真歴31年、クセルクセスの後を継ぎ、長子カウラーンが新王に即位した。カウラーンは政戦両略に十分な経験と才覚があり、王妃ネフェルタリは同時にミスル女王としても地位を保持し、王国の安定は盤石であると思われていた。
 カウラーンは先代王の統治を継承することを明言していた。それはクセルクセスの統治が優れたものであった事実もあるが、支配下の諸侯王に代替わりの不安を抱かせない事が最大の目的であった。
 テュサゲタイ人も分裂して威勢を衰えさせており、当初はカウラーンの考えと臣民の期待通りにバラバ王朝は平和と繁栄を享受していた。

 その治世の中、いつからかある論調が世間に広がり始める。それは東の防衛線確保のためベビュラ地方を併合すべしという論であった。確かに荒野の蛮族にホルシードが荒らされてから然程時は立っていなく、そのような防衛論が出てもおかしくは無かった。
 カウラーンも実際に戦場で戦った経験から、この論に賛意を示し始める。ただ、あくまでも自身の婚姻でミスルを併合したように平和的な合併を希求し、動いていた。
 その方法として、カウラーンは長男シャープール王子とストルカテスの姫サンムラマートの婚姻を考えていたと伝えられている。ストルカテス王族の亡命中以来二人は恋仲で、カウラーンはその仲を認めていた。明確に婚姻を明らかにしなかったのは、カウラーンが妻ネフェルタリと不仲であった苦悩からか、息子には恋愛結婚に近い形で話を進めようとさせたかったのではないかと考えられている。
 しかし、そのような牧歌的な雰囲気は一瞬にして崩れ去る。
 真歴35年、当のストルカテス王ガムイルが併合を拒絶したのだ。勿論、娘との結婚もである。ガムイル王は無論王国を再興して貰ったという恩義がバラバ王国にはあるのだが、一方で簡単に王国を征服も創造も出来るバラバ王の力を恐れていた。いつからかその恐れは肥大化を続け、自身が滅ぼされるという妄想に憑りつかれるようになっていた。それでも君主として隠し通していたのだが、近年のベビュラ併合論の出現はガムイルの箍を外してしまったのだ。
 一気に緊張の度合いを強めるストルカテス王国との関係であるが、カウラーンは辛抱強く対話の姿勢を持ち、シャープールもサンムラマート姫も、両国の平和を維持しようと尽力した。カウラーンはストルカテス王家を世襲の太守サトラップとすることも提案し、多くの自治権も認めるなど、可能な限りの譲歩を見せた。
 しかし、ガムイルは一顧だにせず拒否した。それどころか兵を集め、ベビュラ地方の小王国群との同盟の締結に動き、更にはテュサゲタイ人の新たな王イダンテュルソスと婚姻で同盟を図ろうとさえした。その為に彼はサンムラマート姫を嫁がせようと図っていた。こうなるとカウラーンも甘い態度ではいられない。仇敵テュサゲタイ人を呼び込もうとするなど許すことは出来なかった。バラバ側も兵を集め、事態は戦争に向かって突き進んでいた。

 両国の破局を回避しようと少なからぬ者達が奔走したが、その頂点がサンムラマート姫の自害であった。サンムラマートは自分がいなくなればテュサゲタイとの同盟もなくなり父は抵抗を諦め、皆冷静さを取り戻すだろうと考えたのだった。
 だが、娘の死は寧ろ憎悪を強めたガムイルの態度を一層硬化させるだけに終わった。そして愛する女性の死に嘆き悲しんだシャープールは動揺も露に、カウラーン王とその政策を激しく非難した。
 カウラーンは父として悲しみながら王としてはすべきことを為さねばならなかった。ストルカテス王国が刃を向けるというのならそれを誅さねばならない。
 カウラーンは戦争を決意しながら、シャープールをゴンディノ地方の太守サトラップとして派遣した。これはベビュラ侵攻にシャープールに付いて来させたくないという親心とゴンディノ太守であったカンビュセスが丁度死去し後任が必要であったという現実的事情からだが、シャープール──そしてその周囲の者達──からは追放だと捉えられてしまった。

 ◆ ◆ ◆

 新暦37年、動乱の様相を見せるホルシードについに激震が走る。カルカディス島へ逃れていた後サラザニア王国がゴンディノ沿岸に上陸したとの報がもたらされる。バラバ王朝の動揺に漬け込んでの動きかと当初は考えられていたが、事態は遥かに複雑で危険なものだった。
 上陸したサラザニア軍は何とシャープールのゴンディノ州軍と合流し、南下を始めたのだった。これは明確なシャープール王子の反乱であった。
 ガムイル王はテュサゲタイ人との結託を果たし、他の小王国群にも恫喝混じりの交渉で同盟を組み、バラバ王国に対し決起した。

 更にクセルクセスの平定以降、従順であったシラエア諸国でも反乱が発生する。散発的に発生した反乱は次第に集合し、燃え上がり、一月も経つとシラエア全土を覆う規模へと発展していった。
 シラエアの太守サトラップにはクセルクセスの末の弟スメルディスが任命されていた。最初はサルゴンが指名されていたが、彼は太守サトラップ任命を辞退していた。サルゴンも戦は強いが誠実過ぎて政治には向かない傾向があり、その事を本人も自覚していたのだ。
 そして代わりにスメルディスがクセルクセス時代に任命されたのだが、彼は忠誠心と言う点では誠に素晴らしく、一個人の膂力も優れていたが、指導者としての能力は兄や甥に比して本当に血縁なのかと疑問符がつく程度でしかなかった。
 この二人が指導する状態では、政治的に反乱を治めることは困難で、事態が燃え広がってからサルゴンの軍事的手腕に期待するしかなかった。

 王国崩壊の危機という難局にカウラーンは敢然と立ち向かった。
 近衛軍プシュティグバン、ペルシス州軍を動員して自らはストルカテス・テュサゲタイ軍の対処に向かい、シラエアの反乱にはスメルディスとサルゴンに全権を与えて可能な限り抑え込むよう指示、次男のラムセス王子とミシル州軍には北上してサルゴンらと合流するよう命じた。加えてサラノス地方の同盟国フルウリ王国とその国王ティオゲネスには側面からゴンディノの反乱軍を圧迫させた。

 カウラーンの迅速で果断な対応はバラバ側に主導権を取り戻させた。
 ベビュラ地方の小王国群は王の親征軍の接近を知るとガムイルに反抗し、ベビュラ陣営の動きを止めさせた。テュサゲタイ人は勝ち目薄しと見てとると同盟をあっさり反故にし、ストルカテス王国を荒らし始めた。
 ストルカテス軍は単体ではバラバ王朝の親征軍には到底敵わず、ベビュラ地方はカウラーンに制圧された。ガムイル王は都から逃げ落ちるも、恨み辛みの言葉を残して数日後に自害した。
 テュサゲタイ人を撃退し、小王国群に対しても従属的同盟を締結させたカウラーンは、ベビュラ地方の安定化とバクトラ地方への警戒に軍を残すと反転し、西へ向かった。

 シラエアでは反乱軍の大軍が州都ダイマクスとスメルディスを包囲するが、ベイルスから出撃したサルゴンにより撃破され、軍事的にはバラバ王朝が主導権を完全に握っていた。とはいえ、シラエア反乱諸都市まで簡単には奪還出来ずにいた。
 そこにシャープールらゴンディノ・サラザニア軍がシラエアへ侵入してきた。シャープールはシラエア反乱軍も吸収しなが進軍を続けたが、サルゴンが僅かな隙に苦心して組みあげ直した防衛線を突破出来ず、更にミスル軍も到着するにいたり、その足を止めた。

 シャープールが簡単にシラエアに達した理由にフルウリ軍が向かって来なかった事が理由の一つにあった。だが、フルウリ軍は裏切ったのではなく、バラバ王朝の本拠ペルシスで発生した反乱軍の討伐に向かっていたのだ。
 ペルシス反乱軍は明らかに統率の取れた軍隊で単なる無頼の群れではなかった。ペルシス反乱軍は王都アジナバールを攻撃したが、独断を承知で急行したティオゲネス王らフルウリ軍に横撃を食らい、速やかにベビュラ地方を押さえたカウラーンと親征軍に敗れ、悉くが捕らえられた。
 そして、幸か不幸か、捕虜達の尋問で得られた答えが今回の事件の真相であった。彼らはペルシスをかつて支配したエグバン朝の末裔で、自分たちを滅ぼしたバラバ王朝に執念深く復讐の機を狙い、陰謀を企てていたのだ。ベビュラ併合論やガムイル王の扇動、果てはサンムラマート姫やシャープールの極論への誘導も密かに動いていた彼らの仕業だった。バラバ王朝を滅ぼす好機と踏んで今回の反乱を発生させたが、僅かな時期のすれ違いと偶然から齟齬を来たし、彼らは敗北したのだった。
 既に滅びた未来なき者達の怨念が全ての破局を招いたのであった。

 カウラーンは手勢だけを率いてシャープールのいるシラエア州へ急行し、事の真相を明らかにした。
 全てが陰謀であった事を知らされたシャープールはカウラーン王に謝罪し降伏しようと決意しとが、その想いが果たされることはなかった。もう後には引き下がれないと感じた反乱軍によって殺害されてしまったのだ。
 息子を失い怒り狂ったカウラーンにより反乱軍は忽ち撃破され、捕虜はその軽挙妄動の代償を払い、ことごとく処刑された。

 カウラーンは怒りの矛先をゴンディノ・シラエア地方に向け、苛烈な攻撃を以て両地域を再度平定した。そして、反乱に加担したとして粛清を命じる。が、これはサルゴンを始めとする重臣達に止められる。
 憔悴したカウラーンはサルゴンにカルカディスの後サラザニア王国への対処命じ、王都への帰途につく。アジナバールに帰還したカウラーンは慰みに捕虜のエグバン朝残党を皆殺しにし、酒浸りの日々を送る。
 真暦39年、心身の均衡を崩し衰弱したカウラーンは病に伏せり、次男ラムセスを次期王に指名し急死した。
 全く無意味な争いの果てに多くを失い、得るものは何もなかった。



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