プロ野球選手、小浪大二は、隔離病室で焦燥と戦っていた。

(チームが何十年ぶりかの優勝争いしてるってのに、俺は病院に閉じ込められて、もう四日かよ。身体は、動くってのに)

プロ野球球団・ドリルモグラーズ入団三年目の小浪は、今季初めて一軍出場を果たした。
さらに、三塁手のレギュラーを奪取。走攻守に渡る活躍を見せ、チームの中心選手となっている。
同時に、万年お荷物球団だったモグラーズが、今年は異例の躍進。秋口まで優勝争いを演じている。
それらが重なり、他球団ファンにも、小浪の名前が広まってきた。その矢先のことだった。

(夜道を歩いていて、金属バットで殴られるなんて、何十年前の話だよ。
ユミコは無事だったし、俺もすぐ試合に復帰できそうなのが、不幸中の幸いだけど)

小浪は五日前の晩に、かねてから交際していた女性の弓子を、自宅まで送って行く途中だった。
怪しい人影がうろついていて不安、と彼女から言われ、駆けつけた小浪は、なんと弓子の目前で不審人物に殴られてしまう。

(試合は。野球は。今日はビジターのナイトゲームか。もう試合前の調整入ってる時間……。
今は首位だが、うちは万年最下位の負け癖持ち。一試合だって落とせない。なのに、俺は球場に行くことも出来ない)

大事に至らなかったが、現役のプロ野球選手が傷害事件の被害者になったことは、すぐニュースとなった。
さらに事件現場が、小浪の所属する球団の親会社のすぐ近くだったこと、
一緒に襲われた弓子が、親会社で秘書を務めていたということが明らかになり、騒ぎを大きくする。
小波が病室に隔離されている理由は、球団と親会社が、彼の身柄をマスコミから隠すのが主だった。

(『十日で復帰だから気に病むな』とか、あのオーナーも毎度言いたいこと言ってくれやがる。こちとら、毎日が勝負なんだよ)

小波の病室にあるテレビは、真っ暗なままだ。雑誌や携帯ゲームも放置されている。
何をどうしたところで、この焦りが紛れることはない、と小浪は諦めかけていた。

(そうだ、野球仙人なら! とんでもなく胡散臭いけど、もうやることもないから……)
「やることないから、とはなんじゃ!」

小浪の目には、白髪の老人が見えていた。小浪だけが見聞きできる、野球仙人だ。

「野球仙人、俺を今すぐ復帰させてくれ!」
「おぬし、登録抹消されとるじゃろ。今、怪我を治しても、明日に出場とはいかんぞ」
「そ、そうだった……じゃあ、季節外れの台風呼んでくれ! 俺が復帰するまで、全試合雨天中止になれば!」
「それも無理じゃ。お主が復帰するまで、モグラーズはビジターで、ドームの試合じゃろ。雨天中止にはならん」

小浪は病室で地団駄を踏んだ。不審がった病院の看護師が、病室の扉を開けて、小波に声をかけた。
小浪は引きつった表情で看護師をごまかす羽目になった。

「野球仙人のじいさんよ。お前のせいで、俺は恥かいちまったじゃないか」
「おぬしが勝手に暴れたせいじゃろう。が、好きな女のために身体を張ったせいで、
 プロ野球人生に悔いを残すのは、野球仙人として看過できんところがあるのう」
「別にユミコのせいじゃないだろ。ユミコを迎えに行ったのは俺の勝手だし、そもそも悪いのは犯人だ」
「おぬしがそう考えていてものう。向こうは間違いなく気にしているじゃろうよ」

小浪は毛布をかぶって、ベッドで繭のように縮こまった。小浪は力いっぱい目を瞑った。
このままでは、触れられるかどうかも定かでない野球仙人の顔を、殴ってしまいそうだった。

「じいさんよ。ユミコの話で気を揉ませて、優勝争いから目を逸らさせようってなら、余計なお世話だぞ」
「勝手に呼んでおいて、その口の聞き方はなんじゃ。まあよい。さしあたって、違和感無く野球ができる身体にしてやろう。
それと、女のことで余計な話をした埋め合わせじゃ。ラブダイナミックスEXの力を、おぬしに授けよう」
「何だそりゃ。怪しい通信販売かよ」
「よいか、ラブダイナミックスEXは――」

不貞腐れた小浪は、野球仙人の説明を聞き流した。そのまま、ベッドで丸くなる。
身体は本調子に戻ったが、隔離病室では、素振りもできない。小浪はますます身体を持て余していた。

隔離病室の扉がノックで叩かれた時、小浪は慌てて身を起こした。暴れて乱してしまった着衣やベッドを直す。
小浪の病室に入れるのは、病院関係者か、球団関係者か。どちらも扉越しで追い払える相手ではない。

「あ、ユミコじゃないか。今日は休みなんだ」
「その、色々あるし、自宅待機してろって言われたんだけど、ね」

どうぞ、の声を、小浪はつとめて大きく元気良くした。扉を開けて入ってきたのは、件の弓子だった。
ふわふわと暖かそうな赤いセーターに、白味強めのベージュのフレアスカート。秋を意識した装いだ。

「私服、久しぶりに見た気がする。そういや、もうそんな服の季節だったか」
「そう、かもね。小浪くん、遠征とかで忙しくなったから、会える日も、仕事着のままだったりして」

普段の弓子は、秘書らしいビジネスウェアでかっちりと決めたスタイルであった。
それと私服のギャップか、そう大きく変わっていないはずの部分――例えば、前髪を左右に流したストレートの黒髪や、
化粧の具合さえ変えてきた気がして、今の弓子はどことなく柔らかい印象。

が、小浪からは、弓子は落ち着かなげにも見えた。
それが、柔らかさと相まって、少し弱々しく見える。

「この間みたいに、凡田くんたちが潜んでいないか、気にしてるの。大丈夫だよ、今日は遠征してるから」
「あ、う、うん、そうね。今日は、二人きりのが、良かったから」
「うんうん。雄二くんも遠征だから、今日は来ないはずだよ。ああ、雄二くんに何か言われたりしたかな」
「そうね。心配はされたけど。でも、あの子、チームが優勝争いの最中だから、そっちに集中しなさい、って言っておいたわ」

弓子の顔から、一瞬だけ動きが消えた。不自然な硬直。引っかかることでもあったのか。

「そういえば雄二くんもか。セとパで分かれてるから、意識してなかった。日本シリーズで会えたらいいんだけど」
「さっき『今日は』って聞いたけど、もしかして雄二は、小浪くんの部屋に来てたの。
 いくら私の弟だからって、球団やドリルトーイの関係者でもないのに」
「それどころか、別のチームのプロ野球選手なんだから、商売敵だよな。ひょっとして、偵察だったとか」

小浪と弓子は同じ高校の同窓で、野球部のキャプテンとマネージャーであった。
弓子の弟である雄二も、その頃から小浪と面識がある。

「まさか。仮に球団からそう言われていたとしても、雄二にそんな器用な真似できないわ」
「うわ、キッツイ言い草だな。雄二くんに言っちゃおうかな」
「どうぞどうぞ。雄二が隠し事とかできないタチなのは、分かりきってるから」

小浪は退屈していたので、弓子に積極的に話しかけた。が、弓子はどこか歯切れが悪い。
はじめ小浪は、弓子のぎこちなさの原因を、バットで襲われたショックが残っているせいだ、と考えていた。
が、話を続けている内に、ぎこちなさが出てくるのは、野球の話題になった時だと感づいた。

(さっき看護師の人に、荒れてるところを見られてしまったけど、もしかしてユミコも、俺の様子を聞いてるのかな)

優勝争いの最中に戦線離脱して荒れている、と聞かされれば、弓子でなくても気を遣うだろう。

(ユミコにそんなこと気に病まれても、こっちが困るんだがなぁ。ま、そういうことなら)

「なぁ、ユミコ。リンゴ、剥いてくれないか」
「リンゴね。そこにあるの?」
「ナイフはあるんだが、リンゴは売店行かないと。窮屈してたからちょうどいい。買いに行ってくるよ」
「ダメよ。マスコミが張ってるかも知れないでしょ。小浪くんはもう有名プロ野球選手になってるの。
 私でさえ、秘書課の人たちにカモフラージュしてもらって、ここまで来たんだから」
「じゃあ、そこからお金とって、三つぐらい買ってきてくれないか」

もし弓子が、小浪の怪我について責任を感じているなら、何かで埋め合わせてもらえばいいと小浪は考えた。
そうすれば、弓子の気兼ねも軽くなる。それに託つけて、今のうちに甘え倒しておこう、という算段もあった。


弓子が病室を出て売店に向かうと、小浪の耳に再びあの声が聞こえた。

「どうじゃ。気にしとる風じゃったろ」
「じいさんよ。今はいいけど、俺とユミコが二人で話してる時に、出てくるなよ」
「当たり前じゃ。そのぐらいの機微は分かっとるわい。それより、おぬし、何かおかしいと思ったことはないか」
「おかしい、って言われてもな。ユミコのことしか気にかけてなかったからなぁ」

おかしい、と言われても、そもそも現在の二人の状況が尋常でない。
優勝争い真っ只中のプロ野球チームのレギュラーと、その恋人が、金属バットで襲撃されて、入院沙汰になっている。
こんな体験をした人間は、おそらく日本でひとりもいない。

「さっきは、ラブダイナミックスEXの発動条件を満たしておらんかった。気付かぬのも無理はない」
「なんだ、またその霊感商法みたいな話か」
「違うわい。今回、わしが特別におぬしに授けた能力じゃ。使い方を誤ると、大変なことになるゆえ、
 詳しく説明しようと思ったんじゃが、おぬしは不貞寝していたじゃろう」

小浪は弓子にどう甘え倒すか考えたかったが、以前にも怪我を治してもらった経験があったため、
ひとまず野球仙人の話を聞くことにした。

「そうじゃ、素直がよろしい。まずラブダイナミックスEXの効果じゃ。
 これは、おぬしの肌や粘膜に、直接接触した女子(おなご)へ、盛りを引き起こす効果じゃ。
 ひらたく言えば、おぬしに触られた女子は、みなムラムラするということじゃ」
「え、でも、さっきのユミコに、そんな妙な様子はなかったぞ」
「そりゃ、直接肌と肌を触れ合わせていないからじゃ。それが発動条件なんじゃ」

さっきの小浪と弓子は、会話してはいたが、お互いの身体に触れてはいない。
しかし、直接小浪に触れてしまえば、弓子は小浪が欲しくてたまらない身体にされてしまう状態らしい。

「待てよ。さっきあんたは『直接接触した女子へ』って言ったよな。
 これ、普段の生活ならともかく、女のファンに握手とかせがまれたら、やばいんじゃないのか」
「そうじゃな。おぬしが、そんな心配ができる身分になったとは。思えば感慨深いのう」
「待て、じいさん、怪我を治したのはいいけど、これは戻してくれ。怪しまれて野球どころじゃなくなる」
「本当に、戻していいんかの。ワシの要らぬ世話じゃったかの」

小浪の心に、躊躇いがひび割れのように走った。今さっきまで、弓子にどう甘えようか考えていたところだ。
小浪はレギュラーとなって以来、多忙のせいで、弓子とご無沙汰になっていた。当然そのことも考えた。
真面目な弓子のことだから、この病室でいかがわしいことを頼んでも、聞き入れてはくれないだろう。
が、この霊感商法紛いの力が本物であれば。

「そうじゃの。ずっとそのままで都合が悪いのならば、今から三時間経ったら、能力を解除することにするぞい。
 これなら、餌食になるとしても、あのおなごだけじゃろう。それじゃあの」

小浪が言い返す語を思いつく前に、野球仙人の気配は失せていた。
小浪は、病室の壁掛け時計を確かめた。三時間後の時刻は、だいたい試合の序盤あたりと見込めた。

「小浪くんって、リンゴ好きだったっけ」
「いや、入院中の果物ったら、メロンかリンゴだろ。メロンって気分じゃないんだ」
「そうなの。それなら、ウサギさんでも作ってあげようか」
「いいな、それ。話にはよく聞くけど、実際に作ってもらったこと、なかったから」

野球仙人が失せて間もなく、弓子が病室に帰ってきた。
当たり障りの無い会話を続けつつも、小浪の頭では、野球仙人の言葉がぐるぐる旋回するばかり。

「できたよ。ふふ、器用なものでしょ」
「あ、う、うん。ありがとう」
「どうしたの、上の空な顔して。やっぱり、その」

チームの優勝争いを、気にしてるの――と続けようとして、弓子は口を閉ざした。
弓子は、事件で自分が狙われたことよりも、小浪が試合に欠場を余儀なくされていることに、心を痛めていた。

弓子は、事件について追及する気を捨てていた。
彼女は事件について、ドリルトーイの副社長・曽根村から、背景をある程度説明されていた。
彼の説明に釈然としない点はあったが、『ここまで大きな騒ぎとなっては、もう貴女を害することはできないでしょう』
という、彼の不思議な確信に満ちた言葉に、彼女は押し切られた。

となれば、気に掛けるのは小浪のこと。彼が気になるあまり、弓子は自宅待機を破って、病院までやってきた。
彼女は小浪と一緒に来院していたので、病院も彼女を関係者と疑わず、小浪の病室まで通した。

「なぁ、ユミコ。リンゴ、食べさせてくれないか」
「ふーん。小浪くんって、他人の目がないところだと、甘えん坊になるんだ。
 都合、十年近い付き合いになるけど、知らなかったわ」
「いや、ダメならいいんだよ。剥いてもらったし。自分で、食べるから」

弓子が小浪の顔を見ると、彼はきまり悪そうに目を伏せた。
彼女を気遣っているのか、本当に彼女に甘えたいのか。どちらでも良いと、彼女は思った。
ウサギを象ったリンゴが、陶器の平皿の上に丸く並べられている。
彼女はその皿を、彼の頭のすぐ横、テレビ台の脇の小テーブルに置いた。
彼女は皿からリンゴを一欠け取ろうと、手を伸ばした。

「あっ、んんっ」

弓子の伸ばした手が、小浪の手と指先でぶつかった。その拍子に、彼女は呻きを漏らした。
指先が触れ合うだけで、声が出てしまう――彼女の反応に、彼は瞠目した。
もし、学生時代の頃に彼女と恋人になっていたら、こんな反応が見られたかも、と彼は想像した。

「た、食べさせてくれるの」
「あ、え、ええ。ちょっと、恥ずかしいから、今日だけ、ここだけだからね」

弓子は明らかに顔を朱に染めていた。それが羞恥のせいか、ラブダイナミックスのせいか、小浪には判然としなかった。
彼女の手からリンゴを食べさせてもらっても、リンゴの味は上の空。
ウサギ型に切り取られた外皮が、喉に引っかかって咽てしまう有り様。

(効果があるのかどうか。それがどの程度か。分からないけれど。三時間なんて、あっという間だ)

ラブダイナミックスの残り時間が、皿のリンゴと共に減っていく。
小浪は意を決した。リンゴの皿に残る、最後の一欠けに、弓子が手を伸ばす。
彼女の伸ばされた手を、小浪は両手で掴んだ。

「あ、こ、小浪、くん。どうした、の」

弓子の声は上ずっていた。声調の変化は、当人にも、小浪にも、はっきりと聞き分けられた。
彼女は、彼に手を強く握り締められた瞬間、鳩尾のあたりから、熱さが体奥に広がり出した。
今までの、身体の表面が火照る羞恥とは、一線を画していた。

「ユミコ。今、キスしたいんだけど、いいかな」

小浪は、弓子の目を見つめながら、一語一語を撃ち込むように告げた。
語の区切りの度に、彼女の意識がぐらりと揺さぶられた。

「小浪くんから、キス、したいって言われるの、いつぶり、かな」

小浪は、弓子の反応につられて、彼女の手を引き寄せた。弓子の体勢が不自然に傾ぐ。
ふたりとも、身体の変調に戸惑っていた。

(俺は腕の力だけで引いたのに。ユミコの力が抜けてるのか?)

弓子の服装は、赤いセーターに、ベージュのフレアスカート、黒のストッキング。
小浪は彼女の肌に意識が向いている。片手は手を握ったまま、
もう一方の手はは標的を探して彷徨い、彼女の肌が出ている首筋に触れた。
微かに汗が乗り、肌も熱くなっている。軽く添えただけなのに、彼女の鼓動が感じ取れる。
彼女の吐息が熱さと湿りを増し、隔離病室の無機質さを散らしていく。

「ね、ねぇ、どうしたの、小浪くん」

様子がおかしいのは、弓子も同じだというのに、彼女は小浪がおかしい、という言い方をした。
鼓動の一拍ちごとに、身体の流れがじんと痺れていく。目が潤みを増していく。

「キス、したいんだよ。今、すぐに」

(『肌や粘膜が直接触れたら』と仙人は言ってた。それなら、キスなんてしてしまったら)

「い、今じゃないと、ダメなの」
「今日だけ、ここだけ、なんだろう。だから、さ」

野球部のマネージャーや社長秘書を務めていたことから分かるように、弓子は真面目で甲斐甲斐しい性格だった。
小浪もそれを知り尽くしていた。そういう人間は、言葉尻を捉えられると弱い。

が、まだ弓子は動かない。彼女は、病室の扉をちらりと見やった。
『誰かに見られるかもしれないでしょう』という抗議のつもりらしい。

(確かに、ユミコはちょっとおかしい。いつもなら、言葉でたしなめてくるだろうに)

弓子の抗議は、却って小浪を勢いづけた。もう彼は、彼女を待たなかった。
彼女の手を強引に引っ張る。傾いだ身体に、空いた腕を回し、体重移動で寝台へ引き摺り込む。

「や、あっ、こ、小浪くん、だめっ」

相当ムリのある動作にもかかわらず、弓子の身体は、すんなりと小浪の両腕に収まっていた。
二人の身体は、彼が下で、彼女を上にして重なっている。

「ユミコ、今すごく興奮してるよね。ほら、こんなに熱い」

小浪は掌で、弓子のうなじに触れた。一瞬にして、掌に彼女の体温が広がる。
さっき感じ取った彼女の鼓動が、ますます速くなっているのも感じられる。

「じゃあ、キス、するよ。ユミコ」

小浪は弓子の唇をこじ開けた。野球仙人から時間制限を示唆されて、彼は気が急いていた。
両手で彼女のうなじと後頭部を抑えつけ、舌を伸ばし、彼女の口内に押し入る。

強引な責めに弓子はたじろぐ。混乱した頭で、反射的に小浪を振りほどこうとする。
が、叶わない。背を反らそうにも、彼の手で抑えられて逃れられない。
腕にも力が入らない。指先が辛うじてシーツをつかみ、シワを作るのが精一杯。

(何か、ムリヤリしてるみたいで、俺まで興奮してる)

弓子が本気で抵抗していない、と小浪は思った。
そうなれば、彼の手は、新たな攻めどころを求めだす。

(肌と肌を直接……それなら、まだ触ってないところも)

小浪が両手を、弓子のうなじから離した。
そして彼女のセーターを上に引っ張りあげ、ウエストラインの素肌を暴く。
彼の指が、獲物に届こうとした刹那、彼女が弱々しい悲鳴を吐いた。

「い、いや、だめ、小浪くん、待って、だめ、だめぇっ」

キスが途絶した後の有様は、なかなか荒れていた。
二人は、唇どころか頬まで唾液でべたついていた。

「こ、これ以上は、本当に、ダメだって」

キスで乱された呼吸のまま、弓子が訥々と声をこぼす。

「これ以上、って、何のことかな、ユミコ」

小浪は弓子に聞き返した。二人で身体を交わすのは、別に初めてではない。
白々しいしらばっくれぶりだった。

「と、とにかく、今はだめ、だめなのっ……また、今度、退院したら」
「今じゃなきゃ、だめなんだよ」

小浪が見上げた弓子の顔は、ふらふらと泣き笑いを浮かべていた。

「だって、今の、私、私……普段だったら、こんな場所じゃ、絶対しないのに」

(完全に乗り気にさせてくれる、ってわけじゃないのかよ。どうする、これじゃ、俺が収まらないぞ)

弓子が身体を昂ぶらせているのは、明らかだった。ただ、あと一押し足りない。
その一押しが、彼女相手だと遠い。彼女は、一度口にしたことを、そう簡単に翻さない。

「それなら……ユミコが、口でシてくれないか」
「口、で……?」

それなら、前言を撤回させなければいい、と小浪は弓子に一歩譲った。
彼女は逡巡した。彼の非常識な頼みを、無碍にできなかった。

「今、ユミコにシて欲しいんだ」

小浪は、弓子の返事を待たずに、彼女の手に触れた。
自分の中で滾る性欲を、肌を通して伝えんばかりに握り締めた。

「く、口だけ、だから。それで、済むんだよね……」

やがて弓子は、おずおずと首を縦に振った。

小浪が患者着をくつろげ、血と熱に奮い立つ肉棒を、弓子に晒した。
それを見た彼女の顔色は、興奮半分、怯え半分だった。

「姿勢、それで苦しくないか。俺がもっと前に出るよ」
「い、いいから、別に……っ」

小浪はベッドの縁に腰掛けていた。彼に向かい合う位置で、弓子は腰を落としてしゃがみこむ。
病室の天井を指す肉棒に、じりじりと顔を寄せる。

(これ……俺からだと、ユミコの身体に隠れてしまってるけど、絶対スカートめくれてるよな)

小浪の視点からは、弓子の肩より上が見える。
首を傾げれば、セーターに包まれた彼女の背中も、半分くらいは視界に収まる。
そのセーターの裾近くに、彼女の太腿で押しやられたらしき、フレアスカートの薄いベージュ。

(あのユミコが、こんなだらしない姿を、男に見せるとか……やっぱり、何かおかしいな)

それこそ小浪の望むところだった。

「あ、あの……出す時は、先に言ってね。急に、だと、びっくりしちゃうから……」
「うん、分かった」

乱れてしまった黒いセミロングをかき上げながら、弓子が呟く。

(キスだけで、こんなになってしまったユミコが、フェラなんてしたら、どうなるか)

小浪は、その期待だけで射精してしまいそうなほど、興奮していた。
が、それではあまりに勿体無い。彼は臍下丹田にぐっと力を込め、限界の限界まで耐え切る構え。

「じゃ、じゃあ、いくよ……?」

口だけで、済ませる。弓子は――少なくとも、言葉の上では――そのつもりだった。
これ以上はムリ。その一点が、小浪の悪戯で、越えたら戻れない一線にすり替えられていた。

弓子がそれに気づいた時は、もう遅かった。

弓子の口腔が、小浪の肉棒の侵入を許した瞬間、彼女の粘膜に、かつてない感覚が渦巻いた。
ぴりぴりとした痺れが、瞬く間に広がり、顔の骨まで撫で回してくる。涎が勝手に湧いて止まらなくなる。

「んぐ、く、んんっ」

反射的に、弓子は唾を飲み込む。痺れが嚥下に乗って、喉から下まで飛び火する。

「ユミコ……その、口の中で、擦って、くれないか」

小浪の求めで、弓子は肉棒を咥え、つるつると小さな音を立てて顔を前後させる。
彼女は痺れが広がったまま。緩慢な動きしかできなかった。
彼女が前後一往復して、喉を鳴らす度に、痺れが体内に降り積もって、じんとした余韻が溜まっていく。
特に、しゃがみこんだ体勢で重心のかかる、彼女の下腹に溜まっていく。

ものの数往復で、弓子の身体に明らかな異変が起きる。

「ユミコ……?」

ユミコ自身が気づいた時の、彼女の反応は見ものだった。
肉棒を突っ込まれている口内が、膣内とまるでリンクしたかのような錯覚が、屈んでいる彼女の背筋を貫く。
下肢が勝手に動揺し、履いていたパンプスが狼狽した音を立てる。
何かの間違い、と思い込んだ彼女が足を直そうとして、また彼女にあの錯覚が戻ってくる。
がくん、と片膝が音を上げ、病室の床に膝頭を突く。彼女のストッキングが、不穏な音とともに伝線した。

「ユミコ、どうしたんだ」

不審に思った小浪は、いったん射精我慢から離れ、弓子の様子を伺う。
膝をついてしまった彼女は、まともに舌を動かせず、辛うじて肉棒を収めている具合。
これなら余裕をもって射精を堪えられる。むしろ彼にはじれったいぐらいだった。

反対に、弓子は愛撫どころではなかった。
舌や粘膜が肉棒で1センチ擦られる度に、腹の奥に降り積もった痺れが波打つ。
増長する体温が、彼女自身を中から揺さぶる。

「ん、んくっ、う――ん、んんっ」

何かの弾みで、小浪の肉棒が、弓子の口内から喉近くに滑り込んだ。彼女の気道が反射で噎せる。
彼女の意識が陰る。心配した彼が、肉棒を引き離そうと後ずさり――しようとして、止まった。

(あ。これ、やばい、な。ユミコが、そんな顔で、こっちを)

弓子が口辱されて、身体を火照らせている。
苦しそうに目蓋を歪めながら、小浪の顔を見上げている。

(このまま、ムリヤリ出したら、どうなるかな)

ちらりと残酷な考えが兆す。
気の大きくなった小浪は、自分で自分を止められない。
弓子にも、彼を止める気力が無い。

「んぐうっ、うぐ……くっ、んうううっ!」

小浪が、弓子の喉奥まで突いたのは、これが初めてだった。
喉奥を捩じられ、口から食道までの粘膜が、空気を求めて勝手に伸縮する。
彼の肉棒に触れてしまう。擦ってしまう。ついに、苦悶と嬌声とが綯い交ぜになった声が溢れる。
首を振って、彼の突きから逃れようとする。

「ユミコ……ごめん」

そこに、小浪の両手が襲いかかって、弓子の後頭部を抑えつけた。
再び喉奥に肉棒を叩きつける。彼女から漏れる音が、嗚咽から咳嗽に入れ替わる。
奥を堪能した彼が、今度は肉棒を横滑りさせる。
無理に掴んだ彼女の頭を、道具のように打ち震わす。

イラマチオで削られた弓子の意識に、淫らな毒が回っていく。
息が苦しくなる。目蓋と目玉がぐらつく。気管支が小浪の雄臭さに占領される。

「うくっ、うあ、んうっ、ふううっうっ」

頭を脳ごとシェイクされる度に、弓子の昂ぶりが勢いづく。
セーターに隠れた肌に、夏のような汗が浮く。粘膜が赫々と湯だつ。
フリルスカートの中で、しゃがんで折り曲げられた膝ががたつく。

彼は射精が堪えきれなくなるまで、ひたすら突っ走る。
まるで膣穴を相手しているように、弓子の口にのさばり、我が物顔で往来する。
彼が第一射を彼女に流し入れるのと、彼女の両膝が床に落ちるのが、ほぼ同時だった。



(ああ……やっちまった、な。妙な妄想に憑かれて、俺は、こんなことを……)

射精を遂げた肉棒を、弓子から引き抜く。小浪の頭には、早くも後悔が寄せてきた。
調子に乗って、とんでもないことをしてしまったのではないか。
そう思い返す程度の理性が、彼に戻った。

弓子の有様は、強姦された後と言って、十人が十人信じるほどだった。
セミロングの黒髪は、べたつく体液で乱れ、頬や首筋に貼り付いていた。
呆然とした瞳は目蓋で半分隠れている。よほど小浪の動きが凄まじかったのか、
口や鼻から白濁液が一筋二筋垂れてしまっている。
少し目線を落とせば、赤いセーターの首周りがぐいぐいと伸ばされ、鎖骨の端が見えていた。

脱力した弓子が、床に膝をついたまま、小浪の足に寄りかかった。
身体が前に傾いだはずみで、彼女の唇から精子らしきものがもう一筋落ちる。
彼は様子をうかがったが、彼女は一向に反応を返してこない。
対処が思いつかなかった彼は、彼女を抱きかかえて、自分のベッドに寝かせた。

弓子のパンプスが床に転がって、からんと音を立てた。
音は小浪に聞こえていたが、彼に拾う気力がなかった。

四肢をだらりと脱力させたまま、弓子が病室のベッドに横たえられている。

(改めて見ると、本当にまずいな。これ、見つかったら野球どころじゃないぞ)

仮に、弓子が同意の上だ、と証言してくれても、週刊誌のネタにされるのは間違いない。
こんなスキャンダルを起こしては、優勝争いをしているチームメイトに、合わせる顔がない。

(……野球どころじゃないのは、今更か。バットで殴られたのに比べれば)

チームのことを思い出して、小浪は病室の掛け時計を見た。試合開始には、まだ時間がある。
つまり、野球仙人の告げた時間制限も、まだ残っている。

(いやいやいや、まさか。お前、一回も二回も同じだ、なんてこと)

小浪は、無防備な弓子から後退りした。これ以上近くに居れば、また過ちを犯しかねない。
彼がもぞもぞとベッドの上で動く。偶然、彼の手が、彼女のストッキングに包まれた脚に触れる。
彼女の柔らかい感触が、手に残る。

(伝線しちまってら。病院の売店に、ストッキング売ってたっけなぁ)

小浪は自分の気を反らそうと、強いてくだらなさそうなことを考えた。
ストッキングの伝線は、弓子の膝から、すっと上に伸びていた。彼の目が、伝線を辿る。
フレアスカートで隠された、程よく柔らかそうな腿まで、視界に入ってくる。

(あ、これ、やばい)

普段はすらりと伸ばされた弓子の脚。
今はだらりと半開きで、ベッドの上に置かれたまま。
そんな彼女の履くストッキングに、小浪は伝線以上の異変を見つけてしまった。

(濡れて、る。ユミコが、あれで、濡れてた、のか)

最初から確信を持てるほど、弓子の濡れ具合は明瞭でなかった。
だから、小浪は後退りさせた身体を、前に戻す。手を伸ばす。フレアスカートをめくった。
黒いストッキングの内側で、赤い下着がぐしゃぐしゃに乱れていた。

小浪は膝立ちで弓子に近寄ると、フレアスカートを脱がせて、部屋のどこかに投げてしまった。
もう彼女は逃れられない。まさか、スカートなしで部屋から出ることはできないだろう。
スカートを取り去ると、ストッキングの破れ目から溢れていた雌の匂いが、彼に迫ってくる。

(ユミコのやつ、こんなに濡らすのか……俺でも初めてみたぞ、こんなの)

弓子の赤レースの下着は、水気を吸って暗い赤に染まっている。
透けた陰毛の黒と合わさって、ひどく煽情的だった。
水気は下着どころか、太腿まで生乾きの痕を描いて、ボロボロのストッキングまで続いている。

「ユミコ、こんな有様なら、もういいよな」

小浪は、横たわったままの弓子に呟いた。が、返事も待たず、彼は彼女の両脚を掴んだ。
やや強ばっていた彼女の両脚を、彼は自分の肩に乗せて、彼女に近寄った。
彼女は胎児のような体勢で丸まった。

小浪の勃起した肉棒に、ストッキングの一部が引っかかった。
彼は無言で、邪魔立てしたそれを引っ張って千切った。びりびりと裂ける音が、さっきより弱々しい。
赤レースの下着を横にずらす。下着よりくすんだ血紅の粘膜が、てらてらと光って待ち受けていた。
彼は逸る肉棒を手で掴んで、狙いを定めて腰を沈めていった。

(何だろ……いつもと具合が違う気がする。気を失っているからか?)

小浪は少しずつ体重をかけて、弓子の中を堪能する。
彼女が脚を閉じ気味にしていて、入り口近くはやや狭い。
それから少し奥に進めば、ゆるゆると撫でるような収縮。

(これはこれでいいな。溜まってるから、キツイと余裕が無くて)

小浪に上からのしかかられて、弓子が苦悶の息を漏らす。
まだ彼女は目を開けない。彼は調子に乗って、肉棒を奥へ押し付け続ける。

「んう、うぐっ、んんあ、んあっ、ふあっ、な――こ、小浪、くんっ」

下半身の中にぐいぐいと踏み入られ、ついに弓子が目を開けた。
意識が戻った瞬間の、無防備な精神に、狂った性感が襲いかかる。

「あ――い、ぎっ、あ、だっ、ダメっ、これッ、ダメ、あ、あがっ、ふあアあッ!」

小浪は屈曲位の利に任せて、弓子へ奥深く突き刺したまま、悠々と腰を使う。
彼女はわけも分からず藻掻いた。が、くたくたに蕩け切った肉体を、完全に抑えられている。
脚をばたつかせただけ粘膜の摩擦が増して、彼女に快楽の毒が回っていく。

「ダメだって。ダメか、これが?」

小浪がさらに腰を落とし、肉棒を根元まで収めた。
そのまま腰を小さく横に往復させ、弓子の膣壁に肉棒を何度も擦り付ける。

「うあっ、ぐ、かは――あっ、かっ……あ、あっあっ」

弓子の背中は、三日月か弓のように反らされた。これで肺が動かなくなり、もう悲鳴も出せない。
顎も上がりきってしまって、小浪からは彼女の首筋より上が見えない。

小浪は腰の往復を続ける。二往復、三往復と数を重ねる。
弓子の肌に、汗が目に見えて浮く。肌の浮き沈みに合わせて玉のように転がりまわる。
まだ往復を続ける。ベッドに彼女の頭がぐりぐりと押し付けられ、黒髪が無残に渦巻く。

「も、も――だ、だめ――んあはあッ、こ、なみ、な、あ、あ」
「ユミコのダメ、はダメじゃないから、なぁ」

小浪はさらに往復を重ねる。弓子の両脚が、藻掻くのを止める。
痙攣が切れ切れになって、爪先が空中を彷徨う。
前後の抽送でもないのに、ぶじゅ、ぶじゅと目立つ水音がする。

弓子が身体を反らすのに耐えられず、ついに背中がベッドに落ちた。
小浪は腰を止めて、彼女の顔を見下ろした。

「ダメ、じゃなかったよな」

弓子の両脚が、かくん、といきなり力を失った。
それに乗じて、小浪は彼女の両脚を押し広げ、彼女の顔に自分の顔を近づけた。

「今、ユミコも、もっとしたいよな」

弓子は、縦にも横にも、首を振らなかった。振れなかった。
答えを待つ代わりに、小浪は彼女の唇を貪った。

「あっ、んはぁ……これ、きちゃう、中と、外で、ずるずる、擦れて……っ」

ベッドの端に座った小浪に、弓子が正面からしがみついていた。
両手は彼の肩に回され、両足は彼の腰に絡みついている。
衣服はいつの間にか打ち捨てられ、二人の肌は限界まで重なり合っている。

「う、うわ、ユミコ……腰、すごく、てっ、俺、やばいかも」
「だって……こすれるの、気持ちいいんだから、と、止まらないの」

二人がつながっている所からは、精液と膣汁が混ざった混淆物が、失禁したような量となって垂れている。
そこで、じゅっじゅっと湿った摩擦音を病室に散らして、弓子は腰を執拗に前後させていた。
男が抽送でスパートをかけているのにも並ぶ勢いだった。

(射精した後のこと、考えてなかった……ゆ、ユミコが、止まらないぞ……)

小浪の激しい責めに煽られて、弓子はついに肉欲に屈した。
場所を選ぶ程度の理性さえ霧散していた。

「あ――また、くる、ナカで、くるのっ、あっ、いいっ、く、クるうッ!」

弓子が言葉とともに、四肢を震わせ、小浪を抱き締め直す。
彼女の肉体が、硬直と痙攣の間を行ったり来たりしている。
小浪は、彼女の全身が、心臓のごとく拍動しているかと思った。

(た、溜まってたから、まだ萎えてないけど。このままじゃ、ユミコにがつがつやられたまま)

今更になって、小浪は時間切れのことを思い出した。ここが病室であることも思い出した。
こんな痴態を見られれば、ただでは済まない。と言っても、彼は言葉ほど慌てていなかった。
狼狽するほどの気力は、既に弓子によって奪われていた。

(……こうなったら、これで最後だ。持ってくれよ、俺の……)

意を決した小浪は、弓子の耳元ぎりぎりまで顔を近づけて、出し抜けに囁く。

「なぁ……ユミコ、駅弁やっていいか?」

小浪は、もう言葉を飾っていられなかった。
あんまりな台詞だが、弓子は下肢をぎゅっと引き締めて応えた。

「なんだ、駅弁で通じるのか。意外とユミコもイヤらしいな」
「こんな有様にさせといて……何を今更よ、ホント」

弓子は、興奮に弾む肉体を、小浪に擦りつけて甘えた。
彼は彼女を抱えたまま立ち上がるべく、両膝を鋭角に曲げて下肢に力を込める。

「ね、ねぇ、小浪、くん。そんな抱えられ方、されたら、私」
「そんな、って、どんなだ」
「だ、だから、私の脚、そうやって……」

小浪は、今まで弓子の背中に手を回していた。
が、立ち上がった後の安定感を考えて、彼女の尻肉を両側面から鷲掴みにしていた。

「下から支えた方がいいだろ……病院で怪我するのは嫌だぞ」

小浪がゆっくりと中腰まで弓子を持ち上げる。肉棒の角度が、さらに急になる。
彼女の下肢の引き攣りを、中と外から感じ取る。

「だって、そんな持ち方されたら……ひ、開いちゃうような気がして」
「どこが?」
「な、中っていうか、奥っていうか」

小浪は自分の両手を、弓子の尻肉がパンパンに張るほど食い込ませた。
もう二人の身体はベッドから離れている。結合部にも相当な負荷がかかっていた。

「あっ……ふ、ふかい、よっ、あ、これ、あ、うぁあっ」

そしてその負荷は、小浪の肉棒を経由して、弓子の膣奥を抉る。
彼女の切れ切れの声とともに、肉襞がぞわぞわと騒ぐ。もちろん彼女の外も無事ではない。
尻笑窪がぎゅうぎゅうと喚く様は、彼の両手に把握されている。
腹より上は、重さも欲望も、完全に彼へ委ねてしまっている。

(何だか、いい感じだぞ、これ)

小浪はずっずっと全身を軽く屈伸させ、弓子を上下に揺さぶった。
彼女は最早ほとんど絶句して、しがみつくのもやっと。

「あ……わた、し、おく、で……奥で、イクっ、い、く……ッ」

弓子の声は、だんだん人間のものから遠ざかっていった。
まず舌が回らなくなって、私という一人称が脱落した。
奥、とか、イク、ということばかり繰り返した。その一回ごとに、小浪は腰を動かした。

「あ……お、あ、うぁっ、あっ……」

やがて弓子の頭が回らなくなって、乳児じみた喃語しか出てこなくなる。
小浪は最後の力を振り絞って追い込みにかかる。

「い……イク、ぞ、ユミコっ、ユミコっ!」

小浪が耐え切れなくなって果てる時、彼は無意識に弓子の名前を呼んでいた。
精魂尽き果て、二人は絡まったままベッドに沈む。乱暴な倒れ方だったが、もう痛みさえ感じない。
脳の感覚が飽和していて、何も入れられない。身体どころか、目蓋やくちびるにさえ力が入らない。

二人が、惨状に狼狽する気力を取り戻すまで、あと少し。

『……六回表、モグラーズの攻撃は三番・古沢から。今日3回目のアットバット――』

小浪は病室のベッドに座って、ラジオで野球中継を聞いていた。
モグラーズは相手チームに先制を許してしまった。さらに打線も湿ったまま。
そんな戦況にもかかわらず、彼は歯噛みの一つもしていない。

(これっきりかな……ユミコと、あんなことになるなんて)

情事の後片付けは、以前に怪しい笛をくれた看護婦さんが、たまたま手伝ってくれたため、どうにか誤魔化せた。
もし彼女の助けが無ければ、小浪と弓子は社会的に大惨事であった。

(そんな危ない橋を渡ったってのに。溜まってたの吐き出してスッキリしたはずなのに)

小浪の脳裏に、去り際の弓子が思い浮かんだ。顔を伏せて『また、来るから』と、
彼女らしくないぼそぼそとした呟きを零して、足早に病室を出て行った。

(ユミコのくちびるを見ると、アレを思い出してしまって……クセになっちまったかなぁ)



野球仙人は嘘のように消えていた。
神様ポイントを使い切ったのか、小浪の前に二度と現れることはなかった。
ラブダイナミックスEXの時間は、間違いなく切れていた。

それでも、また弓子の肌に――あまつさえくちびるに――触れることがあったら、
小浪は今日のような痴態を繰り広げてしまうかもしれない、と思った。

(これじゃ、おかしくなったのは俺じゃねぇか)



(おしまい)

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