目が覚めたら車の中だった。後部座席に座らされているらしい。
頭が混乱している。なぜ自分はここにいるのか。
確か…

「友子…友子〜!」

脳裏に浮かんだのは、親友の顔。半分泣きながら、それでも幸せな顔をしていた。
感動の再会、といった感じで抱き合う二人。
…毎日公園で人を待っているのは知っていた。
冬の冷たい雨に打たれながら、凍える風にさらされながら、それでも毎日待ち続けていた。
その想いが叶ったのだろう。
良かった。本当に良かった。これ以上苦しむ姿を見ていられなかった。
だが、見ていて恥ずかしくなるぐらいに二人は愛しあっていた。抱きつき、何回も何回もキスをして…
そのうち、あんなに心配していたのが若干馬鹿らしく思えてきて、少しちょっかいをかけてやろうとしたら、隣に誰かの気配を感じて…
そこから記憶がない。
その時、運転席から声がした。若い女性の声だ。

「あら、おはよう。目が覚めたみたいね。いきなりで悪いけど、ちょっと付き合ってくれない?
…いや、違うわね。付き合うか、今すぐ車から放り出されるか、どっちがいい?」

…選びようがない。。

「付き合わせていただくでやんす。」


…そんなわけで、オイラは名前も知らない相手と居酒屋で飲んでいる。

いや、「飲んでいる」のは相手だけかもしれない。
なんせオイラが一杯飲む間に三杯ほど流し込んでいる。まるでやけ酒だ。

「…そんなにバカバカ飲んで大丈夫でやんすか?」

「余計なお世話よ。まったく、これが飲まずにやっていけるかってーの!」

どうやらホントにやけ酒らしい。…一人でやってほしかった。

「というか、あんた誰でやんすか!」

「あら、あたしはあいつの同僚。白瀬よ。」

同僚…?野球選手なはずがないし、職員にも見えない。
疑問符を浮かべていたのがわかったのか、向こうから種を明かしてきた。
「ああ、同僚ってのは野球の方じゃないわよ。もうひとつの仕事の方。」

「もうひとつ…でやんすか?」

「ええ。サイボーグ対策室、CCRよ。サ対室とも言うわね。」



「…そういうことだったでやんすか。確かに普通の野球選手じゃないとは思ってたでやんすけど、
まさか裏社会のエージェントだとは気づかなかったでやんす。
…それで、その元エージェントのあんたが何でこんなところで、普通のプロ野球選手のオイラと飲んでるんでやんすか?」

「だってあいつらが人の気も知らずにいちゃつくからさ、腹立ってね。
で、隣にぼろ雑巾みたいになってなあんたがいてさ、冴えない男だけどまぁいいか、って思って。
あーあ、まったく、誰のお陰で無事再会できたと思ってるのよ!」

さらにお酒が流し込まれる。
結構な量を飲んでいるが、少し顔を赤く染めているだけで、しっかりしたものだ。
…よく見ると、いい女だ。
少し幼さを残す顔立ちに、鮮やかな銀髪。
物憂げにグラスを傾ける姿は、ドキッとさせるものがある。

「…どうしたの?人の顔じろじろ見て。」

「いや…何でもないでやんす。ところで、さっき『無事に』再会できたって言ってたでやんすけど、
あの子にやっぱり何かあったんでやんすか?…爆発事故に巻き込まれた、とか。」

「爆発事故?アハハ、世間にはそう報道されてるの?あれはね、あたしたち、CCRの任務よ。
サイボーグ同盟のアジトの強襲任務。まあ、あながち間違っちゃいないけどね。」

「…! つまり、あの子もサイボーグでやんすか?」

「ええ、そうよ。森さんって言うんだけどね。アジトから逃げたその子を追って、発見して、銃を構えて、
……射てなかったのよねぇ。射つ瞬間にあいつの顔がよぎって、打てなかったのよ。どころか、逃亡の手助けまでしちゃうし…。
…こうして、あいつとあの子はハッピーエンド。あたしは寂しくバッドエンド。わかった?飲んでる理由。」

「…よくわかったでやんす。理由も、…あんたも、好きだったってことも。」

「………ええ、そうね。CCR配属直後からのパートナーで、全能力であたしを上回ってて、
そのくせ少し間抜けで、でも決めるとこはきっちりかっこよくて…。惚れてたんだろうなぁ。向こうはまったく気づいてなかったみたいだけどね。
…そうこうしてるうちに組織はあいつにつぶされて、あいつは彼女とハッピーエンド。あたしは失恋でやっぱりバッドエンド。
ついこないだまであたしにもチャンスがあったのに、あっという間においてけぼり。時間は残酷。」

「でも、あんたが二人を幸せにしたんでやんすよ。自分の恋敵と知りながら、それでも命を救って、二人をくっつけたんでやんす。
…それは正しく、でもとても辛いことだと思うんでやんす。
あんたは優しくて、強い女でやんすよ。
…でも、なにも無理して我慢することないんでやんす。人間泣きたいときには素直に泣いた方が得でやんすよ?」

「アハハハ…、別に泣きたくなんかないわよ。
それに、男の前なんかで泣いたら『やっぱり女は弱い』なんて思われるじゃない。まっぴらごめんよ、そんなの。」

「なら…、なら、なんでそんな辛そうな顔してるんでやんすか?
…無理してるでやんすよ…。」

「心配してくれてありがと。でも大丈夫よ。無理なんかしてません。」


嘘だ。相変わらず表情にはどこか陰があり、いまだ笑顔を見せていない。
脆いガラス細工のような、一歩間違えば壊れそうなギリギリのところにいるその姿は、おそらく、彼女の理想の『強い女』からはかけ離れているのだろう。
一人の『女』の弱さを、押さえきれない感情を、意地で無理やり押さえつけている。
このまま放っておくと、ともすれば堪えきれない感情を不味い方向に爆発させるかもしれない。どうしたものか…。
すると、
「…ねぇ、あの、さ、一つ願い事、きいてくれない?」

「…なんでやんすか?」
嫌な予感がする。

「…あんたも男よね?」

「見たらわかるでやんしょ?」

「うん、わかる。…あの、さ、なんかもうどうしようもなく空しくてさ、だから…その…あたしとヤらない?
あんた、顔は冴えないけど、話してるといいやつみたいだし。…もういいかな、って思って。」

予感が当たった。爆弾が自分に飛んできた。しかも、単純なボムではなく、地雷のような厄介な物だ。
はぁ、とため息をつく。

「ダメでやんす。」

「…何でよ。きいてくれるんじゃないの?それともあたしに魅力なんか感じないと?!
あーあ、確かに森さんスタイルよかったもんなぁ…。案外あいつもあのスタイルにやられたのかしら。やっぱりこんな女じゃあ…」


「違うでやんす!」

「な、何よ急に。」

「違うんでやんすよ。あんたは十分魅力的でやんす。


………人は忘れるから生きていけるんでやんすよ。
苦しいことや悲しいことを全部覚えていたんじゃ辛くて仕方ないでやんすよ。
だから、あんたが、あんたが同僚として一緒に過ごした日々が、交わした会話の思い出が、
…想い続けたこれまでの時間が、その全てが今はただただ辛く、苦しい記憶であるならば、
綺麗さっぱり忘れたいのなら、気は進まないでやんすが付き合ってやるでやんすよ。
…でも、よく思い出してほしいんでやんす。本当に辛いだけなのか、
本当になくしてしまいたい記憶なのか、よくよく考えるでやんす。
人を愛する、その感情はできることなら捨ててほしくないものでやんすよ…。」

「…あんた、何かあったの?」

「ああ、ちょっと妹が…でやんす。」

「そう…。…そうね、確かに今は苦しいけど、忘れたくはないわね、あいつとのことは。
…それにしても、さっきのセリフ、ちょっとクサすぎるわよ。顔に似合わず。
アハハハハ…ハハハ…ハハハハ…
ちょっと笑いすぎてっ……ははっ…なみだ、が、
あははっ……ははっ…ひっ……ぅ…ぐすっ、…ばかぁっ…あんまり…わらわせないでよぉ……ひくっ……」


まったく、罪な男だ。
朴念仁で、一人の女の想いに気付きもせず、他人の前で泣かせている。
まあ、そのぐらいは笑って許すのが親友というものだが。




少し時間が経った。どうやら彼女の『笑い』はおさまっただらしい。

「…『笑わせて』悪かったでやんす。」

「ううん、いいのよ、別に。……ありがと。」

「いいんでやんすよ。それに、笑わせた甲斐があったでやんす。」

「何よ、それ。」

「ようやくあんたの笑った顔が見れたでやんす。かわいかったでやんす。魅力的でやんす。…もったいないでやんすよ。」

「ふふん、それほどでもある、かな。」

少し晴れた表情で答える彼女。やはりこっちの方がいい。

「と、いうわけで夜の方の相手はできないでやんすが、仇はとってやるでやんす。」

「仇?」

「こんないい女をほったらかしにするやつなんて、世界中のモテない男の敵でやんす!
それに、オイラの友人を泣かせ…『笑わせた』罰として、来シーズンはこてんぱんにしてやるでやんす!」

「ああ、なるほど。…がんばりなさい。あたしのためにも。」

「まかせとけでやんす。」

「ところで、いつあたしがあんたの友人になったのよ?」
え?

「…違うんでやんすか…?寂しいオイラの、数少ない女友達が増えたと思ったのに…でやんす。」

「ふふん、どうしよっかな〜」
ニヤニヤ笑っている。こっちの反応を楽しんでいるようだ。
「お願いでやんす〜、友達になってくれでやんすぅ〜」

なぜオイラが懇願しているのだろう。

「アハハ、冗談よ。あたしも友達少ないしね。よろしく。」

携帯のアドレスを交換する。よかった。これで断られたら単なるピエロだ。

「まったく、びっくりさせないでほしいでやんす。ところで、あんた名前は何て言うでやんすか?」

「白瀬よ。さっき言わなかったっけ?」

「下の名前でやんすよ。」

「ああ、芙喜子よ、白瀬芙喜子。」

「ふむ…いい名前でやんすね。芙喜子…芙喜子…」

とあることを考える。大事なことだ。

「…どうしたの?」

閃いた。


「フッキーでやんす!」

「へ?」

「友達にはあだ名をつけるもんでやんす!で、あんたのあだ名は芙喜子だからフッキーでやんす!いいあだ名でやんしょ?」

我ながら傑作だ。だが、相手はよく思わなかったらしく、

「もうちょっとどうにかならないの、それ。というか別にあだ名なんて…」

「嫌でやんす〜。あんたはたった今からフッキーでやんす!人をからかった仕返しでやんす〜」

「…訂正するのと、来シーズン棒にふるのと、どっちがいい?」

これはヤバい。フッキーの目がマジだ。そういえばエージェントだった。

「かくなる上は…逃げるでやんす!親父、釣りは要らないでやんす!」

「あっ、待てぇ!逃がさないわよ!」

夜の街に、一組の男女が消えていった。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます