「学園祭?」 

 朝ごはんを食べにきませんか、と誘われ、丸テーブルの前で典子ちゃんの料理を待っていた俺はふと、部屋にポンと投げてあったパンフレットを見た 
 そこには「第84回南中学校学園祭」と見えた 

「おまたせしました、今日は卵と焼き鮭が安かったから朝から豪勢でs…ってきゃー!!」 

 普段の落ち着きからは想像もできない取り乱しっぷりに一瞬ひるんだ俺から、かつてない俊敏さでパンフレットを奪い取る典子ちゃん 
 ハァハァ…と息を荒げてそれを握りつぶしているが、やがてまるで何もなかったかのように俺に向き合った 

「さて、朝ご飯にしましょう」 
 「や、待ってよ、さすがになかったことには出来ないよね?」 
 「なんのことです?小波さんは何も見てなイでスヨね?」 

 恐い怖いコワい!!!!目!!目が死んでるよ、典子ちゃん!!! 
どっかのヤンデレさんみたいになってるよ!! 

 「大丈夫です、さすがに中に誰かいることを確かめたりしません」 
 「それ以外の選択肢は存在するの!?」 

って言うかそんなことあったらまた東○都でより厳粛な規制法案が審議されることになるからそれ以上いけない 
 そもそもこの話の時点で結構ギリギリなんだから 

閑話休題 

 「学園祭あるんだよね?」 
 「…は、はい……」 

よかった、どうやら落ち着いたみたいだ 
「どんな出し物やるの?」 
 「えと…喫茶店です、ケーキ喫茶で手作りのケーキを振舞うんです」 
 「へぇ〜典子ちゃんの作るケーキか、食べてみたいな」 
 「…いつも作ってるケーキと同じです、だから来なくても食べさせてあげますよ?」 

バカだなぁ、それをいつもと違う空間、学園祭の喧騒の中食べるからまた味もひとしおというものなのに 
 それに学園祭ということは何かまた別のアクセントの喫茶店を開くに決まってる 
 そう、普段着ないような服を着て接客とか、普段しないような髪飾りをつけて接客とか、普段作らないような料理を出して接客とか!! 

 「…考えてることがダダ漏れなのは別にいいんですけど、中学生の私に変な期待しないでください……」 
 「いやいや後見人をお父さんから引き受けた以上、どんな文化活動をしているかを見にいくのは典子ちゃんの保護者として当然の義務だからね」 
 「建前はわかりました、本音は?」 
 「典子ちゃんが制服にエプロンで接客してる姿が見たい!!」 


 軽くため息をついてあきれる典子ちゃん 
 いつもの冗談のつもりで話していることは典子ちゃんもわかっているはずだ 

 が、典子ちゃんはなぜか少し目をそらして 

「えと、あの、じゃあもし小波さんのお仕事がない日だったらでいいんですけど、来ていただけませんか?」 
 「え?うん、日曜日が一般公開日だったら俺もいけるし、喜んで行かせてもらうよ」 

どういう心変わりだろうか、一転してその学園祭を見に行く流れになった 

「えー…っと、行っても大丈夫なの?」 
 「は、はい、もとより誘う予定ではあったんですけど、まだ心の準備ができていなかったというか…先に見つけられてしまって気が動転したとい 
 うか…あと…ゴニョゴニョ」 

なるほどそういうことね 
 なんか顔が赤い気がするし最後になんかもう一言二言ほど付け足していたような気がするが、気にせず俺は学園祭に行く日に仕事が入らないこと 
 だけを考えていた 

「はぁ…」 
 「どしたの典子?」 

 明日の学校祭の準備中、私は作業中に大きなため息をついた 
 なぜかというと、ずっと小波さんに言っていなかったことが一つだけあるからだ 

「…明日の学園祭、ほんとにコレ着て接客するの?」 
 「えー可愛いじゃん!!どうせコレで中学生活最後なんだしみんなで楽しまないと!」 

と、同級生の七島さんにいわれて思考を停止し納得しかけて、やっぱりおかしいことに気づく 

「…普通こういうのって高校生の学園祭になってから着るものじゃないの?」 
 「もー頭が固いなー典子は、そんなんだったら愛しの小波さんも私がもらっちゃうよ?」 

ガンッ!!!と設置しようとしていた看板を取り落としてしまった 

「な、ななななななななななにおいってるの!?」 
 「え〜?知ってるよ?ってあれ?典子ってば気づいてないの?」 
 「え、ちょ、まって、なんの、こと?」 
 「ふふふ〜、そっかそっか〜まだ自覚はしてないのか〜じゃあ教えてあげない♪」 

 突然の同級生からの口撃に動揺してしまった 
小波さんのことが知れ渡っている!? 
いやそれよりもまず私が自覚していない?いったい何を?! 

 「待ってよ、まだ話、終わってない」 
 「ううん、終わったよ〜そっかそっか、そうだよねぇ、そんなに気になる小波さんにあの格好で接客するのは恥ずかしいよねぇ〜、 
うんうん…はっ!!そっか、ずっと持たないって言い張ってた携帯電話をついに典子が持ったってことはそれも…!!」 
 「…っ!!…い、いい加減に!!」 

 「おーい、そろそろ下校時刻になるぞー!!早めに帰る準備しろよー!!!」 

と先生が大声をかけた瞬間に七島さんは川田さんの方に駆けていった 


学園祭当日 

よりによって昨日のうちにまとめないといけない資料が終わらず結局朝を迎えてしまい、軽く眠気を伴っての登校となってしまった 

「まいったな…部長め、俺が入社したばかりだからってバカにして、長いこと勤めてないとわからないような仕事を回してきやがって…」 

しかし、ほかならぬ典子ちゃんの晴れ姿を見るためだ、行けないなんてことを言って悲しませるわけにはいくまい…… 
アレ?…おかしいな、典子ちゃんの安堵した顔しか浮かんでこない… 


まぁ根性で提出しなければならない資料をまとめ上げ、なんとか学園祭を見学に行くくらいまではこぎつけたわけだが 



「へぇ…これは立派なものじゃないか」 

 第84回南中学校学園祭 

と校門にドンと鎮座していた看板をくぐると、そこにはいかにも中学生らしい文化活動をしている生徒たちの姿が… 

「らっしゃいませぇ!!!たこ焼きいかがですかお客さん!!」 
 「小腹がすいたのでしたらぜひ、2−Eの喫茶『中華鍋』まで!!」 
 「のど渇いてますよね!?サッカー部出店『熱き男の汁屋」へ一名ご来店です!!」 
 「この夏の暑い体を冷ます3−Aお化け屋敷『化け物ばかり』までどうぞ!!」 
 「来ないと呪われますよ…占い・オカルト同好会『呪いの館』へどうぞ…!!」 
 「…お兄さん、いい女の子そろってるよ…今なら30分ぽっきりでこのお値段!!」 



 「なんじゃこりゃー!!!!」 

もうね、カオス 
校門をくぐった瞬間、押し寄せてくる勧誘生徒たちの波・波・波 
 渡されたしおり、チラシ、割引券、などなどがあたりを飛び交っている 

中には怒号のようなものも聞こえてくる、とても中学生程度のやる規模の文化祭とは思えない 

 これは…典子ちゃんの店まで行くまでに結構骨なんじゃないか…? 
…って…ん?… 

「ですから、麻美ちゃん。ローラースケートだから早く移動できる、というのは幻想だと何度言ったらわかるのですか」 
 「おかしいなぁ、昨日読んだマンガに40ヤードを4.2秒で走る名選手に並んで走ってる女の子がいたはずなのに」 
 「それは、スペックの高いおちこぼれを寄せ集めて出来たチームがクリスマスボウルを制覇する漫画の中でしかありえないことですから」 
 「うー、急がないといけないのにっ…!!!………あれ?ゆらり、あの人どこかで見たことない?」 
 「? あのちょっと背の高い、このお祭り雰囲気の中一人なぜかスーツを着て立っている人ですか?私は麻美ちゃんのことは何でも知っていても、 
そのほかのことは何でも知ってるわけじゃありません」 
 「私のことは何でも知ってるんだ!?」 
 「冗談です…ってアレは昨日麻美ちゃんが田村さんと話していた、小波さんという人じゃないですか?」 
 「あ、そうだそうだ。うわ、写真で見たのより全然カッコいいね」 
 「思ったよりもお年をめしてらっしゃるんですね、ところどころ格好がくたびれているのが気になりますが」 
 「へぇ〜アレが典子の小波さんか……ん!!い〜いこと思いついた…むふふ…」 
 「…麻美ちゃん、一応言っておきますが、普段あまり怒らない人を怒らせたらどうなるかわかりますか?」 
 「うん、ものすごく恐いよね?それがどうしたの?」 
 「いえ、麻美ちゃんが今からやろうとしていることをシュミレーションしていたら麻美ちゃんがどうもその怒られる対象になるかと思いm 
 「お兄さーん!!!よければ3年2組のメイド喫茶『すいーとるーむ』へいかがですか〜!?」……人の話は聞いてください。」 

 文化祭独特の雰囲気にのまれつつ、そんな時代もあったなぁと懐かしみながらきょろきょろとしてると、 

 「お兄さーん!!!よければ3年2組のメイド喫茶『すいーとるーむ』へいかがですか〜!?」 
 「うおっ!?」 

 緑色の髪をしたかわいらしい女の子が俺のところへ駆け寄ってきた 
 スポーティーなショートヘアに、決して背は高くないけど長い手足、なによりそのしなやかな体つきはスポーツをやっている人間のそれだ 

「パウンドケーキが一つ300円、コーヒーかジュースとセットで500円!!!今ならセットでケーキが二つついて1000円になる割引券もつけますよ!!!!」 
 「いや、それ割増しになってるから」 
 「麻美ちゃん、それじゃただの悪徳商法です」 

なるほど、なかなか愉快な頭の子らしい 
 もう一人影から現れたのは薄い金色をした髪の、これまたかわいらしい子が緑の髪の子のフォローに来た 
  
 「ありがとう、ってこれ典子ちゃんのクラスの出し物じゃないか」 
 「おや、田村さんをご存知ですか」 
 「ああ、俺の住んでるアパートの隣に住んでいる女の子なんだ」 

  しかし、ふむ、メイド喫茶か 

「クラスの出し物でみんながメイド服を着てるの?」 
 「そうですよ!!みんな可愛いいですからね〜、お兄さん萌え死んじゃいますよ?」 
   
  思ったことをはっきりという子達だ 
 うん、やっぱり中学生って言うのはこれくらいきっぱりとしているべきだと思う、俺の周りに居る中学生が年齢の割りに大人しい典子ちゃんしか居ないだけに 

「じゃあ連れてってもらおうかな、よろしく頼むよ」 
 「なるほど小波さんはメイド萌えでしたか、これは野獣に変身する前に私たちははやく教室に連れて行ってほかの子たちに小波さんの目を逸らしたほうがいいかもしれませんね」 

  ……いや、でもここまではっきり言う中学生も珍しいんじゃないだろうか 

「いや、さすがに中学生に手を出そうなんて考えてないよ」 
 「ふふふ、小波さん、川田さん家のゆらりアイを見くびったらダメだよ〜。ゆらりアイは人の表情を読み取って今その人が何をしようとしているのか、どんなことを考えているのか赤裸々に見透かすんだから!!」 
 「あくまの力を身に着けているだと…」 

っていうかなぜ名乗っていないのにこの二人は俺の名前を知っているのか 

「じゃあいきましょうか、小波さん」グッ 
「教室は三階だよ!!」ギュッ 

 ってちょっと…!? 

 「なんで両手をホールドしt「「しゅっぱーーーーーーーーーつ!!!!」」中学生の本気ダッシュををおおおおおおおおおおおおおおおおおお!????!!!?」 


 「これはなんかの罰ゲームかな…」 
 「何のことですか?小波さん?」 

いや、校舎に入ったとたん、両手に可愛い女の子をはべらせてる謎のスーツ大人に向けられる主に男子中学生の目線が恐い… 

「お祭りムードですから、何事も楽しまないといけないというお話です」 
 「…いや、どう見てもお祭りムードというよりは血祭りムードになりそうな雰囲気しかないんだけど…」 
 「ねえねえ小波さん、典子とはどういう関係なの?」 
 「うん?同じアパートで暮らしていたら仲良くなっただけだよ」 

まぁ本当は典子ちゃんのお父さんにまつわる話が一つ二つあったりするけどそこは当人のこともあるし伏せておこう 

「えー?ホントにそれだけなのー?つまんないなー」 
 「さっきも言ったけど、俺が中学生に手を出してたらまずいでしょ…」 

そう、あくまで俺は典子ちゃんの保護者として接さないといけないんだ 
典子ちゃんに全幅の信頼を置かれているのだから、手を出すなんてもってのほかだ。 

 「ふーん…そーなんだー…ふーん…」 
 「?」 
 「ねぇねぇ、小波さん、今日は私に付き合ってみない?」 

  それはこの子に付き合って学園祭を回る、という意味でいいのか? 

 「え、でもこれから俺らは三階の君らのクラス展示に行くんじゃないの?」 
 「もー、小波さんったら女の子が付き合って、って言ったら意味は一つに決まってるじゃーん」 
 「そうですよ、小波さん、そんな問答は無粋です、だからその年に成っても彼女が出来ないのですよ」 
 「…あのね……君ら俺を誰だかまず知らないでしょうが…」 

そもそも、この子達が何で俺の名前を知らないのが不思議だ 

「あ、紹介が遅れたね、私は典子の友達で同じクラスの七島麻美です!!」 
 「同じく、川田由良里です」 
 「小波阿縁(あえん)です、一応典子ちゃんの保護者ということになるのかな、よろしく」 
 「そっか、じゃあ改めて小波さん、今日は私といっしょに学園祭に回ろう!!」 

  話を聞かない子だな… 

「わかったわかった、じゃあそのあとにちゃんと連れてってくれよ」 
 「わーい!!さすがおっとなー!!ゆらり、これで私たちの昼ごはんは心配要らないよ!」 
 「麻美ちゃん、本音が口からダダ漏れです」 


  ははっ、食欲に忠実なのは中学生だな 

「よし、じゃあそうと決まれば、早速回ろうか」 
 「田村さん、次5番テーブルにホットケーキとアイスココアを一つずつお願い」 
 「あ、はい」 
 「…田村さん、なんかそわそわしてるけどどうしたの?」 
 「え?あ、いえ、なんでもない、です」 
 「?」 

  びっくりした、そんなに態度にわかりやすく出るほどそわそわしてただろうか 
多分、今私も無意識にそわそわしていたのだろう、言われてからそうかもしれない、と思ったほどなんだからそうに違いない 
…まぁ多分小波さん昨日の夜晩御飯を渡しに行った時に帰ってきてなかったから昨日も残業で大変だったんだろう 
結局寝るまで帰ってくる音がしなかったからよっぽど遅かったんだろう…だからといって朝ご飯にパワビタを三本飲むのはどうかと思ったけど… 
いっしょに暮らせばちゃんと三食食べさせるのになぁ…っとダメダメ、こんなことばっかり考えてないで動かないと 

「お待たせいたしました、ホットケーキとアイスココアになります」 

  私たちのクラスの出し物メイド喫茶「すいーとるーむ」は思いのほか大盛況でとてもじゃないけど前もって考えておいたシフトじゃまわしきれなく 
 なっていた 
 さらに、前もって買っておいた材料もあっという間にはけてしまって、足の速いバスケ部の七島さんと川田さん買出しを頼んだのになかなか帰ってこない 
  
 「もーどこまで行ってるのよー、麻美にゆらりー!!!」 

  クラスの女子たちもてんてこ舞いになってきている、もうそろそろ材料の在庫も限界も近い、昨日作り溜めしておいたパウンドケーキもあと10人分 
も出せばなくなってしまうだろう 
  
 「―――――!!」 
 「―――――!!!」 

  ……?なんだろう入り口の方で歓声が聞こえてきた 
 またお客さんが入店してきたみたいだ、けどいっこうに出迎えの挨拶が聞こえてこない 

「なにがあったの?」 

ホットケーキを必死に焼いていた私は近くにいたクラスメートに聞いてみた 

「麻美とゆらりが帰ってきたんだけど、なんかとびっきりのイケメンと腕組みながら入ってきたみたい」 
 「…?」 
 「あ、典子その人の注文、典子の作ったケーキと典子が入れた紅茶だって」 

 !!!!(グチュ) 

 「ちょ、典子!!!手!!手に持ってるクリームが大変なことに!!」 
 「………ついでに聞いても良い?その人どんな服着てた?」 
 「え?あぁ、なんか仕事帰りなのかわからないけどくたびれたスーツ着てたよ、って典子!!今度は左手にジャムが!!はやく水飲み場行ってきて拭い 
 てきなさいよ!」 

…間違いない…小波さんだ…こんな恥ずかしい登場するのなんて小波さんしかいない… 
思わず外に出てしまったけど、どうやって顔を合わせたらいいかわからない…ああ、もう、今日はいっそ来ないと思って油断してたらこんな恥ずかしい 
登場されるなんて… 

「あんな登場されて、いったいどんな顔して小波さんと顔を合わせればいいのよ…」 

 私は手を洗って教室に帰る前に扉から中の様子を覗いた 

「えっ…?あっ…」 


 「あの、七島さん?」 
 「うん?どしたの小波さん?」 
 「心なしか、ずっと俺にくっついてない?店番とか大丈夫なの?」 
 「問題ありません、すでに麻美ちゃんがするべき用事は済ませてしまってるので」 
 「いやいや、さすがにこんな忙しい店の様子見てるとやっぱり当番とかしっかり回さないとさ」 
 「麻美ちゃんぐらいのレベルになると、たとえマニュアル化された接客を学んだとしてもその斜め上を行くドジっぷりでお客様に迷惑をかけてしまうの 
 が目に見えていますから」 
 「ゆらりひどいッ!?わ、私みんなにそんなこと考えられてたの!?」 
 「半分冗談です」 
 「半分は真実なのか…」 

まぁ確かにさっきまでいっしょに回ってて思ったけど、七島さんは確かに致命的にドジなところがあって危なっかしい 
今日会ったばっかりでこの印象を抱くくらいだから長いこといっしょに居る川田さんにしてみればこの措置は当然のことなのだろう 

「…うーん、ココが典子ちゃんの教室か」 

 学校特有の小さな椅子に腰掛けながら辺りを見回す 
普段の教室とはちがういかにも学校のお祭然とした飾りたち、普段の3倍は気合を入れてみんなとこのイベントを成功させようとしている 
男子中学生たち、そしてメイド服を着た女子中学生たち 
 うーん青春の一ページだ 

「小波さーん、物思いにふけってないでよ〜、話聞いてる?」 

  と、上の空で話を聞き流してると釘を刺されてしまった 

「麻美ちゃん、邪魔してはいけません、小波さんは今女子中学生のメイド服姿を網膜に焼き付けるのに忙しいのですから」 
 「うー…だったら私たちのほう見て話をしてても同じだよー」 

  あいも変わらず勝手なことを 
 しかし、ここ数分で知り合ったばかりなのにだいぶなつかれてしまったようだ 

「小波さん…」 

と、不意に頭上からソプラノボイスを投げつけられた 
 そこには、若干表情の引きつったメイド服姿の典子ちゃんの姿があった 

「………………………………………………………………」 
 「………………………………………………………………かわいい」 

いや、お世辞でもなんでもなく、ポロッ、と本音が出てしまった 
不意に、といったら失礼になるかもしれないけど、まさにそう思った瞬間には口に出てしまっていた 
普段ポニーテールの髪を下ろしてストレートにし、普段の格好からは考えられない、このお祭りの雰囲気だからこそ着れるメイド服を着、普段あまり 
穿かない短いスカートを穿いて、ニーソックスとスカートの間に出来る絶対的に不可侵なその領域を作り出しているそれは俺の目の前で恐ろしい破壊 
 力を秘めつつ、輝きを放っていた 

 そして、普段どおりのやり取りを交わしている俺らだったらこの考えも典子ちゃんには丸わかりなのだろう、顔を耳まで真っ赤にしながら俺にささやいた 

「こ、小波さん、聞こえましたよ……」 
 「ご、ごめん」 

  周りからはキャーキャーと女子生徒がはやし立てる声が聞こえている 
 今思ってたことが全部聞かれていたんだろうか、いや問題なのはそこじゃなくて 

「え、えと、ローズヒップティーとパウンドケーキになります、そ、それじゃ…」 
 「あ、あう、ありが、とう…」 

 何も言うことができず典子ちゃんはいつもどおり部屋で入れてくれる紅茶とケーキを出して裏へ下がってしまった 

「……ちぇー、やっぱ本妻さんとは態度が全然違うなー、作戦的には成功したけどなんだか複雑な気分になっちゃうよー」 
 「え?」 
 「当然です麻美ちゃん、田村さんお気に入りの小波さんにベタベタくっついて嫉妬を誘うなんて、そもそも考えが浅いですよ」 
 「うーん、でも結果として典子の嫉妬は誘えたから成功はしてるんじゃないかなー」 
 「…で、小波さん、あなたは何をおろおろとしてるのです?」 
 「え?や、その」 
 「もー!!察しが悪いなー、ほら早く典子を追いかけるの!!!」 

バンッ!!と背中を二人に叩かれわけのわからないまま裏に回った 
 そこにはもうすでに典子ちゃんの姿はなかった 


気がついたら私は廊下をひたすらに走り回っていた 

 もう!もう!!もう!!もう!!!もう!!! 
  最悪最悪最悪!! 
  小波さんのバカ小波さんのバカ小波さんのバカ!! 

  あんな恥ずかしいセリフをみんなの前で言っちゃうなんて、もうどんな顔して教室に入ればいいって言うのよ!! 
  そ、それに、あんな真顔で…か、かわいいなんて…言われちゃったら…… 

「あーもうー!!!小波さんのバカバカバカバカバカ!!!」 

  結局、私は自分の中の葛藤を終えるまでただひたすらに廊下を走り回っていた 
 走りつかれて教室に戻るときには小波さんはもう居なくなっていた 

「典子、お帰り〜、小波さんとは会えた?」 
 「麻美ちゃん、空気を読んでください」 

  教室に入って、真っ先に声をかけてきたのは七島さんと川田さんだった 
 さっきまで、恥ずかしさと嬉しさをごまかすために走り回っていたのに、なぜだか急にその気持ちが冷めてしまった 

「ただいま、ごめんね、店あけて、これから当番はいるから」 
 「え?あっ…典子?」 
   
  あと残り3時間もないけど、最後まで仕事は全うしないと 

「ね、ねぇゆらり、ひょっとして私、余計なこと言ったのかな…?」 
 「余計なこと、というかとどめの一撃というか、どちらにせよ麻美ちゃんが空気読まずに田村さんに話しかけたのが原因でしょうね」 
   

  違う、違うよ七島さん、川田さん、あなたたちは何も悪くないの 
 悪いのは全部、こんな勝手に気分を浮き沈みさせてる私 
  そして、その原因たる小波さんが全部悪い 
 小波さんが七島さんや、川田さんとあんなに仲良くなってるなんて 
 会ってからたったの一日だけしかたってないだろうにあんなに仲良く腕を組んで、楽しそうに話して… 
 クラスで一、二番を争うほどキレイな二人がメイド服で接客してくれてたんだからそれはそうだよね 

「ううぅ〜ううぅ〜どうしよう、教室での可愛い宣言までは完全に大成功だったはずなのに…」 
 「小波さんも小波さんです、なんで女の子一人を見つけることが出来ないのでしょう」 
 「ううぅ〜ううぅ〜」 
 「………まぁさすがにここから先は私たちが関与できる問題じゃありません」 
 「……ううぅ〜そうだよね…」 
 「ですが………お膳立てするくらいは出来るかもしれません」 


 「田村さん」 


 「おっかしいなぁ〜、いないわけはないのに……」 

 典子ちゃんを探して、体育館、保健室、グランド、屋上、などなど、校舎の隅から隅まで行ってみたが、とうとう見つからなかった 

「しかし、なんで俺典子ちゃんに逃げられてるんだ?」 

 昨日寝てないせいもあってか、頭がよく回らない 
 とにかく今は必死で逃げた典子ちゃんの行方を追わないと 

 ヴーッヴーッ 

「なんだ?電話か?見たことない番号だな…もしもし?」 
 「どうもこんにちは、あなたの心のスキマお埋めいたします」 

…この声は川田さんか…なんで俺の番号知ってのだろう… 

「ネタにはネタで返してくれなきゃ困ります、小波さん」 
 「そんなこといわれてもなぁ、切羽詰ってまともに頭も働かないんだよ」 
 「まぁ、いいでしょう、それよりも小波さん、田村さんは見つかりましたか」 
 「いや、まだ見つけられてないんだ、川田さん教室に典子ちゃん戻ってきてない?」 

 「ええ、戻ってきてはいません」 
 「そうか、いや、そりゃそうか」 

しかし、そしたらなぜ電話してきたのだろうか 

「戻ってきてはいませんが、田村さんから伝言を預かっています」 
 「え、なんて?」 
 「ココを通りたくば私を倒していけ」 
 「そんなラスボスみたいなセリフを!?」 
 「冗談です、『学校祭が終わったら屋上のフェンスにいてください』だそうです」 

 屋上…ね 

「いいですか、絶対行ってくださいね、絶対ですよ、これはネタ振りじゃないですからね」 
 「…その『押すなよ?絶対押すなよ!!』的な押しはなんだい、川田さん…」 
 「要するに絶対行け、ということです。今回ばかりは裏を読む必要もないかと思われますが」 

 確かにそうだ、行けといわれて行く気をなくすなんてのはそうとうな天邪鬼だ 

「わかった、連絡くれてありがとう」 
 「いえ、これは一種の罪滅ぼしですので、お礼を言われる筋合いはありません」 

 罪滅ぼし? 

 「ええ、なんでもありません、知らぬは当人だけでいいのです、さぁさぁそろそろ中学生の財布では厳しい額の通話時間になったので失礼します」 

と、言いたいことだけ言い残すと電話は切れてしまった…謎めいた子だ 

 しかし…うん 
 やっぱりちょっとたまには裏をかくのもアリかな 


「…ただいま」 

 誰も居ない部屋に向かって私は帰りの挨拶をした 
川田さんに気を回されて屋上に行くように言われたけど、結局いかなかった 
 きっと小波さんの事だ、なにもわからずに川田さんに言われて屋上で待っているに違いない 
小波さんも川田さんに言われるにしたがってきっと私に謝ってくることだろう、何もわかっていないのに 
 そんなこと言ってるはずもないのに、あたかも「すべては私の手のうち」と川田さんに言われているようで、それを癪に思ってしまった私が嫌で、結局 
 行かなかった 

「もう、やだ」 

そんな風に一人ごちて、私はあふれる涙をとめることができなかった 
自分の醜い自己嫌悪につぶされそうで、もう止まらなかった 

 お父さんが死んだとき、お父さんにまた会えたときにもこんなに胸は苦しくならなかったのに、今はこんなにも胸が苦しい 




「おかえり」 

そんな声と共に、優しく後ろから抱きかかえられた 

温かくて、ちょっとタバコくさい、小波さんの匂いが私の鼻をくすぐった 

「な…んで…?」 
 「うん、なんとなく、典子ちゃんは帰っちゃうんじゃないかと思ってさ」 

 本当に、わけがわからなかった 
 どうしてこの人は 

「典子ちゃん、俺と川田さんとか七島さんといっしょにいるのみて、その、ちょっと目障りだった?」 

どうしてこの人は、私の予想だにしないことを平然とやってのけちゃうのだろう 

「そんな…こと…」 
 「そう?それなら良かったよ、うん、典子ちゃんは典子ちゃんだもんね」 
 「わけがわからないですよ…」 

ただ私は、一人で勝手に小波さんに終始抱きついてた七島さんを見てやな気分になって、何でも知ってる風な川田さんが癪に障って、二人に抱きつか 
 れていた小波さんにイライラして、それだけだったのに 

「典子ちゃん、ほんとに俺、典子ちゃんの格好が一番可愛いと思ったんだよ」 

こんなこっ恥ずかしいセリフを真正面から言われてしまって、今まで悩んでいたことがすごく小さなことのように思えて、目からあふれてくる涙をや 
 はりとめることができなかった 

「困ったな…典子ちゃん…」 

ワンワン泣く私を、小波さんはちょっと困った顔をしながらずっと抱きとめていた 
私は少しでも小波さんのぬくもりを感じているためなら、小波さんをずっと困らせていたい、とそんな風に思っていた 


翌日 

 「あぁ〜ゆらりぃ〜、昨日典子屋上に居なかったけどどうだったかなぁ…」 
 「わかりませんよ、さすがの私もあの場に居合わせるのは無理でしたから」 
 「うぅ〜…気づけば小波さんも来てなかったし…どうしよう…私とんでもないことをしちゃったんzy」 
 「おはよう!川田さん、七島さん」 
 「うひゃ!!」「…!!」 
 「?どうしたの?豆が鳩鉄砲喰らったみたいな顔しちゃって」 
 「ね、ねぇ、ゆらり、さすがの私もこんな変化は予想外だったよ」 
 「……ええ、田村さんがこんな面白いボケをしてくれたのに何もツッコめずじまいで終わったしまい、この川田由良里、一生の不覚です…」 
 「?変な二人、今日は片付けの日なんだからだらだらしないでさっさと動く!」 
 「「は、はい!!」」 
 「じゃ、私は先に行くね!」 

 「…どう判断したらいいの?ゆらり」 
 「えぇと…悲しみが一周回ってひっくり返ったとしか…」 

 「あ、そうだ二人とも」 
 「わ?!きゅ、きゅーになに!?」 
 「ありがとう」 
 「へ?」「……なるほど」 
 「何のことかわからない、とは言わせないからね」 
 「え?な、何のこと?」「…昨晩はお楽しみでしたね?」 

 「――がッ…!!と、ともかくありがとう!!でも余計なことしたんだから今日の片付けはいっぱいまわすから覚悟してて、ね?ゆらり、麻美!!」 

 「……ええ、望むところです」「あは、麻美、か」 
 「それじゃあ、お先に!!」 

 「ねぇ、ゆらり、私ゆらり以外に名前で呼ばれる人って少ないって知ってた?」 
 「ええ、知ってますよ、麻美ちゃんが人と話すことが本当は苦手だということもよく知っています」 
 「そっか、でもね、私名前で呼んで貰える友達が増えたんだ」 
 「奇遇ですね、実は先ほど私も名前を呼んでくれるお目付け役ができてですね」 

 「行こっか?ゆらり」「ええ、麻美ちゃん」 .

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