「よろしくお願いしまーす」

小波の案内された個室に入ってきたソープ嬢の子が、頭を下げた。
控え目な照明のために顔はよく分からなかったが、かなり若い。
ショートカットの女の子で、年齢は二十歳ぐらいだろうか。

「お客さん、こういうお店初めてなんですか?」
後ろから小波の背広を脱がせながら、女の子が尋ねた。

「え? その……わかります?」

「――あ、やっぱそうなんだ。
 でも、あんまり緊張しないでくださいね。
 アタシだって、この仕事始めたばかりだから。
 ……ひょっとして、女の人とするのも、初めてだったりする?」

「実は――そうなんです。
 昔、一ヶ月ほど一緒に暮らしてた女の子がいたんだけど、
 結局、なにもできないまま別れちゃった。
 さすがに恋人がいたら、ソープになんて来られないよ」

「ふーん……で、その元恋人さんは、
 結局、一度もヤらせてくれなかったの?」
小波がベルトを外すと、女の子がズボンを下ろしてくれた。

「うん……ちょっとした言葉の行き違いでケンカになって、
 アパートを飛び出して、後はそれっきり」

背広とズボンをハンガーに吊るしながら、女の子が溜息をついた。
「いるのよね、そういうもったいぶった女って……。
 じゃ、今日は童貞を捨てようと思って、一念発起してここに来たわけか」

「いや、俺が童貞だってことが会社の先輩にバレちゃって、
 そしたら、無理矢理ここに連れてこられたんだ。
 先輩も今頃は別の個室で、馴染みの子とよろしくやってると思うよ」

「どこの業界でも、新人さんは大変ね」
ネクタイを外そうと回り込んできた女の子は、
小波の顔を見て、大きく目を見開いた。
「……小波?!」

女の子の顔を見て、小波もネクタイを突き出した姿勢のまま固まった。
「ミホ!」

小波の個室にフリーで回されてきたソープ嬢は、
忘れもしない、半年前に小波のアパートに強引に押し掛けて来て、
嵐のように去っていった元恋人、矢橋ミホだった。

ミホが眉をきっと吊り上げて、小波の顔を睨みつけた。
「……アンタ、ソープランドへ童貞を捨てにきたわけ?
 よりにもよって、そこまでサイテーだったなんて……」

「だ、だから、先輩にムリヤリ誘われたんだって!」

「言い訳ね。下心がなければ、誘われようがどうされようが、
 女を金で買うなんてこと、できなかったはずよ。
 で、なんですって? アタシがもったいぶった女だったから、
 ソープに来るしかなかった、ですって」

「『もったいぶった女』って言ったのはオマエの方だろ!
 だいたいミホこそ、こんな所でなにやってるんだよ!」

「相変わらず、一般常識がないのね……。
 ここはソープランドで、あたしはソープ嬢よ」
ミホは溜息を突きながら、小波のネクタイをしゅるっと抜き取った。

「いや、それはわかるってば!
 なんで、ミホがソープ嬢やってるんだよ?
 CEOは、どうしたんだよ」

「……会社、こかせちゃったのよ。
 言っとくけど、あたしのせいじゃないんだからね!
 大きな取り引きしてた会社が不渡り手形出したまま潰れちゃって、
 おかげで、うちの会社まで連鎖倒産……あ、足上げて」

ミホは喋りながらも、小波の体から下着を脱がせていく。
条件反射のように半年前の個人教授の記憶が蘇り、
小波はミホに抵抗できなかった。

「――で、後に残ったのは莫大な借金の山ってわけ。
 普通の仕事じゃ返済が利子に追っつかないし、
 女のあたしが手っ取り早く稼ぐには、この仕事しかなかった」

「半年前の、オレの境遇と似たようなもんか」

「……バカじゃないの? アンタとは全然違うわよ。
 アタシはこうやって、ちゃんと働いてんのよ?
 自分の体を使って、社会に貢献してるの!
 無職のクセに遊びほうけてたアンタと一緒にするな!」

そう小波を叱り付けると、ミホは自分の服もさっさと脱いだ。
下着は、付けていなかった。

「ま、いいわ……今はアンタもちゃんと更生できたみたいだし、
 アンタみたいなサイテー男に抱かれるのが、今のアタシのお仕事だから。
 ――じゃ、そこのマットに横になって。
 アンタの就職祝いと童貞卒業祝いを兼ねて、サービスしてあげるから」

結局、一緒に暮らしている間は一度も見せなかった丸裸の姿を、
今は惜し気もなく晒しながら、ミホは個室の中央にあるマットを指し示した。

「い、いいよ! こんな場所で、ミホとそんなことできないよ!」

「アンタからサービス料貰えないと、
 店に渡す個室の使用料、アタシが自腹切らなきゃいけないのよ」

「それぐらい、何もしなくても俺が払うからさ」

「バカにするな! アタシは童貞にめぐんでもらうほど落ちぶれてない!
 そもそも、童貞のクセにカッコつけるな!
 そんなだから、いい年していまだに童貞なのよ!」

「何度も童貞って言うなよ! 傷付くだろ!
 大体、俺が童貞捨てられなかったのは、
 オマエのせいみたいなもんなのに……」

「だから、今ここで捨てさせてあげようって言ってんの。
 そうやって人の好意を無にしてばっかりだから、ずっと童貞なのよ」

逆らいきれず、小波は裸のままマットに仰向けになった。

小波の上にまたがったミホが、
慣れた手つきでローションをぬらぬらと塗りつけていく。
果たしてこんな状況で勃起できるのだろうか、と小波は不安になったが、
小波のやや萎えかけていた陰茎をミホが自分の唇で包み込み、
ちゅぷちゅぷと音を立ててしゃぶり出すと、
たちまち小波の陰茎は、先程以上に元気になった。


「う、うまいな……ミホ……」

「……ま、アタシもそれなりに苦労したから」
ミホはそう言って体を起こし、小波の大きく硬く反り返った陰茎を、
自分の陰唇の中へ導き入れた。

初めて味わうミホの膣内の感触は、暖かくて柔らかく、
まだ充分に締め付けのきつさを残していた。
小波の体の上で、ミホはゆるやかに腰をグラインドさせ始める。

無言での性行為が気恥ずかしくて耐えられなくなり、
小波は息を喘がせながら、ミホと再び会話を始めた。

「それにしても、倒産……なんて……。
 自己破産……すれば良かったのに」

「倒産整理の弁護士さんにも……破産を薦められたわ。
 でもね……一度でも自己破産したら、もう商売人としてはやっていけない。
 借金をチャラにした人間を……誰が商売の相手として信用してくれると思う?
 だから、アタシは自力で全額返済することにしたの」

「ミホの……家族は? 助けてもらえなかったの?」

「お父さんやお母さんには、ネット販売の仕事を
 続けてあるって言ってある……。
 それから、アンタには話してなかったけど、
 アタシ……田舎の方に許婚がいたの。
 その人には、今どうしてもやらないといけない事があるからって、
 待ってもらうことにした。
 借金のことは……両親にも許婚にも言えなかった……。
 会社経営はもう諦めろって言われるのは、目に見えてたから……」

(それ、ご両親と許婚さんが気の毒過ぎる……)

小波の上で腰をくねらせながら、ミホはぐっと掌を握り締めた。

「……あと五年、あと五年この仕事を我慢すれば、借金は完済できるのよ。
 その時、アタシはまだ二十五歳。充分に人生のやり直しは効く年齢だわ。
 今度こそ、うまくやってみせる」

小波には、ミホにかける言葉が見つからなかった。

フェラチオに負けず劣らず巧みなミホの騎乗位に、
小波の陰茎はそう長くは持たなかった。
大きな鼻息を洩らしながら、小波はミホの中で射精した。

そして、小波が全身に残る初体験の余韻を楽しんでいると、
下半身でつながったままのミホが、いきなりぐっと上半身を預けてきた。
こういう種類のサービスなのかと思い、そのまま次の行為を待ったが、
ミホはしっかりと小波に抱きついたまま、まったく動こうとしない。

「ミホ……どうしたんだよ」
心配になった小波は、胸の上で顔を伏せているミホに声を掛けた。

「小波……」ミホが、声を洩らした。
今までの強気な口調とは打って変わって、泣き出しそうな声だった。
「これからも、来てくれる……?」

「え?」


「毎日来てくれなんて、ムチャ言わないわよ……。
 でもね、二週間に一度、いえ、一ヶ月に一度でもいいから、
 この店へ来て、アタシを指名してほしいの……。
 ――アタシね、本当はもう心が折れそうなんだ。
 でも、アンタが会いにきてくれるなら、耐えられそうな気がするのよ」

思いもかけないしおらしい言葉に、小波はミホの頭をそっと抱きしめた。
ミホもその動作に応えて、顔を小波の首筋にすり寄せてきた。

月給と生活費の差額を、小波は頭の中で素早く暗算した。

(無駄な出費をなるべく切り詰めて、他の趣味を全部我慢すれば、
 二週間に一度はここに来られるかな……)

「わかったよ……俺も新入社員だし、そんなに頻繁にはこれないけどさ、
 なるべく、ミホに会いに来るようにするから。
 ――ミホも、あんまり気を落とすなよ。そんなの、お前らしくないよ」

小波はミホの髪を撫でながら、慰めの言葉を掛け続けた。

 
          *           *

 
(よし……常連客ゲットね)

一方、ミホは心の中で密かにガッツポーズを作っていた。

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