「さらちゃんはいつもナオちゃんと一緒にいるわねぇ」

幼い頃、あたしはさらと出かける時よくそう言われた。
その言葉の意味としては、『いつも一緒で仲の良い姉妹ねぇ』という事なんだと思うけど
さらちゃんとナオちゃんはではなく『さらちゃんは』という所にさらが抱えている問題がよく浮き出ていると思った。

その頃からいつきや同じ幼稚園の子等、あたしには友達がいっぱいいてその子たちと遊ぶ事もよくあった。
でも、人見知りが激しくて引っ込み思案のさらは、あたしがいくら誘ってもその子達と遊ぼうとはせず幼稚園でも
あたしが一緒にいないときはいつも一人だった。
その頃からあたしを姉御と呼び、慕ってくれていたいつきともさらが話すようになるには多くの時間とあたしのフォローが必要で、何とかしないとなぁと思っていた。

別にさらを助ける事は全然辛くはなかったし、さらの為なら何でも出来ていくらでも頑張れた。
いつもあたしの側にいて、あたしを頼ってくれるさらが私は大好きで可愛くてしょうがないと思っていたけど
同時にこのままじゃ駄目だなぁとも思っていた。
さらにとってはあたしとお父さんだけが世界の全てで、他の事なんて知る必要が無いと思っているように見えたから。
でも、それじゃあ何かで突然あたしかお父さんがいなくなりでもしたら、さらの心は壊れてしまう。
だから、さらが自分ひとりの力で友達を作ったり出来るようになるようにあたしはずっとサポートを続けるつもりだった。

長い時間をかければさらも自立するようになるだろうと思っていた。
でも、あたし達にはその長い時間が与えられてなかったことをあの日に…知った。

お父さんが仕事に失敗して、うちが借金のある貧乏な家に変わってしまったというのは何となく知っていた。
そして、日に日にやつれていくお父さんの顔を見てこのままじゃ駄目だと思っていた。

そんな時の夜、お父さんの大学時代の友達の高科さんという人がうちを訪ねてきた。
その時さらはもう寝ていて、あたしとお父さんだけで高科さんの話を聞いた。
高科さんは気の良いおじさんであたしはすぐに好感を持った。

「正也、お前の会社今大変なんだろう?俺が借金の分、資金援助をしてやるよ」

「ほ、本当ですか高科先輩!」

「あぁ、だが一つ条件がある。言い難いんだが…」

「何ですか?何でも言って下さいよ」

「じゃあ言うが。俺の嫁知ってるだろ?俺もアイツも子供が好きなんだが、アイツは体が弱くてな…。
 お前のところ、子供が二人いるだろう?どちらか一人、俺の養子にさせてくれないか?」

「え…」

最初にこの言葉を聞いた時、あたしは他人の弱みをつかんでこんな事言うなんて酷いなって思った。
でも、横のお父さんの悔しさと情けなさが入り交じったような表情を見て、すぐにこの言葉の真意が分かった。
今の芳槻家に子供2人を養う力は無い。
このまま3人で暮らしていたら共倒れになるのは目に見えてるから、自分を悪役にしてうちを助けようとしてくれてるんだって。

「…分かりました。でも、どうするかは桜空と奈桜が決める事です」

「あぁ分かってるよ。何も今すぐにという話じゃ無い。決まったら連絡してくれ」

「………先輩、ありがとうございます」

「馬鹿、最愛の娘を奪っていく悪党に礼を言う奴があるか」

そして高科さんは帰っていき、あたしはその夜布団の中に入って考えた。
今までみたいに3人で暮らす事は出来ない。
という事は選択肢は二つ。あたしが行くか、さらが行くか。
そしてあたしは悪い頭で色々な要因を考えて、一晩中悩んで、決断した。

あたしが高科の家に行こう。
今の、あたしとお父さんだけが芳槻の家だけが全てのさらが行っても、高科さん夫婦がどれだけの愛情を注いでもさらはきっと反発してしまうだろう。
さらにはあたしとお父さんを一気に無くしてしまうなんて事は絶対耐えられない。
だから、あたしが行く。あたしがいけばお父さんが居るだけまだマシだ。
あたしだってさらが、お父さんが、高科のおうちが大好きだから離れたくなんかないけど………いや、大好きだから離れるんだ。家族を守る為に。


そして次の日の夜、さらが寝た後にあたしはお父さんにその事を言った。

「そうか…奈桜。すまない…」

お父さんは今にも泣きそうな顔でそう応えた。
お父さんのそんな顔を見たくなかったから、あたしは明るく振るまった。

「気にしないでよお父さんっ!あたしは大丈夫だから、向こうのおうちに行っても元気にやってるよ!」

「あぁ…そうだな。お前なら大丈夫だな。だが…」

「うん…さらの事ね」

そう、あたしが高科の家に行く場合でも不安要素があった。
あたし一人とはいえ、家族を失う事がさらに耐えられるだろうか。
さらはずっとあたしに依存して生きてきた、あたしが急にいなくなったらますます殻に閉じこもってしまうんじゃないか。

「ねえ、お父さん。あたしに考えがあるの」

あたしはその不安要素を取り除けるかもしれない作戦を一つ考えていた。
それはあたしにとってとても、とても辛い事だけど。さらの為ならあたしは何でも出来る…そう言い聞かせて私はその作戦をお父さんに伝えた。

「な!………いいのか?ナオそれはお前にとって最も辛い…」

「大丈夫ですよ!あたしはさらのお姉ちゃんですから、あたしがどうなろうとどう思われようとさらが幸せになればそれで良いの。
 でも、これをするとさらの支えはお父さんだけになっちゃうから…」

「あぁ。任せておけ…私が絶対にさらを守る」

(ニコッ)

そして…作戦当日。
その日あたしは高科のおじちゃんの家に行って、これからお世話になる旨を伝えに行った。
高科のおじちゃんの奥さんも優しい人で、ここでなら楽しく生きていく事ができると思った。
もっとも、どんなにリッチな生活が出来ても、お父さんとさらとの3人での暮らしを優ることは絶対に無いんだけど。

「ふぅ〜ファイトですよあたし!帰ったらさらに伝えるんです。家を出て高科の家に行くと!」

正直なところ、それを伝えた時のさらの顔を想像すると全く気が進まなかった。
心のどこかで家に着きたくないと思って歩いていたけど、もう家は目の前まで迫っている。

「大丈夫です。未来のブルーリボン賞確実と言われた演技力を披露する時がとうとう来たんですよ!」

ドクドクと波打つ心臓を抑えるためにブツブツと言葉を呟いて心を落ち着かせる。
そうだ、表情もいつもと同じじゃ駄目だ。出来るだけ冷たい表情で…
ポケットから手鏡を取り出して、表情を確かめる。
さらはあれで勘が鋭いから、しっかりと演技して騙さなきゃ駄目。…さらの為に。

ドックン ドックン ドックン 

「すぅ〜はぁ〜」

深呼吸を一つして、気合を入れなおして

ガラララララ

「ただいま〜」

家に…入る。



後編

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