| ハッピーバースデー、私……♪ |
| ケーキとコーヒーも淹れて……たまには、自分へのご褒美もいいわよね。 |
| ……はぁ。またひとつ、年を取ってしまうわね。……今年も、何ひとつ達成できないまま……。 |
| とあるアイドル事務所―― |
瞳子 | ……そうですか。書類選考で……。 |
事務所のP | アイドルもどんどん低年齢化しています。ファンも新鮮さを求めているのでしょう。 |
| オーディションの話を事務所のほうから持ちかけてこなくなってから、もうどれくらい経つだろう。 |
| 彼が、私のプロデューサーという人。数えて3人目……ううん、いつの間にか、4人目。 |
| 引き継いだ当初から、私には丁寧に接してくれる。丁寧すぎるくらいに――どこか壁を感じるほどに。 |
| 私をデビューさせてくれた1人目のプロデューサーは、すぐに別のプロダクションへ移籍していった。 |
| その時に、私の同期を何人か引き連れていったけれど……私には、声はかからなかった。 |
| それから、辞めていく人や新たなステップへ進むプロデューサーたちを、何人も見送った。 |
| 次のプロデューサーは、私と一緒に歩いてくれるだろうかという、期待と不安を抱きながら……。 |
事務所のP | あ、そうだ、服部さん。私、実は今日であなたの担当をするのは最後になりまして……。 |
瞳子 | えっ……? |
事務所のP | 安心してください。服部さんには、新しいプロデューサーがつくことになりましたから。 |
新しいP | どうも!ガンガンやっていきましょうね!一緒にアイドル業界に、革命を起こしていきましょう!! |
| ……けれど……。 |
新しいP | いやいやいや、僕も悔しいですよ!今回こそ、合格だと思ってたのに……! |
新しいP | まったく、今の芸能界ってとこは、画一的なものしか求めないんだからなあ! |
瞳子 | ……あの。教えてくれませんか。 |
瞳子 | 私に足りないのは何でしょう?才能でしょうか?努力でしょうか? |
瞳子 | 以前、担当だった方からは、『あなたには才能がない。だからその分、人よりも努力をしなければ』と、 |
瞳子 | 何度もアドバイスをいただいたものです。だから私は、どのように努力すればいいのかと……。 |
新しいP | ははは、いえいえ、そんなに思い詰めることはないですよ!気楽に、気楽に! |
瞳子 | …………。 |
瞳子 | ……じゃあ私、次はこちらのオーディションを受けてみようと思います。 |
瞳子 | このオーディションの日……たいしたことではないんですが……その、私の―― |
新しいP | あっ、あのその、ええっと……その案件はですね……。 |
新しいP | 新人向けの登竜門みたいなものでして。ベテランの服部さんがわざわざ受けるにはむしろもったいないかなあ? |
瞳子 | ……?わかりました。じゃあ、やめとこうかしら……。貴方の言うことですものね。 |
瞳子 | (…………。……ベテラン……ね……) |
瞳子 | あ、そろそろ私も出なくちゃ。……あら?……足音……?の声は……戻ってきたのかしら……? |
新しいP | ……いやいや参っちゃったよ。僕がいま担当してる、服部さんなんだけどさ……。 |
瞳子 | (……!私のことを、誰かに話してる……?) |
新しいP | もう、ないんだよ。受けさせてあげられる――これなら受かるだろうってオーディションが。 |
新しいP | 「努力が足りなかった」「いや、才能がなかった」陰で噂してるやつはいろいろいるけど―― |
新しいP | もう、いい年齢だし……。誰かがはっきり言ってやれればいいんだけどね……面と向かうと、なかなかさ……ねえ……。 |
| わかっている。彼はずっと、私を傷つけまいとしてくれていただけ。鵜呑みにした私が悪いのだ。 |
| 人の言葉を信じてきた。 |
| 才能がなかったとしても、誰よりも努力を続けてきたという誇りが、自分の支えになっていた。 |
| けれど、オーディションに落ちるたび、努力が裏切られるたびに、私の中から何かがこぼれ落ちていく。 |
| 足りないのは、努力なのか?そもそも、もっと別の何かなのか。 |
| 他人にその答えを求め、それに縋りつこうとしている。 |
| いつのまにか、何よりも信じられなくなっていたもの―― |
| それは、自分自身だ。 |
瞳子 | あのオーディション、受けようと思います。 |
新しいP | ……っ、……そ、そうですか、そこまで言うなら……でも……しかしですね……。 |
瞳子 | 私のわがままですから。落ちても、貴方の評価には傷がつかないように、一筆残しても構いません。 |
新しいP | あ、いやいや、そういうつもりじゃ……!わ、わかりました。手続きをいたしますね……。 |
瞳子 | それから、本やDVD、研究のためのアイドル資料がほしいの。……そうね……あの子と……あの子の……。 |
新しいP | ああ!ずっと超売れっ子やってるアイドルたちですよね!さすがお目が高いです! |
瞳子 | ……ええ。みんな私の同期なの。 |
瞳子 | ……ふぅ。そろそろ肌寒くなってきたわね。 |
大型ビジョン | 『ミュージックシーンが加速する――新時代のアイドルポップ、NOW ON SALE!』 |
通行人たち | おっ、見ろよ、あそこにでっかく映ってる子!好きなんだよなぁ。ずっと追っかけてんだよ! |
通行人たち | まじ?俺も俺も!もう人気すぎて、LIVEのチケット、ぜんぜんご用意されないんだよなー。くそー! |
地下アイドル | ナナのLIVEでーす!このあと夜の部でーす!あ、ああっ、行かないでっ、チラシだけでもぜひ……! |
地下アイドル | 2曲も歌うんですよっ!……ああっ、ありがとうございます〜♪……あっ、ナナのLIVEでーす! |
| この世界には、星の数ほどアイドルがいる。 |
| まばゆく輝く星もあれば、そうでない星もある。同じ空にあっても、そのふたつはまるで別の存在に見える。 |
瞳子 | オーディションの日まで、準備だけに集中しましょう。勉強にトレーニング……やれることは、すべてやるの。 |
| ……一度でも。あと、たった一度でも、オーディションに受かることができたら。 |
| きっと私は私を、もう一度、信じられる。 |
瞳子 | ……………………12時を回ったのね。 |
| ハッピーバースデー、私。そして今日は、オーディションの日。 |
瞳子 | はしゃいでみたけれど……ケーキは、やめておくわ。ベストを尽くせた時のご褒美に取っておきましょう。 |
瞳子 | 最高の誕生日プレゼント――オーディションの合格を、自分の手で掴みにいくために。……おやすみなさい。 |
| ――合格です!!! |
| 待っていました、あなたのような人が、彗星のように現れる日を!明日から大忙しですね、大丈夫ですか? |
瞳子 | ええ。平気よ。私、アイドルですもの。 |
| ジリリリリリ…… |
瞳子 | ……ん……。…………。……夢、か……。 |
瞳子 | 目覚まし時計を止めて……さて、と。出発の準備をしなきゃね。 |
| オーディション会場―― |
審査員 | ……では、次の方、どうぞ。 |
瞳子 | はい。服部瞳子です。よろしくお願いします。 |
審査員 | 服部さんね。ええと……経歴は……と……書類、書類…… |
| パラ……パラパラ…… |
| どんな質問がきたっていい。私はもう、過去の自分を恐れない。今まで積み上げてきた努力を不定もしない。 |
| 輝くステージに夢を見たあの日からずっと、私はアイドルのだから。 |
審査員 | ……ああ!ああ、ああ、そうか!そうね!服部瞳子さん。うんうん。 |
瞳子 | ……? |
審査員 | 昔、アイドルだった人ですよね。 |
瞳子 | 『……ええ。審査は辞退する、と伝えてください。ありがとうございます。電話、切りますね』 |
瞳子 | …………。昔、アイドルだった人……か……。 |
瞳子 | (そうだ、事務所にも連絡を……ううん。きっと誰も待ってやしないわ。) |
瞳子 | (私から連絡しないかぎり、あちらから連絡がくることは、もう、ずっとずっとなかったんだもの) |
| わかっていなかったのは、私だけ。誰もがとっくに知っていたことだ。 |
| 空が、青い。どこまでも遠く澄みきっている。目に痛いほどに。 |
瞳子 | ……さて、と。家に帰って、残しておいたケーキでも食べようかしら。 |
瞳子 | (カロリーなんてもう気にしなくていいもの。コーヒーに、ミルクとお砂糖もたっぷり入れましょう) |
瞳子 | ……ハッピーバースデー、私。 |
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