負けヒロイン・当て馬女子データベース

早見苺愛（はやみいちか）

たかせうみ『塔子さんはいい大人じゃいられない』
GANMA!
2021年

生まれついての無表情で他人と繋がりを作ることができない27歳のOL・胡桃沢塔子が、マッチングアプリで年齢詐称していた18歳の高校生・真崎蒼斗と出会い恋に落ちる歳の差ラブストーリー。
厳然たる歳の差に悩みつつも歩み寄っていく二人と、周囲の人たちの温かさが特徴的な作品。

早見苺愛は蒼斗の同級生でよく一緒に行動しているグループの一人。
勉強は得意ではないものの（D判定）蒼斗と一緒の大学に通うために勉強を頑張っている。
苺愛（いちか）という名前をバカにされていたところをかばってもらったことをきっかけに、彼に恋をしている。
彼が塔子との関係性に悩んでいることをいち早く察しており、その悩みの正体こそ知らないものの、ずっと彼のことを案じていた。

そんな中、蒼斗を交えた勉強会の帰りに、偶然塔子と鉢合わせる。
蒼斗の様子から、彼女が彼の悩みの元凶であることを悟った彼女は塔子と二人きりで話をする。
そこで、中途半端な態度を取るようならば彼に関わらないでほしいと涙ながらに啖呵を切る。
一方の塔子も年が離れた自分よりも、真剣に蒼斗のことを想って泣いてくれる彼女の方がふさわしいと身を引くことを決意する。

それでも蒼斗の辛抱強いアプローチによって遂に両想いであることを確かめ合った二人。
しかし、蒼斗に恋愛は不要と考える祖母によって、彼のスマホは没収され連絡が取れない状態に陥ってしまう。
失意にくれる蒼斗を心配していた苺愛だったが、駅で偶然塔子に遭遇する。
その無表情により最初はわからなかったものの、その表情から苺愛は二人が真剣に想いあっていることを悟る。
そして、二人が幸せになるための方法を考えるから絶対にあきらめないでほしいと塔子に伝える。
逃げるようにその場を離れながら、自分では蒼斗を笑顔にすることができなかったという失恋の涙を流すのだった。

苺愛は二人が上手くいくための作戦を考える。
彼女は、塔子が蒼斗の祖母と対話できる場をセッティングするため、祖母の日課の散歩に会わせた飼い犬（メロン）の散歩に塔子を同行させるのだった。
感謝する塔子に対し、苺愛は片想いしていた頃の自分よりも今の自分の方が好きだと語る。
そして、慌ててやってきた蒼斗の背中を押して、その場を後にするのだった。

歳の差恋愛ものにはつきものの当て馬となる同世代の女の子。
蒼斗のことが大好きで、無邪気になつく姿がなんとも可愛らしい。

普通で真っ当な恋をしている彼女だからこそ、無表情な9歳年上の女性の登場は受け入れられるはずもない。
そのため、最初は塔子に対して潔く手を引いてほしいと啖呵を切るなど、攻撃的な言動が目立つ。
涙ながらに私の方が好きだからと訴える姿は、その恋の真剣であることの何よりの証だ。
そんな彼女が、自分では彼を幸せにできないという現実を思い知って涙するシーンは、あまりにも切ない。

しかし、それで終わらないのが彼女の魅力だ。
二人の恋を応援するために得意げな笑顔で作戦を立て、二人の背中を押す彼女の背中はとても眩しい。
余裕なく塔子に突っかかっていた頃の彼女の面影はもうない。
真剣に恋をして失恋したからこそ、彼女は一皮も二皮も向けた魅力的な女性に変身した。

恋を通じて成長する。
その尊さを噛みしめることのできる負けヒロインと言えるだろう。

「こんなに必死になってる苺愛のことなんて、馬鹿みたいッて思ってるんでしょ！」
「でも！　それぐらい……苺愛は、いちかは……！」
「蒼斗のことが――」
蒼斗が悩んでいるにも関わらずなお無表情の塔子に向かって涙ながらに叫んだ言葉。
真剣に青春して恋をしていることが伝わる切実なワンシーン。

「……苺愛さ、片想いに悩んでた頃の自分より、今の自分のほうが好きかもって最近思うの」
「……苺愛、思ったんだけどさ」
「恋ってたぶんすごく弱くもなるし、意地悪にもなる」
「――けど、すごく強くもなれるし優しくもなれる」
「どっちになるかは自分次第なんだよね」

二人を幸せにするための作戦を考え実行した苺愛。
感謝する塔子に対しての返答がこのセリフ。
真剣に恋して真剣にぶつかって失恋して、だからこそこの結論には説得力がある。

「大丈夫、女の子って案外強いんだよ」
祖母と面会する塔子のもとに駆け付けた蒼斗の背中を押す際の一言。
失恋を乗り越え、みんなが笑顔になれる世界を作るために奔走した彼女だからこそ、重みの感じられる言葉。