韓国ドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」の関連記事・二次小説置き場です。特別寄稿『今英嘆 水天の月編 終章 霽月』は7/6にUPされました。

[19]
 その頃、尚宮様が競い合われることになって、私たちはそれぞれチェ尚宮様、ハン尚宮様の補助に付いた。だから前ほどは、気楽に話せなくなっていた。
 でもあなたが気になるのは相変わらず。それでヨンノから、どんな様子か、こっそり聞き出したりしていた。そんな時チェ尚宮様から、あなたの身体が麻痺し、味覚まで失ったと教えられた。

 本当は心配でしかたがなかったけれど。私が困っていた時に、あなたは助けようとしてくれたのに。
 あなたと向き合えないどころか、あなたが辛い時に側にいることも、案じることも、声すらかけてあげられない。
 もうそれは許されない。そして私は、あの笑顔を受け取ることはできない。

 だから、あなたの味覚が戻ったと分かって、チェ尚宮様には申し訳ないけれども、本当に嬉しく思ったわ。

 それと共に……教えられてもいないことができて……思いもつかない味を見つけ、味見しなくてもお料理を作る……そんなことができる。目の前であなたの力を見てからは、心細さばかりが私を取り巻く。
 ハン尚宮様のお教え? 数多くの本……医書とかを紐解いたから?
 一族の秘法を綴った本を開いてあれこれ考えても、出てくるのはため息ばかり。あなたのような力、発想は、これっぽっちも生まれてこない。
  ―――その力が……欲しい。
      最高尚宮を輩出してきた伝統の技を学んできて……貴重な食材を手に入れる
     のもたやすい。なのになぜ、あのようにはできないのだろう。
      本当に私は恵まれているの?

 あなたはどんどん、新しい道を進んでいく。
 私は……。

 それに、チョン尚宮様はこうおっしゃった。
「チャングムは元子様の麻痺の原因を突き止めるため、人の身体にどのような働きをするのかを調べようとして、危険を顧みず自らチュンジョチョナプタンを食べた。
 料理人として、大切なことをチャングムはやり遂げた」

 私が怖れ立ちすくみ、あるいは諦めてしまうようなことでも、あなたはやってのける。全身でぶつかり、痛みなどものともせず切り開いていく。
 あれほどまでの情熱を、私は持っているだろうか。
 いつか、追いつけなく……。

 得体のしれない不安が背中にへばり付く。私は一番の料理人になれるのだろうか。
 ずっと脇目も振らず料理に打ち込めばいいと思っていた……それで、誰にも負けはしなかったけれど……。
 完璧になるには、それだけではいけないのではないかしら。私には、まだまだ足りないものがあるのじゃないかしら……。

 何か、違う。
 あの子と私。

 ……自分自身も、教えられていることも、信じ切ることができない。
 でもこんなこと、誰にも相談できない。チェ尚宮様にも、この心の底からの怯えを分かってはもらえなかった。

[20]
 四阿に向かう途中、ふと、香ばしい匂いがしてきた。水剌間を覗くと、あなたが何かを作っている。こんなに遅くに、まだ練習をしているのかしら?

「思いがけない方が慰めて下さったの」
 あなたも独りで苦しんでいたと思っていたけれど、そうじゃなかったんだ……よかったわね。励ましてくれる人がいて。
  ―――どんな方なのかしら? あなたの側に居られる人もまた、羨ましく思うわ。
     なのに私は……。

 引き出しから硯を取り出し、丸い上蓋を撫でる。
  ―――私には、もうナウリしか……。
 いつかお届けしたいと、何度も手に取っては見つめてきた。
  ―――ただひと目、あの眼差しを私に向けて欲しい。けれど……。
 そのたびに、望んではならないと諦め、またしまい直した。
  ―――ほんの少しだけ、お心に触れさせていただきたい。見ているだけ、
     心に想うだけ、今まではそれでよかったけれど……。
 でもお探しになっていた物だから、きっとお気に召して下さるだろう。
  ―――ひととき、お近くに行けるだけで。受け取っていただけるだけで。
      それだけでいい。

 決心してお渡しした時、本当に思いもかけず、いただいた励まし。
「ある人が言っていました。『料理をする時、食べる人の顔に笑みが広がればと願いながら作る』と。料理は相手をいかに喜ばせるかを考えて作るというのです。チェ内人はそのような仕事をしているのです。自信を持って下さい」

 その言葉は、忘れかけていた気持ちを思い出させてくれた。
  ―――そうよ、そう! ああ、さすがだわ。ナウリはお分かりなのよ。
     お料理の素晴らしさを、料理人の気持ちまでもご存知なのね。
      たとえこの一族に生まれたとしても、料理に情熱を注ぐことは、それだけで
     尊いのだと。
      そして料理に打ち込む私のことをご存知だったんだ!
      女官の私のことなんて、お目に留めてはいただけないと思い込んでいた。
     そんな風に思っていたけど、ナウリは少しご覧になるだけで全てお見通し
     なのよ。

      そして、励ましまでいただいた!

      上の叔母様たちがどうであったにせよ、私たちは実力であの座を得てみせる。

 久しく失っていた自信が、身体中みなぎった。
  ―――ああよかった、思い切ってお届けして。
      ナウリのような方ですら、自信を無くされることもあると言われた。私のような
     未熟者なら、なおのこと。不安だなんて嘆いていないで、懸命にやってみよう。


 ちょうどその時、競い合いは大妃様がご判定されることになり、三回の御膳料理の優劣で決することになった。
 よかった。あなたと……料理。料理という舞台の上でだけは、あなたと対等に向き合うことができるから。
  ―――ああ、そして私が勝ったなら。
      あの方はどこかで見ておいでで、お褒めの言葉をいただけるかも。

[21]
 最初の課題は、質素を旨とするものだった。チェ尚宮様はがっかりされていたけれど、私はむしろ嬉しかった。これなら純粋に、技を競うことができる。
 そう思えば人任せにはしたくない。伯父の家を飛び出して、市場にある食材を、ひとつひとつ見て回った。

 新しい味を、自分の力だけで見つけた。ナウリのお言葉を胸に抱いて、ソルロンタンを作った。チェ尚宮様のご指示に従わず、一族の秘法も使わず、召し上がる方の笑顔を思い浮かべながら、ありったけの手間と心を込めた。

 やっぱり、私はできるのよ。あなたにも勝てたわ! チェ尚宮様もとても喜んで下さった。
 あのお言葉に導かれ、大きな大きな結果を得ることができた。

 ひとことお礼を申し上げたい。
 お料理を作り……競い合いに込めた以上の祈りを、正菓(チョンガ)に込めた。
 遠く、遥かに高い世界の方だと思っていたけれど、ナウリならきっと一緒に喜んでいただける……。

 でも内禁衛にお姿は無かった。とても残念だったけれど、その時は諦めたの。


 あなたがいなくなってから、水剌間でヨンセンたちが、あなたの代わりの補助内人のことを話していた。
 下拵えの手は止まっているのに、それぞれが与えられた課題を、競い合いとはちっとも関係ない、わざと無理ばっかり言ってと口だけはよく動くこと。
 挙句にハン尚宮様が贔屓されているなんて言うから、あの子は全部をやったって、つい口を挟んでしまったけれど……。それではっきり気が付いた。
 どれだけあなたが他の内人とは比べ物にならないかということを。
 そしてハン尚宮様は、あなたの才能をただ一人……私の他には、ただ一人ご存知で。

 いいえ、そうじゃないわ。ハン尚宮様のお教えが、あの変わった訓練法が、あの子の才能を芽吹かせたのよ。

 ヨンノの言い付かった水汲みは、チャングムが最初に与えられた課題だった。昔一緒に練習している時に、嬉しそうに話してくれたっけ。
 ハン尚宮様のお部屋に入るなり言われて、何度もやり直しをさせられたって。他の見習いに聞いてもどうしていいか分からなくて、しょげていたらチョン尚宮様が励まして下さったとか。やっとお望みに適って、いただいたお言葉が嬉しくて、でも母のことを思い出して泣いてしまったら、泣くなと言われて。
 あの時は、泣いているあなたが思い浮かんで面白いと思っただけだった。けれどなんでそんなことをさせられるのか不思議だった。もしかしてあの子の落ち着かないところや、時々余計なことをしゃべってしまうのがお気に召さなくて、難題を押し付けておられるのかと思ったりもしたけど、そうでもなかったみたいだったし。
 それから後も、チャンイの課題の山菜摘みをさせたり、ヨンセンに言われたような味を描く訓練をしたり。
 それは私にも……いろんな訓練を積んできた私にも、分からないことばかりだった。

 ということは……。
 競い合いに負けてお叱りを受け、あなたはしょんぼりと宮を出た。けれど、きっと何か訳があるに違いない。

 再び……あなたを怖れる気持ちが頭をもたげる。
 一回は勝ったけれど……。次にあなたと会う時には、もっと別の力を付けて……。
 漠然とした不安が徐々に形になり、いないはずのあなたの存在が圧し掛かってくる。

 耐え切れない。この苦しい、押しつぶされそうな胸の内を。
 もう一度、ナウリに会いに行こう。心の淀みを知っていただくだけで、ほんのひとこといただけるだけで……私は導かれ……あの時のように、きっと救われるはず。

 ついでにチャングムの様子も見てこよう。あの子のことだから、そろそろ気を取り直して料理の研究をしているわよね。『何かまた新しいものを見つけた?』って聞いてみたりして。
 それにいつかは帰ってくるのでしょうし、ハン尚宮様の感じだと、また競い合いに出させてもらうだろうから。
 どんな訓練をお命じになったのか気にもなる。
 まだしょんぼりしているなら、ちょっと励ましてあげようかしら。尚宮様もあなたをお待ちのご様子よと、教えてあげよう。

[22]
 行くと決めただけで、気持ちが軽くなった。逸る心を抑えて海沿いを進む。頬を撫でる潮風が心地よい。

 まずはご挨拶を申し上げて、それから、なんてお伝えしようかしら。
遠方でのお勤めご苦労様です、それから、なにかと不便なことでしょうね、それで
つまらない物ですが正菓を持っ、 ええっと、作って参りました、お口に合えば嬉しい
ですがどうかお召し上がり下さい、それから、その節は色々と思い迷うこともたくさん
ありましたがお励ましをいただいて、それから、お導きを支えに心から打ち込むことが
でき競い合いに勝利を得られました、それから、本当にありがとうございました、今後
とも 懸命にお料理に取り組みたいと、それから、これからもなにとぞ私をお見守り下さい
ませ ……それから、……本当に………それから、………本当に………それから、…
……それから、………それから、………それから、………それから、それから、……

 雲岩寺(ウナム寺)に、ナウリはいて…………隣には……チャングム、あなたが。

 優しい眼差し。暖かくて愛しさに満ちあふれた……私が一度も見たことのない面立ちだった。あなたは、あの方の瞳に抱き締められていた。
  ―――そうだったの……
      あなたを慰めた方というのは…………
      あなたが料理を作り、差し入れた方とは………………
      ナウリが励ましてくれた、あの言葉を言った人とは……………………………


 ざぶり ざぶん ざざっー ざぶり ざぶん ざざっー ざぶり ざぶん ざざっー
ざぶり ざぶん ざざっー ざぶり ざぶん ざざっー ざぶり ざぶん ざざっー
 ざぶり ざぶん ざざっー ざぶり ざぶん ざざっー ざぶり ざぶん ざざっー

 寄せては返す波音は、傷つけもしないが慰めもしない。それは空ろな自分に絶え間なく流れるなんの意味もなさない響き。
  ―――どうして会いに行こうとしたの。どうしてすがろうなどと考えたの。分かって
     いたはずじゃないの……ずっとずっと前から。心をお寄せしてはいけないと、
     それは許されないと。

 ひとりたたずんで、海を見やる。
 遠くに見える海は穏やかなのに、浜辺にいる私の心はこんなにも騒(ざわ)めいている。
 時々強い波が来て―――どどっどーん―――足元まで打ち寄せ私を阻む。……私はここにいることさえも許されないのか。

 部屋に戻って風呂敷包みを投げ出した。
  ―――料理は人を喜ばせるもの? 料理は人の幸せを願うもの? 料理への情熱?
     そんな言葉はうそよ! 建前にしか過ぎないわ! 私の料理など誰も望んで
     いない、誰も喜ばすことはできない。いったい誰の笑顔を願えばいいの?
     誰に私の思いを差し上げればいいの?
      あの方は、私にあの柔らかな微笑を分け与えてはくれないのに。

 振り払おうとしても、打ち消そうとしても、あなたとナウリが消えない。
 懸命に、そしてとても楽しそうに料理を作る、厨房のあなた。
 熱心に、そしてとても楽しそうに小筆を選ぶ、市場のナウリ。
 あの日も、今日も、また明日も、二人は眼差しを注ぎ交しているのか。いつまで、いったいいつまでそれが続くのか。

 二人が幸せそうに手を取り、私を置き去りにして海の彼方へ消えていく。
 波打ち際に浮かぶ木の葉が水面を渡り、岸を離れて向こうまで……たどり着こうとするけれど、揉み寄せる波はそれを許さず。揺蕩(たゆた)い舞い彷徨(さまよ)いながら、やがて徒(あだ)波に飲み込まれる。沈みゆく木の葉のように、私の心も海の中……。

 白波返る海は思いの外、その水中は静かだった。吹き荒ぶ風も届かず、物音もほとんどしない。
 頬を伝う涙も、誰に見られる心配もない。

 ここに居てもいいよと言うかのように、時折ゆらめくうねりが私を優しく抱き包む。

 うねりの中小さな泡、大きな泡が、さわさわ、ぷくっ。ゆっくりゆっくりと、立ち昇っていく。
 見上げると……紺青の波間から月光が幾筋も射し込み、泡を浮べた天井できらめいている。

 手を伸ばすと泡は指にまとわり付き、真珠のように輝いて……。
 見蕩れているうち真珠たちは離れ消えゆき、天井もどんどん暗くなる。鼓膜の奥でごうごうと渦が巻き、もがけど、もがけど漆黒の闇へ、冷え凍えながら私の身体は沈んでいった。

 そんな夢を見ては、夜中に何度も目が覚めた。

[23]
 私の志は、変わっていった。
  ―――料理なんて……。


 お寺から戻ってきたあなたと目が合った。
 再び、心が騒めき始める。落ち着かせようと……衿の合わせ目あたりを手で軽く叩いたけれど、胸元のもやもやが治まらない。

 どうにか気持ちを抑え、水剌間で並んで下拵えをしていると、あなたが親しげに話しかけてきた。
 ハン尚宮様に許してもらえなかったらどうしよう、なんてとぼけたことを言う。
 その素振りが、初めて偽善的に思えた。
  ―――あなたが眼差しを交し合っている間、ずっとあなたをお待ちだったのよ。
     どれだけ尚宮様があなたを必要とされているか、あなたを思っておられるか。
     どうしてあなたには分からないの!

 輝く才能も、努力し続けるひたむきさも備え、素晴らしい師匠も、あなたを慕う友達もいる。
 ……その上、慰め励ましてくれる方すらも。
  ―――望んでも望んでも……望むことすら叶わないものを。

 あなたは奪っていく。私には何も残さずに。どうしてそんなに無頓着に、何もかも。
  ―――逃れられないしがらみ
      やるせない無力感
      凍てつく孤独
      
      何も知らない何も感じないあなたは
      無垢の目を私に、真っすぐ向ける

 身体の中が沸き立ち、激情がどくどく噴き出し抑えられない。
 もう、今までの私じゃない。
  ―――これが一族の血……なのか。

 憎悪、敵意。抱いたことのない感情。
 手の戦慄(わななき)に目をやると、拳を痛いほど握り締めていた。
  ―――あの日あなたは、私が長い間大切にしてきたものを奪った。私の心の支えを、
     あなたのものにした。いとも易々と、私に向けるのと変わらない笑顔で。
      それなのに、まだ欲しいものがあるわけ?

 昔はおぼつかない腕だったのに、今では私に負けない。いや、私よりもずっと先に進んでいる。もう同志ではない、競争相手でもない。目の前に立ちふさがる敵。
  ―――私の居場所は無くなってしまう。

 一族を繁栄させるため、居場所を守るため。どうあってもあの地位を得るしかない。あなたや、あなたのハン尚宮様に、一族の座は譲れない。そんなことはさせない!
  ―――たとえ料理を手段にしてでも。




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☆39話の百合妄想

クミョンがヨリに「チャングムを私にささげるといったわね?」 と言いました。

クミョンがチャングムをもらったら
・「水を持ってきなさい」プレイ
・「私の足もお揉み!」とリフレクソロジー
・納屋に数日放置後、飲まず喰わずで衰弱しきったチャングムをおんぶして部屋まで連れて行く。
・その後重湯をあーんさせて介抱するも、介抱中延々と「そんな女官がいたことを」と自作ポエム披露。
・医女なんか呼ばないでクミョンがつきっきりで看病←これで治りがより一層遅くなる
・チャングムが回復するまで毎晩添い寝←これで治りがより一層遅くなる
・チャングムをだしにしてチョンホを呼び出し、ふられた腹いせに「チョンホ様より私の方が早くチャングムと出会った」と訳の分からないアピール。

なーんてやれば面白いのに(私だけが)

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