Beautiful World stage.5

 ある日、僕はネルフに連れて行かれることになった。とうとう来た。どんなアプローチが来るか知らないけど、とにかく僕はネルフにとって放っておけないファクターで無ければならない。だから怪しければ怪しいほどいいんだけど……独房に入れられるほど怪しかったかなあ。しばらくすると黒服の人たちがやってきて、僕は手錠を三重にかけられ、取調室みたいなところに連れて行かれた。そこで待っていたのは、リツコさんだった。
「初めまして。私は技術一課E計画担当博士、赤木リツコよ」
「あ、こちらこそ初めまして。一条ユイです」
 自己紹介すると、一瞬リツコさんの顔が歪んだ。
「えっと……僕、何かとてもいけないことを?」
「ええ、勝手に戦場に入り込むのは貴方が想像している以上に重い罪なのよ。まぁそれはいいわ。今日あなたを呼んだのは別の用件があるからよ」
「そうなんですか……それは申し訳ないことをしました。それで、あの、用件って……?」
「その前にいくつか質問したいのだけれど、いいかしら?」
「あ、はい、いいですよ」
 その後、出生やら家族構成やら、いろんな事を問い質された。もうMAGIで調べたことなのだろうけど、多分僕自身からボロが出ないか観察しているんだろう。僕はというと、下手な演技をしながら嘘八百並べた。当然バレバレだ。でも、それが逆にどこかの組織からの刺客だという疑いを薄らさせる。刺客にしては余りにお粗末だ、と。案の定、特にそういった突っ込みをされることなく、漸く本題に入った。
「それじゃあ、本題に入るけど」
「はい」
 リツコさんは一息入れると、鋭い視線を向け、言った。
「単刀直入に言うわ。貴方、何者?」
 本当に単刀直入だった。戸惑う振りをしていると、僕が捕まるに至る流れを話してくれた。最初に抜け出した後、僕には監視が付いていたのだそうだ。日常生活で特に怪しい所は無かったけれど、今回の使徒戦のとき、僕は再びシェルターを抜け出した。今度は誰も外に出なかったのにもかかわらず、だ。その上、僕は監視を撒いてしまった。誰かの気配がしたから、バレないようにしたんだけど、少し軽率だったようだ。
「貴方のこと、調べさせてもらったけど、戸籍が不自然極まりないわ。何も無いところからポッと湧いたような薄っぺらい経歴。何処から出てきたのか不明なお金。何処からどう見ても、誰かが情報操作したのは明らか。なのに、MAGIはそれを感知しなかった。余りにアンバランスだわ。まるで――素人がスーパーコンピュータの助けを借りて、ハッキングしたかのよう」
 流石リツコさん。ズバリその通りだ。って誰でもわかるかそれぐらい。
「最初はそれが囮で、真の目的は別のところにあるんじゃないかと思ったけど、なら最初から、その能力で気取られずにハッキングすればいい話だわ。私が思うに、貴方は現在何の後ろ盾も無い人間だが、偶然または元の組織から強力な情報操作の手段を手に入れた。そしてそれを使って戸籍を造り、社会的立場を手に入れた、ってとこかしらね」
「…………」
「迂闊だったわね。お粗末な仕事といい、2回もシェルターを抜け出したことといい――いえ、多分貴方、最初の戦闘のときも外にいたわね? 沈黙は肯定と見做すわ――それで、貴方結局何が目的なの?」
 さて、ここからが正念場だ。
「……ひとつ間違えています。僕は元から何の後ろ盾もありません。そして、目的の一つならば既に果たされました」
「ハッタリは無駄よ」
「いえ、本当です。僕はあくまで個人です。目的は言えませんが、一つだけいうならば、貴方のおかげで果たすことが出来ました」
「……っ!?」
「これ以上言うことはありません。開放するなり、また独房に入れるなりご自由に」
「…………」
 当然独房に叩き込まれ、3日ほど軟禁された。疑いが晴れたのか、泳がせることにしたのか分からないけど、僕は解放されることになった。いろいろ検査されたり、心理テストみたいなものを受けたりしたけど、なんだかエヴァのパイロットをやっていたときを思い出した。結果はシロ。使徒だって事がバレるんじゃないかと思ったけど、大丈夫だったみたいだ。今日は日曜日。今頃、魚みたいな使徒が戦艦を襲っているんだろう。アスカ、無事だと良いけど。

 心配は杞憂だったみたいだ。
「惣流・アスカ・ラングレーです! よろしく!」
 昨日使徒と戦ってきたことを微塵も感じさせない、元気いっぱいの姿だ。大して、ケンスケの方は珍しく登校してきてるのに、ぐったりしてる。……心中察するよ。その上、アスカが自分とケンスケがエヴァのパイロットだとばらしちゃったから、もう揉みくちゃにされている。放課後になって、ようやく開放されたケンスケは、なんだか大分擦り切れていた。
「大丈夫? 相田君」
「何とかな……一条、お前は前と同じように接してくれるんだな……」
「ああ、僕そういうの、あんまり興味ないから」
 ぴく、と向こうで女子と話してるアスカの耳が動いたのを、僕は見逃さなかった。
「そりゃ助かる。じゃ、俺そろそろ帰るわ。また明日な」
「うん、また明日」
 驚いたのは、ケンスケがサードチルドレンだったことだ。今回も、前のときも、僕がここに来たときは既にサードと呼ばれていたのに、僕が消えた後、一体どういう話の流れでそうなったんだろう。
「ねぇ一条君、ちょっといい?」
 ケンスケを見送ると、猫を被ったアスカが、猫撫で声でやってきた。

 それから2週間。アスカは度々僕に接触してきて、エヴァパイロットのことを話してくる。あの興味ない発言が気に食わなかったんだろう。寧ろ、それを狙って言ったんだけどね。こうすることで、僕が聞き出さずとも、いろんな情報を得られるんだ。興味無さそうに聞き流してる振りをするのがコツだ。ケンスケは前の僕と同じにヘリで戦艦まで行ったんだけど、アスカと一緒に弐号機に乗らなかったみたい。アスカが恥ずかしがって隠してる可能性もあるけど、ケンスケを名前で呼んでないから、多分それは無い。それと、ちょっとした事件もあった。それはまだ来てる人が殆どいない、早朝のことだった。
「グーテンモルゲン、サード! で、ここにいるんでしょ? アイツ」
「おはよう惣流。アイツって?」
「ファーストよ、ファースト! もう一週間になるのに、いまだに顔合わせてないのよ!」
「え、お前、知らないのか?」
 ケンスケはそう言うと、僕に視線を向けた。正確には、僕の隣の綾波の席だけど。ってそれじゃあ誤解されちゃうよ。
「――ちょっと、アンタ、まさか、信じられない。今まで私を騙して来たの!?」
「え、いや、話が見えないんだけど」
「この場に及んでしらばっくれるつもりぃーッ!?」
「そ、惣流、まて! 一条じゃないって!」
 慌ててケンスケが引き止める。
「だって、今コイツを見たじゃない!」
「正確にはその隣の席を見たんだよ」
「隣の席って……誰もいないじゃない」
 いたら怖い。
「ああ、ファーストチルドレンの――綾波って言うんだけど――ヤツ、死んじまったらしい」
「え――?」
 僕としては、何でアスカが知らなかったのかが疑問だ。もしかして、第三使徒戦でのドタバタの情報は、支部に流れてきていない?
「俺がパイロットになる前に、使徒と相打ちになったらしいんだ……詳しいことは俺も知らないけどな」
「…………」
 その日のアスカは、僕に突っかかってこなかった。

 警報が鳴り響く海岸で、僕は分裂する使徒を眺めていた。流石に毎回説教されるのも疲れるから、今日は仮病で休んで、別のシェルターに向かったことにしておく。さて、ネルフのお手並み拝見だ。アスカとケンスケでどう立ち回る?
 しばらくして、エヴァがやってきた――アレ? 何で零号機だけ……あ、そういえばアスカが、大分苦労して使徒を倒したみたいな事を言ってたような……前の時と違って、弐号機の被害が大きかったのか。仕方ない。あの使徒はそんなに攻撃力は無かったはずだから、危なくなったら手を出そう。
 ケンスケは意外とよく戦えてる。それもそうだ。パイロットとしてのキャリアは前の僕とほぼ同じなんだ。いや、寧ろ僕より意欲的に訓練していたみたいだから、あの時の僕よりマシだ。そうこうしているうちに、ケンスケはついにソニックグレイブで使徒を真っ二つに切り裂いた。ここからだ。前と同じく使徒は分裂して、使徒を倒したと思って完全に油断した零号機を殴り飛ばした。ケンスケはそれでパニックになったのか、ソニックグレイブを目茶目茶に振り回した挙句、パレットガンを全弾一気に使い切り、煙で視界を遮ってしまった。今頃、ミサトさんにバカ、とか言われてるんだろうなあ。僕もムチの使徒のときにやっちゃったから分かる。煙の中から飛び出した使徒が零号機を捕まえ、投げ飛ばした。飛んでいった零号機は頭から田んぼに着水。間抜けな姿を晒した。
 使徒が一仕事終え、第三の方を向いた途端、戦闘機が一斉に離れていく。……あ、そうか。N2で足止めしたんだっけ……ということは――やばい! 咄嗟にフィールドを張りながら離脱! 次の瞬間、光が辺りを呑み込み、全てを吹き飛ばしていく。僕は衝撃に逆らわず、フィールドで自重を軽くしながら吹き飛ばされ、山に不時着。やれやれ、この服気に入ってたのにな。僕は焦げたボロ布を身に纏い、ぼやいた。
2008年11月23日(日) 11:51:09 Modified by mhythoth




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