韓国ドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」の関連記事・二次小説置き場です。特別寄稿『今英嘆 水天の月編 終章 霽月』は7/6にUPされました。

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 そう、いつも私の居場所を奪おうとする。
 昔は無邪気な風を装って。けれどとんでもないやり方で。
 最後の競い合いだって……一族の秘法を駆使して、誇りを賭けて戦った時ですら。料理では優っていたはずなのに、お前の情熱とやら――いや泣き落とし――に、王様は惜しみない賛辞を与えた。
 栄誉は私の手からすり抜けていき、それ以後、勝利の美酒に浸ることはできなかった。お前が去った後も。
 私は、ただ栄誉に飢えた。

 今は怨みに曇った目で、はっきりとした意志を持って飢えに苦しめる。
 医術という武器を手に、王族の信頼を……治療の機を捉えては……お前が掴む分、私たちは……失くしていった。
 それにまた、医女のくせに料理の腕までひけらかして。
 私の作る夜食を中殿様は手も付けず、お前に作らせたものを口にされるとは。……奴婢にも劣る最高尚宮か。
  ふっ
 自嘲の笑いさえこみ上げてしまう。
 薬材店の莫大な利権と引き換えるのも惜しくない、それほど邪魔でしょうがなかった。なんとしてでも消したかった。

 しかしあれは。
 消えない……。

 それどころか追いやるほど一層近付き、まるで逃げても離れぬ影のよう。ついには私たちの真後ろに迫り到り、そして冷ややかに告げた。医局長の遺書が手元にある、時をやるから詫びろ。それが生き残る唯一の道だ、と。
 牢屋でも同じ言葉を浴びせかけた。罪を償え、しかも涙を流して許しを請えなどと。ふざけたことを。そうすれば、お前の気持ちは宥められるのか。
 しかしそんなこと、私に関わりの無い話。
 関わりの無い。
 そう胸の中で何回も繰り返す。
   
   

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 内人の言う"変わった教え方"の意味を知ってチャングムは苛立ちを覚えた。けれどそれだけではなく、どこか落ち着かない気分でもあった。
 すっかりチェ一族の一員となってしまったクミョン。なのにどうして。その真意は……。

 チャングムの按摩は評判で、指名されることも多かった。けれど彼女自身、それ以上に他の医女に率先して――そもそも皆が嫌がる仕事だったから――女官の部屋に行き、できるだけ丁寧に肩を揉んでいった。

 時折尚宮にも呼ばれたが、さすがに内人とは違い、あまり多くを語らない。けれどやはり気になることを言う。
 確かに料理は上手いんだけれど……新味祭でもないのに新しい料理を考えろと言われたり、ご自身でもいろいろ作られては、どう思うかと度々訊ねられる。
 けれど、なぜそのようにされるのかちっとも理解できないし、うかつなことも言えないから困ってしまう。ほとんどしたことの無い料理を下の者に教えよと言われても、こちらももっと大変だ。今までどおりのやり方をしてくれればいいのに。それに、チェ女官長様が通りかかりにちらりと見られては不興顔をされる、とも。

 そんな話を聞くうちに、チャングムは次第に感じるようになっていった。
 あの痛みの元はもしかしたら。
 わだかまりという名のしこりを、心に抱えているのではないかと。

 クミョンは志を捨てたのだ。
 願い通り最高尚宮に成り、ヨンセンや他に邪魔な者は全て遠ざけた。とりわけ、一族に楯突いたハン尚宮様のことなど思い出したくも無いはず。
 それなのに、あの方法で教えているということは。
 ハン尚宮様に申し訳ないとか、そんな気持ちからなの?
 もしそうだとするならば。

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 けれど、おかげで手の内が読めたともいえる。
 このたびの病の様子から、あの昏倒は食材の――硫黄泉で育てた――家鴨が原因ではない、つまり今と同じく誤診だったと言い立てる。また謀反とされたのは、誤診のせいだけではなかった。背後に誰かの何らかの企てがあったのだと。その旨の告発を目論み、証人になるよう医局長に迫ったのだろう。

 だが叶わなかった。
 人を見る目が無かったということよ。あの小心者に、私たち一族に歯向かう真似ができるはずはないじゃない。
 しかたなく遺書など拵え、それを告げて私たちが綻ぶのを狙おうなんて。なんとも小賢しい策を弄するようになったものね。
 以前なら、何も考えず突っ走っていた子だったけれど……人は変わりゆく。変わることができなければ、時勢の渦に呑まれ消える。頑固なまでに信念を貫こうとされたあの方みたいに……。
 頭の中にハン尚宮様の顔が過ぎり、しかしすぐに振り払う。

 考えてみれば分かる。
 決定的な証拠になるなら、たちまち役所に届ければよい。ことを仕掛けるのが目的ならば、本物であると偽物であると大した違いはない。
 そもそも医局長がいたとして、証言できるのは病のことだけ。アワビの仕掛けやオ・ギョモ大監(テガム)のお力添えについては知らない。しかも紙切れ、何の力もないでしょうに。
 だからチェ女官長様に時を与えるのではない。時間と機会が欲しかったのは、あちら側。

 我ながら。
 我ながら、人の動きを読む時の私は冴えている。形勢を見通す、これも長く栄えた一族に備わった力なのだろう。
 ということは、遺書の件をそのまま捨てては置けない……疑われ、一々弁明するのも面倒だから。けれどその有る無しに関わらず、他に証人や証拠となりそうな物を始末すればいい。
 それに気が付いて、ユン尚宮を遠ざける段取りはしておいた。
   
   

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 宮に戻ってから、あなたと話したのは数えるほどだった。そのたびに投げられる腹立たしい言葉。
 それだけだったら、私はこうして会おうなんて思わなかった。
 でもあなたは、今の自分を受け入れているの? そうじゃないでしょ。
 だってあなた自身が傷ついているじゃない。
 あんなに痛がっていたじゃない。

 牢屋で命すら惜しもうとはせず……頑なに私に言い返したけれど、あの時も同じだったわよ。やっぱり痛みを感じていたんでしょ。
 私を拒む眼差しを……向けたけれど。お札の時と同じように……。

 蔵の中でのクミョンの表情を思い出して、チャングムはため息をついた。
 苦しみ悩んでいたのね。
 もしあの時、あなたがためらいを感じていなかったなら。
 再び会ってその足に触れて、あの時以上の痛みを診(み)なかったなら。
 クミョン……本当はきっと。

 その身体の奥には、あの懸命だったあなたが今もいるのよ。
 そう私は信じたい!

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 残念だったわね。小細工が却って仇となったようね。でも、ここまでよくやったと思ってあげようかしら。
 いずれにせよ。あの顔を見ることも、もう無いだろう。これだけ宮中を騒がしたのだ。結局何も無いとなれば、いかに中殿様のご贔屓があろうと無事には済まされまい。

 よくやってきた……そう……思えば……一層鮮明に蘇ってくる。
 立ちふさがるものなどものともせず、乗り越えてしまう……菜園の時からそうだった……。太平館に送られたこともあったのに。何度宮から追い出されても切り抜けて、考えられない方法で舞い戻って来た。煩わしいくらい、いつもいつも。
 それもただ戻るだけではなく、何かを手にして帰って来る。
 罪人となって、遠く済州島に送られると今度は医女に活路を見出し、また宮中、内医院に入り込むだなんて。
 宮には各地から何人も修練に来るらしいが、ここに残れるのはごく僅かだとヨンノが教えてくれた。やはり、たいそう優れていたという。
 その後もその後も疫病の村、屍躯門(シグムン)からすらも……いずれも常人なら二度と戻れない。

 やっぱり大した子だったわ。あなたはいつも頑張り屋さん。それだけは認めてあげる。
 けれど、もう怖れることはない。
   
   

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 石段の手前にチャングムは立ち続けていた。

 なぜ私はここに来たのか。
 もう一度だけ……昔、四阿で一晩中語り合ったように。そうすれば……募るばかりの憎しみを……。たとえこのひとときだけであったとしても、怨み辛みを流し去ることができるかもしれない。
 もしあなたが罪を認めてくれるなら。

 『そんなの無理よ』
 ヨンセンなら即座に言うだろうけれど。
 これは私のわがまま? 何かが少しでも変わるかもって、そう思いたかったから?

 迷いを振り払うかのように、チャングムは頭を左右に振った。
 どうしてもあなたのことが忘れられなかった。
 たとえまた、拒絶されようとも罵倒されようとも……二人きりで会いたい。だってたぶん二度と。会えるのはこれが最後かも。そう思うと、いてもたってもいられなくて。

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 しかし。
 ひとつ。
 腑に落ちない。

 全部の材料が完全に調えられて初めて料理となる。謀(はかりごと)も同じ。何か欠けたり、手順を誤ってはいけない。

 気になる。
 なぜあの場所で? なぜあんな話を?
 四阿……ハン尚宮様とあの子の母親が内人の頃に埋めた……甘酢……だとか。それを私に使うか、なんて。このたびのこととは関係無い話を、何のために。
 ことに叔母様にとっては、内人時代や競い合いを思い出されて、たいそう不愉快だったはず。横で聞いていてヒヤヒヤした。
 でもそれは、女官長様に告げたかったのだろうか? それともお前の師匠たちの前で、復讐を宣言したつもりか。

 分からない。
 小骨のような不快感が、イガイガと喉につかえ続ける。しかもその酢をなぜ私に渡そうとしたのか? 受け取るわけもなかろうに。単なる嫌味、そう思う他ないか……。

 『お二人はお互いを尊重し、信じ合った真の友であったとか……お二人とも最高尚宮の座にこだわることなく、座を巡り争うこともなく。切磋琢磨し、お互いが認めた方に譲ると約束されました』

 かつて私も……懸命に修練を重ねていた。そして料理の実力で、最高尚宮を目指そうとしていた。そして隣には、いつもあの子が……。
 いや、それは遠い昔。
 意味はない。今の私はあの頃とは違うのだから、振り返る意味などない。
 また胸の中で繰り返す。
   
   

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 数日前、チェ女官長様とクミョンに"遺書"の存在を告げたあの場所。

 奴婢として追われた時、身の回りの物は取り上げられてしまい、昔を偲べるものは残されていない。懐かしい水剌間にも近付くことはできない。そんな宮でただ一つ、楽しかった頃に戻り心安らげるのは、甘酢が埋められた松の下(もと)だった。

 あの木の前にハン尚宮様と母が二人並んで……将来を夢見ながら、料理の研鑽を誓いながら、そしてきっと互いの友情に微笑みながらお納めになった。
 土を取り除けそっと甕(かめ)に触れると、愛しい思いがあふれ出す。蓋を開け立ち昇る芳しい香りに、慕い続けて止まないお二人の、願いと祈りが入り混じる。それはかって女官だった頃の私が、同じように抱いていた夢を思い出させた。

 そして、四阿。
 宮に入りたての頃、そうとは知らず甘酢の側で松の実刺しをしていた。いや、母の夢に誘(いざな)われていたのか。
 この練習を母もしていたのだろう。そう思うと山盛りの松葉と実を見ても、少しも辛くなんかなかった。だから月明かりを頼りに、ひとり……いいえ私にも、共に学んできた人がいた……。

 あそこへ行くたび思うのは、もちろんお二人のこと。そして不覚にも、その友のこと。

 ……残り香の前で話した意味を……あなたには伝わっただろうか。
 これから告げる私の思いは、あなたに届くだろうか。

 チャングムはゆっくりと足を前へ運んだ。

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 尊重し信じ合える仲、それがなんだというのだ。その挙句が二人共……もう何もできやしない。まさに生きてこの座にいる自分が、勝者というもの。

 けれど再会した時、放たれた言葉。
 『その座に就くために、あまりにも大きなものを捨てられたのですから』
 就くためにですって? 何を捨てたって?

 けれどお前の目……私を見透かすかのようなあの眼差しは、お札の時に蔵の中で見せたよりも更に、悲しく私に注がれた。
 それは私を容赦なく抉った。

 いまいましい子。

 気が付くと、震えるほどに強く、左拳を握り締めていた。
 何も、この手には無いというのか。




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☆39話の百合妄想

クミョンがヨリに「チャングムを私にささげるといったわね?」 と言いました。

クミョンがチャングムをもらったら
・「水を持ってきなさい」プレイ
・「私の足もお揉み!」とリフレクソロジー
・納屋に数日放置後、飲まず喰わずで衰弱しきったチャングムをおんぶして部屋まで連れて行く。
・その後重湯をあーんさせて介抱するも、介抱中延々と「そんな女官がいたことを」と自作ポエム披露。
・医女なんか呼ばないでクミョンがつきっきりで看病←これで治りがより一層遅くなる
・チャングムが回復するまで毎晩添い寝←これで治りがより一層遅くなる
・チャングムをだしにしてチョンホを呼び出し、ふられた腹いせに「チョンホ様より私の方が早くチャングムと出会った」と訳の分からないアピール。

なーんてやれば面白いのに(私だけが)

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