それは小波が一軍に定着し、ナマーズ優勝目指して頑張りはじめたころ
魔人がどうやって小波に嫌がらせをしようかと考えながら、せんべいをかじっていたときの話だった。

「魔人よ…聞きたいことがあるのじゃが…」
「ん?小娘から話しかけてくるとは珍しいでマジン。
 …今は気分がイイからちょっと聞いてやるでマジン。」
何やら不安げな様子のシズヤ。その深刻な表情はあの魔人ですら気を引かれるものがあった。
「…なぜ小波は私を呼んでくれぬのだろうか…?」
「ん?そう言えばここしばらく全く呼んでないでマジン」
少し前は暇さえあれば壷から呼び出し、魔力さえ使わない限り殆ど毎日一緒に食事をしていたくらいなのだが
もう一週間近くシズヤのことを呼び出していない。なるほど、様子がおかしい。 
「ははーん、ご主人様も失敗ばかりの小娘にとうとう嫌気がさしたでマジン?」
「そ、そんなことは…」
「そんなことは?」
「…ありえるかもしれん…やはり私など…うぅ、小波…」
顔は青冷め、目元に涙まで浮かばせているシズヤ。すっかり気落ちしてしまっている。
そもそも小波とシズヤの仲の深さは共同生活を送っている魔人なら嫌でもよく知っているのだ。
勿論軽い冗談だったのだが、当人は思いっきり真に受けてしまったようだ。
「フーム…面白そうだから調べてみるでマジン。気が向いたら小娘にも教えてやるでマジン」
「あぁ…こなみぃ…こなみぃ…」
魔人にしては珍しく優しいことを言っているのだが、さめざめと泣いている彼女はそれに気付く様子も無かった。

調べる、といっても「ほぼ」全能である魔人にとっては造作も無いことである。
シズヤと疎遠になる切っ掛け、つまりシズヤに対して後ろめたく感じてしまった時の記憶を魔人の魔力で探り当ててしまえばいいのだ。
善(?)は急げということで、その晩の小波の就寝時に決行。
以前は魔人の嫌がらせにより毎晩のようにうなされていた小波だが、シズヤの術の上達に伴って安眠を取り戻している。
なんとなく腹立たしいので逆さ釣りにしてやろうかという考えをグッと堪え、魔人は小波の頭に手をかざした。
「さてさて、ご主人様は何をやらかしたマジン?」

それは2週間ほど前の事だった

その日は休日で、小波はシズヤを連れてミルキー通りに出かけていて
二人はシズヤが他人に触れられない事について話していた。
シズヤ曰く、自分は魔人と違って他人に接触する力がないのだとか。
「ふーん、そうなのか…」
「…えい。」
突然シズヤが飛びついた。真正面から小波にハグをかます。
「こうやってそなたに触れられれば、私は特に困ることはないしな。」
「い、いきなり抱きつかないでよ…」
「よいではないか、誰に見えるわけでもあるまいし。」
端からは小波一人が完全な変人にしか見えないのだが、幸せそうに照れ笑いしている二人はまるで気にしていない。
(それにしても、シズヤってやっぱり柔らかいんだなぁ〜)
20年間女っ気無しの人生を送ってきた小波にとって、非常に新鮮で刺激的な感触だったとか。
どうにもそれが切っ掛けだったらしい。

その次の日…
「そのスープはとてもおいしそうじゃのう。小波よ、少し分けてくれぬか?」
「いいけど…ちょっと近くに来てよ。危ないから。」
スプーンで液体を直接渡すとなるとこぼれるかもしれない。
それを危惧しての発言だったが、より危険な状態に陥ってしまった。
「ちょ、ちょっとシズヤ!?」
もっと近づけという言葉通り、シズヤは小波の上に座ってきた。
膝の上に可愛いお尻が乗っかり、すっぽりと小波の胸に納まっている。
「なんじゃ?早く食べたいのだが…」
「あぁ、ご、ごめんよ…あっ!」
「うわっ、小波!こぼしているでないか!」
胸元のシズヤにあーん、としようとしたのだがいつものようにいくわけも無く
震える手からスプーンが滑り落ち、盛大にスープがこぼれてしまう。
こぼれたスープはシズヤ、そして自分のユニフォームにもろにかかってしまった。
「た、大変じゃ!早く拭かなくてはシミに…」
「あ、いいからいいから!別のヤツに着替えてくるよ!シズヤは壷に戻ってて!」
シズヤは自分の服の汚れも気せず、袖でユニフォームを拭こうとしてきたが
小波は大慌てで断り、走るように逃げ去った。
今、太ももを彼女に触れられるのは非常に危険だった。

(それにしても、柔らかくて、良い匂いだったなぁ…)
なんとか誤魔化してホッと一息つき、小波はあのときの感触を思い出していた。
危なかった、どころか同僚には既に危ない人認定されてきているのだが
それすら気が付かないほどにシズヤに魅了されてしまっているのか。

その二日後…
「むむむ…リンゴくらい私が剥いてやるというのに」
「でもシズヤはまだ包丁使ったことないだろ?まずはやり方を見ててくれよ。」
そう言いながらリンゴの皮むきのお手本を見せる小波。といっても普段殆ど自炊しない男の包丁捌きなどたかが知れたもので…
「痛っ…久しぶりだったからなぁ。はは、シズヤに恥ずかしいところ見せちゃったな。」
「そ、それどころではない!血が出てるではないか!野球選手の命ともいえる大切な指が…」
「大げさなだぁ…大丈夫、この程度ならバッティングに支障は出ないだろうし、唾付けとけば治るよ。」
「そ、そうなのか?ならば…」
「えっ…?」
温かく湿った感触が指を包む。
ショックが小波の理解を遅らせたが、シズヤに目をやってようやく理解した。
ケガした指を口で咥えてられているのだ。
「…シ、シズヤ…?」
制止の声が喉に引っかかる。
そうしている間にシズヤはチロチロと傷口に舌を這わせた。ゾクゾクした感覚が背筋に走る。
「うむ、これで一安心じゃな。」
「そ、そうだね…じゃあリンゴ食べようか…」
カラカラに乾いた喉から声を絞り出し、震える手でなんとかリンゴの皮むきを終える。
(温かくて、ぬるぬるしてて…ぺろぺろしてきて…)
無邪気にリンゴを食べるシズヤの影で、小波は頭にこびりついた先ほどの感触を思い出していた。

その三日後…
「うむ大成功だ!」
「やったー…って、大丈夫かシズヤ!?」
いきなり倒れかかってきたシズヤを抱きかかえる。
「す、すまない、久しぶりに難しい術を使ったからのう…情けないのだが、少し休ませてくれ。」
「よかった…じゃあゆっくり休んでて…ってもう寝てるのか。」
「すぅすぅ」
「………」
「すぅすぅ」
「…………………………寝てるんだよな?」
熟睡するシズヤ。
多少はだけた服から覗かせる足、首筋と僅かな胸元。安心しきった可愛らしい寝顔。

何もかもが魅力的だった。

「シ、シズヤ……シズヤ…」
小波はベルトに手を掛け、己のモノを取り出し…


「あ、もう結構でマジン。別にこれ以上見たくも無いでマジン。」
ここで記憶干渉を中断。これから先は見なくても分かる
流石の魔人もこれには苦笑い。普通に引いている。
あまりにも悲惨すぎる小波の現状に逆に同情している。
しかし状況は理解できた。同居している異性に寝ている間にぶっかけなんてやらかせば気まずくなるのも当然。
彼女を性的に意識し始めるうちに歯止めがきかなくなり、次こそは…という心配もあるのだろう。
「ああつまんなかったでマジン。ニンゲンの色恋沙汰とか言う物には興味ないでマジン。
小娘には適当に言ってとっととランプに帰るマジン。」

翌日、シズヤは部屋でひたすら小波を待っていた。
魔人が言っていたのだ。
「原因はよく分からなかったでマジン。知りたければ小娘が直接聞き出すべきでマジン。」
直接聞き出すべき。
魔人にとっては面倒事を避けようと適当に済ましただけの発言だったが、今の彼女には思うところがあった。

たった一週間のことではあるが、急に疎遠にされてしまった理由。
それを聞くのは確かに恐ろしい。
だが絶対に小波の役に立つ、そう決心したのだ。ここで立ち止まってはいけない。
自分から彼のために行動していかなくては、とても願いなど叶えられないではないか。
嫌われてしまったのならどんなことをしてでも償わなくては、謝らなくてはならない。
だが、まだ自分に存在していること自体、小波が自分のことを見捨てていない証拠だ。
自分には小波が必要だし、小波にも自分が必要のはずなのだ。
大丈夫、誠心誠意謝れば許してくれる。小波とはそういう優しい男だった。

ガチャァ

「あ、こ、小波!」
「シズ…ヤ?」
扉を開けた小波の元にシズヤが駆け寄ってきた。1週間ぶりの対面である。

「そ、その聞きたいことが…へ?」
小波がこちらの話を殆ど聞かず、ぼうっと彼女を見ているだけということに気付き、あれれと首を傾げる。
初めて見る彼の表情からその真意を読み取ることが出来ず、ただうろたえるばかりのシズヤ。
そうこうしているうちに、それこそ触れ合いそうな位置にまで小波の顔が近づく。
瞳の鏡像に映る自分の姿を見たシズヤはやっとそれに気が付き、恥ずかしがりつつ顔を逸らした。
「す、すまない…だ、だがちょっと話を…えっ?」
気が付くと手が勝手に握られていた。戸惑っている暇も無く小波に抱きしめられる。
「こな、み?」
今までの信頼故に、シズヤははまったく無防備に彼に身を預けてしまった。
そのまま何の抵抗も無いまま、自然のままに口付けられた。
唇と唇が重ねあわされ、驚きのあまり見開かれた目がなおも彼を見つめる。
滑り込む舌がシズヤの蹂躙し、小波は片手で彼女の頭を固定し、吸い付くように彼女を貪る。
彼女の手が弱々しく胸を押し返そうとするも、彼の痛いほどの抱擁の前には無力だった。
小波があれほどまでに、シズヤを避けてまで恐れていた事は現実となってしまった。

「んんっ…!」
急に押し付けられた唇から漏れる吐息。
苦しさすら感じられるそれが小波のドス黒い欲望をさらに焚き付ける。
僅かばかりの罪悪感を無視し、本能のままに目の前の女を貪る。
「…ん…んっ!は…!ん…あっ…」
漏れる彼女の息に甘い色が混じり始め、抵抗が少し弱まった頃、ようやく唇を離す。
既に口周りはべとべとでお互いに身を火照らせている。
「はぁ…こなみ…い、いったい…」
息も絶え絶えのシズヤ。その瞳には興奮、戸惑い、躊躇い、そして恐怖が宿っていた。
今日の小波はどうしたというのだろう。絶対におかしい。
だがそんな疑問を呈する前に小波はシズヤの服に手を掛けた。
「えっ?…な、なにをっ…やめてくれっ」
制止も空しく小波は彼女を押し倒し、和服を小器用に脱がしていく。
抵抗しようにも、野球で鍛え上げられた彼の肉体がそれを許さなかった
着痩せしていた彼女の形の良い乳房が露わになる。
それを掌で包むように揉みしだき、双球が手に沿って歪むのを楽しむ。
シズヤは目元に涙を溜め、されるがままになるしかなかった。
「あ、はあっ、小波っ…勝手に…」 
息を荒くし、それに合わせて上下する胸の先端を摘んでひねるように刺激すると
頬をやんわりと染めたシズヤが高い悲鳴を上げ、その様がさらに小波を欲を刺激する。
「ダメだっ、こ、こんなこと…」
息も絶え絶えの中、意味を成さない制止の声が続く。
こんなの小波じゃない…小波はもっと優しいやつだった…
「うるさい」
初めて聞けた小波の言葉。彼女の心の声が聞こえたのか、ただの偶然だったのか。
その言葉に秘められた、怒りとも違う言い表せない感情がシズヤを恐怖に陥れる。
「そ、そんな…や、やめ…んあっ、あぁっ…ッ!」
「感じてるくせに」
美しい乳房を揉み続けて、先端の綺麗な桃色の突起を口に含む。
舌でこねくり回し、さらに甘噛みすると彼女の身体がビクンッと震え、声にならない悲鳴が響く。
「ッッ!…か、かんだら…ああ!っ!」
もっと泣かせたい、もっと声を聞きたい、そんな歪んだ想いが彼の理性を押しつぶす。
もはや疲れ果て、抵抗する余力も気力もないシズヤ。
その疲れきった身体を休まされることもなく、次は彼女の秘所に手が伸ばされた。

「…んんっ!!」
声こそ抑えているが、今までで一番大きな反応を示した。
必死に快楽に耐え、いや認めたくないかのように目をぎゅっと閉じ、手足を縮こまらせている。
そうやって自分の下で悶えている彼女はとても弱々しく、とても美しく、とても愛おしかった。

あぁ、これさえ見なければ後戻りできたかも知れないのに…

「も、もうやめて…」
小波の手が陰毛に触れ、かき回す。そのまま足の付け根、下腹部をなで回す。
「やっ…!」  
「何言ってんだよ。こんなに濡らして。」
歯止めが効かなくなった小波は、さらに彼女を苛めてしまう。
「ち、違う…こ、これは…んぁ…」
「何が違うの?こんな酷いことされてるのに感じてるんだろ?」
「ちが…あぁ、んんっ…」
「違わないんだろ?シズヤはそういう女なんだろ?」
膣に2本の指をずぷずぷと出し入れしながら問い詰める。
すでにそんなことが出来るほどの愛液が彼女から溢れている。
これでどう否定しろというのだ。
そう言わんばかりに彼女を責め立てる。
「酷いことされてるのに、酷いことするようなヤツに責められて感じてるんだろ?」
「や、や、やめっ…あぁっ」
もはや話すことすら出来ないシズヤ。必死に堪えているが、身体は刺激に順応してしまっている。
「そんな酷い奴でも…誰でもいいんだろ?俺はシズヤの事が好きだったのに。シズヤは誰でもいいんだろ?」
「そんなっ…あ、あっ!あっ!あぁっ…!」
彼女を傷つけんばかりに乱暴な言葉を仕掛ける小波。
やってはいけないことをしてしまった自分への怒り、やるせなさを彼女に押し付ける。
「酷い女だな、シズヤは。
 こんなに好きだったのに、好きだったのに…好きなのに。」
「こ、こな…ああっ、待っ、んっ、ま、あっ、あっ!ああっ…!」
膣内で2本の指を激しくピストン運動させる。
さらに押さえていた方の手で膣の上の敏感な突起物をつまみ上げる。
「やめええっ、やあっ、ああああっ、あっ、あっ!あああああっ!」
「イキそうなんだ。やっぱり何も違わないんだ。誰でもいいんだ。」
「ち、ちがぁっ、やだっ…こな…あああっ!んああっ!」
「…イケよ。」
「あああっ!こなみっ…ああああああああああっ!!!」
堰が切れたかのように絶頂の悲鳴を上げるシズヤ。大きく全身を仰け反らせ、その見をふるわせる。
「―――こな…み…」
声にならない吐息が長く吐かれ、ひっそりと小波の名を呟く。彼女自身なぜその名が口を次いで出たのかが分からなかった。

「なんだ、シズヤって苛められるのが好きなんだ。」
「小波…もう…」
「もう、じゃないよ。これからだろ?俺の番なんだよ。」
ベルトのバックルを外し、押さえつけられていたものを取り出す。
シズヤは赤黒いそれから思わず目をそらした。
初めて見る小波のそれ、そして欲望に駆られた小波自身があまりにも怖かったのだ。
小波はすっかり怒張した男根をシズヤにあてがう。
「いいんだよね。こんなに濡れてるし。」
「……………」
「…抵抗しないのか。やっぱり誰でも、俺でもいいんだ。」
「…………」
何も答えなかった。彼女は泣いていた。声も上げずに泣いていたのだ。


そうか…俺は裏切ったんだな。
シズヤを、シズヤの信頼を、想いを、絆を、何もかもを裏切って、踏みにじってしまったんだ。
もう戻れないんだね、シズヤ。
俺が全部壊しちゃったんだ。
でもゴメンね。
今だけでいいんだ。君のことを汚させてくれ。君のことを愛させてくれ。


「………ッッ!!」
小波がシズヤを貫いた瞬間、声にならない叫びが上がった。
きつく進入を拒む膣に構わず、小波はゆっくりと動き始めた。
「痛っ、あっ、あぁ、あっ」
涙をこぼすシズヤ。
中がとてもきつい。酷いことをしてる自分を拒絶してるんだろう。
小波はそう思った。
だが止められない。きつく締め上げる膣はどうしようもない快感を男根にもたらし
愛する人を汚していくという背徳感が腰を前に突き出させていく。
「ああっ!あっ!…こ、なみぃ!んあっ!」
少しずつ順応したのか苦痛を上げる悲鳴が少し艶やかになっている。
なぜ彼女は自分の名を呼ぶのか、嫌悪すべき対象を無視しようとしないのか、小波には分からなかった。
しかし彼には好都合だ。
どうせこれが最初で最後なのだ。これを機に全て終わってしまうのだから。
それなら少しでも自分を受け入れてくれる方がありがたかった。
小波は自分の限界が近いのを悟り、激しく彼女を奥まで突く。
「シズヤっ…俺も…」
「あああっ!こなみっ!こなみっ!あっ、あっ、ああっ!」
シズヤは彼を泣きながら抱きしめている。まるで少しでも多く小波を受け入れようとするかのように。
なぜこんな自分を受け入れるのか、困惑する小波だが、もうそんなことは気にしていられなかった。
激しく収縮する膣、己の意思を無視して速まる腰。もう限界だった
「シズヤ…!…っ!」
「あああああっ!こなみいいいいいいいいいいいっ!!」
小波は愛する人に欲望を解き放った。



気が付けばシズヤは眠っていた。半ば気絶するように。
小波は裸の彼女に毛布をかぶせてやる。こんなことをしてもどうしようもないのは分かっていた。
彼女は酷く傷ついてしまったのだから。他ならぬ、自分のせいで。

終わってしまえば、全てが虚しいだけだった。
欲望に身を任せ、ひとときの快楽のために、シズヤを、いや全てを失ってしまったのだ。
「ははは」
絶望のあまりに乾いた笑い声が出る。
自分はおかしくなってしまったのか。いやおかしかったんだ。
あんなにも大切に想っていた、誰よりも守りたかったシズヤを
この手で汚し、傷つけてしまった。

絶望的なほどの罪悪感が小波に重くのしかかる。
このままこの身を滅ぼしてしまいたい…魔人に自分を消し去ってほしいくらいだった。
自分はそれだけの罪を犯した人間だ。背負うことさえ耐えがたい重い罪を。
…だが、彼女は小波が願いを叶えなければ消えてしまうのだ。
例え彼女が小波を憎んでいようとも、彼女は小波から離れることは出来ない。

「野球、やるか…」
せめて願いを叶えて彼女を助けてあげよう。
せめて自分という呪縛から解放してあげよう。
せめて彼女に新しい道を進ませてあげよう。
もう、あの幸せな生活は、戻ってこないんだから。



寮に差し込む朝日が小波の目蓋に突き刺さる。
そこでやっと小波は自分が知らぬ間に眠っていたことに気が付く。
(あんな事あったのに、意外と平気で寝てしまうもんなんだな…はは。)
小波は毛布を下ろし起き上がろうと…
…毛布?なぜこんなものが自分に?
疑問に思う小波が辺りを見渡そうとすると、自分の隣の温もりを感じる。まさか。
驚く小波。そんなはずはない。この温もりを感じることは二度と無い。そのはずなのに…
その隣ではシズヤが眠っていた。

自分が忘れているだけで、勝手に壷に戻る前のシズヤと一緒に就寝してしまったのか?
だが彼女はいつもの和服を着て、小波にしがみつくように眠っていた。小波の意思と関係無いことは確かだ。
なぜ?なんで?どうして?
疑問は絶えない。だが今の小波に分かることは一つ。
(シズヤの隣にいてはいけない。)

「待ってくれ」
立ち去ろうとする小波の袖をシズヤが掴んでいた。
真摯に、そして心配そうに見つめる彼女の瞳。
「そばにいなくてはダメだ。」
何の裏も無い、ただ純粋に小波と共にいたいという言葉。
その瞳、その言葉からにじみ出る優しさは、今の彼には耐えがたかった。
何とか言おうにも、どんな言葉を掛けていいか、そもそも言葉を掛けていい物なのかすらわからなかった。
逃げだそうとするもシズヤはそれを許してくれない。
「なぜ私から逃げようとするのだ?」
「お、俺は…」
問いかけるようなシズヤの眼差し。緊張でカラカラに渇ききった喉で小波は話し始める。
「俺は、シズヤを…傷つけたから…」
「…そうじゃな。」
あっさりと肯定するシズヤ。小波はもはや諦めきっている。
「だ、だから、俺はもうシズヤと、一緒には…」
「馬鹿なことを言うでない。」
「うわっ」
シズヤが急に彼の腕を強く引っ張った。倒れかかってくる小波を受け止め、その頭を優しく抱きしめる。
「…今はまだ、そなたのためにそばにいなくてはならぬのだ。」
「俺の、ため…?」
シズヤは彼の耳元に語りかける。

「昨晩、本当に傷ついていたのは、他ならぬそなたなのだろう?」
「え…?」
「だが何も心配しなくても良いのだぞ。
 どんなことがあっても願いを叶えるまで、私はずっと小波と一緒にいなくては、いや一緒にいたいのだ…
 だから今はそなたのそばで、その傷を癒やす必要がある。」
シズヤはそう言って微笑んだ。そのまばゆい微笑みを見ただけで、小波は己の心の闇が晴れ渡っていくのを感じた。
「何も案ずるな。私が小波から去るなどということは決して無い。」
「な、なんでわかったの…俺が考えてたこと…」
「な、なぜって…それは…小波は…私のこと、好きだと言ってくれたではないか…それさえ分かれば後は、大体…」
目元だけで無く、頬も赤く染めたシズヤが小さく囁く。
恥ずかしさからか、抱きしめていた彼から身を引いてしまった。
そこで小波は最悪の形で彼女に想いを告げていたことに気が付いた。
「そなたは、私のことを好いていたから…私にあんな事をして、申し訳なく思ってしまったのだろう?」
「…シズヤは嫌じゃなかったの?あんなことされて…」
「た、確かに…怖かったが、私も…そなたのことが…好きだったから………べ、別に問題は無いのだ。」
「お、俺のことが好き?…で、でも俺はあんな無理矢理襲いかかるような酷い奴で…」
「違う!私が悪かったのだ!小波の優しさは私が一番よく知っている!
 私が小波をおかしくしてしまったのだろう?小波の心身を乱してしまった私が悪かったのだ!」
声を荒げながら必死に小波に小波の弁解をするシズヤ。なんと健気であろうか。

「俺のこと…あんな酷いことしたのに、許してくれるのか?」
「何を言っているのだ?許すわけがなかろう?」
「へ?」
「私のことを勝手にふしだらな女と決めつけおって…
 罰として明日はナマーズパークでたっぷり遊ばせてもらうからな!」
「………シズヤ」
「な、なんだ?…そ、それが嫌ならいつものマニアショップでも構わぬぞ…?」
「…ぐすっ…」
「小波?」
「……………ごめん、本当にごめん、シズヤ…おれ、おれ…うぅ…っ…」
「…これこれ、いい大人が泣くでない…まぁ今くらいは、よいか。たまにはそなたに甘えられるのも悪くは無い。」


あれから数年。小波は無事に願いを叶えた。
魔人との契約の三つの願いと、シズヤとの新たな願いを。
「小波、リンゴ剥いておいたぞ。」
「ありがとシズヤ。包丁も上手く使えるようになったね。」
「当然だ。そなたの助けにならなくては意味が無い。
 …ついでに言うと、そなたにリンゴを剥かせてもロクな目にあわない気がしてな。」
「ま、まだそれを言うの?…あれから何年たったと…」
「フフン、一生言い続けるに決まってるではないか♪」
「…一生?」
「一生だ。」
「ハハハッ!」
「はははっ!」

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