「大笑い、三十年の馬鹿騒ぎ」
               昭和三十一年二月二日──石川力夫、府中刑務所の屋上にて飛び降り自殺す

「があァォォォッッ!」
一瞬の出来事だった。空気を震わせるかのような少年の怒号ととも,直刃のドスが金原の下腹部を襲った。
「手前ェのせいで死んでいった山岡さんの恨み思い知れやぁぁぁッ!」
割れた傷口からぼぶしゅしゅしゅッ、という湿った空気の間の抜けるような音が少年の鼓膜を突いた。
驚愕の表情を浮かべ、金原は己のシャツの腹回りから滲み出る血を凝視した。
少年は腹に突き刺したドスを滅茶苦茶にねじり回して金原の腸を切り裂いた。
生温かい液体──飛沫上げる血潮が少年の頬と額を赤黒く濡らした。
「が……があぁぁぁ……ッ」
少年の頭蓋内を狂乱が襲った。額から珠の汗が吹き出た。白い焔が末端の神経を灼き尽くす。ドスを引き抜いた。突き刺す。
ドスを引き抜いた。突き刺す。ドスを引き抜いた。突き刺す……同じ所作を少年は何度も繰り返した。
「ぐ、ぐえ……ッ」
声帯から潰れたヒキガエルのような濁音を搾り出し、滅多刺しにされた金原が少年の首を掴もうとする。
口腔内から溢れる鮮血が絨毯を汚した。裂かれた腹部から白黄色の脂肪組織が覗く。
引き千切れた白い蛆虫を思わせる腸から未消化物と茶色い糞便が混ざり、ドスを握った少年の両手を汚す。
粘りつく汚物が少年の指の間をヌラつかせた。吐き気を催す臭気が少年の鼻腔を刺激した。大脳がスパークした。
密着した金原のでかい図体を少年は自分の身体から引き剥がした。絶命した金原が床に崩れ落ちる。
少年の顔貌が醜くゆがんだ。悪鬼の如き凶貌へと変わる。少年は隣のドアを睨んだ。
ドアの向こうから感じる恐怖を押し殺すような息遣い──金原のバシタ(女房)だろうか。
誰でも良かった。この腹の底から噴き上がる憤怒を静められるならば、血祭りにしてやりたかった。
心臓が怒りと憎悪に胸板を乱打した。こめかみに浮き上がった血管が激しく脈打つ。
血の海に身体を濡らし、少年は歯を剥き出して嗤った。
床に倒れたままの状態で、肢体を痙攣させる金原をつま先で蹴っ飛ばし、少年はドアノブに手をかけた。
寝室に踊り出た少年の眼が部屋の隅で震える少女を捕らえる。
美しい相貌は青白く褪色し、唇が紫に染まっていた。少女の顔には覚えがあった。
生前に何度も世話になった恩人──山岡俊夫を死に追いやった憎い、憎い、金原の一人娘。
兄弟同然の付き合いをしてくれた山岡俊夫の息子と娘を苛め抜いた性悪女、名前は確か夏美だったか。
山岡俊夫の息子と娘──ふたりとも度重なるいじめと父親の死にショックを受け、重度のノイローゼを煩っていた。
思わぬ土産が手に入った喜び──愉悦が少年の背筋を走った。
狂気をたたえたガラス玉のように鈍い光を放つ冷たい視線に射抜かれ、夏美は絶望の表情を張りつかせた。
「オメェの親父は俺が殺してやったよ。なんならオメェも殺してやろうか」
血の気を失った少女の細腕を乱暴に引っつかむと少年は仰向けに押し倒した。男根が破裂せんばかりに隆起する。
「い、いやああぁぁッ、やめてェッ!」
夏美が激しく抵抗する。少年は少女の頬面を汚物にまみれた掌で引っぱたいた。
夏美の頬が金原の血と糞で汚れた。裂けた唇から真っ赤な血が飛び散った。


目の前で自分を睨みつづける少年の凍てつくような瞳──夏美は底冷えするような恐怖を覚えた。
「大人しくしろや。それとも本当にぶっ殺されてえのか」
少年の振るう暴力に気圧され、夏美は口を噤んでただ涙を流した。恐怖を払拭するかのように、きつく両眼を閉じる。
ドスの刃先を少女の首筋に当てながら、少年は恫喝するような口調で囁く。
少女の纏った青いキャミソールとショーツを素手で乱暴に引き千切った。
少年は夏美の身体にのしかかり。膣内部めがけて男根を一気にぶちこんだ。
「うぎぃぃ……ッ、痛い、痛いよォ!!」
身体を貫かれる激痛に少女の顔が歪み、室内に悲痛の叫び声がこだました。膣肉の裂ける感触に笑みがこみあげる。
血液が沸騰した。素晴らしい快感だった。復讐の達成感にまさる喜びはない。
男根の表面に絡みつく夏美の血液のおかげで出し入れがスムーズだ。少年が腰を激しくスライドさせる。
「てめえらが金を持ってるからって貧乏人の餓鬼をいじめてもいい理由なんぞねえんだよ」
少年の腰の動きが一層、乱暴になっていく。そこにはただ一つの感情──憎しみしか伝わってこない。
「なあ、人殺しの餓鬼はやっぱり人殺しになるのかよ。なあ、答えろよ」
「お願いだからもう許して……ッ、あやまるからもう……ッッ」
少年が口の端を歪ませて呟いた。
「ふざけんじゃねえよ、この馬鹿アマがァッ!」
ドスを傍らに放り投げると少年は夏美の顔面を容赦せずにぶん殴った。ぶん殴った。ぶん殴った。ぶん殴った。
突然襲いかかった激烈な痛み──圧倒的な暴力が瀑布の如く落下し、夏美の心を叩き割った。
甲高い絶叫が室内の空気を振動させた。少年の亀頭がさらに充血し、硬度を増していく。
ひっしゃげた鼻腔から血が派手に噴いた。まるで出来の悪い漫画のヒトコマだ。
両腕の拳をフルスイングして夏美の顔面に何度も叩きこみながら、少年は腰を動かしつづけた。
バシッ、バシッという乾いた音が徐々にグチャッ、グチャッという湿っぽさを帯びていった。
血溜まりが広がっていった。真っ赤に染まった少年の拳に突き刺さった白い破片──夏美の前歯だった。
前歯が顔面の皮膚を突き破り、夏美の頬はまるでザクロのように赤く爆ぜ割れていた。
少年の体内でアドレナリンが異常なまでに分泌された。血と汗と汚濁が絡み合い、むせ返るような熱気がふたりを包んだ。
尿道に鋭い痛み──少年は夏美の内部にザーメンをぶちまけた。
「──いいか、俺の顔と名前を良く覚えておけ。この千々岩京谷の顔と名をテメエの頭の中に刻み付けておけや」
陰惨な冥い殺意の火種を心中に押し込め、少年──千々岩は狂気の笑みを顔に張りつかせた。
おぞましき鬼の嘲笑──夏美の目の前に漆黒の闇が広がった。


               「愚連隊地獄草子──狂狼千々岩京谷」

──六年後──大神田中央通り。雑居ビルの薄暗い一室のなかに、千々岩の姿はあった。
古ぼけた小さな事務所内にはコピー機、スチームデスク、ヤニで黄ばんだパソコンが所狭しと並べられていた。
カウンターテーブルの向こう側──相対するかのように千々岩と反対の席に座っているドレッドへアの若い男が、
口角から泡を飛ばしながら千々岩に悪態をついた。平然とした表情を浮かべ、ラークに火をつけた。
「ああ?ふざけんなよ!クリスの代理人だかなんだか知らねえがよォッ、あの馬鹿女にいっとけやッッ!
借りた銭は返すのが常識だってよォォォッ!!」
紫煙を相手の鼻ヅラにふうっと引っかけ、千々岩は小馬鹿にするような仕草でドレッドヘアを挑発した。
「くせえ息をふきかけんじゃねえよ。それとよ、お前のその頭、ホームレスかなんかの真似か?」
「なんだと、こら?テメエ喧嘩売りにきたのかァ?」
「クリスはとっくにお前のとこの元金は払ってるんだぜ。五十万借りてそっちで二十五万差っぴかれ、
それでも五十万は返済してるんだ。合わせて七十五万。お前んとこは損はしてないだろう」
「あのな、あの女のまだ借金は九十三万と七千五百円分が残ってんだよォ!」
テーブルの上に備え付けられたアルミの灰皿にタバコを灰を落としながら、千々岩は静かに言った。
「たった一ヶ月で五十万が百七十万近い金額に化ける。トゴ(十日で五割)ってのはボロい商売だな」
「だったらどうしたんだよ、ああ、こらっ」
くだらない恫喝、ボキャブラリーの低い脅し文句、こういう手合いのチンピラはどいつもこいつも似たようなツラをしている。
似ているのは何も顔だけではない。オツムの中身も同様だ。千々岩は灰皿を掴むとドレッドへアの額に叩きつけた。
「おだつんじゃねえぞッ、このチンピラがっ!」
タバコの吸殻が床に散乱し、灰が宙に舞った。ドレッドヘアの割れた額から血が流れ出す。
右手で額を抑えながらドレッドヘアが唸った。
「テ、テメエ……こんなことしやがってただですむと思うんじゃねえぞ……ッ」
「おう、上等だ。いつでもお前らのバックについてやがるケツ持ち呼んでこいや。
だがな、呼ぶってんならそれなりの覚悟はしてもらうぞ。どこの組が出てこようがこっちも一歩も退く気はねえからな」
「あ、あんたいってえ何者なんだよ」
「俺は千々岩、千々岩京谷ってもんだ」
事務所内の澱んだ空気が一気に冷え切った。ドレッドヘアは額の痛みも忘れ、素っ頓狂な声をあげた。
「が、が、飢狼会の斬りこみ隊長……ッ!」
「お前、俺の事知ってるのか」
千々岩がドレッドヘアに訪ねるように聞いた。先ほどの威勢はあとかたも無く消えうせ、ドレッドヘアが卑屈そうな声色で返事をする。
「そりゃもう、千々岩さんといやァ、音に聞こえたイケイケの飢狼会の大幹部ですからね。
聞きましたよ。あの山倉組を相手に一歩も退かず、事務所にカチコミかけたって話。あ、ちょっと待っててください」
ドレッドヘアが黒い小型の金庫から札束を取り、数え始める。
パラパラとめくれる福沢諭吉の顔、七十五万をキッチリ数え終えたドレッドヘアが札束を千々岩の胸に押し付けた。
「さっきは本当にすいませんでした。どうぞこれ、持って帰ってください」
千々岩は無言でドレッドヘアから金を受け取ると背を向けた。


「じゃあな、せいぜい気張れや」
「はいっ」
直立不動の姿勢になおるとドレッドヘアが千々岩の背中に向かって深々と頭を下げた。
まるで借りてきた猫も同然のドレッドへアの態度に千々岩は内心で苦笑した。
そのまま振り返らずに事務所のドアノブを回し、エレベーターに乗り込むと千々岩は雑居ビルを出た。

内ポケットに入ったラークのパッケージに指を伸ばし、タバコを一本抜き出してジッポーで火をつけようとした。
ヤスリを親指で強く回す。指先の皮膚がジッポーのヤスリと擦れ、白っぽくなった。
小さな火花が飛び散り、オレンジ色の火がジッポーの芯に灯される。タバコに火をうつした。
亡霊のようにくゆるタバコの煙に視線を移し、立ち並ぶビルを見回す。ここ神田は日本でも有数のサラ金密集地帯だ。
この街には数え切れないほどのサラ金、高利貸し、無免許の闇金融業者がひしめいている。
そしてこの街に足を運ぶサラ金にも相手にされなくなった多重債務者達はにっちもさっちもいかなくなり、闇金融業者から金を借りる。
返済できない金を借りるなど自分で自分の首を絞めるようなものだ。あげくは借金で首が回らなくなり家族を残して自殺する。
貸す側が寄生して血を吸うダニなら借りる側は自分が血を吸われている事にも気がつかない間抜けだ。
あるいはわかっていてもダニを自分で潰す事も出来ぬ負け犬か。タバコのヤニが喉に絡みついた。喉の奥がいがらっぽい。
アスファルトに唾を吐いた。半ば灰になったタバコを指ではじく。途中でタクシーを拾った。
乗り込んだリアシートは微かにカビ臭かった。どことなく雑巾の匂いに連想させる。
千々岩は新宿ゴールデン街へとタクシーを走らせた。目的地につくと運転手に金を渡し、行き付けのバーにはいる。
店内にはマホガニーのカウンターに十席ほどのスツールが並べられているだけの小さなバーだ。客はまだ誰も来ていない。
バーテンがウイスキーグラスにラフロイグを注いで千々岩の座るカウンターの前に置いた。
ラフロイグの熱したコールタールにも似た強いヨード香が千々岩の鼻腔をくすぐった。この店では千々岩はラフロイグしか飲まない。
千々岩がこのアイラモルトを愛飲する理由──持って生まれたアクの強さと禁酒法時代に薬として扱われ、
生き残ったしぶとさが気に入ったからだ。
グラスに口をつけてゆっくりと喉に琥珀色の液体を流し込んだ。食道が灼けるように熱く火照るのを感じる。
半分ほどラフロイグを空け、千々岩はカウンターにグラスを置いた。黙ってバーテンが再度、グラスに酒を注ぐ。
もう一度酒をあおった。スツールを立つと万札を一枚、カウンターの上に放り投げて店を出た。

六年前の夏──十二歳という年齢で金原を殺害し、夏美を強姦した千々岩京谷は、
家庭裁判所の決定に基づいて児童自立支援施設送致と相成った。
マスコミはその猟奇性と犯人が当時小学生であった事から連日連夜取り沙汰し、事件のニュースを数週間にわたって報道した。
新聞では三面記事のトップを飾り、マスコミも市井の人々も少年──千々岩京谷に鬼か化け物の如き奇異の眼差しを向けた。
両親はおらず、天蓋孤独の身の上だった千々岩は中学を卒業するまでを施設で過ごし、十五歳の誕生日を迎えると同時に施設を出た。
それから約三ヶ月あまりの期間、千々岩京谷は夜の繁華街を野良犬のようにさまよい、誰彼かまわず喧嘩を売って歩いた。
初代飢狼会会長仲原二矢と知り合ったのもこの頃の事だった。それから二週間ののち、千々岩は飢狼会入りを果たす。
親から捨てられ、世間からも疎んじられて育ってきた少年には、これ以外の人生の選択肢が残されていなかったのだ。
当時の飢狼会は渋谷を根城にする二十名足らずの愚連隊組織だったが、現在では兵隊あわせて三百名を擁するまでに成長していた。
仲原以下二十名のメンバーは自らの縄張りを拡大するために暴れまわった。
自分達をつまはじきにした人々に復讐するかのごとく、彼らは世間にこの世の中に対して牙を剥き出し食らいついた。
生まれ持った凶暴無残たるその性質──千々岩は己の本能の命ずるままに無頼の日々を疾走した。


―――――――――――――――――――――――――

南部の木に奇妙な果実がむごたらしくぶらさがっている 葉には血が、根元には血溜まり 哀れなニガー(黒人)の死体が南部の微風にそよぎ
それはポプラの木にぶらさがる奇妙な果実 美しい南部の田園風景の中に思いもかけずみられる 撲られて腫れあがった眼や苦痛にゆがんだ口
そして甘く新鮮に漂うマグノリアの香りも、突然肉が焦げる匂いとなる 群がるカラスにその実をついばまれた果実に雨は降り注ぐ
風になぶられ、太陽に腐り、遂に朽ち落ちる果実 奇妙な、むごたらしい果実がここにある

ビリー・ホリディーの悲哀に彩られた痛切な歌声が木霊した。苦悩を喉からしぼりあげ、それでもビリーは歌う。
表情を変えない千々岩の目尻に涙が浮かんだ。この歌声を聴くたびに千々岩はビリーの悲痛に白い涙をこぼした。
生きている限り、人は苦悶する。人生は虚しさとやり切れなさの連続だ。
それゆえに人は無明の闇をさまよい、刹那の悦楽を求めるのだ。
青黒く変色した千々岩の細い血管にフィリピーナのマリーが舌を這わせた。
丁寧に、ただ丁寧に愛しむかのように何度も血管に舌を滑らせて舐める。
舌先の繊細な動き──汗の味がしない、マリーが静かに独白する。
「京谷さん、すぐにペイ(ヘロイン)、ヅケ(打って)てあげるからね」
右手の親指を握りこむ千々岩の血管をこすり、マリーが柔らいだ静脈にインシュリン注射器のニードルを突き刺した。微かに感じる痛み。
ローションに濡れ光るニードルがゆっくりとスムーズに血管の中を通る。インシュリン注射器の切っ先から流れるヘロインの溶液が血管に吸い込まれた。
ポンプを引いた。血液が紅の糸を編み、注射器の内部に逆流する。
プラスチック越しに真っ赤な水中花が咲き乱れた。水中花が尾を引き、千切れて金魚へと変わる。
こびりついたヘロイン溶液を血で洗い、マリーはもう一度血管に注入した。身体の芯が温い。注射器が引き抜かれた。
千々岩がマリーを抱き寄せ、互いの唇を重ねた。口腔内でふたりの舌が絡み合った。唾液が溢れ出る。マリーはフェリピンパブの元ダンサーだ。
ダンサーといえば聞こえがいいが裏では売春を行っていた。パブの経営者にウリを強要されていたのだ。マリーは美しく心根の優しい女だ。
だから騙され、食い物にされた。善人は食い物にされる世の中だ。金のない奴は安酒をチビチビと呷り、クダを巻いて古女房を抱くしかない。
そして金を持ってる奴は良い女をはべらせ、高級車を便所スリッパ代わりにして乗り回す。
善人で金のなかったマリー、哀れな女──散々働かされ、食い物にされた挙句に身体を壊しボロ雑巾のように店から放り出された。
文無しで飯もロクに食えなかった千々岩を世話し、優しくしてくれた女。自分が食う分の飯すら他人に与えてしまう女。
だから盗んだ。何を?店の金庫から四千万の現金と一千万相当の貴金属を根こそぎ奪ってやった。
だから始末した。誰を?経営者──胸糞悪い強欲ババアをひとり、一寸刻み五分刻みにしてぶっ殺してやった。
不条理な殺戮に直面し、凄まじい形相で歯を剥きながら激しく抵抗した強欲ババア──人は哀しい。年老いても醜くなろうとも人は自らの生にしがみつく。
脳内で得体の知れぬ冥い衝動が渦を巻いた。衝動を打ち消すかのように千々岩はマリーの唇をむさぼった。
マリーの濡れ羽色の黒髪を抱き、勃起した男根を股間に押し付ける。黒髪がゆらゆらとたゆたった。明眸が潤む。
マリーはそっと瞼を閉じた。鮮血の残像が脳裏をよぎる。瞼の裏で漆黒の闇に浮かぶペテルギウスが紅く輝いた。
ふたりの脈動と息遣い、千々岩がマリーを床にそっと押し倒す。
美しくも愛くるしい顔だ。少しだけ下がった穏和そうな二重瞼の縁は長い睫にかこまれ、顔の真ん中にある小さな鼻梁は佳麗に整っている。
薄い桜色の唇は清らかな美を称え、ほっそりとした輪郭がさらにその一つ一つを際立たせる。
しかし、その透けるような白い肌だけが、どことなく痛々しい。マリーの首筋に舌を滑らせた。舌先が首筋から胸を回遊し、臍に触れる。
「ああ……ッ」
なよやかな肢体が怯えるように震えた。マリーの身体が欲情に汗ばんだ。肌の表面が上気し、くすんだ汗の匂いが千々岩の鼻腔粘膜に触れた。
千々岩はこの匂いが嫌いではなかった。
わずかに振動するマリーの眼球──瞼の上からくちづけする。
瞼を通して唇に伝わる眼球の感触──完全な球体ではなかった。千々岩の唇は微細なオウトツを知覚した。
千々岩がマリーの紡錘に盛り上がった乳房を鷲づかみにする。手加減はしない。
握りつぶすように千々岩は指に力をこめた。


マリーの顔が苦痛に歪んだ。下唇をかんで耐える。力を緩めた。千々岩がマリーの両足首を握り、双腿をV字に広げる。
下腹部に密集する薄い翳りの奥に、皮を被った肉芽と桃色の切れ目が見えた。
切れ目は愛液にしっとりと湿り、その真下にはセピア色のアヌスが鎮座していた。
唾液を薬指にまぶし、アヌスに強く押し込んだ。熱い。うだるようにマリーの直腸内部は熱かった。
第二関節まで潜りこまさせるとわざと乱暴にかき回す。
「きょ、京谷さん……ッ」
マリーが痛みに思わず呻いた。それでも千々岩は止めずに爪先で直腸を引っ掻き回した。アヌスを蹂躙される苦痛にマリーが必死に耐える。
肛門括約筋が指を強く噛んだ。指を噛み千切られそうな錯覚──かまわずにえぐる。
千々岩が指を抜き出しするにつれて、割れ目から粘っこい愛液が分泌された。いい具合にアヌスが柔らかくなる。
頃合を見てアヌスに埋めた指をするりとはずした。
朽葉色に汚れた指を己の鼻柱に持っていき、匂いをかぐ。きつい便臭がした。口の中にいれて舐める。舌腹に苦味が走った。
それでも不快感はない。マリーの味だからだ。
千々岩とマリーは互いの小便を飲み合う仲だ。マリーの華奢な身体に千々岩がのしかかった。
焔髪を逆立てた憤怒相の一面三眼の刺青──千々岩の背中に彫られた愛染明王が踊る。六臂の腕を持つ全身深紅の燃え上がる愛染明王は愛欲の神だ。
人間が持つ愛欲は全てが真っ赤に染まっている。マリーは千々岩の背に両手を回して幼子のように必死にしがみついた。
肛門粘膜に亀頭をあてがった。マリーの尻房が粟立つ。一気に穿った。雁首を飲み込んでしまえばあとはスムーズだ。千々岩が腰を律動させた。
「ひぎィッ、ううァァ……ッ」
大粒の瞳が見開かれた。マリーの震える細い顎──千々岩のサディズムを痛く刺激する。
興奮に血液が海綿体に送られ、さらに男根が肛門内部で膨張する。
息苦しい圧迫感が強まった。肛門が引き裂かれるかの如き激烈な痛みに責め苛まれ、マリーが煩悶の叫びを発する。
千々岩がさらに激しいスラストを打ち込んだ。背中の皮膚にマリーの爪が食い込む。皮膚が裂け、鮮血が背筋を伝った。
十六ビートを刻む鼓動、ホルンのように鳴り響く肺の動き、血管を流れる血潮が激しいリズムで踊り狂う。灼熱の炎が吹き上がった。
神経がビブラートする。
伸びひろがったマリーのアヌスから黄土色の粘液が漏れた。排泄物の臭気にマリーが顔をしかめる。男根の表面が汚物に茶色く塗り替えられていった。
血が滲むほど唇を噛み締め、マリーがかぶりをふる。男根を包み込む糞便──潤滑剤代わりには丁度いい。
激しく頭を振りたてるマリーの口が半開きになり、喉奥からか細い声があがった。
「あ、ああ……ッ」
限界に達した千々岩の怒張から礫の如くザーメンが放出され、マリーの直腸を叩いた。

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