「ああ、お父さんが心配してるからはやく帰らなきゃ」 
 学校と部活を終えて、自分は今下校している。 
もう日は落ちて、夜の光が街を照らす。 
 「信号が赤だわ…。でも…わたっちゃえっ!」 
 交差点を信号が赤でも誰も来てないと思ってわたってた。 
 強いブレーキの音が聞こえたのはその時…。 
 「え……!?」 
 振り向くと、ブレーキを止められない車が…自分に向かって…。 
 「きゃああああああああっ!」 

 『幸せなロスタイム』 

 「あ…う……」 
 真っ暗で目の前が見えなかった。 
 体が強く打たれて全身に引き裂かれてしまう痛み…。 
とても苦しくて…痛い…。 
 (私…どうなって……っ!) 
 失われてた視界が徐々に歪みながらも開いていった。 
そして自分は気づいてしまった。 
 体は横たわっていて、全身から激しい血が流れていて…。 
 上には必死に自分を揺さぶる人の姿が…。 
 (私…、車に轢かれたんだ…) 
そう気づいた途端、痛みが消えていくと同時に視界もまた暗くなる。 
 抗おうとしてもまったく抗えない不思議な眠りに…。 
 (私…死んでしまうの…。嫌…死にたくない…生きたい…生きたい…!) 

 「貴子ちゃん!貴子ちゃんっ!」 
 名前を呼ばれたのはそんな時…。 
がばっと目を開けると…。 
 「ここは…?」 
そう、ずっとここで眠っている自分の寝台。そのすぐ隣には…。 
 「小波さん…」 

 半年前からこの街にやってきて、自分と出会い、 
そして父の手伝いをしてくれるようになった彼。 
 今は自分と父と同じ家で暮らすようになっている。 
 「貴子ちゃんの悲鳴が聞こえたから、貴子ちゃんの所にきたんだけど…どうしたの?」 
 「小波さん…うっ!」 
 「貴子ちゃん?」 
 胸に何か強い想いが沸き彼に抱きついていた。 
 「うっ!うう…っ!」 
 溜め込んでいた想いを吐き出して自分は泣いていた…。 
 「落ち着いて、貴子ちゃん。何があったんだい?」 
 彼は自分を落ち着かせようと優しい口調で言葉をかけてくれる。 
そのおかげで自分も泣いているのがちょっと治まって口を開く。 
 「夢を見たの…」 
 「夢…何の?」 
 「あたしが、車に轢かれた時の夢…」 
 「……!」 
 思い出したのは2週間前のこと。 
 彼と初めて出会ったとき、お腹を空かせた彼に街で買ったコロッケをあげた時、 
その思い出話と学校でした将来の夢のこと。 
その時、彼が自分と会う前にその場所で車に轢かれそうになったと言った時。 
レールに添えられている花を見て吐き気を感じた。 
それから周囲の目は変わった。 
 時々自分に気づかない人間が出始めたのだ。そう、父も自分が見えなくなってしまっている。 
そして気づいてしまった。あの時車に轢かれて自分は死んだと…。 
 今ここにいるのは影にすぎないということを……。 

 「ねえ小波さん。あたし、まだここにいるよね?」 
このまま自分が消えてしまうのが怖い。 
 何も感じなくなって突然いなくなってしまうのが怖い。 
だから聞かずにはいられなかった。 
 彼は落ち着きながら、それでも強い口調で言う。 
 「当たり前だ!貴子ちゃんはちゃんとここにいる俺の側にいる!」 
 「でも…お父さんはもう気づいていないのよね…」 
 「……!」 
 彼でさえ聞こえた自分の悲鳴でも父はやってはこない。 
もう父は自分の姿も声も聞こえていないのだ、それがより冷たく自分の胸に響く。 
 「もう私のロスタイムも…終わりに…」 
 「言うな!」 
 怒っているような強い声で言われて驚いた。 
 今、目の前にいるのは強い意志を込めた彼だ…。 
 「俺が側にいるといっただろう?だから心配するな、貴子…」 
 「あ……」 
 呼び捨てで呼ばれたのはこれで二度目だった。 
それでも何故か嬉しいような気分だった。惹かれていた。 
もう死んでいるはずの胸がどくんどくんと音が高まる…かあっと熱くなる。 
 「じゃあ俺は戻るから…」 
 「待ってっ!」 
 立ち去ろうとする彼を呼び止めた。 
 「お願い、私の側にいて…。私を放さないで…」 
このまま立ち去ったら自分は本当に消えてしまうかもしれない。 
 怖い…、だから彼に側にいてほしい…そう願った。 
 「お願い……」 
 後ろから抱き着いてくる自分に、彼は言った。 
 「…わかった。側にいるよ…」 

 父が気づいていたら逆鱗が彼を襲っているだろう。 
 何せ自分は今、一人用の寝台で彼と共に眠っているのだから。 
 一人用なだけでなく、彼の体も自分よりずっと大きいため、 
 寝台はせまくてあまり動けない。 
それでも自分は何か安心したような感じになる。 
 彼が側にいる。自分を守ってくれている。それに彼は暖かい。 
 側にいるだけで不思議な温もりが自分を包んでくれていた。 
 「小波さん…暖かい…」 
 「……ああ…」 
だが、自分は少しだけ感じていた。彼の様子がおかしいことを。 
 彼は寒くはなさそうなのに、何か震えているようだった。 
 「どうしたの?小波さん…」 
 「貴子ちゃん…話しかけないでくれないか?」 
 「どうして…?」 
どうして、その理由はすぐに行動でわかってしまった。 
 「えっ……!んっ!!」 
 彼はこちらに振り向いたと思った途端、いきなり顔を自分の顔に押し付けたからだ。 
すぐに唇を押し付けられる。 
 「んっ!んんんんんっ!」 
 (く、苦しい…!) 
 呼吸ができなくなって、体中でもがいてしまう。 
しかし力は彼の方が当然強くてなにもできはしない。 
ただ唇を押さえつけられただけだったが、彼は唇から舌を口の中に出してくる。 
 「あ、あうっ!」 
 舌を舌で当てられながら自分は彼のなすまま。 
そう思った後、彼の動きが弱くなってそのまま解放された。 
 「はあっ!はあっ!」 
 荒い呼吸をしながら、自分は彼を見る。 
すると彼は暗い表情をしながら、 
 「ごめん、貴子ちゃん…」 
それで気づいた、自分は学生とは言っても、女性で彼は男性。 
 一緒の寝台で眠っていたらこんなことになるのもおかしくはなかったのだ。 
 「貴子ちゃん、俺は床で寝るよ、だったら貴子ちゃんに…」 
 「待って、このままでいて…!」 
 彼はきょとんとした表情をした後、 
 「その言葉の意味…わかっているの?」 
 「いいわ…ううん、そうして…」 
 強引なキスだったけど悪い感じはしなかった。むしろ心地よい感じだった。 
 本当はきっと自分の中の残された時間に気づいていたから。 
だから感じたかったのかもしれなかった、この初めて味わう心地よさを。 


 「貴子…いくぞ」 
 「うん…んっ!」 
 心の準備はできていたからもう一度のキスは驚きも苦しさもなかった。 
 彼の唇から感じる温もりは心地よく、しびれてしまう感触に襲われる。 
 「ひゃっ!」 
 彼の手の平が自分の鎖骨に触れた途端、感じたことのない感触を感じた。 
それに思わず声をあげて体を捩じらせてしまう。 
 「ごめん…また驚いた?」 
 「大丈夫よ…このまま続けて…」 
 色んな所を旅回ってきた分、こういうこともあったから手馴れているのだろう。 
それに比べて自分は学校で学んだぼやけた知識くらいしかない。 
すべてが初めてでその感覚に溺れていた…。 
 服越しから鎖骨から首筋に、手をつかみながら腕へとすべるように彼の手の平が自分の体を撫でる。 
その旅にやわらかいようなくすぐったいような感覚が自分を襲う。 
 「もう、大丈夫か?」 
 「ええ…」 
「じゃあ…」 
 彼が自分の体を左腕で支えながら右腕で自分の寝着を掴んだ。 
 胸から響く音がどくん、どくん、とさらに大きく早く動く。 
 「いいな?」 
 最後に彼が尋ねてきたのを見て緊張が続く中こくりと頷いた。 
 彼の右腕はすべるようにそのまま自分の寝着を手に掛けた。 


 自分でもまだ子供だなって思っていた。 
 生まれたままの姿になった自分の体を彼はじっと見つめている。 
それが自分の瞳に写ると、今の状況に今更頬を赤らめてしまう。 
 「私、やっぱりまだ子供でしょ?」 
 「ああ、でも…綺麗だな…」 
なんてベタすぎる言葉を返してくれる。それでも嬉しかった。 
どくん、どくん、どくんと胸の響きがより高まる。 
 「貴子、準備はいいな」 
 「うん……ひゃうっ!」 
 頷いたと同時に彼は自分の小さなふくらみの頂点に口を含ませた。 
 途端に、痛みと同時に吸い寄せられるような感触。 
 「きゃううっ!」 
 口はふくらみで吸い寄せながら左手で腰のあたりを撫でられる。 
すべるような感覚から声をあげてしまう。 
そして右手は…。 
 「あああっ!!」 
 膝から腿をそして腿から上るようにすべらせながらそこに触れる。 
 甘い感触が全身に伝わり今まで以上に声をあげてしまう。 
その場所を撫でる中、何か水が飛ぶような音が聞こえる。 
 「きゃんっ!」 
 水が弾けるような音と共に自分も声をどんどんあげてしまう。 
 自分がどこかに行ってしまいそうな感触、その心地よさに…。 
 次第に溺れていく…。 
 「お願い……」 

 彼も自らの服を手に掛けていって生まれたままの姿になった。 
その逞しい体に自分は見惚れてしまっていた。 
がっしりした腕を始めとした暖かく優しい体。 
 彼は自分を覆いかさぶるように抱きしめて寝台にまっすぐになった。 
 「力を抜いて…」 
そう言った後に、自分のその場所に熱い彼のそれが押し当てられる。 
そのままゆっくりと自分の中に入っていく。 
 同時に体の中から熱い想いと一緒に引き裂かれていくような痛みが走る。 
あまりの痛みに自分は苦しい顔を見せてしまいながら歯を噛み締める。 
 「貴子、大丈夫か?」 
 「だ、だいじょうぶ…」 
わかっている、まだ痛みは続くことを、そしてもっと酷い痛みが来る事を。 
 「なあ、このまま痛いのが続くよりかは一瞬だけの方がいいかな?」 
 「え?……ええ……」 
 彼の問いに苦しみながらも、答えた、そして。 
 「絶対に力を抜いて…いくぞ」 
そのまま勢いよく貫かれた。 
 「っ!!!…か…はっ…」 
 体の下から凄く熱く大きなものが自分の体を引き裂いた。 
しばらく声も出なかった。言葉では話せない激しい痛み。 
はっきりした、強い衝撃が体の中から襲ってくる。 
 (く、苦しい…いた…い…) 
 「貴子…貴子…動くぞ…」 
その声さえぼんやりとして聞こえない。痛みしか感じられない。 
それでもだんだん感じ始めた。彼が腰を動かし始めていることを。 
ふと見ると、彼と繋がった所から赤い血が勢いよく流れ始めている。 
そこまでの痛い思いを自分は味わっていた…でも…。 
 「ぐ…くう…ふ…ああ…ああっ!」 
 不思議と痛みは少しずつ薄れていく、それと同時に今まで以上にくすぐったい、 
しびれるような感覚が中から伝わる。 
 自分の中にある彼の熱い思い。それがゆっくりと呻く。 
 「ううあっ!ああっ!…小波…さん…」 
 気がつけば自分から腰を動かしていた。この感触を自分から求めていた…。 
 「貴子…もう…」 
 「お願い…放さないで…そのままでいて…お願いっ!」 
もっと彼を感じていたい。彼の熱をそのまま受け入れたい。 
もう長くない、だからこそ、この甘い想いに溺れてしまいたい…! 
そして自分の中に彼の想いは流れていった。 
それは自分の中を熱く焼き、それと同時に甘い想いを存分に感じる。 
 「小波…さん…あああああんっ!!」 
 彼の名前を呼びながら自分は天に昇るような気分を味わっていた。 


しばらくして落ち着いた後、自分は彼と一緒の寝台で寄り添っていた。 
まだあの感触をわすれられず頬を赤らめている自分に彼は聞いた。 
 「貴子…今は幸せか?」 
 「うんっ!このままで幸せでいれたらいいなあ…。 
あたしと、お父さんと、小波さんと三人で!」 


 「ずいぶん寒くなって来たね」 
 12月20日。あの場所で彼は呟いた。 
 「そうねそろそろクリスマスよね」 
 「そうだな、商店街もにぎやかになってきたしな」 
 二人でクリスマスのことを仲良く話していた。 
この感じがなんとなく楽しい。 
 「プレゼント、渡さなくちゃいけないわね」 
 「あ、ごめん。俺はまだ用意してない…ってそんなことより?!」 
 彼が自分を見て、目を擦る仕草をした後、驚きながら呟いた。 
 「…俺の目がおかしいのかな…? 
 貴子…なんだかずいぶんと…薄くなってるようだけど…」 
 言われて自分の体を見る。 
そう、自分の体がどんどん薄くなっている…。そして自分は自覚した。 
 「そろそろ神様のくれたロスタイムも終わりに近づいてきたみたい…」 
その言葉に彼ははっとしたような顔をして。 
 「…!そんな…どうして…!」 
そんな彼に自分は用意してた小包を渡した。 
 「これ…少し早いけどクリスマスプレゼント…受け取って」 
 「ああ…でも…」 
それを受け取りながら彼は戸惑っていた。 
 「今までありがとね…楽しかったわ」 
 「おい!行くんじゃないっ!」 


 「コロッケ美味しかった?」 
 初めてあげて自分が料理して作ったコロッケ…。 
 「ああ!」 
すぐに返した。父と彼のために心を込めたコロッケだった。 
 答えがなんなのかはわかっていた。それでも…聞いたから…。 
 「ごめんね、慌て者で、お父さんをよろしくね」 
そんな自分に彼は必死の表情で言う。 
 「待て、あきらめるな!君と別れたくない!」 
 彼の本音だろう。そう、自分の本音もそうだ。 
 彼と別れたくない、そうわかっているはずなのに…。 
 「あたしだって…でも…もう無理みたいなの」 
 「待ってくれ、君に言わなきゃいけないことがあるんだ!」 
 必死に止めようとする彼。だからこそ惹かれたんだ。 
 好きになってしまったんだ…。 
 「小波さん?」 
 「なんだ?」 
 彼の名前を言うと彼は尋ねた。 
そして言った、今までのお礼とお別れの言葉を…。 
 「楽しい思い出をありがとう…。 
 短い間でもあなたと過ごせたんだもの。神様に感謝しないとね」 
 「おい!…おい!行くなよ!行くなよ!おい…!」 
 自分の体がどんどん消えていく…。 
 (あたしは本当に消えるんだ…でも…不思議と怖くない…。 
ありがとう…小波さん…ロスタイムは…幸せだったよ……) 
 視界が消えていき、耳も聞こえなくなっていくなか、彼の最期の言葉が聞こえる。 

 「……神様、残酷だぞ…」 

そのまま自分の視界は完全に消えていった……それでも自分は微笑んでいた…。 .
 


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