季節も夏を過ぎ、秋に足を踏み入れてきた。
 だがまだ陽射しは暑く今日も晴天であり、絶好の運動日和である。  そして小波と瑠璃花が通っているこの中学校では、今日が体育祭の日だったりする。 「小波、お疲れ様です」 「お、ありがとう瑠璃花」  少し息を切らし汗だくで帰ってきた小波にタオルを渡す。 先程の興奮が冷めきらないのか、周りはかなり盛り上がっていた。  ………その大半が黄色い声援に思えるのだが、別に気のせいではない。  まぁ、それもしかたがない話。 「まさかあそこから勝つなんて思いませんでした……」 「いや、俺もまさか勝てるとは思わなかったよ……」  クラス別対抗リレー。おそらく体育祭で一番盛り上がるこの競技。 小波はこのクラスのアンカーだった。  しかも三位からの逆転優勝をしてしまったのだから、クラスの女子の視線を独り占めである。 「………少し優越感、ですかね」 「? 何か言った?」 「いいえ。何も」  嫉妬の視線を肌で感じながら、瑠璃花はボソッと呟いた。 「ところでさ、瑠璃花」 「何ですか?」  何じゃらほいと横を向く。 小波はプログラムのある所を指差していた。 「『借り物競争』ってもうすぐじゃないのか?」 「…………そうでした」  瑠璃花の明らかにテンションが下がった。
この競技、ただの借り物競争ではない。ルールは同じなのだが、
借り物が『嫌な物』限定であるらしい。  例えば剣道の小手とか(臭う)濡れた古い雑巾とか(汚い)机一台とか(重い)。 誰が考えたんだこんな企画。 「………まぁ、とにかく頑張れ!」 「………………はい」  小波の応援を背中に受け、とぼとぼと瑠璃花は集合場所へと歩きだした。

 こんな時の時間は早く過ぎて行ってしまうもので、あっという間に開始の時間となってしまった。 「はぁ…………」  スタート位置に付きながら、自然と口からため息が出てしまう。 他の選手も同じようなものらしい。どうやらこの競技、楽しめるのは選手以外のようだ。  パン!というピストルの合図で選手達が一斉に走り出す。 少し遅れながら瑠璃花も続く。 別に今遅れるのは問題ではない。勝負は借りてくる速さなのだから。 (最大の問題はこれですよね……)  そしてたどり着く、運命の借り物ゾーン。 箱の中に紙が入っていて、書かれている物を取りに行くルールらしい。 「どうか簡単な物でありますように………!」  神に祈りつつ、紙に祈る。  穴に腕を入れ、紙を選んぶ。そして最初に触れたその一枚を、箱の中から取り出した。
「……………(ゴクリ)」  四つに折り畳まれた紙を恐る恐る開いていく。 中から文字が現れ、瑠璃花がその内容を把握していく。  が、頭で理解しきったその瞬間、瑠璃花の動きが止まった。 「…………………え?」  目を擦ってもう一度確認する。
……どうやら見間違いではないらしい。
 いやもう一度、もう一度だけ目を擦る。
……だが、内容が変わる事はなかった。
「もしかして………これは最悪な物を引いてしまったのでは……?」  瑠璃花の後頭部を脂汗が流れ落ちた。  どうやら絶っっっ対に借りたくない物を引いてしまったらしい。  ……………だが、嫌でもやらなくてはいけないのだ。だってそういう競技なんだから。
「…………こうなったら自棄です!」  突然瑠璃花が動きだした。 身体を反転させて、急に後ろへと走り出す。  据わった目。すさまじい気迫を感じさせる背中。
そのスピードは、他の選手をあっという間に抜き去っていく程だった。
「はぁ………はぁ………えっと………」  瑠璃花がたどり着いた先は、自分達のクラスのテント。 借り物を探し、キョロキョロと周りを見渡していく。  それは直ぐに見つかった。
それに近づき、手を肩にかけて、言う。
「小波、いっしょに来てください」 「……俺は瑠璃花にとって『嫌な物』なのか?」  嫌そうな顔。少しショックを受けたような様子さえ見える。  だがそれでも瑠璃花は、 「いいから! 早く来てください!!」 「え、ちょっ、ちょっと瑠璃花!?」  強引に小波を立たせ、手を引いて連れ出しだした。 小波も慌てて靴を履き、されるがままについて行く。  こうなったら目指すは優勝だ。  瑠璃花はゴールへと走り出した。が、 「瑠璃花、後ろ!」 「え?」  首だけを捻り、後ろを確認する。
そこには柔道着を羽織った男子生徒がいた。
 ゴールはもう間近。だが運動能力の差があり、その距離がどんどん縮まっていく。  遂に三人の身体が一直線に並んだ。その時 「へ!?」  急に瑠璃花の身体が宙に浮いた。  背中と膝下に感じる腕の感触。どうやら小波に抱き抱えられているらしい。 「ちょっ、こな………」 「うぉおおおおおおおおおおお!!」  小波がラストスパートをかける。二人の身体が少しだけ前に抜け出した。  そして


 パーーン!!
 響くピストル音、宙に舞うゴールテープ。  瑠璃花は見事優勝となった。
……少し反則気味ではあったが。

「小波! なんであんな事したんですか!」 「え? もしかしていけなかった?」 「当たり前です!」  競技終了後、瑠璃花は至極不機嫌だった。
まぁそれも仕方がない話。全校生徒の前であんな恥ずかしい思いをしたのだから。
 だが、そんな乙女心を小波が理解する事はない。 「分かったよ。今度から瑠璃花を抱き上げたりしない」 「へ? い、いえ、そういう意味ではないんですが……」 「? じゃあどういう意味だよ」 「そ、それは………その………」 「???????」  どうにも言いたい事を分かってくれない小波。何だか頭が痛くなってきた。  別に抱き上げられるのは全然構わないのだ。むしろやってほしい。
ただ人前では止めてほしいだけ。
「あ、そういえば一つ聞きたいんだけど」  頭を抱える瑠璃花をほっといて、小波が瑠璃花に質問する。
どこか疲れたように、瑠璃花が何ですかと返事をした。
「結局、瑠璃花の借り物って何だったんだ?」 「……………え?」  途端、瑠璃花が固まった。小波を見つめたまま動かない。 「今……いったい何と?」 「だから俺を借りた理由何なんだったんだろうな、と」  顔が青ざめていくのが分かる。  課題が書かれた紙は、たしか今は自分のポケットの中にあるはずだ。  まずい。非常にまずい。
これを見られる訳にはいかない。
「瑠璃花?」 「べ、別に何だっていいじゃないですか」 「いや、よくないって」 「細かい事を気にするなんて男らしくないですよ?」 「………そこまで拒否されると、余計知りたくなるな……」  地雷、爆弾、逆効果―――。
そう思った時にはもはや手遅れ。目を怪しく光らせて、にじり寄るように小波が近寄ってきた。
 後ろに下がる瑠璃花。距離を詰める小波。  再び下がる瑠璃花。更に距離を詰める小波。どうやら逃がすつもりはないらしい。  ………ならば! 「………逃げるが勝ちです!」 「ああっ!」  隙をついて、逃げるように走り出した。人の間を縫うようにジグザグに走しっていく。
これなら小波の走力に対抗出来るだろう。
「待て! 瑠璃花!!」 「絶っ対に嫌です!!」  叫びながら鬼ごっこ。 周りからは生暖かいやら嫉妬やらの目線で見られているのだが、二人が気づく事はない。  しばらくの間、二人は仲良く走りあっていた。


 ちなみに瑠璃花の借り物は『好きな人』だったのだが、小波がそれを知る事はない

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