バスクラリネットの怨霊。
冷酷非情な男。
相手を倒すためなら手段を選ばない。例え己の身が朽ちようとも攻撃を仕掛ける。
その様子はさながら殺戮装置のようであり、ただ己に蓄積された欠片の意のままに音を出す。
彼にとって最大の誤算は、ミューターの大規模侵攻に協力してしまったこと。そうでなければ今でも殺戮を繰り返していただろう。無意識下では、「誰かと音楽を楽しみたかった」と思っていたのかもしれない。真実は闇の中だ。
寡黙で誰かと喋ろうという意志はほとんどない。
生きる意味と同時に、死ぬ意味が見つかった。
同時に、酷く滑稽だと己を嘲笑った。
彼女は、いつも俺に話し掛けていた。
初めは生意気な小娘だと思っていた。
いつだって此方をお構い無しに話し掛けて来る。かと思いきや、別の奴の所にも話し掛けに行っていた。
俺が黙っていると、気を良くしたのか、口が滑らかに動いた。よく分からない奴だった。
怨霊共が集う、侵攻。
リーダーとかいう奴の指示に俺は従った。
一人でも多く、少しでも速く。
憎しみを糧に、鈍い音を鳴らしながら、怯える音魄共を一人、また一人切り捨てていく。
数多の憎しみをぶつけるには、良い機会だった。
暗い路地を駆け、また一人手にかけた。
閃光が、見える。
蹲る身体が。
気づけば体が動いていた。
庇った己に驚く。こんな奴の為に、と思ったが、こんな奴の為だからこそ、と思い直した。
じくじくと、腹が痛む。
痛覚なんてもの、あったのか、とぼんやり思った。片膝をついて、それでも背に小さな身体を庇った俺は、
鏡写しと
少女を睨み付けた。
──どうせ朽ち果てるなら、お前のために朽ちてやろう。
容赦のない斬撃。痛みはもはや消えていた。これが鎮魂歌というものなのかもしれない。
身体が軸を失った。ぐらりと揺れて、地に臥した。肉体が崩れていく。
暫くして、何やら温かいものを頬に感じながら、ふと考えた。
彼女の言葉に一言でも返せば、何か得られたのかもしれないと、少しだけ思った。彼女の言葉をきちんと聴いていれば、彼女が何を思っているかも、分かったのかもしれない。
そうすれば今、こうして最期に温もりを感じて、悔いることもなかったかもしれない。
所詮は俺も、寂しがりだったということだ。
「あーあ。ほんとに独りになっちゃった」
寂しげな声が聴こえた。
口は動かない。瞼を動かすことさえできない。
──嗚呼、あと少し、
ほんの少しだけ
お前の
傍に
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