凶器じみた夏の日差しも終わりが見えつつも、野球場ではビールがもっとも売れる季節。
ビール売りの体力消耗の元凶である太陽も頂点から沈み始めた夏の午後。
茜は夏休みの課題。
「家族との思い出について」というA4四枚の感想文に取り組んでいた。
いつものタンポポのような笑顔を浮かべながら、
小波とリンお姉さんとの暮らしを思い出している。
「家族がいるって幸せです!今日はリンお姉さんも速く帰ってきてくれるのです!
小波さんの先発試合を一緒に見ながらご飯です!」

一人ごとをつぶやきながら筆を走らせる茜。
しかしだんだんと、寂しげな表情を浮かべる。
まるで茎からもぎ取られ路上にさらされたタンポポのように、しおれている。

思い出すのは。
秋の海での小波の言葉。
春の遊園地での小波の言葉。
夏の街での小波の言葉。
冬の神社での小波の言葉。
アカネは思う。
あの人にとって茜は妹なのだということを。
はじめはそれでよかったけれども。
妹として愛されるのは心地よかったけれど。
それでもよかったんだけれども。

その心地よさだけではもう耐えられないことに。
けれども、姉になってくれたリンお姉さんの気持ちに気づいてしまった。
アカネを妹にしてくれる前からきっとリンお姉さんは、小波さんのことが好きだった。
そんなリンお姉さんを差し置いて。
我侭を。大好きなリンお姉さんに迷惑を。かけてしまう。
それに小波さんはアカネを女として見てくれていない。
はじめ出会った時、アカネが妹でありたいと望んだから。

この幸せな関係を壊してはいけない。
だからアカネは妹のままでいよう。
小波さんと、リンお姉さんと。
アカネとで3人兄妹でずっとずっと暮らしていこう。
小波さんとリンお姉さんが付き合っても、アカネは妹でいられる。
二人のそばで暮らせる。

そう考えることで、茜は心の平衡をぎりぎりのところで保っていた。
(そうです。幸せを望みすぎてはいけないのです。これでアカネには十分の幸せなのです。)

茜はゆっくりと鉛筆を置き、リンが帰ってくるまでにいつもどおりおいしい料理を作ろうとキッチンへ向かう。



「あわわ、いけません。もうこんな時間です。5時になってしまいました。今からではリンお姉さんが帰ってくる
までに料理ができるかわかりません。おなかを減らせたリンお姉さんにかわいいアカネは食べられてしまいます。」

さすが体育以外は学年トップの成績の知能と、アカネハウスで見せた手先の器用さで料理の腕は、ですぞな人には
及ばないものの、後何年か修行すれば追いつくほどになっていた。
愛する人に食べてもらうための料理ということが茜の料理の腕を飛躍的に伸ばしたのだ。

「きょーうのごはーんはおーむらーいす!まーるくてかーわいいおーむらいす!」
自作の歌を歌いながら、タンポポのような笑顔で料理を手早く作る。
先ほどの翳りを見せた笑顔ではなく、幸せそうな笑顔で。




「リンお姉さん遅いです・・・」
丸くてかわいい青い狸を模したケチャップアートが描かれたオムライスが乗せられた皿が二組。
茜の前に置かれている。
つけっぱなしのテレビから夜のニュース番組のスポーツコーナーで、小波の完投勝利がアナウンスされていた。
小波さんの活躍を一緒においしいご飯を食べながら見たかったな・・・
せっかくかわいくできたのに・・・どうして今日は遅いのかな。
怪我でもしたのかな。どうしたのかな。

・・・ひょっとしてリンお姉さんアカネの汚い心に気づいて・・・

フルフル

「きっとお仕事が忙しいのです!連絡できないくらい忙しいのです!!」
茜はアホ毛を左右に揺らめかせ、両手を振り上げそう宣言した。

「いつもは早くて7時遅くても12時には寝てますが、リンお姉さんと一緒にご飯を食べるのです・・・がんばっておきるのです・・・」
しおれたアホ毛と眠たげな半眼でテーブルに突っ伏しながら、弱々しげにつぶやく茜。

「リンお姉さん遅い・・・もうだめです・・zzzzz」
たれたアホ毛と閉じたまなこ。幼い茜は睡魔には勝てず眠ってしまった。





茜が眠りについた数分後。
ドアが開く音。
眠っている人を起こさないように細心の注意を払い、開けられたことがわかる程度の音。

細く艶のある金髪を後ろでまとめ、夜明け前の闇に溶け込む色のコートに身を包んだ、茜の姉のリン。
静かに靴を脱ぎ、静かに荷物を降ろす。
(まだ起きているのかしらアカネ・・・)

ゆっくりと音を立てず、玄関から廊下へ。廊下から、ダイニングへ。

・・・・

テーブルに突っ伏したまま眠る茜に、言葉を失うリン。
見つめるその眼はとても優しく、妹を思いやる気持ちで溢れていた。

ごめんねアカネ。ありがとう。

そう胸の中で呟くと、リンは小さな茜の体を抱えて、ベッドルームへ運び込む。
茜は小さいがなかなかどうしてトランジスタグラマーなので、ちょっと重かった。

いつも二人で眠るダブルベッドの端っこから、茜を転がす。
ころころ転がり、逆はしにつんであった羽毛布団にぶつかり止る茜。
羽毛布団に抱きつく茜。

「ニヒヒ」
顔をだらしなくゆがませて顔を羽毛布団に擦りつける。

そんな茜を見て、リンの笑顔が更に輝きを増す。
もっと小動物を眺めていたい。
リンはそう思いつつも、重い後ろ髪を引かれつつ、シャワーを浴びにバスルームに。




広いバスルーム。4畳半のスペースの半分が浴槽という贅沢な作り。
熱いシャワーを浴びながら、リンは呟く。
「小波君と・・・幸せになるのよ。アカネ。きっと彼なら幸せにしてくれるわ・・・」
3分ほどのシャワータイムを終え、バスローブを纏い、茜の待つベッドルームへ急ぐリン。

ベッドルームに入ると、羽毛布団に抱きつきながらコロコロと転がる茜。
リンは苦笑いと、微笑ましさと、アホかわいさが混じった複雑な笑顔を浮かべ。
茜の回転を止めるために、羽毛布団の転がる方向に腰掛ける。

ポスン

柔らかな音を立てて茜は止まる。
穏やかな寝息を立てて、幼い少女は薄い瞼を閉じている。
それを見て、リンは呟く。
シャワールームで呟いた言葉を。
更に続けて。
「私がいなくても、小波君はあなたの傍にずっといてくれる。女として愛してくれる。きっと幸せになれる。
なくならない幸せを彼はくれる。だから幸せになって。アカネ。」

そう呟き終えると同時に。
髪の毛から垂れた一粒の滴。
瞼を伝い、ほほを伝い、形のいい細い顎を伝い。
音も立てずに、バスローブに染み込んだ。

リンは、水滴に気を取られ、茜の寝息が止まっていたことに気がつかなかった。

枕元の電気スイッチを消し、リンは茜を抱きしめて。優しく、壊れやすいガラス細工を抱きしめて。
最後のふれあいはほんのわずかな時間。

リンは、茜を起こさないように体を離し、茜との思い出の詰まったベッドからも離れ。
ダイニングで書置きを清書しているとき。

茜の声帯が引き裂けんばかりの絶叫がリンの家に響いた。





はじめはただの母音だけの叫び声。それが声が小さくなるにつれて次第に意味のある言葉に。
「もうつらいのはいやなんです!!何も感じたくないです!!何も思いたくないです!!こんな世界
壊れてしまえばいいです!!・・・」

リンは何が起きているのかわからないまま、声の聞こえるほうに走った。
「アカネ!どうしたの!?」
普段のリンの声音を知る人間からは想像もつかないほど、切迫した声で茜の安否を気遣う。
暗闇の中ベッドに駆け寄り、茜を抱きしめた・・・

そう思った瞬間。リンの意識は後ろからの衝撃に刈り取られた。



閑話休題


ホッパーズ寮。
小波の部屋。

(プルルルルルルル)
アカネ?
(ピッ!)
もう夜中だというのに。
眠そうな顔で電話をとる小波。

「どうしたんだアカネ?」
けれども電話の声はそんなそぶりも見せないいい兄。

「小波さん!リンお姉さんがいなくなりました!」
「いなくなった?仕事じゃないのか?」
「違います。出て行ったんです。机の上に書置きがあって・・・・・アカネのせいですか?
アカネの事が嫌いになったからですか?私が迷惑をかけたからですか?」
「落ち着くんだアカネ!!お前は何もしていないだろ!迷惑なんてかけちゃいない!」
「じゃあ、なぜですか!?私は・・・私は・・・妹で・・・」
茜の声が途切れる。
「アカネ?アカネ?そこを動くな!絶対に部屋にいろよ!電源も切るなよ!」

寮を抜け出し、必死に走る小波。
日本シリーズ。第7戦 9回裏 1アウト 3塁で同点のランナー。タッチアップぎりぎりの浅いフライ。
その時の3累ランナー以上の速度と切迫感で走る小波。
(やっぱりリンの奴、いなくなったか。そんな事だろうと思ってたけど。)
予期していたことではあったが。
(でも!突然すぎるぞ!!)


通話中の携帯電話に向かって
「アカネ!待ってろ!いまもうつくからな!」
夜の大通りに叫び声ひとつ。
「はいです・・・」
か細い声が聞こえる。



その声が聞こえることだけが茜の正気を、無事を証明すると信じて、全速力で走りながら、しきりに
茜に語りかける小波。

速く速く速く着きたい!しかし衝撃が小波を襲った。
通行人にぶつかり携帯を手から落としてしまう。

集中力がすべて電話にとられてしまい前に人がいることに気付かなかった。
携帯は地面を跳ねて転がりそのままどぶの中に。

突き当たったのはいつかの関西弁の親父。
悪いとは思うが茜が最優先なので何か言っているが無視してマンションにダッシュ。携帯も無視だ。茜には代えられない。


さすがに歴代最強主人公(スタミナ255)でも、話しながら全速力+プレッシャーにはスタミナ切れで、
息も絶え絶えながらも15分ほどで、リンの部屋に到着。




鍵が開いていたので、そのまま入ると玄関に敷いてあるモグラマークの足ふきマットに座り込む茜を発見し
安堵のため息を漏らす小波。

「良かった・・・アカネ」

「あ・・・来てくれた・・・良かった・・・」
下を向きながらもいつも通りの声音で話す茜。
一安心して、一拍置いてリンについて話そうとした小波に割り込むように。

「お兄ちゃん・・・お姉ちゃんはどこに行くのでしょう?」

息を呑む小波。

「ア、アカ・・ネ。お兄ちゃんと呼ぶなと・・それにリンはお姉ちゃんじゃ・・・」

茜の言葉を聞き、顔を上げた茜の目を見た時、小波は息をすることを忘れた。

「変なお兄ちゃんです。昔からお兄ちゃんはお兄ちゃんです。一緒のお布団で寝てましたですよ?
早く一緒に寝よう?」

後ずさる小波。

刹那

(ダメだ!俺がアカネの世界を守らなければ!!リンに申し訳が立たない!!)

「・・・・くん・・・小波くん・・逃げて・・」

「え?今のはリンの声?」
呆けた声を上げて、玄関からダイニングへと駆け抜けた小波を。

リンと同じ衝撃が・・・



分岐
1.打球反応○なし
2.打球反応○あり

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます