Beautiful World stage.2

 ネルフに行くのが一番良いんだろうけれど、いろいろ面倒臭そうだ。ケージに拘束されたまま、いろいろ調べられて、いざという時は使徒戦に使われるんだろうね。兵器だから仕方ないけれど。かと言って、この図体じゃあ他に行く当てがない。隠れ場所はないし、せいぜい海底に逃げるぐらいだろうか。ああ、ヒトだった頃が懐かしい……そう思うと、再び唐突に閃いた。元の姿をイメージし、エヴァにシンクロするような感覚で、そのイメージにシンクロする。段々、自分という存在がその姿に納まるような感覚が起こる。その感覚が極限に達すると、ふと一瞬感覚が無くなり、気が付くと、見慣れたプラグ内のインテリアが視界にあった。
「ふう、助かっ――?」
 浮遊感。それはしばらく続き、それが終わると、轟音と共にプラグ内に強烈な衝撃が響き、僕は転げ回ってあちこちに叩きつけられた。僕がまともな人間だったら大怪我をしていただろう。今の状況から察するに、エントリープラグがエヴァから落ちたらしい。何ゆえ? そう思ってプラグから出ると、奇妙な光景が広がっていた。瓦礫の中に、様々な機械部品や、エヴァの装甲が転がっている。成る程、さっきは僕がエヴァに溶け込んでいたけれど、今度はエヴァが僕に溶け込んだから、エヴァの肉体が無くなって、機械や装備が残ったのか。と、なると、今頃ネルフは大騒ぎだろうな。沈黙したエヴァが勝手に再起動した挙句、使徒を殲滅し、挙句の果てに肉体が消失。リツコさん倒れなければ良いけど。……ん? 待てよ? 綾波も初号機も僕が吸収してしまった。ということは。
「今のネルフには、何の戦力も残されていないじゃないか……」
 急いで弐号機とアスカを呼び寄せるだろうけど、間に合いそうも無いしなあ。しょうがない、サードインパクトなんか起こったらこの夢も終わりそうだし、しばらくお助けキャラでもやりますか。でも、勿論僕も楽しませてもらう。このデタラメになった体で、この夢の世界を引っ掻き回してやるんだ。現実では、今まで碌なことが無かったし、これからは何も起きそうも無いんだから、夢見るぐらいは良いよね。よし、そうと決まれば……。
「まずは服だな……」
 制服はLCLでずぶ濡れになっちゃったし、この際だから、そこらのブティックで適当に物色しよう。その前にシャワーも浴びないとな。どっかの家のお風呂借りよう。でもこの辺一帯はもう駄目だな。使徒戦でもう滅茶苦茶だ。

 いくら使徒になった――本当のところは分からないけど、使徒以外に考え付かないし――とはいえ、濡れた体や服を乾かすとかは出来ないみたいだ。夢なんだから、いろんなことが出来ても良いのに。出来ることと言えば自己進化とか、自己再生とか、使徒っぽいことだけで、後は他の使徒の真似ぐらい。まぁ、何でも出来たら興醒めか、と自分を納得させつつ、服を脱ぐと、……無い。股についているはずの、アレがない。もしかして綾波を吸収しちゃったから女の子に!? と思ったけど、女の人のアレもない。ぽつんと穴が開いてるだけ――いくらなんでも女の人のアレの形ぐらい知っている――で、それらしいものはない。……もしかして無性になっちゃったのかな? うまく体をイメージし切れなかったのかもしれない。まぁいいや。風呂場に入って鏡をちらと見ると、知らない人が鏡に映っていた。
「……って、僕なのか?」
 疑問系なのは今の僕の顔が、本来の僕である――筈の――『碇シンジ』の顔と違っていたからだ。僕でもないし、綾波でもないし、かといって母さんだというわけでもない。言うならばそれら全て混ぜこぜにして適当に整えた感じだろうか。まぁ、変な顔というわけでもないし、いいか。でもこれじゃあこっそり元のシェルターに戻って、適当にネルフに協力するとか言って『サードチルドレンの碇シンジ』として楽しもうと思っていた計画がパアだ。まず戸籍から手に入れないと……。MAGIをハッキングしてきたらしいあの使徒の真似で何とかできるかな……? やってみるしかないか。僕はお湯を頭から被った。

 適当に服を揃えたら、とりあえずその辺の機械を操ることから始めた。直接戦わなかった使徒の事は殆ど覚えてないし、話もちゃんと聞いてなかったから再現するのに大分苦労した。小一時間粘って、数パターンのお喋りをするオモチャを自由に喋らせられるようになったときは、ちょっと感動したよ。思えば何かに一生懸命になったのって、これが初めてかもしれないな。一度取っ掛かりを見つければ後は簡単で、すぐに上達していった。夜が明ける頃には、手元に当分の間困らないお金がある、てなもんだ。僕は飲まず食わずの不眠不休でも、何の問題も無く生きられるけど、帰る家ぐらいは欲しいからね。後は学校。こっちは戸籍の取得や転校等の情報操作のために、MAGIに侵入しないといけないから大変だ。でも、そっちも一応考えてある。よくよく考えてみれば、最初から手札は揃っていたんだ。

 僕は最初に避難したシェルターにこっそり戻った。避難民のチェックは警報が止んでからだから、僕がシェルターを抜け出したことはまだバレてない。当然僕の荷物はちゃんと元の位置にあった。そうそうこれこれ。IDカードがあるから、MAGIのホンの少しだけ内部に入れるんだ。ここから弄れば大丈夫。シェルターに備え付けの端末をちょっと強化して……よし、成功だ。そういえば避難したはずの『碇シンジ』がいなくなっちゃったんだから、ネルフは更に大変だろうなあ。しかも『碇シンジ』のIDで何者かがMAGIにアクセス。どうせ痕跡を消せるまでのスキルは無いから、そこまでは弄らずにおく。何弄ったか位は誤魔化しておくけどね。
 早速僕の新しい戸籍を作る。セカンドインパクトで両親を亡くしたとか、孤児院で育ったとか、適当な経歴を捏造しておこう。住居は適当なマンションの空いてる部屋を貰って……そうだ、学校に転入届も出さないとね。情報操作って意外と楽しい作業だ。けど、いい加減にしておかないと怪しまれそうなので、このシェルターに避難した住民のリストに自分を加えておしまい。よし、これで新しい僕は社会的に認められた。細かいところは今後ちょくちょく直していくことにしよう。

 朝になると、シェルターは開放された。昨日の戦闘で家が無くなっちゃった人も多いから、当分の間開けておくらしい。ま、それはともかく。僕は入居したことになってるマンションに向かった。日本の首都になる予定だったこの街の住居は、入居がスムーズになるように、自動化が進んでいて、IDカードさえあれば出入りできるし、空き部屋の水道や電気もすぐに使えるように操作できる。家具とかは無いけど、それはこれから買い集めればいい。ハッキングでお金をかけずにいろいろ手に入るだろうけど、面倒臭いし、そこまで身勝手にするのも気が引けるからね。
 それから2日間、僕は生活用品を揃え、合間合間にMAGIに潜って――何度もこなしている内に、気付かれずにハッキングできるぐらい上達した――自分の戸籍を弄り、身の回りを確固たるものにしていった。けれど、ちょっとだけ綻びを持たせたりもしてみる。ネルフが僕に興味を持つようにするためだ。流石にアスカが来るまで、遊び場が学校生活だけってのは面白くないからね。この綾波そっくりな外見なら何もしなくてもアプローチしてくるだろうけど、念のためだ。

 僕がここに来てから3日目。前とはかなり状況が変わっちゃったのに、奇しくも前と同じ日に初登校することになった。今の僕の性別がどうなってるのかは分からないけど、戸籍には男として登録してあるから、一応男子生徒だ。別に女の人として生きる必要も無かったしね。さて、そろそろ登校しないと。
「おや、おっはよーん」
「あ、おはようございます」
 玄関を出ると、同じく隣の玄関から出てきた、お隣さんが挨拶してきてくれた。この人は引越しの挨拶のときに仲良くなった、女子大生の人だ。その気さくなキャラは、ミサトさんを思い出させる。そういえば、今どうしてるのかなあ、あの人。
「今日から学校? 早いねー」
「はい、転入の手続きがありますから。そっちは、ゴミ捨てですか?」
「そ。あたしってズボラだからゴミが溜まっちゃっててさー」
「重そうですね……いくつか持ちますよ」
「あーいいのいいの、そんな気を使わなくて……ってうわっ! 6つ一気に軽々と!? キミって見かけによらず力持ちなんだ!?」
「見かけによらずってなんですか、もう」
 使徒である僕としては、ゴミ袋ぐらい6つといわずいくらでも持ちたいところだけど、僕の筋力はせいぜい人間よりちょっと力持ちって程度だ。それにこれ以上同時には持ち辛いしね。てくてくと談笑しながらゴミ回収所へ向かう。
「やー、助かるよー。何回か往復しないとなーって憂鬱だったところだからさあ」
「いつもお世話になってますから、っと。……ふう。それじゃあ、僕行きますね」
「ん、ありがとねーん。今度お礼するから。いってらっしゃーい」
 やれやれ、それにしても凄いゴミの量だ。今度部屋も掃除してあげようかな。ゴミも運び終えたことだし、僕は登校することにした。
2008年11月23日(日) 11:47:38 Modified by mhythoth




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