共同創作「戦律の街角にて」のWikiです

瑟/se/シツ、シツパパ、パパ

担当:ずんだ
『琴の起源』

外見

紺の髪に青の漢服。

身長:179cm
年齢:32歳

詳細

寡黙な男性。多くを語らないが、面倒見は良い。
感情表現が苦手で、面白いものを見てもニコリともしないためコメディなどは興味がない”堅い人間”だと思われがちだが、
実際は大好きで面白いものを見る時心では笑ってる。
家を旅立った娘2人のことを気にかけている。
古筝より料理の腕が立つため、食堂では厨房を任されている。
かなりの凝り性らしく、一度始めたら満足するまで改良を重ねる。

古琴と異なり西洋音楽の到来で弾圧されなかったため、瑟は没落の危機を回避している
しかし、古琴はその後、中国の伝統音楽にかかせない楽器として再生を遂げる
一方瑟は没落することも、かつてのように栄華を極めることもなく、かつての楽器として扱われている
歴史に詳しい一方で、現代の科学や機械などに疎く、もっぱらラジオ派である
テレビは叩いて治す
好きなもの
笑顔
賑やかな場所、人
嫌い、苦手なもの
執着すること、人
過去を否定すること

住居

食堂の近くにある古民家に夫婦仲良く暮らしている

戦闘

ステータス(A〜E)
ATT(攻撃):    DEF(防御):    SPD(速度):   
RNG(射程):    STM(持久):    TCT(戦術):   

[↓コピペ用]
S
A
B
C
D
E
戦法

関係

一人称:私、(俺)/ 二人称:あなた、○○、○○さん/ 三人称:あなた方
所属:民族の集い クレフ街 ト音エリア

古筝の夫
 伽耶琴の父親 パパだよ

古琴とは旧知の中で演奏では良いパートナー
全盛期はお互いの名前を組み合わせた“琴瑟”という名で知られ、歴史に名を刻んだ精霊でもある
二人のことを知らないものはいなかったと言うが、当時を知るものも少なくなっている

瑟はあくまでも武装されていないノーティズンを守る精霊としての役目を担うことを考えていたが、古琴は一精霊としての自分を見て欲しいという承認欲求があった
そのため、古琴とは口論になることが度々あり、論争の末今は距離を置いていると言う

余談だが、瑟は古琴のことをかつての名である七弦琴をもじって「七(なな)ちゃん」と呼んでいる

とは古い付き合いだった
パートナーである古琴をそばで支え、瑟と古琴の仲に亀裂が入る時、必ず修復の手伝いをしてくれた
感謝してもしきれない存在
ともに活動していた当時、自分より若いのに波乱万丈な人生を送ってきた彼女だからこそのアドバイスで何度も救われたという
忘れがたい存在

歴史

瑟の歴史はとても古く、先秦(※秦によって中国統一が為される前。紀元前770年〜紀元前221年を指すことが多い)には存在していたとされる。

中国最古の詩篇にも登場するほどに歴史が長い。
礼に関する諸文献を集めたものである『礼記』という書物の中の「明堂位篇(※国家の権威を示す施設である「明堂(=朝廷)」について記したもの)」では大瑟と小瑟の2種類の瑟について記述されていた。

考古学的に古いものとしては「湖南省長沙瀏城橋一号楚墓」から瑟が出土している。この墓は紀元前771年〜 紀元前221年のものである。
出土した瑟の多くは25弦だが、24弦や23弦のものもある。
「馬王堆漢墓」から出土した25弦の瑟は琴柱の位置が比較的はっきりしていたそうだ。

隋(581年〜618年)・唐(618年〜907年)まで燕楽(※各時代の俗楽を取り入れた宮廷の饗宴音楽)のうち清楽(※中国の伝統的な民間音楽)の伴奏楽器として瑟は残存したが、宋代(960年〜1279年)以降は祭礼に用いる雅楽専用の楽器になった。

瑟に関する最初の専門書は1277年に出版される。

ちなみに日本には奈良時代(710年〜794年)に伝えられ、正倉院に二四弦の瑟があるが、一部は欠けている。
なお、平安時代初期(794年〜)以降にはあまり普及しなかった。
楽器
古代中国のツィター属の撥弦楽器。
古筝に似て、木製の長方形の胴に弦を張り、弦と胴の間に置かれた駒(柱)によって音高を調節する。
弦の数は25本ある。
25あるうち13番目は用いず、1と14、2と15……というようにオクターブ関係で調律し、右手で低音を左手でオクターブ高音を同時に奏する。
伝説
瑟の起源については様々な伝説があり、「炎帝のときに5弦の瑟が作られ、堯のときに15弦に増し、舜のときに23弦に増した」「もと50弦あったが、音が悲しすぎたので黄帝が半分に割いて25弦にした」「伏羲(※古代中国神話に登場する神、伝説上の帝王)が瑟を作った」などの話が見える。

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