三月十四日、ホワイトデー。
春の足音も近い日。
恋人達が街中を席巻する日。
無条件に幸せに浸る日。
そんな、白く甘い日とはあまりにかけ離れた、無骨な廃ビルに俺達は帰還した。
窓から差し込む僅かな月光と、切れかけの電灯だけが頼りの、薄暗く、だが慣れ親しんだ二人の部屋。
「ふぅ」
腰を下ろして、ひんやりする白壁にもたれ掛かり、赤い頬を撫でる。じんじんと痛む。
その痛みをくれたのは、俺とやや離れて、膝まで覆う長い外套をすっぽり着込んだ、ちょこんと座る正義の味方。
今日は、メンテナンスの日だった。
この間の激戦――敵は、触れたものを爆弾に変える能力者、さながらボンバーマンのごとく爆弾を連発する相手になかなか近づくことができず、非常に苦戦を強いられた――
を制し、その報酬として最高級のサイボーグ用の人工皮膚を手に入れ、ちょうど良いタイミングだったと言うこともあって、
定期検診も兼ねて黒野博士の研究所に三時間ほど籠っていた。
博士失踪後も変わらぬ姿でひっそりと聳える悪の巣窟を、俺達は使わせてもらっている。
ツナミに拐われたのだろう、とブラックは以前言っていた。
普段は平らな彼女の声の、沈んだトーンは今も記憶に新しい。そんな、主を失ったことなど知らぬ存ぜぬの無表情な鉄屑と、よくわからない機材の山のなか、
俺の彼女ははいっつも一人で自分の修理、点検を行う。
手伝おうかと申し出たが、そいつ曰く、『気持ちは嬉しいけど、みっともないから嫌』らしい。
そう言われたら何も反論出来ない俺は、暑い日も、寒い日も、雨でも雪でも、例え何時間かかろうとも外で待ち続けて、必ず一緒に帰ることにしている。
それは決して心遣いでも責任でもなく、そうすることが当然だから待つのであって、それはそいつも重々承知済みだ。
だから、一度としてそいつは俺にありがとう、なんて言ったことはない。
ただ、じっと待つ俺に向かってそいつは息をするように手を差し出し、俺は笑って頷き、そっと朱そいつの手をとる。それだけだ。そう、それだけ……の筈だったのだが、
ホワイトデーと言うこともありハイテンションだった俺は、いつも通りそいつの手を握る時に、少しだけこう、ぴろっと、上着をめくって新調した中を確かめようとして、それで。
名に違わず朱に染まったパートナーから、強烈なパンチを喰らったと、そういう訳だ。
……いいツッコミだった。タイミング、勢い、どれをとっても巷の凡百の芸人が霞む程の、それくらい素晴らしい一撃。
俺も悪かったとは思う。結構な恥ずかしがりやで、ちょっとからかうとすぐに文字通りの鉄拳が飛んでくる、そんなことは知っていた。
デリカシーに欠けていたかな、とも思う。でも、ここまで引きずらなくてもいいじゃないか。
なぁ、そろそろ許してくれよ――

「な、朱里?」
相変わらず返事はなかった。だが本気で怒っている訳ではないらしい。隣に腰を下ろしても、何も言わない。
ちらり、と横目で覗き見る。
すると視線を感じたのか、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
そのしぐさ一つ一つが愛らしくて、俺は腹のなかで笑う。
下手したら、もう許してくれているのかもしれない。
付き合ってこのかた喧嘩とは縁が無かったから、根拠はどこにもないけれど。
「悪かったよ」
くしゃ。くるくるふわふわの癖っ毛に手を添えて謝罪する。
「ちょっと調子に乗りすぎた。」
肩を掴んで、そっと体を寄せる。感じる柔らかな肉感。
「お詫びって訳じゃないんだけど、渡したいものがあるんだ。」
「……?」
ようやくこっちを向いてくれた、そんな朱里の不思議そうな顔をよそに、ごそごそと隠しておいた小箱を取り出す。
真っ白い上地に、朱色のテープを巻いた、シンプルなラッピング。
だが、込めた心意気はそんじょそこらの手作りには負けない。
「はい、朱里。プレゼントだ」「なによ、これ」
「チョコレート。ちなみに手作り」
未だ解せないと言った面持ちを崩さない朱里に、俺はひとつ、ヒントを出した。
「問題です。今日は何日でしょうか?」
「今日、は三月十四日……。あ、成る程。ホワイトデー、ね」
「ご名答だ」
正解なのだが、実は完答ではない。
ま、でもこっちとしても今はまだ知られてない方が面白いからいいか。
「でも、あたしはあんたに何もあげてないわよ」
「何言ってんだ。俺は一ヶ月前に、確かに立派なチョコレート……、っぽい何かを受け取ったぞ」
今度は、自然に飛び出る笑いを抑えようとはしなかった。いや、出来なかった。ぴきんと固まる朱里が何ともおかしかったからだ。
一ヶ月前のバレンタインデー、膨れっ面でぶっきらぼうに渡してきた箱の中身はお世辞にも整っていたとは言えず、味も大雑把なもので、
チョコレートとしてはあまり良い出来ではなかったのかもしれない。だが丹精込めた丁寧な行程と、
それを踏破するに要しただろう痛々しいまでの努力の結晶の痕跡は、贈り物としては至高の一品だった。
「俺は嬉しかったよ。朱里がくれたチョコは確かにちょっと不格好だったけど、そんなこと全く気にならないくらい、朱里の頑張りが、必死さがこもってた。
俺のために手を尽くしてくれたんだろ?」
「あ、あたしは別に、そんな……」
まごまごしながら、朱里は言葉を濁す。
朱色に染まるその顔色から、俺は瞬時に判別した。

レベル2だ。
朱里は感情がすぐ表に出る。今みたく朱に彩られた朱里は、シャイレベル全4段階中のレベル2、と俺は勝手に呼んでいる。
「だから、俺も頑張らせてもらった。朱里の贈り物にふさわしいお返しになるように、な」
未だ迷っている朱里の背中を押すように、くっ、と小箱を朱里につき出す。
「受け取ってほしい。俺なりの、朱里への気持ちを」
そういや、以前朱里は言っていた。
ただで物を貰うってことは、プライドで買うってことと同じだ、と。
その言葉を省みるに、朱里は自分に満足してないのだろう。
バレンタインチョコレートを、もっと上手に作りたかったのだろう。
悔しかったのかもしれない。だから、受けとるべきか否か、自分と自分の狭間で悩んでいるのだ。妙なとこ真面目な朱里らしい悩みだった。
俺はそれ以上、なにも言わない。短い付き合いじゃないし、朱里の性格は大体わかっている。伝えるべきことを伝えたら、後は朱里の判断を待つだけだ。
それでも、どうしても決めきれないときは、朱里が自ずと助けを求めてくる。
俺はパートナーなのだ。その時に受け止めてやればいい。
「じ、じゃあ、あんたがそこまで言うなら、頂いておくわ。……ありがと」
どうやら今回は、必要なかったみたいだが。
「ああ、どうぞ」
なかなか素直じゃない朱里の、最後の呟きに凝縮された本心だけで、俺は幸せになれる。
それに今日は特別な日。二人でじっくり甘えることにしよう。

「……ごちそうさま」
「お、どうだった?」
「おいしい。っていうかあんた何者?一体どうやったらこんなにおいしく作れるの?」
どうやら、努力した甲斐があったみたいだ。
納得いかないらしい朱里に、俺は勝者の笑みを浮かべる。
「凝り性なだけだよ。時間と手間をかければ、誰でもある程度までは作れる。……最低限の料理センスがあれば」
そう。ヒーローは驕らない。黙して自らの精進に心血を注ぐのみ。でも俺はそこまでできた人間じゃない。頑張ったからにはそれ相応のご褒美ぐらい欲しい。じゃあ誰から貰う?決まってる、朱里からだ。
そう結論付けて、俺は朱里にビーンボール紛いの釣り球を放った。
「う、うるさい。どーせあたしは料理オンチよ。チョコのひとつも作れなくて悪かったわね」
再び、ぷいっとあらぬ方を向く朱里。
予想通り釣り球に引っ掛かり、拗ねてしまった朱里の、その反応を咀嚼して存分に味わう。
そうして得た相手の成分を解析して、秘された相手の情報を手にし、次に投げ込むボールを決める。気分はマウンド上。
俺が投じたのは。
「ごめんごめん、拗ねるなって」
「別に拗ねてなんか……」
うそつけ。
「わかったわかった。そうだな、うん、来年は二人で一緒に作ればいいんだ。んで取り替えっこしよう。な、どうだ、朱里」
「ぇっ……………………、うん、そうしよ」
一度浮いて相手を誘い、うねるように沈むシンカー。
望む答えを、欲した姿を朱里から引き出した俺は、一死一、二塁でセカンドゲッツーに打ち取ったかのような、妙な達成感を手に入れた。
追い込んだ後は、一球誘い球で相手の反応を伺い、次の相手の動きに見当をつけて、ウイニングショットを投げ込む。
すると、相手は自分の予想通りに動き、結果として自分の手中に堕ちる。
この辺り、話術と投球術は似ているのかもしれない。そんなことを、か細い返事と共にレベル2.5に上昇した朱里を横目で観賞しつつ、ぼんやりと思った。

……。
…………?
………………むぅ。
おかしい。
なにがって、テンポと言うか、流れとでも言うべきか。
とにかく停滞している。
夜、朱里と二人っきりのホワイトデー。
願ってもないシチュエーション。
普段ならもっと自然に話が弾むはずだ。なのに今日は先の会話が終わってから、沈黙がこの場を支配している。
何とも、居心地の悪い空気。
俺に落ち度があるのかと原因を探る。
が、いまいち心当たりがない。つまり、俺はいつもと変わらないわけだ。
と言うことは、消去法により朱里がいつもと違う、ということになる。
我ながら下らない考えだと思いながらも、ひょっとしたら何かあったのかくらいの心持ちで、なんとなしに朱里を見ると。
「あか……り?」
ひょっとしたら、どころではない。
顔を紅潮させ、なぜだかレベル3にアップした朱里がもじもじしながら座っていた。
時たま体を揺らし、なにやら考え込んでいる。俺の呟きも耳に入っていない。
明らかに異常だった。声をかけようとしたその瞬間に、朱里が異様に熱っぽい、それでいて控えめな声を漏らした。
「ねぇ」
「うん、どうしたんだ?顔真っ赤だぞ」
「そ、そのさ。今日のあたしって、キレイ……なのよね」
「ああ、そうだな」
無論、朱里はいつも、たとえ傷だらけでも、綺麗で、美しい。だが、それは俺の主観的な問題であり、客観的に見るとメンテナンス直後の今日の朱里こそ一番美しいだろう。
「あ、あんたのせいでもあるのよ。あんたのチョコレートが美味しすぎたせいで、あたしのチョコじゃ釣り合わないなって思ったんだからね」
「そんなこと」
「そんなことない、あんたはそう言ってくれるでしょうね。でも、うん、そうね、これはあたしのプライドの問題なの」
すっと立ち上がり、靴が床を打つ音をベースに、朱里はゆっくり部屋を回る。
「色々考えたんだけど、あたしはあいにく無一文だし、特別あんたに何かしてあげられる訳でもないわ」
「でも、ほら」
「今日のあたしはメンテナンス直後で、まだ傷ひとつないはずなのよ」
「今日しかない。そう思って……」
一端言葉を切って、朱里は立ち止まった。
窓から差し込む、頼りない白光の帯が朱里を照らし出す。ややあって、朱里が外套のチャックに手をかけた。息を整え、目を瞑り、そして意を決したのか―

「だから、あのね……、あたしを、あたしを……、その、……あげる……」

朱里は、外套を脱ぎ捨てた。
バサリ。長い繭は翻り、そっと地に落ちる。
傷ひとつない、雪原のように真っ白な裸身を晒し、朱里は顔だけを沸騰させていた。片腕で胸部を、もう片方で股間を隠し、
それでも隠しきれない部位を闇に逃がそうと、懸命に体をよじっている。
窓の枠を境目に、光と闇で二分されるシルエット。
手のひらから僅かにはみ出した恥毛は光を帯びて、妖しげに輝いていた。
つう……、と股部を伝う一筋の銀の雫。月光と闇夜のコントラストに絶妙に隠された、魅惑の裸体。
レベル4、限界を迎えた深紅の顔。
「ふ、あ」
名前を呼ぶのももどかしく、俺は無言で抱き締めた。
朱里の熱っぽい吐息が首筋にかかり、俺の愛欲をさらに駆り立てる。もっと朱里を感じるために、
思いもよらない朱里の最高の贈り物を存分に堪能するために、俺はさらに抱擁を固くした。
完全に体を密着させて、やや頼りなくも柔らかな二つの果肉を胸板で頬張る。
しっとり湿った肌を左手でなで回し、右手で肉付きの良い臀部を喰らい、蜜の溢れ出る水瓶は、ズボン越しにギッチリ張り詰めた俺の欲棒で蓋をした。
くしゃ、とひしゃげて、縮れた朱里の柔毛の感覚が気持ちいい。
そして、最後に残った朱里の小さな口は俺の口でふさぐ。
「……んちゅ、くちゅ、ちゅっ」
互いの舌を味わい、互いの唾液をすすり合い、互いを求め合って。
「ぷはぁ」
激しく長いキスを終え、一端唇を離した。
(だから、あんなに恥ずかしがってたのか)
あのコートの下は全裸だった訳だ。つまり俺は帰り道に、せっかくの朱里の取って置きをつまみ食いするところだった。
少し冷静さを取り戻した頭の中で、小さく朱里に謝って、そして尋ねる。
「ふぅ、いいのかな、俺、こんな凄い贈り物貰っちゃって」
「んぅ……。はぁ、い、いいのよ?だって、きょうのあたしは、あんたのもの、なんだから」
『あたしは、あんたのもの』
阿吽の呼吸で繰り出された、無形の言葉となった強烈な媚薬が、頭のなかで繰り返しこだまする。
朱里の熱っぽい顔も相まって、それが反響する度に、激しく脳を揺さぶり、俺の理性をすり減らしていった。
もう十分だ。もう俺を止める俺はいない。
普段なら有り得ないだろう、朱里の不器用な精一杯の誘惑が、堪らなく愛らしく、いじらしくて。
「じゃあ、遠慮なく貰おうかな。いただきます、朱里」
「……うん、どうぞ」
崩壊寸前の理性で、なんとか食前の挨拶を交わしてから、俺は欲望を解き放った。

「しかし、まあ、微妙なサイズだよな」
「……うるさい」
くっくっ、と笑う。
貧しいと形容するには酷な、だがしかし中くらいには届かないい、俺にとって、そして朱里にとっても悩ましい胸。
普段表には出さないが、密かにその大きさを朱里が気にしているのを俺は知っている。
「俺は、好きだよ。朱里のおっぱい」
「ばか」
「ああ。男ってのはバカなんだよ。えい」
「っひぁ、ひぅ!」
朱里のくぐもった嬌声を肴に、浅い谷間に顔を埋め、かぷり、と白桃にかぶりついた。
充血し、ピンと立ち上がった小さな種を舌先で弾く。
果肉を唇で吸い上げて、赤い印を刻みながら、空いたもう片方を右手でわしづかむ。
手のひらにすっぽり収まってしまう、やっぱりちょっと物足りない胸。
だが、押せば沈む柔らかさと、一度触れると吸い付いて離さない潤いは一級品だ。
「ふぅ、美味しいよ、朱里。……ちょっと物足りないけど」
名残惜しいが、憎まれ口を叩いて一旦口を離す。
「はぁ、ふぅ……うるさいっ。いいのよ、あたしは底辺を知ってるから。そいつと比べたらよっぽど……」
「底辺?」
要領を得ない言葉に、一瞬考え込む。が、すぐに理解した。
脳裏に浮かぶ、黒髪の小柄なヒーロー。確かに彼女は見るからに絶望的で――
「つっ」
体の何処かに、軽い痛みが走った。
「ん、どうしたの?」
「ああ、いや、なんでもない」
「そう。じゃあ、えっと、あんまりじろじろ見ないで、早くしてよ。……恥ずかしい、じゃない」
すでにグショグショの太ももを閉じて、二つの果実をおずおずと隠し、朱里は蚊の鳴くような声で呟いた。
その姿は、普段とのギャップが激しいどころではなく。
「ちょ、ちょっと!?いくらなんでも速すぎ……、やんっ、ふっ、ゃああああぁ!!」
朱里にダイプした俺は、体液でぬめったお互いの四肢を絡め合った。
「んっ、やぁっ、くぁっ!」
その勢いのまま、やや激しく胸を揉みしだく。
俺の手がこねるたび、むにゅむにゅと変幻自在に形を変える、パン生地のような感触が気持ちいい。
「ひっ、ちょっと、どこ、舐めてるのっ!?」
「いろいろ。んん、朱里の味がするよ」
首筋に、脇腹に、二の腕に、おへその回りに。
ぴちゃぴちゃ舌を這わせて、朱里を吸い付くす。
発汗した生地から舐めとる、しょっぱさ混じりの朱里の味。
俺だけが知る、極上の味だ。

「あっ、だ、だめ、耳はぁっ!ふゃっ!んあああっ!!」
もちろん聞く耳など持たず、息を吹き掛けてマッサージし、唇で耳たぶを優しく挟む。
甲高い声をあげて鳴く朱里は、もう快楽の波に身を任せてしまったようだ。
日頃、行為の時は何とかして自分の声を堪えようとする朱里からすると、何とも考えにくい姿。
でもまぁ、今回に限っては誘ってきたのは朱里の方だし、当然と言えば当然の反応かもしれない。確かにそうかもしれないのだが、それでも目にしたことのない、
新しい朱里の一面ということもまた事実だった。
(かわいいじゃないか……、畜生)
パートナーとして、少なくはない時間を共に過ごし。
恋人として、互いを必要として。他の誰よりも朱里のことは解っている、つもりだったのだが。
(なーんか、なぁ)
こんな朱里を知らなかったなんて。
勿体ない。勿体なさすぎて、勿体なさすぎて。
「俺は悔しいぞ、朱里。……えい」
「な、何がよ……、んふぁ!?やめ、やめてぇ!」
止めませんとも。
手持ちぶさたの左手で、凛々しく起ち上がった乳首をぎゅっと摘まむ。
右手は湿った縮れ毛をかき分け、ぷっくり膨れ上がった豆を見つけた。期待と、好奇心と、ちょっぴり憂さ晴らしを孕んだ二本の触手で、俺は朱里に襲いかかる。
「ちょ、と、本当にもう、そこはだめ、だから……、んぁ!んあああああぁぁぁ!!」
ぷしゃあ、と湧き出た甘美な液体が、右の触手の渇きをうるおしていく。
快感にびくびく波打つ朱里の潤んだ瞳が、上気した肌が、立ち上る淫らな香りが、俺を赤黒い欲望へと押し上げる。極上のメインディッシュを前に、俺のおあずけもちぎれんばかりに磨耗していた。
無理だ。
これ以上の我慢はしたくない、というか、出来ない。
ズボンとパンツを手早く取り外し、狙いをつける。
「いくぞ、朱里。もう限界だ」
「はぁ……はぁ……、ふぇ?ひょ、ひょっと、まっへ……、まだ、イった、ばっかり……、あ、あああ゛!!」
一気に貫いた。
朱里の声にならない叫びが聞こえる。
きっかり一ヶ月振りの、愛する器の中。
空白を埋め尽くすために、寂しかった日々を補完するために、朱里は俺を強烈に締め付け、俺は朱里を突き上げた。
恥も外聞もなく、ひたすら快感に悶える朱里に満足しながら、心のままに食らいつくしていく。
飛び散る汗が混じりあう度に、止めどない愛液が溢れる度に、強まる朱里への衝動。満腹に近づくにつれ、さらに膨張するソレ。
その底無しのような胃袋にも、やがて限界は来る。
「うあっ、そろそろだ、朱里!」
「ふぁ、あ、あたしも、もう!」
「いく、ぞ、朱里!」
「う、うんっ!あふぅっ!い、一緒に――」

腕に感じる、確かな暖かみ。
きめ細かく、弾力性に富む肌をさわさわと慈しむ。
朱里は子猫のように目を閉じて、とても気持ち良さそうに俺の手を受け入れていた。
「ありがとう、朱里」
「え?」
「とっても良かった。こんな素晴らしい贈り物を貰えて、俺は果報者だよ」
「お礼なんてやめて。……言ってるでしょ、これはあたしのプライドのためなんだから」
「そっかそっか。じゃあ、そうだな、ごちそうさまでした、かな?」
「うん。気持ち良かった?」
「ああ、とっても。……朱里はどうだった?」
もう理性の電源は復旧したのか、朱里の顔色は即座にレベル3まで上昇した。
「……ぅん、気持ち良かった」
「そうか。そりゃよかった。今日の朱里は随分積極的だったしな」
「……うるさい」
あはは、と笑って、ふわっふわの髪を、そっと撫でる。
所々跳ねて、くるくる複雑にカールした、素直じゃない髪。
でも、とっても柔らかく、繊細な手触り。
いかにも朱里らしい髪質だ。
そんな、他愛もないことに笑っていると、朱里が俺の手の上に、ぴと、と手を重ねた。
「ね」
「ん?」
「綺麗でしょ。あたしの肌」
「ああ、そうだな」
言葉を交わす間も、ずっとずっと、その肌を愛でる。
朱里は頬を染めたまま、さらに身体を寄せて、お互いに未だ裸なのだが、それもいとわず俺にしなだれかかってきた。
「お、おっと」
慌てて抱き止める。小柄な朱里だが、体重はそれなり以上に重いのだ。
「あったかい……。ふふ」
「おいおい、随分甘えん坊だな、今日は」
「あら、悪い?……たまにはいいじゃない。正義の味方だって、あたしだってね、その……」
もじもじと、語尾を濁した声が震えていたのは、聞き違いじゃないだろう。肩に乗っけられた朱里の頬からも、熱を感じる。
こんなにも……ホワイトチョコレートより白く、甘い朱里は、次いつお目にかかれることか。そう思うと無性に勿体なくなって、ちょっぴり強く朱里を抱き締めた。
「そーだよな、何てったって朱里は女の子だもんなー」
ぶるぶるぶる。恥ずかしげに頷く朱里の震えが伝わってくる。
「だ、だから、今日はたくさんあたしを見て。あたしを感じて。今日のあたしは、傷ひとつなくて、白くて、いっちばんキレイなんだからね」
「そっか。……わかったよ」

朱里の言葉に応じて、俺は抱きかたを少し変えた。
赤ん坊をあやすように、頭とお尻の下に手を差し込んで、朱里の全てを視界に納める。
羞恥に頬を染めて、朱里は目を瞑っているが、その砕けた安らかな表情を見ることが出来て、俺は朱里のそばに居て良かったと、心から思う。
正義の味方にだって、休みもご褒美も必要なのだ。
いつもお疲れ様。
呟いて、俺は朱里に覆い被さってキスをする。小さく朱里が鳴いた。
「これでいいかな?」
「もう一回」
「……わかった」
ちゅぱ。
ありったけの愛を込めて、もう一度口づける。
「もう一回」
ちゅ。
「もっと」
「よくばりめ」
「いいの。今日のあたしはあんたに甘えるの。だって、ほら、今日はあたしたちが……」
ぶちゅ。言われてしまう前に、ちょっと強めに口をふさいだ。

「……知ってたのか」
「あんたこそ」
「忘れるわけないだろう」
「あたしも一緒よ」
「……それもそうか」
今日はホワイトデー。三月十四日。三月三週目の、運命の日。そう。今日は――
「だから、もっと」
「……そうだな」
ちゅう。
「もっと」
くちゅ。
「もっと」
「もっと」
「もっと……」





ぷつん。黒髪の少女がリモコンを押すと、モニターがブラックアウトした。
「あ・か・り」
青髪長身の女性が、ついさっきまで画面の中で熱烈な愛を営んでいた、くるくる巻き毛の頬をつつく。
「……あ・か・り」
黒髪の小柄な少女も、反対側の頬をぷにぷに弄る。
なぜか柱に縛られている朱里。 火照った顔は、システムのハングを危惧するレベルにまで帯熱していた。
「あっまぁ〜〜〜い!」
「カズ、それは古い」
「えぇと、じゃ、レッドスネーク……」
「それは違う」
「まぁんなことどうでもええねん。それよりな朱里」
「……この」
「甘えんぼめぇ〜〜!」
朱里はぴくりとも動かない。とうに気を失っているようだ。
「……どこが、ただのパートナー」
「あんな幸せそうな顔しよってからに!妬けるでぇほんまに」
ぐにぐにぐにぐに。
意識の有無など気にせず、容赦なく二人は朱里を弄る。
「……いつ見ても、凄い」
「流石リーダー秘蔵の一枚やな!朱里のあんな一面知らんかったわ」
「……知らなくて当然。だって、あの朱里は、彼が作ってくれた朱里だから」
「はぁ、なるほどなぁ。くぅ、ますます妬けるやないか朱里ぃ!!」

ばんばんと、わりと本気で朱里の背中をどつく、カズと呼ばれた女性。
にっこり笑って、背後からしばらく二人を見届けた後、小柄な少女はカズの肩に手をかけた。
「……カズ、そろそろ時間。彼が来る」
「おー、そうか。朱里をおぶって帰ってもらわなな」
「……あ、来た」
暗がりから、もう一人の出演者が現れた。
キョロキョロと場を見渡している男の視線は、柱に縛りつけられた朱里で止まった。
「なんだ、この状況。新手のプレイか?」
「あっはっは、まさか。あんたの彼女はとったりせんよ」
「……用件は、話した通り。朱里が気絶しちゃったから、おぶって帰って」
「場を読むに、その原因はブラックたちにあるみたいだが」
「いや、それは言いがかりってもんやで」
「……その通り。……ヒントはあげたのに」
「そいじゃ、朱里をたのんだでー」
「……よろしく」
言い残し、姿を消す二人。
「何なんだ、一体。……おおい、朱里、大丈夫か?」
しばし呆気にとられていた男は、取り敢えずぐったりしている朱里の頬をぺちぺち叩く。
返事がない。まるでしかばねのようだ。
頭をぽりぽり掻き、男は訝しげに辺りを見回し、ブラックが残していったリモコンを手に取った。
「……テレビ?いや、再生専用のプレイヤーにモニターか」
適当に巻き戻し、再生ボタンを押す。
次第に、記憶に覚えのある映像が、画面に展開される。
……そうして男は理解した。
朱里が縛られている理由を。気を失っている理由を。そして、『ヒント』を。
映像は360°縦横無尽に動き、常に最適な視点で録られていた。
男はあまり機械に詳しくはなかったが、ここまで高性能な監視カメラは流石にないだろうと思った。
そう、この映像は手動でなければあり得ないものだ。
男が確信するに至った極めつけは、とある一場面だった。
『ふぅ、美味しいよ、朱里。……少し物足りないけど』
『はぁ、ふう……うるさいっ。いいのよ、あたしは底辺を知ってるから』

『底辺?』
盗撮者は癪だったのだろう。画面外からいきなり小石が飛んできて、男の背中にヒットした。
『つっ』
『ん、どうしたの?』
『ああ、いや、なんでもない』
『そう。じゃあ、えっと、あんまりじろじろ見ないで、早くしてよ。……恥ずかしい、じゃない』
男は苦笑いした。
つまり、ホワイトデーのあの場所には、誰か姿を消すことのできる第三者が居たわけだ。
「……ブラックめ」
一人ごちて、寝起きざまに殴られるかもしれないなー、なんて思いながらも、男は朱里の目覚めを待つことにした。
手持ちぶさたを埋める道具を何も持ち合わせていなかったのは不運としか言いようがないだろう。
十分ほど経った時、男は、もう一枚のDVDを見つけた。
「これは……?」
パンドラの箱を、男は手にしてしまった。
興味本意で、ディスクを入れ替え再生する。
その中身は。

パラパラパラ。カズは、少し寂しげにディスクケースをめくっていた。
「これで遂にリーダーのコレクションもコンプリートかぁ。ん?リーダー、こないだのピンクのアレはどこいったんや?」
「……おいてきた」
「置いてきたて……、まさか!?」
「そう。彼の所。ちゃんと目のつくところに」
「また、なんつぅ爆弾を……」
「多分、一度見たら釘付け。彼が見終わるのが先か、朱里の目覚めが先か……。ふふ、楽しみ」
(うっわー、性格悪っ)


その後の彼が、どうなったのかは、当事者以外知らない。
ただひとつ、球史に刻まれた、興味深い事実がひとつ。
この年、ペナントレースを圧倒的な力で勝ち抜いたとある球団は、プレーオフ直前に絶対的エースを怪我で失い、
昨シーズンからのペナント連覇こそ果たしたものの、またしても日本シリーズ出場を逃すこととなったのだった。

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