Beautiful World stage.1

 世界は終わった、なんて言ってみても、世界は相変わらず勝手に動いている。世界がボロボロになっても、生き物が皆死んじゃっても、僕とアスカはまだこの世界に生きているからだ。何も食べずに、ずっと眠らずに、じっとしたまま何もせず、ただ赤い海を眺めていることが、生きているといえるなら、だけれど。

 アスカはあれから何も反応を見せない。息はちゃんとしてるし、多分僕と同じに、生きるのに何も要らなくなったから、死にはしないはずだ。けれど、もしかしたら心が死んでしまっているのかもしれない。世界がこんなことになっても僕たちは生きていたけれど、アスカにとっては不幸なことなのかもしれないね。

 僕もアスカもそんな調子だけれど、今日も世界は勝手に動いている。太陽や月が無くなった訳じゃないから、こんな地球にもちゃんと昼と夜があって、時間がちゃんと流れてるのが分かるんだ。あの巨大な綾波――カヲル君だったような気もする――が大気をかき回したせいなのか、はたまた地上に瓦礫しかないからか、温度差が激しいけれど。ちなみに、体もどうにかなってるらしくて、どんな環境でも体に影響は無いみたいだ。今の僕たちは、使徒なのかもしれない。

 太陽と月が何度も巡って、僕の制服とアスカのプラグスーツが大分風化してきた頃、僕はようやく何かすることにした。何かといっても、寝るというだけだ。ずっと座り込んでいた体を倒し、寝転んで、目を閉じる。それだけ。今まで眠くなかったから寝なかったけれど、寝れば夢を見れると思ったからだ。潮と風の音をBGMに、僕は眠りに就いた。



 じいじいと蝉の声が聞こえる。ごうごうと風の音が聞こえる。どすんどすんと地鳴りが聞こえる。僕はいつの間にか、暑い暑い夏の日差しの下、あの懐かしい街の中、初めて使徒と戦った最初の相手、あの第三使徒を眺めていた。けれど、驚きはしない。夢を見るなら、ここから始まるあの戦いの筈だと分かっていたからだ。

 その後記憶通りにやって来たミサトさんに連れられて、その場を離れた。ネルフではリツコさんや父さんたちと会い、なんだかんだで僕がエヴァに乗る乗らないの話の流れになってきていた。

「乗るのなら早くしろ。でなければ、帰れ!」

 ここで帰ったらどうなるんだろう。思い立ったら吉日だ。

「うん、僕はエヴァに乗りたくない。帰るよ」
「……そうか。ならば今迎えを来させる。事が終わるまで、シェルターにいろ」

 あれ、無理やりにでも乗せるかも、と思ったんだけど。ミサトさんもリツコさんも特に引き止めずに、僕は黒服の人に連れられて、シェルターにいることになった。



「おーい、ナツミちゃーん!」

「ナツミーッ! おったら返事してくれー!」

 瓦礫の街を人を探して走り回る僕ら。シェルターでボケっとしてたら、妹がいないと騒いでいる人がいたんだ。よく見たら、その特徴的なジャージ姿は間違いなくトウジ。そういえば、妹が逃げ遅れたって言ってたような、と思い出し、手伝ってあげることにした。勿論警備の人に見つからないようにこっそりと。それにしてもやっぱり綾波はこっぴどくやられてるみたいだ。あの怪我じゃ無理は無いけど。街も僕の時より大分壊されてるし、ナツミちゃんのことは諦めた方がいいかもしれない。

「鈴原君、戦いが激しくなってきたし、僕たちもそろそろ危ないよ」
「そうやな……碇は先に戻ってええで。元々ウチの問題やからな。ワイはもう少し探してから戻るわ」

 そう言うと思った。僕たちが危ないって事はナツミちゃんも危ないって事だからね。

「わかった。戻りながら探してみるから、見つけたら携帯に連絡入れるね」
「おおきに! じゃあな、碇。気をつけてなあ!」

 そっちもね、と返し、近くのシェルターへと向かう。夢の中だから別に巻き込まれても平気だろうけど、危ない目に遭うのはちょっと遠慮したい。けど、少し逃げるのが遅かったみたいだ。さっきトウジが飛び込んだ建物に、エヴァが突っ込んできた。使徒に殴り飛ばされたらしい。建物は崩れ落ちて、エヴァの半身を埋めている。あれじゃあ、トウジの生存は絶望的だろう。もしかしなくても、僕のせいなんだろうか。

 エヴァはボロボロで、ぐったりと動かない。今の衝撃で綾波も死んじゃったのかもしれない。ピンチヒッターということで、ここでエヴァに乗るのもいいかもしれないな。幸いエントリープラグのところは埋まってないし、瓦礫を上っていけばプラグも開けられる。使徒はエヴァを甚振るのに飽きたのか、ネルフのほうに向かっていったみたいだ。こうして僕は、再びエヴァに乗ることを選んだ。なんて、かっこつけてみたり。

 エントリープラグに忍び込んでみると、綾波はやっぱり死んじゃってたみたいだ。青褪めた顔で半目半口開いて、シートに体を投げ出している。悪いけどエヴァを操るのに邪魔なので、シートの隅に寄せておくことにする。流石に外に放り出すわけにはいかないしね。垂れ下がった頭からインターフェイスを拝借して、シートに座りいざ再起動。やり方を覚えていて良かった。けれど、いつものシンクロとは違う、溶けるような感覚が一気に襲ってきて、自分を見失いそうになる。頭を振ってそれを振り払おうとしたら、隅っこにいるはずの綾波が、スーツや包帯を残して消えてしまっていることに気がついた。それに気を取られて油断した結果、僕はあっけなくエヴァに取り込まれてしまった。



 気がつくと、僕は何かの中に埋まっていることに気がついた。もがいてみるとあっさり抜け出せたけど、顔を上げるとびっくりした。そこには映画のセットみたいな、僕と同じぐらいの建物が並んでいたからだ。慌てて辺りを見回してみると、少し離れたところに使徒を見つけて、納得した。僕はエヴァになってしまったのだ。綾波の記憶らしきものもあるから、綾波も混じってるみたいだ。何故か先にエヴァに溶け込んでたはずの、母さんの記憶がないけど、まぁ、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

 使徒は背を向けている。チャンスだ。僕は走りよって、思い切りぶん殴ってみた。不意を突いたからか、ATフィールドを張る暇もなく、使徒は吹っ飛ばされて向こうのビルに突っ込んだ。……被害増やしちゃったよ。まぁいいや、と体勢を立て直される前に追撃する。プログナイフで背中を切り裂こうと飛び掛ると、使徒は肘の槍を当てて、ナイフを弾き飛ばしてしまった。背中に目でもついてるのか、そのまま正確に槍を伸ばして、僕に突き刺そうとしてくる。慌てて避けて下がるが、使徒はその隙に体勢を立て直してしまった。困ったなあ。ナイフを取りにいきたいけれど、取りに行った隙に、攻撃されそうだ。それに、取ったところでリーチが違いすぎて、大して役に立ちそうにない。あの武器、エヴァにもあればいいのに……そう思った瞬間、手に違和感を感じた。直後、唐突に閃く。その直感に従って右手を使徒に翳すと、右手から打ち抜かれるような感覚と共に光の槍が伸び、使徒を襲った。フィールドは既に中和済みだ。使徒の左肩に風穴を開けてやった。それに怯んだ隙に一気に接近し、押し倒す。こうなってしまえば後はこっちのものだ。槍で滅多刺しにし、十分弱らせたところで喰らい付く。さっきから妙な飢餓感があって落ち着かなかったのだ。あのネルフを崩壊させた使徒のとき、エヴァが使徒を食べたと聞いた事を思い出し、試してみたがどうやら成功らしい。ひと齧りする度に飢えが満たされるのが分かる。飢えが無くなるまで齧って、ゲップをひとつ。もう生きてなさそうだけど、しっかりコアを破壊して、使徒殲滅完了!

 ……さて、これからどうしよう?
2008年11月23日(日) 11:58:32 Modified by mhythoth




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