狩人の断章 No.001

No.001 ステーキ定食弱火でじっくり


 女がいた。中肉中背。髪と眼は黒。仮名はジェーン・ドゥー。
 吊り目を気だるそうに半眼にしている以外は取り立てて特徴の無い女である。
 ジェーンは今期のハンター試験に申し込み、現在受験会場――どちらかといえば集合場所に近い――へ向かっている最中なのだが、その会場がどこにあるのか全く持って見当もつかないでいた。
 現在地のザバン市内のどこかであることは受験案内に記されていたのだが、そこからどう探して良いのか全く分からない。
 そもそもジェーンはあまり頭の良い方ではない。直感で行動するタイプといえば聞こえは良いが、要するに考えても無駄なので勢いに任せて適当に動いているだけなのだ。
 ジェーンはその自らの性質を”ノリタイプ”と自称しているが最高に格好悪い。当然このネーミングもその時のノリである。ちなみに全く持って関係が無いが、ジェーンはジャポン名物の海苔はあまり好きではなかった。
 本来無事に会場へ到達するためには、案内人――即ち”ナビゲーター”の協力が必要不可欠である。
 なのでジェーンはまず彼らを探すべきなのだが、やはりというかなんというか、そもそもジェーンは”ナビゲーター”の存在を知らなかった。知っていたとしても探す手がかりが全く無いので現状と大して変わらないのだが。
 生憎、ジェーンは自分の無能っぷりを十二分に把握していたので、試験の申し込みを投函してからすぐにその地を発ち、かなり早めにこの地に来ていた。
 だがやはりというかなんというか、中途半端に余裕を持ったため、中途半端に余裕ぶって、ジェーンは全く状況が進展していないのに、とりあえずの腹ごしらえに向かっていった。
 目に付いた定食屋に入り、好物のステーキ定食を注文した。
 焼き加減を聞かれたので「弱火でじっくり」と返し、従業員に言われるままに奥の部屋に進む。
 注文の品は既に用意されていて、肉類は早速網に載せられ焼き始めていた。
 驚きの対応の早さである。今度また近場に来るような事があれば、絶対にここを利用しようと硬く心に誓い――余談だが、ジェーンが二度とここに来ることは無かった――、速やかに食事を胃に放り込み始めた。
 食べる機会があればできるだけ食べる。物覚えの悪い上に約束事をあまり守らないジェーンが唯一なるべく守るようにしている方針である。
 と、ジェーンが食事を終えた途端音が鳴り、この部屋唯一の扉が自動的に開いた。ジェーンは状況を理解するため、まず席を立ち、部屋を出て、小さな男から数字が記された札を受け取り、先の見えない地下トンネルを一瞥する。
――何の因果か冗談か、ジェーンは全くの無自覚無意識無用心に、ハンター試験その会場にたどり着いたのだった。



 第一試験は持久力試験のようなものだ。
 暗いトンネルの中で、延々と試験官の後を追うだけ。ジェーンは始めの十分でさっさと飽きてしまい、その後は走りながら人間観察をすることにした。
 ハンターという酔狂な職を志すだけあって、さまざまな人種がいる。
 顔や服装は勿論、雰囲気から湯水の如く個性が滲み出る者ばかりで、実に見ていて飽きない。
 周りの者は挙動不審の女にいちいち構っている余裕が無いのか、一瞥もせずに走ることに集中している。
 後ろの方で走っていたが、人間観察のために徐々に前のほうに出てきていたので、数時間も走ると――道は登り階段に変わっている――ほぼ先頭の方に来ていてしまっていた。
「青春ねえ」
 前を走る少年たちの、受験理由が聞こえてきたので、ついそう呟いてしまった。
 背後から急に声が聞こえたせいか、少年たちはビックリしたようで、思いっきり振り返って、こっちを見ていた。
「あ、ごめん。聞こえちゃったから」
「あ、ううん! それはいいんだけど」
「……アンタ、いつのまに後にいたんだ?」
 トンガリ頭の少年は笑って許してくれたが、ツンツンヘアーの少年は何か警戒しているようだ。
「いつって……ずっと後にいたけど」
「へえーっ、全然気がつかなかった! すごいね、おねーさん!」
 
2006年12月28日(木) 11:27:25 Modified by mhythoth




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