Guild Knights 第五話

作者:揚げ玉




Guild Knights 第五話



「今まともなハンターがいないのよ。エストなら一人でやれるでしょ? レウス狩って来て」
リオレウスという、並のハンターならば震え上がる飛竜の名を、ベッキーは平然と言い放ち。そしてそれを一人で狩る様にと、エストへ告げた。
 今ミナガルデに、熟練に達したハンターはほとんどいない。彼らは、軒並み一つの依頼に向かっているのだ。
 老山龍の定期経路調査。
 その依頼が、上級ハンターを街から追い立てた。老山龍とは、ある龍の名だ。この時代、人々が「りゅう」と言われて思い浮かべるのは、イァンクックやゲリョス等の飛竜種の事である。一般的に彼らは竜と称されるが、他方、龍と称される存在が、少数ながら確認されている。地方によっては古龍種などと呼ばれるが、これは、彼らが飛竜よりも古い系統の生き物である事による。
 龍とは、隆盛を誇る飛竜種とは異なる存在で、現在ほとんど姿を確認される事は無い。龍は存在自体が伝説と化している。その中にあって、老山龍は比較的人間に馴染みのある龍だった。馴染みがあるといっても、文章でその存在が確認されている程度で、目撃する例は極めて稀ではあるが。
 記録によると、老山龍は全長で百メートル、全高で十メートルを越す巨大な龍である。背に翼は無く、四本足で悠々と大地を歩く。ある周期をもって一定の範囲を徘徊し、その途上にあるもの全てを破壊するという。一説では、老山龍の幼龍のみが徘徊をし、成龍は移動をせずに山のごとく鎮座しているとも言う。それが事実であるならば、老山龍の成龍の巨大さは想像を絶する事になるが、その項に関してはここでは触れない。
 最近、この老山龍が歩いたらしい跡が発見され、ミナガルデを含む一帯を統治する西シュレイド王国は、対策に苦慮していた。ハンターを招集し、過去の書物などと引き合わせ、その対策を話し合っている最中である。これが老山龍の行動経路の定期調査という依頼であり、王国からの依頼であるため極めて報酬が高い。もちろん依頼の制限も厳しく、一部の高名なハンターにしか声がかからないのだが、それゆえ、熟練のハンターはこの依頼に出払ってしまったのだ。
「リオレウス……ね」
フィルが空を仰いだ。
 丘陵地帯は、今日も能天気なほど天気が良い。こんな空の下で、ある生き物は喰らい、ある生き物は死を迎える。
 世の中は至極簡単で、思い悩むのが馬鹿らしくさえ思えてくる。たかがリオレウスでは無いか。結局、迎える結末は生か死の二択に過ぎない。大した事は無い。
 そんな事を、幾度も反芻するのだが、フィルの顔には乾いた笑みが浮かぶだけで、一向に吹っ切れる様子は無かった。
「リオレウス、か」
もう一度、フィルが飛竜の名を口に含んだ。
 彼はこの別働隊のリーダーであり、ユニオンのリーダーである。それはアキとシャオの命を預かる立場でもある。好悪や気分で依頼を決定して良い立場では無いのだ。
 彼は彼なりに、以前からリオレウスに勝てるという算段をしていた。だからこそ、エストの勧めとはいえ、この依頼を引き受けたのである。
 だが、あまりに突然の事だった。躊躇している所を、いきなり背後から押された感じである。何とかなるとは思うが、心配の種は尽きない。
「リオレウスかぁ〜……。なんだかエストが来てから、俺って上昇気流の真っ只中って感じ?」
一方、頭の後ろで腕を組みながら、この空と同じ調子で言ったのはシャオだった。
 武具の新調も終わり、新たな装備を付けての狩りだった。
 彼の薄茶色の髪に合わせる様に、イァンクックの薄紅色の甲殻が加工されている。彼の腰と上半身をイァンクックの堅固な甲殻が包み、手足をその甲殻と金属を組み合わせた物で覆っている。むき出しであった頭部も、今回からはイーオスという小型の竜の甲殻を加工した兜を被っていた。
 その彼同様、隣を歩くアキもまた、装備品のかなりの部位を新調している。
「エヘヘ、ねぇ、シャオ! これ似合う!?」
アキがシャオに胸元を覗かせた。小振りながら形の良い乳房がのぞき、一瞬どきりとするが、その意図はすぐ分かった。
 彼女の胸元に輝くものがある。簡素なネックレスだった。ネックレス自体に装飾の類はほとんど無く、中心に添えられたクリスタルを台座に乗せ、華奢な鎖で括っただけのものである。だが、クリスタル自身の透き通る様な輝きと、彼女の肌理の細かい肌が、むしろその簡素さを王女の身に付ける高貴なアクセサリの様に引き立たせている。
 その美しさに、彼は思わず見とれていた。
「エストとおそろいなの」
そう言って微笑むアキに、シャオの表情が素早く反応した。
 背後を振り返ってエストを一瞥するが、フィルと話すエストに、彼の視線に気付いた様子は無い。
「ハイメタヘルムを作った時にね、残ったライトクリスタルでこれを作ってもらったの」
「ライトクリスタル!?」
ライトクリスタルとは、主にゲリョスのとさかから採取される希少金属の事である。クリスタルの様な無色透明な色合いで、都市部では鉱石よりも、宝石として扱われる。宝飾店などで見かけられるこの素材も、ミナガルデの様な土地では武具に早変わりするのだ。
 これによって着飾る人々は知らない事だが、ライトクリスタルは特定の衝撃を受けると強く発光する。ゲリョスが獲物を気絶させるのに使用する発光は、この原理を使ったものだった。
「だからハイメタヘルムなんか被ってたのか……」
アキの頭部を飾るティアラの様な防具を見つめ、シャオが嘆息した。
 そのティアラはハイメタと呼ばれる防具で、特に頭部は、ライトクリスタルを加工して作られる。美しい光沢と容貌を持つこの防具は、一部の女性ハンターが好んで身につける事でも知られていた。
 アキのプラチナ色の髪もティアラに良く映え、シャオなどはこれを被るアキを初めて見た時、言葉を失った程だった。
「そろそろキャンプに着くわよ」
浮ついた様相の二人に、背後から落ち付いた声が掛かる。エストのものだ。
 彼女もまた、これまでとは異なる装備を身に付けている。ゲリョスを狩った時とも、イァンクックを狩った時とも異なる装備だった。
 軽装なのは相変わらずで、とてもリオレウスを狩りに向かう装備には見えなかった。胸部などは新米のハンターが身に付ける、モンスターの骨を加工したものを着込んでおり、やはり場違いな様に見える。全体として白を基調にした装備になっていて、色合いが美しく、統一感のある装備であった。
 その様子を見ていると、彼女は機能よりも見た目で装備を選んでいるのではないかと思えてくる。
「はぁい」
アキとシャオの二人が、間延びした調子で答える。
 二人が小走りに駆け出した。離れる二人から、キャンプ傍まで競争しようという声が聞こえてくる。
 飛竜討伐の直前であるというのに、アキに緊張した様子は無い。ゲリョスとの事は、完全に吹っ切った様だった。
「緊張し過ぎるよりいいけど、緊張感がまるで無いのもなんだかな……」
走り去るアキの背中を見送りながら、フィルが呆れた様に呟いた。
 アキに起きた変化が、一体何によるものなのか。フィルには薄らぼんやりと想像はついていた。
 イァンクック狩猟の際の彼女は、恐らくゲリョスに遭遇した時のトラウマが原因であったのだろう。
 そして、先日の留守中、エストは彼女を連れて狩りに向かっていたのだ。目的は、トラウマを克服させるため。
「良かった」
遠くなった二人を見詰め、エストが呟く。
 その言葉に、フィルは自分の予想が間違っていなかった事を確信していた。。

 キャンプに到着した一行は、荷物を置き、用意を済ませ、周囲へ向かっていた。
 皆周囲の地図は所持していたが、地図はあくまで緊急時のためである。基本的に地形は全て頭に叩き込んでおかねばならない。モンスターを狩りながら、逐一地図を開く余裕などありはしないのだ。周囲を歩くだけとはいえ、一行は地形を凝視し、それらを全て記憶している。
「この辺りのモンスターは全部片付けておかなきゃね〜」
背の高い草を覗き込みながら、アキが言った。
 周囲には植物が豊富で、それを餌にする草食のモンスターが多い。つまり、草食のモンスターを餌にする、肉食のモンスターも多いという事だ。
 一見しただけで、周囲の岩陰など、何かの気配を感じる。恐らくランポス辺りの小型の肉食モンスターが、こちらを窺っているのだろう。
 アキなどは既に剣を抜き去り、警戒を強めている。その手に握られているのは、先日の狩りで素材を元に強化された、新たな得物だった。その形状は手斧に似、重量も他の片手剣より重く、ある程度の経験が必要になる。製作を躊躇うアキは、だがエストの一言が決め手となって得物を強化したのだ。
 貴方なら、もう使いこなせるわよ。
 アキが張り切っている理由には、そんな経緯もあった。
「ここは私とアキで制圧するから、フィルとシャオは警戒と索敵をお願い」
エストの剣が、鞘走る。
 刀身と鞘が、引き抜かれる際に発する独自の音色。エストのすらりと伸びた肢体が、甘美とも言える音色を奏で、駆け始めた。
 アキが続き、たちまち、草陰のランポスが躍り出る。
 辺りには、人間のものでは無い、血生臭い悲鳴が上がった。
「二人で大丈夫……」
「だろ」
シャオが発しかけた問いに、フィルが笑って答えた。
 既に、数頭のランポスが朱に染まっている。エストとアキの、息のあった動きが、それを可能にしていた。
「いつの間に……な」
アキの姿に微かな寂寥を感じながらも、フィルは周囲にそびえる丘へ登り始めていた。
 リオレウスは、空の王者として知られる。
 飛竜。空を飛ぶ、竜。この時代の人間に尋ねたら、真っ先に連想するのは、このリオレウスだろう。
 最も繁栄を誇る種で、その能力も違わぬものがある。
 大空を疾駆する翼。
 鋼鉄すら通さぬ甲殻。
 あらゆるものを焼き、砕く、ブレス。
 この身体が可能にする驚異的な飛行速度は、ハンターにとって酷く脅威である。エストが索敵のために二名を裂いたのも、そのためだ。音もなく遠方から飛来したリオレウスに、そのまま巣へ運ばれたハンターなど珍しくも無い。その後、巣から戻れるのは、良くて身体の一部だった。

 夕刻までに、周囲の制圧は終了していた。
 狩猟目標との戦闘中に、別のモンスターが邪魔をしないよう、ハンターは予め周囲のモンスターを狩っておくのである。その間、勘付いた飛竜が飛来する事もあり、そういった事態に備えるために、索敵役を置くのだが。
 この日の索敵役は、一日中真っ青な空を見て過ごす事になった。丘に登り、鳥の飛ぶのどかな空を眺めていると、その下でエストやアキが小型のモンスターを蹴散らしている事など、忘れそうになる。
「ファ……」
自然、欠伸も漏れる。
 仕方の無い事だろう。
 などと、シャオは自らの欠伸の言い訳めいた事を考えつつ、夕刻を迎えた。
「……明日また制圧し直しだな」
するすると蔦を掴みながら、シャオが崖から降りる。
 時刻は夕刻であり、闇が近い。そろそろキャンプへ戻り、明日再び出直したほうが良さそうだった。
 夜中のうち、狩り散らしたモンスターの臭いに釣られ、さらに多くのモンスターが集まる事だろう。制圧は、翌日やり直しになる。
 非常に面倒ではあるが、そんな事は狩りをする上で日常茶飯事だった。
 とはいえ、面倒に感じるのは仕方が無く、欠伸は出るのだ。
「シャオ、そっちも収穫なしか」
別の崖に上っていたフィルも、いつの間にか降りてきている。シャオが肩を持ち上げて首を振り、合流した二人は崖の下へ走った。
 エストとアキの姿も近くに見え、四人は再び集合し終えていた。

 その時だ。
 業火を放った色の空、炎の核の様な、焼けた赤色をした飛竜が、ゆっくりと空から現れた。
 硬い鱗に覆われた身体は、その下のしなやかな筋肉を思わせて鳴動し、躍動する翼は、まるでそれが絵筆となって世界を染めている様に見える。
 大空を溶かし込んだ青色の瞳が、今は夕暮れに燃えていた。
 リオレウス。
 突如、一行の視界に舞い降りたのは、飛竜リオレウスだ。彼は一行に気付いた様子も無く、翼を揺るがせている。
 空の王者は、あっさりと見つかった。いや、王者ゆえにあっさりと見つかったのだ。
 彼にとって、敵に見つかる事は何物も意味しない。敵がいるのなら、蹴散らせば済むだけの事だった。姿を確認される事に、どれ程の恐ろしさがあろうか。
「リオレウス……」
アキは、ほとんど呻いていた。
 喉が苦しくなり、胸が締め付けられる。視界に飛竜が舞い降りただけ、狩る対象が現れただけだと言うのに。
 この飛竜の美しさは如何なものなのだろうか。
「綺麗……」
それは、アキが言おうとして、飲み込んだ言葉だ。 これから狩る対象に、そのようなことを言う事が、アキには躊躇されたのだ。
 だがエストは、アキの言葉をすんなりと言って、瞳を細めた。
「私達が今している事が、種の存亡をかけた殺し合いだとするなら、滅ぶべきは私達の方なのかもしれない……」
恍惚と、エストが光景を見詰めている。
 これから狩る対象を見詰める彼女は、まるで、魅入られたかの様に瞳を向けている。
「始めるわよ」
エストの表情が、一変した。
 儚さを讃えた造詣に浮かぶ、その凛とした表情は、彼女を神々しいものに見せる。
 抜剣。
 無言のうち、三人が彼女に続いた。剣が、相次いで引き抜かれる。
 狩りの幕が、開いた。

咆哮

 空の王者が、咆哮で答える。
 退屈な王者の座から、リオレウスは立ち上がり、新たな挑戦者を一瞥した。
 四人の人間。
 またか。
 幾度目だろう、これと同じ獲物の群れを狩ったのは。
 飛竜が翼を広げ、それを一閃させた。

「なっ!?」
鋭い突風が、シャオを襲った。風の中の小石や砂粒が視界を襲い、頬を切る。
 慌てて剣を引き抜き、彼は盾代わりにそれをかざした。剣の表面に硬質な音がぶつかり、背後へ飛んでいく。
 リオレウスの翼が巻き起こした、突風。それは、周囲の地面に散らばるもの次第では、突風自体が刃になる。
 シャオ同様、フィルもまた剣をかざし、飲み込まれた突風に抗った。
「アキ!」
エストの呼びかけ。半ば、それはアキへの確認であったかもしれない。
 鉄板の様な巨大な剣を持つ二人に対し、エストとアキは、片手で扱える剣を手にしている。
 機動性を活かし、突風を避けたエストは、軽やかにリオレウスへ走りこみながら、背後を呼んだ。
「分かってる!」
呼ばれた背後に続くのは、アキだった。
 エストが彼女に合わせている面はあるとはいえ、二人の連携は、幾度かの狩りで様になり始めている。
 リオレウスに向かい、二本の剣が襲い掛かった。
「テァ!」
声はほぼ同時に発され、リオレウスの左右に、二人の剣が降った。
 手応え。
 固すぎる手ごたえが二人に返り、お情け程度に、飛竜の足から甲殻の破片が千切れた。
 斬撃は哀れな程、飛竜の身体へ食い込まない。 
 だが、そんな事は、二人は承知の上である。飛竜の身体の強固さは、嫌という程身に染みていた。
 二閃、三閃。
 甲殻を滑る刃に構う事無く、二人は飛竜の足を刻み続けた。甲殻の、鱗の、小さな破片が宙へ飛ぶ。
「この虫けらが!!」
リオレウスが人語を操るなら、彼は、苛立ち紛れにそう言ったかもしれない。
 代わりに、彼は小うるさそうに尻尾を振り上げ、身体の周囲で一閃させた。
 一つの金属音と、一つの悲鳴。
 エストの盾がリオレウスの尾を真芯で捉え、その衝撃を完全に殺す。一方、芯を捕らえ損ねたアキは、尾を盾で防ぎつつも、衝撃で盾を跳ね上げられる。そのまま、滑る様に、アキの身体は後方へ吹き飛んだ。
 だが、うまい具合に盾を振って衝撃を殺し、吹き飛びつつも、アキは構え直す事に成功した。
「喰らえ!!」
リオレウスの尾が旋回した隙を突き、二本の剣が注いだ。
 今度は太く、巨大な剣だ。
 だが、フィルとシャオの大剣を持ってしても、やはり、一撃は弾かれた。
 剣が立たなかった事を悟った二人は、すぐに体を投げ出して飛竜から飛び退く。
「懐が遠い……」
飛び退いた先で、舌打ち紛れにシャオが呟く。
 リオレウスから退いたのは隙が無かったからで、本来ならば飛竜の腹まで潜り込み、大剣の一撃を突き入れるべきだった。幾ら威力に優れる大剣とはいえ、強固な甲殻の覆う背中では刃が立たない。
 再び、飛竜が雄叫びを上げる。
 まるでランゴスタの様に飛び回る人間に、飛竜が翼を広げて威嚇を示した。
 そのまま、飛竜が飛翔する。
 揚力を得た巨体が、空に唸りを残し、地面へ飛び掛る。
「うぉ!?」
フィルが、叫びを上げた。
 空の王者の本領とも言うべき一撃が、彼を襲ったのだ。
 身体が、滑稽な程簡単に宙を飛ぶ。出来の悪い玩具の様に、彼は遥か後方の岩に叩き付けられ、崩れ落ちた。
「フィル!」
シャオの叫びは、フィルの上に崩れ落ちた岩石を滑って消えた。岩の下敷きになるフィルは、答えも無く沈黙している。
 だが、吹き飛ぶ直前、フィルはとっさに剣を盾にしていた。無防備に飛竜の爪にかかれば、人間の身体など、熱したバターの様に容易く引き裂かれる。フィルが形を留めて吹き飛んだ事自体が、瞬間の判断の秀逸さではあった。

宙へ浮かんだままの飛竜が、吼える

 眼下の疎ましい生き物へ、飛竜は寛容を切らしていた。
 その口が、大きく開かれる。
「ブレスが来る!!」
声と供に、エストがリオレウスの足元へ駆け込む。
 残された二人は、喚起された注意に、慌てて盾をかざした。
 同時、飛竜は空の欠片を切り抜いた。空と同じ色の火球が、飛竜の口内から吐き出され、地から見上げる二人に、それはまるで空が注いだように見える。
「っおおおおぉぉ!!」
轟音、衝撃、疾風。後、シャオに残ったのは、全身の奇妙な麻痺だった。
 リオレウスの放った火球を刀身で受け止めた彼を、火球の業火が突き抜けていった。直撃こそ防いだものの、火球の弾道にいた限り、前進が熱風にあおられるのは避けようが無い。熱さが、うっすらと感じられた。全身が火傷に犯されたが、その感覚は鈍い。
「ってぇ……」
シャオが、方膝をついてうずくまった。
 イァンクックの甲殻で作られた、炎に強いと言う鎧が、彼を守ったのだ。そうでなければ、今頃彼の全身は炎に包まれていただろう。
 それでも、火球を防いだ両手に、最早感覚はなかった。炎と衝撃が、彼から腕の力を奪ったのだ。
 悔しい。
 彼は、血の気がなくなるほど唇を噛み締めた。ほとんど何もしていないのに、この様なのだ。リオレウスと切り結び、ほとんど時間が経っていないにもかかわらず、この姿である。この飛竜と、自分の、力量の距離を感じざるを得なかった。
「後ろ!!」
アキの叫びが、シャオを振り向かせた。
 空が、燃えている。そこから、まるで太陽の様に、業火をまとって燃える火球が、振りつつあった。
 一度目の火球を放った直後、リオレウスはシャオの背後へ回り込み、再度火球を放ったのだ。一度目の火球を受けてうずくまるシャオの、背後に小さな太陽のごとき火球が迫る。
 轟音。
 すぐ背後に注いだ火球は、シャオの背後に熱風を巻き起こした。だが、衝撃は無い。ブスブスとけぶる黒い煙に目を凝らすと、そこに、フィルの姿があった。
「フィル!」
叫ぶシャオには答えず、フィルは、全身から立ち上る煙もそのままに、その場に倒れこんだ。
 金属の焼ける、鼻を突く臭い。フィルの鎧が、焼けた臭いだろう。
 シャオが駆け寄り、フィルを抱き起こす。
「後ろだ……シャオ……」
搾り出すような、フィルの声。
 だが、シャオが振り返った時には、既に光景が展開していた。
 宙から飛び掛るリオレウス。
 左右の足の爪が、シャオを引き裂こうとした時、エストは剣を手に、飛来する飛竜へ脇から剣を突きたてていた。
 シャオが見たのは、彼女の一撃で横合いへ吹き飛ぶ飛竜の姿だった。
 宙から飛来する不安定な瞬間を、予期せぬ横合いから一撃を加えられた事で、飛竜は不恰好に落下していた。
「こぉの!!」
屈辱の様を呈し、地に落下したリオレウスへ、すかさずアキが飛び掛った。
 剣を振り上げ、もがきまわる飛竜の腰へ切りかかる。
 一撃、二撃。
 だが、やはり飛竜の甲殻は硬い。甲殻に切り傷は付くのだが、その下の皮膚に傷を負わせるなど及びもつかない様に思える。
 決定的な、一撃の重さが足りなかった。
「下がってろアキ!!」
怒声。
 フィルを傷つけたリオレウスへの、フィルに庇われざるを得なかった不甲斐ない自分への、シャオの怒り。
 それは彼を駆けさせ、背の大剣を一閃させた。
 剣が無機な音を発して、飛竜の甲殻を噛む。アキの付けた甲殻の切れ目に、剣が挟まった。
 火球の熱風に焼かれ、感覚の薄らいだ両手では、思うほか力が入らない。だが、彼は剣を甲殻に噛ませたまま、両手を離し、剣を足で踏みつけた。
「喰らえよっ!」
渾身の、シャオの蹴り。地面に落とされ、もがくリオレウスの甲殻に噛み付いた彼の剣へ、蹴りが突き立った。
 絶叫。
 文字通り、繊維の引きちぎれる音を反響させ、飛竜の甲殻が引き剥がされた。もがき、叫びを上げる飛竜の腰に、赤黒いものが露出する。ほとんど血まみれで、何かのさなぎの様に蠢くそれは、紛れも無く飛竜の筋肉だった。
「セイッ!!」
アキが剣を振り下ろす。
 筋肉がむき出しになったリオレウスの腰に、それは、面白いほどすんなりと突き立った。
 悲鳴。
 それは、飛竜の悲鳴であったろう。喉から振り絞る声を上げ、飛竜が起き上がった時、彼の腰から伸びるはずの尾は、千切れ落ちていた。
 アキの一撃が、飛竜の腰から伸びる尻尾を切断したのだ。
「一度退くわよ! 走りなさい!!」
アキとシャオの耳へ、エストの大声が届いた。フィルに肩を貸した彼女は、既に二人よりも先に駆け出している。
 弾かれる様に、二人がリオレウスに背を向けた。駆ける。全力で、駆けていた。
 大気をつんざいて、背後から二人に伸びた飛竜の咆哮は、心臓を鷲掴みにする様だった。
 振り向こうなど、二人は思いもしなかった。

 辿り着いたキャンプは、夜の闇をもって四人を迎え入れた。
 すぐに周囲を囲う様に、火が熾される。月が明るく、光には困らないが、そもそも火はモンスターへの用心のために熾すものだ。薪の爆ぜる音を覗けば、周囲から聞こえるのはモンスターの唸り声だとか叫び声なのだ。ここは人外の土地なのだと、思い知らされる。
 ハンターは、そんな中で生きる職業なのだ。
「……なぁ、エスト」
フィルの手当てを済ませたシャオが、彼の額の汗を拭いながら、エストを呼んだ。幸い彼の怪我の程度は深くなく、骨に異常も無い。身体の腫れさえ引けば、歩けるようになるだろう。
「なに?」
熾された火の前で、エストは夕餉の支度をしていた。手際良く野草を切り刻み、それを火にくべられた鍋の中へ放り込む。
 脇ではアキが、黙々と肉を焼いている。
「リオレウス、もう一押しでやれたんじゃないのか? 今頃、巣に戻って寝てるぜ」
シャオがそう言った所で、一度フィルが呻きを上げた。シャオがその顔を覗き込むが、以降は静かな寝息を立てていた。フィルへ、エストが処方した眠り薬を飲ませたためだ。
 飛竜は、その凄まじい回復力で、多少の怪我ならば睡眠によって治癒してしまう。尾を切断しようと、今頃は血も止まり、傷口も塞がり始めているだろう。ほとんど驚異的な回復力である。
 大抵のハンターは、飛竜を巣穴に逃がして放置などしない。睡眠をとられる前に、巣穴まで追いかけて仕留めるのが定石だった。それゆえ、巣穴には飛竜と人の、激闘の跡が刻まれている事が多い。しばしば人骨が散見されるのはそのためだ。
 定石を破ったエストに、シャオは理由を尋ねていた。
「リオレウスの瞳……見た?」
エストの手は止められる事無く、一同の前に食事を並べ始めている。
 うつむいて炎を見詰めると、彼女の長い睫が、綺麗に影を作る。
 酷く幻想的なその姿を、アキはため息をついて見つめていた。
「紫色……だった」
見ていない。そう言おうとしたシャオに代わり、アキが答えていた。
 エストは相変わらず手元に視線を落としたまま、作業を続けている。
「リオレウスの瞳は青じゃないのか? 空から降りてきたときチラッと見たけど、青っぽかった様な……」
おぼろげな記憶を辿り、シャオが眉をしかめる。
 エストは二人に頷き、不意、手を止めた。
「そう、リオレウスの瞳は普段は蒼いの。でも本当に怒った時、血走った蒼い瞳は紫色の様にも見える。怒れる飛竜……。それはまるで炎が具現化したかのように荒々しく激しい」
ゆれる炎がエストの顔を炙り、酷く幻想的な彩を添える。
「その姿は、世界そのものの様に恐ろしく、そして美しくすらある……」
エストの瞳が、炎を宿した様に、赤々と炎を映していた。






↓以下、続きます。
Guild Knights 第六話
2007年03月27日(火) 04:30:43 Modified by orz26




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