作家・堀辰雄についての資料室

1942年 昭和17年 38歳
3月 「奈穂子」第1回中央公論社文芸賞受賞。
5月 萩原朔太郎、死去。
7月 中旬に軽井沢へ行き、末に帰京。
李白詩集、杜詩講義などを読み出す。
8月 「花を持てる女」(決定稿)を「文芸界」に発表。
「幼年時代」を青磁社より刊行。
9月 軽井沢へ行く。
「萩原朔太郎」を「四季(追悼号)」67号に発表。
10月 夫人帰京後、追分にて病臥。
月末、帰京。

1943年 昭和18年 39歳
1月 「ふるさとびと」を「新潮」に発表。
「大和路・信濃路」を「婦人公論」に連載。
・・・「十月」を1,2月号・「古墳」を3月号・「斑雪」を4月号・「雪」を5月号
「辛夷の花」を6月号・「浄瑠璃の春」を7月号・「死者の書」を8月号
2月 森達郎と別所、志賀高原へ行く。
3月 夫人と木曽路、伊賀、大和へ行く。
5月 京都、桜井聖林寺に行く。
−夏 軽井沢に行く。
プルウスト、リルケを読む。
11月 帰京。

1944年 昭和19年 40歳
1月 「樹下」(「大和路・信濃路」内)を「文芸」に発表。
「『青猫』について」を「萩原朔太郎全集」月報に発表。
下旬、森達郎と疎開のため家探しに信濃追分へ行く。
3月 5月まで絶対安静。
6月 月刊「四季」81号で終刊。
軽井沢へ行く。
津村信夫(36歳)死去。
9月 信濃追分油屋の隣に移転。
「曠野」を甲鳥書林より刊行。

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