Beautiful World stage.6

 ケンスケが使徒にあまり攻撃できなくて、復元能力をよく見せられなかったから不安だったんだけど、前の時と同じように、ユニゾン作戦が取られたみたいだ。ケンスケとアスカがもう3日休んでる。そろそろミサトさん辺りに会ってみるのも良いかな。いきなりあのマンションに行くのは不自然なので、一旦ケンスケの家に見舞いという名目で行ってみる。当然留守だ。考え込む振りをして、次はアスカの家に向かう。監視対策だ。チルドレンのクラスメートとしてのお見舞い。アスカはついで。そんな感じに動く。途中で委員長と合流して、ミサトさんたちの部屋へ。当然、前と同じ部屋だった。
 
「はじめまして、一条ユイです。いつも相田君にはお世話になっています」
「葛城ミサトよ。よろしくねん」
 ファーストコンタクトは良好に終わったみたいだ。前の僕の顔ぐらいは覚えているはずだけど……まぁ、似ているぐらいじゃそう怪しまないかな。あ、でもしょっちゅうシェルターを抜け出すとかぐらいは知っているかもしれない。
「何をやってるのかはよく分からないんですけど……すごい集中力ですね」
「ん……まぁねん」
 例のユニゾン訓練用ダンスゲーム機の上で踊り続けるアスカとケンスケを眺めながら話す。ミサトさんが一瞬言いよどんだけど、何を思ったのかは分かる。ケンスケが、物凄い必死なんだ。何かに追われているかのように、何かにおびえるように。……当然か。直接見ていないとはいえ、自分と同じエヴァのパイロットだった綾波と、親友のトウジもその戦闘に巻き込まれて死んでしまっている。自分が一歩間違えれば死ぬ、もしくは誰かを殺してしまう立場にあることに気がついてしまっているんだろう。前の僕はちゃんとそのことを考えてなかったから、それよりはマシだと思うけど……流石にここまで追い詰められていたなんて思っていなかった。そういえば、エヴァのパイロットとしてのケンスケを見るのは、これが初めてだな。
「ケンスケ君……そろそろ休んだらどう?」
「大丈夫です」
「もう何時間も踊りっぱなしじゃない……根を詰めすぎるのも良くないわよ?」
「大丈夫ですッ!」
 ミサトさんが見るに見かねて声をかけるけれど、ケンスケは拒否した。そう言うけれど、全身汗に濡れて、頬も少しこけてる。隈もあるじゃないか……眠れてないのかな? 幾らなんでもオーバーワークだ。
「あんたバカァ!? そんなに張り切って、使徒と戦う前にぶっ倒れたら意味ないじゃない! いい加減寝てなさいよ!」
「うるさいな。何だよ、もうついてこれなくなったのか?」
「な――何よ! せっかく心配してやってんのに!」
「へっ、流石エースパイロット様、訓練なんてそこそこにやっておけばいい、ってか」
「何ですってェ!?」
「ちょっと相田君、言いすぎよ!」
 委員長が咎めるけど、ケンスケは一瞥しただけで何も言わない。なんだかやたらトゲトゲしてるなぁ……トウジがいないだけで僕たちはこうなってしまうのか……あいつ、結構重要な役回りだったんだな。
「いつもこんな感じなんですか?」
「……ええ、きっと怖いのね」
 後半は僕に聞こえないように言ったみたいだけど、確かにそうなんだろう。剣呑な雰囲気が漂うケンスケたちに、ミサトさんは声をかけた。
「サードチルドレン」
「……はい、なんでありますか」
「上官命令です。休みなさい」
「――ッ、それは!」
「体を休めるのも訓練のうちよ。アスカも言ったけど、使徒戦にはベストコンディションで臨んで欲しいの。ここで体を壊されたら困るのよ」
「……はい」
「よろしい。それじゃ水分よく取って、少し寝なさい。夜、眠れてないんでしょ?」
 小さく頷くと、ケンスケは自分の部屋に戻った。その歩みは頼りなく、足が震えていた。疲れからか、悔しさからか……その姿を見送った後、ミサトさんはハァ、とため息をついた。
「やる気があるのはいいんだけど……ああ焦られてもね……」
「ったく、大丈夫なの? アイツ。私たちの代わりなんていないのに」
 さりげなく前の綾波の言葉を否定することを言ったけど、どうでもいいことだ。代わりがいないなんて、当たり前のことだから。
「相田君、あんなに追い詰められてたんだ……」
「まぁね。アイツ、まだ実績ないし」
「え、じゃあ今までの使徒は……?」
「ちょっとアスカ!」
 あ、っと口を押さえるアスカだけど、もう遅い。当然知ってることだけど、そのことを皆は知らないから、今教えてもらってしまえば良い。僕の視線に、ミサトさんは言いにくそうに言葉を紡いだ。
「……これはバレるとちょっちヤバイから、絶対に言いふらさないでね……まぁ、ネルフ以外の謎の存在が、殆どの使徒を倒しちゃってるのよ」
「ネルフ以外……って、エヴァじゃないってことですか?」
「詳しいことは言えないけど、そういうコト。だからケンスケ君はまだ使徒と直接戦ったことが無いの。だからあんなに必死になってるのね」
「よーするに、怖いんでしょ? 情けないわねー」
「誰だって怖いわよ。私たちはなんとか折り合いつけてるってだけ。ましてやあの子はつい最近まで一般人だったんだし……無理も無いわ」
 ケンスケが消えたドアを見つめ、ミサトさんはまたため息をついた。アスカはそれをじろ、と一瞥すると、練習に戻った。

 アスカの練習をしばらく眺めた後、僕と委員長はマンションを後にした。夕飯の買い物があると言うので、僕もそれに付き合って近所のスーパーに入った。一応一人暮らし、っていうことは皆知ってるからね。ホントは何も食べなくてもいいんだけど、人としての嗜みってヤツかな。
「……私たちに、何かできることって無いのかな……」
 大根を手に取りながら、委員長がポツリと呟いた。マンションからここまでの間、ずっと考えてたんだろう。
「ユニゾンだっけ……生活リズムを合わせる、って訓練なら僕たちがいたら返って邪魔かもしれない」
「そっか……私たち、待ってることしかできないのかな……」
「そうだね……使徒を倒して帰って来た相田君たちを、笑って出迎えることぐらい、かな」
「……笑って、か」
 前の時も委員長はこんなことを考えていたんだろうか。ケンスケやトウジたちとばかり付き合っていた僕には知る由も無いことだけど……ホントに、エヴァに関係ない人はどうしようもないんだな……。

 その後委員長と別れ、帰ることにした。夕飯を食べて、ソファでTVを眺めながらぼんやりとする。……僕、何してるんだろう。世の中引っ掻き回してやる、って意気込んでたのに。不老不死の体を持ってて、しているのはただの中学生。使徒を倒せる力を持ってて、ネルフからはちょっと怪しまれてる程度の存在。いっそのこと全部ばらして暴れまわってもいいんだけど……僕には何が何でもそれをしたいと思わせる、大切なものが、無い。人としてのしがらみを無くした僕には、生きる目的が無いってことかな……前の僕も似たようなものだったけど、やっぱり好きな人やものがあって、それを守りたかったからエヴァに乗ってたんだろう。それに最後まで気がつかなかったけれど。
「何だかなあ……」
 モチベーション不足ってヤツだろうか。使徒も鬱になるのかな……と、そう考えながら、ちょっと散歩でもしようかと部屋を出た。
「……あれ?」
 隣の部屋の前に、蹲ってる人がいる。よく見ると隣の女子大生の人だった。
「こんばんは……どうしたんですか、こんな時間に」
 返事が無いので軽く肩を叩く。
「…………て」
「え?」
「……鍵、無くしちゃって」
「えっと……」
 だからと言ってここで蹲ってても……そう思ったけど、何だかすごく辛そうだ。何かあったんだろうか。
「とりあえず……ここじゃ風邪引いちゃいますから、僕の部屋に入りましょう?」
「…………」
 返事は無かったけど、手を引くと素直についてきた。危ないなあ……こんな簡単に男の部屋に入るなんて。まぁ、僕は男どころか人じゃないけど。コドモだし。とりあえず俯いたままの彼女を居間に連れてきた。
「ええと、これクッションです。あ、何か飲みます? 体冷えてるから……温かいココアがいいか――わっ!?」
 抱き着かれた。凄く柔らくて暖かい。前の僕だったらパニックになってるだろうな、と考えてると、彼女の体が震えていることに気がついた。
「…………」
 泣いてる? どうしよう……こんなの初めてなんだけどな……。
「……っ!」
 とりあえず頭を撫でてみた。
「――ぅえっ」
 アレ。
「うええええええぇぇぇーんっ!!」
 もっと泣いたよ?
「うええええええええええぇぇぇぇぇぇんっ!!」
 …………。

 不老不死で強靭無敵の肉体を持つ使徒の僕は、泣いてる彼女の頭を撫でながら、途方にくれるしかなかった。
2008年11月23日(日) 11:51:56 Modified by mhythoth




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