今日はカズと会う約束だ。放課後、いつもの広場で…俺は急いで向かう。
「あ、来た来た。」
「遅れてごめん。」
いつもの挨拶を交わす。いつもと変わらない光景だ…ったんだが。
しばらく談笑した後、ふとカズが言う。
「なあ小波、ツッコミってどう思う?」
この問いによって、俺は足りない脳みそをフル活用する羽目になった。
「ツ…ツッコミ?」
「ウチはツッコミこそ(笑いの)本質やと思うんよ。
 これは技術が問われる役や。その技術で、その後も(司会として)長続きしてるのが多いしな。」
真面目な顔で笑いを語ってる…のだが。小波には全く違うように聞こえていた。
その原因として、小波が馬鹿であること、多感なエロガキであること、同類の友人がいたことが挙げられる。
今日ここに来る前、つまり校舎で授業を受け、友人たちと談笑していたときのことだ。
「小波君、知ってるでやんすか?」
今知った知識を披露したくてしょうがないといった様子のメガネ。
「なんだい?荷田君。」
メガネは周りを見渡し、誰も聞いていないのを確認してから、秘密めかしてこう囁いた。
「警察の隠語で、強姦のことをツッコミって言うんでやんすよ…。むしろやらしい表現でやんすぅ〜!」
…当然その時は、だから何だとさらりと流した。荷田君はエロい言葉を片っ端から調べては、
使うかどうかも分からない知識を増やしているようだ。それを今日みたいに誇らしげに教えてくれることがある。
俺も最初の方は興味深く耳を傾けていたんだけど…やっぱりほぼ毎日続けられるとどうでもよくなる。
それだけの話。…そう、ただ友人がエロい言葉を教えてくれただけだったんだ。
小波はその話をほとんど忘れていた。
しかし、カズの口からツッコミという言葉が出たとき、頭の辞書が引いてきたその言葉の意味は強姦の隠語というものだった。
つまり、カズの言葉を
「ウチは強姦こそ(エロの)本質やと思うんよ。
 これは技術が問われる役や。その技術で、その後も(セフレとして)長続きしてるのが多いしな。」
と変換していたのだ。
普通の人は少し考えればおかしいと分かることだが、いかんせん小波は馬鹿だ。
最初に出てきた意味を捨て切れない。どうしてカズが真面目な顔してこんな話を?
…俺、誘われてんのかな?
危ない思考にシフトしていく。いや、そんなわけない、これはきっと冗談だ!
一人で妄想と否定を繰り返していると、カズは訝しげにこちらを覗き込んだ。
どうやら、俺が考え込んでいる間も話は続いていたらしい。
「なあ、ちゃんと聞いてんの?」
その言葉で思考のループから抜け出すことができた。
「あ、ああ聞いてるよ。で、ツ、ツツツッコミがどうしたんだ?」
どう見ても慌てている小波の姿に、一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに話を戻す。
「でな、さっきも言うた通り、やっぱり実際にやって慣れていくしかないと思うねん。」


は?
「…え?何を?」
「いや、だからツッコミやって。」
…えええ!?どうなってるんだ!?ついこの前、キスしただけですごく赤くなってたカズのセリフとは思えない。
しかも、俺たちの初めては強姦(というシチュエーション)限定ですか!?
「ん?小波、さっきから変やで?」
とんでもない勘違いをしたまま、会話は進んでいく。
「まあ、そういうわけでな。小波、ウチにツッコミ入れてくれん?」
「…い、いいのか?」
据え膳食わぬは男の恥、だったか。小波にしては異常な速さで、現在の状況を表す言葉が出てくる。
都合の良い言葉だ。これは本能の働きによるものかもしれない。
何しろ強姦してくれ、と言われているのだ。正常な判断力が鈍ったって誰も小波を責めることはできないだろう。
「思いっきりやったらあかんで?一応ウチかて、か弱い女やねんからな。」
って言われても、思いっきりやっちゃいそうです。
この時の小波は、理性から本能へと、思考の主導権を完全に引き渡していた。
だが、それによって逆に冷静さを得た。…どこから攻めようか?
もうこうなっては彼を止めるものは何もない。
「じゃあ、いくぞ…?」
「うん、じゃあ…。」
カズは目を閉じて息を吸う。狙ったわけではないが、その瞬間、小波の手がスカートに伸ばされる。
「…え?ひゃあ、何!?」
想定してなかったところをいきなり触られた。カズの足の力が抜ける。
「カズ…」
小波は夢中で服を…脱がせる前に鳩尾にカズの拳が入った。
「ごはっ!!へぶっ……。」
全力のイバラキ流が炸裂する。漫画みたいに転がって動かなくなった。
殴った本人も体が勝手に反応したようなもので、慌てて小波の元へ駆け寄る。
「ちょ、小波大丈夫か!?死んだらアカン!」
内蔵破壊を目的とした拳法なので、割と洒落にならない。
「げほっ…勝手に殺すな……。」
うらめしそうにカズを見る。どうやら足の踏ん張りが悪かった為、それほど大きなダメージにはならなかったようだ。
「ツッコミをやれって言ったじゃないか…。」
「そんなん言うたって、いきなりあんなとこ触られたらびっくりするわ!」
…へ?
一度殴られて、急速に小波の頭が冷えていく。
今度は理性によって冷静になった。何かがおかしい。
「え〜っと………」
「ボケとツッコミはセットやって何回も言うとったやろ?
 ウチがボケるから、小波のセンスで突っ込んでみてって。
 で、ネタに入ろうとした瞬間…いきなり…。」
カズが顔を赤らめる。すごく可愛いけど、今はそれどころじゃない。
「ボケ?…え?」
まだ小波は理解できていなかった。
「えっと……強姦的な意味じゃなく?」
「ご、強姦!?どっからそんな話がでてきたんよ!」
「…ツッコミって強姦の隠語じゃ…」
言いながら、ようやく頭が落ち着いてきた。しかし、もう全ての原因を口走ってしまったのだ。
カズを見ると…ある程度理解したようだ。つまり、小波の解釈では自分はずっと彼を挑発していることになっていた、ということに気付いてしまった。
小波は、ゆっくりと、漫才の話をしていたことを理解した。諦観とともに、悟ったような顔でカズを見つめる。
カズは恥ずかしさと怒りで……って目が怖いよ。
よく考えたら、俺はずっとボケてたんだなぁ。
きっとすごいツッコミが見られるだろう、ボケ的な意味で。

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