「なあ、神条社長ってずっとあんな感じだったのか?」
小波は前々から疑問に思っていた事を口に出す
あの時に出会った社長はいつもの社長では無かった。
それだけではない、朱里への一言も気になった。
(大事なら危険な目にあわせるべきでは無いぞ、ましてや愛する者ならな…)
その言葉を行った社長の顔は少し悲しそうだった。
「そんな事…無いわよ…」
朱里がそう呟く。
「せや、紫杏はそんなんやなかった…」
和那も槍を磨きながら昔の事を感慨深い顔をしている。
「アイツが死ぬまではな…」
和那から出た一言が気になる小波。
「アイツって誰だ?」
俺が和那に聞くと和那少しため息をついて言った。
「あんたの同僚に官取っていう奴がいるやろ?そいつにキャプテンの事を聞けばええ。」
和那はそのまま立ち上がり部屋を出て行った

後日、俺は官取に当時の親切高校のキャプテンの事を聞いた
「十野キャプテンの事?まあ、良いけど…」
官取は俺にキャプテンの事を教えてくれた
十野という人物はすごいバカで乱暴者でいつも何かに挑戦していた奴だったらしい
親切高校という場所は全寮制の高校で隔離された場所らしくなかなか外部との連絡が取れないようだった
だから自分達を律する自治会というものがありそこで会長を務めていたのが今の社長である神条紫杏だ
二人はそこで出会い恋人同士になった、というわけだ
だが官取はどうも社長にいい感情を抱いていないようだった
「なあ、どうして社長の事を嫌ってるんだ?」
「……出なかったんだよ」
官取は苦虫を噛み潰したような顔で言った
「へ?」
「だから、神条は出なかったんだよ。キャプテンの葬式に…」
一瞬理解できなかったがどうやら神条社長は恋人である十野キャプテンの葬式に出なかったらしい
そのことが官取は理解が出来ないようだ
「分かってるよ、あいつにもあいつの事情があったんだって。でも…」
問題は出なかったことよりその後のようだ。
帰国後、すぐさまジャジメントの仕事に精を出してるが十野の墓参りには一向に行くつもりは無いようだ
「前に一回聞いたんだ、何でキャプテンの墓参りに行かないんだって…」
官取は紫杏が行った言葉を思い出し唇を噛み締める
「そしたらあいつ、『死者に構う必要があるのか?』って言ったんだ。何様のつもりだよ、アイツ…」
この言葉を聞いた時小波はなんとも言えない気持ちになった
そして本当にそれは社長の本心なのか?という一つの謎も生まれた
一体彼女に何があったのだろう


小波は官取の話を一通り聞いたあと再び朱里たちのところへ行った。
「何だ、誰かと思ったら小波じゃない」
「よう」
小波は辺りを見渡すが誰もいない。
どうやら朱里一人だけのようだ。
「なあ、朱里から見てその十野っていう奴はどんな感じだったんだ?」
官取だけじゃどうも情報不足らしいのか朱里にも聞いてみる小波。
「十野?そうね…バカだったわ」
朱里も官取と同じ事を言う、そんなにバカだったのか?十野って奴は。
話を聞いている必ず官取の話からバカであることは知っていたが…
「へぇ、どんな感じだったんだ」
小波の疑問に答えるように朱里は十野の事を話した。
「だって、分数の足し算とかが出来なかったのよ!」
思わず呆気にとられる小波。
そんな小波を無視してそのまま喋る朱里。
「それだけじゃないわ五月雨を"ごがつあめ"って読む奴でもあったわ」
そして小一時間ほど十野に対しての悪口が続く
「……でも紫杏はそこが好きだったみたい」
悪口を言い終えた朱里は地面を見つめながらその時の紫杏の顔を思い浮かべた
「朱里…」
小波は辛い顔をしている朱里の隣に座り肩を抱いた。
朱里もそのまま小波のほうに身体を寄せた。
「ほっほう、見せ付けてくれますなぁ。」
「!?カズ!」
突然の来訪者に驚く二人。
「やっぱ、一人身は辛いなぁ…うちも恋人が欲しい〜!」
「な、何を言ってるのよ!こんな奴なんとも…」
和那のからかいに顔を赤くする朱里。
「別にええんやで、心はきちっと繋がってるんやろ?」
そんな朱里を見ながら和那はにやけている。
「なあ、カズ。お前にとって十野って奴はどんな奴だったんだ?」
朱里にじゃれている和那に質問をする
突然の質問に和那のから笑みが消える。
「……初恋の人や…」
「え?」
この事に小波は驚きを隠せなかった。
和那は心配するなと言わんばかりの笑顔を見せた。
「うちな、あいつに惚れてたんや。せやけどアイツは紫杏を選んだ、それだけの話や。」
あっさりしている割にはなにやら深い事情がありそうだ。
なんだかもっと話を聞ける雰囲気ではなくなってしまい小波は戸惑っている。
仕方がないので小波は別の質問をすることにした。
「そういやあのキャプテン死んだんだよな?交通事故か?」
しかし、これは地雷だった。
キャプテンの死、それは彼に関わる者なら決して触れたくない話題である。
「小波!」
朱里は小波の無配慮さに怒る。
「いや、別にええで。」
しかし和那は朱里を手で制し決心したかのように話し始めた。
彼に…いや、紫杏に一体何があったのかを…


事の発端は紫杏の一言だった
「この学校はジャジメントの実験場なんだ!」
甲子園から帰る途中のバスの中でずっと十野は考えていた
このまま放置しておいていいのか?
もしこの学校の事が世間に知られたら?
自分達も既に実験台にされているのか?
そしてなによりもこんな事を許されるのか?
頭の中で思いがぐるぐる回っていく
そして数日後、小波は紫杏に会うために屋上へ行った
「なあ、紫杏…」
「何?十野。」
十野は何かを決意したように口を開いた
「この学校の実験施設を壊そうと思う。」
「な!?」
あまりの事に十野の口を塞ぐ
「何を考えてるんだ!」
「そのままの意味だよ。」
「実験施設を壊すだと?馬鹿馬鹿しいにもほどがあるぞ、十野!」
「だけど俺達がいなくなった後、また知らない誰かが犠牲になるんだぞ?」
小波は紫杏の肩を掴み紫杏の瞳をまっすぐ見る
「親会社だかなんだか知らないけどそんなもので俺たちの学校が壊されてお前は良いのかよ!?」
「そ、それは…」
小波の質問に紫杏は口ごもる。
「俺は…いやだ!」
「あ、あたしだって! でも…」
小波の強い意志に対して紫杏はなにやら煮え切らない態度を見せた。
無理もないだろう、親切高校の親会社であるジャジメントは強大だ。
銃器から始まりサイボーグ、戦車、そして超能力者など様々な武器を開発しているのだ。
それだけではない、もし本社に知られたら世界を敵に回したも同然だろう。
だが、それでも小波はやろうとしているのだ。
「勝てないのは分かってる、でもやらなきゃいけないんだよ!」
十野はそう叫ぶと屋上は出て行った
「待って!十野!行くな!行かないで!!」
紫杏は十野を追いかける、しかし…
「うわぁ!」
「!?」
運悪く和那にぶつかってしまった
「イタタタ…」
紫杏は尻餅をついている
「なんや、紫杏。急に飛び出すなんて…元生徒会長らしくないで」
ぶつかった和那のほうは平然と棒立ちしている
そして和那が手を差し伸べようとすると…
「カズ、十野を止めてくれ!」
「は?」
突然紫杏が和那にすがってきた
もう希望は君しかいないという瞳で和那を見ている
「十野はここの実験施設を壊そうとしているんだ!」
「な、何やてぇ!」
「だが私には実験施設がどこにあるのか分からん…だからカズ、十野を止めてくれ!」
「わ、分かった!」
和那は了承すると二人は校舎の外へ飛び出して行った
(十野、無事でいてくれ…)
そう、心の中で願いながら…



「……これでよし…と」
十野は機械や薬品に爆発物を仕掛けた
「それにしても…」
資料やデータといったわけが分からないもの
至る場所に置かれている監視カメラ
「本当に実験施設なんだな…」
データの中には自分が知っている顔もちらほら見かける
「しかも爆弾とか武器とかがあるって事は結構重要な施設みたいだな…」
小波はそう呟くと実験施設から出て行った
そしてスイッチを押した…
ドカーン!という爆発音と共に実験施設が吹き飛ぶ
「…これで良し…」
そう思い校舎へ帰っていった

「何!?実験施設が爆破されただと!?」
理事長は青筋を浮かべてうろたえている
「はい、しかし本社に連絡をすればすぐ新しい実験施設が出来るでしょう、爆破した犯人は――」
桧垣は冷静に報告をする
だが一方の理事長はジャジメントに申し訳が立たない事を怖がっていた
(こ、このままではこの学校は閉鎖してしまう…はっ、そうだ!)
理事長はある事を思い出す
(神条君だ!確か会長は彼女を欲しがっていたはず!)
そう、ゴルドマンは紫杏を買っていたのだ
しかし、彼女が拒否した為、この件は保留になっている
(彼女をジャジメントに引き渡せばこの学校は存続するぞ!)
理事長はそう思い理事長室から出て行った

「十野!どこだ?十野!」
和那と紫杏が十野を学校内を探していると突然理事長が現れた
「おや、大江君に神条君じゃないか。どうしたのかね?」
「理事長、十野を知りませんか?」
紫杏は理事長に十野の居場所を聞く。
「十野君?……ああ、知ってるよ」
理事長は優しい笑みを浮かべて紫杏の腕を掴む
「理、理事長、少しの痛いだが…」
「安心しなさい、私が十野君のところへ連れて行ってあげよう…すぐにね」
なにやら様子がおかしい
そのことに気が付いた和那は理事長の手を放そうと腕を思いっきり掴む
「ぐぁぁ…」
「理事長センセ、嫌がる女の子を無理矢理連れて行くのはあかんと思いますわ。」
ギリギリという音と共に理事長は紫杏の手を放す
その時理事長はもう片方の手を懐に手を入れた
和那は嫌な予感嫌な予感がした。
そして何かを取り出し紫杏と和那に突きつける
「動くな!」
「!?」
和那の嫌な予感は的中した。
理事長が懐から取り出したもの、それは…
「この銃が目に入らないわけではあるまい、分かるだろ?茨木君」
理事長はあえて大江ではなく本名である茨木の名で和那を制す
「くっ…」
「さて、行くとしようか。神条君。」
一人なら何とかできるが今は紫杏がいる…
もしこのまま戦えば紫杏を人質に取られ和那はどうすることも出来ないだろう
それだけではない、紫杏が戦いのとばっちりを受ける場合もある
紫杏と和那が出した結論は…
「分かった、カズ、十野の事を頼む…」
「くっ、分かったで…」


十野が校舎に戻ってくると和那がやってきた
「十野!?」
「どうした?カズ、なんかあったのか?紫杏はいるか?」
呑気に紫杏のことを聞いてくる
「スマン!さっき理事長が来て紫杏を連れてかれてもうた!」
「なんだって!?」
突然の事実に驚く十野。
嫌な予感がする…
「…わかった!俺は紫杏を探してみる!」
「あっ、十野!ちょい待ちぃって!十野!!」
十野は紫杏を捜し求め学校内を走り回った。
偶然通りかかった荷田に紫杏の事を聞く。
「荷田君!紫杏を知らないか!?」
「会長?そういえば理事長と一緒に岬のほうへ行ったやんすよ」
奈桜から裏道の事を聞いていた荷田はマニアグッズを買うためにこっそり山を降りていた
その時偶然紫杏と理事長を目撃したのだ。
荷田が見ていたのはまさに幸運だろう。
「ありがとう!」
十野は自分の体力全てを出し切る速度で岬へ向かった。

「さぁ、神条君…私と一緒に来なさい…」
「断る、私はジャジメントに行くつもりはない。」
紫杏が拒否の言葉を言うと理事長の顔は修羅の如く変容した。
「なんだと!この小娘が!理事長である私に逆らうのか!?」
紫杏に銃を突きつけ脅しつける理事長。
「紫杏!」
森の奥から十野がやってきた
「ふひひひひひ!貴様か!貴様が私の夢を壊したんだな!!」
理事長は十野を見ると狂気の笑顔を見せた。
「理事長、紫杏を放せ!」
小波が紫杏を開放するように説得をする
「十野!来るな!」
紫杏は力一杯叫ぶ。
「そうはいかん、この娘をジャジメントに連れて行けばこの学校を残してもらえるのだ!」
「なんだと!?」
十野が紫杏に飛び掛ろうとする
「動くな!動くと神条君の頭が無くなるぞ!」
「くっ…」
十野は苦い顔をしている
「ククククク…せっかくだ。十野君、君に残念なお知らせをしておこう。」
理事長はニヤニヤしながら言う
「何が残念なんだ?」
「君がやった破壊行為、あれはまったくの無駄だったのだよ」
「何だって!」
「機械や薬を壊せばここの機能は停止すると思っているようだが…そんな事はないんだよ」
「う、嘘をつくな!!?」
「嘘ではない、機械や薬などはまた新しい物を作ればいいだけだ。」
「そんな…」
「君が壊すべきだったのは機械や薬ではなく桧垣君だったのだよ。」
桧垣先生、彼こそがこの実験施設の主任である
確かに彼がいなくなれば機械を動かす者も薬を作れるものもいなくなるため施設は一時的であるが封鎖される。
「桧垣君を殺せばこの施設も薬も意味がなくなるというのに…」
理事長はイヤらしい笑みを浮かべながら十野を見ている
「そ、そんな事できるかよ!人殺しなんて!」
「私は出来る!」
理事長は十野に拳銃を向け発砲してきた!

「うわわわわ!」
ギリギリで避ける十野。
「十野!」
「十野君、君は愚かだね…確かに君はあの時自分達より強いチームに勝って優勝しまった…」
理事長がジリジリと小波のほうへ向かっていく
「でもあれは運が良かっただけに過ぎないんだよ、だがそのせいで君は何でも出来ると勘違いしてしまった。」
「くっ…」
十野からだから冷や汗が噴き出している
「さようなら、愚かな生徒よ…」
理事長は十野に銃口を向け引き金に指をかける。
その時、紫杏はすかさず理事長のみぞおちにひじを叩き込んだ!
「ぐぉぉぉ!」
銃口が反れた!
十野はその隙を見逃さず、そのまま思いっきり体当たりをした!
重量級のキャッチャーを吹き飛ばす十野の体当たりである、喰らえば一たまりもない!
その体当たりを食らった理事長はそのまま海へ落ちそうになる、だが…
「只では死なん!!」
今度は銃口が紫杏に向けられている。
「!?」
思わず目をつぶる紫杏。
ターン!
乾いた音が辺りに響いた。
しかし、紫杏には怪我がない。
恐る恐る紫杏が目を開けると十野が自分の目の前に立っていた。
「…十野!!」
そして理事長はそのまま海へと落下して行った。
「うぐぅ…」
そのまま崩れ落ちるように倒れる十野。
「十野!しっかりして!」
紫杏は撃たれた十野を抱き上げる。
「……大丈夫か?紫杏」
「そんな事より血が…止血しないと…」
紫杏はハンカチを取り出し十野の傷口に当てる
しかし…血は止まらない
「止まらない…どうしよう…」
「……ごめんな、お前の言う事聞かなくて・・・」
「そ、そんな事どうだって良いでしょ!」
「俺…どうしても我慢できなかったよ。悪いことがあって、それを見過ごすなんて…」
十野は力のない声で呟く
「十野…」
「やっぱりバカだよな…一人で壊してやるって勘違いしてさ…」
「お願いだから静かにしてくれ、このままじゃ死ぬぞ…」
「最期に紫杏の顔が見れて良かったよ…」
「何を言ってるのよ!これで終わりなんていやよ!!」
十野は紫杏の顔を優しくなでる
「ありがとうな、紫杏」
十野の腕がガクリと崩れ落ちる



「十野?ねえ、目を開けてよ…十野…お願いだから…」



「十野ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



波の音と一陣の風が夏の終わりを告げていた…


「……」
小波は何も言えなかった
親会社の人体実験、そしてそれを暴き壊そうとした一人の少年…
だが結果は強い力によってちっぽけな十野という存在はは殺され、実験場もそのままになった。
和那は窓から外を見ながら呟いた
「それからや、紫杏があんなに厳しい目をしてんのは…」
和那は槍を強く握りあのときの思いを思い出す
「別れ間際に紫杏が言った言葉、未だに答えられへん。なんで彼が…"十野が死ななくてはいけないんだ"ってな」
血まみれの十野を抱きしめながら彼女は、紫杏はどんな気持ちだったのだろう
力の強いものは何をしてもいいのだろうか?
「ウチ、あの時なんて言えば良かったんやろ?なんもかんも失ったアイツに…」
「それは…」
小波も朱里は答えに詰まってしまった。
気まずい沈黙が辺りを包む
「分かってるんや、紫杏は苦しんでる。今泣いてるんや…」
和那の目から涙がこぼれる
「でもそれを救う方法が何も見つからん…なんも見つからんのや…」
「……だから諦める?」
泣いている和那に答えるかのように暗い入り口から真央が入ってきた
「リーダー…」
「救う方法が無い、だから諦める?」
「……それも嫌やな」
和那は無理矢理笑う、だがそれは痛々しい笑みでもあった。
「ヒーローは…どんな時でも諦めない…」
その一言を言うとリーダーはそのまま部屋を出て行った。
「ヒーローはどんな時でも諦めない…か…」
良い言葉だと小波は思うが朱里は複雑そうな顔をしている。
「でも…頑張っても救われない事だってあるのよ…」
朱里はリーダーの言った言葉に少し落ち込んでいる。
主を守れない騎士としての自分と
他人の犠牲の上に生き延びてしまった不甲斐ない自分に対して…

紫杏は一人で写真立てに入っている写真を見る
一人の少年と一人の少女がカメラに向かって微笑んでいる
片方は十野、もう一人は自分だ
「もうすぐだ、もう少しで"君"が殺されることは無い世界が出来る…」
そう、人類を統治し弱き者たちを救われるすばらしい世界が…
紫杏は二人の写真を見ていると涙が自然にこぼれた
「うっ、うぅぅぅぅ…」
ゴルドマン曰く自分は「人格」を演じられる才能があるらしい
そしてこの思いは所詮彼に対して演じているだけに過ぎないと言われた
だが、紫杏は何一つ信じなかった
(たとえ誰がなんと言おうと彼への思いだけは本物だ…本物よ…)
彼に抱かれた夢は今でも見る
しかし、その後は決まって彼がどこか遠くへ行ってしまう
「待って!行かないで!私も一緒に連れてって!」
泣いても喚いても手を掴んでも最後は必ず彼一人で
優しい笑みを紫杏に向けたまま…
「ねえ十野、あたしが死んだら迎えに来てくれる?」
紫杏はそう呟くと写真立てを抱きしめた
抱きしめるたびにあの暑い夏の日が思い出す
彼女はもう戻らない、戻れない…あの頃の自分には…

数ヵ月後、朱里とクリスマスに再会する約束をして別れた。
だが、何の音沙汰もないことに不安を覚える…
そこで小波は思い切って紫杏に聞いてみた。
「社長!朱里は…朱里は今どこにいるんですか?」
「む、小波か…朱里?残念だが知らんな…」
「でも――」
小波がさらに問いただそうとした時…突然銃声が響き渡った!
「!?社長!」
甲斐はそのまま紫杏を車に乗せていく
車はそのまま去っていった

「未知の毒?近くの病院は――」
甲斐が慌てているが当の紫杏には何も聞こえない
今までの思い出がゆっくり思い出される…
そしてそれが終わると暗い空間の中で一人きりになった…
「…十野」
愛しい人の名を呟く。
来てくれないかもしれない
また一人で行ってしまうかもしれない
でも…それでも…
紫杏がそんな思いを張り巡らせていると一筋の光と共にやってきた人物がいた
その人物は逆光のせいで分からないが紫杏にはわかっているようだ
「迎えに来てくれたの?」
影はうなずき、彼女に手を差し伸べた。
「ありがとう…十野…」
今まで誰にも見せなかった本当の笑顔を"彼"に向け抱きしめた…

「そうか…紫杏はもう…」
和那に紫杏の最期を伝える小波。
「ああ…俺が呼び止めなければ…」
「イヤ、ええんや…なってしまったもんは仕方ないやろ。」
和那はぎこちない笑顔で小波を肩を叩いた
「だけど…」
「ええい!うっとうしい!男がウジウジ昔の事を気にすんな! 
 あんたには朱里を守るっていう大事な役目があるやろ!」
和那の言葉にハッとする小波
そう、彼にはやることがあるのだ
「…そうだな」
小波は顔を上げて明るい顔を見せ部屋を出て行った。
小波が出て行った後和那は空の月を見ながら呟いた…
「十野、紫杏、そっちで幸せにな…」

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