とある登山家の手記２
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zunzun_sigma 2023年01月29日(日) 01:03:52履歴
作者：Σずんずん 
本文
私は手記をつけるのをやめた。
もう全国ニュースデビューを果たし、しかも一度害獣として認知されてしまった彼らは、私の預かり知らぬところで、よくわからない設備で、莫大な費用をかけて研究されるのだろう。
私のこれまでの手記は、唯一貴重な秘境妖精の原始生活を記した生態資料にはなるだろうが、ここから先は意味を持たない。
ある日思う。
しかし、おかしい。
そもそも人との接触を避けており、頭の良かった彼らがいきなり人間に接触し、あまつさえ害獣指定されるなんてありうるだろうか。
そこで、「のだのだ、のだのだ」と鳴きながら飛んでいる街ずんの群れを見つけ、私はその中の一匹を捕まえた。話を聞くためだ。
「のだあ！？ なにをするのだ、くしょにんげん！！はやくぼくをはなすのだ！！」
やはり、何ともおかしい。仲間が捕まったというのに、群れは気にする事なくその場を飛び立った。
その行動は生物として正しい反応かもしれないが、私の知っている妖精ずんだもんであれば、仲間を見捨てたりしない。例え止むをえず、その場を離れたとしても、後できちんと供養をする。
見向きもせずに立ち去るなんてことはしないはずだ。
「なんとかいえ！このくしょが！！」
「突然悪い。お前達はずんだ村の妖精か？」
「おお、よくしってるな、なのだ。もしかしておまえ、、むらにきてたにんげんなのだ？ にんげんのかおは、おなじだからよくわからないのだ」
私から見ると、この妖精たちのほうが同じ顔をして見えるが…。
「そうか……。しかし、なぜ人里に？長に止められていたはずだろう？」
「ぼくたちはごはんさんがたりないから、でてきたのだ！ ゆうかんなのだ！」
そもそも、彼らは子ずんに食べさせるために村を離れるようになったはずだ。しかし、報道を見ている限り、山に帰っていく様子はなさそうだった。
「村の子ずんに餌をあげなくていいのか？」
「ほかのガキずんなんてしらないのだ！ぼくは、まちにいるぼくのおちびちゃんにごはんさんをたべてもらうのだ！」
そうか、もう外で子孫を作っているのか。
「じゃあ、ずんだもんは知っているか？調達班のリーダーだった……」
「ああ、あのデブようせいなのだ？あんなやつ、ぼくたちがぶっころちてやったのだ！」
は？？？え？？今、なんて？？
「あいつ、すこしうでっぷしがつよいからって、ずっとリーダーきどりでムカついてたのだ。さいしょはリーダーこうたいのけっとうをしていたけど、なんどやってもかてないから、よってたかって、ふくろだたきにしてやったのだ！」
〜〜〜
毎日の任務。ずんだもんは疲弊していた。
食料調達のために日に数度出撃することも稀ではなくなった。
連日の狩りで鍛えられ、デブ妖精だった面影はなりを潜め、中身は筋肉の塊に置き換わっていた。
調達斑から集められた食料は、村の子ずんに均等に配られた。
調達に不参加の家族へ食料を配給することについては、調達班のメンバーからは反対意見も多くあったが、隊長であるずんだもんが押し通したのだ。
そのおかげで、まだ、子ずんの中から餓死者は出ていなかった。
それから、秋から冬にかけての、へこへこの全面禁止。
しかし、一度知った快楽のため、こっそりと禁を破る者も多く、さらに子ずんは増えていった。
それに比例して食料調達を行うずんだもんの負担も増える一方だった。
実際、ここ数日何も食べていない。
それでも、友人から受け取った熊避けの鈴を首に付け、槍を振るう。
狩りは完全に自由参加であり、日に数度の出撃は嫌う者も多かったが、隊長であるずんだもんだけは、毎度出撃し続けた。
今まで全くしてこなかった小動物や魚相手の狩りも上達した。
勿論、危険は多い。
十全に注意を払っていても、今日の狩りで仲間を一人失ってしまった。
魚に不意を付かれた結果だった。
「すまなかったのだ、ずん介…。あの時、僕がもっと気を配るように言っていたら……。僕は……どうすれば……」
がさり、と音がする。
「たいちょう、いるのだ？？」
「こんな時間にどうしたのだ…？ 入るといいのだ」
妖精がズカズカとずんだもんの家に入ってくる。
連日のようにずんだもんは、代わる代わるにリーダー交代をしろと要求されていた。
もちろん突っぱねてきたが収まらない批判に『決闘で僕に勝ったら許してやるのだ』と言ったことが始まりだった。
妖精の目には闘志の火が宿っており、これから暴れる気満々なようだ。
「ああ、またお前なのだ？ 今日の決闘は勘弁してほしいのだ…」
「うるさいのだ！やるのだ！！」
妖精が横になっているずんだもんに襲いかかる。
ずんだもんは、飛び起きて、狩りの中で鍛えられた機敏な動きでそれをかわすと、カウンターのように殴りつけた。
「のぎゃっーー！！」
吹き飛ばされた妖精は、扉を突き破って外に転がった。
「もうわかったのだ…？ 今日は勘弁して欲しいのだ…。ずん介を悼む時間が欲しいのだ」
呟くずんだもんの言葉を聞いてか聞かずか、がさがさっと、また先ほどの妖精が家に入ってくる。
手には、人間から教えて貰った木の棒が握られていた。
「くちょ、くちょお……！！ 死ぬのだ！！」
突き出される鋭利なそれを、ずんだもんは半身を切る最小限の動きで躱す。
「狩り以外での武器の使用は禁止しているのだ…。しかもそれを仲間である僕に向けるなんて……」
眼を丸くしている妖精の頭をボカリと殴りつけると、白目を向いて倒れた。
「すごい棒はそんなことの為に使うものじゃないのだ…。おちびちゃん達にごはんさんを食べさせてあげる為のものなのだ」
ずんだもんは倒れた妖精の横にしゃがみこみ、頬をペチペチと叩きながら、言った。
「……おい、起きるのだ。禁を破った罰は黙っておくから、棒を片付けて帰るのだ」
「の…だ……」
目を冷ました妖精。
殺意が再び目に宿るのを、ずんだもんは見逃さなかった。
それもいつものことだと思った。決闘に負けた妖精はいっつも恨めしい顔でずんだ門をにらみつけて去っていくのが常だったからだ。
そして、ボコボコにされたこの妖精は満足に動けないだろうし、さして脅威ではない。
「ほら、もうわかったら、さっさと棒を片付けて帰るのだ」
倒れ伏した妖精を起こそうとしたその瞬間、妖精が大声を出した。
「皆！今なのだ！！」
「「のだ！！」」
不意打ちだった。槍を持ったたくさんの妖精たちが、ずんだもんに襲いかかる。
一方のずんだもんは、倒れた妖精のために屈んで、両手が塞がった瞬間。
「えっーー？」
ずんだもんは対処が出来なかった。
ブスリ。
槍が深く、深く突き刺さる。
「あがっ……！…おっ…ごっ……！」
緑の体液がぽたぽたと落ちる。
「やった！やったのだ！！あの生意気で口うるさい隊長をぶっころちてやったのだ！！」
何が起きたか理解が追いつかない。
ずんだもんは自分の身体を見ると、腹部から親友から教えてもらったあの「すごい棒」が突き刺さっていた。
その持ち手には本来仲間である妖精。
自らが守り、狩りも武器の使い方も指導して来た者だった。
「ごふっ…。なんで…、なんで…こんな、こと……？」
妖精たちのために身を粉にして尽力しているつもりだった。今まで誰もやってこなかった狩り。手探りの挑戦で足りないところはあったかもしれない。しかし、自分よりうまくやれる者が他にいただろうか。
「お前！いっつも指図ばっかりでムカつくのだ！それに僕たちは命を危険に晒してやってるって言うのに、狩りに出てないヤツまで食料分配は平等にしろとか、頭がおかしいのだ！」
「頭がおかしいやつがリーダーなんて、ちゃんちゃらおかしいのだ！！」
「はぁ…はぁ……。僕が、いなくなったら……、調達班が…、」
事実、ずんだもんは出撃前に事細かに狩りの計画を組んでいた。キノコの生えやすい場所、冬でも腐らない木の実が落ちる木の種類、魚の取り方、勝てる獣、勝てない獣。
危険な獣と接触しない方法、人間と遭遇しない方法まで。
ゆくゆくは誰かに伝えていこうと思っていたが、現在そのノウハウはずんだもんの中にしかない。まさか、仲間を守るための事細かな指示を『指図』と捉えられて妖精たちの反逆心を産んでしまうなんて。
「お前がいなくても、調達班は僕たちでやっていくのだ！」
「ちね！！ちねぇえええ」
多勢に無勢。そこからは一方的だった。
次々に殺意を持った鋭利な槍がずんだもんに突き出される。
「やめーー！あがっ！！、ぎぃゃっ！！」
「ちね！ちね！！はやくちねえ！！！」
しかし、ずんだもんは呼びかけをやめない。
「かひゅー…かひゅーー……、おまえたち……やめるのだ、あぎっ、僕が、僕がいなく、なったら、おうっ！…食料が…村の、皆のおちびちゃんたちが……」
「村が村がって。こいつ、まだ言ってるのだ」
「狩りに参加しない奴らに餌を恵んでやる道理はないのだ！……おら！食らうのだ！」
「あぐぅううっ！！！」
もう地面は一面血だらけだった。
「しかし、ここまでされて、まだ話せるなんて、しぶといヤツなのだ…！」
「さっさと殺すのだ！」
騒ぎに目を覚ましたのか、家の奥から、子ずんが出てきた。
「のだぁ…？ おとうちゃ…？」
「兄ずん！？ 来ちゃだめなのだ！！」
「えーー？ おとうちゃーー！！！！」
子ずんは目の前の凄惨な光景に、ブルブルと足がすくんで動けない。
「騒ぐと面倒なのだ。このままこいつのガキずんもぶっころちてやるのだ！」
「なーー！？ 待つのだ…！おちびちゃんたちだけは……」
「おとうちゃ！おとうちゃ！！」
泣き喚く子供を守るようにずんだもんは立ち上がる。
力を込めたところから、ぶしゅりと血が噴き出す。驚くほどの血が溢れて地面を濡らした。
「兄ずんはそこで隠れていてね……」
「おとうちゃ…、わかったのだ……！」
一瞬自身の子供のことを横目に見た後、ずんだもんは襲撃者たちに向き直る。
「おちびちゃん達に手を出したら、絶対に許さないのだ……！」
「血だらけ、穴だらけのヤツがなんか言ってるのだ！」
「みんな！かかるのだ！！」
「のだ！のだのだ！！」
襲い来る槍を躱して、躱して、躱して。
一人、殴りつける。頭蓋が砕ける感触。
その度にしゃん。と鈴の音がなる。
(人間さん…。僕は間違えてしまったみたいなのだ)
しゃん。
(僕は…皆のために頑張ったのだ…。頑張っているつもりだったのだ。でも、だからこそ……。みんなにも同じ頑張りを求めてしまったかもしれないのだ)
しゃん、しゃん。
(でも、おちびちゃん達だけは、助けて見せるのだ…。見ててね、おちびちゃん)
しゃん。しゃん、しゃんーー。
どれだけ鈴の音が響いただろうか。
ずんだもんはすでに傷だらけ、穴だらけだった。胸に空いた大きな穴から空気が漏れているのがわかる。耳も左腕も跳ね飛ばされてなくなっていた。しかし、まだ立っている。
対して、近くにいた襲撃者は一人を除いて皆、頭を潰され、地面に倒れていた。
即死−−これでは妖精の回復力があっても再生は不可能だ。
「ひゅー、かひゅー……ぐ、はぁ……、…まだ、やるのだ……？」
ごぽり、と血を吐きながらずんだもんは言う。
「ひっ！？ひぃ！？！？コイツ、ばけものなのだ！？にげるのだ！！」
目の前の妖精が逃げるのを、ずんだもんは見送った。
同時に、家を取り囲んでいた大量の気配も消える。
「もう…身体が動かないのだ……。逃げてくれてよかったのだ……。おちびちゃん……」
どさり、とずんだもんは地面に倒れた。
〜〜〜
「ほんとうにきもちわるいヤツだったのだ！ぼくたちでよってたかって、なんどもなんども『すごいぼう』でさしたっていうのに、まるごしでたたかって、さいごまでたってたのだ！ ほんもののバケモノなのだ」
こいつが…ずんだもんを……。
「つぎのひ、『おさ』からはアイツはしんだってきかされて、しんそこホッとしたのだ。」
そして、やはりというか、すんだもんの指揮を失った後の森での狩りはうまくいかなかった。
「やっぱりごはんさんはたりなかったのだ！きっとバカなあいつが、ごはんさんをとりつくしたせいなのだ！だから、アイツをきにくわないボクらようせいさんたちで、むらをでることにしたのだ」
ぐぐぐぐ、っと妖精を握る手に力が入る。
「おっおっおっ…！やめてやめて！にぎらないで、あぎぎぎぎぎぎ！！」
「ああ、すまない」
力を緩めた。
「おいくちょにんげん！もっとやさしくぼくをあつかうのだ！」
「わるいわるい。そんなことより、ずんだもんを襲ったヤツに生き残りはいるのか？」
「いっぱいいるけど、さいごまでたたかってたのはぼくだけなのだ！ほかはみんなアイツにおびえてにげちゃったのだ！まったく、おくびょうものばっかりなのだ！」
「そうか…じゃあ、街に出てきてるのは大体は生き残りか、その子孫ってことだな」
「そうなのだ！いちばんたたかってた、ぼくがいちばんゆうかんなのだ！なのに、リーダーがぼくじゃないなんて、いまのむれもおかしいのだ！」
「よくわかったよ。ありがとう」
「わかったなら、ぼくをはなすのだ！ どうしたのだ？ おそれをなしてうごけないのだ？」
私は、妖精を持ったまま、自宅へ戻る。
そうか、私は一度自ら家畜化された彼らを、再度野生に戻してしまったのかもしれない。
栄養価が高く、味覚を破壊するほどの度を超えて美味しい餌。それが村の外では簡単にたくさん手に入ると知り。
そのおかげでたくさん生まれてくる子供。
交尾の快楽。
そして、武器による戦闘。狩りを行って得る食料。
野生に戻した豚は、すぐに硬い毛と牙が生えるという。妖精達には見た所変化がないようだが、精神には大きな変化が出てしまったのかもしれない。
でなければこんなことを私の知っている彼らがするとは思えない。
「おい、むしするななのだ！ はなせ！ おい！！ くちょにんげん！！」
〜〜〜
「いちゃい！！」
地下室へ入ると、私は妖精を乱暴に投げつけた。
「なにをちゅるのだ！くちょにんげん！！」
なにか喚いている妖精が逃げないように、足に釘を打ち付けた。
「がっーーいちゃいいいいい！！！ なんで、こんな……」
「お前は、いや、お前たちはずんだもんの努力を無駄にしたんだ」
「…おまえ、あいつのなんなのだ？ あたまのおかしいやつとは、あたまのおかしいやつがつるむのだ！」
「お前は、俺の聞くことだけを話せばいい」
「なにをいっているのだ！ かとうせいぶつのぶんざいでーーいちゃいいいいいい！！！」
私は、妖精のーーいや、クソ虫の右腕をハサミで切り取った。
「あがあああ！！うでがぁあああ！！いちゃいいちゃいちゃいいちゃいちゃ！！」
クソ虫は身を捩って暴れるが、片足を縫い留められていては、どうにもできない。
ずんだ汁が巻き散らかされただけだった。
「わかった？」
「やめ、もうやめぇーー！！いちゃすぎるぅーー！！」
ジョキン。左腕も切り取った。
「ぎぃいいいい！！！いちゃあああ！！……やめちゃ！わかっちゃ！！わかっちゃのだ！！だからやめちゃ！！」
「うん。それじゃあ聞いていくよ。ずんだもんの家族はどうなったのかな？」
「はひー、はひー……」
私がハサミをちらつかせると、妖精は、飛び跳ねるように言った。
「ひぃっ！ アイツのガキずんは、べつにどうなってもないのだ！あのバケモノのせいで、てだしできなかったのだ！ マジむかつくのだ！」
ヂョキン！
「あぢゅぃいいいい！！！」
「あ、やべ、ムカついて、耳切っちゃった。」
「はひ…はひ…、く、くちょにんげん！！ こたえただろーー！ちゃんとこたえただろーー！！」
私は、切った枝豆から豆を取り出す。
そういえば、ずんだもんと初めて会ったときにもらったのもこの枝豆だった。
あの時は、本当に悪いことをしたな、ずんだもん……。
「こらーー！ なんとかいえーー！！ ぼくはこたえただろーー！！ はやくかえせー！！」
ずんだもん…。
ほとんど無意識だった。私は、豆を口に含んだ。
「うっわ、なんだこれまっず！！ ぺっぺっぺ！！」
私は豆を地面に吐き捨てた。
べチャリと噛み砕かれた緑が妖精の目の前に落ちる。
「あ……、しょんな…、ぼくの、えだまめ……」
「うわ、なんだよこれ、食っちゃいけない味じゃねぇか。何とも言えないエグみと青臭さ、そしてそれに覆いかぶさるケミカルな味が口に残ってる。きったねぇゴミでも漁ったか……」
「…やい、くちょにんげん！！かってにたべておいてそのいいぐさはなんなのだ！！あやまるのだ！！」
「どうかしてた…。都会の汚いものばっかり食ってる汚いクソ虫の身体の一部が旨いわけないよな」
「それにぼくはクソむしじゃないのだ！ ぼくは、しんせいなようせいさんなのーーあぎゃああああ！！！」
反対の耳も切断した。
「はぅ…はぅ…、はぅ……、ぼくの…ぼくのみみ……」
「すまんすまん。このペースじゃ、切るところなくなっちゃうよな。おら、お前の枝豆だぞ。食えよ」
「はむぅうううっーー！！」
ずんだもんがくれたもののような回復力が残っているのかは疑問だが、私の吐き捨てた豆をクソ虫の口にねじ込んでから、手と耳をくっつけあわせてやる。
「いちゃああああーー！！こすらないで！！」
ぐりぐりとこすり合わせると、泡みたいなのが出てきた。
「おもしろ。きゅうりのアクを抜く裏技じゃん」
「あがががががががあがががが！！」
そっと手をはなすと、耳がくっついた。
「ん？耳はついたが、腕がなかなかつかないな。そういえば、あの時は…」
子ずんが傷口をなめてやっていたのを思い出す。
「そうか…！」
くっつかない両腕の断面を、クソ虫の口に突っ込む。
「ぐむぅうっ！！？」
じゅぽじゅぽと何度も口に抜き差しする。
「おぶぅうう！ おぼぼっ！！ がぼっ！！ やめ、っげぇえええ！！」
「妖精の腕って長さも均一だし、これあれだな。セルフフェラじゃん。気持ち悪」
「ごぶっ、おぼぶっ！ げぼっ、がっ……！！」
でろでろと汚い唾液まみれになったところで、両腕をくっつけたところ、ぐらついてはいるものの、すぐにくっついた。
「はぁ…、はぁ…ぼくの、えだまめさん、うで……なんとか、なんとかとりかえしたのだ……」
妖精の唾液には、傷を治す効果があったようだ。
ずんだもんとの思い出がいやでも蘇る。
一緒にいた時間はそれほど長くなかったが、彼は賢く、善良であれほど打ち解けたものは人間にだっていなかった。
私がいなくなった後も、ずんだもんは、村ために尽力していたのだろう。
それを、こいつは、こいつらは……。
ぢょきん！
「ああああああああああああああああ！！！ ぼくのあしぃいいいいい！！！」
縫い留められていない方の足を切り飛ばす。
「なんで…、いま、ぼく……、なにも……、なんにも……」
なんか目をウルウルさせてクソ虫がこちらを見ている。
うざったい。
「よし、じゃあ、続けて聞いていくぞ」
「あぎぎぎぎぎぎぎいいいいいいいい！！！！」
私の尋問は続いた。
正直に言うと、聞きたいことは村のその後、私がいなくなったあとのことくらいで、他にそれほどなかった。
私の興味を持ったあの村の言は、ずんだもんが全て教えてくれた。
だからこれは、憂さ晴らし。
ずんだもんの、友達の復讐なんて綺麗なことは言わない。
私の気の向くままに四肢を切り飛ばし、四肢が全てなくなるたびに、またくっつけて、切り飛ばして、またくっつけて……を繰り返した。
「はひー…、はひー…、はひー……」
四肢をすべて失った妖精は、すっかり黒ずんでいて、へこへこと弱弱しく呼吸している。
最初はムカつくまでに、元気に悲鳴を上げていたというのに、全然反応しなくなってしまった。
そして、何度も唾液付けにして切って貼ってを繰り返していた四肢だが、今は紫っぽく変色し、ぶよぶよにとけてきてしまっている。
切断面の方も薄く皮が張って止血していた。
もう再生するほどの力は残っていないようだが、その回復力には驚かされる。
「かひゅー…かひゅー……」
「なんだ？すっかり弱っちまったな。群れで一番勇敢な妖精さんがよ。情けないな」
「もうごべんなざいぃ、ゆるぢでください……」
四肢を失い、へこへこと気持ち悪く動いている様はまさに虫のそれだった。
「そうだな。こんな痛いこと、いやだよな」
「そうなのだ！ たすけてほしいのだ！ もうたすけて！！」
「よし、頑張ったお前には、ずんだ餅をあげよう」
「ずんだもち！！」
私は、クソ虫の目の前にずんだ餅を置いてやる。
「ずんだもち！ おいち！ おいち！！」
すさまじい速度で腰を振りながら、ずんだもちを汚く貪るゴミ虫。
その身体は、みるみる鮮やかな緑色を取り戻してゆく。
やはり、すさまじい生命力だ。
「うまかったのだ！ こんなんじゃぜんぜんたりないのだ！ もっとずんだもちもってくるのだ！」
「元気になったみたいで、よかったよ。そうだな。ずんだ餅はあとで持ってくるよ」
「すぐにないなら、もういいぞ。ゆるしてやるから、はやくぼくをにがすのだ！」
「遠慮するなよ。ずんだ餅はいっぱいあるんだ。まだまだ、お前には聞きたいことがあるからね」
「な…！？、りゃめりょおおおおおおお！！！もうゆるして！ あのクソをやったことはあやまります！ だからゆるして！！」
パチン。
へこへこと腰が降られるたびに挑発的に揺れている尻尾を切断した。
「あがああああ！！ しっぽおおおおお！！！ ぼくのしっぽさんーーんんん！！しっぽが！しっぽさんが！！？きられたちゃ！ ひどいちゃ！ ゆるせないちゃ！！」
「本当に元気になってるじゃん。飯食えば心まで回復するのかよ」
「いまなら、まだゆるしてやるのだ、はやくぼくをかえすのだ！」
「…じゃあ、聞いていくぞ。さっきおまえ、チビがいるとかいってたな。どこにいる？」
「あ…、そうなのだ！！ ぼくには、おちびちゃんが！ だからゆるちて！！ おちびちゃんのために！」
「うるせぇ。チビのいる場所を教えろ」
「そんなの、おしえるわけないのだ！！」
ムカつく。ハサミが無意識にバックスイングしたが、しまった、四肢も耳も尻尾ももうない。
私が切り飛ばす場所を迷っているのをクソ虫は感知したらしい。
「もう、やるところがないのだ？ ざんねんだったのだ！ はははは！ ばかにんげん！ ころせ！ はやくころせ！ くちょにんげん！！」
「いや、汚いから触るか迷っていただけだが…」
私はクソ虫を仰向けにひっくり返す。
目線の先に、クソ虫も気づいたようだ。
「な！？ ずんぽ！！？ りゃめりょおおおおお！！！」
ずんぽ？
生殖器のことをそう呼ぶのか。……気色悪い。私はそれを限界まで引っ張った。
「やめりょおお！！ かわのびのびになっちゃうのだーー！！」
「はやく教えろ」
「いいます！！いいますから！！ずんぽだけは！！へこへこできなくなっちゃうのだ！へこへこできなきゃ、いきてるいみがないちゃ！！」
さっきは早く殺せとか言っていたくせに、この期に及んでまだ生きていけるつもりでいるのか。半分呆れてしまった。
「では、もう一度きく。お前のチビはどこにいる」
「まちのはずれ！！まちのはずれのおおきなもんが！そのよこの、あかいはこのしたです！！ぼくのかえりをまってます！！だからゆるして！！ずんぽだけは！」
「赤い箱…？」
「わかりません！ ときどき、にんげんがたちどまって、なかからなにかをとっていきます！！」
「そう言えば自動販売機があるな。よくおしえてくれたな」
「そうなのだ！ だからゆるして！ ずんぽ、ずんぽだけは！！」
そして、伸ばした皮の先を、ちょきん。と切断した。
「えーー！？ あがああああ！！いちゃいいいいい！ ずんぽ！！ ぼくのずんぽがぁあああ！！」
「大げさすぎだろ。まだ、被ってた皮が切れただけだ」
「なんで！？ ちゃんといった！おしえたちゃ！！なんで！！？ずんぽがぁあああ！！！」
「よかったじゃん。これで包茎ってバカにされなくて済むし」
「こんな…なかみがでてる、なさけない…ずんぽ……、こんなのって…ないちゃ……」
妖精は包茎がスタンダードなのか…。不要なことを知ってしまった。
「ずんだ餅置いといてやるから、勝手に食っていいぞ」
「ずんだもち！！」
「じゃ、私は出かけるから」
「どこへいくのだ、くちょにんげん！」
「どこって、お前の子ずんを取りに行くに決まってるだろ」
「や、りゃめりょおお！！、おちびちゃんに、ママずんに、てをだすなあああ！！」
「親気取りするな。気持ちわりぃ。自分のずんぽ可愛さにチビどもを売ったのはお前だろうが」
「まつのだ、まて！！ くちょにんげん！！！」
私はクソ虫の子を探すべく、家を後にした。
あとは目の前でつぶしてやるだけだ。こいつの血は残してはいけない。
そうだ。子供の死体を食わせるのも面白いかもしれないな。
その後の尋問で、勇敢な妖精一家は死んだ。
その血を大地に残すことなく。
それから、もう一つ。ずんだ餅の謎が解けた。
彼らの死体が、ずんだ餅そっくりだったのだ。
そして、それを自分の子だと認識するまでは、さも当然のように食らっていたのだが…。
彼らを祀った人間たちは、彼らの死体を模して、ずんだ餅を作り、供物にしたのかもしれない。
〜〜〜
それからというもの、私は街にあふれた妖精の駆除に明け暮れた。
「あぎゃあああ！！ やめちぇえええ！！」
「どうして！どうしてこんなことするのだ！？」
「やめちぇ、おちびちゃんだけはゆるして！！」
「つぶれる！！ こわれちゃうのだぁあああ！！」
全員ずんだもんを殺したものやその子孫だ。心は全く痛まなかった。
「やめちぇーー！もうやめちぇーー！」
「ぼくたちなんにもわるいことしていないのだ」
「ずんぽ！？ずんぽだけは！！」
「くるち！くるち！！」
「あばばばばあばばばばば！！！」
街の人間総出に近い駆除活動により妖精が数を減らしてきたころ。
どこもかしこも妖精がいるような、当初の環境はなくなった。
いままで、目についた妖精を駆除していた、私の手が止まる。
妖精をただひたすらに駆除していた時は、考えていなかったことだ。
ずんだもんがいなくなったことで調達斑が立ち行かなくなり、クソ虫どもが責任を放棄した村はどうなっているのだろうかと。
何日も迷った。
だがしかし、やはり、心配になった私は、自ら作った禁を犯すことにした。
あの山奥へ足をすすめる。
今回は案内してくれたずんだもんはいない。
方位磁針も効かず、正確な村の場所はわからない。
それでも、アタリをつけてガムシャラに歩く。
日が暮れる。
水溜りに足をつける。
木の葉で頬を切る。
それでも、私は確かめたかった。
そしてついに。
「あった…」
そこにあったのは、私が来るまでの集落そのものだった。いや、それよりも活気づいているかもしれない。
なんで私がわかったのだろう。
そこに、あのしわしわの妖精が近づいてきた。
「人間さん…。やはり、来たのですな。あいつも喜ぶでしょうのだ……」
長老の目はどこか遠くを見ているようだった。
「やはり、ずんだもんは……」
「彼は、その前に何日も食べずに狩りに明け暮れていたのだ…。そうでなければ、もしかしたら……。いや。それを言うのはやめましょうのだ。彼は勇敢に戦い、村を守った。それでいいですのだ」
「そう……、ですか……」
「では、墓まで案内するのだ」
長老が、歩き出し、私はそれについて歩く。
「あの、先ほど、ずんだもんが村を守ったと言ってましたが……」
「その答えは、彼に聞くといいのだ。『ずんだもん』の忘れ形見に…」
ふよふよと、飛ぶ白い影。
その手には、私が教えた槍。首には、熊避けの鈴がついていた。
「ずんだ…もん……？」
「のだ！ あのときの人間さんなのだ！ おとうちゃがお世話になりましたのだ」
「ああ、あの時の子ずんか…本当に立派になったな……」
「そうなのだ！ あの夜、おとうちゃは僕を守って戦ってくれたのだ！ そして、そのあと……」
子ずんはあのクソ虫が語った後のことを話し始めた。
〜〜〜
襲撃者は逃げ出し、どさり、と地面に倒れたずんだもん。
「おとうちゃ！ おとうちゃ！！ しっかりするのだ！！」
「ああ、兄ずん…。無事でよかったのだ……」
「ああ、おとうちゃ！ ひどい傷なのだ！ ぼくの枝豆さんを食べて！ それから傷口なめなめするんちゃ！！」
慌てて手当をしようとする兄ずんを、ずんだもんが制止する。
「いいのだ……。おとうちゃは、もう助からないのだ」
「いやなのだ！！ ぜったい助けるのだ！！」
兄ずんは必死で、ずんだもんの口に自分の枝豆をすべて突っ込み、それから傷口を何度もなめた。
「ありがとう、おちびちゃん。もう、だいじょうぶ……」
「ほんとなのだ！？ おとうちゃ！ よかった！ よかったのだ！！」
実際、目に見える傷口はほとんど治っていたという。
しかし、臓器まで達した傷はどうしようもなく、それを治癒するにはそれまでに失った血液が多すぎた。
「だから、おちびちゃん。こっちにおいで……。狩りを教えてあげるのだ……」
そこからは一つ一つ、丁寧なレクチャーが始まった。
食べられるキノコや、冬でも腐らない木の実の群生地。その掘り出し方。
人間に教えてもらった槍を作るのに適した木の種類。
危険な獣との遭遇を避ける方法。
魚の取り方。小動物と渡り合う方法。
すぐに逃げるべき危険。
すんだもんの知っていること、得た知識。全て、教える。
兄ずんはそれを一字一句逃すまいと聞いた。
「これで、この村は…。兄ずんがいれば…おちびちゃんたちは、だいじょうぶなのだ……」
「おとうちゃがいるから大丈夫なのだ！」
「兄ずんーーいや、僕の大切なおちびちゃん…」
「おとうちゃ…、どうしたのだ？」
「これを………」
ずんだもんは首につけていた鈴を外して、兄ずんに渡す。
「おとうちゃ…？ これは人間さんがくれた大切な鈴なのだ？」
「これからは、おちびちゃんが、むらを……まもって……」
「おとうちゃ…？」
ずんだもんは、兄ずんに鈴をつけると、頭を撫でた。
「おちびちゃんは、僕の、誇りなのだ……」
かくん、と兄ずんを撫でていた手が落ちる。
「おとうちゃ、どうしたのだ？ねむくなっちゃったのだ？ おとうちゃ？ おとうちゃーー！？！？」
〜〜〜
子ずんはずんだもんの最期を一息に話すと、それ以降黙っていた。
いつのところからか、私は泣いていた。
止めようと思っても、拭いても拭いても、それは後から後から、こぼれてくる。
ずんだもんの墓への道。
村では、子ずん達のはしゃぐ声が聞こえる。
きゃっきゃと、黄色い声を上げながら、飛び回って遊んでいる。
そして、みんな同様に、何か食料を持って笑っていた。
子ずんが空中で止まり、私は顔をあげる。
「人間さん…、ついたのだ」
そこには。
「ああ、ずんだもん……、お前のおかげで、村は。村は大丈夫だぞ」
そこには、立派な墓と、色とりどりの花や草木。たくさん供えられた食料が。
しゃん…と揺れる鈴の音。
「ありがとう、ずんだもん……」
ふわりと、やわらかい風とともに、どこからともなく枝豆の葉が私の目の前を横切った。
終わり。
〜〜〜
農林水産省 鳥獣対策科 御中
指定区域以外での山妖精の捕獲・殺処分の禁止を求め、この手記を送付する。
もう全国ニュースデビューを果たし、しかも一度害獣として認知されてしまった彼らは、私の預かり知らぬところで、よくわからない設備で、莫大な費用をかけて研究されるのだろう。
私のこれまでの手記は、唯一貴重な秘境妖精の原始生活を記した生態資料にはなるだろうが、ここから先は意味を持たない。
ある日思う。
しかし、おかしい。
そもそも人との接触を避けており、頭の良かった彼らがいきなり人間に接触し、あまつさえ害獣指定されるなんてありうるだろうか。
そこで、「のだのだ、のだのだ」と鳴きながら飛んでいる街ずんの群れを見つけ、私はその中の一匹を捕まえた。話を聞くためだ。
「のだあ！？ なにをするのだ、くしょにんげん！！はやくぼくをはなすのだ！！」
やはり、何ともおかしい。仲間が捕まったというのに、群れは気にする事なくその場を飛び立った。
その行動は生物として正しい反応かもしれないが、私の知っている妖精ずんだもんであれば、仲間を見捨てたりしない。例え止むをえず、その場を離れたとしても、後できちんと供養をする。
見向きもせずに立ち去るなんてことはしないはずだ。
「なんとかいえ！このくしょが！！」
「突然悪い。お前達はずんだ村の妖精か？」
「おお、よくしってるな、なのだ。もしかしておまえ、、むらにきてたにんげんなのだ？ にんげんのかおは、おなじだからよくわからないのだ」
私から見ると、この妖精たちのほうが同じ顔をして見えるが…。
「そうか……。しかし、なぜ人里に？長に止められていたはずだろう？」
「ぼくたちはごはんさんがたりないから、でてきたのだ！ ゆうかんなのだ！」
そもそも、彼らは子ずんに食べさせるために村を離れるようになったはずだ。しかし、報道を見ている限り、山に帰っていく様子はなさそうだった。
「村の子ずんに餌をあげなくていいのか？」
「ほかのガキずんなんてしらないのだ！ぼくは、まちにいるぼくのおちびちゃんにごはんさんをたべてもらうのだ！」
そうか、もう外で子孫を作っているのか。
「じゃあ、ずんだもんは知っているか？調達班のリーダーだった……」
「ああ、あのデブようせいなのだ？あんなやつ、ぼくたちがぶっころちてやったのだ！」
は？？？え？？今、なんて？？
「あいつ、すこしうでっぷしがつよいからって、ずっとリーダーきどりでムカついてたのだ。さいしょはリーダーこうたいのけっとうをしていたけど、なんどやってもかてないから、よってたかって、ふくろだたきにしてやったのだ！」
〜〜〜
毎日の任務。ずんだもんは疲弊していた。
食料調達のために日に数度出撃することも稀ではなくなった。
連日の狩りで鍛えられ、デブ妖精だった面影はなりを潜め、中身は筋肉の塊に置き換わっていた。
調達斑から集められた食料は、村の子ずんに均等に配られた。
調達に不参加の家族へ食料を配給することについては、調達班のメンバーからは反対意見も多くあったが、隊長であるずんだもんが押し通したのだ。
そのおかげで、まだ、子ずんの中から餓死者は出ていなかった。
それから、秋から冬にかけての、へこへこの全面禁止。
しかし、一度知った快楽のため、こっそりと禁を破る者も多く、さらに子ずんは増えていった。
それに比例して食料調達を行うずんだもんの負担も増える一方だった。
実際、ここ数日何も食べていない。
それでも、友人から受け取った熊避けの鈴を首に付け、槍を振るう。
狩りは完全に自由参加であり、日に数度の出撃は嫌う者も多かったが、隊長であるずんだもんだけは、毎度出撃し続けた。
今まで全くしてこなかった小動物や魚相手の狩りも上達した。
勿論、危険は多い。
十全に注意を払っていても、今日の狩りで仲間を一人失ってしまった。
魚に不意を付かれた結果だった。
「すまなかったのだ、ずん介…。あの時、僕がもっと気を配るように言っていたら……。僕は……どうすれば……」
がさり、と音がする。
「たいちょう、いるのだ？？」
「こんな時間にどうしたのだ…？ 入るといいのだ」
妖精がズカズカとずんだもんの家に入ってくる。
連日のようにずんだもんは、代わる代わるにリーダー交代をしろと要求されていた。
もちろん突っぱねてきたが収まらない批判に『決闘で僕に勝ったら許してやるのだ』と言ったことが始まりだった。
妖精の目には闘志の火が宿っており、これから暴れる気満々なようだ。
「ああ、またお前なのだ？ 今日の決闘は勘弁してほしいのだ…」
「うるさいのだ！やるのだ！！」
妖精が横になっているずんだもんに襲いかかる。
ずんだもんは、飛び起きて、狩りの中で鍛えられた機敏な動きでそれをかわすと、カウンターのように殴りつけた。
「のぎゃっーー！！」
吹き飛ばされた妖精は、扉を突き破って外に転がった。
「もうわかったのだ…？ 今日は勘弁して欲しいのだ…。ずん介を悼む時間が欲しいのだ」
呟くずんだもんの言葉を聞いてか聞かずか、がさがさっと、また先ほどの妖精が家に入ってくる。
手には、人間から教えて貰った木の棒が握られていた。
「くちょ、くちょお……！！ 死ぬのだ！！」
突き出される鋭利なそれを、ずんだもんは半身を切る最小限の動きで躱す。
「狩り以外での武器の使用は禁止しているのだ…。しかもそれを仲間である僕に向けるなんて……」
眼を丸くしている妖精の頭をボカリと殴りつけると、白目を向いて倒れた。
「すごい棒はそんなことの為に使うものじゃないのだ…。おちびちゃん達にごはんさんを食べさせてあげる為のものなのだ」
ずんだもんは倒れた妖精の横にしゃがみこみ、頬をペチペチと叩きながら、言った。
「……おい、起きるのだ。禁を破った罰は黙っておくから、棒を片付けて帰るのだ」
「の…だ……」
目を冷ました妖精。
殺意が再び目に宿るのを、ずんだもんは見逃さなかった。
それもいつものことだと思った。決闘に負けた妖精はいっつも恨めしい顔でずんだ門をにらみつけて去っていくのが常だったからだ。
そして、ボコボコにされたこの妖精は満足に動けないだろうし、さして脅威ではない。
「ほら、もうわかったら、さっさと棒を片付けて帰るのだ」
倒れ伏した妖精を起こそうとしたその瞬間、妖精が大声を出した。
「皆！今なのだ！！」
「「のだ！！」」
不意打ちだった。槍を持ったたくさんの妖精たちが、ずんだもんに襲いかかる。
一方のずんだもんは、倒れた妖精のために屈んで、両手が塞がった瞬間。
「えっーー？」
ずんだもんは対処が出来なかった。
ブスリ。
槍が深く、深く突き刺さる。
「あがっ……！…おっ…ごっ……！」
緑の体液がぽたぽたと落ちる。
「やった！やったのだ！！あの生意気で口うるさい隊長をぶっころちてやったのだ！！」
何が起きたか理解が追いつかない。
ずんだもんは自分の身体を見ると、腹部から親友から教えてもらったあの「すごい棒」が突き刺さっていた。
その持ち手には本来仲間である妖精。
自らが守り、狩りも武器の使い方も指導して来た者だった。
「ごふっ…。なんで…、なんで…こんな、こと……？」
妖精たちのために身を粉にして尽力しているつもりだった。今まで誰もやってこなかった狩り。手探りの挑戦で足りないところはあったかもしれない。しかし、自分よりうまくやれる者が他にいただろうか。
「お前！いっつも指図ばっかりでムカつくのだ！それに僕たちは命を危険に晒してやってるって言うのに、狩りに出てないヤツまで食料分配は平等にしろとか、頭がおかしいのだ！」
「頭がおかしいやつがリーダーなんて、ちゃんちゃらおかしいのだ！！」
「はぁ…はぁ……。僕が、いなくなったら……、調達班が…、」
事実、ずんだもんは出撃前に事細かに狩りの計画を組んでいた。キノコの生えやすい場所、冬でも腐らない木の実が落ちる木の種類、魚の取り方、勝てる獣、勝てない獣。
危険な獣と接触しない方法、人間と遭遇しない方法まで。
ゆくゆくは誰かに伝えていこうと思っていたが、現在そのノウハウはずんだもんの中にしかない。まさか、仲間を守るための事細かな指示を『指図』と捉えられて妖精たちの反逆心を産んでしまうなんて。
「お前がいなくても、調達班は僕たちでやっていくのだ！」
「ちね！！ちねぇえええ」
多勢に無勢。そこからは一方的だった。
次々に殺意を持った鋭利な槍がずんだもんに突き出される。
「やめーー！あがっ！！、ぎぃゃっ！！」
「ちね！ちね！！はやくちねえ！！！」
しかし、ずんだもんは呼びかけをやめない。
「かひゅー…かひゅーー……、おまえたち……やめるのだ、あぎっ、僕が、僕がいなく、なったら、おうっ！…食料が…村の、皆のおちびちゃんたちが……」
「村が村がって。こいつ、まだ言ってるのだ」
「狩りに参加しない奴らに餌を恵んでやる道理はないのだ！……おら！食らうのだ！」
「あぐぅううっ！！！」
もう地面は一面血だらけだった。
「しかし、ここまでされて、まだ話せるなんて、しぶといヤツなのだ…！」
「さっさと殺すのだ！」
騒ぎに目を覚ましたのか、家の奥から、子ずんが出てきた。
「のだぁ…？ おとうちゃ…？」
「兄ずん！？ 来ちゃだめなのだ！！」
「えーー？ おとうちゃーー！！！！」
子ずんは目の前の凄惨な光景に、ブルブルと足がすくんで動けない。
「騒ぐと面倒なのだ。このままこいつのガキずんもぶっころちてやるのだ！」
「なーー！？ 待つのだ…！おちびちゃんたちだけは……」
「おとうちゃ！おとうちゃ！！」
泣き喚く子供を守るようにずんだもんは立ち上がる。
力を込めたところから、ぶしゅりと血が噴き出す。驚くほどの血が溢れて地面を濡らした。
「兄ずんはそこで隠れていてね……」
「おとうちゃ…、わかったのだ……！」
一瞬自身の子供のことを横目に見た後、ずんだもんは襲撃者たちに向き直る。
「おちびちゃん達に手を出したら、絶対に許さないのだ……！」
「血だらけ、穴だらけのヤツがなんか言ってるのだ！」
「みんな！かかるのだ！！」
「のだ！のだのだ！！」
襲い来る槍を躱して、躱して、躱して。
一人、殴りつける。頭蓋が砕ける感触。
その度にしゃん。と鈴の音がなる。
(人間さん…。僕は間違えてしまったみたいなのだ)
しゃん。
(僕は…皆のために頑張ったのだ…。頑張っているつもりだったのだ。でも、だからこそ……。みんなにも同じ頑張りを求めてしまったかもしれないのだ)
しゃん、しゃん。
(でも、おちびちゃん達だけは、助けて見せるのだ…。見ててね、おちびちゃん)
しゃん。しゃん、しゃんーー。
どれだけ鈴の音が響いただろうか。
ずんだもんはすでに傷だらけ、穴だらけだった。胸に空いた大きな穴から空気が漏れているのがわかる。耳も左腕も跳ね飛ばされてなくなっていた。しかし、まだ立っている。
対して、近くにいた襲撃者は一人を除いて皆、頭を潰され、地面に倒れていた。
即死−−これでは妖精の回復力があっても再生は不可能だ。
「ひゅー、かひゅー……ぐ、はぁ……、…まだ、やるのだ……？」
ごぽり、と血を吐きながらずんだもんは言う。
「ひっ！？ひぃ！？！？コイツ、ばけものなのだ！？にげるのだ！！」
目の前の妖精が逃げるのを、ずんだもんは見送った。
同時に、家を取り囲んでいた大量の気配も消える。
「もう…身体が動かないのだ……。逃げてくれてよかったのだ……。おちびちゃん……」
どさり、とずんだもんは地面に倒れた。
〜〜〜
「ほんとうにきもちわるいヤツだったのだ！ぼくたちでよってたかって、なんどもなんども『すごいぼう』でさしたっていうのに、まるごしでたたかって、さいごまでたってたのだ！ ほんもののバケモノなのだ」
こいつが…ずんだもんを……。
「つぎのひ、『おさ』からはアイツはしんだってきかされて、しんそこホッとしたのだ。」
そして、やはりというか、すんだもんの指揮を失った後の森での狩りはうまくいかなかった。
「やっぱりごはんさんはたりなかったのだ！きっとバカなあいつが、ごはんさんをとりつくしたせいなのだ！だから、アイツをきにくわないボクらようせいさんたちで、むらをでることにしたのだ」
ぐぐぐぐ、っと妖精を握る手に力が入る。
「おっおっおっ…！やめてやめて！にぎらないで、あぎぎぎぎぎぎ！！」
「ああ、すまない」
力を緩めた。
「おいくちょにんげん！もっとやさしくぼくをあつかうのだ！」
「わるいわるい。そんなことより、ずんだもんを襲ったヤツに生き残りはいるのか？」
「いっぱいいるけど、さいごまでたたかってたのはぼくだけなのだ！ほかはみんなアイツにおびえてにげちゃったのだ！まったく、おくびょうものばっかりなのだ！」
「そうか…じゃあ、街に出てきてるのは大体は生き残りか、その子孫ってことだな」
「そうなのだ！いちばんたたかってた、ぼくがいちばんゆうかんなのだ！なのに、リーダーがぼくじゃないなんて、いまのむれもおかしいのだ！」
「よくわかったよ。ありがとう」
「わかったなら、ぼくをはなすのだ！ どうしたのだ？ おそれをなしてうごけないのだ？」
私は、妖精を持ったまま、自宅へ戻る。
そうか、私は一度自ら家畜化された彼らを、再度野生に戻してしまったのかもしれない。
栄養価が高く、味覚を破壊するほどの度を超えて美味しい餌。それが村の外では簡単にたくさん手に入ると知り。
そのおかげでたくさん生まれてくる子供。
交尾の快楽。
そして、武器による戦闘。狩りを行って得る食料。
野生に戻した豚は、すぐに硬い毛と牙が生えるという。妖精達には見た所変化がないようだが、精神には大きな変化が出てしまったのかもしれない。
でなければこんなことを私の知っている彼らがするとは思えない。
「おい、むしするななのだ！ はなせ！ おい！！ くちょにんげん！！」
〜〜〜
「いちゃい！！」
地下室へ入ると、私は妖精を乱暴に投げつけた。
「なにをちゅるのだ！くちょにんげん！！」
なにか喚いている妖精が逃げないように、足に釘を打ち付けた。
「がっーーいちゃいいいいい！！！ なんで、こんな……」
「お前は、いや、お前たちはずんだもんの努力を無駄にしたんだ」
「…おまえ、あいつのなんなのだ？ あたまのおかしいやつとは、あたまのおかしいやつがつるむのだ！」
「お前は、俺の聞くことだけを話せばいい」
「なにをいっているのだ！ かとうせいぶつのぶんざいでーーいちゃいいいいいい！！！」
私は、妖精のーーいや、クソ虫の右腕をハサミで切り取った。
「あがあああ！！うでがぁあああ！！いちゃいいちゃいちゃいいちゃいちゃ！！」
クソ虫は身を捩って暴れるが、片足を縫い留められていては、どうにもできない。
ずんだ汁が巻き散らかされただけだった。
「わかった？」
「やめ、もうやめぇーー！！いちゃすぎるぅーー！！」
ジョキン。左腕も切り取った。
「ぎぃいいいい！！！いちゃあああ！！……やめちゃ！わかっちゃ！！わかっちゃのだ！！だからやめちゃ！！」
「うん。それじゃあ聞いていくよ。ずんだもんの家族はどうなったのかな？」
「はひー、はひー……」
私がハサミをちらつかせると、妖精は、飛び跳ねるように言った。
「ひぃっ！ アイツのガキずんは、べつにどうなってもないのだ！あのバケモノのせいで、てだしできなかったのだ！ マジむかつくのだ！」
ヂョキン！
「あぢゅぃいいいい！！！」
「あ、やべ、ムカついて、耳切っちゃった。」
「はひ…はひ…、く、くちょにんげん！！ こたえただろーー！ちゃんとこたえただろーー！！」
私は、切った枝豆から豆を取り出す。
そういえば、ずんだもんと初めて会ったときにもらったのもこの枝豆だった。
あの時は、本当に悪いことをしたな、ずんだもん……。
「こらーー！ なんとかいえーー！！ ぼくはこたえただろーー！！ はやくかえせー！！」
ずんだもん…。
ほとんど無意識だった。私は、豆を口に含んだ。
「うっわ、なんだこれまっず！！ ぺっぺっぺ！！」
私は豆を地面に吐き捨てた。
べチャリと噛み砕かれた緑が妖精の目の前に落ちる。
「あ……、しょんな…、ぼくの、えだまめ……」
「うわ、なんだよこれ、食っちゃいけない味じゃねぇか。何とも言えないエグみと青臭さ、そしてそれに覆いかぶさるケミカルな味が口に残ってる。きったねぇゴミでも漁ったか……」
「…やい、くちょにんげん！！かってにたべておいてそのいいぐさはなんなのだ！！あやまるのだ！！」
「どうかしてた…。都会の汚いものばっかり食ってる汚いクソ虫の身体の一部が旨いわけないよな」
「それにぼくはクソむしじゃないのだ！ ぼくは、しんせいなようせいさんなのーーあぎゃああああ！！！」
反対の耳も切断した。
「はぅ…はぅ…、はぅ……、ぼくの…ぼくのみみ……」
「すまんすまん。このペースじゃ、切るところなくなっちゃうよな。おら、お前の枝豆だぞ。食えよ」
「はむぅうううっーー！！」
ずんだもんがくれたもののような回復力が残っているのかは疑問だが、私の吐き捨てた豆をクソ虫の口にねじ込んでから、手と耳をくっつけあわせてやる。
「いちゃああああーー！！こすらないで！！」
ぐりぐりとこすり合わせると、泡みたいなのが出てきた。
「おもしろ。きゅうりのアクを抜く裏技じゃん」
「あがががががががあがががが！！」
そっと手をはなすと、耳がくっついた。
「ん？耳はついたが、腕がなかなかつかないな。そういえば、あの時は…」
子ずんが傷口をなめてやっていたのを思い出す。
「そうか…！」
くっつかない両腕の断面を、クソ虫の口に突っ込む。
「ぐむぅうっ！！？」
じゅぽじゅぽと何度も口に抜き差しする。
「おぶぅうう！ おぼぼっ！！ がぼっ！！ やめ、っげぇえええ！！」
「妖精の腕って長さも均一だし、これあれだな。セルフフェラじゃん。気持ち悪」
「ごぶっ、おぼぶっ！ げぼっ、がっ……！！」
でろでろと汚い唾液まみれになったところで、両腕をくっつけたところ、ぐらついてはいるものの、すぐにくっついた。
「はぁ…、はぁ…ぼくの、えだまめさん、うで……なんとか、なんとかとりかえしたのだ……」
妖精の唾液には、傷を治す効果があったようだ。
ずんだもんとの思い出がいやでも蘇る。
一緒にいた時間はそれほど長くなかったが、彼は賢く、善良であれほど打ち解けたものは人間にだっていなかった。
私がいなくなった後も、ずんだもんは、村ために尽力していたのだろう。
それを、こいつは、こいつらは……。
ぢょきん！
「ああああああああああああああああ！！！ ぼくのあしぃいいいいい！！！」
縫い留められていない方の足を切り飛ばす。
「なんで…、いま、ぼく……、なにも……、なんにも……」
なんか目をウルウルさせてクソ虫がこちらを見ている。
うざったい。
「よし、じゃあ、続けて聞いていくぞ」
「あぎぎぎぎぎぎぎいいいいいいいい！！！！」
私の尋問は続いた。
正直に言うと、聞きたいことは村のその後、私がいなくなったあとのことくらいで、他にそれほどなかった。
私の興味を持ったあの村の言は、ずんだもんが全て教えてくれた。
だからこれは、憂さ晴らし。
ずんだもんの、友達の復讐なんて綺麗なことは言わない。
私の気の向くままに四肢を切り飛ばし、四肢が全てなくなるたびに、またくっつけて、切り飛ばして、またくっつけて……を繰り返した。
「はひー…、はひー…、はひー……」
四肢をすべて失った妖精は、すっかり黒ずんでいて、へこへこと弱弱しく呼吸している。
最初はムカつくまでに、元気に悲鳴を上げていたというのに、全然反応しなくなってしまった。
そして、何度も唾液付けにして切って貼ってを繰り返していた四肢だが、今は紫っぽく変色し、ぶよぶよにとけてきてしまっている。
切断面の方も薄く皮が張って止血していた。
もう再生するほどの力は残っていないようだが、その回復力には驚かされる。
「かひゅー…かひゅー……」
「なんだ？すっかり弱っちまったな。群れで一番勇敢な妖精さんがよ。情けないな」
「もうごべんなざいぃ、ゆるぢでください……」
四肢を失い、へこへこと気持ち悪く動いている様はまさに虫のそれだった。
「そうだな。こんな痛いこと、いやだよな」
「そうなのだ！ たすけてほしいのだ！ もうたすけて！！」
「よし、頑張ったお前には、ずんだ餅をあげよう」
「ずんだもち！！」
私は、クソ虫の目の前にずんだ餅を置いてやる。
「ずんだもち！ おいち！ おいち！！」
すさまじい速度で腰を振りながら、ずんだもちを汚く貪るゴミ虫。
その身体は、みるみる鮮やかな緑色を取り戻してゆく。
やはり、すさまじい生命力だ。
「うまかったのだ！ こんなんじゃぜんぜんたりないのだ！ もっとずんだもちもってくるのだ！」
「元気になったみたいで、よかったよ。そうだな。ずんだ餅はあとで持ってくるよ」
「すぐにないなら、もういいぞ。ゆるしてやるから、はやくぼくをにがすのだ！」
「遠慮するなよ。ずんだ餅はいっぱいあるんだ。まだまだ、お前には聞きたいことがあるからね」
「な…！？、りゃめりょおおおおおおお！！！もうゆるして！ あのクソをやったことはあやまります！ だからゆるして！！」
パチン。
へこへこと腰が降られるたびに挑発的に揺れている尻尾を切断した。
「あがああああ！！ しっぽおおおおお！！！ ぼくのしっぽさんーーんんん！！しっぽが！しっぽさんが！！？きられたちゃ！ ひどいちゃ！ ゆるせないちゃ！！」
「本当に元気になってるじゃん。飯食えば心まで回復するのかよ」
「いまなら、まだゆるしてやるのだ、はやくぼくをかえすのだ！」
「…じゃあ、聞いていくぞ。さっきおまえ、チビがいるとかいってたな。どこにいる？」
「あ…、そうなのだ！！ ぼくには、おちびちゃんが！ だからゆるちて！！ おちびちゃんのために！」
「うるせぇ。チビのいる場所を教えろ」
「そんなの、おしえるわけないのだ！！」
ムカつく。ハサミが無意識にバックスイングしたが、しまった、四肢も耳も尻尾ももうない。
私が切り飛ばす場所を迷っているのをクソ虫は感知したらしい。
「もう、やるところがないのだ？ ざんねんだったのだ！ はははは！ ばかにんげん！ ころせ！ はやくころせ！ くちょにんげん！！」
「いや、汚いから触るか迷っていただけだが…」
私はクソ虫を仰向けにひっくり返す。
目線の先に、クソ虫も気づいたようだ。
「な！？ ずんぽ！！？ りゃめりょおおおおお！！！」
ずんぽ？
生殖器のことをそう呼ぶのか。……気色悪い。私はそれを限界まで引っ張った。
「やめりょおお！！ かわのびのびになっちゃうのだーー！！」
「はやく教えろ」
「いいます！！いいますから！！ずんぽだけは！！へこへこできなくなっちゃうのだ！へこへこできなきゃ、いきてるいみがないちゃ！！」
さっきは早く殺せとか言っていたくせに、この期に及んでまだ生きていけるつもりでいるのか。半分呆れてしまった。
「では、もう一度きく。お前のチビはどこにいる」
「まちのはずれ！！まちのはずれのおおきなもんが！そのよこの、あかいはこのしたです！！ぼくのかえりをまってます！！だからゆるして！！ずんぽだけは！」
「赤い箱…？」
「わかりません！ ときどき、にんげんがたちどまって、なかからなにかをとっていきます！！」
「そう言えば自動販売機があるな。よくおしえてくれたな」
「そうなのだ！ だからゆるして！ ずんぽ、ずんぽだけは！！」
そして、伸ばした皮の先を、ちょきん。と切断した。
「えーー！？ あがああああ！！いちゃいいいいい！ ずんぽ！！ ぼくのずんぽがぁあああ！！」
「大げさすぎだろ。まだ、被ってた皮が切れただけだ」
「なんで！？ ちゃんといった！おしえたちゃ！！なんで！！？ずんぽがぁあああ！！！」
「よかったじゃん。これで包茎ってバカにされなくて済むし」
「こんな…なかみがでてる、なさけない…ずんぽ……、こんなのって…ないちゃ……」
妖精は包茎がスタンダードなのか…。不要なことを知ってしまった。
「ずんだ餅置いといてやるから、勝手に食っていいぞ」
「ずんだもち！！」
「じゃ、私は出かけるから」
「どこへいくのだ、くちょにんげん！」
「どこって、お前の子ずんを取りに行くに決まってるだろ」
「や、りゃめりょおお！！、おちびちゃんに、ママずんに、てをだすなあああ！！」
「親気取りするな。気持ちわりぃ。自分のずんぽ可愛さにチビどもを売ったのはお前だろうが」
「まつのだ、まて！！ くちょにんげん！！！」
私はクソ虫の子を探すべく、家を後にした。
あとは目の前でつぶしてやるだけだ。こいつの血は残してはいけない。
そうだ。子供の死体を食わせるのも面白いかもしれないな。
その後の尋問で、勇敢な妖精一家は死んだ。
その血を大地に残すことなく。
それから、もう一つ。ずんだ餅の謎が解けた。
彼らの死体が、ずんだ餅そっくりだったのだ。
そして、それを自分の子だと認識するまでは、さも当然のように食らっていたのだが…。
彼らを祀った人間たちは、彼らの死体を模して、ずんだ餅を作り、供物にしたのかもしれない。
〜〜〜
それからというもの、私は街にあふれた妖精の駆除に明け暮れた。
「あぎゃあああ！！ やめちぇえええ！！」
「どうして！どうしてこんなことするのだ！？」
「やめちぇ、おちびちゃんだけはゆるして！！」
「つぶれる！！ こわれちゃうのだぁあああ！！」
全員ずんだもんを殺したものやその子孫だ。心は全く痛まなかった。
「やめちぇーー！もうやめちぇーー！」
「ぼくたちなんにもわるいことしていないのだ」
「ずんぽ！？ずんぽだけは！！」
「くるち！くるち！！」
「あばばばばあばばばばば！！！」
街の人間総出に近い駆除活動により妖精が数を減らしてきたころ。
どこもかしこも妖精がいるような、当初の環境はなくなった。
いままで、目についた妖精を駆除していた、私の手が止まる。
妖精をただひたすらに駆除していた時は、考えていなかったことだ。
ずんだもんがいなくなったことで調達斑が立ち行かなくなり、クソ虫どもが責任を放棄した村はどうなっているのだろうかと。
何日も迷った。
だがしかし、やはり、心配になった私は、自ら作った禁を犯すことにした。
あの山奥へ足をすすめる。
今回は案内してくれたずんだもんはいない。
方位磁針も効かず、正確な村の場所はわからない。
それでも、アタリをつけてガムシャラに歩く。
日が暮れる。
水溜りに足をつける。
木の葉で頬を切る。
それでも、私は確かめたかった。
そしてついに。
「あった…」
そこにあったのは、私が来るまでの集落そのものだった。いや、それよりも活気づいているかもしれない。
なんで私がわかったのだろう。
そこに、あのしわしわの妖精が近づいてきた。
「人間さん…。やはり、来たのですな。あいつも喜ぶでしょうのだ……」
長老の目はどこか遠くを見ているようだった。
「やはり、ずんだもんは……」
「彼は、その前に何日も食べずに狩りに明け暮れていたのだ…。そうでなければ、もしかしたら……。いや。それを言うのはやめましょうのだ。彼は勇敢に戦い、村を守った。それでいいですのだ」
「そう……、ですか……」
「では、墓まで案内するのだ」
長老が、歩き出し、私はそれについて歩く。
「あの、先ほど、ずんだもんが村を守ったと言ってましたが……」
「その答えは、彼に聞くといいのだ。『ずんだもん』の忘れ形見に…」
ふよふよと、飛ぶ白い影。
その手には、私が教えた槍。首には、熊避けの鈴がついていた。
「ずんだ…もん……？」
「のだ！ あのときの人間さんなのだ！ おとうちゃがお世話になりましたのだ」
「ああ、あの時の子ずんか…本当に立派になったな……」
「そうなのだ！ あの夜、おとうちゃは僕を守って戦ってくれたのだ！ そして、そのあと……」
子ずんはあのクソ虫が語った後のことを話し始めた。
〜〜〜
襲撃者は逃げ出し、どさり、と地面に倒れたずんだもん。
「おとうちゃ！ おとうちゃ！！ しっかりするのだ！！」
「ああ、兄ずん…。無事でよかったのだ……」
「ああ、おとうちゃ！ ひどい傷なのだ！ ぼくの枝豆さんを食べて！ それから傷口なめなめするんちゃ！！」
慌てて手当をしようとする兄ずんを、ずんだもんが制止する。
「いいのだ……。おとうちゃは、もう助からないのだ」
「いやなのだ！！ ぜったい助けるのだ！！」
兄ずんは必死で、ずんだもんの口に自分の枝豆をすべて突っ込み、それから傷口を何度もなめた。
「ありがとう、おちびちゃん。もう、だいじょうぶ……」
「ほんとなのだ！？ おとうちゃ！ よかった！ よかったのだ！！」
実際、目に見える傷口はほとんど治っていたという。
しかし、臓器まで達した傷はどうしようもなく、それを治癒するにはそれまでに失った血液が多すぎた。
「だから、おちびちゃん。こっちにおいで……。狩りを教えてあげるのだ……」
そこからは一つ一つ、丁寧なレクチャーが始まった。
食べられるキノコや、冬でも腐らない木の実の群生地。その掘り出し方。
人間に教えてもらった槍を作るのに適した木の種類。
危険な獣との遭遇を避ける方法。
魚の取り方。小動物と渡り合う方法。
すぐに逃げるべき危険。
すんだもんの知っていること、得た知識。全て、教える。
兄ずんはそれを一字一句逃すまいと聞いた。
「これで、この村は…。兄ずんがいれば…おちびちゃんたちは、だいじょうぶなのだ……」
「おとうちゃがいるから大丈夫なのだ！」
「兄ずんーーいや、僕の大切なおちびちゃん…」
「おとうちゃ…、どうしたのだ？」
「これを………」
ずんだもんは首につけていた鈴を外して、兄ずんに渡す。
「おとうちゃ…？ これは人間さんがくれた大切な鈴なのだ？」
「これからは、おちびちゃんが、むらを……まもって……」
「おとうちゃ…？」
ずんだもんは、兄ずんに鈴をつけると、頭を撫でた。
「おちびちゃんは、僕の、誇りなのだ……」
かくん、と兄ずんを撫でていた手が落ちる。
「おとうちゃ、どうしたのだ？ねむくなっちゃったのだ？ おとうちゃ？ おとうちゃーー！？！？」
〜〜〜
子ずんはずんだもんの最期を一息に話すと、それ以降黙っていた。
いつのところからか、私は泣いていた。
止めようと思っても、拭いても拭いても、それは後から後から、こぼれてくる。
ずんだもんの墓への道。
村では、子ずん達のはしゃぐ声が聞こえる。
きゃっきゃと、黄色い声を上げながら、飛び回って遊んでいる。
そして、みんな同様に、何か食料を持って笑っていた。
子ずんが空中で止まり、私は顔をあげる。
「人間さん…、ついたのだ」
そこには。
「ああ、ずんだもん……、お前のおかげで、村は。村は大丈夫だぞ」
そこには、立派な墓と、色とりどりの花や草木。たくさん供えられた食料が。
しゃん…と揺れる鈴の音。
「ありがとう、ずんだもん……」
ふわりと、やわらかい風とともに、どこからともなく枝豆の葉が私の目の前を横切った。
終わり。
〜〜〜
農林水産省 鳥獣対策科 御中
指定区域以外での山妖精の捕獲・殺処分の禁止を求め、この手記を送付する。
蛇足
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このページへのコメント
このお話において妖精の回復力は随一ですね！そのぶん何度も痛めつけられるおまけつき。
暴走した妖精の自業自得とはいえ、いちど世間に強烈なインパクトとともにもたらされた「害獣」という印象はどの妖精にも適用されるのが悲しいですね……山妖精、どうなることやら……
欲望のままに暴走する妖精のせいで、夢半ばで死んでしまった「ずんだもん」は、最期まで仲間思いの本物の「善良」な個体だったと思います；；
クズんだもんはよく人間や他のずんだもんを『かとうせいぶつ』と呼ぶが、もしかして、『下等』ではなく『加糖』ではないか。
自分達に対して甘すぎるから、罵倒するのを兼ねて『加糖生物(甘すぎる生物)』と呼んでいる。
ならば希望通り、甘さを捨て厳しくした方がいい。
後半のドラマ性が凄くて虐パートの衝撃が飛んでいっちゃいました。
ずんだもんへの感謝と尊敬を村が忘れない限り安泰そうですね。
子ずんも立派になって誇らしいと思います。
感想ありがとうございます。前話に虐パートがないのでどうかと思ってたんですが、なんかうまい具合に着地できました。きっとこの村の妖精はひっそりと誰にも知られずに暮らしていくんじゃないかなぁと思います。またよろしくお願いします。
これは...余韻が素晴らしいですねぇ...
心にずっしりと残るシナリオでありつつ、しっかりとずん虐要素も盛り込んでいる良作でした。
ストーリーずん虐の大家、わんわんおさんにそう言っていただけるなんて恐悦至極です。終わり方、僕も気に入ってるので嬉しいです。
感想ありがとうございます！
前回と合わせて、あまりにも哀しく、そして優しい感動系ずん虐
彼らの思いが実るのか、妖精達の今後はどうなるのか
色々と不安はありますが、村の善良な妖精達には幸せになって欲しいですね
クズども？極限の痛み苦しみを永劫に味わい続けてれば？
『あまりにも哀しく、そして優しい感動系ずん虐』と言っていただけるとは…一番嬉しい感想です。
私の書く話は恐らくは全てをこの話の後日譚になる筈です。手記中で彼の危惧していたことが起こるかもしれませんね…。行く末を見守っていただけると幸いです
てことは、普通にペットとして、あるいは食用として扱われる、一部の学校では『いのちの授業』にも使われることに？
その辺の補足がなくてすみません。
今後秘境ずんは保護対象、街ずんは駆除対象、森ずんはどちらでもなし、という感じになっていくと想定しています。
人目に(しかも当初は害獣として)触れてしまった以上、手記をなぞるようですが、ペット業界は可愛らしい妖精に目をつけるでしょうし、味がいいと知られれば養殖・食肉化されるでしょうし、人語が話せると分かれば実験利用されるのは自然な流れだと思っております。やっぱり人間は汚い。
その辺は『実録！ペット業界の闇！』とか、『実験動物の一生』みたいなタイトルで公開できたらと思っています。
…但し、穏やかで賢い気質の秘境ずんの密猟は問題になるかもしれません。
いつかの未来、人の手で分化が進んでいくんですね
いずれにせよ、善良な秘境ずん達には幸せになって欲しいですね
「ずんだもん」の為にも
ですね。私もそう願っています。
コメントありがとうございました！