『今日はよく晴れ、絶好の行楽日和になる見込みです…』
ラジオから天気予報が聞こえる。
空は澄み渡り、雲ひとつない快晴だ。
今日はお休み。
この穏やかな天候の下、いつもいる屋上の指定席は、いつも以上に居心地がよかった。
いつもより少し気分よく、いつもと同じ休日が始まる。

「まだかな」

ただ、今日は少しだけ特別。
一年に一度、祝日のように年毎変わらない日。
生きとし生けるものに、例外なく与えられる日。
去年までは心から楽しむことはできなかった日。
けれど、今年は違う。


「まだかな」

「落ち着きがなさ過ぎますよ、桜空。さっきからそればっかり」
楽しそうなクスクス笑いが聞こえてくる。
少し顔が赤くなるが、俯いたりはしない。
つい最近まで大嫌いだった――でもいつも心の底から想っていた『家族』に、隠し立てすることなどないから。
隣に座っている『家族』の顔を見る。
ベンチに腰掛けて首からカメラを提げ、明るい表情で若草のような髪をなびかせている。
うれしそうに緩んだ目元は私のそれとよく似ていて、髪の色が異なっている今でも血の繋がりが見て取れる。
この青空の下、一度は溝が生じたお姉ちゃんと一緒に笑い合える。
これも彼がいてくれたおかげだ。

「まだかな」

「何度も言わなくても、小波のやつは来るよぉ」
お姉ちゃんの向こう側から、非常に残念そうな声がする。
のぞいてみると昔の知人――今では親友候補といってもいい子が、見事なまでに不貞腐れていた。
「姉御ぉ、いい加減手を離してよぉ」
「その呼び方、止める」
親友候補はがっしりとわが姉に手首を掴まれ、身動きできないでいる。
「呼び方はともかくさ、手を離して!そしたら、私が小波を」
「『完膚なきまでに叩きのめして来てやる!』ですか?」
「そ、そんなわけ…」
図星だったのだろう、口をコイみたいにパクパクさせて黙り込む。
ほぼ毎日のようにこのやり取りを見ているが、本当に懲りないというか、不屈というか。
「さらちゃんもさ、笑ってないでどうにかしてよ〜」
先ほどからの顔の緩みとは別に、自然と笑みもこぼれてしまう。
今、こんなやり取りができるのも、彼がいたから。


「まだかなぁ」

彼が来るのが待ち遠しい。
去年のこの日、彼はなんの前触れもなく現れた。
そして、祝ってくれた。
一番自らの生を意識する日、ひとりぼっちだと思い込んでいた自分に手を差し伸べてくれた。
この日だけじゃない。
出会ってから、私が早まりそうになった日、その後もずっと。
彼という存在は、私を支えてくれた。
彼がいなければ、今日という日は存在しなかった、そう強く思える。

「まだかな」

自分でも、気がはやりきっているのは百も承知だ。
だけど、今日ぐらいはいいと思う。
だって今日は。

屋上のドアが開ける音がし、包みを持った彼が駆け込んでくる。
「あちゃ〜」
そう言って仰向けに倒れこむと、しばらく胸を上下させた。
毎日走りこんでいる彼がぜいぜい言っているのだ。
相当急いだに違いない。
「先に、来て…驚か、せる…つもりだったん、だけどなぁ」
苦笑しながら言い終わると、大きく息を吸い込んで掛け声と共に反動をつけて立ち上がった。
そして再度深呼吸をして息を整えると、こっちを向いて言ってくれた。

「誕生日おめでとう、桜空」

そう、今日この日は私の誕生日。
変えようにも変えることはできやしない。
そして、私のそばに誰かがいる限り、いつまでも変わらない、幸せな一日だ。


「はい、桜空。プレゼントだよ」
彼が包みを差し出す。
「ありがとうございます、小波君」
今年は一体なにを選んでくれたんだろうか?
「はい、さらちゃん。私からも」
やっと開放されたいつきも、ポケットから綺麗に包装された箱を取り出す。
「ありがとうね、いつき」
いつきからプレゼントをもらうのなんて、何年ぶりだろうか?
傍らでその様子をフィルムに焼き付けていた姉がカメラを下ろす。
「よかったですね〜桜空。…ところで、私には何もないのですか?」
少しすねた風を装ってお姉ちゃんが言う。
すかさずいつきはポケットからもう一つ箱を取り出す。
「そんなわけないあるはずないよ。はい、姉御の分」
「ありがとうですよ、いつき!やっぱりモッチンの次に大事ですよ♪」
「姉御、もう少し格上げしてよぉ〜」
いつものように、昔馴染みのお隣さんをいじっているが、今日は(も、かな?)どちらも楽しそうだ。
ただ、今一人、
「え?」
状況を把握できてなさそうな、ポカンとした顔が。
「あれ、どうかしましたか、小波君?もしかして私たちが双子だって知らなかったとか?」
お姉ちゃんが笑いながら彼の肩をたたく。
そういえば、『姉妹』とは言ったが、『双子』とは言っていない。
いや、だけどわからないはずは、と思い彼を見ると。
「まさか、いくら小波さんだって、そんな常識で考えればわかるようなこと…」
いつきも笑いながら言い切ろうとしたが、明らかに困っている顔を見て言葉を止める。
数秒の沈黙、三人に注視された彼は、
「……ごめんなさい」
どこに焦点を合わせているのかわからない表情で頭を下げる。
「「………」」
あっけにとられて絶句している二人。
そして、この場の空気をどうとりなそうかとオロオロする私。
空は予報どおりきれいに澄み渡り、コスモスが花壇で揺れていた。

その後、彼はいつかの如く、自分の存在を否定するぐらい謝罪をし、お姉ちゃんが笑い出すまで壊れたレコードよろしく謝り続けていたが、それはまた別の話。
また別の機会に。

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