| インタビュー中 |
やすは(5) | おかざきやすは、5さいです。よろしくおねがいしますっ! |
インタビュアー | すごくしっかりしてるね〜。泰葉ちゃんは、どんなタレントになりたいの? |
やすは(5) | はいっ!モデルもえんぎも、何でもできる人になりたいですっ。 |
| そんな風に、夢を見ていた頃もあった。 |
| 芸能界は、初めて見るものの連続で──幼い私には、華やかで輝く世界に見えていた。 |
泰葉のファンA | 最近、この子……泰葉ちゃんだっけ?よく見るよね!ドラマでの泣きの演技がすごくってさー! |
泰葉のファンB | 私は、雑誌でモデルをしてるの見たよ!笑顔が可愛くて、もうファンになっちゃった♪ |
| 活動してしばらくすると、そんな声が聞こえることも増えてきた。 |
| ファン──私を、応援してくれる人。私を励まし、支えてくれる存在。 |
| その人たちのことを想う時、胸の奥があたたかくなった。そして、芸能界はやっぱりすごいところだと思った。 |
| それから、時間が経ち、芸能の仕事にも慣れてきて── |
スタッフ | やえちゃんは、本日で退所となります。 |
やえちゃん | みなさん、お世話になりました! |
| 同年代の子が次々と芸能界を去っていく。 |
やえちゃん | この世界はさ、才能とコネだって思ってたんだ。 |
| 退所間際に、やえちゃんがそう言っているのを、私は聞いた。 |
やえちゃん | でも、それだけじゃないんだよね。努力もいるし……それ以上に、運が必要なの。 |
やえちゃん | どれだけ頑張っても、成功するのは、万が一……ううん、億が一くらいかなぁ。 |
やえちゃん | だったら、私は普通の女の子に戻るわ。それで、青春して、普通の幸せを手に入れるの! |
| 世の中は、たくさんの情報やエンタメであふれている。 |
| 映画にドラマ、漫画やゲーム……人々は、娯楽を次々に消費する。飽きたって、変わりはいくらでもあるから。 |
SNSの書き込み | このタレント、まだ生き残ってたんだ(笑)そろそろ飽きてきたかも。 |
SNSの書き込み | もういいかなって感じ。とっくにオワコンでしょ。 |
| 芸能人は消耗品。そう言ったのは、事務所の偉い人。 |
偉い人 | 売れるのに大事なのは、「戦略」なんだよね。わかる? |
偉い人 | 人は自分が惹かれるものを見る。君も好かれるように振る舞いなさい。演出はこっちでやるから。 |
偉い人 | 「本当の自分を見せたい」なんて、考える必要はないんだよ。 |
| その時の私はただ、芸能界で生き残ることだけを考えていた。 |
泰葉 | おはようございます。岡崎泰葉です。雑誌は、私たちモデルだけでは完成しません。 |
泰葉 | モデルはスタッフさんたちの力があって初めて輝けます。本日は、どうぞよろしくお願いします。 |
| 同業者やスタッフに嫌われたら居場所はなくなる。だから、この厳しい世界で生き残るために、私は良い子であり |
| 続けなければならなかった。……何故しがみつくのか。自分ではもう、わからなくなっていたけれど……。 |
カメラマン | では、もう一枚お願いします。二人とも、目線をこっちに向けて……そうそう! |
スタッフ | 岡崎泰葉さん、いいですね。素直っていうか、スタッフの要望通りのものを見せてくれて。 |
カメラマン | ええ、今日の撮影は早く撤収できそうですね。……それでは、もう一枚! |
泰葉 | はい。……っ! |
スタッフ | 岡崎さん!?大丈夫ですか!? |
泰葉 | すみません……。 |
スタッフ | もしかして、疲れてます? |
泰葉 | いえ……。 |
スタッフ | ならいいんですけど……。たしか、明日も撮影が入ってますよね? |
泰葉 | ご心配おかけしてすみません。大丈夫です。撮影に穴を開けるなんて、絶対にしませんから。 |
モデル | 泰葉ちゃん、平気? |
泰葉 | うん。ちょっとふらついただけだから……。 |
| 同期はライバル。隙を見せちゃ駄目。大切な仕事相手に不調を見せれば、今後の起用にはマイナスになる。 |
| カメラが回っている間、私は完璧な優等生でいなければならなかった。 |
泰葉 | お疲れ様でした。お先に失礼します。 |
泰葉 | (撮影が早く終わったから、明日の準備をしたいな。雑誌のインタビューがあるから……) |
泰葉 | (「子役でモデル。岡崎泰葉の素顔に迫る」……か) |
泰葉 | (趣味の話が聞きたいってことだし……ドールハウスのキットでも、見に行こうかな) |
泰葉 | (あ、このシリーズ、新しいの出てたんだ……。気づかなかったな……。) |
泰葉 | (前作はいつ出たんだっけ……。もう、思い出せないや……) |
| 昔から、友達と遊ぶ暇なんてなかった。そんな自分の、ささやかな楽しみが、ドールハウス作りだったのに。 |
泰葉 | (私、いつからドールハウスに触ってないんだっけ……?) |
小学生男子 | ほんと、ウチの母親、マジでうるさくてさー。 |
小学生男子 | 俺んとこもそうだよ。反抗期なのねー、とか笑っちゃって。それも腹立つんだよなー。 |
泰葉 | (変なの。大人に反抗しても、良いことなんてないのに) |
同年代女子 | あ、お母さん?もうすぐ帰るよー。今日のごはん何?……ハンバーグ?楽しみ! |
泰葉 | (お母さん……私が最後に話したのは、いつだっけ……) |
同年代女子 | あ、このアクセ可愛い!おそろでつけない? |
同年代女子 | いいね〜。私、アンタとこうしてる時が一番幸せだわー。 |
泰葉 | (そっか……。普通の子は、友だちと一緒に買い物するのが幸せなんだ……。) |
泰葉 | (じゃあ……私の幸せは……?) |
泰葉 | (もう、何もわかんないや。深く考えようとすると、頭がぼうっとして疲れちゃう……) |
泰葉 | そうだよ……私、もう疲れちゃった……。 |
| 完璧な優等生の、子役で、モデル。芸能界にしがみつくために、大人が使いやすい自分を演じてきた。 |
| 気づいてはいけないことに気づいてしまったのは、視界の端に、小さなドールが映ったからなのかもしれない。 |
泰葉 | こんなの……私……人形みたいだ……っ! |
スタッフ | インタビュー、ありがとうございました。この後は、準備が整い次第撮影に移りますので! |
泰葉 | はい。……あの、あそこにいる人は……? |
スタッフ | ああ、アイドル部門のプロデューサーですね。今日は見学に来ているみたいです。 |
泰葉 | そうなんですか……。ありがとうございます。 |
| そのプロデューサーだという人は、とても楽しそうだった。 |
| 芸能界はとても厳しい世界で……楽しそうに仕事をするなんて、許されないことだと思っていた。 |
| 不真面目で、軽薄だから。楽しむよりも、完璧に誠実に仕事をこなすことの方が重要だから。 |
| そして、私はやっとわかった。芸能界に入ったばかりの時に抱いた、楽しむ気持ち。 |
| それを、私はとっくの昔に、自分の手で切り捨てていたんだ。 |
泰葉 | (アイドルの世界では、あんな風に、笑顔で仕事ができるのかな……?) |
泰葉 | (同じ芸能界だし、アイドルの人気ってすごいし……優しい世界じゃないだろうけど……でも……) |
| 私はもう、人形ではいたくなかった。 |
| 夜、家に帰ると、珍しく両親がそろっていた。 |
母 | 泰葉、明日も仕事でしょう?もう寝た方がいいんじゃない? |
泰葉 | その……私……。 |
父 | どうしたんだ? |
泰葉 | 私、アイドルになりたい……っ! |
| それから、私たちは家族みんなで、今までのこととこれからのことを話し合った。時折、笑顔なんて浮かべながら……。 |
| モデルも子役もやめて、普通の女の子に戻る道もあったけど……。 |
| 私には、切り捨てられるはずがなかった。私を励まし、支えてくれるファンの存在を。 |
| 一度味わったら、忘れられるはずもなかった。ファンの笑顔を見た時の、胸に湧いてくるあたたかな気持ちを。 |
| それがあるから、きっと、私は必死に芸能界にしがみついていたんだ。 |
| アイドルへの転身に、不安はもちろんあった。元子役、元モデルという肩書ばかり独り歩きするかも、って……。 |
| ……でも、どうしてかな。あのプロデューサーは、私を……人形じゃない、本当の岡崎泰葉を、 |
| アイドルとして、一からプロデュースしてくれる気がした。 |
泰葉 | おはようございます。岡崎泰葉です。 |
泰葉 | 子どもの頃からずっと芸能界で生きてきたんです。だから華やかなだけの世界じゃないって分かってる…… |
泰葉 | でも私はアイドルになりたい……私たちならやれますよね。 |
泰葉 | プロデューサーも私を信じてくれますか? |
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