Beautiful World stage.3

「一条ユイです。家の事情で引っ越してきました。宜しくお願いします」
 苗字は適当に。名前は思いつかなかったから母さんから貰った。男なのに女っぽい名前だけど、これまた思わせぶりな名前で、ネルフも興味を持つだろう。
「一条君はあの席に座りなさい」
 僕の新しい席は綾波の席の近くだった。けど、この世界の綾波は僕とひとつになったから、そこに誰かが座ることはもうない。それにトウジも。しかし、いきなり知り合いが2人もいなくなってしまうなんて、随分とシビアな夢だ。この調子じゃあ、最後の頃には知り合いは皆いなくなっちゃうんじゃないだろうか。そんなの現実と一緒じゃないか。嫌だなあ。
 前みたいに人と接するのに臆したりしないから、クラスの人とすぐ仲良くなれた。僕が前、陰気で人と関わろうとしなかったのは、傷つけたり傷ついたりするのが怖かったからだ。けれど今は違う。今の僕は使徒だ。生きるのに何も必要とはしない。食べ物も、安らぎも、他人も要らない。地球はおろか、太陽も、月さえも無くなっても、僕は宇宙を漂い生き続けることができる。だから何も怖くない。傷つけて嫌われてもどうとも思わないし、人としての弱みがないから傷つかない。他人を好きでも嫌いでもない。無関心というわけでもない。けれど、関心もない。自分でも良く分からない気持ちだ。でも仲良くできれば嬉しいし、些細な会話でも楽しい。まぁ、結論としては、良い事ことじゃないけど悪いことでもないって所かな。

 2週間が過ぎた。いろいろ事件があったけど、此間の戦闘で、このクラスから死者が出たことを先生が告げたのが一番大きなものだろうか。ぶっちゃけた話、綾波とトウジだ。綾波はクラスに友達がいなかったせいか、軽いショックに留まったみたいだけど、流石にトウジは違う。誰とでも仲が良かったし、委員長と共にクラスの中心みたいなものだった。その衝撃は、皆は勿論だけど委員長とケンスケが一番強く受けたんだろう。ざわめくクラスメートを余所に、2人とも呆然としていた。僕はというと、戦闘の後に転校してきた身なので、クラスで浮くことになった。勿論クラスの皆もそれは分かってるので、特に何か言ってきたりはしないけど。
 前の時、トウジが登校してきて、僕を殴った日。トウジは現れなくて、ケンスケは大人しくて、委員長はあの日から学校に来ていない。綾波の席には、菊の花が飾られている。あ、トウジと綾波といえば、今日があのムチをもった使徒が来る日じゃないか。案の定、前の時と同じぐらいの時間に警報が出て、僕たちはシェルターに避難することになった。
 使徒が来ても、今のネルフには対抗手段がない。零号機が残ってるだろうけど、パイロットがいないからどうしようもない。エヴァを乗っ取った使徒のとき、初号機は勝手に動いたけど、あれが前から搭載されていた機能なのか、やっと完成してあの戦闘で初めて使われたのかどうか、分からない。でも、どうせ起動実験もやってない零号機じゃ戦闘に出しても高が知れてる。じゃあどうやって戦うのかと考えたけど、使徒に効いた通常兵器は限られてる。N2地雷だ。でも、それじゃ倒し切れない。万が一それで自己進化なんかしたら対抗手段が完全に無くなってしまう。となると、最後の手段で一発でケリをつけるしかない。NERV本部に誘い込み、自爆する。後の使徒は多分ドイツ支部に任せるんだと思う。確証はないけれど。
 それはともかく、そんなことをされたら僕の知り合いが殆どいなくなってしまう。なので、ネルフがエヴァを揃えるまで僕が代わりに戦う。幸い変身はある程度できるみたいだし、変身ヒーローってのも面白そうだ。そうと決まれば早速シェルターを抜け出して、外に出ることにする。こっそり出口に向かう途中、話し声が聞こえた。そういえば、前の時はトウジとケンスケが抜け出してきたんだっけ。今回は一体誰が? 耳を澄ませてみる。
「だから、俺は怪獣をこの眼で見てみたいんだ! なあ委員長、分かってくれよ」
「駄目よ! この前の騒ぎで街があんなになっちゃったのよ!? それなのに外に出たら、絶対に死んじゃうわ!」
 ケンスケと委員長だった。委員長は同じシェルターに避難してきたみたいだ。でも、何で委員長がここに? 抜け出すケンスケを見つけて追いかけてきたのだろうか。
「どうせ俺たちはここにいても死ぬんだ。知ってるか? 此間の怪獣騒ぎ、ネルフ巨大ロボットが倒したらしいけど相打ちだったらしいぜ。で、そのロボットのパイロットが綾波だったらしいんだ」
「……え、う、嘘でしょう?」
「嘘なもんか。パパのパソコンからちょろまかしたデータなんだから。それで、もうネルフに戦力はない。それで、どうすると思う?」
「……どうするの?」
「自爆だよ。ネルフ諸共N2で吹き飛ばすんだ」
「そんな!? じゃ、じゃあ早く逃げないと!」
「無理だよ。本当は近々住民を街から退去させる予定だったらしいんだけどさ、次の怪獣が思ったより早く来て、計画はおじゃん。一応、街の外に近いシェルターから順に避難させてるだろうけど、多分間に合わないだろうな」
「…………」
「だったら、死ぬ前に怪獣を一目見ようと思ってさ。それに、トウジを殺したヤツぐらい、この目で確かめなきゃ……気がすまない」
 その言葉が決め手になったのか、委員長はゆっくりと頷くと、ケンスケと共に扉を開いて出て行ってしまった。ついそのまま行かせちゃったけど、このままじゃまた僕の知り合いがいなくなることになる。僕は慌てて外に出た。

 前の時はエヴァの視点から見ていたけど、今は人の視点だ。使徒の死体を見に行ったときも思ったけど、やっぱり大きい。ってそんなことをしている場合じゃない。早くしないと。僕は物陰に隠れると目を閉じ、エヴァ初号機の姿をイメージし、シンクロする。自分が一瞬で拡大されるような感覚が僕を襲い、次の瞬間には、僕は前の時と同じ視点で、使徒と対峙していた。
 そういえば装甲が無いんじゃないかな、と体を見てみたら、紫色の装甲の代わりに、此間の使徒みたいな、白い骨みたいな外骨格がくっついていた。うーん、いかにも使徒って感じだ。顔を触ってみたら同じように外骨格に覆われていて、初号機をイメージしたからか、一本角も生えている。おっと、このままじゃあ使徒と一緒に攻撃されそうだ。そうなる前に味方だということを示しておこう。
 僕が変身してからモタモタしてたせいか、使徒はもう戦闘形態をとっていた。何かこんなことばっかりだなあ。僕は此間の使徒の槍を構えると、使徒に向けて打ち込んだ。と、同時に使徒はムチを伸ばす。僕は咄嗟に槍で絡め取ろうとしたけど、するりと逃げ出され、いつの間にか這い寄って来ていた、もう片方のムチが僕の片足を捕まえ、投げ飛ばした。
 山に叩きつけられる。前と同じになってしまった。やっぱり使徒になったからって、すぐ戦いがうまくなるわけじゃなさそうだ。ん? 前と同じって事は……僕は手元を見ると、委員長とケンスケがそこで震えていた。さっさと片をつけて危ない目に合わせないようにと思ってたのになあ。今の僕にエントリープラグは無いから、中に入れてあげられない。となると、2人を庇いながら戦わなくちゃならない。使徒が追撃しようとムチを振るってくる。僕はそれを受け止め、とりあえず2人が逃げられるよう、ゆっくりとここを離れることにした。
 目論見は成功して、何とか2人がシェルターに逃げ込んだのを確認すると、僕は槍を使徒と同じムチに変化させ、使徒のムチに滅茶苦茶に絡みついてそれを掴み、動きを封じる。僕も両手を封じられた形になるけど、僕には使徒と違い両足がある。使徒を山に仰向けに叩きつけ、コアに何度も蹴りを入れる。蹴っているうちに罅が入り、これで倒せると思って、最後の止めを刺そうと――足を引き力を籠めた。が、その隙を狙い、使徒は一瞬で新たなムチを生やした。拙い、向こうが速い! ムチは僕の頭を狙って来た。両手が塞がっているので咄嗟に頭を動かせない。足は踏み付けの動きを始めていて、かと言って頭を貫かれる前に先にコアを破壊できない。ならば――僕は『足に』槍を作りながら打ち込み、コアを思い切り踏み付けた。決定的な破壊音。コアは砕け、ムチは顔に触れる寸前に止まり、力なく地に落ちた。
2008年11月23日(日) 11:48:51 Modified by mhythoth




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