縋らせ、おずおずと声を発した。
「あの・・・ご飯を・・・・」
「ご飯?」
 背後からの言葉に不機嫌に振り向き、エイリアは鼻先で笑った。明らかな侮蔑を受けながらも、怯えた目で見上げてきているリアンを睨み、冷たく言い放つ。
「何度も言わせないでくれる? 餌は芸をして貰うものでしょ」
「・・・おしっこを・・・・・」
「ああ、私は別にそんなの見たくないから。他の人に見てもらって」
「あ・・・」
 そっけなく背中を向け、エイリアは足早にそこを離れていった。もう、既に、復讐心はほとんど満たされている。今ならリアンが餓死したところで、それほど悔しいとは思わない。そんな気持ちが現れた背中に、更に何か言おうとしたリアンが、その無益を悟って言葉を飲み込む。これほどに自分を惨めに感じたのは、始めてだった。馬鹿にされ、辱められ、自尊心を踏みにじられた時にも、確かに悔しく惨めだった。だが、今のように、無視され相手にしてもらえないというのは、それよりもずっと堪える。
 悄然と壁際に戻り、自分の臭いだけに包まれながら膝を抱えたリアンは、現実から逃げ出すように目を閉じ、顔を伏せた。なぜ、こんなことになってしまったのか。勝手放題の生活を当たり前に送っていた日々はなんだったのか。考えても仕方の無いことが頭の中に浮かび、回転する。目が熱くなったが、もう涙すら出てこない。低い、途切れがちの嗚咽だけが、リアンが泣いているのだということを示していた。
「・・・・・雨?」
 自分の嗚咽だけを捕らえていたリアンの耳に、降り始めた雨の音が届いた。顔を上げ、開け放たれている窓から外を見やると、黒く立ちこめた雲から、大粒の雨が落ちてきているのが見て取れる。
恵まれた生活を送っていたリアンにとって、雨はただ鬱陶しいだけのものでしかなかった。訳も無く気分を重くする、何よりも嫌いな天気だった。それだけを理由に、カルナを鞭打ち、外に放り出したこともある。だが、そんな天気を前にして、リアンは強い羨望を浮かべていた。
「何を見てるの?」
 突然の雨に、廊下へと走りこんできたルティスが、一心に外を見やっているリアンを見咎めた。もう、わざわざ敬語を使う必要を感じていないのだろう。ひどくぞんざいな口調で言葉を投げている。
「あ、あのっ、お、お願いが・・・あるんです・・」
 代わって丁寧な言葉を口にするようになったリアンが、目の前に立つ女性の前で頭を床につけた。全裸で這いつくばり、頭を足元に摺り寄せる。かつての自分の姿を目の前に見出し、ルティスが不快そうに唇を歪めたが、土下座を続けているリアンは、それを知らずに言葉を続けた。
「外に・・・、外に行かせてください!」
「外?」
「は、はいっ! 外に出たいんです! 逃げないです! 逃げませんからっ! 外に出してくださいっ!」
「・・・・・」
 即答を避け、ルティスはしばし考え込んだ。リアンが何を考えてそう言い出したのか、それは判っている。判らないのは、ここでその願いを聞き入れるのと、無視するのと、どちらがよりリアンを苦しめるか、ということだった。数年の間うけ続けた陵辱の日々の恨みは、数日の復讐ごときで晴らされるものではない。こんな状況に堕ちているリアンを前にしても、更に苦しめてやろうと考えている自分に、ルティスは己に染みこんでいる恨みの深さを改めて感じていた。
「待ってなさい。エイリアさんに聞いてあげるから」
 結局、ルティスは判断をエイリアに委ねることにした。話を聞いたエイリアは、ルティスと共にリアンの前へと戻り、ずっと同じ姿勢で自分を待ちつづけていた女の前にしゃがみ込んだ。
「外に出たいんだって?」
「わ、わんっ!」
「ふふっ、そうだね、犬には外のほうがお似合いだね。いいよ、出してあげる」
「あ、ありがとうございます」
「但し、外に出たら、もう家の中には入れてあげないからね」
「う・・・・、わ・・ん・・」
 予想はしていたのだろう。残酷な言葉を前にしても、リアンは動揺を見せなかった。自身の背中を押すための、僅かな時間の後、さすがに力の無い声で答え、首を小さく縦に振る。
「いいんですか?」
「ん、何が?」
「逃げませんか?」
「いいじゃない、逃げたって」
 ルティスが口にした不安に、エイリアはこともなげに答えた。二人の会話に耳を向けているリアンを横目で見ながら、更に言葉を続けていく。
「あんな格好でここから出ていって、無事に山を降りられるわけ無いでしょ。仮にどこかの町まで行けたとしても、どうなると思う?」
「はぁ・・なるほど」
 砦として柵をめぐらしてあるが、その外側には、時折強暴な獣が姿を見せることがある。運良くか、運悪くか、それを凌いだとしても、布一枚すら身につけていない姿で、人目のある場所に出ることはできないだろう。エイリアであれば、闇夜に乗じて適当な家から服と当面の路銀を掠めるぐらいのことはするが、この元お嬢様に、そんな芸当ができるとは思えない。
「ここの中なら、裸でいることに今更誰も驚かないけどね」
 事情を知る者達の前で裸になっているのと、何も知らない他人の前に裸で出て行くのとでは、意味合いがまるで違う。それを承知の上でここから逃げ出すというのであれば、それはそれでかまわないだろう。そんなエイリアの言葉に、ルティスも納得の色を示した。
「じゃあ、この紐は外してあげる。外には自分で行きなさいね」
 リアンを壁に繋いでいた紐を外し、エイリアはリアンを外へと追いたてた。許しを得たリアンが、必死に手足を動かし、たたきつけるような雨の中へと這っていくのを見送り、エイリアは後に残った、汚れた床板を見下ろす。
「これで、やっと掃除できるね」
「臭かったですからねぇ。あ、エイリアさん、それは、私が」
「そう、それじゃ、お願い」
 自ら汚物の満ちた手桶を片付けようとしたエイリアを制し、ルティスがそれを持ち上げた。零さないよう慎重に、緩やかな足取りで手洗いへと運んでいく。エイリアは開いたままの窓から、雨が降りしきっている、暗い庭へと目をやった。誰もが好んで外へ出ようとしない中、白い女体が一つ、地面の上に座り込んでいる。リアンは、汚れきった体を、叩きつける雨で洗い流しながら、口を大きく開いて雨水を受けていた。
「どこまで堕ちていくつもりなのかな?」
 水といえば、冷えた蜜水しか口にしていなかった女が、必死に雨水を求めている姿を笑いながら、エイリアは冷たく背中を向け、自分の部屋へと戻っていった。
 
 ・
 
 生活の場所を砦の庭に移したリアンは、すぐに自分の選択を悔いることになっていた。雨の中に飛び出したばかりのときは、体を洗える喜びに浸っていられたが、ひと時の喜悦が去った後には、悲しい現実が待っていた。
雨に打たれつづけて冷えた体を休める場所はなく、水だけで膨らましたお腹はすぐに空腹を訴え始める。とりあえず雨があたらない軒下に逃げ込んだリアンは、寒さと空腹とに震える体を自分で抱きしめ、降りつづける雨が止んでくれることをひたすら願った。雨がやめば、必ず誰かが庭に出てくる。汚れを流した今なら、餌を貰うぐらいのことはできるだろう。そんな期待だけが、唯一の支えとなっていた。
「うっ・・・! くぅ・・・」
 うずくまって震えていたリアンが、不意に顔を顰めてお腹を押さえた。水ばかり飲んだせいか、体が冷えたことが原因か、腹が猛烈な痛みを訴えている。少しは我慢できそうだが、できたところでどうなるものでもない。手洗いは家の中にしかなく、ついさっき、家の中へ入ることを禁じられたばかりだ。かといって、こんなところで粗相をしては、どんな罰を受けるか判らない。
(あそこ・・・なら)
 焦燥を浮かべてあたりを見渡していたリアンが見つけたのは、庭に降り注いだ雨水が流れ去っていく、細い溝だった。雨の中を小走りで、その排水溝へと駆け寄り、全裸の姿でその溝を跨ぐ。
「う・・・ぐぅう・・・はっ・・ぁうう」
 ぶじゅっ! ぶびゅじゅっ! びぶっ! ぶぶぶぼっ!
 しゃがみこむのと同時に、リアンの尻からはすさまじく下品な音が振りまかれていた。全裸で雨に打たれながら、尻から便を垂れ流している自分に、惨めさを感じるゆとりもない。排泄を始めても痛みが引かない腹を両手で押さえ、苦悶の叫びを上げながら、液状になったものを、絞るようにして吐き出して行く。同時に股間からは黄金色の液体が弧を描き、雨音の中に異質の水音を立てた。その音が収まった頃、ようやくに腹部の痛みを収めたリアンは、苦しげに口で息を吐きながら、手に受けた雨水で尻と股間とを洗い、再び雨を凌げる場所へと駆け戻って行った。
(寒い・・・)
 雨だけは何とか凌げるものの、裸でいたのではやはり寒さが堪える。冬でないだけマシではあるが、完全な夏に至っていない時期に、この格好は無理がある。
(そうだ!)
 何かを思いついたのだろう。リアンが顔を上げ、あたりを見渡した。程なくして目的の場所を見つけ、雨の中、そこを目指して走って行く。
(ここなら、いいよね)
 リアンは、馬車を引く馬が繋がれている、小さな馬小屋へと飛び込んだ。馬たちの臭いと、糞尿のすえた臭いに満ちた、決して居心地がいいとは言えない場所だが、雨と風が凌げるだけで、今は十分にありがたい。
(あれ、あったかそう・・・)
 小屋の奥に、干草が積まれた山を見つけ、リアンはゆっくり近づいた。手を伸ばして干草を掴み、じっと見つめる。迷ってなどはいられなかった。リアンは干草の中に足を入れ、丁寧に積まれた山に体を埋めた。
(あったかい・・・・)
 温もりが眠りを誘うのに、時間は必要なかった。リアンは獣の臭いの中、干草に埋もれて、深い眠りの中へと落ちて行った。
 
 ・ 
 
「おい、お前、どういうつもりだ!」
 翌日の朝は、リアンにとって最も望ましくない形で訪れた。馬の世話をしに来た男が、せっかく用意した干草を崩し、湿らせてしまった女を見つけ、その寝顔に容赦のない罵声を浴びせ掛ける。驚いて飛び上がったリアンの手を掴み、小屋の中に押し倒した男は、憎々しげに睨みつけながらも、股間の疼きを押さえられないでいるらしく、好色な光を目に閃かせていた。
「便所女がなんでこんなとこにいるんだよ」
「便所・・・女?」
「お前のことだよ。便所みてえな臭いをさせて・・・ないな、今日は」
 馬小屋の臭いの中では、たとえそんな臭いがあっても気づかないだろうが、男はリアンに近づいて鼻を鳴らし、それを確認した。改めて体を好色な視線で舐めまわし、いつも汚れていた女が綺麗になっている事に気づく。
「へへっ、こりゃいいや。馬小屋の掃除もしてみるもんだな」
「あっ、あの、あのっ!」
「なんだよ、文句を言える立場だと思ってんのか!?」
「い、いえ、喜んでお相手します。で、でも、終わりましたら、何か食べ物を」
「ああ、判った、判った。パンをくれてやるよ」
 面倒臭そうに答えながら、男は下を脱ぎ落とした。全裸の女を前にしてそそり立ったものを、無遠慮に見せ付ける。
「おら、口が寂しいんだろ、これを咥えろよ」
「は、はい」
 食事を貰うためとなれば、迷ってはいられない。リアンは言われるままに男のモノを口に含み、最近覚えたばかりの技術を使って奉仕を始めた。
「ほぉお、少しはマシになったようだな」
「う・・ぅむぅ」
「おら、次は下に入れてやるからよ、自分で準備をしときな」
「ん・・んぅう」
 以前にも、リアンに口でさせたことがあるらしい。嫌らしい笑みを浮かべ、髪を掴んで乱暴に頭を動かす。リアンは顔を顰めながらも奉仕を続け、自らの手を胸と秘所とに伸ばした。胸を揉み、陰核を摘み、体の奥から快感を無理やり搾り出す。
「おら、出すぞ。ちゃんと飲めよ」
「んっ・・・うぐ・・ん・・」
 頭を押さえつけられ、口の中に臭い立つ精を放たれる。以前であれば耐えられなかっただろうが、リアンはそれを、苦労しながらも全て飲み込んでいた。口の端から零れた精を指で救い上げ、男の視線を意識しながら、それも口へと運ぶ。
「さてと、それじゃ、こっちを・・・」
「おいおい、独り占めはよくないぜ」
 リアンに四つんばいの姿を取らせ、背後から挿し込もうとした男を、不意に投げつけられた声が制した。男とリアンがそろって目を向けると、いつからいたのか、馬小屋の入り口には数人の男が立ち、二人の行為を見つめていた。
「ちっ! しょうがねえな」
 独り占めの好機を失った男は舌打ちを響かせ、既に準備を終えている女の股間をにらみつけた。腹いせに剥き出しの尻を強く張り、入り口に立つ男達のほうへと向かわせる。
「パン! パンは!?」
 追いたてられながらも、リアンは振りかえって必死に訴えた。男は不機嫌に腕を組み、その言葉を聞き流している。
「なんだ、腹が減ってるのか。心配すんな、こんだけいれば、腹が膨れるくらい飲ませてやれるからな」
「そんな・・・」
「うるせえな、しゃべってる暇があったらこれを咥えな」
 違約を詰ろうとする口に、男のモノが強引にねじ込まれた。それをきっかけに、他の男達もリアンの体に取りつき、好き勝手に自分達の性欲を押し付けて行く。
 どれだけの時間が過ぎただろうか。初めて廊下に繋がれた日と同じように、凄惨な辱めを受けたリアンは、汚れきった体を、男達の輪の真中に横たえていた。消え入りそうな声で『パン・・・』と口にし、うつろに口を動かしている。
「お、見ろよ」
「へへっ、こりゃ、面白そうだな」
 それぞれに満ち足りた男達の間をすり抜け、一匹の犬がリアンに近づいていた。鼻を鳴らしながら周りをうろつき、やがて精に汚れた股間に鼻を寄せ、その臭いを一心に嗅ぎ始める。その股間にはなかなかに立派なものがそそり立ち、男達の好奇の目を集めていた。リアンも犬の存在には気づいているが、それを追い払うだけの気力もないまま、じっとされるがままになっている。
「なんだぁ、発情期かよ」
「くくくっ、こいつが雌犬だってこと、ちゃんとわかってるみたいだぜ」
「そのようだな。おい、雌犬!」
 男の一人が、リアンに向けて声を投げた。ゆっくりと顔を動かしたリアンの前に、懐から取り出した、既に硬くなっているパンを見せ付ける。
「腹が減ってるんだったな、こいつが欲しいか?」
「わ、わん!」
「そうか、それなら、くれてやってもいいぞ。但し・・・」
 残虐な光が男の目に宿った。手の中のパンを見せつけながら薄く笑い、まだリアンの臭いを嗅いでいる犬を指差して見せる。
「そいつの相手をしてやりな。そうしたら、これをくれてやる」
「そ・・・んな・・・」
 今までとは次元が異なる酷さに、リアンが言葉を失った。だが、男達には、リアンの返事を待つつもりなど、最初からありはしない。二人の男がリアンの体を持ち上げ、強引に四つんばいにさせると、他の一人が雄犬をその背中にけしかけた。リアンの背中に前足を乗せた雄犬は、そそり立ったものの先端をリアンの秘所に押し当てられると、本能からか腰を動かし、リアンの中へと自分を押し込んで行った。
「いやああああっ! やっ! やあああっ!!」
 あまりの事に絶叫を放ち、リアンが雄から逃げようとする。左右に控えた男達がそれを強引に留め、腰を動かしている雄犬を手助けした。
「いやああっ! 許して! 許してえっ! こんなの! こんなのおっ!!」
「はははははっ! ほら、約束だ、こいつを食いな」
 犬に犯され、半狂乱のリアンの前に、男が無造作にパンを投げつけた。だが、とてもではないが、そんなものを食べている場合ではない。やっとありついた餌を口にしようとしないリアンに向け、男は更に残酷な言葉を投げた。
「ほしけりゃ、繋がってる間に食えよ。終わったら捨てるからな」
「そ・・んなの・・・そんな・・の・・・」
 涙にまみれた呪詛の声と共に、リアンが突っ張っていた腕を折った。目の前に転がっているパンに向けて顔を寄せ、涙を零しながらそれに齧り付く。犬に犯され、惨めに這いつくばりながら、それでも必死にパンを貪っているリアンの姿に、周りの男達が盛大な笑い声を上げた。その声に引かれ、見物の男達の輪は次第に大きくなっていく。
「ひいいっ! な、なに! なに、これえっ!!」
 パンを食べ終えたリアンの体の中で、犬のものが大きく膨らんだ。人間との行為ではありえない現象に、リアンが恐慌をきたす。雄犬はそんなことなどかまわずに体の向きを変え、雄の本能をリアンの中へと放出した。
「いやあっ! で、出てる! 犬が・・犬のがあっ!!」
 体の中に、犬が放った精が満ちて行く。その現実に耐えきれなくなったのだろう。絶叫を放っていたリアンが白目をむき、力なく崩れ落ちた。
「あーあ、気絶しちまった」
「ま、いい見世物だったわな」
「さて、そろそろ帰るかな」
 さすがに、犬の相手をした女とする気にはなれない。男達は口々に残酷な言葉を浴びせ掛け、まだつながったままの犬達を残し、それぞれの仕事へと戻って行った。
 
 ・
 
 その頃、砦の一番奥の建物では、アルとクルツが難しい顔で地図を見下ろしていた。
「まさか、本当に休戦が成立するとはな・・・」
「もうしばらくは小競り合いが続くと睨んでいたんだが・・・」
 三日前に帰ってきた物見が手に入れた情報から、その可能性は予想されていたが、3年近く続いている争いが、そう簡単に収束することはないだろうと、いささか楽観的に考えていた。だが、そんな希望的観測は、今朝未明に帰りついた部下の報告であっさりと打ち消されてしまった。
アイソンとマティカの間で休戦が成立し、互いに軍を引いたと、部下は息を切らせて報告してきた。その上に、余裕が出来た今のうちに、国内の掃討を行うべく、アイソンの国軍が動き始めたとの報告も添えられている。
「戦争のドサクサに紛れてやってきたからな。マティカに向けていた兵が浮いてしまうと、こんな砦は一撃だな」
「自警団ぐらいなら何とでもなるんだが、正規軍を相手にするんじゃな」
「やはり、他にないか?」
「援軍のあてでもあるなら、方法を考えてもいいんだがな」
「そんなもんがあるわけないだろう」
「なら、決まりだ。とっととここを離れよう」
「だが、どこへ行く?」
「北だな。テュレが今までのアイソンと同じような状況になっている」
「よし、全員を集めてくれ」
 偵察に出ていた者からの話は、数日前の時点での情報でしかない。彼が情報を仕入れてからこの砦に戻るまでの間にも、軍は常に動いている。この砦が最初に狙われると決まったわけではないが、のんびり構えていたのでは、逃げ道がなくなってしまう可能性がある。
「重大な話がある。アイソンとマティカの間で、休戦が成立した」
 砦の中の全員を呼び集めたクルツは、現時点で判明している状況を克明に説明した。その上でテュレでの再起を図ることを伝え、溜め込んでいた財産から、全員に路銀を分配する。
「用意できたものから順次、砦を離れるんだ。とにかく目立たないようにして、テュレを目指してくれ」
 クルツの言葉が終わると、男達はそれぞれに自分の荷物をまとめ、数人ずつに固まって山を降りて行った。もともと自分の命以外に財産など持ち合わせていない男達であるから、これといって準備など必要ない。クルツが命令を下した翌日には、男達のほとんどは山を降り、砦には閑散とした空気が流れるようになっていた。
「さて、俺達も行くとするか」
 食料の確保の為に山に入っていた者達に連絡を取り、偵察に出ている男達への連絡を手配すると、クルツはアルを促して砦の門へと向かわせた。エイリアと3人の女を一緒に行かせ、自分は砦に残っている馬を連れに、クートを伴って馬小屋へと向かう。
「ん・・・?」
 馬小屋に足を踏み入れたクルツの前に、のそのそと四つんばいで近づいてくる影があった。裸の女の姿をしたそれは、口の端から涎を零し、虚ろな目で這っている。入り口に立つクルツの傍らを、何の反応も見せずに通りすぎ、表に立てられている杭の傍で足を止めたリアンは、そこで逡巡せずに片足を上げ、クルツとクートに見られながら、勢い良く放尿を始めた。
「・・・・・おかしくなったか」
「昨日、犬に犯されましたからね。それに耐えられなかったんでしょう」
 男達の輪の一番外から、その光景を見ていたクートが、それをクルツに告げた。あまりに哀れな姿に心を痛めている少年をよそに、クルツはそんな姿をも冷酷にみやっている。
「あ・・・ねえ、パンをください。ねえ、芸をするから、パン・・」
 用を足し終え、体を震わせて振りかえったリアンは、そこで初めて、自分を見つめている二人の男の存在に気づいたようだ。瞳を輝かせてクルツに近づき、従順な犬が見せるように、お座りをしてクルツを見上げる。だらしなく舌を突き出し、命令をじっと待つその姿に、クルツは足元から一本の枯れ枝を拾い上げ、それを遠くに投げ捨てた。
「取って来い」
「わん!」
 勢い良く答え、リアンは四つんばいのまま精一杯の速さで枝を取りに向かった。クルツはその姿を見ようとはせず、無言で踵を返して馬小屋へと入っていく。
「クート、餌と水を用意しておいてやれ。たっぷりとな」
「あ、はい」
 呆然としているクートに命令し、クルツは二頭の馬を連れて馬小屋を出た。その前に、枝を咥えて帰ってきたリアンが座り、嬉しそうに笑いながら、取ってきた枝をクルツの前に置く。
「よし、良く出来たな」
「わん、わんっ!」
「ご褒美に、餌を用意してやるからな」
「わん!」
「それから、俺達はここを離れる事になった。そのうちに、新しくここを使う奴らがくるだろう。今度から、餌はそいつらにねだれよ」
「わんっ!」
 クルツの言葉を聞いていただろうか。リアンは、クートが運んできた餌皿に顔を埋め、積まれたパンを食いちぎっていた。
「じゃあな、お嬢さん」
 雌犬になりきっているリアンに最後の言葉を投げ、クルツは馬に跨った。自分達がここを離れ、何日かすれば、アイソンの軍がここを訪れるだろう。そのときに、リアンがどのような扱いを受けることになるか、それは判らない。だが、復讐を果たした今、リアンがどうなろうと、そんなのは知ったことではない。
 門でアル達と合流し、山塞を離れたクルツは、振り向くこともなく、ゆっくりと山道を降りていった。一人砦に残されたリアンは、そんな状況を知らないまま、無心に用意された餌を食べつづけていた。

 ・

 数日後、人気のない砦の中をうろついていたリアンの耳に、久しぶりの喧騒が届いた。餌を既に食べ尽くし、空腹を抱えて四つんばいでさ迷っていたリアンは、命令と餌をくれる主人の出現に瞳を輝かせ、声が聞こえた門へ向かって、必死になって向かって行った。

 完

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

メニュー

編集にはIDが必要です

メンバー募集!