いのちの授業 1
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zunzun_sigma 2023年01月22日(日) 00:18:58履歴
本文 
「はーい、みんな。今日からみんなに山妖精を選んで飼育してもらいます。３学期にどんな育て方をしたか発表してもらうから、飼育日記もつけること！」
「はーい」
教卓の上にずらりと並べられた虫かご。その中にいる緑と白の可愛らしい生物が登場したことで、クラスはどよめいた。
その生物はまだ耳も生え揃っていないずんだ妖精の赤ちゃんーー通称、赤ずん。
どよめきも他所に目覚めることもなく「ずーん、ずーん」と寝息をたてている。
「わー、かわいい！」
「こいつは、大きいから俺がもらうぜ」
「一人１匹ずつよ〜、人数分あるから、押さないで」
四国めたんはドキドキと胸が高鳴っていた。貧乏故飼うことが許されていなかった憧れのペット。まさか、授業の一環で育てる事ができるなんて。
先生の話もおざなりに、騒がしく動くクラスメイトの中で一匹の赤ずんに目が留まった。
つやりと淡く光を反射する毛並み、無防備に眠っているその姿を見た瞬間、電撃が走ったようだった。
「この子かわいい。私、この子に決めた」
かごを持ちあげた振動で赤ずんは「の…だ……？」と目を覚ます。
自らを覗き込む巨大な存在に驚いたのか、「のだっ…！？」と叫んで目を白黒させたあと、あたりを見回し、「おぎゃーおぎゃー、おぎゃーおぎゃー」と泣いている。
少し身体は小さいが、元気に泣いている姿を見て、不思議と温かい気持ちが沸いて来る。
めたんはかごの中に手を入れ、両手で優しく赤ずんを持ち上げる。
「あなたの名前はずんだもんに決めたわ。これからよろしくね」
「の、のだー……？」
優しい声色のめたん。
目を丸くして見つめ返してくる赤ずん。
「まだ、あんまり言葉はわからないのね。それじゃ、はい、ずんだ餅だよ」
「ずんだもち！ずんだもち！おいち、おいち！」
赤ずんはめたんのずんだ餅に齧り付く。
「おいち！おいち！」
「ふふ。可愛いわね、いっぱいお食べ」
学校から妖精を貰ったクラスメイトたちは各々の家に帰った。
当然めたんも、妖精を持ち帰り、育て始めた。
飼育の本を読み、ネットを探した。手作りで寝床を作ってやり、毎日食事を与え、散歩に行き、風呂に入る。
生き物を飼うということはとても大変なことだったが、大変さに比例するように愛おしい気持ちが湧いてくる。
そうこうしているうちに、赤ずんは子ずんと言えるほどの大きさになり、満足に言葉を話せるほどに成長した。
日課になった放課後の散歩。
ぽかぽかと暖かい春の陽気に、大きく、赤い夕日が射し込む。
「きれいだね、ずんだもん」
ふよふよと浮かんだり、めたんの肩や頭に止まったりを繰り返している妖精に話しかけると、妖精は眩しそうに目を細めて、コクリと頷く。
「のだぁ…。ぽかぽかで、きもちいいのだ」
「そうね。この辺でずんだ餅にしようか」
めたんはいつも目印にしている桜の木の下に腰掛けて、ずんだ餅を取り出し、ずんだもんへ差し出した。
いつもならすぐにずんだ餅に飛びつくずんだもんだが、今日は違った。
「め、めたんちゃん！ぼく…ぼく……」
飛びつかずに、めたんの事を見つめていた。
「どうしたの、ずんだもん？」
「めたんちゃん！こんなボクをえらんでくれて、ありがとうなのだ。ボクはめたんちゃんと一緒にいられて、幸せなのだ！」
「もう…、いきなりどうしたのよ。……私も。ずんだもんと暮らせて嬉しいよ」
照れ隠しなのか、妖精はくるくるりとめたんのまわりを何周も浮遊し、最後にめたんの肩に留まると、首元にスリスリと頬擦りする。
「めたんちゃん…大好きなのだ！」
ニコニコと笑う、モチモチで暖かい妖精を見て、めたんも自然に笑顔になる。
「もう、わかったから、はやくずんだ餅食べちゃいなさい」
生き物を飼うというのはとても暖かい事だと初めて知った。
〜〜〜
そんな矢先、虫かごに入れた妖精を学校へ持ってくるように指示があった。
教卓に立つ先生がぱちんと手を打って説明する。
「みなさんに飼育してもらっている妖精たちですが、そろそろ子ずんと言える大きさにまで成長しているでしょう。性別は確認しているかしら。もう見た目で分かるようになっているはずよ」
めたんはそんなことを気にしたこともなかった。確かに、生物である以上、性別があるはずだ。
「赤ずんのうちは見分けるのが難しいですが、性別がわかったらその段階で去勢をしなくてはなりません」
「きょせい…？」クラス一同、初めて聴く言葉に戸惑った。
「先生が手本を見せますね。妖精を貸してもらえる？」
「はい、先生」
先生が取り出した器具はそれほど危ないものには見えなかった。
「これは鉄ヤスリです。木を削り取るのにも使えるものです。見た目より危ないですので、決して遊ばないように。そしてこれで…」
先生は妖精をケージから取り出し、まな板の上に載せた。
「のだ…？ニンゲンさん……？なんなのだ…？ぐええ…」
妖精をしっかりと上から押さえつけると、手足を針で縫い止めた。
「ああ！！いちゃいぃいい！！」
手足を貼り付けられた子ずんは「はぁ、はぁ、はぁ……」と息を荒らげて唯一動かせる腰を振っている。
「はぁ、はぁ、はぁ……、なに、を…？」
「皆さん、食害は知っているかしら。人里に妖精が現れるようになったのは、人間が狼や大型の動物を減らして天敵がいなくなったのが一因と言われています。以前から鹿が木を食べて森を枯らしているのは問題になっていました。今は狼の変わりに人間が鹿を撃っています。数が増えすぎれば、皆さんにも、妖精にも、生態系にも様々な悪影響があるんです。増えすぎた生き物は必ず何処かに歪みが生じます。妖精以外にも生き物を飼育する時は必ず、その子供たちのことも考えないといけません」
わかったかしら、と念押しして、先生は妖精に向き直った。
「それでは。この態勢にしたら、生殖器−−ずんぽを削り取るんです」
「へ？？……まっちぇ、なにを……？、へ？？ ――ぎにゃあああああああああ！！！？」
妖精の絶叫が響き渡る。
「やめてやめて！！あががががががっ！！」
妖精の下腹部をヤスリが往復するたびに、ざりざりざり、ぶしゃ！ぶしゃ！っと、およそ生物から鳴ってはいけない音を立てながら、緑色の汁が飛び散った。
「いちゃああああああ！ずんぽ、ずんぽ、じゅんぽが！ ぼくのじゅんぽが取れちゃ！！？あがががっがあががががが！！」
その小さな体のどこから出ているのか不思議なほどの大絶叫。
可愛らしいはずの妖精の顔はあまりの苦痛に白目をむき、舌をだらりと突き出して、半分目が飛び出しているように見える。
耳を塞ぎ、目を逸らす生徒たちも多い中、先生がヤスリを動かしつ続ける。
「ああああああ！！いちゃいいちゃい！！やめてやめて！！ヘコヘコ、ヘコヘコ出来なくなっちゃうのだぁああががががごぎぎぎぎぎ！！」
ぷしゃ。とヤスリから立つ音が変化したのがわかった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛！！！ ずんぽがぁ……！」
「よし、ずんぽがとれたわ」
四つん這いに貼り付けにされた妖精はピクピクと痙攣している。
「はぅ、はぅ……じゅんぽ…ぼくの…じゅんぽ…、ないのだ…ぼくの…ぼくのずんぽが……。へこへこが……へこへこ…できなく…なっちゃったのだぁ……」
「ずんだ市では、ずんぽの去勢か、飛行器官の破壊またはその両方が義務付けられているので、子ずんまで成長して性別が判明したら、速やかに行わないといけません」
「ずんぽ…ぼくの、ずんぽ…かえして、かえして、かえして……」
「返すも何も、あなたのずんぽ、もうぐちゃぐちゃよ」
先生は机の上のずんぽ(？)だったものに一瞥した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー！！」
絶望する妖精の慟哭を尻目に、秀才のヒデキくんが手を上げた。
「先生、義務付けられているずんぽの去勢はペンチかニッパーと書かれていたはずですが、ヤスリなのですか？」
「いい質問ですね。確かに方法の一例としてそれらが書かれていますが、以前この学校で深く切り込みすぎて動脈を傷つけてしまったことがあったのと、切り取ったずんぽをくっつけちゃった事例があってね……、それ以来、この学校ではずんぽの去勢はヤスリを使うことにしています。ヤスリなら、もう絶対にくっつける事なんて出来ないでしょう？ でも、テストで出たときにはその答えでも問題ありません」
「先生、ありがとうございます」
「最後に傷を確認しましょう」
「もう…いたいこと……ちないで……」
先生は自身の体液まみれになった妖精に水をかけた。
「ちゅめたぃいいい！！しみるぅううう！！」
妖精はビクビクと痙攣したかと思うと、くたり…と力なくまな板に伏した。
「はぁ…はぁ…はう…いちゃい、いちゃいのだ……どうちて…どうちて…こんなひどいことを…ちゅるの……？」
「あら、私としたことが、まだずんたまが残ってるわね」
「へ……？」
弱々しく腰を動かしている妖精がびくりと反応する。
「ここでやめると妖精のためにもならないのよ」
「な！？！？ やめて、もうやめちゃ！もう、ずんぽ取れたのだ！取れちゃったのだ！もういいのだ！！ずんぽない僕はもうヘコヘコもツコツコも出来ないのだ！ だからもうじゅうぶんの……だぁあぁあああああ！！！」
先生は容赦なくヤスリを当てがった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！ずんたまぁああああ！！ずんたまが取れちゃ、潰れちゃ、あがっぎぎぎががががつわ！！！ずん、ずんたっずんたまっーー！！こわれちゃ、取れちゃ、つぶれちゃっ、死ぬ！ーー死ぬちゃ！！」
少しも手を緩めない先生。
「ずんたまがこわれる！！ずんたまがこわれるのだ！！ずんたまっずんたっ…おっ！？？！ごっーー！？！？」
ぷしゃ、と一際大きい飛沫が上がったところで、先生は手を止めた。ヤスリからはポタポタと体液が滴っている。それほど凶悪な形に見えなかった鉄ヤスリがまるでノコギリのような生理的な嫌悪を誘うものに見えた。
「はぅ……はぅ……、あ…、あ……、ぼくの……、ぼくのずんぽが…ぼくのずんたま…ずん…ぽ…たま……」
「あとは輪ゴムで止血します」＼パチン／
「いちゃいいいいーー！！」
まな板に貼り付けられたままの妖精は明らかに動きに元気がなく、心なしか、色も少し黒ずんでいる。
「ちて……ころ…、ちて…ころちて……」
「最後に、きれいに洗ってあげましょう」
針を抜いて、妖精を鷲掴みにするとバケツの中に突っ込みじゃぶじゃぶと濯いだ。
「ごぼぼぼ……、ごぼ、ごぼぼ」
びしょ濡れの妖精を再びまな板の上に置く。
「はひ……、はひ……、はひ……」
壮絶な試練を耐え抜いた妖精であったが、へこへこと力なく全身を動かして息をしている姿はどこか滑稽にも見えた。
「ほら、キレイに取れたでしょ！ はい、これでおしまい。皆もやってみて。ちょっと色が悪くなってるように見えますが、妖精はとても生命力が強いのでずんだ餅を食べさせればすぐに元気になるので安心してね」
「ずん…だ…もち……」
口元まで差出されたずんだもちに、妖精は力なく齧り付く。するとみるみる明るい緑色を取り戻してゆき、食べる速度も徐々に早くなってゆく。
先生に言う通り、すさまじい生命力だった。
「可哀想だと思った人はいるかしら？これは妖精じゃなくても、みんなが飼っているペットや食べている動物なんかでは普通に行われていることよ。可哀想な部分は見ないふりして誰かに押し付けて、きれいな部分だけをいただくなんて、歪んでいると思わない？」
しーんと、静まり返っていて教室は先生の「じゃあみんなはまずは磔にするところまでやってみましょう」という一言で「やるしかない」という決意に傾いていった。
「めたんちゃん…まさか、ぼくも……っ！？」
「私出来ない！」
「四国さん。これは命を知るために大切なことなの。出来ないなら、その妖精は保健所で殺処分になるし、あなたの成績もつかないわ。場合によっては親御さんも呼んで指導する事になるかも…」
「そんな……」
貧乏な四国家はシングルマザーの母親が夜遅くまで働いてなんとか生活できている。自分のせいで呼び出すなんて事は絶対に出来ない。
どうすればいいか判らず絶望する飼い主をみて、妖精は覚悟を決めた。
「めたんちゃん…ぼくは…ぼくは大丈夫なのだ。めたんちゃんのためなら、我慢できるのだ」
「ずんだもん…」
めたんの妖精は自らふわふわとケージから出て、まな板の上に四つん這いになった。
「ぼくは大丈夫のだ…、めたんちゃん、やるのだ…！」
「ごめんね、ごめんねずんだもん」
「大丈夫…大丈夫のだ…」
腹ばいになった妖精の手に針を当てる。どくんどくんと煩いくらいに心臓が聴こえる。やるしかない――めたんはぎゅっと目を瞑り、ひと思いに針を打った。
「いぎっ…！がっ！！」
「ずんだもん…！？大丈夫！？」
「だ、大丈夫のだ……、ちょっとびっくりして声が出ちゃっただけなのだ。構わず続けてのだ」
妖精の身体は脂汗でヒヤリとするほど濡れており、明らかに『大丈夫』な様子ではなかった。
「妖精が騒ぐからって、躊躇すると余計に苦しませるだけよ」
「ずんだもん、一気にやるよ…」
「はぅ…はぅ…わかったのだ、大丈夫だからめたんちゃんは心配しなくていいのだ」
こつん、こつん、こつん。四肢が全て磔になる。
めたんの妖精は身体を硬く緊張させるこそすれど、それ以上声を上げることはしなかった。
「大丈夫…じゃないよね…ずんだもん…」
(しかもこれから、この処刑道具のようなヤスリで生殖器を削り取るなんて…)
机に並べられた鉄ヤスリを掴む。ギラリと鈍く光るそれは、まるで刃のようだ。
「あら、四国さん、よく出来てるじゃない。あとはそのヤスリを……」
先生は妖精の股にヤスリを近づけた。
先程の拷問にも等しい風景が思い浮かんだのだろう。めたんの妖精は「ヒィッ」と短く悲鳴を上げギュッと一際身を硬く縮める。
「あら…？よく見たら、四国さんの妖精はメスじゃない。メスの去勢は少し複雑だから、今回はしなくていいわよ」
「よかった…よかったのだ…。もう痛いことは嫌なのだ……」
では、なぜ全員に磔を指示したのだろうか。先生は、皆も聴いて！とひと声かけてから、その理由を告げた。
「メスの場合は生殖器の代わりに飛行器官の破壊をします。同じように固定したら、首の後ろにある飛行器官を針で刺して電極で焼き切ります」
「先生、飛行器官の破壊って……、それってどうなるんですか？」
「妖精が飛び回ると、どこまでも遠くへ行ってしまい、生態系に影響を及ぼす大きな問題となるんです。なので、生殖能力を残した妖精は飛べなくするんです。そもそも、飛べない妖精なんて、自然界では生きていけないしね」
先生の言葉を聞いていたずんだもんが、反応する。
「え？ ……ぼく、飛べなくなっちゃう…のだ…？」
「よし、じゃあ、四国さんにやってもらいましょう」
「首の後ろに電極付きの針を二本打ちましょう。はい、どうぞ」
渡されたのは細い針だ。しかし、それは人間の基準で言えばの話だ。この小さい妖精からしたら、腕一本に匹敵する長さだ。
(そんなものを四肢だけじゃなく身体の中心にさされるなんて…)
「めたんちゃん…ぼく、飛べなくなっちゃうのだ…？この間みたいに、桜さんのお花を取ったり、めたんちゃんのところに飛んでいくこともできなくなっちゃうのだ…？ 一緒にお散歩して、スリスリしたり、ナデナデしたり、してもらえなくなっちゃう、のだ…？」
今までの生活の思い出がよみがえる。
あの暖かく、幸せな日々。
ずんだもんの言葉にめたんはボロボロと涙を流した。
「それだけは嫌なのだ、もっとめたんちゃんと一緒に、たっくさんの場所にお散歩さんやお出かけさんに行きたいのだ……。さっきのヤスリ――『キョセイ』……？、もぼくは我慢するのだ。だから、だからぼくを飛べないようにだけはしないでほしいのだ……」
先ほどのオス妖精に対する拷問よりも酷い仕打ちを目の当たりにしても、なお、めたんの妖精にとっては飛行能力は大切なものだった。
「うーん、メスの去勢は複雑なのよね、それに、ここには道具がないから、我慢して頂戴」
「先生…！ 私、やっぱりできません！」
「四国さん、あなたの優しさはとても素晴らしいものよ。でもね、これは言わば治療なの。医者が悪いところを切るのに患者に同情しないでしょう。悪いずんぽは取らないといけないし、どこまでも飛んでいって生態系を壊してしまう、悪い飛行器官も壊さないといけないの」
「そんな……」
「貴女がしないと意味ないのよ。でないとその妖精は保健所に預かってもらうことになるし、貴女はこれからの妖精を使った授業に参加できない。必然的に成績をつけてあげられないわ」
そうしたら、親御さんを呼ぶしか…
そう言われためたんは頭が真っ白になる。
「ごめんね、ごめんね、ずんだもん…大丈夫…私からしてあげるから…飛べなくなっても、どうなっちゃっても、ナデナデもすりすりも、お出かけもいっぱい…いっぱいしてあげるから……」
ぽろぽろと涙を流す主人。
ずんだもんは困っている飼い主に寄り添うように言う。
「めたんちゃん……、ぼく、ぼく…！ 耐えて見せるのだ…！」
「覚悟は決まったみたいね。じゃあ私が点をつけた位置に、針を一本ずつ5mmくらいの深さで指すのよ」
「ごめん……！」
プスプスっと、針を指す。妖精はびくりと震えたが絶叫することはなかった。
「大丈夫なのだ、そんなに痛くなかったのだ！めたんちゃんが優しいからなのだ！」
「うまいわね。じゃあ、その針にこれをつけてね」
めたんに渡されたのは赤と黒の鰐口クリップ。
「この時、金属部分が触れ合ったり、交差したりしないように注意してください」
「……つけたわね。じゃあ、電気を流すわよ。はい、離れて」
「え……？？」
これから何が起こるか、妖精はわかっていないようだ。
「まっちぇ、何が……？、あっ……ぁぁぁぁああがががががががぁあ！！！」
先生がスイッチを入れると、バチバチっと妖精の内側で電気がスパークした。
「あぼばぼぼぼっーー！ばぼぼぼぼぼっぼぼばぼぼーーっ！？！？」
突然の電流。その衝撃は妖精の筋肉を限界まで収縮させ、不随意に痙攣を繰り返す。妖精は自分の全身に何が起きているのか全く理解できぬまま、激痛に苛まれ機械のように意味のない音を吐いている。
「あばばばば、おぼぼぼぼぼぼぼぼっーー！！……のだだだだっーーー！！！………はぅ、はぅ、はぅ……」
しゃー……。
妖精が失禁した。電流が止まったの同時に、筋肉が弛緩したのだろう。机からさらに床へと尿が垂れてくる。
「うわっ、めたんの妖精、シッコ漏らしたぞ！きったねー！」
ガキ大将のたけしくんが囃し立てた。
「私のずんだもんは汚くなんかないもん！！」
めたんは、涙を流しながら声を荒らげた。
「たけしくん。妖精さん達は、私達が安全に飼育するために辛い事をしてくれているのよ。妖精さん達には感謝しないといけないの。四国さんと、妖精さんに謝りなさい」
「……ごめんなさい」
「はい、たけし君だけじゃないわよ。皆も協力してくれている妖精さんに感謝するように。それでは続けます」
「はぅ、はぅ、はぅ……、済んだのだ……？もう、これで、めたんちゃと……、帰れる…のだ……？」
先生はめたんの妖精に向き直った。
「あとは電気が効いてるか針で確認します」
先生がチクチクと針で足をつくと、妖精は足をバタつかせて、力なく悲鳴を上げる。
「ぎっ！ いちゃ、いちゃ……！」
「うーん、まだみたいね」
先生のその言葉を聞いて、先ほどまでの元気の無さが嘘のように、妖精は覚醒したかのように飛び起きた。
「まっちぇ！！もうびりびりやめちゃ！めたんちゃ、助けて！！」
「ずんだもん！！」
「もういやちゃ、何でもするちゃ、だからびりびりやめちゃ、びりびりびりびりだけはやめちゃ、めたんちゃ、それだけはやめ、助けてめたんちゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！！」
妖精が通常ではありえないような動きでひきつけを起こしたように反り返る。
「あぱぱぱぱぱぱぱぱ！！ぽぽぽぽぽぽぽっーー！！」
数秒のスパークを確認して、先生は電流を切った。
「ーーお゛っ、ーーごっ……」
スパークの終わった妖精は、ボワと黒い煙を吐くとピクリとも動かなくなった。
その身体は明らかに黒ずんでおり、どこか焦げ臭い臭いを感じる。
「大丈夫！？ずんだもん！！」
「うん、気を失っているだけだから安心して。妖精はそう簡単には死なないわ」
先生は再び針で妖精の足をつついて確認する。
「うーん、まだみたいね、ちょっと電圧を上げるわよ」
カチッ！
「あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜ーーー！！！？！？？！？？！？」
「やめてーー！ずんだもんが、ずんだもんが死んじゃう！！」
めたんは咄嗟にスパークしているずんだもんを助けようと手を伸ばした。
妖精に触れた瞬間、バチィ！、と言う衝撃と遅れてやってくる鋭い疼痛に、堪らず尻もちを付く。
「痛い…痛すぎる……。こんな…こんなのが全身に……？」
「あらあら、四国さん、人間には無害なくらいの電流だけど、危ないから触っちゃだめよ」
「やめて…やめてあげて…ほんとに…ほんとにずんだもん死んじゃう……」
そうこうしている間にも、妖精は電流に苛まれ続けていた。
「あぼぼぼぼおぼぼぼぼぼぱぱ！？？！ あぱぱぱぱぱぱぱぱ！？！！！？！？」
「うん、こんなもんかしら」と、先生はスイッチを切った。
凄まじい衝撃で気絶することも許されなかった妖精はくたりと脱力する。
それでもまだ、筋肉はぴくぴくと時々不随意に痙攣し、「はぅ…はぅ…はう……」と荒い息を立てながら、ヘコ、ヘコ、と全身でゆっくり呼吸している。
「大丈夫！？ 大丈夫、ずんだもん！？」
「はう……はう……、身体が…しびれて…動かない、のだ……なんで、こんな、こと……？」
先生は針を足に何度も刺して体動がないことを確認した。
「よし、成功したわね。もう針を抜いていいわよ。身体が動かないのは一時的なもので、ずんだ餅を与えればすぐ這い回れるくらいには回復するわ」
まぁ、もう一生飛べないのは治らないけどね。先生はそう付け加えながら次の指導が必要な生徒へ歩いていった。
「ぼく…ぼくは……、あ…、ああ……」
「ずんだもん！返事して、ずんだもん！！」
めたんは妖精の針を抜き、口にずんだもちを近づける。妖精は応える気力もないのか「はう……はう……はう……」と荒い息を繰り返している。
「たべて！ずんだ餅よ…！」
妖精は緩慢な動きで一口それを口にする。
「はぅはぅ……。やったよ……めたんちゃ、ぼく、やったのだ……。耐えたのだ……」
少しずつ激痛は散り、痺れたような感覚だけが残る。手足も少しずつ動くようになってきた一方。
「あれ…ボク……なんで飛べないのだ……？」
どれだけ力を込めても、浮き上がる気配さえ見えない。
「な…なんで……」
試練を終えた妖精の頭の中で『まぁ、もう一生飛べないのは治らないけどね』その言葉がグルグルとこだまする。
初めて飛ぶことに成功し、褒めてもらった日。
くっつくように顔を並べて散歩した毎日。
風に飛ばされそうになると抱き止めてくれた。
高くに咲いていたきれいな桜の花をとってきたら喜んでくれためたんの笑顔。
主人の帰宅に一目散に飛んでいくと、撫でてくれた優しい手。
――もう一生飛べない。
「あ……、あ、あ……ぼく、ぼく……、うわぁあああああああああああああああああん！！！！」
「ずんだもん！？どうしたの！？どこか痛いの！？ずんだもん！？」
妖精はめたんの問いにも答えることなく、一頻り慟哭すると、そのまま気を失った。
「ずんだもん！？ 返事して、ずんだもん！？」
めたんの呼びかけをよそに、至って普通の口調の先生の声がどこか遠くに聞こえる。
「あ、たけし君と春日部さんの妖精は身体が大きいわね。オスだけど、下の学年の子達のために、今回は変わりに飛行器官を破壊しましょう」
それから、たけしの妖精も電流で失禁したのは言うまでもないが、それを囃し立てる人はいなかった。
〜〜〜
去勢を終えた妖精達はその後も、各々の家で大切に育てられ、耳も生え揃ってきた。
そんな折、学校の男子達の間でとある遊びが流行した。
ーーもちもんバトルである。
続く
シリーズ
次話：いのちの授業２
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理科の解剖の時間でめっちゃイヤがってたクラスメイトを思い出しました……
『可哀想な部分は見ないふりして誰かに押し付けて、きれいな部分だけをいただくなんて、歪んでいると思わない？』
先生のこの言葉、殆どの現代人に刺さるのではないだろうか……
とはいえ、初めての「去勢」を経験した子どもたちは、さながら、世界史で「宦官」を教わった時の衝撃と同じくらいのものを味わったでしょう……
電流ながすとこ元気でるから定期的に見に来ちゃう
コメント励みになります…ありがてぇ…
雄叫びがクッソ無様でございますわね
感想ありがとうこさいますのだ。
渾身の無様なのだ
更新でよりエグみが・・・
四国めたんゎぁたしたちサイドな希ガス。なんか神泉