かちゃかちゃかちゃ。
水のせせらぎに乗り、食器が互いにぶつかり合う音が聞こえてくる。
かちゃかちゃかちゃ。
かちゃかちゃかちゃ。
かちゃかちゃかちゃ、きゅっ。どうやら、終わったらしい。
「ふぅ。これにてしゅーりょー!」
「おお、ありがとう。でも今日ぐらい俺に任せりゃいいのに。今日はお前のための日なんだぞ?」
「いいよ、このぐらい。それよりそっち行っていい?」
「ああ。おいで、ピンク」
キッチンから声が弾む。返事を返すと満面の笑みでこちらに歩いてきた。ベッドに腰かけている俺の隣に、ぴょん、と飛び乗り、すりすりくっついてくる。よほどごきげんなのか、甘えん坊モード全開のピンク。
それでいい。
なんと言っても、今日は桃の日。
今日はピンクの日なのだから。


ことのおこりは数年前に遡る。
出会い、別れ、再び出会い。
二人を隔てていた壁を、少しずつ乗り越えつつあったある日。
もうすぐ俺の誕生日を迎えようとしていた、そんな夏の日。
ふと気付いた。
そういえば、ピンクには誕生日があるのかな、と。
尋ねてみれば案の定、ちょっぴり寂しそうに首を振られてしまった。
ある意味、仕方ない。彼女の特殊な出自が、誕生日など彼女に与えなかったとしても、それはそれで仕方ない。仕方ないのだが……。
あまりに寂しいのではないか。
短いようで長い一年、ピンクにも一日ぐらい何かしら特別な日を持ってほしい。
ヒーローとして、平和のために日々身を粉にするごほうびぐらいあってしかるべきなのだ。
頭を捻ったところ、無いなら作ればいいという至極簡単な結論にたどり着いた。
出会った日は生憎覚えていなかったから、何かぴったりな日はないかと探してみると、おあえつら向きの一日が見つかった。
そうして迎えた数年前の今日。サプライズ気味に祝ってやると、わんわん泣いて喜ばれたその日から、今日はピンクの日になった。
今日は三月三日、桃の節句である。

「なあピンク。幸せか?」
「うん、とっても幸せ」
「そりゃよかった。ピンクの幸せは俺の幸せだからな」
そんな、どこにでもあるような甘い言葉にすら、ピンクはすぐに赤くなる。
照れ隠しに目を閉じ、くすぐったそうに身をくねらせるのだ。……可愛いやつめ。
愛らしい仕草をたっぷり眺めながら、準備しておいた小箱を取り出した。
今日という日を飾る、とっておきのプレゼントだ。
「はい、ピンク。今日ももうすぐ終わっちゃうけど、あとひとつだけ、俺から幸せを送るよ。……誕生日おめでとう」
「うん、ありがと。何かな…………わぁ」
ピンクのふわふわの吐息を聞いてひとまず安心する。
とりあえず、好みを外しはしなかったらしい。
「あ、あのさ、いいの?」
「いいんだ」
「でもさ、なんだかすごく高そうだし、アタシなんかには似合わないよ」
「見た目ほど高くはないよ。それに、ピンクに似合わなけりゃ誰にも似合わないさ」
ピンクパールのネックレス。それが、今年のプレゼントだった。
今年、とは言えども、実のところしっかりとしたプレゼントを贈れたのは今年が初めてである。
不況に中途採用、上がらない給料。
なかなか貯蓄も出来ず、祝おうにもせいぜい、毎年美味しいものを食べに行って終わり、が関の山だった。それが、ようやく。今年になって、相変わらずの安月給もわずかながら上向き、地道な節約の末、こうして形あるものを贈ることができた。
その辺の事情は何となく察してくれているのだろう。達成感に浸る俺の傍らで、ピンクはすでに半分泣いていた。
「ふえぇ……ありがとお、大事にするよぉ……」
「おいおい、泣かなくてもいいだろ。せっかくだし笑ってくれよ」
「う、うん……ごめん、えへへ」
……なるほど、似合わないとは言わずとも、若干早い気はしないでもない。
まあ、いいさ。17才、カラダもココロも発育途中、待てばそのうち時は満ちる。
ピンクがもう少しだけ大人になって、戦いだけでなく、何から何まですっかりパートナーとなれる未来が。
この間出席した結婚式ほど派手にはいかなくとも、その頃には、俺の給料も幾分ましになっている……はずだろうし。
「それじゃ、電気消すぞ。明日も休みだしゆっくりしよう」
その日を目指してまた一歩進もうと、立ち上がった時だった。

「…………待って」
真っ赤になったピンクが、パジャマの裾をつかんでいる。
ぐいぐい引っ張る様子からして、もう一度座れと言っているようだ。
「どーした?顔真っ赤だぞ?」「うぁ、あの、あのねっ」
「焦らなくていいから。落ち着いて、ゆっくり」
「う、うん。……あのさ」
「ん?」
「アタシ、その、せっかくだし、あと一個だけ、幸せがほしいなぁ、って思って。……だめかな?」
「だめじゃないけど……物によるぞ」
「さっきいってたじゃん、アタシの幸せはあんたの幸せだって。あれ、アタシも一緒なんだ。あんたの幸せは、アタシの幸せ。それで、アタシはまだ今日、あんたの幸せを貰ってない。アタシは……最後に、二人一緒に幸せになりたい。明日は休みなんだし」
「……そっか。じゃあ」
「うん……………………、合体、しよ?」
合体。
桃というよりもすももと化したピンクが、もごもごこぼした言葉。
それは照れ屋で恥ずかしがりのヒーローが操れる、精一杯の誘い文句だった。
「……ああ、わかった」
髪をかきあげ、濡れた瞳をじっと見つめて。
熟れた唇に、返事のキスをした。


同日、某所特設会場にて。
「……本日もやって来ました、ピンクをいじめ隊隊員会議。
まず出席から。
隊員No.1。終身名誉隊長、ブラック」
「隊員No.2。うちの幸せどこいったん?コードネーム『ダークスピア』」
「隊員No.4。人の不幸は蜜の味、コードネーム『バッドエンド』新入りのホンフーです。よろしくお願いしますね」
「隊員No.5。同じく新入り。レンちゃんのレンは横恋慕のレン、
目指すは逆転サヨナラ満塁結婚決定ホームランの浅井漣でーす」
隊長の命令に従い、大部屋に集った隊員たちが、ひととおり自己紹介を終えた。
刹那。
「ちょっと待てやぁ!!」
「……なに?カズ」
「いやなにやのうて。どこから突っ込んでええのんかわからんのやけれど、とりあえずな、二人ほどおかしな奴らが混じっとるんやないか?」
「ドゥームチェンジ、ピンク……特に不審者は感じませんよ?」
「もうカズさんったら、気のせいですよ気のせい」
「あんたらやぁぁ!!」
「カズ、気のせい」
「気のせいなわけあるかぁ!だいたいホンフー!」
「はい?」
「こんなとこで何しとるんやおのれは!」
「何と言われましても……
私はブラックさんに呼ばれたんですから、そちらに聞いてください」
「リィィダァァァ!」
「カズ、聞いて。度重なる盗さ……活動の結果、ついにピンクは警戒するようになった」
「……はぁ」
「情事の際、常時ピンクは能力を発動している。だから、もう隠し撮りは無理。代わりにこれを用意した……」
「これて……なんにするんやこのどでかいスクリーン」
「ホンフー」
「ドゥームチェンジ、デイライト」
ドゥームチェンジ。呪文のようにホンフーが呟くと、みるみるうちにスクリーン上に一組の男女が浮かび上がった。
ご存知正義の味方随一の弄られ役、ピンクご一行である。
「カメラはバレる……、だから、ピンクの能力範囲外から光を曲げて……」
「ああ……なるほど。わかった。いやわからんけども。隊員No.3、朱里は?」
「朱里は新婚生活満喫中につき臨時脱退」
「そうか……なら」
「なら何も問題ありませんね!」
「んなわけあるかぁ!」
「うう、怖いなぁ。何ですかもう」
「あんたは何や!というか誰や!何もんなんやぁぁ!!」
「だから、レンちゃんでーす。またの名を、ラブブレイカー5号!」
「ら、らぶ?……この人もリーダーが呼んだんか?」
「いえ、そちらのかたは私が。実はこの間、決闘を申し込まれましてね」
「あんたの仕業か……って決闘!?あんた相手にか!?」
「ええ。相手は凄腕の剣士でして。紛れもない一流、一流中の超一流です。
しかも超能力者でもサイボーグでもない、生身の人間ですよ。
久しぶりの、武道の『試合』でした。実力の切迫したもの同士の試合は良いものです。実に、実に楽しかった」
「あんたと互角て……世の中広いもんやなぁ……っていやいや、説明になっとらんで」
「ああ、失礼。それでですね、勝負のあと意気投合しまして。その方、あ、中村さんとおっしゃるんですけど、
なんでもラブブレイカーなる、幸せなカップルを片っ端から撲滅する活動を行っているそうで。
今回の件をお話ししたら、それならばとこちらの方を派遣してくださったのですよ。
……時に大江さん、今スクリーンには像が映っています。これは私の仕業ですが、音はどうでしょう?光を操るだけのこの能力、音は運べませんよね?」
「音って……言われてみればそうやな」
「ふふふ、そこで私の出番です。見てください、この機械を」
「……なんやそれ」
「レンちゃんのひみつ道具その1、エフェクトジャマー機能つき盗聴機です。この機械は自らの周囲にバリアフィールドを展開、あらゆる探知系能力の干渉を無効化します。ちゃんとホンフーさんに検証もしてもらいました」
「そうか。……んで結局あんたは何もんなんや」
「だから、ラブブレイカーズのブレインにして異端児、夢見る2X才、レンちゃんでーす」
「わかった。もうええ。もうつっこまん」
混沌としたメンバーに脱力、リーダーの盗撮への執念に脱力、自分一人常識の世界に取り残されたことに脱力しつつ、カズはスクリーン上の、乱れ始めたピンクに目を向けた。
(ツッコミ一人は辛いでぇ……朱里ぃ……)

はじまりは、いつもキスからだ。ピンクはいつも始めにキスをねだってくる。
あったかくて、ほっとして、とろんとして、心の準備ができるから、らしい。
初めての夜のことだ。ピンクは今にも泣きそうな顔をしていた。
怖いのだという。かりそめの肉体で、きちんと最後までできるのかどうか、わからなくて、怖くてたまらないのだという。

一人でわからなければ、二人いっしょに考えればいい。
そのために、二人がひとつに限りなく近づくために、俺はピンクに口づけた。
ピンクの小さな口のなかで、二人の舌を絡ませあって、暖かな粘液を混ぜ合わせて、二人をひとつに溶かし合った。
「ん……ふぁ」
……こんな風に。
「ピーンーク。だらしない顔になってるぞ」
「……だって、嬉しいんだもん。気持ちいいんだもん。アタシみたいなニセモノの体でも、大丈夫だって感じられるんだから……」
「自信がつく、か?」
「うん。…………ね、もっと。いろいろ、して」
か細く言い残して、ピンクは瞳を閉じた。
ぐでんと投げ出された白い裸身。
未だ成長を余らせた控えめなバランスが、目にまぶしい。
「ん……あ、ぅ」
首筋から肩、そっとなぞり、甘い吐息を浴びながら小ぶりな膨らみにたどり着く。
パジャマの下、シャツの下、もう一枚を隔てることなく、無防備なそれ。
夜は着けないピンクだ。気にするほど大きくないもん、と以前口をとんがらせていた。
「んっ、んぅ……」
記憶のピンクに微笑み、実物に手を添える。
見てくれ通り手のひらにすっぽり収まってしまう小さな胸。
しかし、そこは年頃の乙女たるピンクだ。俺の両手は、ちらほら残る幼さの中のわずかな成長を感じ取っていた。

「な、ピンク。ひな祭りって女子の健やかな成長を祝うん日なんだ」
「んぁ……、そ、そうなの?」
「ああ。だから喜べピンク。おっぱいちょっとだけ大きくなってるぞ」
「え!?ほんとー?」
「本当だとも。……どうするピンク。希望も見えたことだし、もっともっと大きくなりたいか?」
「う、うん……、おっきくしたい、から…………おっきく、して」
了解だ。と、言葉代わりに、添えっぱなしだった手を動かす。はじめはゆっくりと、ピンクの息づかいを探りながら。
淡雪の降り積もった低い山を、指で登り、舌で登り、桜色の頂点を軽く弾いてやる。
「ふぁあ……、いいよぉ……気持ちいいよぉ……」
しばらく弄くっていると、ピンクは呆気なく快楽に酔っぱらってしまった。
潤んだ眼に半開きの口元で、切な気に俺を求めている。
……こんなことを言えば全否定されるのだろうが、やはりピンクは攻められる方が似合う。
広範囲の探知能力を持つピンクはさまざまな刺激に敏感であり、痛みや悦楽も例外ではない。その過敏な体が、ピンクのちょっぴり臆病な性格の一端を担っているのではないかと俺は睨んでいるのだが、まぁ、そこは置いといて。
要するに、ピンクは人一倍感じやすいのだ。
初めの頃はいまいち要領を掴めず、ピンクに恥ずかしい思いをさせたりもした。
羞恥に悶え、意地悪されるとすぐ涙ぐむピンクはとてもかわいらしく、いまだに時たま、俺はつい苛めてしまうこともある。
ピンクとて内心癖になっているのか、口では嫌がりつつも、きちんと突っぱねてきた試しはない。
「んぁっ!あ、アタシ、もう……!」
それでも、今日はナシだ。
今日はピンクの日なのだから、最後の最後まで甘やかしてやるべきだ。
泣きべそをかかせることもなく、意地悪な言葉でもてあそぶこともせず、この穏やかな表情のまま――
「んぅ…………!!!」
きゅっ、と。ぷっくり膨れた先端をつまんだ。
同時に口を塞ぐ。叫び声すら逃がさないように、唇と唇をぴっちり張り合わせる。
熱い吐息を飲み込み、小刻みな痙攣を抱き込み、ピンクの絶頂の全てを受け止めた。
「ふぅ、はぁ、はぁ……ふぁあ……」
「息、荒いぞ」
「うぅ……、だって、気持ちよかったもん」
「そっか。それはよかった」
「…………?あれ、なんか今日優しくない?」
「何いってるんだ?俺はいっつも優しいだろ」
「………………まあいいや。ね、それより」
「ああ、わかってるよ。何てったってこんなだもんな」
じゅく。下のパジャマに手を伸ばす。
じくじく濡れた股部に触れるやいなや、一目散にやって来たピンクの両手が、半円状に広がった染みを隠してしまった。
「こーら、隠すなよ」
「だ、だって……」
「それだけ気持ち良かったってことだろ?いいじゃないかびしょびしょで。ほら、手をどけろ。脱がすから」
そう言って、柔らかな髪を数回撫でてやる。
あっけにとられた、と言ったところだろうか、ピンクはぽかんと口を開けていた。
「……やっぱり優しいよ、今日」
「気のせいだ」
軽くあしらって、しゅるしゅるパジャマを脱がせにかかる。
薄い桃色の下着ごとひんむかれ、一糸纏わぬピンクの秘所はすっかり準備万端のようだ。
溢れる愛液は太股をつたってシーツに垂れ、媚肉はひくひく蠢き待ち構えている。
ここも、ちょっぴり大人になったのだろう。体つきだってまだまだ未熟とは言え、見かけは高校生ぐらいだったピンクを前に
ずいぶんしんどい葛藤を強いられていた頃と比べると、ピンクも女らしくなった。
「そ、そんなにじろじろ見ないでよぉ……、早く、一緒に……」
「そうだな。二人で幸せにならないとな」
ピンクの催促に、にっこり笑って俺は答えた。
そうとも。俺達は幸せにならないといけないのだ。
なぜって、幸せでない者が、人々に幸せを与えられる訳がない。ヒーローとして、平和な世をもっと平和にするために、止むことのない幸せを降らせるために、
まずは自らの幸福求め、今日も俺達はひとつになる。
世界一の幸せ者を目指して、桃色ヒーローは合体するのだった。


「はぁ……、あーんな幸せそうな顔しおってピンクのやつ……あーうらやましぃ」
「まったくです!しかし勝機は見えました。ピンクさんみたいなちんちくりんぼでぃでは味わえないお楽しみを
このレンちゃんのむちむちぼでぃで教えて寝取ってやろうじゃありませんか!」
「わっ、こ、こら!んなところでいきなり脱ぐんやない!」
「すごい……うらやましい」
「リーダーもそんな目ぇすんなや!ないもんはしゃあないんやから」
「ふっふっふっ、どうですかこのはち切れんばかりの……って、きゃああ!?」
「あかん、嫉妬に狂ったリーダーが暴走してもうた!」
(さてと……そろそろ頃合いでしょうかね)
少し離れたところで、三人のどたばた騒ぎを眺めていたホンフー。
正義の味方だろうがラブブレイカーだろうが、結局は妙齢の女性達である。
映像がエスカレートするにつれて、三人共頬を紅潮させ、しきりに足を組み替えたりしていたのを、この生来の悪戯好きが見逃すはずがない。
「ドゥームチェンジ、フランシス」
小声で呟き、そして。
「内なる性欲を全て隠しなさい」
命令を発した。従うことのできない命令を、デジタルカメラ片手に。
「ドゥームチェンジ、ブラック」
後は傍観に徹するのみだ。いそいそと姿を隠し、カメラの操作に専念する。
暗示効果は切れてしまうものの、目の前の極めて刺激的なシーン――美女三人の、半ば全裸での絡み合い――
を見るに、その辺りの心配は無用だった。
(ふむ……、やはり浅井さんが真っ先に落ちましたか。続いてブラックさん……、まだ喧嘩中なんでしょうかねぇ。大江さんは頑張っているようですがまぁ時間の問題でしょう。
ふふ、思いの外いい土産になりそうですね。あの子もそろそろいいお年頃でしょうし……、いや、もしくはすでに……?)
それにしても。いつぞやは生死をかけて戦った敵が、今にも全裸に剥かれようとしている異様な光景。
信じられないほどぬるま湯な世界に、そしてそのぬるま湯を思いの外楽しんでいる自分に、思わず苦笑がこぼれる。
レンズの向こうでは、抵抗むなしく最後の一人が陥落していた。

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