最終更新:ID:/cyipkKrFA 2016年02月25日(木) 00:04:52履歴
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『すみません。
少しお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?』
とある街のとある酒場。
うだつの上がらない三流冒険者が集うそこに、一人の少女の声が響いた。
余りに場違いな声色に冒険者達は一斉に声の主を見る。
十代半ばの、今年成人するかどうか、といった程度に見える、若い少女だ。
『人を探しているんです。
年は二十三、肉体労働が苦手そうで、いかにも学者といった雰囲気の男性です。
ご存知の方はいらっしゃいませんか?』
視線は殆どがすぐに外された。
心当たりがある者が居なかったのもあるが、少女の衣服が大きな原因だ。
いかにも一般的な村人が旅のために見繕いました、という簡素な旅装。
金を持っていそうに無いのは一目瞭然であった。
少数の例外は、心中に邪まな欲望を抱えた者達である。
それらの男達は、見覚えがある、などと嘯いて少女に近寄っていく。
しかし、少女は人を見る目が確かであったようだ。
男達の顔を幾らか観察すると、すぐさま踵を返して逃げるように酒場を立ち去った。
後に残された男達は、企みの失敗を仲間に笑われ、悪態を溢しながら酒の注文を追加した。
行方不明になった冒険者の家族が、こうして酒場に訪れるのは珍しい事ではない。
良くある日常の出来事として、明日にでもなれば覚えている者は居なくなるだろう。
少女は、それからすぐに街を離れた。
あらゆる酒場を訪れ、あらゆる冒険者に声をかけ、ここには探し人は居ないと確信したためである。
少女は兄を探していた。
自身の人生において、最も大切で、最も愛しい兄を。
少女は元々孤児であった。
両親の記憶は殆ど無い。
覚えているのは体から鉄を生やしながらも、少女を馬車に押し込もうとする腕の感触だけ。
戦争による略奪があり、幼い我が子を逃がそうとしていたのだと少女が知ったのは、随分と育ってからの事だ。
しかし、逃げられたからと言って、命が助かるかどうかは話が別。
両親の庇護を失った幼児を、わざわざ拾い上げようなどと考える者はそうは居ない。
まして、自身も戦地から逃げ、手元には僅かな物資しか無いとくればなおの事だ。
少女は暗い路地に置き去りにされ、餓死を待つだけの存在となったのだ。
惨めで、苦しい、最悪の生活。
大半の大人達は薄汚れた孤児に侮蔑の視線を投げかけた。
例外的に同情する者も幾らかは居たが、だからと言って何をするでもない。
睨まれないのを良い事に服の裾を引いてみれば、すぐに同情は嫌悪に取って代わる始末だ。
幼いながらも孤児は良く理解した。
自分はもう助からない。
この暗い路地裏から、出る事は出来ないのだと。
そうして、絶望と共に座り込んだ孤児は、自分の足で立つ事は二度となかっただろう。
"ねぇ、ちょっとついてきてよ。
僕はね、人間がどう育つのか気になるんだ。
君を観察させて?"
……冗談のような救いが、一人の少年の手によって齎されない限りは。
九割九分九厘の好奇心で構成されたその少年は、その時から少女にとっての英雄になった。
兄と妹。
新しく作られた関係を育みながらも、それだけはずっと変わっていない。
幼い心にも深く根付いた感情は、今も決して消える事は無い。
だから、少女の行動は極当たり前の事だった。
兄が楽園とまで呼んでいた研究院からの追放。
自棄になったのだろうと容易く予想できる迷宮への挑戦。
元同僚だという男がわざわざ家に出向いて教えた次の日には、既に旅の準備は終わっていた。
"兄さんが一人で生活なんて出来る訳ない。
まして迷宮だなんて。
どうにかなる前に、早く見つけないと。
……あぁもう、どこに挑むかぐらい言い残してくれれば良かったのに"
少女の足取りは速い。
一刻も早く兄の下に辿り着き、自分が支えなければならないと、心を奮い立たせて街道を進む。
"少しだけ待っていてくださいね、兄さん。
今度は私が、助けにいきますから"
闇の中で、蔓に絡め取られる男の瞳が、僅かに開いた。
力なく唇が開き、誰かの名がか細く漏れる。
だがそれは、誰の耳にも届く事は無い。
禍々しく輝いた蔓の力により、再び男の意識は消えて失せた。
……彼がいつか、もう一度光を目にする事はあるのか。
それは未だ、誰も知り得ない事である。
BAD END...?
『すみません。
少しお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?』
とある街のとある酒場。
うだつの上がらない三流冒険者が集うそこに、一人の少女の声が響いた。
余りに場違いな声色に冒険者達は一斉に声の主を見る。
十代半ばの、今年成人するかどうか、といった程度に見える、若い少女だ。
『人を探しているんです。
年は二十三、肉体労働が苦手そうで、いかにも学者といった雰囲気の男性です。
ご存知の方はいらっしゃいませんか?』
視線は殆どがすぐに外された。
心当たりがある者が居なかったのもあるが、少女の衣服が大きな原因だ。
いかにも一般的な村人が旅のために見繕いました、という簡素な旅装。
金を持っていそうに無いのは一目瞭然であった。
少数の例外は、心中に邪まな欲望を抱えた者達である。
それらの男達は、見覚えがある、などと嘯いて少女に近寄っていく。
しかし、少女は人を見る目が確かであったようだ。
男達の顔を幾らか観察すると、すぐさま踵を返して逃げるように酒場を立ち去った。
後に残された男達は、企みの失敗を仲間に笑われ、悪態を溢しながら酒の注文を追加した。
行方不明になった冒険者の家族が、こうして酒場に訪れるのは珍しい事ではない。
良くある日常の出来事として、明日にでもなれば覚えている者は居なくなるだろう。
少女は、それからすぐに街を離れた。
あらゆる酒場を訪れ、あらゆる冒険者に声をかけ、ここには探し人は居ないと確信したためである。
少女は兄を探していた。
自身の人生において、最も大切で、最も愛しい兄を。
少女は元々孤児であった。
両親の記憶は殆ど無い。
覚えているのは体から鉄を生やしながらも、少女を馬車に押し込もうとする腕の感触だけ。
戦争による略奪があり、幼い我が子を逃がそうとしていたのだと少女が知ったのは、随分と育ってからの事だ。
しかし、逃げられたからと言って、命が助かるかどうかは話が別。
両親の庇護を失った幼児を、わざわざ拾い上げようなどと考える者はそうは居ない。
まして、自身も戦地から逃げ、手元には僅かな物資しか無いとくればなおの事だ。
少女は暗い路地に置き去りにされ、餓死を待つだけの存在となったのだ。
惨めで、苦しい、最悪の生活。
大半の大人達は薄汚れた孤児に侮蔑の視線を投げかけた。
例外的に同情する者も幾らかは居たが、だからと言って何をするでもない。
睨まれないのを良い事に服の裾を引いてみれば、すぐに同情は嫌悪に取って代わる始末だ。
幼いながらも孤児は良く理解した。
自分はもう助からない。
この暗い路地裏から、出る事は出来ないのだと。
そうして、絶望と共に座り込んだ孤児は、自分の足で立つ事は二度となかっただろう。
"ねぇ、ちょっとついてきてよ。
僕はね、人間がどう育つのか気になるんだ。
君を観察させて?"
……冗談のような救いが、一人の少年の手によって齎されない限りは。
九割九分九厘の好奇心で構成されたその少年は、その時から少女にとっての英雄になった。
兄と妹。
新しく作られた関係を育みながらも、それだけはずっと変わっていない。
幼い心にも深く根付いた感情は、今も決して消える事は無い。
だから、少女の行動は極当たり前の事だった。
兄が楽園とまで呼んでいた研究院からの追放。
自棄になったのだろうと容易く予想できる迷宮への挑戦。
元同僚だという男がわざわざ家に出向いて教えた次の日には、既に旅の準備は終わっていた。
"兄さんが一人で生活なんて出来る訳ない。
まして迷宮だなんて。
どうにかなる前に、早く見つけないと。
……あぁもう、どこに挑むかぐらい言い残してくれれば良かったのに"
少女の足取りは速い。
一刻も早く兄の下に辿り着き、自分が支えなければならないと、心を奮い立たせて街道を進む。
"少しだけ待っていてくださいね、兄さん。
今度は私が、助けにいきますから"
闇の中で、蔓に絡め取られる男の瞳が、僅かに開いた。
力なく唇が開き、誰かの名がか細く漏れる。
だがそれは、誰の耳にも届く事は無い。
禍々しく輝いた蔓の力により、再び男の意識は消えて失せた。
……彼がいつか、もう一度光を目にする事はあるのか。
それは未だ、誰も知り得ない事である。
BAD END...?
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