「子供?」
「そうだ、欲しくないか?」
またこの男は突拍子もないことを言う。まあいつものことだけど。
「あんたねぇ…子供抱えて大神から逃れられると思ってるの?」
今日だってあんた、下手な尾行を一人連れてきたじゃないの。
「第一、住所不定のこんな生活してて…あたしら大人の事情に振り回される子供がかわいそうよ。
 野球選手のあんたが子供を連れてるってだけでも世間の興味を引くし、大神が人質にとる危険もあるわ。
 剥き出しの弱点をつくるようなものじゃない。」
言ってて虚しくなってきた。別に子供は欲しくないんだけどねぇ?
「子供が嫌いってわけじゃないんだな?」
先の見えた自殺行為よ、馬鹿馬鹿しいわ。
「それとこれとは話が別!好き嫌いの問題じゃないの。あんたとあたしの立場を考えてよ!」
ああもう、なに熱くなってんだか。みっともない。
良い男捕まえて、死ぬまでの間そいつとの短い付き合いを楽しめばそれで十分よ。今更…
「野球選手の平均引退年齢は29歳だ。子供を産む適齢期もそれくらいだそうだ。」
はぁ?…何言ってんのこいつは。
「ここ数年の活躍で年棒も跳ね上がった。なんたって一軍のエースピッチャーだしな。
 これだけの金があればどこでもやっていけるだろう。」
…何が言いたいの?
「身分の偽装なんて金さえあれば簡単だ。大人しくしてれば大神に狙われることもない。」
「…あなたはお茶の間の人気者よ?突然引退して失踪して、世間はあなたを放っておかないわよ。」
「もとより他と関わるつもりはないさ。隠居生活になるだろうな。…嫌か?」
はぁ…なんであんたはこうなんだろね。何でも勝手に決めちゃってさ。
「ファンに残酷なことをするわね、野球への愛はどうしたの?」
「お前の幸せと比べることか?」
「…どうしてそれがあたしの幸せなのよ。」
大体、人殺しのあたしの幸せ?あはっ…そりゃ殺された奴も報われないわね。
「芙喜子……子供は、嫌いか?」
呆れた…そう来る?
「子供なんて必要ないわ。
 ………………………………………………………………………あんたの子供なら別……だけど…。」
あれ、何言ってんだあたしは。顔が少し赤い。目も合わせられない。あー恥ずかしい。
って何その顔……ああもう、こっちを見るなぁ!
「それで十分だろ」
嬉しそうな顔。やっぱりむかつくわこいつ。
こっちまで恥ずかしくなるようなセリフをどこか誇らしげに言っちゃってさ。
「そうかもね。」
なんか馬鹿らしくなってきた。あんたに預けてみるのも悪くないかもね。
…少し前までは、かっこよく生きてかっこよく死にたかったんだけどねぇ。
「それまで生きてたら考えるわ…。とりあえず今は…」
突然抱きついてキスしてやったら、流石に彼も驚いたようだ。
今このときだけは確実よ。先のことなんて分からない。
でもまあ、生き抜いてやるわよ。あたしは優秀だし?

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