「どうしようかな……」
とあるアパートの一室、コトコトと音を立てる鍋の火加減を調整しながら、田村典子は呟いた
鍋の中身はクリームシチュー、一人分の食事しか作って無かった頃は考えられなかったメニューだ
一回でできる量が多いので、一度作ってしまうとしばらくパレードが続いてしまうから
この種の料理を作ることが出来る様になったのは、同じアパートに住むお兄さん―――小波と親しくなってからだ

父親が亡くなり一人きりになって、笑う事が難しくなっていた彼女に、彼はあっさりと笑顔を取り戻させてくれたのだ
それ以来、典子は小波に(今は開田にも)ちょくちょく(今は食費も貰ってほぼ毎日)食事を作るようになった
典子はちらりと携帯電話を見る
今や小波は典子にとって、最も信頼できる人間……なのだが、

「……………………………」

……普段は、彼の事を想い浮かべると自分でもよく分からない安心感に包まれるのに、今日に限ってはむしろ不安感の方が大きい
理由は、自分でも分かっている
「…………どうしよう」
鍋の火を弱火にして、柱に貼り付けている日めくりカレンダーを見る

―――12月24日

不安感を感じる理由……それは本日が、『男女が一年でもっとも乳繰り合う確率が高い日』
クリスマスイブ、だからだ

別に、襲われる事を心配している訳ではない。そういう事をするような男性ではないと信頼している
典子が不安に感じているのは、
「もし、小波さんに彼女がいたら……どうしよう」
その一点に尽きた

典子は今年のイブは小波と一緒に過ごしたいと考えている、が
もし小波に彼女が居るとしたら、今日を過ごす相手は自分よりその彼女を選ぶだろう
典子と小波の関係はただのご近所さんなのだ、彼女が居たところで何を思う必要があるのか
自分はそう納得している……はずなのに
一人で迎えるイブを想像すると、不安感で押しつぶされそうになる

(オイラノコトハー?)

直接小波に問いかけよう、とも思ったが
その想像に尻込みしてしまい、結果その事を聞く事ができず悶々しながら今日を迎えてしまった

そんなわけで、今日のおすそ分け夕飯のホワイトシチューを持っていくついでに、何気なく聞こうと思っているのだが
……しかし決意が固まらない

「……まぁ、留守かもしれないし」
今日居ないという事はそれすなわち(ry
「いや、彼女さんがいなくても断られる可能性だって」
それはつまり小波にとって自分がどうでもいい存在と(ry

…………駄目だ、考えれば考えるほどネガティブになって行く

典子は考える事を止め、シチューを小鍋に移し始めた

「え〜では、デウエス撃破と野球大会優勝とYESマンの誕生日と、あとついでに小波さんの就職を祝いましてぇ」

「ついでってなん『『『『かんぱ〜い!!!』』』』

渦木の音頭に合わせお世辞にも広いとは言えない部屋に乾杯の声が響き、小波の文句は掻き消された
「聞けよ!! それと大声を出すの止めてくれません!? このアパート壁が薄いんで(ry
「細かい事気にすんなよ、んな事より酒のめ、酒!」
と、小波はBARUに一升瓶を投げつけられる
「ちょっ」
慌てて受け止めた後、BARUへ文句を言おうとするが、すでにこちらには目も向ける事無く開田や田西となにやら盛り上がっていた

「は〜ん、結構フィギュア持ってんだなお前」
「ムホッ! こここここりはもしや完全限定生産のウダマニュラーではごじゃらぬか!?」
「おお! あんたお目が高いでやんすね! その通り、これを手に入れるにはとんでもない苦労を……」

何かもう文句を言う気力も立ち消え、改めて部屋を見回す

「キィィィィィボォォォォォドォォォッォオオオ!!」
「ちょっとうるさいわよあんた!」
「何故余がこのような狭い小屋に居なければならぬのじゃ!」
「何? 戦争の事を聞きたいじゃと?」
「うん、お願いできますか?」
「あれ? あのじいさん足が無いような気が」
「ふっふっふぅ! 日本一のスターたる僕の歌を聞いてくれ!!」
「ですからね、この腕に暴走チップを埋め込んでですね……」
「あそこに居るのはカエサリオンの! ちょっとお話良いですか!?」
「これが男の人の部屋かぁ……」
「神たる僕がお前をゾンビにしてやろうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「上等じゃないのやってみせなさいよヒーロー舐めんなぁぁぁぁぁ!!」
「ええい五月蠅い! ン! あれらを黙らせい!」
「……………………御意に」

ギャーギャードタバタガッチャンガッチャンコノヒトデナシー!…


もうね、カオス
…………頭が痛くなってきた
小波はコメカミを抑えながら、ここに至る経緯を思い出す


「そうだ、せっかくだから祝勝会でも挙げませんか?」
最初は渦木の放ったこの一言がきっかけだった
デウエスを倒し、連続失踪事件を解決……下手したら世界を救ったのだ
それくらいはしても良いだろう、と仲間のほとんどがその提案に同調したのを覚えている
電脳野球大会の優勝賞金のおかげで、お金もたんまりあった事も一役かっていたのだろう
その時には小波もその提案に協力的で、大変盛り上がった

が、渦木が地方に飛ばされ、小波が就職し、仲間たちもそれぞれの道を進み始めて
とても一つの場所に集まれるような状態では無くなってしまい、祝勝会の計画は流れてしまった
……はずだったのに

「なんでイブにいきなり押しかけてきてるんですかあんたら……」
小波はぐったりと呟く
「サプライズですよ、サァ〜プラ〜イズ!」
「ふっふっふ、皆さんには記者のワタシがご連絡しましたのです」
「そう、小波さんを驚かせようと、内密に事を進めていただいたのですよ」
渦木とミーナが得意げに胸を反らす
「……それはいいですけど、別に今日でなくとも」
「いやいやはっはっは、いいじゃないですか、別に予定も無かったんでしょう?」
「……………………」
「小波さんがさみしい思いをしているだろうと気を利かせまして」
「本音は?」
「聖夜にまであのクソ女と一緒は勘弁してほしかったので私の要望を押し通させていただきました」
「……いや、まぁ良いですけどね」
ため息を一つ吐く
「? おや、もしや良い女性でもいらしたんですか?」
「え? あ〜…まぁ女性なのは、そうなんですけど」
途端にニヤニヤと意地の悪い笑みを渦木とミーナは浮かべる
「それは申し訳ありませんが……歯切れの悪い言い方ですねぇ」ニヤニヤ
「一体どんな方なのでしょうか?」ニヤニヤ
「え、いや……たぶん渦木さん達が想像しているのとは……」

ピンポーン

と、その時チャイムが鳴った


小波の部屋の前でシチューの入った小鍋を持ちつつ、典子は聞き耳を立てていた
「……お客さん、かな」
部屋の中からは複数の人間が騒ぐ声が聞こえて来る
……どうやら彼女と思しき人物はいないようだ
「…………良かった」
典子は自分でも気付かないうちに、そう呟いていた


「あの、小波さん……これ、シチュー作ってきたんだけ……ど……?」
いつもの様にチャイムを鳴らし、玄関を開ける……と、

「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」

見事に統一感の無い人たちから、一斉に視線を向けられた

「……あ、あの……?」
その視線に典子が戸惑っていると、すっくと立ち上がる人影が
「失礼。 私、警察の渦木と申します」
「え、けいさつ……?」
次に、太った典型的オタクっぽい人―――田西が一言
「貴様何者だ、名前と所属を名乗れ」
「どうしたお前」
BARUがすかさず突っ込む

訳が分からぬまま、典子は答えた
「あ……田村典子……中学生です」


「「「「……………………………………………………」」」」


痛いほどの沈黙

「あ、あぁ……紹介するよ、この子は」
空気を察した小波が立ち上がりながら弁解を始める

「この部屋に入る事、ずいぶんと手慣れてたですね……」
ミーナがカメラのレンズを磨きながら、そう呟いた
「いや、それは」
「成程……この子が『良い女性』ということですか…………」
渦木が静かに手錠を構える
……その言葉に、典子が隅で赤くなる
「ちょ、話を」
「流石に中学生はいけねぇよ……」
グラサンを外し、指だしグローブを装備するBARU
「だから! そう言うんじゃ無くて……!」
小波は助けを求めて辺りを見回す
皆沈痛な面持ちで目を逸らし、中には得物を構える者もいた

「―――判決、死刑ナリ」

田西のその言葉を引き金に、血祭り騒ぎが幕を開けた―――


「ねぇ、大丈夫ですか……?」
ぐったりと倒れ伏す小波に向かい、典子は心配そうに問いかける
ボロボロというレベルではなく、モザイクをかけた方が良い状態だ
「ぐ……だい、じょうぶ…」
ぐぐぐ……と呻きつつも起き上がろうとして
「……じゃ無いかも」
力尽き、再びばったりと倒れ伏す

乱闘騒ぎは典子の懸命な説得により、何とか誤解を解き事態を収拾する事ができた
その時には既に小波はモザイク状態にされていたのだが、皆悪びれもせず
『ごっめ〜ん☆』の一言で済まされてしまった
ちなみに田西からは『リア充はシネ』と謝られもしなかった

「……ぐおっおおお……体中が痛い……ッ!」
「あの、何なんですか? あの人たち」
典子は馬鹿騒ぎを続けている渦木達を見る
警察からコスプレ王子までおり、共通項が全く見当たらない
気になるのは当然の反応だろう
「えーと……何と言うか……」
「……まぁ、言いづらいのなら別に良いですけど」
「あ、はははは……」

その笑い声を最後に、二人の間に沈黙が下りる
典子も小波も、しばらくぼーっと騒ぎを眺め続ける

「あ、そうだ」
ふいに小波が声を上げた
もぞもぞと体を引きずり、タンスの中から何かを取り出す
「はいこれ、クリスマスプレゼント」
そう言って、取り出した包を典子に差し出した
「え……」
「いや本当は今日、典子ちゃんを呼んで俺と開田くんの三人でクリスマスパーティする予定で、その時に渡すつもりだったんだけどさ」
小波は騒ぎに目を向ける
電視と桃井がガチバトルを展開していた
「何か変な事になっちゃったから、今渡しておくよ」
包の中には、ヒマワリの形をしたヘアピンが入っている
「……………………ありがとう、ございます」
そう答えた典子の頬は、まっ赤に染まっていた


「こらそこ! 何良い雰囲気になってるのでやんすか!!」
「え? いやそんなつもりじゃ」
「問答無用でやんすーーー!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
開田の手により再び騒ぎの中に投げ入れられる小波
その様子を見ながら、典子はようやく―――自分の中に何かが芽生えている事を自覚した

このページへのコメント

最高ですね
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0
Posted by ウンちゃん 2021年04月02日(金) 09:38:32 返信

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