『すみません。
 少しお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?』
とある街のとある酒場。
うだつの上がらない三流冒険者が集うそこに、一人の少女の声が響いた。
余りに場違いな声色に冒険者達は一斉に声の主を見る。
十代半ばの、今年成人するかどうか、といった程度に見える、若い少女だ。
『人を探しているんです。
 年は二十三、肉体労働が苦手そうで、いかにも学者といった雰囲気の男性です。
 ご存知の方はいらっしゃいませんか?』
視線は殆どがすぐに外された。
心当たりがある者が居なかったのもあるが、少女の衣服が大きな原因だ。
いかにも一般的な村人が旅のために見繕いました、という簡素な旅装。
金を持っていそうに無いのは一目瞭然であった。
少数の例外は、心中に邪まな欲望を抱えた者達である。
それらの男達は、見覚えがある、などと嘯いて少女に近寄っていく。
しかし、少女は人を見る目が確かであったようだ。
男達の顔を幾らか観察すると、すぐさま踵を返して逃げるように酒場を立ち去った。
後に残された男達は、企みの失敗を仲間に笑われ、悪態を溢しながら酒の注文を追加した。
行方不明になった冒険者の家族が、こうして酒場に訪れるのは珍しい事ではない。
良くある日常の出来事として、明日にでもなれば覚えている者は居なくなるだろう。

少女は、それからすぐに街を離れた。
あらゆる酒場を訪れ、あらゆる冒険者に声をかけ、ここには探し人は居ないと確信したためである。
少女は兄を探していた。
自身の人生において、最も大切で、最も愛しい兄を。
少女は元々孤児であった。
両親の記憶は殆ど無い。
覚えているのは体から鉄を生やしながらも、少女を馬車に押し込もうとする腕の感触だけ。
戦争による略奪があり、幼い我が子を逃がそうとしていたのだと少女が知ったのは、随分と育ってからの事だ。
しかし、逃げられたからと言って、命が助かるかどうかは話が別。
両親の庇護を失った幼児を、わざわざ拾い上げようなどと考える者はそうは居ない。
まして、自身も戦地から逃げ、手元には僅かな物資しか無いとくればなおの事だ。
少女は暗い路地に置き去りにされ、餓死を待つだけの存在となったのだ。

惨めで、苦しい、最悪の生活。
大半の大人達は薄汚れた孤児に侮蔑の視線を投げかけた。
例外的に同情する者も幾らかは居たが、だからと言って何をするでもない。
睨まれないのを良い事に服の裾を引いてみれば、すぐに同情は嫌悪に取って代わる始末だ。
幼いながらも孤児は良く理解した。
自分はもう助からない。
この暗い路地裏から、出る事は出来ないのだと。
そうして、絶望と共に座り込んだ孤児は、自分の足で立つ事は二度となかっただろう。
"ねぇ、ちょっとついてきてよ。
 僕はね、人間がどう育つのか気になるんだ。
 君を観察させて?"
……冗談のような救いが、一人の少年の手によって齎されない限りは。

九割九分九厘の好奇心で構成されたその少年は、その時から少女にとっての英雄になった。
兄と妹。
新しく作られた関係を育みながらも、それだけはずっと変わっていない。
幼い心にも深く根付いた感情は、今も決して消える事は無い。
だから、少女の行動は極当たり前の事だった。
兄が楽園とまで呼んでいた研究院からの追放。
自棄になったのだろうと容易く予想できる迷宮への挑戦。
元同僚だという男がわざわざ家に出向いて教えた次の日には、既に旅の準備は終わっていた。
"兄さんが一人で生活なんて出来る訳ない。
 まして迷宮だなんて。
 どうにかなる前に、早く見つけないと。
 ……あぁもう、どこに挑むかぐらい言い残してくれれば良かったのに"
少女の足取りは速い。
一刻も早く兄の下に辿り着き、自分が支えなければならないと、心を奮い立たせて街道を進む。
"少しだけ待っていてくださいね、兄さん。
 今度は私が、助けにいきますから"

闇の中で、蔓に絡め取られる男の瞳が、僅かに開いた。
力なく唇が開き、誰かの名がか細く漏れる。
だがそれは、誰の耳にも届く事は無い。
禍々しく輝いた蔓の力により、再び男の意識は消えて失せた。
……彼がいつか、もう一度光を目にする事はあるのか。
それは未だ、誰も知り得ない事である。
BAD END...?

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