「…………ん?ここは…………俺の部屋、か。」
ベッドにうつ伏せで寝ていた十代半ばの少年がそう呟いた。彼の名は小波。
ひょんな事から宇宙人に地下要塞に潜り込み野球人形を作る羽目になった元ごく普通の中学生である。
ここは宇宙人の地下要塞の近くにある寮のような宿泊所だ。
小波の仲間、つまりクラスメートもここに泊まっている。
「……体中が痛い………」
そういって唸り声を上げる。彼が何故痛みを訴えているのか、その理由は今日の昼時にまで遡る。
それは小波が今日の朝、ハタ人間にされた仲間たちを救出しに地下100階まで行き
地上に帰還した数時間後の事であった


「ねぇねぇ、小波!」
水を飲みながらゆっくり休憩している小波にリコが突然話しかけてきた。
いきなり話しかけられたので一瞬むせかけたが何とかこらえて口を開く
「おいリコ、さっきハタが取れたばかりなんだからもう少し安静にしてろ」
「心配してくれてありがと。でも、あたしはもう大丈夫だからさっ!」
活気あふれる言葉をリコが小波に返す。元気なのはいいことだけど
元気すぎるのはちょっとなぁ…そんな事を思いながらも小波は言う。
「はぁ… で、何の用だ?」
「いやー実はあたしさ、色々と考えていたんだよねー」
「何をだよ?」
「武器!ほら、あたしの得意な武器って刀とか剣じゃん?
でもあたしとしてはもっと派手な物を使いたいんだよねー」
「…派手なのだったらライトサーベルとかコスモミキサーがあるだろ?」
呆れた顔をして小波は言葉を返した
「もう!わかってないなぁ。派手なだけじゃダメなの!何と言うか……
”ババババッ!!”みたいな感じでさ!
ガトリングとかマシンガンのように派手さに加えてスカッとするのがいいの!」
「でもリコには使いづらいだろ?そーゆーの。」
リコはどちらかというと手先が器用な方ではない。特にハンドガンやライフルなどの武器は
細かい作業が要求される。そんな武器がリコに使える筈がないのだが…
「だから考えたんだ!あたしでも使えるそーゆう武器!
教授にも話したけど材料持ってくれば作れるってさ!」
「へぇ?それってどんなのだ?」
不器用でも使える連射系の武器。興味を持った小波はリコにそれを聞く。
「おっとそれは小波にも言えないねぇ〜。だって教授公認のリコ印の秘密兵器なんだからっ!」
「何だよリコ印って…」
「あたしが今思いついたんだ。………で、その武器の材料の事なんだけど………」
キュピーンという音をさせてリコが目を光らせて言う
「俺に集めて来い、と? だろうと思ったよ。」
何かを悟っているかのように小波は言った。
「流石は小波!話が分かってるじゃん!」
「…で、何が足りないんだ?」
目を細めながら小波が聞く。
「なぞの機械!」


一風の風が二人の間に吹いた。季節に相応しくない茶色に染まった木の葉が風に乗ってくる。
ひと時の間をおいて小波が口を開いた
「…………………無理だろ。」
「いつかあたしがガメた壊れた機械が1つあるじゃん」
あれはガメたというよりも抉り取るといったような感じだったが、
そういやメガネの奴が”あんな痛々しい光景見たくないでやんす!”って目を背けていたな。
まぁそれは置いといて
「こないだパニッシャー作る時に使っちまったぞ?それ」
「あ、やっぱりそっか。でも大丈夫大丈夫!手に入れるアテはあるからさ!」
「へ?それってどういう…」
疑問の顔を浮かべる小波、しかし…
「と、ゆー訳で うりゃ!!!」(ドスンッ!!
気付いたときには遅かった。
「………え?」
後ろを見て小波は現実を疑った。しかし冷静さがそれが夢ではない事を告げ、状況を把握する。
リコが自分を突き飛ばした。そこまではわかった。だが自分が突き飛ばされた先には地下要塞行きのワープホールがある。
そしてその横に立てられている看板には地下40階行きと書いてあるが、
黄色と黒のストライプの紙に”DANGER!”という真っ赤な文字が書かれたものが張られてある。
そういえば教授が今日の朝、量産型の宇宙ガンダーがたむろしてるからそこには行くなと言ってたっけ。
それを思い出し全てを理解する。その瞬間まさに0.5秒であった。
「ちょっ……リコてめぇ!!!何のつもりだあああああぁぁぁぁぁぁ............」
必死の叫びは虚しく、小波は地獄へと落ちていった。
「…Good Luck!小波♪」
今のリコの一連の行動を見て恐らく誰もがこう思うだろう、”外道”であると。
「おいリコ!いきなり小波を突き飛ばすなんてどういうつもりだ!?」
「あれ夏菜じゃん?いつからいたの?」
「リコが小波に話しかけた時からだ!いやそれよりも今の40階はかなり危険だって聞いたけど大丈夫なのか!?」
「あぁ、そういえば夏菜はハタ刺されていたから聞いてないんだっけ?多分大丈夫だって!
宇宙ガンダーがいっぱいいるとはいえ量産型だから。」
目を反らしてリコが白々しく言う。
「全然大丈夫じゃないだろそれ!!あぁもう!小波1人じゃ心配だから私も行くぜ!」
そう言うと夏菜は、懐からアポカリプスとレイブラスターの二丁拳銃を取り出し、40階へと行った
「ふむ、宇宙ガンダーか……。ふふふ、僕の宇宙ムラサマが唸る!待っていろ小波、今助太刀に参る!!」
「………やれやれ、騒がしいガキどもだぜ。……俺もいっちょ行ってやるとするか。」
夏菜に続いて、大神、椿が40階へと赴く。一方リコは
「……あの3人なら何とかなるとして、あたしは別の材料を集めるとするかな!」
そう言うと同時に、どこかへと走って行った…



「……リコの奴、人使いが荒いにも程があるんだよ…………痛て……。」
あれを人使いが荒い程度で済ませる小波の度量の深さにはある意味感嘆するものがある。
量産型だから本来よりいくらか装甲が薄いがやはり宇宙ガンダーは強い。
50を超える敵を倒し命からがらもぎ取った壊れた機械を手元に地上に帰還したが、その後の記憶が小波にはない。
恐らくあの後疲労が募ったせいで気絶してしまったのだろう。
ふとライトの横においてある電波時計を見るともう夜中の12時を回っていた。
自分が戻ってきたのが大体5時だから7時間は気絶したことになる。
「…もう遅いから寝たいけど体が痛い……」
3時間ぶっ続けで戦ったのだから無理もないだろう。
とりあえず小波はひとっ風呂浴びてから寝ることにした。

「………あれ?そういやリコの奴なんで宇宙ガンダーの事知ってたんだ?…まぁいいか。」
風呂場に向かう途中、小波はそんな事を思っていた。
ここの風呂場は何十人も泊まれる宿泊所だけあってそれなりに広い。
脱衣所で服を脱ぎ終え風呂場へ行こうとしたその瞬間
「…………っ…………ぁ……」
「…………ん?」
声が聞こえた。それも男性の声ではない高めの女性の声
しかし、少し様子がおかしい。
(なんだろう?)
そう思った小波はドアへと近づき、耳を澄ませる。
すると…
「……ん………………んぁっ!」
(へ?)
まだ断定したわけではないが、それは喘ぎ声だと分かった。
それも、快楽に浸っているような艶のある声。
そしてその声は……
「……ぅぁ……っ…………んっ!」
(ま、まさかこの声…………アカネか?)
そう、それは小波の知っている声だった。それも自分の近所に住んでいる
(元)小学生で、妹のように可愛がっているアカネの喘ぎ声。
アカネは地下探索に行く時、しょっちゅう黙ってついてくる事が前まで多々あったが
まさか宿泊所にまで侵入してきてるとは小波は思っても見なかった。
しかもそのアカネがいる場所が男湯で、さらに…
(……え〜と…中にいるのは……アカネだけ、だよな?もしかしてこれって……)
小波は見つからないようにそ〜っと窓から中を覗き込んでいた。
中にいるのは確かにアカネ一人だ。少し見えにくいが、
ドアからほんの少し離れた所にアホ毛を跳ねさせている後姿のアカネが居る。
しかも床に体操座りのような姿勢で座っていて、
その上全裸で両足が開いており、左腕は床についていた。右腕は背中に隠れていて見えないが
先程から今もなお続いている喘ぎ声でその手がどこにいっているかは大体想像できるだろう。
「…はぁ………あ……ぁっ…!」
(ま、まさかアカネがこんな事…でも……
おかしくはない、よな?うん。俺もやっていたし……)
まぁこの年頃なら性的なことに興味を持ってそれを実践するのは
別におかしい話ではないだろう。だが流石にそういう事を風呂場でするのは普通ではないが、
小波はそこはあえて考えないことにした。
「……ぁあ!……ん………こ……こな……み…」
(……え?)
名前を呼ばれたような気がして小波は一瞬驚く。
気のせいだろうと思ったが、そうではなかった。
「………こなみ…………小波おにいちゃ……んぁっ!」
(なッ―――!?)
そう、アカネは自分の名前を、兄の名前を呼んでいたのだ。
それも一人遊びの真っ最中に。小波は自分の耳を疑った。
(何でアカネが俺を?こんなことをしている時に………
 もしかしてアカネ……俺の事を……)
小波はいつかアカネにハタが刺されていた時の事を思い出していた
よく聞こえなかったがアカネは自分の事を妹としてしか見てくれないとか
そんな事を言っていたのを思い出す。
(そういえば教授がハタを刺されている時、その人の本性や本音が
表に出ることがあるって言っていたな。まさかあれがアカネの………。)
「ぅぁっ………あ……こな…………お………ぁ、あっ!!」
もう名前を呼ぶ余裕もないのか、アカネの喘ぎ声が少しずつ激しさを増していく。
ぐちゅぐちゅと水音もドア越しからも聞こえてくる。
「ぁ、ぅぁっ、はぁっ、ぁっ……うっ、んぁあっ!!」
(ぅわ……声すごっ………)
今更ではあるが、まさかこんないやらしい喘ぎ声が
あのアカネから出るとは小波は想像もできなかった。
普段のあの無拓で汚れのない綺麗な笑顔をするアカネがこんな声を出すなんて、
そのギャップの激しさが無意識の内に小波を興奮させる。
「んはぁぁああっ!!」
前までのより一きしり大きな声が聞こえ、後ろからでも分かるほど
アカネは体を弓なりに後ろに反らした。絶頂に達したのだろう。
「……はぁ……はぁ………あ………」
アカネの疲れきった声が聞こえる。
そしてアカネは前かがみに倒れそうになるが、
がくがくになっている足で何とかこらえた。
「………だいすき………です……
 ……小波お兄ちゃん………」
アカネの声がはっきりと聞こえた。自分が好きだというアカネの告白の声が。
そしてアカネは快楽の余韻に浸っていた
(―――――ッ…)
あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにしてやりきれない気持ちになったのか、
小波は足音を殺してその場から立ち去った。


「………あれ?これって…」
脱衣所から出たとき、ふと上を見るとそこには女湯を示すマークがあった。
どうやら入る場所を間違えたらしい。まぁ普通に考えればアカネが
男湯に侵入してそこであんな事をするわけがないだろう。
小波は今度こそ風呂に入ろうともう一方の風呂場に入った。
そしてさっき音を立てないように着た服を再び脱ぐ。
(………すっかり元気になっちまったなぁ、俺。)
そこには自己主張しまくっている自分の一物があった。
先程の事もあったので仕方ないが、何だか情けない気持ちになる。
「…入るか。」
勢いよく扉を開ける、ところが…
「え?」
「………へっ?」
そこには湯船ににゆったりとつかっている夏菜がいた。
小波は口をぽかんと開けて固まる
「お、おい小波!?こ、ここは女湯だぜ!?」
「は、はぁぁああ!?ごご、ごめん夏菜!!すぐに出るからっ!!」
そう言うと同時にドアをバタンと閉めすぐに服を着てそこから退散した。
「…………………あ゛ー……………えぇと………」
小波が出た後夏菜は歯切れの悪い言葉を何回か発し、
そして湯船に頭上半分を出すような感じに沈んだ。
(………………意外と………でかかったな………
……小波の……あれ………)

後に小波は、あの事態が発生したのは男湯と女湯のマークが入れ替わっていたせいである事を知る。
しかもその原因がリコの悪戯である事も。


「罠、ですか?」「そうじゃ」
ここは宇宙人の地下要塞の地下94階だ。そこに入ると同時に唐沢教授がやってきたのだ。
またくじ引きのために来たのかと聞くと今回は伝えたいことがあってきたらしい。
それは前回、自分達を100階までの侵入を許してしまった宇宙人達が
なるだけ100階に近づけさせないように90階辺りからあらゆる罠を仕掛けているとの事だった。
「でも罠って言われても…今のところそういったものは見当たりませんよ?」
「それはよかった。罠に掛かってからでは遅いからの。ま、できるだけ気をつけて行くことじゃ」
「分かりました、唐沢教授」
「では、わしはこれで帰るからの」
そう言うと教授はスタスタと歩いて帰っていった。
一体こんな地下深くからいつもどうやって地上に帰っているのかは今も謎に包まれている。
「あ〜あ……つまんないの」
リコは本当につまらなさそうな声を出していた
疑問に思った小波はリコにどうしたのかを聞く
「いきなり何だよ?リコ」
「いやさー、さっきそこでいかにも面白そうなスイッチ拾って押したんだけどさ」
「すぐに押すなよ。ってか拾ったって…」
「ボタンがあったら押すでしょ?フツー」
「いや、そうなんでもかんでも押さないだろ。」
「まっ、それは人間のサガってやつだよ小波!山があったら登るのと同じようにさ!」
「そりゃそうかもしれないけどさ……」
リコの場合はサガに従いすぎだ。何か見つけたら急に走っていったり
勝手に行動を起こしたり。基本的には後先を考えて行動してるみたいだけど
本当にそうなのか疑わしい時がある。
「で、スイッチを押してどうなったんだ?」
「それがさ、聞いてよ!なんにも起こんないの!こういうボタン押したら”ドカーーン!!”
みたいな感じで色々と崩れていくのがお約束じゃん!!」
「そのお約束だけはやめてくれ。ここでそんなことが起きたらシャレにならん。」
「ちぇー、やっぱりー?せめて滅茶苦茶強そうな敵がドトーンズシーンと来ないかなー。」
「だからそれは……」
ドカーン!!ドカーン!!
ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
「ん?何だ?」
それは何かが崩れるような音だった。爆発音がすると同時に地面が揺れ、
天井から弱冠だが砂が落ちてきた。突然メガネがこっちに向かって凄い勢いで走ってくる。
「た、た、た、大変でやんす小波君!!爆発でやんす!!落盤でやんす!!危険でやんす!!」
「え?」
ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
先程から続いている振動はメガネの言う爆発のせいだろうか?
振動は徐々に激しさを増していく。
「……おい、リコ?」
「いやー予想はしてたんだけどねー やっぱりこうなっちゃったか。テヘッ♪」
そう言うとリコは右手で頭をちょっと小突いた。
「それで済む問題じゃねぇだろうがぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
ドドドドドドーーーッ!!!!


「う、う〜ん…………ここは………どこだ?」
そこは暗闇だった。辺りが真っ暗で何も見えないが、目を凝らせば少しはマシになった。
(白瀬に暗い所での目の利かせ方を聞いといてよかった……)
先程の落盤で床が抜けたことを考えれば恐らくここは95階あたりかそれより下のフロアだろう。
目を頼りにして辺りを見渡すが、狭い。落盤で道がふさがってしまったのだろう。
「でもなんで爆弾なんか仕掛けるんだよ宇宙人…。こうなることも分からなかったのか?」
やはり宇宙人は頭が良くないのだろうか?小波が色々と考えていると…
ザリッ・・・
足音が聞こえた。それも人間の足音だ。音がした方向に目をやるとそこにいたのは…
「!」
それはこちらに気が付くいたのか、走って逃げていった。あの特徴的な髪型、
うっすらと見えた緑色の髪、間違いない、あれはアカネだと小波は確信した。
「あ……おい、アカネ!走ると…」
ゴチンッ!
「あいたっ!」
走ると危ないぞと言おうと思ったのだが、もう遅かったようだ
何かにぶつかる音と、声が聞こえる。恐らくアカネが壁に頭でもぶつけたのだろう。
「ううう……痛いです……」
「大丈夫か?アカネ。」
地面にへたり込んでいるアカネに小波は手をさし伸ばす
「あ…はい、アカネはその…大丈夫です。」
アカネはそう言ったが、小波はアカネのおでこ、腕や足の方へ目をやった。
「…膝を擦りむいてるじゃないか。さっきの落盤のせいか?」
「は、はいです。」
「まったく…まだ小さいんだからあんまり無茶するなよ?
え〜と、確かるりかの救急キットがここに…あった。
アカネ、足の怪我を治すから傷を診せてくれないか?」
「あ、はい。わかりましたです。」
小波は救急キットを開いた。
ガーゼ、消毒液、テープ、はさみ、必要な道具が全部あることを確認した後、
まず水筒の水で傷口を洗い、消毒液をガーゼとピンセットを使い傷口に塗る。
そして四角形に切ったガーゼを傷口につけ、テープで固定した。
「これでよし、と。デコの方は血も出てないみたいだし…大丈夫かな。」
「あ、あの……ありがとうございますです」
「いや、アカネは俺の大事な妹だからさ。これくらい当然だよ。」
「………そう、ですね。」
そう言うとアカネは顔を下にうつむかせた。


小波は最初はここから出る手段を考えていたが今の小波の装備は
強力なものではあるが、ハンドガン系の武器1つのみ。
普段は手榴弾は2つほど常備しているのだがここに来る途中で小型UFOを一掃するのに
使ってしまったのでもうない。次に酸素の心配をしたが天井の穴が開いてそこから
光が差し込んでいる場所が2、3箇所程あったのでその心配はいらないだろう。
後は誰かが助けに来てくれるのを待つしかないのだが……。
「…………………」
(うう……気まずい………)
それもそうだろう。何しろ昨日の夜、自分の名前を呼んで一人遊びに励んでいた女の子が
ちょっと距離が離れているものの、隣に座っているのだから。
(どうしよう……)
小波は自分の武器をいじっていた。アカネにはいつ敵が来ても応戦できる為にと言っておいたが
実際は気を紛らわしたかっただけなのである
小波は張り詰めるような気持ちのままその沈黙に耐え続ける
「あ、あの…」
しばらく続いていた沈黙を破ったのはアカネだった
小波は一瞬驚いたが何とか平静を装い、返事を返す
「ん?どうした?アカネ」
「そ、その………そっちの方に行って、座ってもいいですか?」
「え?あ、あぁ それは別にいいけど…。」
「じゃ、じゃあ遠慮なく…失礼しますです。」
アカネは小波の丁度隣にぴったりくっつくように座った
当然小波はアカネの感触を直に感じることになる
(う、 や、ヤバイ…いつもはこうじゃないのに、アカネを余計に意識しちまう…)
昨日の事もあったのでそれは仕方ないのかもしれない。
だがしかし、ここでこらえなければならない。そうでないと兄貴失格である。
例え昨日の様なことがあったとしても、血は繋がってないとはいえアカネは妹なのだ。
それだけは決して揺るがしてはならない。
「…小波お兄ちゃん?」
「どうした?アカネ」
「…やっぱり、迷惑ですか?アカネがくっついてたら。」
「どうしてそう思うんだよ?」
「何か、困ってるような難しい顔していますから…」
しまった、と小波は思った。気持ちは抑えられたがやはり表情までは隠せない。
「………そうなのか?ごめん、ちょっと色々と考え事をしててさ。
俺は別に迷惑じゃないからアカネは気にしなくていいよ。」
「そう、ですか…。」
小波は何とかその場を誤魔化した。アカネの方も一応納得した様子ではある
ほっとした小波は水筒のふたを開き水を飲もうとした。
「…あの、小波お兄ちゃん」
「何だ?アカネ。」
水を容器に注いでアカネの次の言葉を待つ
「…あの、昨日小波お兄ちゃんのところのお風呂に入っていたときのこと、何ですけど」
小波は一瞬ギョッとした。
(ま、まさか…いや、大丈夫だ。見られては無いはずだ。うん。音は絶対にさせなかったし)
そう思い安心しながら水を飲む。しかし
「……誰かが覗いてました」
ブーーーーーッ!!!
盛大に吹いた。まさかバレていたとは。しかし昨日アカネが
こちらに気付くような素振りはなかった筈だ。
「…あれ、小波お兄ちゃんですよね?」
「なっ!?どうして俺なんだよ!?」
「落とし物ですよ?小波お兄ちゃん…」
「あ……」
それは小波がいつかアカネに貰った手作りのお守りだった。
野球の試合で勝てますようにと願いを込めて作られた
真心のこもった誕生日プレゼントだ。ズボンを履いたときに落としてしまったのだろう。
「アカネが入る前にこれは落ちてませんでしたから…
それに、ドアの窓にも顔の跡が付いてたです」
完全に墓穴を掘った。あの光景に釘付けになって
ドアにぴったりと顔をつけたのが裏目に出た。
もう反論の余地もない
「……いつから覗いてたんですか?」
「…ごめん、実は昨日間違えて部屋に入って、そしたらアカネの声が聞こえて…その……。」
「…………………………」
「…………………………」
二人は再び沈黙した。発言することすら許されないような空気が漂う。
2人はひっつきながらもお互いに顔をそらしていた。
「………お兄ちゃん……」
「なっ……!?」
アカネはいきなり小波に抱きついてきた。
突然の出来事に小波は目を丸くする。
「ア、アカネ…?」
「お兄ちゃん………アカネはもう、我慢できません。」
アカネはそう呟くと深く息を吸った。
これから長い話をするかのように。そしてアカネは口を開いた
「アカネは……もうお兄ちゃんが他の女の人と一緒に居るのを見るだけでもとても辛いんです。
胸が苦しいんです。心が痛いんです。でもアカネはずっと我慢してました。
だって、アカネは弱い女ですから、他のみんなと同じようにお兄ちゃんと一緒に行けません。
一緒に戦えません。だから、せめてお兄ちゃんが戦っているのをそっと影から見守ろうと思ったんです。
そうすればお兄ちゃんにも他の人にも迷惑をかけないし、そうするのが一番だと思ってたんです。
そう思いたかったんです。たとえ胸が痛くっても、心が折れそうになってもそうするしかなかったんです。
お兄ちゃんの戦ってる姿をずっと見ていたかったんです。
でも、アカネが黙ってお兄ちゃんについてきてることがばれても
お兄ちゃんはそんな我が儘なアカネを許してくれました。
こりずに何度もついてきてもお兄ちゃんはいつも優しく微笑んでくれました。
だから、アカネはもう我慢できなくなっちゃって……ついにあんな事までしてしまいました。
アカネは馬鹿な女です。あんな事をしてアカネの心が満たされるわけでもないのに。
けっきょくもっと胸が苦しくなるだけでした。心がとても切なくなるだけでした。
こんなダメな妹……お兄ちゃんは嫌い、ですよね?」
「……何を言ってるんだよ。俺が、そんな事でアカネのことが嫌いになるわけ無いだろ!!」
「じゃあ、聞いてください……アカネの言葉を。アカネの心の声を、
お兄ちゃんへのアカネの本当の気持ちを言わせてください…。」

小波は黙って頷いた。アカネの言葉を聴くために耳の神経を研ぎ澄ませる

「…アカネは………アカネは、小波お兄ちゃんのことが、誰よりも一番大好きです。
愛しています。どうか、アカネだけの彼氏になってください…。」

「………………」
小波は押し黙ってしまった。ここまで自分の事を思ってくれていただなんて。
前までこんな身近に自分の事を思ってくれている人がいたのに、
こんな大きな気持ちにすら気付けなかった自分に嫌気がさしていた。
「……………………あ、ご、ごめんなさい!!つい一方的に気持ちを押し付けてしまいました!!
 ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
そう言うとアカネは小波から離れ謝り続けた。まるで壊れた人形のように何度も、何度も。
一通り謝ると、アカネは下をうつむいたまま言葉を発する。
「お兄ちゃん……我が儘なアカネのお願い、聞いてください。
さっきまでのアカネの言葉は、どうか忘れてくだ―――」
「アカネ………」
「―――んっ?!」
小波はアカネの口に自らの唇で蓋をした。もうこれ以上アカネを苦しませたくない、
アカネをつらい目にあわせたくない一心で。
それはファーストキスと呼ぶには少し激しいキスだった
「んむっ………んんっ……」
アカネの息苦しそうな声が聞こえたが、構わずに小波は続けた。
短い口付けが終わり、小波は頭をアカネから離した。
「…ぷはっ…………けほっ、けほっ…………い、いきなり……どうして……?」
「ごめん、アカネ………俺はもうこれ以上アカネを苦しませたくない。」
「え……………?」
「アカネ。」
そう言うと小波はアカネの肩を掴み、
眼の中を覗き込んだ
「は、はいです!」
「…さっきアカネが俺に言ったようにさ、俺からも言わせてくれないか?
俺が、今アカネに思ってることを。本当の気持ちを。」
「……はい」
アカネがそう言ったのを確認すると、小波は軽く息を吸う。
もうアカネの事を妹としては見れない――――いや、見てはいけない
そう思いながら小波は口を開いた。
「…俺も、アカネの事が好きだ。妹としてじゃなくて、1人の女の子として。
………誰よりも一番愛してるよ、アカネ。」
「あ――――」
小波は再びアカネに口付けをした。
それもさっきのよりもっと激しく、長いキスを。
小波は舌でアカネの歯を小突くと、アカネはすんなりとそれを受け入れる。
アカネも小波の口内へと舌を入れた。ぴちゃぴちゃと水音が交じり合う音があたりに響く。
口付けが終わり、二人が唇を離すと二人の間に一本の糸の橋が引いていた。
アカネはまるで夢心地に浸ってるようなとろんとした目をしていた。
「…今、どんな気持ち?アカネ。」
「……はい……とても、幸せな気分です…心が満たされていくような感じがしますです…。」
アカネは笑顔を浮かべた。これまで見たアカネの笑顔の中でも一際輝いている最高の笑顔だ。
それを聞いて安堵の表情を小波は浮かべた。
「そっか……よかったな、アカネ。」
「はい……ありがとうございます……小波お兄ちゃん…」
アカネがそう言うと二人は抱き合った。
まるでこの時間が永久に続くかのような幸せな時間を二人は感じていた。

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