***
 
 
 高速道路を一台のバイクが駆けていた。
 車の間をすり抜けるように走っていく、一歩間違えれば事故を起こしかねないほどの速
度とコース選択、そのバイクが駆け抜けた後にあるのはクラクションの怒声ばかり。その
走り抜けていく様はまるで風のようだ。
 漆黒のボディを駆るは黒いコートをまとった痩身の女だった。
「あのガキ……」
 紅は透華がいなくなっているのに気づくと、近くにある飯島の拠点のひとつへ向かい、
このバイク――Shadow Slasher <400>を出した。
 久々に乗ったため勘を忘れていないか不安だったが、そうでもないようで紅は安心した
が、ゆっくりしていられない状況だった。
 飯島も透華も敵の手に渡ってしまった。
 居所は息のある奴から聞き出せたが、豊幌市の外。それまで敵が二人に手を出さないか
といわれたら、分の悪い賭けだった。新年まで生かしておかないとならない透華はまだし
も、飯島を生かしておくとは思えなかった。
 だが、それでも助けられる可能性があるなら、と紅はスロットルを更に開く。紅の意思
を反映するようにShadow Slasherは咆哮をあげる。加速度が紅の戦意を高揚させる。
 フルフェイスのヘルメットの中で紅は呟く。
「なにが、スカートにあってます、だ」
 透華の書置きを思い出して、紅は口端を歪める。
『  紅さんへ
 
    イイジマさんがつかまってるそうです。
    わたしが行ったら助けてくれるそうなので、いってきます。
 
    いままでありがとうございました。
   
                       柊 透華
 
 p.s.スカートにあってますよ(*>ω<)b』
 透華はたったそれだけしか書いていかなかった。
 文の最後にご丁寧にも顔文字を書くような暇があったのなら、居場所くらい書いていけ
よ――紅は哄笑を浮かべマシンと一体になる。
 速度を上げれば上げるほど、コートがひらめき、吐いているプリーツスカートも風にな
びくのだった。
 
 屋根から、一筋月光が差し込んでいる。
 その月光は少女を照らし出していた。
 一切衣服をまとわず、靴すら脱ぎ捨てた、無垢の少女を――
 田所は口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。
 透華の肢体はそこいらの商売女にはない神秘さがあると田所は思った。
 白い肌をまとった肉は年齢に比べて発育が良く、特に肉付きのいい乳房にかじりつきた
いと思ったが、直ぐにはそうしなかった。
「これで、いいんですよね」
 透華は真っ直ぐに田所をみつめて言った
「……ああ。おい、やめろ」
 男たちは無言で飯島への暴行をやめ、田所の背後に着いた。
 なにをされるんだろうか、透華は思ったが、どう考えても答えは一つしか浮かんでこな
かった。
 飯島は腫れ上がった顔で透華の方をみて。
「俺のせいで」
 と呻いた。
 そうじゃないと言ってあげたかった、透華はこれは自分で選択したことなんだと伝えた
かったが、情けないことに震えて声がでなかった。
 田所は部下二人へ命じた。
 部下二人は、田所がこの少女を犯せと言ってくれるのかと心待ちにしているようだった。
 だが、
「出て行け、お前らは外で監視だ」
「はい」「え、あ、はい」
 部下二人は渋々といった様子で倉庫から出て行った。
 今、倉庫には透華と飯島と田所しかいない。
 田所は少女の胸に触れた、氷のような手に触れられて透華は思わず声をあげてしまった、
それを見て田所は喉を鳴らして笑った。
 乳頭をもてあそびながら、田所は口を開いた。
「わたしが、ここにキミを呼んだ理由を教えてあげようか?」
 田所の触り方はくすぐるようで、紅に触られた時のような気持ちよさはなかった。
「分かりません」
「そうか。なら説明しよう、なに簡単なことさ」
 そうして、田所は言った。
 
***
 
 紅は倉庫街につくと、透華がいるであろう倉庫の前にマヌケにも二人の黒服が立ってい
るのを見つけた。そんなところでぶらぶらしていたら、ここにはなにかありますといって
いるようなものだった。
 紅は片手で銃を抜くと、まず一人を撃ち殺し、次の一人へバイクの前輪をぶつけた。
「ここか」
 バイクを降りると、倉庫の壁に耳をあててみた。だが物音一つしないし、隙間から覗い
ても電灯の類はつけられていないようだった。
 紅はいぶかしみながらも、正面から倉庫に入った。
 すると、予想通りに銃弾が紅を襲った。
「くっ」
 転がって避け、肩膝立ちで制止する、撃ったもののほうへ銃を構える。
 直ぐに引き金を引こうとしたが――
「……なっ」
 そこだけ光があたっていた。
 青白い月光が独りの少女を照らし出している。
 その少女は一切衣服をまとっておらず。
 その少女の膣からは一筋の血が流れていた。
 その少女はその手には大きい銃を持っていた。
 その銃口は紅へ向けられていた。
「うそだろ……」
 そこにいたのは、
「柊、透華。なんで……」
 それに答えたのは、銃声だった。
   <06――こどもたち>
 
 
「そうか。なら説明しよう、なに簡単なことさ」
 田所は地面に膝を落とし、少女の乳房に吸い付いた。
「キミに復讐するチャンスを与えてあげようと思ってね」
「……復讐?」
 透華は大の大人が乳房に吸い付いているのを見て、ナメクジが這っている様を連想した。
「そうだ。復讐だ。キミの父上、柊健介博士は殺された。依頼主は研究所に出資している
とある企業だと聞いている。彼らにとって、研究を自分のものにしかねない柊健介は邪魔
だった、だから殺された」
「その社長のところに連れて行ってくれるというの?」
「いいや」
 田所はゆっくりと舌を這わせて、少女の下腹部を訪れると、その若芽の陰毛をはんだ。
「実行犯を殺させてやると言ったんだ」
 言いながら、田所は少女の陰部に触れた。
「ひっ、ぃい」
 指をあてがい押し開く、少女の芳しいアンモニア臭、変形していない陰唇。
 田所はそれらを味わうように舐めた。
「私たちの組織には名前がない、何故だか分かるか? 私たちは誰の敵にもならないし、
誰の味方にもならない。総ての味方であり、敵であるからだ。だから、一分前まで殺しあ
っていた相手と、一分後には共闘することがある。敵も味方も、決めるのは絶対なる価値
であり、我々が唯一信じるもの――金だ」
「ぃ……いや……やめて……」
 透華は自らの身体を抱き、小刻みに震えた。田所に舐められているということが、気持
ち悪くて仕方がなかった。
 田所は少女が苦悶の表情を浮かべ、拒絶の声を上げながらも、その甘い蜜を漏らし始め
ていることに気がついた。
「金により戦う、金のために戦う。それは、そう、生きるためだ。だから、キミのお父上
を殺したのも金であり、キミを守っているのも金だ」
 くぷっ。人差し指の第一間接まで押し入れると、少女は月光を仰ぎ、身をよじった。
 田所は笑いながら指を押し入れていく。
 人差し指を飲み込ませ、田所は言った。
「キミを私たちと飯島さんたちで奪い合ったのも金だ。二つの組織から依頼が来た、どち
らの組織へ渡すかはもう決まっている。メモリースティックを持っていないほうの組織に
渡し、奪い合いのために更に金を出させる。自分の組織を出来レースで食い合わせること
により利益を生む。ウロボロスさ」
 田所は少女の初々しい膣壁の反応に喜びを覚えた、初めて入ってきた異物を、膣は排除
しようと力を込める。だがそれは、少女への拷問だった。
「くっ……あ、あふっ……う、っ……うう……」
 ひとつとして指を動かしていないというのに、少女は苦悶する。自らの肉体のせいで。
 田所は「どれ」と指を動かしてやった。
 かき混ぜるように、引っかくように、こするように。
「――――ッ!!」
 少女は自らの指を噛み、堪える。
 だが幾多の女を抱き捨ててきた田所には、少女の抵抗など、もろいものだった。
「ひあっ」
 そこに触れると、少女は声高くないた。それを聞き、田所はその一点をひたすらに攻め
続けた。
「ひっ、ひひっ、ぃいいい、いやっ、やめて、やだ、なにこれ、やだよ」
 少女は長い髪を振り乱しソレを堪えようとする。
 だが――
「ふふっ」
 少女の意思とは関係なく、少女の性器は潮を噴いた。
 田所は笑いながら、そこを攻め続ける、ただ一点を。
「やめろっ!」
 飯島は叫んだが、拘束されていて止めにはいることすらできない。
 透華の股の下の地面には小さな染みがいくつもできている、堪えられず膝をつき、その
まま地面に倒れてしまった。
 田所は少女を見下ろし、足で仰向けにさせた。
「柊透華、キミの父親を殺したのはキミが良く知っている人物だ」
「……え?」
 少女は虚ろな目で男を見た、男は少女に銃を差し向けていた。銃口ではなく、グリップ
を。
「殺害犯は伊佐美紅。キミを守っていた雌狗だ」
「え、……うそ」
「嘘は言わないさ、飯島さんに確認してもいい。伊佐美紅が柊健介を殺した」
 透華は身体を起こし、焦点の合わない目で飯島を見た。
 飯島は「くっ」と呻き、顔を伏せてしまった。
「……まさか」
 飯島は耐えられないというように、言った。
「すまない、いつかは言おうと思っていたんだ」
 その答えだけで十分だった。
 田所は大笑すると透華へ言った。
「さあ、復讐の剣を執れ! 柊透華! この銃の銃口をキミ自らの手で膣でいれることが
できたら、私は全力をもって、キミの復讐を支援しよう!!」
 透華は、――
 
 
***
 
 
「わたしのお父さん」
 静寂を破って透華は言った。
「紅さんが、殺したんですよね? 聞きましたよ」
「くっ」
 紅は撃たれた左腕を抑えながらも、透華を睨んだ。
「私がお前の親を?」
「ええ、そうです。わたしを助けに来たあの日、あの晩、あなたは人を殺してからわたし
の前に現れた。そうですよね?」
 紅は傷がたいしたことがないと悟ると手を離し、銃を取った。
 透華が言っていることは本当だろうか、思いだすと、確かにあの日、紅は一人の男を殺
していた。
「まさか……!」
 透華は応えなかった、代わりに銃弾が紅の右足を撃ちぬいた。
「ぐあっ!!」
「なんで、言わなかったんですか」
「……知らなかった」
 太ももを撃ち抜かれ、紅はその場に崩れた。
 膝を抱えて倒れる透華へ、一歩、一歩、ゆっくりと透華が近づいてくる。
「しらなかった?」
 透華はくすくすと笑いながら、紅の頭を蹴った。
「わたしのお父さんですよ? 紅さんが殺したの」
「くっ……う……」
「なんで殺したんですか? わたしのお父さん」
 透華はそういいながら、紅の隣に座った。
 紅の顔はとても美しいと透華は思った。こんな綺麗な人が人を殺して、平然としている。
わたしのお父さんを殺しておきながら、平然と――
 透華はゆっくりと顔を近づけていき、紅の唇に自らの唇を重ねた。
 血の味がした。
 透華は舌をいれようとしたが、突き飛ばされてできなかった。
「やめろっ!」
 紅は鋭く叫んだ。
 透華は薄い笑みを浮かべた無表情で言った。
「ころしたくせに」
「それはっ……知らなかったんだ、本当だ」
 紅にはそれしか、いえる言葉はなかった。
「知らないって言ったら、ゆるしてもらえるとおもってるんですか?」
 透華は動けない紅の上に乗った、腰と腰が触れ合っているのがいやらしいな、透華は微
苦笑した。
「知らないって言ったら、父さんはよみがえってくれるんですか?」
「それは、私は、仕事だったんだ」
「そんなの、ひどいですよ」
 透華は紅の額に銃口を押し当てた。
「……復讐、か」
「はい」
 紅は真っ直ぐに透華を見据えた。
「復讐です」
 透華は真っ直ぐに紅を見つめている。
「そうか、なら撃て」
 紅は迷いのない声で言った。
「……いいんですか」
「私も親を殺された、アンタの気持ちは分かる」
 透華は飯島の言葉を思い出した。
『俺が、紅の親を暗殺した。いや、本当だ。俺が紅の親を、家族を皆殺しにした』
 そうだった、透華は思い出した。
 紅も家族を殺されているんだった、飯島に。
「……それなら、なんで飯島さんと一緒にいられるんですか?」
「私には」
 紅はごほっと咳をした、血が飛び散った。
「私には、それ以外に選べる道がなかった。死ぬか生きるかと言われたら、生きるほうを
選びたかった」
「飯島さんを殺すチャンスはあったんですよね? なんで、殺そうとしなかったんですか」
「一緒にいる内に、殺せなくなった。ろくでなしの人殺しでも、あの人のことが好きなん
だ、好きになってしまったんだ」
「好きに……」
『ああ、あいつはそれなのに、俺に認めてもらいたがっている、俺に頭を撫でて欲しいと
がんばってる』
 飯島がそう言っていたことを思い出した。
 透華は、ずるいな、と思った。
 わたしにはそんなロマンスはなかった。
 だって、白馬に乗って現れたのは王子様じゃなくて、紅さんだったんだから。
「そうですか」
 
 >透華選択
 紅を赦す→このまま
 紅を赦さない→>>551
 
 
 透華は寄り添わせるように紅に自らの身体を重ねた。
 少女の重さ、柔らかい身体を、紅は片腕で抱いた。
 それを透華は抵抗もせず、受け入れた。
「紅さん、これを」
「ん?」
 透華は、紅の手に銃を握らせた。
「……透華?」
「撃とうと思ったんです、紅さんのこと。討てると思ったんです、お父さんの仇を」
 透華は、紅の耳元でささやくように言う。
「でも、撃てないんです。引き金、引けないんです。紅さんのこと、殺せば、父さんの仇
うてるのに……わたしっ……わたし……」
「透華」
 紅は透華に言葉をかけてやろうと思った。だが、紅にはこういうときになんて声をかけ
てやればいいのか分からなかった。
 だから紅は透華と唇を重ねた。
「――――っ」
 ただ触れ合わせているだけのキスだった。
 それだけで、二人は溶け合えるような気がした。
  
 
 紅が言った。
「私を憎め、柊透華。憎んで憎んで、そしてどうするかはアンタが決めるんだ。自分の将
来を、私の命を、どう使うかはアンタに委ねる。憎くて憎くてどうしようもなくて、殺す
しかないと思ったのなら殺せ。その判断がつくまで、私の傍から離れるな」
 そう言うと黒いコートは、戦場へと向かった。
 透華は力が抜けた身体を、地面の上に投げ出したまま――眠った。
 そこでなら父と会えるだろうと思って。
 
 
***
 
 
 田所は倉庫から数分はなれた場所に隠しておいた車に飯島を乗せると、そろそろ透華が
紅を殺した頃だろうかと思い、倉庫に戻ろうとした。
 それを、飯島が引きとめた。
「……遼」
「なんですか?」
 田所は振り返らずに応えた。
 年齢以上に老け込んだ飯島は、大きくなった井坂/田所の背中を見て言った。
「何故離反した? 俺のせいか?」
「違いますよ」
「俺のことを恨むのならかまわない、でもあの子らは見逃してやってくれないか。まだ若
いんだ、道の選びようはある」
「なにを言ってるんですか」
 田所はシャツの襟を引き締め、銃を握る手を硬くした。
「私は自分の組織を大きくするために、善処しているだけだ。貴方のことなど関係ない」
「そうか……」
 飯島はそういうと、後は何も言わなかった。
 田所は黙って倉庫へと戻った。
 
 
 倉庫からは物音一つしなかった。
 どうやら決着はついた後のようだ。
 あの飯島が育てた女だ、潔く復讐を受け入れているだろう、田所はそう思い、倉庫の扉
を開けようとした――その手が撃ち抜かれた。
「ぐっ――!?」
 田所は直ぐにその場を離れると、銃を抜いた。
 弾丸の飛来した方向を見て、田所は目を見開いた。
 倉庫の屋根の上に、誰かが立っていた。
「……殺せなかったか」
 月光を背に、黒いコートをはためかせていたその人影は、屋根から飛び降りた。
「馬鹿な――しかし!」
 田所は片手で狙いをつけ、降下してくる黒コートを撃った。オートリロードの銃は片手
でも連射できた。
 だが、何発撃っても、悲鳴が聞こえてこない。
 黒いコートは銃弾を何発その身に受けても、怯まず落ちてくる。
「防弾仕様か――なに!」
 強い風が吹いた。
 田所は吹きすさぶ埃に、思わず銃を握る手で顔をかばってしまった。
 その瞬間だった。
「そういうことか!」
 黒いコートは強風で吹き飛ばされ、飛んでいった。
 その向こう側には、変わらず人影が立っていた。
 田所は顔が引きつるのが分かった。
 反撃しようとした。
 避けようと思った。
 思考と反射が、意地と生存本能がぶつかり合い、動けなかった。
 そこへ、一発の弾丸が飛来した。
 田所は、その弾丸が飛んでくるのがひどく遅く感じた。だからといって、避けれそうに
もなかった。
「父さん……俺、アンタの」
 額を銃弾が撃ち抜いた。
 井坂遼はよろけて、倒れ、海に落ちた。
 それを見届ける前に、紅もまた倒れていた。
   <ED――それからのこと>
 柊透華は春から通う高校の制服に袖を通して、待ち合わせ場所である喫茶店へ向かった。
 一年ほど前銃撃戦が行われた、豊幌ファクトリーも修理はとうに終わり、今は以前どお
りに営業している。
 華やかな笑顔が溢れる中、透華は喫茶店の隅の席に座る、初老の男性の姿を認め、くすっ
と笑った。
「飯島さん」
 手を振ると、男/飯島は照れたようににへっと相好を崩し、手を振りかえした。
 透華は、父柊健介の死後、父の研究を研究所側へ売ることに決めた。
 父の研究は価値の高いものだったそうだが、透華は大人になるまで暮らすお金と命の無
事のほうが大事だと言ったものだった。
 その取引の以後、透華一切命の危機を味わうことなく、平穏無事に暮らしている。
「飯島さんのほうは?」
「俺のほうか?」
「はい、聞きたいです」
「聞いても面白くねえ話なんだがな。まあ、大体のことは電話で話したとおりだ。んで」
 あの事件のあと、飯島は失踪していた。
 正確にいえば事件の後処理に追われていたのだが、その間飯島は誰とも連絡をとろうと
しなかった、彼には組織の人間が張り付いていて、見張られていたのだ。
「組織からは抜けた、というより、抜けろとさ。以後、関わろうとしたら、組織の益にな
ろうとなるまいと排除するんだそうだ」
 透華はそれを聞くと、笑顔で言った。
「よかったですね」
「お嬢ちゃん……」
「だって、もう人殺しとかに関わらなくて住むじゃないですか」
 透華の言葉に、飯島は毒を抜かれたように「まあな」と渋みのある笑みで応えた。
「ところで、紅はどうした?」
「あ、紅さんですか。ほら、あそこにいますよ」
「え、どこだい?」
 透華が指差した先には、柱の陰から顔だけ出している紅がいた。紅は見つかると、顔を
引っ込めてしまった。
「どうしたんだ、あいつ?」
「照れてるんですよ、きっと。今、つれてきますね」
 そう言って透華は席を立った。
「……なんか、逞しくなっちまったもんだな」
 あの事件のあと、紅は半年間入院せざるを得なかった。
 それを機に、紅は組織を抜けた。飯島の手伝いをしていただけで、上にはその存在を知
られていなかったから、いつでも抜けることはできたらしい。
 紅は失踪する直前に飯島に「好きなように生きろ」と言われたが、どうしたらいいか分
からず、ただベッドの上で日々を過ごした。
 そこへ透華が現れた。
 透華は毎日のように見舞いにきては、紅に話しかけ続けた。
 そうしてある日、透華は紅に言った。『一緒に暮らしませんか?』――と。
 紅は透華に自分のことを見張っていろと言った、ならば、一緒に暮らしているのが一番
だと透華は言ったのだ。
 紅は最初のうち断っていたが、既に飯島の手によって、紅は透華の家の養子となってい
た。それが飯島が組織で成した、最後の仕事だった。
 飯島は紅が伊佐美紅から柊紅になったことを受け入れたのは聞いていた
 あれから新聞沙汰をおこしていないあたり、おとなしく暮らしていたようだった。
「飯島さーん」
「こらでかい声をだすな」
「ん?」
 飯島が顔をあげると、そこには肩に触れるほどまで髪を伸ばし、スカートを履いた紅が
いた。
「おお、似合ってる似合ってる」
 飯島がほがらかに笑った、紅は唇をアヒルのように尖らせ。
「……そうか?」
 照れくさそうにそう言った。
 
 ――了

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