新暦663年9月、メガリス軍を撃破しライトリム地方を制圧したランバルトは隣接するレグニット地方へと進軍した。
 バレッタ地方をジュエスが抑えた事でヴェラヌーリやフェルリア地方に対しても牽制が出来、背後への安全が大きく高まった上での進軍であった。またグーマ沖でメガリス艦隊に勝利し、制海権を奪取した為に積極的に撃って出る事も可能になっていた。
 この時点でランバルトが率いていたのは3万3千の兵であった。メール兵を中核とした元々の軍団にイットリア家のファーランやジェナングス家のユージーンら従属したライトリム兵・傭兵を加えて兵力を増強させていた。非メール人兵士の比率がランバルト指揮下の軍勢でさえ高まっていた。また、これ迄とは違って強者となったディリオン軍には投降者や従属者による兵力増強の見込みが十分にあった。



 レグニット地方はガムローの同盟軍が叩き潰されて以降、公都ガルナを拠点とするエナンドルが勢力を拡大し続けていた。カゼルタ、プレタティンはエナンドルに膝を屈し、デサイトのデサイトス家はエナンドルの家臣の如く従っていた。メガリスと同盟を結んだトラヴォ、北部の独立都市ムニチピウムべリアーノ、公位を主張するフォンのガムローだけがエナンドルに抵抗していた。

 レグニット地方への進軍であるが、エルドン海は未だにメガリス艦隊の影響下にあった為にトバーク海方面を選択した。海上からテレック麾下の艦隊の支援を受けつつ、西進するランバルトを妨げる者は少なかった。ライトリムでの戦いを間近に見ていたローサホードのイルシャイア家はディリオン軍の接近を知って直ぐ様降伏した。
 そして独立都市ムニチピウムベリアーノに対してはランバルトは意外にも交渉で応じた。当初敵対の姿勢を顕にしていたベリアーノにランバルトは兵と物資の供出を条件に自治権・領地の承認と税の免除を打診した。これまで中央・地方どちらの政権に対しても抵抗していた勢力に持ち掛けるには全く破格の条件であった。ランバルトの性格としても有り得ない程の寛容さだった。シリーン、ライトリムと勝利を重ねて余裕が出来たのか、或いは少し位は王者の振る舞いをしようかとの気紛れかは分からない。
 だがベリアーノは拒絶した。自由と独立を何よりも尊ぶベリアーノ市民は例え破格の条件であろうと従属を受け入れなかった。ライトリム公ベンテスを自力で追い返した過去の出来事も彼らの自尊に拍車を掛けていた。
 ベリアーノ市は物資を運び込み、兵を集めて籠城の態勢を整えた。市民達は老若男女に関わらず挙って武器を取り、数だけは五千人に達した。幸か不幸か、彼らは今度も勝てると信じて疑っていなかった。
 ランバルトは交渉を打ち切ってベリアーノ市を包囲した。流石のランバルトももう手慣れたもので、短期間の内に重厚な包囲陣と大量の攻城兵器を完成させた。だがランバルトは攻囲戦の不得手という評判と意識を払拭する為に今まで以上の大規模かつ多岐に亘る攻城攻撃を行った。
 メールから連れてきた鉱山技術者に地下道を掘らせ、城壁に直接飛び移れる程に巨大な斜台を築き、従来の倍は大きな投石器を作り上げた。さながら攻城戦の実験場の様相を呈していた。何れも多くの人手と技術を要したが、征服地から接収した人員を惜しみ無く使い、一月程度で実現させてしまった。ベリアーノ市も妨害に兵を繰り出したが、野戦でメール兵に勝てる筈が無かった。
 これらの度肝を抜くような大攻城兵器の活躍と威圧でベリアーノ市は抵抗虚しく陥落した。ランバルトもメール兵も攻城戦の苦手意識を大幅に減じる事が出来た。
 陥落したベリアーノであるが、ランバルトが一度逆らった者に手を差し伸べる訳が無かった。彼はサフィウム同様に兵に市内の略奪を許し、八万人のベリアーノ市民を尽く捕縛して奴隷に落とした。一部の従順な市民だけを残し、守備兵を配置すると大量の財貨とを手にしてランバルトはべリアーノ市を後にした。

 新暦663年10月、ライトリム方面からの進軍に呼応して北からもディリオン軍は攻撃を仕掛けていた。グーマ沖での勝利によって制海権をもぎ取ったディリオン軍は状況を活かし、アイセン島に駐留していた軍勢をレグニット地方へ上陸させた。アイセン島対岸のフォントス半島にダロス率いる7千の兵がテレックの艦隊に支援を受けて上陸した。
 フォントス半島は付け根の都市フォンを拠点とするガムローの勢力圏である。乗り込まれたガムローは愕然とし、直ちに交渉の使者を差し向けた。ガルナのエナンドルだけでも押されているのに国王軍と鉾を交えるなど狂気の沙汰でしかない。事実上の降伏を受けて、レグニット地方へ乗り込んだダロスは殆ど一戦も行うこと無く、フォン市へと入城を果たした。
 だが同じ頃、エナンドルの勢力圏へと足を踏み入れたランバルトもまた同様の事態に面していた。王国軍の進軍を受けたエナンドルは自らランバルトの元へと赴き、降伏を申し出たのだった。勢力的に決定的に不利であり政治的にも正統性を欠く、自らの立場を能く理解していたエナンドルは状況の悪化を防ぐために膝を屈する事を選んでいた。エナンドルに続いてデサイトス家とプレタティン市も降伏を申し出たが、カゼルタはこの機に乗じて蜂起し再び独立を取り戻した。

 こうしてレグニット公"たち"から降伏の申し入れを受けたランバルトは両者を呼びつけ、再編に取り掛かった。無論レグニット地方を代表する有力者であるエナンドルとガムロー双方に首輪を嵌めて掌握する為である。公都ガルナにて会議を行ったランバルトは二人に一方的に決定を伝えた。
 先ずレグニット公位はモンタグリ家のガムローのものと決められた。だがガムローの領地はフォントス半島の現領地のみとされ、ガルナはエナンドルの勢力圏に留められた。エナンドルの領地もガムローの領地もこれまで王家に従わなかった罪を問われて割譲させられた。
 これだけではエナンドルが降伏した甲斐無く弱体化させられているだけだが、代わりにランバルトはプリムス家を王家直臣オプティマスとする事でレグニット公の支配化から切り離した。この処遇は有力貴族を取り込んでレグニット公の力を削ぐと同時に地方に於ける王家の影響力を高めることに繋がり、プリンケプスを介さず地方統治へと介入する事も可能となった。そして身分上の立場をこれまでの宗主と同格に置いてやる事でプリムス家の様な地方有力貴族の自尊心を満足させ、反乱の気概を減じる目論見もあった。
 エナンドルもガムローもランバルトの処置を受け入れた。というより現状では受け入れざるを得なかったと言った方が正しい。ディリオン王国が力を取り戻し、メガリス王国の侵掠に晒されている以上、いつまでも地方で潰し合いをしている訳にもいかなかった。
 何れにしてもレグニット地方の半分を掌握したランバルトは残りの半ばを平定するべく行動を続けたのであった。




 7有力者エナンドルとガムローを降したランバルトは残るレグニット地方の領域平定に動いた。トラヴォやキルカインなどメガリス王国の勢力下にある地域やカゼルタの様な強硬な反対勢力の土地もあり、予断は許されなかった。この時、ダロス隊とレグニット諸兵を加えた事でランバルト傘下の軍勢は守備隊に兵を割いても4万7千人にまで増加している。
 ランバルトは自らは本隊3万5千を率いてトラヴォ市包囲に向かい、別軍1万2千をザーレディン家のテオバリドに預けてカゼルタ攻撃へと向かわせた。二方面作戦を採用したのはメガリス軍の動きを警戒して平定を急いだ事、カゼルタ市程度ならば攻撃は直ぐ終わるだろうと踏んだ事、テオバリドならば十分に任に耐えると期待した事など複数の要因から絡み合っていた。

 ◇ ◇ ◇

 公都ガルナを出発したランバルトはエナンドルら現地貴族の案内を得て難なくトラヴォ市に到達し、同地を包囲した。港湾都市であるトラヴォ市は陸側からだけの包囲では不完全なため、テレック麾下の艦隊も南下させて海上から攻撃させていた。だがトラヴォ市の抵抗は不思議と弱く、まだ勢力を保っている筈の艦隊もディリオン艦隊の妨害に出ることは無く港内に留まっていた。ランバルトは警戒を続けながらも余裕を見せ付けるようにゆっくりと包囲を続けた。冬越しの包囲も視野に入れた上での行動である。
 トラヴォ市はディリオン王国最大の港であると同時に屈指の大都市で、人口も二十万人近く擁している。海洋交易の生み出す財貨もまた膨大なものであり、兵も集めようと思えば十分に集める事は出来た筈である。にも関わらずトラヴォ市の動きが鈍かったのは何故か。その訳は人口の豊富さと商業都市であるという点にあった。
 と言うのもトラヴォ市では貴族も平民も殆どが交易商として生計を立てており、彼らは何よりも商いを上手く行かせる事を重視していた。今回の戦争も飽く迄、交易路確保の為に行っていた。また、トラヴォ市は母都市であるペラールやレグニットの独立都市ムニチピウムと同様に一人の領主に治められておらず、有力家や富豪の合議による寡頭制体を採っていた。その合議制が災いしてこの期に及んでメガリス派閥とディリオン派に分かれて対立していた。メガリス派とディリオン派、何方の意見も利点と欠点がありどうにも結論が出ずにいたのだった。
 包囲下にありながらも論争を続けたトラヴォ市は商業にしか目の向かない市民達の圧迫もあって漸く結論が出した。僅差でディリオン派が優勢となり開城と降伏を選択した。
 代々の商人であるトラヴォ市民達は勇士ミリテスの様に無骨な誇りに満ちている訳でもなく、べリアーノやカゼルタの市民の様に何よりも独立を大切にしている訳でもなく、情勢の変化と必要に応じて膝を屈する事には抵抗がなかった。彼らは独立都市としての栄光を求めてはいても、金にならない戦争をいつまでも続けている様な道楽には興味を持っていなかったのだ。

 トラヴォ開城はランバルトにとっても朗報だった。これ程の大都市を無血で手に入れられるに越したことはない。そしてランバルトはトラヴォ市に対して相当に寛大な態度で接した。交易特権を認め、自治権や領地も保証していた。艦隊や軍資金の提供や守備隊の設置は要求していたが、彼らの生業である商業は保護しこそすれ、手を出す事はしなかった。トラヴォに対しては圧力を掛けるよりも商業利権を保護し、そこから利潤を吸い上げる方が効率が良く、忠実さを期待出来たが故の方策だった。事実、トラヴォは艦隊を再び王家の指揮下に入れる事を承諾し、交易路護衛にも繋がる軍資金を積極的に提出した。
 だがあちらが立てば此方が立たず、トラヴォを引き立てると言う事は海上での競争者アイセン人の利権に干渉するということでもある。アイセン人にとって海上利権が削られるのでは、スレイン公フレデールに焼かれても抵抗を続けてきた意味が無くなる。アイセン人からの憎悪と反感を一身に受けることになったが、ランバルトはアイセン人の御機嫌を伺うよりもトラヴォ人と妥協した方が遥かに旨味があると判断していた。アイセン人が離反するならそれでもよし押え込むまでの事と思っていたのか、王家の忠実な味方であったアイセン人への態度は実に冷淡であった。
 港湾都市トラヴォの開城に伴い、トラヴォ市に従属していたキルカインのリトン家やリノージア島のスパー家もディリオン王国への帰順を表明した。そしてメガリス王国の残存勢力排除の為、ディリオン艦隊・トラヴォ艦隊合同によるトライブス諸島攻略も決行された。海上路の要衝であるトライブス諸島にはグーマ沖で敗れたメガリス艦隊の残存と陸戦兵が留まっていたがこれを追い散らし、全島を瞬く間に手に入れた。更にメガリス艦隊の影響力が弱まった事でライトリム地方との境界に位置するランウストのゴノス家も恭順の使者を寄越した。

 新暦663年12月、レグニット平定を順調に進めるランバルトの元にまたしても躓きの報告がもたらされた。カゼルタに向ったテオバリド軍から苦戦中であり援軍を求めるとの伝令が遣って来たのだった。ランバルトは家臣の失態に苦々しく思いながらも軍を纏め、カゼルタに向けて東進を開始した。



 ◇ ◇ ◇

 1万2千の兵を預けられたテオバリドは従属を拒否した独立都市ムニチピウムカゼルタの攻撃へと向った。季節は冬へと差し掛かり軍事行動には不利に成りつつはあったが、彼我の戦力差を考えれば、完全に冬季に入る前に任務を完遂することは十分に可能だった。
 公都ガルナからの街道を進むテオバリドは順調な進軍を続け、カゼルタ市の領域へと入り込んだ。ところが、勢いのまま一挙にカゼルタを制圧せんとしたテオバリドの歩みはここから急激に遅らせられてしまう。熱烈な意思を持って抵抗を決意したカゼルタ人は女子供や老人までも総出で武器を取り、侵略者に戦いを挑んできたのだ。
 その戦い方は苛烈で徹底していた。彼らは収穫物の尽くをカゼルタ市内へと運びこんでしまい、自らの土地を焼き払った。そして焦土と化した土地へ入り込んできた敵軍に朝も夜も関係無く襲撃を繰り返した。特に輸送部隊を優先して狙い、敵軍の補給を圧迫した。カゼルタ人はかつてライトリム軍を撃退した時のように敵軍が補給不足で撤退するよう追い込もうとしたのだった。
 事実、ディリオン軍は苦戦した。土地勘のあるカゼルタ人の襲撃を捉えきるのは難しく、物心共に圧力を掛けられていた。そして輸送部隊を守ろうとすれば足が遅くなり、輸送部隊を切り離して略奪で生計を立てようにも奪うべき物資が残っておらずと苦慮を強いられていた。
 テオバリドは一旦態勢を建て直そうと進軍を止め、後方からの物資集積を行った。防御態勢を築き慎重に対処することで所詮は民衆暴動に過ぎないカゼルタ軍の攻撃を跳ね返していた。
 だが、ここで歩みを止めたことで部下や兵達の士気の低下に繋がってしまった。またテオバリドは主君ランバルトを見倣って独裁的な指揮系統を敷いていた為に、部下に作戦意図を伝えずに命令だけを伝達していた。それらの要素が加わって、状況の悪化を信じた部下の一人が独断でランバルトの本隊へ救援要請を行ってしまったのだった。
 そして失敗を曝されたテオバリドの激怒と焦慮をよそに、ランバルトは本隊と共にカゼルタ方面隊の元に到着し、指揮を再度掌握したのであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

【新暦663年11月 宿営地 貴族テオバリド】

 レグニットへ攻め込んだテオバリドは苦戦していた。統率の失敗、カゼルタ人の執拗な抵抗、物資不足、極めつけは部下の独走とまるであらゆる状況が栄光を妨げているようだった。
 やっと手に入れた一軍の指揮官の地位であったのに。甘露な未来は瞬く間に無様な失敗へと転がり落ちようとしている。
 結局主君ランバルトの来援を乞う形になり、今テオバリドはランバルトの大天幕へと呼び出され、彼と対面していた。大人しく座し、まるで親に叱られるのを待つ子供のように顔を伏せている。

 ――何故だ? 俺のやり方は間違ってなどいない。ランバルト様のやり方と同じだ。何故俺だけが――
 
 テオバリドは苦々しい焦りを胸にちらりと顔を上げ、ランバルトを見た。ランバルトは軍装のまま腕を組み、その青い瞳で此方をじっと見据えている。
 ランバルトは一瞬何とも言えない残念そうな顔をすると話し始めた。

「失敗したな。テオバリドよ」
「……はっ。全ては己の不徳の致すところ。王国の大業を妨げる結果となった事、申し訳も御座いません」

 テオバリドは再び頭を下げた。従容としている事で失敗者という印象を少しでも和らげたかった。

「今回も私の真似をしたか?」
「……はい」

 ――全てお見通しか。だが、事実とはいえ、それでもはっきりと真似をしたと認めさせられるのは屈辱でしか無い――

 ランバルトは組んだ腕を解いて、ふうと小さく息を吐いた。

「敵も味方も恐怖させ、意のままに従わせる手法は最も効率的で効果的だ。支配に於いて恐怖に勝る道具は無い。そして、従わぬ者にはその身に死という最上の恐怖を刻み込んでやるしか無いのだ。その事は分かっていよう、テオバリド?」
「はっ……」
 
 テオバリドは目だけ向けた。声色の静けさに比してランバルトの瞳には不思議と普段の怜悧さを感じなかった。

「もっと徹底的にやるべきだったな」

 そう言うとランバルトは指を鳴らした。すると天幕の奥から一人の兵士が現れた。軍装から察するに親衛隊の一人らしく、布に包まれた何かを抱えている。丁度、人の頭くらいの何かだ。
 布が解かれると、赤く血に染まった"彼"が現れた。

 ――こ、此奴は……――

 テオバリドは生唾を飲み込んだ。頭だけになった"彼"は勝手にランバルトへ救援の要請を行った部下の一人だった。処罰しようと思っていたが、他の事に対処している間に姿が見かけなくなり訝しんでいたのだが、まさかここに居たとは。

「この男はお前の命令に従わなかった。独断で行動し分を超えた。と言うことは此奴は反逆者だ。何故生かしていた?」
「そ、それは、何れは処罰しようと……」
「処罰? 生ぬるいな。実に生ぬるい」

 ランバルトは血の滴る生首をテオバリドの足元へ放り投げた。

「逆らう者、逆らった者、従わない者、従わなかった者、抵抗する者、抵抗した者、全て殺せ。誰であろうと、どんな相手であろうと関係は無い。功績もこれまでの軌跡もだ」

 絶句するテオバリドを余所に立ち上がったランバルトは続けて言い放った。ただその瞳は既にテオバリドを見てはいない。遠くを見据えている様に感じられた。そしてランバルトの言葉もまるで自分自身に改めて言い聞かせているようだった。

「味方すら殺せないようでは敵も殺せんぞ、テオバリド。良く覚えておけ」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 本隊が合流したとは言え、季節は冬を迎えており、軍事行動には向かない状況になっていた。ランバルトは強引に行動を続けることを避け、テオバリドの築いた防御陣地を強化しつつ冬営地とし、後方からの物資の蓄積を計った。
 カゼルタ人も冬季には行動が鈍り、充分に強化された陣地へは手が出せずにいた。そして戦争の期間が長引くことで、カゼルタ人同士でも仲違いを始めていた。被害の無いカゼルタ本市の住民と故郷を焼き払った地方民との間で深刻な対立が生じていた。初めは独立の熱狂に浮かされていた地方民も次第に冷め、安全な場所にいるカゼルタ本市の住民に憎悪を持つようになっていた。
 たちまちの内にカゼルタ人は同士討ちを始めた。カゼルタ市内や領内の各所で暴動が起き、地方民は物資を奪って故郷へ強引に帰ってしまった。敵よりも身内に対しての方がより強く憎しみを抱くのか、暴動の激しさは増すばかりであった。

 この動きを見たランバルトは好機と見て年明けまで待たず、分散した敵を徹底的に追撃に掛かった。メール軽騎兵プロドロモイ隊とコルウス族の俊敏な活動でカゼルタ領内の村は尽く焼き払われ、住民は殺されるか奴隷にされた。
 カゼルタ人は同士討ちとディリオン軍の焼き討ちでその抵抗力を失い、本市の守りも一千人程度にまで減っていた。ランバルトは補給線への圧迫を避ける為に選抜した1万の精兵のみを率いてカゼルタ本市の攻略に取りかかった。カゼルタ市自体はそれほど大きな都市ではなく、選抜兵でも十分に包囲可能であった。ましてや、仲間割れで戦力の著しく減退した状態である。ディリオン軍の精兵の攻撃にはとても耐えられなかった。城壁を破られたカゼルタ人の多くは武器を捨て逃げ惑った。一部の勇者は踏み留まって戦ったが、結局は城壁の上で果てた。

 ランバルトはここでも徹底した破壊を行った。かつて反乱を起こしたメールに対したように、逆らう者は決して許さないという姿勢を改めて見せつけたのだ。
 この期に及んで抵抗したカゼルタにはベリアーノでの出来事が生易しいと思えるほどの苛烈さで当たった。住民は奴隷にするのではなく皆殺しにされた。それは本市の住民だけでなく地方民も同様に扱われ、勿論女も子供も老人も関係無かった。今回も親衛隊とコルウス族が積極的にこの役目を負った。跳ねられた首は千単位で集められて積み上げられた。抵抗者の末路の象徴とするためである。カゼルタ市は破壊され、火を放たれた。後には無数のこうべの塚と燃えた街の残骸だけが残された。
 ハルト兵や降伏したレグニット兵はランバルトとという人物の恐怖に震え憎み嫌悪した。それに対してランバルトは下賜金によって帳消ししようと図った。カゼルタ人から奪い取った財物を自身の懐には殆ど収用せずに惜しげもなく兵達に振り分けた。黄金の輝きの前には憎悪の炎も消え去るのか、兵たちは同胞の死体には目もくれずに歓呼の声を上げた。
 メール地方・サフィウム・べリアーノ・カゼルタと、人々はランバルトに従うという事と従わないという事がそれぞれどういう意味なのかを嫌でも目の当たりにさせられた。従えば富と栄光を得られるが生涯の忠誠を要求され、反故にすれば待つのは死のみである。

 凄惨な殺戮劇でレグニット平定は幕を降ろした。憎しみと疑心に対して恐怖による圧迫と黄金の魅力がどれ程の効力があるのかは、まだ神々のみぞ知る事であった。



 新暦664年3月、レグニット地方を平定したランバルトは現地兵を主体にした守備隊を残すと軍を再びライトリム地方へ進ませた。全王土の平定の為、残るメガリス占領地域を奪還するべく軍事行動を続けた。具体的にはライトリム南端の港湾都市アイリス攻略、ヴェラヌーリのメガリス軍残党撃破、そしてバレッタのジュエス隊と共同でのフェルリア地方攻略である。

 ◇ ◇ ◇

 クレッグ家の拠点であるアイリス市はエルドン海に面し、南のペラールも東のフェルリア地方も見張るのに好都合な位置にあった。この要衝はこれまでエルドン海を押さえるメガリス艦隊の影響下にあり、ディリオン軍のライトリム制圧後もメガリス王国勢力圏に留まっていた。しかし、グーマ沖での敗北・トラヴォ艦隊の離反・レグニット近海部の喪失とメガリスの海上での威勢も衰えつつあり、アイリス市の維持も容易では無くなっていた。
 ランバルト率いるディリオン軍4万がディリオン・トラヴォ・アイセン艦隊200隻に援護されアイリス市へ迫った。この時、アイリス市には1千人のクレッグ家兵・同数のメガリス兵・十数隻の軍船が待機していたが、彼らはこれからの対応を巡って対立していた。クレッグ家の当主ラーフォスはメガリスを見限りディリオン王国へ復帰しようとしていた。カゼルタの破壊を見て震えがったのも理由であった。メガリス人達はアイリスを拠点として確保し続けようとしたが、ディリオン軍の接近につれてクレッグ家の抵抗と敵意は増していき
、まともに市内を行動することも出来なくなりつつあった。最終的にメガリス人は確保を諦め、ラーフォスから市街退去を妨害しないとの協定を結んで市から退去した。
 そしてメガリス軍の去ったアイリス市にディリオン軍は抵抗なく入城した。ラーフォスは降伏と恭順の意を示し、兵や物資を供出することを約束した。亡きベンテスに従って王家に刃向かったことは事実であり、その事を罪に問われない為に必死だった。その甲斐あったか無かったか、ランバルトは市の港に艦隊を入れ、幾らかの物資と兵を供出させると程なくアイリスから出発した。もうランバルトは次の目的地に意識を振り向けていたのだった。

 ◇ ◇ ◇

 アイリス市を出発したランバルトはバレッタ地方のジュエスに対しても軍を率いて南下するよう指示を出した。二方向からヴェラヌーリを攻めようとの腹積もりだった。ヴェラヌーリはライトリム・バレッタ・フェルリアの三地方を繋ぐ要点の一つで、マクーン首長オルファン率いるライトリム方面軍の残党が守りを固めている筈であったからだ。フェルリア地方に撤退したペトラ首長アグーのバレッタ方面軍も来援するであるとも予想され、再びの激戦になることは想像するに難くなかった。
 ところが事態は予想から全く外れた展開を見せた。メガリス軍は抗戦どころか大規模な撤退に移ったのだった。オルファンの軍もアグーの軍も物資を掻き集めると兵を纏めて一路南を目指して軍を退いていった。ランバルトやジュエスらはより機能の整った拠点で抵抗を行うつもりなのかと考えたがその予想も覆され、メガリス軍は大都市シェイディンや公都ウォルマーすらも素通りし放棄したのだ。艦隊も同様にまだ押さえていた筈のバレッタ地方の港を捨て、南へと撤退した。
 最終的にメガリス軍は国境の要衝ベルガラとブラウ河口の港湾都市セレーノに到達し、そこで足を止めた。この両拠点は国境を越えての侵略にも防衛にも必須の地域であり、メガリス軍が何らかの防衛意思は持っている事だけはそこから伺う事は出来た。
 この全く予想外の行動にさしものディリオン軍幹部らも戸惑った。ジュエス隊と軍を合流させたランバルトは罠か何かでは無いかと怪しみ、その動きは慎重を期してゆっくりとしたものになった。

 混乱したのは放棄されたフェルリア地方の住民も同様だった。彼ら庇護者を失い混乱を通り越して恐慌した。メガリス王国を引き込んだのは暴君サレンに苦しんだフェルリア人自身だったのだから、ランバルトの報復の鎌で薙ぎ払われてもおかしくなかった。特に裏切りと寝返りで身を立ててきた旧サレン配下出身の領主達の混乱ぶりは目に余るものがあった。恐怖に狂った彼ら領主達は全てを捨てて逃げ出すか、可能な限り貢物で関心を買おうと領内を略奪し財物を集めようとした。勿論、領民も従容としている訳もなく暴動や反乱の嵐が荒れ狂う事となった。領主が逃げ出した地域は元々の統治も上手く行っていなかった事も相まって瞬く間に賊徒集団が跳梁跋扈した。公都ウォルマーもまた例外ではなく、理性を失った領主達と混乱する市民、暴れまわる賊徒達に引き裂かれ炎に包まれた。フェルリア地方は一瞬の内に地獄と化した。

 新暦664年4月、ランバルトはメガリス軍の動きが罠ではないと判断し、焦土に成りつつ在るフェルリア地方の掌握と平定に乗り出した。メールやリンガルの精兵を中心に王国全土から率いられてきた総勢8万の兵が賊徒の討伐と反乱軍の追討に展開した。兵を率いる指揮官らもリンガル公ジュエスを筆頭にセルギリウス、テオバリド、レイツ、コンスタンス、フェブリズ、トレアードの様な歴戦の古強者が執り、才覚と手腕を存分に振るった。ヒュノー将軍もランバルトから兵を与えられ平定戦に加わっていた事は特筆に値する出来事であった。
 そして、これら大規模かつ複雑に展開する軍の兵站をハルマナスは巧みに維持し、補給を滞り無く行わせた。神業と言っても能く、彼の長い人生でも最も才能と手腕が発揮された時であった。
 大規模なディリオン軍の展開に反乱者や賊徒は次々と鎮圧され、街々は陥落した。中には集結して立ち向かう者もいたが無駄な抵抗に終わるだけであった。
 三ヶ月程の時間を費やしたがディリオン軍はフェルリア地方の平定に成功した。公都ウォルマーも攻略し、再び秩序と安定を齎しつつあった。尤も鎮圧と平定と言えば聞こえはいいが、詰まるところ虐殺と焼き討ちで抵抗の意思を削ぎ、焦土を作ってそれを押し付けているに過ぎなかった。

 新暦664年7月、ここでディリオン軍の足も止まった。メール軍の長老ハルマナスが全ての力を使い果たしかのようにフェルリア平定を終えた時に急死したからであった。メール軍の登場以来、ディリオン軍の補給と兵站を一手に担っていたハルマナスの死の影響は大きく、大軍を維持するための兵站が保てなくなっていた。フェルリア地方も平定したとはいえその殆どは焦土と化しており、補給基地としての見込みは小さかった。この状況で要害ベルガラとセレーノの防衛線を突破することは著しく困難であった。
 ランバルトはこれ以上の進軍を断念し、フェルリア各地に守備隊を残して王都への帰還の途に着いた。

 ディリオン王国はついにその領土の大部分を奪還することに成功した。




<<戻る  次へ>>

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

メニューサンプル1

目次

【メニュー編集】

メンバーのみ編集できます