「田村さん、お待たせしました。今日はよろしくおね…」

1−Aの担任の先生、典子ちゃんのクラスの担任は俺の顔を見るなり驚きを隠さずに固まった。
まあ言いたいことは解るが…少し失礼じゃないか?

「先生、よろしくお願いします。」
「初めまして。○○先生ですね?よろしくお願いします。…どうされましたか?」

俺と典子ちゃんが交互に挨拶し、向こうもようやく我に返った。

「ああ!失礼しました。では中にどうぞ…」




「まだ1学期だけですが典子ちゃんの成績は大変優秀です。普通科なのがもったいないぐらいです。
また、交友関係も良く特に目立った問題ないです。」
「そうですか。」
「そんなに優秀じゃないですよ…」

先生が色々と言ってくる。照れているのか下を向いている典子ちゃん。
その隣で適当に相槌を打ちつつ、もらった成績関係のプリントに目を通してみる。
やはり家庭科は5か。体育が5なのは驚きとして見る限り5と4しか付いていない。
3ばかりだった自分とは大違いだ。
5分ぐらい先生の説明が続き、ひと段落したところで

「…こんなところですかね。なにかお聞きになりたいことはございますか?」

と聞いてきた。説明と成績表で大体把握できた。

「いいえ、よくやっているみたいですし特にはないですね。」
「そうですか。ところで一つお尋ねしたいことがありますがよろしいですか?」
「はい、なんでしょうか?」



「違っていたらすみません。…貴方は典子ちゃんのお兄さんですか?
若すぎて父親には見えないのですが。」

なぜ俺がこの場所にいるのか。話は少しさかのぼる。

1週間前。俺は昼で仕事を切り上げ街で買い物をしていたら偶然典子ちゃんと出会った。
買い物をしていて荷物が重そうだったので日頃の感謝を込めて荷物持ちの役をかってでた。

「本当に重いですよ?いいんですか?」
「まかせてくれ。伊達に男をやってないから。」
「クスクス…ありがとうございます。」

そんなこんなで一緒に帰ったんだが、典子ちゃんの部屋に入ったときテーブルの上に置かれた一枚のプリントを見つけてしまった。
俺の視線に気づいた典子ちゃんはそのプリントを手早く片づけた。
でも気になる文面だったので

「三者面談?」

一応聞いてみた。

「…はい。」
「高校はそんな時期か。どうするの?」
「中二からずっと一人で行ってましたから、今回もそうするつもりです。」
「そっか。」
「ただ…まだ高校の先生には話していないので…」

そこでうつむく典子ちゃん。やはり2年たったとはいえまだ傷は癒えていない。
まだ誰かが彼女を支えていてあげないと。
「後見人」という形で一年前から俺は色々と力になってきた。でもこういった日常のことはまだ自分の生活が不安定で見てあげれていなかった。

これも俺が力になれるなら。と思いつい口に出していた。

「よかったら俺がついて行こうか?」




「自分は典子ちゃんの後見人です。」

隠す必要もない。俺は堂々と答えた。

「ほう!そうでしたか。それは失礼しました。
…それにしても貴方は若い。裁判所の選任ですかね?」
「いいえ。典子ちゃんの父親の遺言です。」
「そうですか。では専門の方ではないのですね。」
「そうですね。普通のサラリーマンをしてます。」
「普通のですか。…あの、失礼ついでにもう一つよろしいですか?」
「どうぞ。」

ずいぶん食ってかかってくるなこの先生は。まあある程度は突っ込まれると予想してたけど。
横を見ると典子ちゃんが心配そうにこちらを見ている。
大丈夫、と片目で合図をした。

「では…正直言って貴方が信用していいのかわかりません。貴方は私より若いですよね?
見たところ20代の前半ですか?こんなことは言いたくないのですが、もし万一のことが起きてしまったとき、貴方は責任をとれるのですか?
田村さんは私の大切な生徒です。もしも…」

「先生!!」

黙っていた典子ちゃんが突然大声をあげた。目に涙をためて。
…どうして君が泣いているんだ?

「小波さんは信用できる人です。それは私と父が一番理解しています。
だから…そんな風に悪く言わないでください…」
「典子ちゃん…」
「田村さん…」




帰り際、先生は頭を下げた。

「大変失礼しました。」
「頭をあげてください。先生は間違ったことは言っていませんよ。」
「いえ。私ごときが足を踏み込んではいけない所でした。」
「でも安心しました。貴方みたいな熱心な先生でしたら安心して任せられます。」
「ありがとうございます。」
「先生、これからもよろしくお願いします。」

「さて、帰ろうか。」
「はい。」
「ああ、田村さん。少しいいですか?」
「はい?なんですか?」

先生に呼ばれて典子ちゃんは先生の元に寄った。先生が何やら耳打ちしている。
あたりを見回しながら会話が終わるのを待つ。

…?妙な感覚だ。何かこう自分が話の種にされている感じ?
やがて終わったのか、典子ちゃんが走ってこっちに…走り去った!?
微妙に顔が真っ赤だったのは見間違いだと思っておくとして…

「若いねぇ。」
「おいこらアンタ。典子ちゃんに何言った?」

敵意丸出しで目の前の中年男教師を睨んだが向こうは場数を踏んでいるのかどこ吹く風で

「いえいえ。特に何も。それでは失礼します。」
「おいコラちょっとま…」

バタン!
教室の扉を閉められてしまった。

ここにいつまで居ても仕方がない、典子ちゃんを追うか。

「いたいた、おーい!」

校門のあたりで止まっている典子ちゃんを発見した。向こうもこちらを視認したようだ。

「あ!…ごめんなさい。急に走りだしちゃって。」
「大丈夫だよ。じゃあ帰ろうか。」
「はい!」

二人並んで歩きだした。
時刻は夕暮れ時。夕日がきれいだ。典子ちゃんは逆方向を向いているので表情は見えない。
でもその横顔は夕日を浴びていつもより可愛く見えた。
…ってちょっと待て!俺は何を考えている?平常心平常心…
自分を戒めるためにしばらく無言で歩いていたがやがて典子ちゃんがこちらを見ずに話しだした。

「そうだ!夕食のリクエストはありますか?」
「夕食?そうだなぁ…じゃあエビフ…」
「あ、あんまり時間がかかるのはやめてくださいね?」

速攻で却下されたよ。
時間のかからないものか。

「じゃあ簡単に野菜炒めで頼むよ。」
「野菜炒めですか。わかりました。」

ふと隣に目をやると典子ちゃんと目が合った。が、すぐに目をそらされてしまった。
ふと見えた顔はやはり可愛い。初めて会った時よりも確実に成長して…
ってまたか!何を考えているんだ、俺…
良くない。これは良くないな。何か話題を…

「そういえばさ。」
「なんですか?」
「さっき先生と何話してたの?」
「!!!!」

止まる足、固まる典子ちゃん。

「いえ、と、特に何でもないですよ?」
「いや、変なこと言われたりしてない?もしそうだったら一発殴ってくるけど。」
「全然!へ、変なことじゃないですから!だ、大丈夫です!」
「わ、わかったから少し声のトーン下げよう?」
「大丈夫です!大丈夫です!じゃ、じゃあ先にスーパー行ってますね!」
と走って先に行ってしまった。
…?
あのクソ教師め、典子ちゃんに何吹き込んだ?いつか一発殴ってやる。



先生…どうしてあんな話を聞いちゃってたのかな…?
走りながら私は過去の自分の行動を後悔していた。
先生に言われた話は私が友達と話していた内容についてだった。

「田村さん、前に友達に言っていた『年上の、とても鈍感だけど頼りになる人』ってあの小波さんのことですか?
色々大変でしょうけど頑張ってくださいね。」

ううっ…これからどんな顔して小波さんと会えばいいんだろう…?

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