シャワーの音を聞きながら、芙喜子との出会いを思い出す。

「あなたがパワポケ? ふーん、もっと大男かと思ったわ。」
どうやら、射撃テストで俺の方が上だったことが気に入らないらしい。
至近で挑発的な眼が、俺の顔をわずかに下から見上げていた。
俺がなにか答える前に、彼女はニッと歯を見せて笑った。
「よろしく。私は芙喜子よ。白瀬芙喜子。」
彼女が差し出した手を、どうしたかは覚えていない。

シャワーの音がやんだ。
ドラマの中であれば、連れ込み宿の女は鼻歌でも歌ってシャワーをあびるのかもしれないが、彼女はいつも静かだ。
狼は無駄に吠えない。そう彼女は言っている。

「ごめん、おまたせ。」
濡れた髪の毛をタオルでぬぐいながら芙喜子が出てきた。
普段強気な表情を崩さない彼女だが、この瞬間だけははにかんだような女らしい表情を見せる。
俺がじっと見つめていると、わずかに顔を赤らめて視線をはずした。
照れている。

「また、キズが増えたのね。」
ベッドの上で、俺の胸を彼女の細い指が傷跡づたいに走った。
「まだ外回りに未練があるのか?」
「冗談でしょ。この玉の肌を傷つけるなんてとんでもない。」
実際には彼女とて激しい戦いをくぐり抜けた歴戦の戦士だ。
だが、なめらかな肌はキズ一つない。
格闘で相手の骨を砕く彼女の鍛え上げられた筋肉も女性の肌特有の脂肪で覆われて隠され、美しい曲線を描いている。
「どうしたの、さっきから。」
「月明かりに照らされた君の身体は魅力的だな。」
芙喜子は笑みを浮かべたまま、キズを舌でなぞってみせた。
(バカね。今更おだてたって何もあげないわよ。)
そう確かに聞こえた。

俺が腰を突き出すと彼女は、くっ、と声を殺して耐えた。
幾度かの突き込みの後、抱き寄せて首筋に舌を這わせると
思わず声をもらした。
だが、すぐに主導権を握ろうと、自ら腰を動かし始める。
単なる前後運動ではなくうねるような巧みな回転運動。
下半身から打ち寄せる快楽の波に耐えつつ、
俺は彼女の耳に攻撃を集中させる。
一瞬全身を緊張させた相手に勝利を確信した俺だが、
いきなり尻に指を突っ込まれて思わず達しかけた。
(こいつ、そこまでやるか…)
(今日は負けないわよ。)
いつかのように挑発的な笑み。
下は不利だ。上だ、上に位置を変えなくては…

そのとき、枕もとの装置がかすかな警告音を発した。
芙喜子は一瞬四肢をたわませると一気にベッドから後方へ跳んだ。
音もなく着地した場所は、部屋の入り口から家具を盾にする位置。
しゃがみこんだ時点で愛用の自動拳銃を構えている。
股間から一すじの液体が、月明かりに光りつつ床に落ちる。
俺は自分からベッドから転がり落ちながらそれを見た。
すでに拳銃は枕の下から引き抜いている。
俺の身体が床に落ちる直前、屋外からの銃撃がさっきまで
2人のいたベッドを引き裂いた。屋外からは驚愕の声。
俺はその声の方角に正確に3発叩き込んだ。

「そいつ生きてる?」
俺がうなずくと、彼女はふくれっつらをしてみせた。
「無粋な奴。どうせなら、終わった後にしてくれればよかったのに。」
一瞬、真顔で問いかけるような表情。
俺は首を振った。ロマンもくそもあったものじゃない。
「…本部に連絡しといて。あたしは後始末しとくから。」
爆弾のタイマーをセットした後、火災報知器のボタンを押している。
このホテルの経営者には災難だが、俺の潜入操作の都合上
証拠を残すわけにはいかない。

燃えるホテルを後にして、ホッパーズの寮まで車で送ってもらった。
車から降りるときに彼女は言った。
「ねえ知ってる?
 カマキリのメスってさ、やってる最中にオスを食べちゃうんだって。」
「カマキリは、メスの方が強いからな。」
彼女はむっとした表情でこちらをにらんだが、すぐに笑顔に変わった。

「今日は引き分けね。…再試合はそのうちに。」

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