最終更新: fan_arrow_1185 2008年07月18日(金) 21:29:34履歴
[11]
それからというもの、以前にも増してあなたに話しかけるようになった。それは、ヨンセンやチャンイたちが近くにいない時を見計らってのことだったけど。
「チャングム、この味どうかしら?」
料理の練習中、そう言ってさりげなく口に放り込んでみた。
うんっ もぐもぐもぐ
やった! 私が食べさせてあげたわ!
「いいわね。でも……もう少し粗めに切ったほうが、口当たりがよくなるんじゃないかしら?」
うきうきしている私に気付こうともしない。お料理をしている時は、いつも真剣な顔をして。
「そう言われてみればそうかも」
―――この煮物にはこの大きさになさいって教わっていたから……。切り方を変える
なんて考えたことが無かった。
「ねえねえ、私のあえ物はどう?」
見た目は特に変わらないけど……ひと匙すくって口に入れた途端、
「何! このぬるっとしたのは……辛味も感じるし……」
―――態度は真面目なんだけど、あなたが試すお料理はいっつも、ちょっと変。
普通の子のとは違って粗削り。
それに、これはハン尚宮様の味付けでもないみたいだし……あなた独特の
味っていうのか。でも……なんというか、味わいが舌に残り続けるような。
「駄目かなあ。この葉っぱ齧ってみたら粘りがあって香りもよくて、さっと茹でてみたんだけど」
「変わった味よね。好きな人もいるかもしれないけど……どうかしら」
腕を試し合い、味覚を確かめ合う。他の誰ともできないことが、あなたとだけはできる。そしてお互いの気持ちを共にできる。なんて面白いんでしょう。そう思わない? ねぇ、チャングム。
―――この思いを、もっと分かち合いたい。
どうやらヨンセンは、私の様子が変わったのに気付いたみたい。ちょうど水剌間に入ろうとした時、あなたとの会話が聞こえてきた。
「ねえチャングム。最近クミョンと仲が良過ぎるんじゃないの?」
「あら、仲良くしちゃいけないの?」
「そうじゃなくて、私のことも、もっと気にして欲しいの!」
「ええ? いつも気にしてるわよ?」
「もう、いい!」
もっとあなたと向き合いたい……とは思うけれど、遠慮もなく気持ちを表現するあの子に比べたら、我ながら不器用極まりない。
―――ヨンセンって、いつも『チャングム、チャングム』って、うるさいほど
まとわり付いている。しょっちゅう手を繋いだり、肩組んで歩いたりして
いるし、この前は抱き付いていたし。しょっちゅう『あなたが側にいてくれて
よかった』とか言っている。
私にはできないわ。あんなベタベタした付き合い方は嫌。
本当は、できることなら……ちょっとだけあんな風に……私は料理を味見
させるぐらいしか。でも、あの子の真似はできないし。私の気持ちを伝える
には、どうしたら……。
夜、部屋に戻って考える。
―――さすがにチェ尚宮様には聞けないし。
ふと、この前、あなたとお菓子を一緒に食べた時の光景が蘇った。
―――そうだわ! お料理よ!
しかし、あることに気付いた。
―――でも、あなたの好きな物って何だろう?
お料理の蘊蓄(うんちく)はペラペラ並べ立てるのに……何が好きとかは
聞いたことがないわね。それに好き嫌い無く何でも食べるから。
どうしよう。直接あなたに聞くのは風情がない。
じゃあ、誰に聞こう?
―――ヨンセンは知っているだろうけど、絶対聞きたくない。
カン・ドック熟手なら? でも、春画のことがあるから会いたくないし。
う〜ん……ハン尚宮様? でも、そんな細かいことまでご存知かしら?
[12]
次の日。
ハン尚宮様の下(もと)で、御膳の支度に当った。
私の目から見ても、尚宮様の手際は冴え渡っている。ついつい見入ってしまう。
しかしこの機を逃してはならない。折を見て話しかける。
「クミョン、そちらの器を用意して」
「はい尚宮様。あの……」
「盛り付けを、その冷菜を先に、お鍋はもう少ししてからお願いするわ」
「はい。あの……」
―――でも、あなたのことだけ聞くのも……。
あれこれ思いながらも、手を動かす。食材の切り具合、出汁や火の加減。今日はなんだか気分が乗って、全体がぴたりと合った。自分でも自信を感じる。
「とてもおいしいわ」
私の手掛けた料理を一口確かめられてから、そうおっしゃった。ハン尚宮様は今一つの時には何も言われない。だからこうして褒めていただくと嬉しくなる。
「ありがとうございます」
―――でも肝心のことを忘れてはいけない。まずは無難な雑談をしつつ……。
「この頃はずいぶん季候も爽やかになって、木の葉も色付いて綺麗に見えますね」
「そうね、綺麗ね」
「食材も味が乗ってきたような気がします」
「ええ」
尚宮様はお言葉が少ない。私も口下手なので会話が続かない。
あなたが似ているって言ったのを思い出して、思わず笑い出しそうになった。
―――私も尚宮に成ったら、こんな感じになるのかしら。じゃあチャングムはどちら
かっていうと………それでお互いに口も利かなくなるとか? まさか!
「あの、チャングムっていろんなことをしていますよね」
「そうね」
ミン尚宮様だったら、聞いてもいないうちから皆の噂話をされるのに。でもご一緒するのは当分先だから、それまで待てない。
―――やっぱり今お聞きしないと。
「あの、いろんなことに興味を持っていますね」
「昔から好奇心の強い、元気な子だったわ」
「あの……いろんな物を味見したりしていますよね」
「そうね、あんまり怖がることが無いようね。だから私も、毒のある物だけは口にしないように、子供のうちに教えておいたの。そろそろ、お鍋の様子はどうかしら」
聞き出すきっかけを探すのに夢中になっていた。慌てて、小皿によそって差し出す。
「王様のお鍋の方に、あとひと匙お塩を入れてみて」
一口汁を啜られて、そうおっしゃった。
「あの?」
私はちょうどいいと思ったんだけど。それでつい口に出してしまった。
「今日は弓を射られたから、汗をおかきだと思うの」
だから濃い目に味付けるのだと教えていただいた。なるほど。そういうことも気遣われているのか。
また味見をされると、今度は軽く頷かれた。
「じゃあ、お鍋を整えて。もうこれでほとんどできたわね」
「はい」
ハン尚宮様は黙々とお作りになるから、いつも早目に仕事が終わる。
―――早く……。
「……チャングムって、どんな食べ物が好きなのかしら?」
聞くとはなしに口にしてみる。
「……」
「辛い物かしら?」
「……」
「甘い物?」
「どうしてそんなことを? でもあの子は、小さい頃から柿が好物だったわ。特にコッカムサムを喜んで」
なんとか聞くことができた!
[13]
伯父の店に頼み、良い干し柿を手に入れて、数日後の夕方、チェ尚宮様の台所でこっそりコッカムサムを作った。それだけでは寂しいので、栗の甘露煮やナツメ菓子も添えた。
作りながら、またもや自分の気持ちに戸惑いを感じる。
―――なぜ? なぜこんなにわくわくするの? 料理をしていて、こんなに楽しい
のは初めて。
仕上がったお菓子は、なかなかおいしそうだ。
―――このお菓子で、私の想いが伝わりますように。
お菓子を器に入れて水剌間に行くと、あなたは独りで何か調べ物をしている。
「チャングム……。遅いのに頑張っているのね。はい、これ……」
もじもじしながら、器を差し出した。
「え? 私に?」
あなたは受け取ると、
「わぁ! 私の好きなコッカムサムがある! もしかして、クミョンが作ってくれたの?」
「ええ……」
「ありがとう。でも、突然どうして?」
「え…。あなたのために……。あっ! いえ、その、一緒に食べようと思って」
「わざわざ作ったの? なんか申し訳ないわ。じゃ、お先にいただこうっと」
あなたは一つ取ると、器を私に渡してから食べ始めた。
「うん、おいしいっ」
嬉しそうに、コッカムサムを頬張るあなた。そんなに慌てて食べなくても。
笑いながら私も一緒にお菓子をつまんだ。
―――ヨンセンのようにはできないけれど、あの子にはできないことが私にはできる。
今まで、私にとって料理とは……自分を縛り付けるものでもあった。
子供の頃から、ひたすら上手になることを求められ、味を見極めることを求められ、できなければ叱られた。そして、いつも勝たなければならなかった。
それが私、それ以外の私は必要とされていなかった。
でも料理ができれば認められ、褒めそやされた。空ろと分かっていても、それしか得られなかったから、それで満足するしかなかった。
御膳を作っても、食べる方がどのようなご様子なのか私は知らない。召し上がるお姿を、ほとんど見たことがない。たまに尚宮様から聞かされるだけ。
誕生日に親しい者同士で食事を作り合う女官もいるようだけど、私は……。
―――だけど、私の料理を食べてくれるあなたを見て分かったの。料理は人を
喜ばせるものなのね。
そして、作る人も、食べる人の幸せを願って幸せになれる。
満面の笑顔のあなたを見ていると、私にも笑みがあふれてくる。
[14]
その日の晩、寝支度を整えられたチェ尚宮様は、机に肘を持たせ掛けてずっと考え事をされていた。
もう休もうかという時。
「クミョン……。最近、チャングムと仲がいいみたいだけど……」
―――え。尚宮様に、今日の一部始終を見られたのかしら?
「それが何か?」
「……深入りするのは、やめときなさい」
「深入りとおっしゃいますと……あの、前におっしゃったようなことは……あの……夜を共に……とか、そんなことはしていませんが」
ひゅっと眉をひそめられた。
「違う。そうではなくて、感情的に深く関わるのをやめなさいと言っているの」
「………おっしゃっていることの意味がよく分かりません」
「心を分かち合うような、支え合うような仲にはなってはならぬ、ということだ」
「なぜそれがいけないのですか?」
「いずれ、苦しむことになるから……」
「……尚宮様……。しかし、この閉ざされた宮中で生きる私たちは、女官同士、心を分かち合い、支え合ってこそ生きていけるのではありませんか? 尚宮様だってひとりぐらいは、お友達がおられたのでしょう?」
「……厭(いと)わしい思い出だ……。友? そんなものは、いらぬ!」
吐き捨てるようにおっしゃった。
―――どうして、いらないなんて。
私もむっとして、尚宮様をにらんでしまう。尚宮様も私をにらまれ、しかし今度はゆっくりと話された。
「……その絆が、己(おのれ)を苦しめることになった。友などと。我が一族にとっては、足かせにしかならぬ」
「いったいどういうことですか?」
「小さな思いを捨ててこそ、他の者共には及びもつかぬ栄光を手にできる。お前に、一族に栄華がもたらされる」
「尚宮様! 私にとっては小さなものではありません!」
何もお答えにならない。
尚宮様の目を見続けたが、やがて尚宮様は私から視線をそらし、横になると布団を頭までかぶって寝てしまわれた。
―――私にもせっかく友達ができたというのに、なぜ喜んで下さらないのですか?
しかたなく布団に入る。
―――『友? そんなものは、いらぬ!』だなんて。
寝返りを打って尚宮様に背を向けた。
―――本当に毎日が楽しいのに。
もうずいぶん時間が過ぎたような気がする。
けれどずっと頭の中で、尚宮様の声が響いていた。
『心を分かち合うような、支え合うような仲にはなっては……』
『足かせにしか………』
『厭わしい…………』
布団を頭からかぶりうずくまった。しばらくして、それでも寝付けない。
布団の中で小さな声でつぶやく。
「叔母様は、こんな気持ちをお感じになったことは無いのですか……」
隣で寝返りを打つ音が聞こえたような気がした。
―――だからお分かりいただけないのですね……。
明け方、尚宮様は何かにうなされておられた。
いつも明るく力強く、焼厨房(ソジュバン)の統括部署である水剌間尚宮に相応しい威厳をお持ちのチェ尚宮様。だけれど、こうしてお休みの時、ひどくお苦しみになることがある。
御膳を作っておいでで、きっとお疲れのこともあるのだろう。
そして私たち一族の……最高尚宮に成らなければという張り詰めた気持ちが、そうさせてしまうのだろう……か。
叔母様、お心を煩わせるようなことを言ってごめんなさい。
それからというもの、以前にも増してあなたに話しかけるようになった。それは、ヨンセンやチャンイたちが近くにいない時を見計らってのことだったけど。
「チャングム、この味どうかしら?」
料理の練習中、そう言ってさりげなく口に放り込んでみた。
うんっ もぐもぐもぐ
やった! 私が食べさせてあげたわ!
「いいわね。でも……もう少し粗めに切ったほうが、口当たりがよくなるんじゃないかしら?」
うきうきしている私に気付こうともしない。お料理をしている時は、いつも真剣な顔をして。
「そう言われてみればそうかも」
―――この煮物にはこの大きさになさいって教わっていたから……。切り方を変える
なんて考えたことが無かった。
「ねえねえ、私のあえ物はどう?」
見た目は特に変わらないけど……ひと匙すくって口に入れた途端、
「何! このぬるっとしたのは……辛味も感じるし……」
―――態度は真面目なんだけど、あなたが試すお料理はいっつも、ちょっと変。
普通の子のとは違って粗削り。
それに、これはハン尚宮様の味付けでもないみたいだし……あなた独特の
味っていうのか。でも……なんというか、味わいが舌に残り続けるような。
「駄目かなあ。この葉っぱ齧ってみたら粘りがあって香りもよくて、さっと茹でてみたんだけど」
「変わった味よね。好きな人もいるかもしれないけど……どうかしら」
腕を試し合い、味覚を確かめ合う。他の誰ともできないことが、あなたとだけはできる。そしてお互いの気持ちを共にできる。なんて面白いんでしょう。そう思わない? ねぇ、チャングム。
―――この思いを、もっと分かち合いたい。
どうやらヨンセンは、私の様子が変わったのに気付いたみたい。ちょうど水剌間に入ろうとした時、あなたとの会話が聞こえてきた。
「ねえチャングム。最近クミョンと仲が良過ぎるんじゃないの?」
「あら、仲良くしちゃいけないの?」
「そうじゃなくて、私のことも、もっと気にして欲しいの!」
「ええ? いつも気にしてるわよ?」
「もう、いい!」
もっとあなたと向き合いたい……とは思うけれど、遠慮もなく気持ちを表現するあの子に比べたら、我ながら不器用極まりない。
―――ヨンセンって、いつも『チャングム、チャングム』って、うるさいほど
まとわり付いている。しょっちゅう手を繋いだり、肩組んで歩いたりして
いるし、この前は抱き付いていたし。しょっちゅう『あなたが側にいてくれて
よかった』とか言っている。
私にはできないわ。あんなベタベタした付き合い方は嫌。
本当は、できることなら……ちょっとだけあんな風に……私は料理を味見
させるぐらいしか。でも、あの子の真似はできないし。私の気持ちを伝える
には、どうしたら……。
夜、部屋に戻って考える。
―――さすがにチェ尚宮様には聞けないし。
ふと、この前、あなたとお菓子を一緒に食べた時の光景が蘇った。
―――そうだわ! お料理よ!
しかし、あることに気付いた。
―――でも、あなたの好きな物って何だろう?
お料理の蘊蓄(うんちく)はペラペラ並べ立てるのに……何が好きとかは
聞いたことがないわね。それに好き嫌い無く何でも食べるから。
どうしよう。直接あなたに聞くのは風情がない。
じゃあ、誰に聞こう?
―――ヨンセンは知っているだろうけど、絶対聞きたくない。
カン・ドック熟手なら? でも、春画のことがあるから会いたくないし。
う〜ん……ハン尚宮様? でも、そんな細かいことまでご存知かしら?
[12]
次の日。
ハン尚宮様の下(もと)で、御膳の支度に当った。
私の目から見ても、尚宮様の手際は冴え渡っている。ついつい見入ってしまう。
しかしこの機を逃してはならない。折を見て話しかける。
「クミョン、そちらの器を用意して」
「はい尚宮様。あの……」
「盛り付けを、その冷菜を先に、お鍋はもう少ししてからお願いするわ」
「はい。あの……」
―――でも、あなたのことだけ聞くのも……。
あれこれ思いながらも、手を動かす。食材の切り具合、出汁や火の加減。今日はなんだか気分が乗って、全体がぴたりと合った。自分でも自信を感じる。
「とてもおいしいわ」
私の手掛けた料理を一口確かめられてから、そうおっしゃった。ハン尚宮様は今一つの時には何も言われない。だからこうして褒めていただくと嬉しくなる。
「ありがとうございます」
―――でも肝心のことを忘れてはいけない。まずは無難な雑談をしつつ……。
「この頃はずいぶん季候も爽やかになって、木の葉も色付いて綺麗に見えますね」
「そうね、綺麗ね」
「食材も味が乗ってきたような気がします」
「ええ」
尚宮様はお言葉が少ない。私も口下手なので会話が続かない。
あなたが似ているって言ったのを思い出して、思わず笑い出しそうになった。
―――私も尚宮に成ったら、こんな感じになるのかしら。じゃあチャングムはどちら
かっていうと………それでお互いに口も利かなくなるとか? まさか!
「あの、チャングムっていろんなことをしていますよね」
「そうね」
ミン尚宮様だったら、聞いてもいないうちから皆の噂話をされるのに。でもご一緒するのは当分先だから、それまで待てない。
―――やっぱり今お聞きしないと。
「あの、いろんなことに興味を持っていますね」
「昔から好奇心の強い、元気な子だったわ」
「あの……いろんな物を味見したりしていますよね」
「そうね、あんまり怖がることが無いようね。だから私も、毒のある物だけは口にしないように、子供のうちに教えておいたの。そろそろ、お鍋の様子はどうかしら」
聞き出すきっかけを探すのに夢中になっていた。慌てて、小皿によそって差し出す。
「王様のお鍋の方に、あとひと匙お塩を入れてみて」
一口汁を啜られて、そうおっしゃった。
「あの?」
私はちょうどいいと思ったんだけど。それでつい口に出してしまった。
「今日は弓を射られたから、汗をおかきだと思うの」
だから濃い目に味付けるのだと教えていただいた。なるほど。そういうことも気遣われているのか。
また味見をされると、今度は軽く頷かれた。
「じゃあ、お鍋を整えて。もうこれでほとんどできたわね」
「はい」
ハン尚宮様は黙々とお作りになるから、いつも早目に仕事が終わる。
―――早く……。
「……チャングムって、どんな食べ物が好きなのかしら?」
聞くとはなしに口にしてみる。
「……」
「辛い物かしら?」
「……」
「甘い物?」
「どうしてそんなことを? でもあの子は、小さい頃から柿が好物だったわ。特にコッカムサムを喜んで」
なんとか聞くことができた!
[13]
伯父の店に頼み、良い干し柿を手に入れて、数日後の夕方、チェ尚宮様の台所でこっそりコッカムサムを作った。それだけでは寂しいので、栗の甘露煮やナツメ菓子も添えた。
作りながら、またもや自分の気持ちに戸惑いを感じる。
―――なぜ? なぜこんなにわくわくするの? 料理をしていて、こんなに楽しい
のは初めて。
仕上がったお菓子は、なかなかおいしそうだ。
―――このお菓子で、私の想いが伝わりますように。
お菓子を器に入れて水剌間に行くと、あなたは独りで何か調べ物をしている。
「チャングム……。遅いのに頑張っているのね。はい、これ……」
もじもじしながら、器を差し出した。
「え? 私に?」
あなたは受け取ると、
「わぁ! 私の好きなコッカムサムがある! もしかして、クミョンが作ってくれたの?」
「ええ……」
「ありがとう。でも、突然どうして?」
「え…。あなたのために……。あっ! いえ、その、一緒に食べようと思って」
「わざわざ作ったの? なんか申し訳ないわ。じゃ、お先にいただこうっと」
あなたは一つ取ると、器を私に渡してから食べ始めた。
「うん、おいしいっ」
嬉しそうに、コッカムサムを頬張るあなた。そんなに慌てて食べなくても。
笑いながら私も一緒にお菓子をつまんだ。
―――ヨンセンのようにはできないけれど、あの子にはできないことが私にはできる。
今まで、私にとって料理とは……自分を縛り付けるものでもあった。
子供の頃から、ひたすら上手になることを求められ、味を見極めることを求められ、できなければ叱られた。そして、いつも勝たなければならなかった。
それが私、それ以外の私は必要とされていなかった。
でも料理ができれば認められ、褒めそやされた。空ろと分かっていても、それしか得られなかったから、それで満足するしかなかった。
御膳を作っても、食べる方がどのようなご様子なのか私は知らない。召し上がるお姿を、ほとんど見たことがない。たまに尚宮様から聞かされるだけ。
誕生日に親しい者同士で食事を作り合う女官もいるようだけど、私は……。
―――だけど、私の料理を食べてくれるあなたを見て分かったの。料理は人を
喜ばせるものなのね。
そして、作る人も、食べる人の幸せを願って幸せになれる。
満面の笑顔のあなたを見ていると、私にも笑みがあふれてくる。
[14]
その日の晩、寝支度を整えられたチェ尚宮様は、机に肘を持たせ掛けてずっと考え事をされていた。
もう休もうかという時。
「クミョン……。最近、チャングムと仲がいいみたいだけど……」
―――え。尚宮様に、今日の一部始終を見られたのかしら?
「それが何か?」
「……深入りするのは、やめときなさい」
「深入りとおっしゃいますと……あの、前におっしゃったようなことは……あの……夜を共に……とか、そんなことはしていませんが」
ひゅっと眉をひそめられた。
「違う。そうではなくて、感情的に深く関わるのをやめなさいと言っているの」
「………おっしゃっていることの意味がよく分かりません」
「心を分かち合うような、支え合うような仲にはなってはならぬ、ということだ」
「なぜそれがいけないのですか?」
「いずれ、苦しむことになるから……」
「……尚宮様……。しかし、この閉ざされた宮中で生きる私たちは、女官同士、心を分かち合い、支え合ってこそ生きていけるのではありませんか? 尚宮様だってひとりぐらいは、お友達がおられたのでしょう?」
「……厭(いと)わしい思い出だ……。友? そんなものは、いらぬ!」
吐き捨てるようにおっしゃった。
―――どうして、いらないなんて。
私もむっとして、尚宮様をにらんでしまう。尚宮様も私をにらまれ、しかし今度はゆっくりと話された。
「……その絆が、己(おのれ)を苦しめることになった。友などと。我が一族にとっては、足かせにしかならぬ」
「いったいどういうことですか?」
「小さな思いを捨ててこそ、他の者共には及びもつかぬ栄光を手にできる。お前に、一族に栄華がもたらされる」
「尚宮様! 私にとっては小さなものではありません!」
何もお答えにならない。
尚宮様の目を見続けたが、やがて尚宮様は私から視線をそらし、横になると布団を頭までかぶって寝てしまわれた。
―――私にもせっかく友達ができたというのに、なぜ喜んで下さらないのですか?
しかたなく布団に入る。
―――『友? そんなものは、いらぬ!』だなんて。
寝返りを打って尚宮様に背を向けた。
―――本当に毎日が楽しいのに。
もうずいぶん時間が過ぎたような気がする。
けれどずっと頭の中で、尚宮様の声が響いていた。
『心を分かち合うような、支え合うような仲にはなっては……』
『足かせにしか………』
『厭わしい…………』
布団を頭からかぶりうずくまった。しばらくして、それでも寝付けない。
布団の中で小さな声でつぶやく。
「叔母様は、こんな気持ちをお感じになったことは無いのですか……」
隣で寝返りを打つ音が聞こえたような気がした。
―――だからお分かりいただけないのですね……。
明け方、尚宮様は何かにうなされておられた。
いつも明るく力強く、焼厨房(ソジュバン)の統括部署である水剌間尚宮に相応しい威厳をお持ちのチェ尚宮様。だけれど、こうしてお休みの時、ひどくお苦しみになることがある。
御膳を作っておいでで、きっとお疲れのこともあるのだろう。
そして私たち一族の……最高尚宮に成らなければという張り詰めた気持ちが、そうさせてしまうのだろう……か。
叔母様、お心を煩わせるようなことを言ってごめんなさい。
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