空を覆う木の葉の隙間から、私たちを照らす満月。 
 胸を切なく締め付けてくるその光の円を、 
 私――木岡鈴音はじっと見つめていました。 
  古典に書かれていたように、夏は月の輝く夜が一番良い。 
そんなことをしみじみと思います。 
 蛍を見ることができないのは、少し残念でしたけれど、 
 静寂の森林の空気は、それを補ってあまるほど心地よいものです。 
 「鈴音さん」 
  耳に入った愛しの人の声に誘われて、 
ゆっくりと、視線を幸せな重みがある膝上に向ける。 
 「どうしました?」 
  敷物もなく座り込んでいるのは、少々行儀が悪いことではないのか。 
 今更ながらにそんなことを思いましたが、 
こちらを見上げて安らいでいる彼と視線が絡んだ瞬間、 
そんな些細なことは、どうでもよくなってしまいました。 
 「いや……」 
  返答をせず、彼は迷うように頬を掻いて、 視線を私から逸らしました。 
 熱気のこもった風が、彼の前髪を揺らす。 
  急かすことはせず、私は彼の頭を軽く撫でました。 
 手に絡む、自分のものより少しだけ固く、少しだけ艶のない黒い糸。 
 汗をかいているためか、それとも手入れを怠っているためか、 
 触り心地はあまり良いとは言えません。 
ですが、気持ちよさそうに眼を細める彼の、 
その子供のような無邪気な表情を見るだけで、心が幸せに満たされていきます。 
 「……好きだよ、鈴音さん」 
  しばらくして耳に届いたのは、飾り気のない愛の言葉。 
それは少々唐突ではありました。……が、なんとなく、 
そう言われるだろうと、わかっていました。 
 「私も……愛しています」 
  そのため迷うことなく、隠す必要のない本心を舌にのせます。 
 彼と同じ――けれど少し違う、愛の言葉。 
 「あ……うん。俺も、愛してる」 
  愛と言う言葉を使うのを恥ずかしがったのか、 
――どうも彼はそういう傾向がある―― 
彼は少し顔を赤らめて、言葉を返してきました。 
  ちゃんと口に出して愛を伝えてくれる、 
それだけで、十分にうれしいものです。 
 「……ははは」 
 「くすくす……」 
  照れを隠すように、互いに笑う。 
  鼓動が緩やかに激しくなり、彼の瞳に吸い込まれて。 
 「ん……」 
  閉じる瞳。いつのまにか、私たちは口づけをしていました。 
 本当に、いつのまにか。 
  始めて口付けした時のような高揚感は無いのですけれど、 
 甘美な時間を共有することは、とても良いものなのでした。 
 「…………あら?」 
  口づけを終えると同時に、強い光に照らされる地面。 
  見上げると、私たちを祝福するように、 
――そう思うのは少し傲慢でしょうか――夜空に輝く花が咲いていました。 
それは、聞き慣れた轟音によく似ている、 
けれど恐怖感より腹に響く心地よい感触が勝る、 
そんな音を伴う夏の風物詩。 
 「始まっちゃったね、……ちょっとまずいかな?」 
  花火大会に行こう。彼がそう言ったのは一週間前。 
もちろん賛同して、彼と一緒に父やイチにバレないように計画を練り、 
 二人で浴衣を吟味して、今朝早く家を出発したまでは良かったのですけれど。 
 「そう……ですね。そろそろお父様のところに戻らないと」 
  どこからか(彼の同僚からの可能性が高いです)情報が漏れたのでしょう、 
 会場についてすぐ、激怒した父(と必死にそれを止めようとしているイチ)に追いかけられて、 
 森の中へと逃げることになって。 
 「……気が進まないなぁ」 
  二人をまくため、私を抱えて走り続けた彼が力尽きたのが十分ほど前。 
 休憩している間、父に見つからなかったのは、幸運と言えるでしょう。 
  それに―― 
「ふふふ。大丈夫です、お父様ならすぐに機嫌を直してくださいますから」 
 「そうだと……いいけど」 
  実のところ、彼とお父様が喧嘩しているところを見るのが、 
 少しだけ楽しいのです。まるで昔見たテレビのネコとネズミのように、 
 仲良く、楽しくケンカをしているのですから。 
 「そういえばさ、なんでお父さんは怒ったんだろ? 
デートぐらいで怒るのはなんだからしくないような」 
  前髪をいじりながら、不思議そうに彼がつぶやく。 
 最近は彼がついうっかり(非常に頻度の多いうっかりですけれど) 
 言葉を滑らせない限り、お父様が怒ることはあまりありません。 
 色々と思うところはあるようですけど、 
なんだかんだ言って、彼のことを認めているのですから。 
 「たぶん……仲間外れにされたのが寂しかったのでしょうね」 
  そんなお父様が起こった理由。 
それはきっと、とても単純で、少々子供じみたものなのでした。 
 「……くっ、ははははは」 
  私の太ももに顔をうずめ、彼は笑いだしました。 
その発作にも似た笑いを鎮めようと、震える広い背中を優しく撫でる。 
 暖かく、少しだけ汗で湿った背中。 
だんだんと、震えは小さくなって。 
 「ああ、苦しかった。……花火、奇麗だね」 
  動きが止まると同時に、彼は再び私の膝を枕にして、空を見上げました。 
それにつられて、私も咲き乱れる花を見つめます。 
 「……そう、ですね」 
  月と星を覆い隠すように、 
 赤、黄、青、様々な色の花が空を染めています。 
 「よいしょっと……行こうか?」 
  勢いをつけて立ち上がり、彼が手を差し出してきました。 
 「はい!」 
  その手を掴む。花火が終わるまでにはまだ時間があります―― 
「うーん、会場はどっちだっけ?」 
 「……えっと」 
  彼の言葉に困惑する私。 
 慌てて逃げたため、どちらへ進めばいいのかがまったくわからないのです。 
 「まあ、適当に歩けばいいか」 
 「……はい!」 
  彼は――きっと私にそっくりな――苦い笑みを浮かべながら、歩きはじめました。 
 汗ばんだ熱い手。手の冷たい人は心が温かいといいますが、 
 熱い手の持ち主でも、心の温かい人はいるものなのです。 



  それからしばらく。 
 時折立ち止まって花火を見つめつつ、歩を進めていると。 
 「しかし……なんだか薄気味悪いね、この森」 
  突然、彼がそんなことを言い出しました。 
まばたき。改めて森を見渡してみます。 
 確かに、人の気配のしない夜の森は、 
 少々恐怖感をあおるものかもしれません。 
 「……そうですね。けれど、これはこれで、風情があって良いと思います」 
  ですが、都会には無い清々しさに満ちた森の空気は、
 心を十分に安らげてくれるものでした。 
 「いや、俺も嫌いじゃないけどさ。何か出てきそうで」 
 「何か……ですか?」 
  彼が不吉なことを口走った、その瞬間。 
 (……んっ、あっ!) 
  花火の音にまぎれて、妙な声が耳に届きました。 
 甲高い――おそらく、若い女性の声。 
 『………………』 
  どちらともなく顔を見合わせて、見つめあう私たち。 
 少々――いや、かなり気まずいです。 
 「……聞こえた?」 
 「はい、向こうの方……でしょうか?」 
 (ふぁ! あっ、あっ!) 
  私が顔を向けた先から、断続的に声が届いてきます。 
 距離としてはあまり遠くないようで、集中して聞こうとすると、 
はっきりと――その……喘ぎ声だとわかります。 
 「そ、その」 
 「……」 
  顔がだんだんと熱くなるのを自覚して、私は頬に手をあてました。 
  私も、うぶなねんねではないのですが……やはりその、恥ずかしいです。 
 「行ってみようか?」 
 「はい?」 
  素っ頓狂な声が喉から飛び出して、慌てて両手とで口元を押さえました。 
 恥じることはないでしょう――彼の言った言葉の、突拍子もなさを考えれば。 
  手をゆっくりとお腹の上において、深呼吸をひとつ。 
 気分が落ち着いたのを確認して、問いました。 
 「その……覗きに、いくというのは、 
 少々野暮というものではないのでしょうか?」 
 「いや、こういうところでしてるってのは見られたいってのもあるんだよ」 
  迷うことなく即座に反論してきた彼の瞳は、怪しげな光に満ちていました。 
 「そう……なのですか?」 
  その瞳に操られるように、つぶやいてしまう私。 
……間違っているとは、わかっているのですけれど。 
 「そうなのです」 
  こちらの口真似をしながら、 
うんうんと首を縦に振り、朗らかな笑顔をつくる彼。 
 無邪気な、本当に邪気の一片もない笑顔。 
 「できるだけ忍び足で行こうか、さっ」 
 「あ……はい」 
  その笑顔の裏には――邪気はないのですけど――獣が潜んでいるのでしょう。 
ですが…… 
(興味がない、と言えば嘘になりますし) 
  結局彼に逆らうことができずに、歩き始めました。 

  彼と肌を重ねた回数も、それなりに数を数えました。
 初めはかなり苦痛だったのですが、 最近ではだんだんと、その、気持ち良くもなってきています。 
この前など、良くなりすぎて、大量に……。 
 (いえ、あのことは忘れましょう) 
  あの痴態は、いくら彼が『可愛かった』と言ってくれても、ひどかったものですし。 
 軽く頭を振って、浮かびかけた記憶を心の奥底にしまうことにしました。 
 「抜き足、差し足、忍び足〜♪」 
  小さく歌いながら、けれどまったく足音を決し立てずに、彼は中腰で移動していく。 
 私もできるだけ音を立てないようにしているのですけれど、 
なかなか彼のようにうまくいかないものです。 
 「……ストップ」 
 「!」 
  低く、短い声が聞こえて、私ははっとして、視線を前に向けました。 
 真剣な表情を――それでも、どこか邪な笑いを含んだ――浮かべながら私に語りかけてきます。 
 「ちょっと遠いけど、見える?」 
 「は、はい」 
  彼が指し示す先――連なる木々の隙間に、何かが動いているのが見えます。 
 夜の闇のせいで、あまりはっきりとは見えないのですけれど、 
 人が絡み合っている、というのは何となくわかります。 
 「……もうちょっと近づく?」 
  にやけた彼の声に、いつのまにか、 
 眼を凝らしている自分がいることに気がつきました。 
  はしたない。羞恥に顔が熱くなる。 
 「あそこの茂みまで行けば、鈴音さんも満足できるんじゃないかな?」 
  そんなことをいって、彼が蠢く影から少し離れたところを指さす。 
 彼に他の女性の痴態を見てほしくはない。 
そんな気持ちもあって、少しだけ悩みました。が。 
 「……は、はい」 
  結局、頷いてしまいました。 
 『…………』 
  ゆっくりと、二人無言で歩を進める。 
 近づいていくにつれ、男女が絡んでいる姿がはっきりしてきました。 
 白い浴衣姿の――私達と同じく花火を見に来たのでしょう――女性が、 
 木に上半身を預けて、男性に後ろから突かれています。 
 花火の音にまぎれて聞こえる、本当に気持ちよさそうな声。 
 (……私も、あんな声を出しているのでしょうか……) 
  疑問に思いながら忍び寄って、 
  彼の言っていた茂みへとたどり着いた頃には、 
なんだか、体中が熱くなっていました。 
 「あんっ! は、はやく……はなび、終わっちゃう、からぁ!」 
 「大丈夫だって、まだ時間はあるから……」 
 「も、もう。ん……」 
  茂みの隙間から、絡みあう男女を横から見ることのできる、絶好の位置。 
 絶え間ない花火の光が、彼らを照らしているため、暗くて見えないということもありません。 
 会話の内容さえも、きちんと理解できるほどです。 
 「んあぁ……んっ、はぁ、ふぁっん、やぁっ!」 
  男性は女性のうなじにむしゃぶりつきながら、腰を叩きつけています。 
 何かスポーツでもしているのか、 
 隣にいる彼と同じぐらい、しっかりとした体の持ち主でした。 
 「んっ……ふぁ……はやく、はやくっ!」 
 「……もっと早く? しょうがないなぁ」 
 「ひぁ! ち、ちが……うぁ! あっ、あっ、ぁあ!」 
  女性の言葉が曲解されて、さらに動きが激しくなる。 
その獣のような身体のぶつけあいが、私の頬を赤く染めていきます。 
 野外にもかかわらず、ひどく乱れている男女。 
  何故かそれは、うらやましい、と思える姿でした。 
 「すごいね」 
 「…………はい」 
  ぼうっとした恍惚の表情で、後ろから身体が浮き上がるほどに 
激しく突かれている童顔の女性。――年齢は私と同じぐらいでしょうか。 
どこかおどおどとした感じで、時折辺りを見回しています。 
さすがに、外で身体を重ねているということは、不安が強いのでしょう。 
 (本当に、気持ちよさそうです……) 
  彼女の性器から流れ出る液体は、 
 薄く朱に染まった太ももに、一筋の線を作っています。 
 男根が、入って、出て、入って、出て。 
 単純な動きなのですが、それがとても気持ち良いということを、私は知っていました。 
 『…………』 
  行為を始めてかなり時間がたっているためか、 
 辺りに据えた匂いが充満していて、 
ここが野外だと忘れそうになるほどです。 
 「ふぁっ、んっ……んっ! んっ、あっ、ぁあ!」 
  一応。女性は手で口を押さえて、声を出さないようにしているようでした。 
けれど、快楽を我慢することができないのでしょう。 
 熱を吐き出すような、こもった声を断続的に上げています。 
 限界が近いのか、懇願するように手を男の身体に伸ばしていますが、 
 震えるその手は、力が入っているようには見えません。 
 「……ひゃっ!」 
  無意識のうちに、もじもじと股を擦り合わせていた私の肩に、 
ぽん、と音を立てて、何かが置かれました。 
 「……んっ……」 
  飛びあがるように振り返ろうとした瞬間、唇に湿り気を帯びた柔らかい感触。 
それは私が、心の奥底で待ち望んでいたもの。 
 「っちゅ……んっ」 
  固く締めていた唇をこじ開けて、舌が私の口内に侵入してきます。 
 熱気を帯びた彼の指も、首筋へと伸びてきていて、 
さわ、さわ、と、くすぐるように撫でてきました。 
 「んっ、んんっ……ん!」 
  彼の舌が、淫猥な水音を立てながら、 
 私の舌を潰してしまうかのように激しく暴れ始めた。 
その、口の中だけではなく頭の中身さえも掻きまわすような刺激に、、 
 私は身悶えしながら膝をつきました。 
 密着した背中からは、どく、どく、と激しい鼓動が伝わってきて。 
 「んっ……ふぁ、んっ……あっ」 
  口から飛び出して、汗を吸い取るようにうなじに噛みつく彼。 
 発する快楽はなぜか普段よりも強く、 
このままどうなってもいいかと思ってしまうほどです。 
 「だ、だめです。気づかれて……」 
 「大丈夫だって、夢中になってるみたいだし」 
  なんとか抵抗しようとするのですが、 
 彼が少々強引な言葉と同時に下半身を擦りつけてきて、 
ジーンズにさえぎられても分かるほど、 
はっきりとした硬い感触が私の臀部に当たります。 
 (もう、こんなに硬く……) 
  皮膚の一部とは思えないほど固い、その感触に、 
 私はまるで酔ってしまったかのように、ふらっと、力を抜きました。 
 「ぁ……」 
  両手を地面につけて四つん這いになる。 
 快楽を欲求し、自由に動かない身体。 
 彼のことを満足させたくて、働かなくなる心。 
 無骨な指で顎を掴まれ、 
 後ろを向かされて、彼の邪な眼差しに瞳を射抜かれる。 
 「……なんだか、期待してる目だね」 
 「!」 
  そして、ずばりと心の内を見透かされてしまいました。 
  そう、私は期待しているのです。 
いつ見知らぬ人に見つかるかもしれない、その状況の中で、 
 彼に貫かれ、精を注がれ、愛されることを望んでいる。 
  その考えはとても恐ろしい、ありえないもののはず。 
ですが、それには、逆らえないほどの誘惑がありました。 
 「何も言わなくていいよ」 
 「ぁ……」 
  耳の穴に息を吹き込むように囁かれて、私は完全に抵抗をやめました。 
 手慣れた手つきで、帯がしゅるり、しゅるりと外されていきます。 
 「はぁっ……」 
  下着をずらされ、あらわになる乳房に、彼の指が触れた。 
 乳首に汗を塗りたくるように動き、すでに固くなった突起をいじる指。 
  熱に似た快楽が、胸元から脳髄へと伝わっていく。 
 私は声を洩らさないように、両の手を口元に寄せました。 
 「あぁぁぁぁぁ! あ、ぁ……」 
  口元を押さえた瞬間。 
 大きな――それこそ、花火の音に負けないぐらいの――女性の絶叫が聞こえました。 
 二人して絶頂を迎えたのか、絡みあっていた男女の動きが止まる。 
 「ふぁ……あっ、あぁ……ふぇ……」 
 「おっと」 
  女性の足が崩れ、地面に崩れかけたところを、男性がしっかりと支えました。 
 女性の紅く染まった頬に、輝く汗。 
 彼女の呆けた表情は、大きな幸せに包まれているように見えました。 
 「ひぁ!」 
  耳に届く、自らの嬌声。 
 彼の指が、私の秘所へと侵入を始めたのです。 
 触れられていないうちから、存分に濡れそぼっていたそこは、 
 彼の指をたやすく飲みこんでしまう。 
 「鈴音さんも、あんなふうに気持ち良くなりたい?」 
  そんな言葉を、彼が耳もとでささやいてきました。 
そして秘所をいじっていないほうの彼の手が、 
 私の手を掴み、男根を触れさせます。 
 手のひらに伝わる、ぴくぴくと蠢く熱いモノ。 
 少し濡れているのは、彼の汗か、それとも先走った体液なのか。 
 「い、いえ、その、今は……」 
  その液体の感触に心震わせながら、私は彼の言葉を否定しました。 
すでに抵抗する気力はすでにないとは言え、 
 素直に『気持ち良くなりたい』とは、言えるはずもありません。 
 野外で、見知らぬ人がすぐそばにいるというのに、 
 『気持ち良くなりたい』等と言ってしまっては……その、 
 『いんらん』な女と思われてしまうかもしれませんし。 
 「嘘は、駄目だよ」 
 「あっ! そ、そこは……んっ!」 
  胸の突起がつねられ、うなじに歯を立てられ、太ももの内側を爪で引っ掻かれる。 
どの場所も、彼に快楽を教えてもらった、私の弱いところ。 
 「お。あの人たち、第二ラウンドに入るみたいだね」 
 「え……?」 
  彼の言葉に、知らずに閉じていた眼を開き、前を見る。 
 先ほど終わりを迎えたはずの男女は、 
いつの間にか体勢を変えて、情事を続けていました。 
 男性が下、女性が上。所謂騎乗位。 
 女性の身体はこっちを向いていますが、 
 幸いにもこちらに気づいてはいないようです。 
 「ふぁ、はぁ、はぁ……、また、硬くなったね……」 
  情欲に満ちた瞳で、女性は自らの性器を男性器に擦りつけていました。 
すでに外でしているという自覚は無いのか、 
 先ほどまでの、おどおどとした感じは全くありません。 
 「恵理。花火見たいんじゃなかった?」 
 「ご、ごめんね……その……」 
 「物足りなかった? ……恵理はほんとエロイなぁ」 
 「うぅ……」 
  目の端に涙を光らせ、うなだれる女性。 
それを見ている男性の声には、どこか、 
 私の身体を撫でまわしている彼と、似ている響きがありました。 
 「まあ、花火は来年もあるから、俺は別にいいんだけど……そうだな」 
 「?」 
  そんなことを言って、男性が女性の乳房を掴む。 
 改めて見てみると、少しだけ私の方が大きいようです。 
ちょっとだけ、優越感が生まれた、のですけれど。 
 「こっちで、していい?」 
  どん、花火の音が聞こえて、彼らが一瞬強い光に照らされます。 
その光で、男性の指が触れている箇所が見えました。 
 女性器、よりも後ろ…………!? 
 「え? お、おしり? ……う、うん。準備は、してきたから」 
 「!!!!!!!!!!」 
  優越感が、一瞬で消えさります。 
  あろうことに彼らは、その、お尻の穴の方で、するつもりのようです。 
 「と、止めたほうがよいでしょうか?」 
  慌てて彼の方向を向いて、聞いてみます。 
 「いや、止める必要はないって」 
 「ですがその……」 
 「まあ、大人しく見てようよ。せっかくだし」 
 「……はい」 
  頷いて、快楽に小さく震えながら、彼らを見つめていると。 
 「あ、ローション持ってきてたんだ……」 
 「もちろん。恵理と出かけるときはいつも持ち歩いてるから」 
  そんな会話が、聞こえてきました。 
 「あ、そうなんだ。……え? いつも持ち歩いてるの?」 
 「もちろん。バイブ、ローション、コンドーム。三点セットでお買い得」 
 「わけわかんない……ん!」 
  妙な会話を続けながら、男性はローションを自らの手に出して、 
 女性の秘所――その後ろへと、手を伸ばしました。 
 指を菊門へと侵入させられて、女性が小さく身じろぎする。 
 「ふぁ、ふぇ、ゃぁ……おしり、はいって、ん!!」 
  その声があまりにも気持ちよさそうで、ああ、私も…… 
「……興味津津だね、鈴音さん」 
 「! そんなこと……んっ!」 
  からかうような彼の言葉を、全力で否定、するのですけど。 
 「……実は、鈴音さんもこっちでしてほしいとか?」 
 「ぁ……ん!」 
  彼が、指で菊門の周りとなぞってきます。 
  背徳感が、背筋にぞわっ、という快楽を襲いかからせて。 
 「だ、だめです! その、準備していませんし、その! あ!」 
 「その?」 
  涙が瞳から溢れだし、頭がくらくらする中、それでもどうにか。 
 「やはりその、初めては……あなたの部屋で……お願いします」 
  精一杯の、懇願をしました。 
 「…………」 
  訪れる沈黙。少しだけ冷静さが戻ってきました。 
なんだか、ずいぶんと恥ずかしいことを口走ってしまったような気がします。 
 「鈴音さん、ごめん。我慢できない……」 
 「え……ぁん!」 
  いきなりでした。宣言してすぐに、彼が一気に私の中へと男根を侵入させてきました。 
 小さな衝撃が身を襲って、息が詰まる。 
  硬い肉棒が、私の膣内を蹂躙し始めます。 
 「んっ……ん! あっ、ん〜〜!!!」 
  彼の腰の動きは、あまり激しくはありません。 
 一応、音が聞こえないように注意しているのでしょう。 
ですが、その分強く膣壁に強く擦りつけてきて、 
 大きな声が出そうになるほど、きもち、いいです。 
 犬のように四つん這いになり、他人の性行為を眺めながら交わっている。 
それを意識しながら、私は。 
 「ん゛〜〜〜〜!!!!」 
  三十秒もたたないうちに、軽い絶頂を迎えました。 
 一瞬だけ白む意識。 
 手の力が抜けて、地面へ倒れそうになって。 
 「ふぁ……ん」 
  危ういところで、彼に手を掴まれて、地面に顔をつけることを回避します。 
なんとか再び四つん這いの体制を取って、絶え間なく続く彼の攻めを耐える。 
 「いつもより、凄いね。いい感じに締め付けてくるし、 
えっちな液がだらだら出てるよ」 
 「そんなっ、こと、ふあぁ……あっ! 言わないで、ください……」 
 「でも全部ホントのことだからね……鈴音さんは」 
  彼は胸の突起をつねり、胸全体を強く揉み始めながら、 
 「外でしてるのがいいの? それとも見つかるかもしれない、ってのがいいの?」 
  問いを、投げかけてきました。 
 答える余裕など、あるはずもないのに。 
 「うぁっ! ……ふぅ、あっんっ、んっ……ん!」 
  彼の膨れ上がった先端部分が、浅い膣内に擦りつけられた。 
そう思った次の瞬間、奥まで一気に貫かれる。 
 首筋を噛まれて、腰をさらに強く押しあてられ、奥の奥――子宮口付近を擦られて。 
 深い絶頂へと、私は押し上げられていきます。 
 「けほっ……はぁ……ん、ん〜〜〜!」 
  こぼれる嬌声を抑えるために、再び口元に手を当てました。 
まだ、なんとか絡んでいる男女を意識する余裕はあります。 
 「恵理。どんな感じ? 言ってみて」 
 「は、はいってる。はいってるの。おしりに、あなたの、全部。 
あ、ああ、うごいてる、うごいてる……やあ!!」 
  向こうも、再び動き始めたようで、気持ちよさそうな声が、聞こえて。 
 「んんん〜〜〜〜!!!」 
  それに影響されてか、急に、彼の動きが、激、しく、なって。 
 「鈴音さん! 鈴音さん!」 
  耳元でささやかれる彼の声、お尻に彼の腰が痛いほどにぶつけられる。 
 「だ、だめぇ、で、す。あ、ああ、あ。おと、音が、聞こえてしまい、や、あん!」 
 「ごめん。止めれない!」 
 「ふぁ! あっ、あっ、ん! はっ……ぁ!!」 
  彼の固いものが私の膣内で激しく暴れる。 
 最奥が、突かれて、突かれて、突かれて。 
 頭の中が、白く、白く、消えて、いって。 
 「や、ぁっ! あっ、ああっ、ん゛〜〜〜!」 
  身体に力が入らず、私は冷たい地面に顔をつけた。 
 冷たくて、気持ちがいいです。 
ああ、でもそれ以上に、彼のモノが、気持ち良くて。 
なにかが、くる、きてしまいます! 
 「はっ、はっ、はっ……鈴音さん! 鈴音さん!」 
  彼の声が、脳を痺れさせるほど強く聞こえる。 
ぱちゅぱちゅという音は、私たちの音なのか、男女のものなのか。 
 視線を向ける――彼女も、限界が近いので、しょうか。 
ずいぶんと、声が。……声? 
 「気づ……かれて、しまいます! だめっ、だめです! あ、声が、大きな声が、出」 
  私の口から、いつの間にか大きな声が漏れていました。 
 必死で口元を押さえるのですが、指の隙間から、漏れてしまって。 
 「あああ!!! あっ、あっ、あああぁ!!!」  
 「だ、だめ。いっちゃう。外なのに……おしりなのに! 
くる、きちゃう、だめ、だめぇぇ!!」 
  私の嬌声に重なって、誰かの声が聞こえて、私は。 
 『ああああああぁぁぁぁぁ!!!!!』 
  絶叫とあげる同時に、身体をびくんと震わせて、絶頂へたどり着きました。 
 快楽が体中を襲い、ふわふわと身体が浮かぶ。 
 「ふぁ…………あっ……ああ……」 
  どく、どく、と、精液が子宮の底にまで、流れ込んでくる。 
 身体の全てを彼に支配されて、彼のものになって、 
 彼を感じて、彼と快楽を共有して。 
 「あ……あぁ……はぁ、あっ……」 
  彼の射精が止まるまで、私はずっと絶頂の中にいました。 
ぬぽっ、と。私の中からモノが抜ける、間抜けな音が響くまで、ずっと。 
 「ふぅ、ふぁ、はふ…………」 
  息を整えながら、私は地面に擦りつけていた顔を上げました。 
 「え…………?」 
  眼に映ったのは、女性の顔。 
こちらをしっかりと見ている、呆けた顔。 
 「…………」 
  眼を二、三度、瞬かせた後、 
 女性は、ふらっと後ろに倒れてしまいました。 
どうやら気絶してしまったみたいですが。 
……これは、その。非常にまずいような気がします。 
 「……恵理? そんなに良かった? ……おーい?」 
  男性がそんなことを言っていますが、気にする余裕がありません。 
 「? 鈴音さん?」 
  手早く浴衣を身体に巻きつけて、私は後ろを向きました。 
 戸惑う表情を見せる彼に、口を開く。 
 「気づかれてしまった、みたいです。 
 逃げたほうが、よいでしょうか?」 
  混乱する頭をなだめながら、なんとか彼に伝えると。 
 「え? ほんと? ……よし。逃げよう!」 
  彼は事の終わった後のけだるさに満ちた表情から一転、 
 真剣な眼差しを作り、立ちあがった。 
  私も、続いて立ち上がろうとしたのですけど。 

 「……す、すいません。……腰、が」 
  あまりにもよすぎたせいか、腰が抜けてしまっていました。 
 慌てたように眼を躍らせる彼は。 
 「げ……く、くそ、こうなったら! よっ!」 
 「!」 
  叫んで、私を持ち上げました。 
まるでおとぎ話のお姫様を抱えるように。 
 「しっかりつかまって!」 
 「は、はい!」 
  勢いよく、走り始める彼。その首筋にしがみつく私。 
 私がお姫様というならば、彼は王子様なのでしょうか? 
……そんなことを思いついて、無性におかしくなって。 
 「ふふふっ……」 
  私は小さく笑って、空を見上げました。 
  花火の煙にまぎれて輝く月。 
やはり何故か、切なくなる胸。 
ですがその冷え切った感覚さえも、 
 彼のぬくもりがそばにあるのなら、どこか心地よいものでした。 



 「ん…………?」 
 「お、気がついた?」 
 「え……?」 
  眼を覚ました恵理に、俺は優しく語りかけた。 
 股間をふきふき、ふきふき、ふきふきと拭きながら。 
 事後に愛しい人の秘所をふくのは、とてもいい気分だ。 
そんなことを考えながら、微笑みかける。 
 「あ、あれ? ……えっと……ああ!!」 
  恵理はしばらく呆けた後、慌てて一点へと視線を向けた。 
その場所は…… 
(さっき誰かが逃げてった場所だよな) 
  ついさっき、誰かが逃げていく姿が見えた場所である。 
どうやら覗かれていたらしい。 
 恵理はきっと、彼、あるいは彼女を見てしまって、気絶したのだろう。 
 「……ゆ、夢?」 
 (よし!) 
 「ね、ねえ。……あそこに、誰かいなかった?」 
 「いや? 人の気配はしなかったけど」 
  素知らぬ顔で、丸っきりの嘘をつく。 
まあ、マスコミではなさそうだったため、たぶん心配はいらないだろう。 
 「良かったぁ……見られてたら私……」 
  恵理の心底安堵した言葉は、途中で遮られた。 
 「うおおおおおおおおおおおお!!!!」 
  がさり。そんな音とともに、聞こえてくる叫び。 
 同時に、何かが茂みから飛び出してきた。 
 「む、無理はしないでください! お父様はきっと許して……」 
 「くれないって! どこかできる限り迅速な遠くへ逃げよう!」 
 「……」 
  勢いよく、女性を――どこか、和の雰囲気漂う――抱きかかえた男が、 
 俺たちの横を走り去って行った。 
 聞こえた会話は、さっぱり意味はわからなかったが。 
 「夢じゃ……なかったんだ」 
 「……」 
 「おしりでしてたの……見られちゃった……」 
  恵理が、呆然とつぶやく。どうやら彼らは、俺たちを覗いていた人たちらしい。 
 「…………もう、お嫁にいけない……」 
 「いや。来てるから、もう」 
  うなだれる恵理。その頭を撫でる。 
  なんとなく夜空を見上げると、 
 心が温かくなるような、奇麗な満月がそこにあった。 




 〜おまけ:翌日〜

 「〜♪」 
 「……?」 
  朝。怒られることを覚悟しながら、食卓に向った私は、 
 昨日の激怒が嘘のように食卓についている父を見て、 
 少なからず驚きを隠せませんでした。 
  鼻歌を歌っているほど、上機嫌なお父様。 
……少しだけ、怖いです。 
 「おはようございます。お父様」 
 「おう! ……ん。そうだ。ほらよ」 
 「は、はい!……?」 
  朝の挨拶をすると、お父様が椅子から立ち上がって、私の手に何かを置きました。 
 白い球――彼がよく、手持無沙汰なときにいじっている球です。 
 「……野球のボール、ですか?」 
 「そうだ。……あの野郎に渡しとけ。二度と無様に負けないようにな。 
まあ、お守り代わりになるだろ」 
 「????」 
  よく見ると、サインが書かれています。 
 誰のものかはわかりませんが、プロの選手のものなのでしょう。 
……機嫌が良いのは、これが理由なのでしょうか? 
 「……まあ、昨日のことは大目に見てやる。さっさと席につけ」 
  そんなことを言うお父様の手には、色紙がありました。 
やはりサインが書かれているようです……文字が崩れすぎて、誰のものかはわかりませんが。 
 「は、はい……ありがとうございます」 
  礼を言うと、お父様は優しく微笑みました。 
それに戸惑いながら、私はボールを両手で包みこむ。 
  何故かあの森の匂いが、鼻に届きました。 .
 
 

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます