防衛医科大学校整形外科 教授 根本 孝一
手根管症候群は絞扼性神経障害のうちで最も頻度の高い疾患である。手根管内圧が増加し正中神経が圧迫されて発生するが、原因は多種多様であり、症候群として理解されている。手根管の内容が増加するものには、ホルモンのアンバランス(周産期、更年期)や手の過度使用による非特異性腱鞘炎、関節リウマチや結核などの特異性腱鞘炎、異常筋などがある。手根管自体が狭窄するものには橈骨遠位端骨折後の変形、手根骨脱臼などがある。神経自体に易損性がある場合があり、糖尿病、慢性腎不全、妊娠、さらにいわゆる“double crush syndrome”がある。
“double crush syndrome”は、1973年に、カナダの神経内科医 Upton & McComas が Lancet 誌に発表した仮説である。1) 手根管症候群または肘部管症候群の患者115人を電気生理学的に調べたところ81人に頸部神経根障害を認めたが、これは単なる偶然ではなく、背景に軸索流の障害があるだろうと述べた。すなわち、すでに近位で圧迫を受けている神経軸索は、軸索流の障害を生じるので、遠位部において圧迫神経障害に陥りやすくなるという仮説である。また、糖尿病などがあると神経は sick neuron であるため神経易損性が亢進すると述べている。
1982年に、根本らはイヌ坐骨神経に重複圧迫神経障害モデルを作り、この仮説を電気生理学的、病理組織学的に証明した。すなわち、既存の圧迫障害を有する神経幹は圧迫部以遠の新たな圧迫に対して易損性を有す。そして、病態を軸索レベルから神経幹レベルに置き換えて、“double lesion neuropathy(重複神経障害)"という名称を提案した。2) 1990年、Dahlin & Lundborg は、神経軸索の末梢部の圧迫は軸索流を介して神経体細胞の形態的、生化学的変化を惹起することを実験的に証明した。すなわち、神経圧迫があるとその近位部においても神経の易損性が生じるのであり、この病態を“reversed double crush syndrome”と呼んだ。3)
さて、手根管症候群では、手のみならず、前腕、上腕にも痛みが生じることは臨床上経験することである。原因としてまず考えなければならないのは、ご指摘のとおり、“double crush syndrome”であり、頸椎症と手根管症候群の合併である。胸郭出口症候群と手根管症候群の合併も報告されている。さらに“reversed double crush syndrome”も考慮する必要がある。すなわち、手根管症候群は中高年の女性に好発するが、これらの患者には潜在的に頸椎症が存在しており subclinical であったが、末梢の手根管部で正中神経の圧迫性障害が発生したために、中枢における頸椎神経根症の症状が顕在化したと考えられる。
ところで、肩関節周囲炎を有する患者では肩の挙上が制限されていることが多い。すると、上肢は常に下垂位をとることになるので、手に浮腫を生じやすくなる。手根管部の結合組織の浮腫は手根管症候群の誘因または増悪因子として作用し得る。この場合、手根管症候群と肩の障害が合併していても、手根管症候群が肩周囲の疼痛を引き起こしたわけではない。
また、絞扼性神経障害に対する最近のMRI研究(MR neurography)によれば、従来、手根管症候群とされていた症例の中には、神経炎というべき病態が混在することが明らかになった。4) この場合、神経病変は手根管部に留まらず、より中枢まで拡大しており、当然、症状は手のみならず前腕にも発生する。ちなみにこの神経炎は保存的治療によってよく回復する。
手根管症候群は絞扼性神経障害のうちで最も頻度の高い疾患である。手根管内圧が増加し正中神経が圧迫されて発生するが、原因は多種多様であり、症候群として理解されている。手根管の内容が増加するものには、ホルモンのアンバランス(周産期、更年期)や手の過度使用による非特異性腱鞘炎、関節リウマチや結核などの特異性腱鞘炎、異常筋などがある。手根管自体が狭窄するものには橈骨遠位端骨折後の変形、手根骨脱臼などがある。神経自体に易損性がある場合があり、糖尿病、慢性腎不全、妊娠、さらにいわゆる“double crush syndrome”がある。
“double crush syndrome”は、1973年に、カナダの神経内科医 Upton & McComas が Lancet 誌に発表した仮説である。1) 手根管症候群または肘部管症候群の患者115人を電気生理学的に調べたところ81人に頸部神経根障害を認めたが、これは単なる偶然ではなく、背景に軸索流の障害があるだろうと述べた。すなわち、すでに近位で圧迫を受けている神経軸索は、軸索流の障害を生じるので、遠位部において圧迫神経障害に陥りやすくなるという仮説である。また、糖尿病などがあると神経は sick neuron であるため神経易損性が亢進すると述べている。
1982年に、根本らはイヌ坐骨神経に重複圧迫神経障害モデルを作り、この仮説を電気生理学的、病理組織学的に証明した。すなわち、既存の圧迫障害を有する神経幹は圧迫部以遠の新たな圧迫に対して易損性を有す。そして、病態を軸索レベルから神経幹レベルに置き換えて、“double lesion neuropathy(重複神経障害)"という名称を提案した。2) 1990年、Dahlin & Lundborg は、神経軸索の末梢部の圧迫は軸索流を介して神経体細胞の形態的、生化学的変化を惹起することを実験的に証明した。すなわち、神経圧迫があるとその近位部においても神経の易損性が生じるのであり、この病態を“reversed double crush syndrome”と呼んだ。3)
さて、手根管症候群では、手のみならず、前腕、上腕にも痛みが生じることは臨床上経験することである。原因としてまず考えなければならないのは、ご指摘のとおり、“double crush syndrome”であり、頸椎症と手根管症候群の合併である。胸郭出口症候群と手根管症候群の合併も報告されている。さらに“reversed double crush syndrome”も考慮する必要がある。すなわち、手根管症候群は中高年の女性に好発するが、これらの患者には潜在的に頸椎症が存在しており subclinical であったが、末梢の手根管部で正中神経の圧迫性障害が発生したために、中枢における頸椎神経根症の症状が顕在化したと考えられる。
ところで、肩関節周囲炎を有する患者では肩の挙上が制限されていることが多い。すると、上肢は常に下垂位をとることになるので、手に浮腫を生じやすくなる。手根管部の結合組織の浮腫は手根管症候群の誘因または増悪因子として作用し得る。この場合、手根管症候群と肩の障害が合併していても、手根管症候群が肩周囲の疼痛を引き起こしたわけではない。
また、絞扼性神経障害に対する最近のMRI研究(MR neurography)によれば、従来、手根管症候群とされていた症例の中には、神経炎というべき病態が混在することが明らかになった。4) この場合、神経病変は手根管部に留まらず、より中枢まで拡大しており、当然、症状は手のみならず前腕にも発生する。ちなみにこの神経炎は保存的治療によってよく回復する。
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