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| P 「小日向美穂と、藤原肇。 ふたりを書類上で初めて知ったとき、まず思ったのは…… 「若いな」ということ。」 |
| P 「あがり症に、地味で頑固者。 華やかな場に慣れていないことは想像に容易い、 どこにでもいそうな、田舎の普通の女の子。」 |
| P 「描いた夢に自分が釣り合うかなんて、考えたこともない。 恋に恋する少女のように純粋でまっすぐな、 無知と若さだけが頼りの、眩しい夢。」 |
| P 「プロデューサーという職業柄、 そんな少女たちが、やがて夢破れ、現実を知り、 俯いて舞台を降りていく姿は、見飽きてしまっていた。」 |
| P 「だけど……。」 |
| P 「小日向美穂さん、か……。 確かこのあたりにいるって聞いた気が……。」 |
| ??? 「……1、2、3ステップ♪」 |
| P 「……?」 |
| 美穂 「養成所のレッスン、楽しいなぁ……。 これで私もアイドル気分!な〜んて。」 |
| 美穂 「気分を味わうくらいなら、私でも、いいよね。 誰にも迷惑かからないし、これぐらい……。」 |
| P 「……そう言いながらも夢を見続けている眼差しに、 「ああ、なるほど」と思う自分がいた。」 |
| 美穂 「ボーズ、これであってるかな……?」 |
| 肇 「はい、バッチリです♪」 |
| ふたりはとても嬉しそうに ステージの上で遊んでいる…… |
| P 「(……やっぱり。 このふたりには、こういう姿が似合う。)」 |
| P 「(無邪気で、ひたむきで、どこかキラキラしていて。 ……あの頃から、変わらない。)」 |
| 肇 「ダンスはさすがに忘れちゃっていて。 即興でもいいですか?」 |
| 美穂 「うん、もちろん。 ……でも、なんだか本当に小さい頃に戻ったみたい。 こういう真似っこ遊び、私もよくやってた。」 |
| 美穂 「ダンスも見よう見まねの即興で、 だけど、自分が本当にアイドルになったみたいで……。」 |
| 肇 「こうしてみるとなんだか不思議ですよね。 お仕事じゃなくて、遊びでステージに立ってるなんて。」 |
| 美穂 「うん。ちょっとだけくすぐったいけど。 でも、楽しい!」 |
| 肇 「ふふっ……そうですね。」 |
| 肇 「……美穂さん。 私、謝らなくてはいけないことがあるんです。」 |
| 美穂 「謝らなきゃいけないこと……?」 |
| 肇 「美穂さんが頑張っている姿を見て、心配になったんです。 こだわりが強くて頑固者な私に付き合わせて、 無理をさせてしまっているんじゃないかって。」 |
| 肇 「私は、美穂さんの素朴で、優しくて どんなときも楽しそうに夢を語る姿が、好きだから。 それを、私が邪魔してしまっているんじゃないかって」 |
| 肇 「だから私は……気そんをほぐせればと思ったんです。 あなたに苦しい思いをしてほしくなくて。 そんなあなたを見て、苦しみたくなくて。」 |
| 肇 「私も、そのぐらいの柔軟さは いくらか手に入れたつもりでしたから……。」 |
| 美穂 「肇ちゃん……私、無茶なんてしてないよ。 むしろ……とっても楽しんでたぐらい。」 |
| 肇 「はい……そうですね。 美穂さんはいつだってまっすぐで、 夢を追う強さを持っている人だと、知ってたはずなのに。」 |
| 肇 「……勝手に不安になって、ごめんなさい。」 |
| 肇 「ですが…… そんな美穂さんの強さを再確認すると同時に、思ったんです。 美穂さんと一緒に夢を見たいと。」 |
| 肇 「あの頃ここで見た輝き、 未だに胸の中にあるこの感動を…… 美穂さんと、表現したいと思ったから……。」 |
| 美穂 「肇ちゃん、謝らなくたっていいよ。 一緒に夢を見たいって言ってくれたのも、とっても嬉しいし。 それに、きっと、本当に謝らなきゃいけないのは……。」 |
| 美穂 「……ねぇ、肇ちゃん。 今度は、私に付き合ってもらってもいいかな。」 |
| 肇 「はい、もちろん。」 |
| 美穂 「プロデューサーさん、 事務所に帰ったら、お願いしたいことがあるんです。 いいですか?」 |
| P 「もちろん。なんでも言ってみて。」 |
| 美穂 「レッスン室を使わせてください。 ふたりで……自主練がしたいんです!」 |
| 肇 「えっ……アイドルになって表現したいもの、ですか……? それは……それは……まだ、わかりません。 自分という器に、なにが入れられるのか。……でも!」 |
| 肇 「良い器は、どんなものをも、美しく引き立てます。 そんな器に、私を変えていただけませんか?」 |
| P 「……そう食い下がってくる瞳を見たとき、 「もしかしたら」と思う自分がいた。」 |
| 美穂 「……ねぇ、肇ちゃん。 今日はさ、向かい合って歌ってみない?」 |
| 美穂 「いつも横並びで歌ってたけど。 正面から向き合ったほうが、 きっと、相手のことがよく見えるから。」 |
| 肇 「わかりました。 お互いを見て……一緒に歌いましょう、美穂さん。」 |
| 美穂と肇は、互いの目を見つめながら歌い始めた……。 |
| P 「(そう、そうだ……。 これが、このふたりの強さだ。)」 |
| P 「(どこまでも真摯に、ひたむきに。 向き合うものから、目を逸らさない。 これも、あの頃から変わらない……)」 |
| 美穂 「(……うん。やっぱり感じる。 息を吸う瞬間、視線の動きから…… 少しだけ見えなくなってた、肇ちゃんの気持ち。)」 |
| 美穂 「(肇ちゃんはいつだって 私とまっすぐ向き合ってくれてたのに。)」 |
| 美穂 「(……無茶なんてしてないって言ったけど。 でも本当は、きっと……)」 |
| 美穂 「……本当はね、私、ちょっと焦っちゃってた。」 |
| 美穂 「私ね、肇ちゃんのいつだって諦めなくて、自分に厳しい、 そんな職人さんみたいなところが好きなの。」 |
| 美穂 「だからユニットとして、その良いところを消したくなくて、 私が肇ちゃんの勢いに追いつかなきゃって思ってた。」 |
| 美穂 「最近は私も、少しは自己主張できるようになったつもりだけど…… まだ、自分を信じ切れていなかったのかも。 それできっと、自分のことばっかり見ちゃってた。」 |
| 美穂 「だから、私の方こそ…… ちゃんと見てなくて、ごめんなさい。」 |
| 美穂 「私も、肇ちゃんと歌いたい。 肇ちゃんとなら……夢を見続けて、進んでいく強さを、 信じあえると思うから。」 |
| 肇 「美穂さん……。 ふふっ。 今、なんだかすごく視界が開けた気分です。」 |
| 美穂 「うん。やっと繋がったね、私たち。」 |
| P 「この子たちを舞台にあげてみたい。 たくさんの光に照らされたとき、 どんな風に輝くのか見てみたい。」 |
| P 「「若気の至り」「気の迷い」。 そう一笑に付されてもおかしくない。 ふたりの行動も、自分の願いも、きっと無謀だった。」 |
| P 「けれど、もしそんな無謀さを抱えたまま、 ふたりがステージの上でのびのびと花開くことができたなら…… それは、どんなおとぎ話よりも美しい。」 |
| スタッフ 「あれ、プロデューサーさんじゃないですか? 今日は岡山に行ってたはずじゃ…… っていうか、そろそろ閉まりますよ、ここ。」 |
| P 「それは……いろいろあって。 いまは、もう少しこの歌を聴いていたいんですよ。」 |
| スタッフ 「え?……あー、なるほど。 確かに、楽しそうな顔して歌ってますね。 はは、なんか羨ましくなるなぁ。」 |
| その日は夜遅くまで ふたりの歌声がレッスンルームに響いていた…… |
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