バーチャルキャストから生まれた、創作系 RPG シェアワールド

[目次]


第二章

酒場にて

チュルン公国には2つの顔がある。
一つは西部の湖底都市
もう一つは東部の農業地域


ソーソルミア大公国を旅立った公女一行は東部の港町にいた。
腹ごしらえに食堂へと入り店主に料理を人数分頼むと
護衛の一人であるシノはすぐに席を取りに向かい、公女ルーナともう一人の護衛ストリクスは掲示板を眺めた。

討伐依頼
マッドキャンサー(パディキャンサー変異種)。
田園地帯に現れた巨大甲殻類の駆除。
対象の爪を提出で達成。

「これってこれから行く町だっけ?」
「ん、そうだな。」
「おじさん、この紙もらっていい?」
野菜を切っている店主が背中を向けながら返事をした。
「ああ、いいぞ」
掲示板から依頼書を一枚外して手に取ると二人は周囲を見渡した。
食事時というだけあって店内は賑わっているがフリルを全身に巻き付けた人形のような服装で行儀よく座る青年シノを見つけるのにそこまで時間はかからなかった。
強度だけを求めたような年季の入ったテーブルの横に荷物を置くと二人は席につく。
荷物が多い上に仕事道具のハンマーがかなり場所をとるので邪魔にならないよう必死にテーブル側に押し込む。
シノは二人が座ったことを確認するとコップに水を注ぎ席に置いた。
ちょうどその時、料理を持った店員が現れる。
「はい、お待ち」
人数分の煮物と簡易的なパンのような物を置いていく。
煮物からはスパイスの香りが漂い周囲を包む。
「いただきます。」
三人は手を合わせると料理に手を付けた
「辛い、美味しい」
「スパイスの香りで食が進みますね。」
「おいちゃん歳だからこういうの食べるとお尻が心配だねぇ。」
「おいちゃん、食事中に品のない言葉はやめて。」
「あいあい」
空腹感も落ち着いてきたのでルーナは依頼書をテーブルの上に出した。
少々油が滲んだが読む分には問題ないので気にしない事にする。
「これ、そこの掲示板で見つけたんだけど。」
シノが指で依頼書を引き寄せた。
「甲殻類ですか。」
「そう、これから行く村の近くだから挑戦してみようかなって」
「他の依頼に比べると安かったし多分簡単な依頼なんじゃないか。」
「私の目的は戦闘データの収集なので戦うことに異論はありません。
それに最低限の旅費や消耗品の購入資金はすぐに支給されますが
装備のアップグレードの為の費用などは申請書や伝票、領収書など
やり取りに時間がかかるのでそう考えると自由になるお金が欲しいのもわかります。」
「でしょう」
「はぁ、宮仕えなのに懐の心配とはねぇ。」

依頼書を回し見ながら食事を続ける三人のテーブルに皿が置かれる。
皿を置いた女性は顔の高さまで手を上げながら。
「ハーイ、お久しぶりね。ここいいかしら?」
「どちらさまですか」
シノはやや警戒したような顔でそちらを見た。
「あなたは、ソーソルミアで会った。」
「そう、ツアーコンダクター準備中。」
確か旅行会社を企画したり案内したりする会社を作ろうとしてるとかなんとか言ってた。
私の知人であることを確認してストリクスが空いている椅子を引いた。
「ありがとう。」
ツアーコンダクターの女性は椅子に座った。
「まさか旅先で会えるなんてね。三人は観光じゃなさそうだけど、お仕事?」
皿に盛られた細く小さい揚げ物をつまみながら質問してくる。
「まあね、お役所に書類出したり魔法通信施設をいじったりかな。」
「へぇ、討伐依頼なんか見てるからもっと武闘派かと思った。」
「それは小遣い稼ぎみたいな。」
横をみるとストリクスは静かに食事をしている。シノは食べ終わり水を飲んでいた。自分だけ食事が進んでいない事に気付き料理を少しスプーンにのせて持ち上げた。
「そういうあなたもお仕事?」
「そうね、チュルンの観光地探し」
「へぇ」
相槌を打ちながら煮物の中から野菜の塊を取り出し口に含んだ。スパイスの香りが鼻から抜けていく感覚に不意を突かれ少しむせそうになるのをこらえる。
「観光地とか聞きたかったんだけど仕事で来たならあまり詳しくないかな?」
「観光地ねぇ、湖の水上駅とかは?」
「あの水の上に出てる奴ね。」
水上駅とは湖の魚人達が水上生物との連絡用に作った湖底から水面まで伸びる塔である。
「下の湖底都市の人が周りを通る船と商売するために筏を浮かべて駅の柱にロープをくくりつけて固定するんだけど商人が多いときなんかは筏をどんどん連結していくから筏で島ができちゃうの。あれ結構すごいと思う。」
「塔があって下に都市か…」
女性が何やらメモをとっているのを見ながら食事を進めた。
「ありがとう、参考になったわ。これ、よかったら食べて。」
自分の皿を中央に置きながら立ち上がる女性を頷きながら見送った。別れの挨拶も言いたかったが突然だったこともあり口に物が入ってたのでやめておく。

「姫、さっきのは?」
シノが呟くように言った。
「前にちょっと話した旅人さん。ツアーコンダクターってのをやるんだって。それより二人とも静かだったけど人見知り?」
「いえ、なんか違和感があったと言うか。」
「まぁ、旅人にいきなり話しかけてくる女なんて大抵詐欺師だもんなぁ。」
「そりゃあ、おいちゃん相手ならそうでしょうけど。」
「おいおい」
話ながらも食べ終わっていたストリクスもグラスを持ち上げていた。ここの料理は少し辛いので水が欲しくなる。
「それはそうと、何をもらったんですか?」
女性から渡された皿の事だ。
「なんか細い揚げ物?」
店主がキッチンで仕事をしながら口を開いた。
「ミニワームの素揚げだよ。」
「虫か」
「ん、おいちゃん苦手なの?」
「いや、苦手ってこともないというか食ったことない。」
「少しいただきますよ。」
シノは一本手に取ると口に運んだ。ルーナもそれに続く。
「うん、よく揚がってる。」
「揚がってますね。」
二人はモグモグと咀嚼しながら言った。
「それだけか、虫特有の話とか無いのかい?」
二人は第一陣を飲み込み次の一本を掴んだ。
「この大きさだとほぼ油ね。」
「香ばしさと独特な旨味のような物はあります。」
「まぁ、揚げれば大抵の物は食えるって言うしな。」
ストリングスはミニワームの揚げ物をつまみ目の前でくるくる回した後で口に放り込んだ。
「食べたらお役所行きましょうか」
「あいあい」
「承知しました。」

村へ

食事が終わると役場へ出向き研究所から預かっていた書類を窓口へ提出した。
役人はペラペラと書類を確認すると一通り判子を押してその内の一枚を私に手渡す。
そして、一枚を控えとしてあちらで保管し残りを提出用の棚に入れた。
役人に宿を紹介してもらいそこで一泊。翌日、目的の村まで歩いた。
村は都市部からさほど離れた場所ではなく、
街との往来もかなりあったので道も整備されていた。
車輪付きのハンマーを運搬するルーナにとっては街の石畳などよりも
このような綺麗に慣らされた土の道の方が動きやすかった。
街を抜け自然の風景が見えてきたころで
川辺に生える背の高い植物の間に生き物の陰が見える。

「なにかいない?」
「あれが、パディキャンサーだね。」
その辺で千切った草に火をつけて煙を嗅いでいたストリクスが
じっと目を凝らして動く影を見た。弓を使うだけあって視力はいい。
「身長は1.5mくらいかな。変異種だから手配されてるのはもっとデカいんだろうねぇ。」
「動くたびに独特な音がしますがあれは足音ですか?」
「それはこれだな。ショックを与えると弾けるんだ。」
「なにそれ、腸詰め?」
「いや、植物だ。」
細長く茶色い植物を手に取り人のいない場所に投げると周囲に破裂音が響いた。
その音を聞いてこちらの存在を確認した蟹達は横歩きで逃げ出す。
「案外臆病なのね。」
「原生生物なんてそんなもんだよ。人を襲うやつの方が特別なんだ。」
そう言いながらストリクスは草から出る煙を吸い吐き出した。

それから数時間歩く。昼を過ぎ日がやや傾いてきた。
周囲の植物が野性的な自然ではなく人工的な秩序を見せ始めた。
一行は農村にたどり着いた。

農村

「よう、ここはゲゲ村だぜ。」
「ご丁寧にどうも。」
筋肉質な男性がこちらに話しかけてきた。
シノは彼の方を向き丁寧に頭を下げる。
「ねえ、私たち村長さんに会いたいんだけど。」
「それならこの道をまっすぐ行って右に曲がると倉庫がある。今はそこの事務所にいるはずだぜ。」
「ありがとう。」
情報に対し三人で礼を言って指示された方へ向かう。
しばらく歩いたところでルーナが口を開いた。
「ねえ、あの人なんで突然村の名前言ってきたの?」
「旅をしてた時はよく見かけたので当たり前になってましたけど確かに不思議ですね。」
「よく見かけるんだ…」
「嬢ちゃんは本格的な旅すんの初めてだもんな。」
「うん。」
「ほら、看板立てても旅人が文字読めないかもしれないだろ。そのための気遣いって奴だよ。」
「なるほど」
「それに、ここみたいな街に近い場所なら別だけど田舎に行くと村に文字読める奴が少なかったりするんだ。そういう場合は口伝で村の名前伝えないといけないんだ。」
「あぁ、それで名前を口にする機会を作るために話しかけるんですね。」
「そういう事だな。大抵は入り口付近の住人が担当してるみたいだ。」
「ふぅん。」
そんなことを話していると大きな建物が見えてきた。
周囲の建物と比べて立派な扉がついた入り口の前に小さな小屋がある。
他に目立った建物がないことからこれがあの男性が言った倉庫だと判断し事務所の扉を開いた。

村長

「ごめんください。」
挨拶をしながらルーナが一人小屋の中に入ると
奥の机に座っている口が広く少し油っぽい肌の壮年の男性が反応した。
「はい、どうしました?」
「えっと、村長さんはあなたですか?」
「ええ、私がここの代表ということになっています。」
「通信施設の調整と言うことでソーソルミアから参りました。」
「ああ、伺っております。」
そう言うと村長はガチャガチャと椅子を並べた。
「お連れの方もどうぞ。」
「ありがとうございます。」
ルーナはを引き寄せて腰かけた。
入り口に待機していた二人も軽く礼をしながら続く。
三人が座ったことを確認して自分の席に戻った村長に書類を渡す。
「これが作業の資料です。で、こちらがサインを頂いて我々が受け取る分です。」
やや早口なルーナの説明を村長は頷きながら聞いていた。
「分かりました。しばらくお待ち下さい。」
そう言うと村長は書類を眺めながらふと思い出した事を口にする
「そういえば最近この辺りに原生生物の大量発生がありまして。」
ほら来たといった顔で三人は顔を見合わせる。
「街の方で聞きました。甲殻類が出るとか。」
「ええ、普段は臆病な奴等なんですがボスが現れて凶暴化したみたいで、今は自警団連れて農作業やってるとこなんですがね。」
「倒しに行ったりとかはなさらないんですか?」
「倒すにこしたことはないんですがね。一応日常の作業はできてますし農民に毛が生えた程度の自警団に戦わせるよりも腕に自身のある人に任せたほうがいいだろうと思いまして国に依頼を出しているところです。我が国の地上戦力は傭兵部隊や冒険者への依頼が中心なのでどちらかが来るかと。」
「なるほど。」
村長はルーナと会話をしながら書類にサインをし、添付していた地図に丸を書き込んでルーナに差し出した。
「この囲んだ範囲が蟹がいる場所です。」
「これはこれはありがとうございます。」
書類を受け取り大袈裟に指をふりながらサインを確認した。
「サインも大丈夫ですね。受け取ります。それで、明日作業にかかりますがよろしいでしょうか?」
「はい、何かお手伝いすることなどは?」
「いえ、この地図だけで十分です。…ただ、ここ宿とかは無いですよね。」
観光地というわけでもなく交通の要所といったようにも見えない。そして、都市から半端な距離の村にある。宿などはありそうになかった。
「でしたら私が管理している空き家をお使いください。」
「ありがとうございます。宿泊費は後で支払いますので領収書お願いできますか?」
「いえ、そのような…」
「大丈夫です、後で上から貰えることになってるんで。金額の設定が難しいのであれば街の宿の相場に合わせますがそれでよろしいでしょうか?」
「はい…」
「では終了後また伺います」
村長から鍵と地図を受け取ると一行は小屋を出た。
「ちょっと緊張してたな。」
「最後は畳み掛けるようでした。」
「営業みたいなのは慣れてないから。」
「まぁ、お疲れさん。で、戦うのかい?」
「やってみる?」
「私は、戦ってみたいです。」
普段は大人しいシノが積極的だった。
「まぁ、ここ突っ切るのが一番近道だしね。あえて避けずあえて探さずいれば戦うくらいでいこうか。」
「妥当だな、危なくなったら逃げんだぞ。」
「はぁい。」

宿

この村での拠点となる空き家に着いた。
荷物を下ろし簡単な掃除をしてそれぞれ寝るスペースを決めているといつの間にか夜になっている。
夕食は村長からの差し入れが入った。
街で食べたのと似た煮物だがパンではなく米が添えられている。
元々米食が盛んな国から来たシノはこちらの方が食べやすいようだった。
食事が終わるとシノが食器を回収し軽く水で流してから入り口に置いた。
料理の独特なにおいが残っていることにシノは納得できない顔をしていたが洗う道具もないのでそこは諦めさせた。
三人はそれぞれ自由時間に入る。
シノは刀身を作っては溶かしを繰り返し適当な植物で刀の切れ味を確かめている。
ストリクスは弓の手入れをしているようだった。
一人何もしないのも気まずいと思ったルーナはとりあえず武器であるハンマーを握ってみる。
ルーナの職業である魔法技術士の能力は『分析』と『点火』。『分析』により道具の使用法や状況など様々な情報を
随時リアルタイムで読み取りながら『点火』で少量の魔力を流し魔法物質を活性化させる。
複雑なギミックと多数の魔法物質が内蔵された魔法機械を『分析』と『点火』、『入力』と『出力』により制御し工作や戦闘に利用するのが魔法技術士である。
このハンマーは実際はジェネレーターという魔法機械である。
魔法エネルギーの元である魔導セルと属性を確定するプリントストーンという二つの魔法物質加工品を内蔵しそれらに少量の魔力を送り活性化し生み出された
各属性のエネルギーを取り出し魔動工具に流して魔動工具を動作させるのが主な使用法だがもう一つの使い方として振り回して敵にぶつければ
プリントストーンに対応したエネルギーを叩き込むことが出来る。
これがハンマーと呼ばれている所以である。母国で使っていたハンマーは作業用だった。今、手元にあるのは戦闘用。
作業用に比べるとスマートで振り回す為にある印象が強い。
握った手から魔力を流し自身とハンマーを繋げる。ハンマーから情報が流れ込んでくる感覚。
頭の中にスペック、構造、内蔵機能と機能や)拡張に使える媒体の種類、そして声……
「このジェネレーターは重量物です。持ち上げて使用する場合は重力制御を併用し腰に負担のない正しい姿勢で安全に使用しましょう。」
「あっ、はい。」
推奨する姿勢が頭に流れ込んでくる。
(そっからかぁ……)
ルーナは立ち上がるとハンマーを持ち上げ軽く素振りした。

出勤の時間

村から通信施設まで田園地帯のあぜ道を歩く
村長が地図に印をつけた場所、
村長が避けるべきだと伝えようとしたと思われる場所に足を踏み入れた。
霧のような物が視界を制限し
空間が人を拒絶しているような感覚。
それは、この場所がすでに人と敵対する者の領域となっていることを伝えていた。
「ふむ、いるねぇ。あそことあそこと……」
ストリクスがあぜ道に立つ数体のパディキャンサーと、
周囲の盛り上がった泥を指差す。
「あれもなの?」
「うん、泥塗って擬態してるんだろうねぇ。」
そのパディキャンサーと言う名の原生生物は背中に甲羅、最上段の足(鉗脚)に鋏を持つ蟹の特徴を備えている。
しかし、一般的な蟹が正面に褌状の腹があるのに対し
パディキャンサーの腹は甲羅から独立し足が生え下半身のような物を作っていた。
陸上ではその下半身を使って直立している。
その体高は1.5m強でやや小柄な人間ほどだった。

原生生物との接触

「行きます。」
そう言うとシノが一体のパディキャンサーに向かって走り出した。
「がんばれぇ、切込隊長。」
ストリクスの声援が聞こえているのかいないのか特に反応はせずに相手に向けて距離を詰めて刀を抜く。
『紅蓮』と名付けられたこの刀は武器分類上は正規の刀ではない。
水と土の属性を持たせ、握れば液体が湧き出す柄。
使用者であるシノの力を増幅して氷魔導を行使する鞘。
この柄と鞘の一組で構成される武器が『紅蓮』である。
鞘から抜かれた柄からは液体が迸りすぐさま氷魔導により凍結し氷の刃となる。
シノは氷で出来た刀を目の前の原生生物に振り下ろした。
パディキャンサーはすぐに足で前面を覆う防御の態勢に入る。
刀は左鉗脚に当たりその衝撃は殻の中の空洞を反響し周囲には気の抜けた音が響いた。
(殻に刃は通らないか)
シノはもう一度刀を振り上げると力任せに鉗脚に叩きつけた。
氷の刃は粉砕しその残骸が周囲に舞う。
「リド—凍れ—」
シノがそう呟くと刃だった物が鋏に張り付き氷塊を作り出した。
片脚の重量が急激に増加しバランスを崩し脚に隠れていた頭部が露になる。
その隙に氷の刃を再生しその口腔にねじ込み内部を凍結させた。
体内で凍り付いた刃は無理に抜かず魔力操作で強度を低下させて折り、新しい刃を作る。
後ずさり、間合いをとると原生生物は今まで胸部を守る為張り付けていた胸脚をこちらに向けた。
防御よりも攻撃が必要と考えたのだろう、尖った足でこちらを突く。
シノはパディキャンサーの攻撃を間合いを取って回避すると逆に無防備な胴を突いた。
刀は胸部の凹凸により体節に滑り込み、切っ先に力を入れると若干の手ごたえの後に体内に埋まっていった。
シノは反撃を受けぬ様に刀を折り素早く距離を取るとパディキャンサーはすぐに動かなくなり前のめりに崩れ落ちた。

「へぇ、すごいすごい。」
先行したシノから100m後方、
ルーナとストリクスは彼の戦いぶりを眺めていた。
「じゃあ、こっちも行こうか。」
ストリクスは水路に弓を構えると、
少しずつこちらに向かう泥塊を射る。
泥塊に当たった矢は水面に一度浮かんだ後、少しずつ沈んでいった。
「あっちゃあ、刺さんねぇや。」
頭を掻きながら水路から距離をとると、
泥塊は水面から浮かび上がると急速にこちらに接近する。
それは、泥を纏ったパディキャンサーだった。
パディキャンサーが二人の足元にたどり着き、
盛大な水しぶきを上げながら立ち上がった。
ルーナは自身と魔法機械ハンマーを接続する。
(このジェネレーターは……)
(はいはい)
注意事項が頭に流れるのを感じながらパディキャンサーと向かいあった。
内蔵された重力制御で軽量化して振り上る。
「あんまり泥とばさないでよ。」
ぼやきながら目の前のパディキャンサーに思い切り叩きつけた。
振り下ろしながら重量を元に戻す。
頭を狙ったその打撃をパディキャンサーは右の鉗脚で阻む。
その衝撃は殻に穴を明け軽くよろめかせたが、
すぐに体勢をたて直し鉗脚で薙ぐ。
その鉗脚の動きに合わせてハンマーを振るうとパディキャンサーの鉗脚が根元で逆に曲がり折れた。
しばらくの間未練がましくぶら下がっていたがすぐに外れてし武器を上げなながら水路に沈む。
左鉗脚を殴ったハンマーを振り戻しその勢いを胸部に叩きつけた。
胸脚が砕けて胸に突き刺さる。
これにはパディキャンサーも怯み後ろに下がろうとするが、
身体の構造上後方への移動はスムーズにいかない。
「ていっ。」
ルーナが叫ぶとハンマーを頭を守る右鉗脚に振る。
殻にできた穴が拡大する。
もう一度振る。穴が拡大する。
これを数回繰り返すと右鉗脚の殻はボロボロになったので一際強力な打撃を加える。
「どっせい!」
振り下ろされたハンマーは右鉗脚の鋏だったものを巻き込みながら頭にめり込んでいった。
ルーナはストリクスを振り返る。
「役立たず。」
「面目ねえ。」
笑いながら答えるストリクスだったが、
右手水田方向から走りよる影に気付くと突然目が鋭くなる。
そして、一体のパディキャンサーに対して矢を放った。
その矢は殻を貫通し内部にダメージを与える。
一本、二本、三本刺さったところでパディキャンサーは動きを止めた。
「あれ、刺さるじゃん。」
「ん、あぁ。色が違うから撃ってみたんだけどあれはソフトシェルかな?」
「種類が違うの?」
「いや、甲殻類は脱皮したあとしばらく柔らかくなるんだ。」
「ふぅん、じゃあそれ狙って。」
「あいよっと。」

魔法鎚

その後、シノには常に複数体の敵が向かってくる。
それぞれ手足を凍らせて動きを制限し守りの薄くなった胴を突いた。
戦闘はパターン化し、スマートで危なげがない。それに対して…
「なぁ、嬢ちゃん。やり方がちょっと乱暴すぎねえか?」
「そりゃあ、戦ってるんだから乱暴にもなるでしょう。」
「いやぁ、そうじゃなくてだなぁ…」
防御態勢に入っているパディキャンサーに対しルーナは何度もハンマーを振るう。
身体を守る脚が砕けボロボロになり機能しなくなるまで殴り続けてた。
ストリクスはシノの足元に接近するパディキャンサーに対し矢を放つ。
矢は殻に弾かれたがそれに気づいたシノが先制攻撃を行う。
シノが自分の方を見て頷いたのを確認しストリクスは話を続けた。
「うん、なんていうかもっと…エレガント。」
「エレガント?」
「いや、ダイナミックとかでいいや。」
「はぁ、じゃあなんか属性入れてみる。」
「まぁ、蟹だし焼いてみるか。」
「はぁい」
ルーナはウエストバッグに手を入れると中からカードを取り出した。
魔法機械に属性を付与する小型の石版である。
ほとんどの魔法機械はこの石板によってエネルギーの補給や属性の変化を行う。
現在使っているハンマーは非接触読み取り式なのでカードリッジ読み取り部にかざした。
ハンマーから注意事項が流れる。
(火の属性が付与されました。これよりハンマーを使用すると付与した属性を持った爆発を伴います。周囲を確認し他の作業者を巻き込まないように注意しましょう。
(はいはい、わかってる。)
脳内に直接流れる声にいちいち返事をしながらハンマーを構えた。
「嬢ちゃん後ろ。」
ルーナが首だけで背後を振り返るとパディキャンサーが一体こちらに迫っている。
その顔を睨みつけながらハンマーの柄を握った。
ハンマーの魔術情報が急速に脳に流れ込む。
機能させることができる最低魔力量と暴走や自爆を招かない最大魔力量を読み取り
その枠内に収まる量の魔力を的確に流し込む。
流し込んだ魔力は内部の魔力増幅回路を開放し比例した量の魔力を魔導セルから引き出し
属性付与回路を通すことで火のエネルギーとなりハンマー頭部に充填される。
「爆発。」
ルーナがそう叫ぶとハンマーの片側の口からエネルギーが放出され爆発。
ハンマーを壮絶な勢いで押し出す。
その勢いに任せルーナはスピンしハンマーを目の前のパディキャンサーに叩きつける。
パディキャンサーの脇腹を守っていた堅牢な甲羅は砕け、ハンマーが内部に埋まっている。
反動がルーナの身体を引きずり移動させた。
今まで彼女がいた場所に振り下ろされたパディキャンサーの鉗脚は紙一重で顔の横を掠め地面に落ちる。
あの鋏をぶつけられればただでは済まなかっただろう。
その事実がルーナの背筋を凍らせ、心拍を上げ、口角を上げた。
「もう一発。」
ハンマーのエネルギーを開放すると殻の中に火が溢れる。
火だるまになった原生生物は殻の中の圧力が上昇しハンマーを吐き出しながら吹き飛んだ。
「あはははははははははははははははははっ」
殻を赤く染めながら転げ回る原生生物を見てルーナは笑いが止まらなくなった。
ストリクスは周囲のソフトシェルを処理しながらその様を見て眉をひそめた。
「大丈夫かよ。」
「大丈夫大丈夫っと。」
ルーナは笑いながら次の目標に向かい火を吹くハンマーを叩きつけた。
ハンマーは脚を砕き、甲羅を砕き、最後はその身体を焼いていった。

大蟹

三人はそれぞれ付近の敵を倒しながら賞金首のいる危険地帯とその先の魔法通信施設へ向かって進んで行った。
見晴らしのいい田園を抜けまばらに木が生えた林に入る。そこには沼があった。
ストリクスはその沼をじっと見つめる。
「いるねぇ。」
「やっぱり、いかにもだもんね。」
「どこですか?」
「ほら、あの辺あの辺。」
視力と勘のいいストリクスには泥の中に盛り上がっている部分があるのが分かるらしい。
他の二人は全く分からなかったがなにかの気配を感じとることが出来た。
「で、どうする?」
「…いっそ凍らせる?」
「一人では難しいですね。」
「ハンマーに氷属性付けて手伝えばいけないかな。」
「うわぁ、えげつないねぇ。」
ルーナの提案にストリクスは手振りを交えて大げさに驚いた。
「じゃあ、私とシノちゃんが前衛でおいちゃんは後ろに隠れて。」
「はい。」
「はぁい。」
「まず私とシノちゃんで沼凍らせて同時においちゃんが矢で場所を教えて。」
指示を受けた二人は頷きながら聞く。
「動きださなきゃそのまま追撃で暴れるみたいならシノちゃんが手足封じて私が殴るみたいな感じかな。」
「承知しました。」
「なるほどねぇ。じゃあ、おいちゃんはその辺の木の上にでも登っとくよ。」
そう言うとストリクスは周囲を見渡し木々の中に跳躍した。
シノはゆっくりと沼に近づいた。泥や藻のような物が浮いている。
ルーナは沼に向かって歩きながらカートリッジをハンマーに接触させ氷属性を付与した。
「じゃあ、やるよ。」
ルーナがハンマーを一度高く掲げ掛け声とともに振り下ろした。
「そーれぃ!」
ハンマーが水面に接触すると同時に冷気の爆発が起きる。
同時にシノは刀の鞘に触れて氷の魔力を周囲に広げた。
水面の波が止まり白い霧がうっすらと現れ、沼は凍結した。
氷の厚みは10数cm程だろうか。
「これ、ダメージあるんですかね?」
「不安になってきた。もしかしたら氷の下に逃げたり?」
ルーナは後方の木の上に陣取っているストリクスに目を向ける。
すると、ストリクスは沼に指をさした。どうやらまだいるらしい。
ルーナが頷くとストリクスは弓を構えて矢を放った。
その矢は沼の中心近い場所に当たり氷に傷をつけると弾かれて氷上を滑った。
ルーナとシノは氷の強度を確かめると矢で出来た傷に向かいゆっくりと歩く。
傷の位置まであと5m程まで近づいた時、氷の下で影が動く。
「下がれ!」
こう言われた時には何も考えずに動くというのは危険な現場の鉄則である。
ルーナは驚きながらも距離を取りシノは刀を抜きながらゆっくり後ずさる。
すると、沼の中央から水柱が上がり中から4m超の巨大な原生生物が現れた。
賞金首のマッドキャンサーだ。
「でかっ。」
氷の欠片が降り注ぐ中ルーナは驚愕しつつもマッドキャンサーの方向に身体を向ける。
大まかには1.5m級とほぼ同じで大きな鋏と甲羅が目を引く甲殻類である。
その身体は泥に塗れ藻のような物もところどころ巻き付いていた。

フルスイング

原生生物はのそのそと旋回すると凍結した沼の上で刀を構えるシノと目が合った。
同時にシノが動く。氷上を滑るように一気に近づき胸部に突きを入れた。
刃が体節に滑り込むように入っていくが、
「通らない?」
さっきまで戦っていた1.5m級と比べて体節部分が硬くなっている。
力を入れれば刺さるだろうかと考えた時、右から鉗脚が迫ってきた。
シノは紙一重で避けながらも刀をぶつけ氷の力を使う。
一瞬動きが鈍ったがすぐに左鉗脚の無事を確かめるように鋏を開閉する。
その時、原生生物の背後から打撃音がして原生生物が前方によろけた。
ルーナのハンマーの一撃だった。
「どりゃあ」
ルーナが叫びながら甲羅にハンマーを二打目を叩き込む。
突然の打撃に一打目は驚いたようだったが。二打目ともなると反応は薄い。
打撃では甲羅の硬さに阻まれ効果がないと判断したルーナはハンマーと意識を繋げる。
「爆発」
ハンマーの片側が爆発。
衝撃に押し出されたハンマーが弧を描きながら甲羅に突進する。しかし、手応えはない。
甲羅に接触したハンマーの頭は泥や藻類によって甲羅の曲面を滑った。
勢いそのままに対象を通り過ぎ宙に投げ出されたハンマーに引きずられルーナは半回転して転倒した。
原生生物の甲羅の一部が熱で赤く染まったがすぐに泥で黒く染まる。
決定打を与えられないシノを捨て置き旋回してルーナの方を向いた。
突き出した両目でルーナを捉えると右腕を振り上げる。
空振り転倒したルーナは地面にうずくまり身動きができない。
「姫っ」
シノは原生生物とルーナの間に滑り込むと刀を沼の氷面に突き立て引き抜いた。
刀の軌道に沿って氷柱がそびえ立ち振り下ろされた原生生物の鉗脚を受け止める。
原生生物はすぐに左鉗脚を振り上げ薙ぐような動きでシノを叩く。
シノはすぐに刃を形成し受け止めるが力で押し切られて吹き飛ばされた。
地面に背中を打ち悶える。
邪魔者消えたことを確認すると目の前の敵に止めを刺すために視線を動かす。
その時、原生生物の頭部の泥が弾けた。
茶色い雫が降り注ぐ中に矢が一本混ざっている。
原生生物は一瞬狼狽えるような仕草をとった後矢が飛んできた方に振り返った。
そこには弓を構えるストリクスがいた。
つがえた矢には円柱状の植物が括りつけてある。爆竹草と呼ばれる植物だった。
その穂は衝撃を与えると弾ける性質があり品種によっては火薬の材料になる。
この地域に自生している物はそれほどまでの威力は無いが刺激性の花粉をばらまきながら弾ける為、原生生物の気を引くのには充分だった。
ストリクスが次の矢を放つ。
しかし、即座に防御態勢に入った原生生物の鉗脚に阻まれその爪の泥を落としただけだった。
次の弓に手をかけるストリクスは身体を押さえ回復しているシノと目が合う。
「こっちが気を引いてる内に嬢ちゃんを頼む。」
声が届かない事を前提として身振り手振りでどうにか気付かせようとする。
シノはその意図を読み取り大きく頷いてみせた。
原生生物は下半身に生えた脚を巧みに動かしながらストリクスの方に向かう。

作戦会議

ルーナから気がそれた事を確認してにシノはルーナの元へと駆け寄り脇に腕を入れると引きずって安全な場所まで移動した。
その間地面に強く打った右肩を抑え苦しんでいる様子だったので意識はあると判断し簡単な回復魔導を使用した。すると、痛みは軽くなり数回深呼吸をすると会話ができるくらいまで回復した。
「ごめん、今どうなってる?」
「ストリクスさんが敵の気を引いています。」
「えっと、わたしは自爆したんだっけ。」
「はい、私は刀が通らず腕で叩かれてしばらく動けなくなっていました。」
「甲羅は硬くて丸くてドロドロ。弱く叩けば効かないし思い切り叩くと滑る」
「打つ手なしですか?」
シノは口に手を当てながら少しうつむいた。
ルーナは呼吸を整えようと深呼吸しながら考える。
「すぅ…はぁ…そうだ、あれ使うのはどう?」
「あれってどれですか?」
「ほら、あれよあれ…えっと、サンダー」
シノはキョトンとした顔で聞き返した。
「雷ですか?」
「えっと、属性は雷じゃなくて風と土。”thunder”じゃなくて”sander”」
「サンダー?さんだぁ?」
バッグを弄り中身を確認しながら説明をしようとする。
南東部出身であるシノと生粋の西部人であるルーナでは時々言葉に壁を感じることがあった。
「あぁ、これこれ」
目当てのカートリッジを見つけてシノに差し出す。シノはそれに手をかざした。
彼も魔法技術士としての訓練は受けているので道具を渡せば分析し使用法を読み取ることはできる。
「なるほど、防御は削れそうですが。」
「後はがんばって刀突っ込んでデカいタガネでも作ってくれれば叩き込むから。」
「了解。」
ルーナは倒れたときに落としたハンマーに歩み寄り柄を掴んで振り上げ頭を肩にのせた。

反撃

ストリクスは木々の間を跳びながら原生生物から逃げていた。
原生生物はストリクスが足場にした木を鉗脚の鋏を使いまるで稲科の茎のように折っていく。
二人はもう逃げただろうか?それともこっちに向かってくるのだろうか?
どちらにしても一度撒いて二人に合流したい。
ストリクスがそんな事を考えている間にも原生生物は足場の木を掴む。
(まずい)
次の足場を探している時、シノの姿が目に入った。川を指差している。
ストリクスは一度地面に降り川に向かって走った。
さっきの沼よりも少しだけ透明度が高い川の岩の位置を把握してそこを足場に走る。
後方では原生生物が胸部の脚を地面に叩きつけながら追いかけてくる。
脚が振り下ろされる気配を感じる度に冷や汗をかきながら逃げていると途端に背後が静かになった。
振り返ると原生生物の足元が凍結している。
もがく原生生物の股の下をスライディングで通過してシノが正面に立つ。
刀を構えるシノに原生生物は右の鉗脚を振り鋏で掴みかかった。
空振りして音を立てる鋏を川の水と刀から湧き出した水で絡め取りそのまま凍結する。
次に左鉗脚を叩きつけたがそれも寸前で回避して足元の氷に埋め込み凍結した。
「姫!」
シノが叫ぶと原生生物の背後にルーナが現れた。
ルーナはハンマーにカートリッジを当てた。属性は風と土。
新しい機能がハンマーを通じて頭の中に流れ込んでくる。
そして言語データが脳内に再生された。
「この機能は高速回転を伴います。巻き込みの無いように身につけた衣類、アクセサリーを垂らさないようにしてください。」
土の力を纏ったハンマーを一度地面に叩きつけると表面に硬度の高い石が絡みついた。次に風の力を込めると内部に圧縮された空気が発生し内蔵された風車を高速回転させながら排気口から吐き出されていく。そしてハンマー頭部両端を吸引し内部でギアが噛み合うことで頭部の両端が回転を始めた。
「はぁぁぁぁっ」
ルーナが原生生物の甲羅右側面に小石を纏い高速回転するハンマーを押し当てると表面の石が甲羅についた泥を絡め取り弾き飛ばしていく。丸裸になった甲羅に小石が傷をつけていき粉末になった甲羅を撒き散らしながら少しずつ削り取っている。
氷塊と化した右鉗脚をシノに向かって振り回していた原生生物はここにきて異常に気づく。
右鉗脚を川に固定して凍結された腹脚に何度も叩きつ脱出を図る。
シノは川に凍結の魔導を使い必死に止めようとするが抜け出されてしまい凍結し氷面に固定された左鉗脚を視点にして身体を持ち上げてハンマーによる研磨から抜け出した。
右鉗脚をブンブンと振り回してルーナを近寄らせないようにする。
ルーナも一旦距離をとってやり過ごした。
その隙に原生生物は左鉗脚を川に張った氷ごと引き上げた。氷塊に包まれてはいるが自由に動かせるようになった両腕を持ち上げルーナに接近しようとしたときだった。
「……!?」
原生生物の背中には氷の刀が刺さっていた。
本来刃物など通さない甲羅だったが研磨され平らになり薄くなった部分は容易に貫くことができた。
動揺する原生生物に刺さる刃を刀の柄から抜く。
「凍れ!」
叫ぶと刃の刺さった部分は原生生物の体内で氷塊を作り容易に抜けないかえしを作り、
体外に出た部分は太く長いノミ状の氷柱を作り上げた。
「どっせい!!」
シノが気を引いている間にハンマーに火を付与したルーナは爆発の推進力を使いハンマーを氷柱に叩き込んだ。押し込まれた氷柱は甲羅を砕き押し分け穴を広げる。
原生生物は一瞬右半身が宙に浮かび自重で地面に叩き付けられる。
その衝撃で氷柱は体外へ押し出される。
かえしの氷塊が一度殻に引っ掛かったが周囲を砕きズルリと排出された。
未だ氷漬けの左鉗脚を連続で足元に叩きつける。
氷、土、泥、爪の破片が飛び散りルーナとシノの視界を奪う。
破片としぶきの波状攻撃が収り目を開いた時、原生生物は左右の鉗脚を振り上げ二人を捉えていた。
シノとルーナはお互いを見る。
自分は逃げられるか。
相手は逃げられるか。
助けに行くべきか。
それぞれ自分の身を守ることに専念するべきか。
二人が思考を張り巡らせているときだった。
「逃げろ。」
声が聞こえて身体がとっさに逃げる姿勢を取る。
その時、矢が飛来して原生生物の殻に空いた穴の中に吸い込まれるように入っていった。
同時に原生生物の体内から破裂音が響き一瞬ピクリと身体が動いたかと思うと
フラフラと左右に歩きそして倒れた。
仰向けに倒れた状態で胸から腹にかけて全ての脚をばたつかせてもがいている。
「大丈夫かい。」
ストリクスが二人に声をかけた。
「はい、危ないところでしたがどうにか。」
「ところであれはなに?」
「爆竹草っていうの?その辺に生えてる植物を矢に巻き付けてとばした。あれ当たったら爆ぜて刺激物まき散らすんだよ。」
「へぇ、それでああなってるんだ。」
すぐに攻撃されない距離を保ちつつ倒れた原生生物を見る。
さっきまでじたばたと動いていた脚は落ち着いてゆっくりと曲げ伸ばしを繰り返している。
「少し可哀想ですね。」
「うん?」
シノは原生生物に向かって歩いた。少しずつ近づきやがて原生生物の間合いに入る。
原生生物は足をシノに向かって振り回すが、苦し紛れの攻撃は簡単に回避できた。
弱りきった原生生物の脚の死角を縫いながら胸部に立ち刀を突き立てた。
やはり抵抗は強く容易に貫くことはできない。
逆手に持ち体重を掛けて押し込むと徐々に刀身が入っていく。
全て飲み込まれたところでシノは刀を折り原生生物の上から飛び降りた。
「介錯だ、凍れ」
原生生物の身体は一気に凍結し体液は青い結晶となって節々から突き出した。
「そうか、お前は青い花を咲かせるんだな。」
原生生物の動きが止まる。シノは柄だけになった刀を鞘に収めた。

「なにあれ?」
「手向けの花みたいなもんじゃねえの」
「えぐっ」
シノに聞こえない程度の声でつぶやきながらルーナとストリクスも原生生物に近づく。
「終わりましたよ」
「ご苦労さま。依頼の達成条件は両爪の提出だから…」
原生生物の鉗脚を見る。
さっきまで暴れまわっていたのが嘘のようにだらしなく垂れ下がっていたが、
その堅牢な殻は健在だった。
「これは骨が折れるかもね。」
ハンマーを研磨用にすると頭を高速回転して関節に当てた。
殻を徐々に削り取り刀で切断できるようになるまで数十分を要した。

魔法通信塔

「なんか、疲れた。」
「えっと、本来の目的忘れてねぇよな。」
「もう少しです、頑張りましょう。」
「分かってる。」
原生生物を倒し更に深部へ進む三人。
三人が通過した後には地面を引きずる跡が二つ残っている。
ストリクスが原生生物の爪を二つ運んでいた。
「それ、重くないですか。」
シノはストリクスに手を差し出す。
その手に原生生物の爪を片方持たせた。
渡された爪は中身がほとんど抜かれており見た目よりは軽い。
「あんがとさん、っと重くは無いんだが少々かさばってね。」
「…確かにこれはどこを持てばいいんでしょうかね。」
「だろう」
全体的に丸みを帯びていてどこを掴んでも滑ってしまう。
かろうじて手首の切り口や爪先を掴むがそれでも力を入れ難いことに変わりはなかった。
ずり爪がずり下がる度に引き揚げながら少しずつ前進している。
すると、木々の隙間に人工物が見えた。
「見えた、あれだね通信塔」
その施設は柵の中にフレームで構成された金属の塔が建っている物だった。
ルーナが先行して到着、遅れて荷物に手こずる二人が続く。
持ってきた爪を柵にたてかけながらストリクスは上を見上げる。
「高いな。」
「高いですね。」
「高いね。」
約20m程だろうか周囲の木々よりも高い。
三人ともこれよりも高い建造物を見たことが無いわけではないが
そのシンプルなデザインは感覚として高さを感じやすかった。

「じゃあ入るよ。」
塔の周囲を覆う柵の門に手をかけるルーナ。しかし、そこで動きが止まる。
「……どうした、嬢ちゃん。」
「開かない」
「それが開き止めになっているのでは?」
「あぁ、ほんとだ。」
門に取り付けられた筒と地面に埋め込まれた筒。
2つの筒を金属の棒で貫くことで門を固定していた。
鍵などがないことからこれは対人用ではなく他の生物の侵入防止用であろう。
金属の棒には垂直に短い棒が溶接されているのでルーナはそれを握り力を入れて持ち上げる。
「………」
「どうした、嬢ちゃん。抜かないのかい?」
「抜けない。」
「あぁ、これ錆びてますね。」
言いながらシノは取っ手を掴み数回引っ張る。
びくともしない事を確認するとシノは刀を抜き刀身を形成していた
氷を液体にして棒にかけすぐに鞘に納めた。
濡れた棒をハンマーで叩くと筒と棒の接触部から徐々に錆混じりの液が流れ出る。
棒がハンマーの衝撃に答えて上下するようになったのを確認してシノは棒を掴みひねりながら上に引っこ抜いた。
「外れました。」
「あぁ、ほんとだ。」
「便利なもんだねぇ。」
「ええ、元々金属整備用の水なので。」
「悲鳴上げてるうちのドアのヒンジも頼めねえか。」
「専用の油脂を買った方が良いと思いますよ。」
「……」
「じゃあ、改めて開けましょうか。」
ルーナが力を込めると柵の門が開いた。
塔の根元の中心には四角い石碑がある。
「あれね。」
「俺らはなんかやることあんのかい。」
「周囲警戒、やばいのが来ないように見張っといて。」
「あいよ。」
「わかりました。」
ルーナは石碑に歩み寄り手を触れるとそこから情報が流れ込んできた。
魔法的な接続には問題はない構造的には各金属部の老朽化が見られるが
まだまだ早急に修理が必要な程ではない。
そして通信に用いられる魔力の波を作り出す為の設定。
それらを読み取った状態で持参したプリントストーンを取り出しそちらも情報を読み取る。
プリントストーン内に記入された設定を読み取り石碑の設定をその内容に書き換える。

「……終わった。」
外から見て約十分の瞑想の後周囲に声をかける。
柵の中をウロウロとしていたストリクスとシノが集まる。
「お疲れ様です。」
「早いもんだね。」
「面倒なことは研究所の人たちがやってるからね。」
「なるほど、後は帰るまでがお仕事だねぇ。」
「そうか、あそこまた通るんだ…」
ルーナが分かりやすく項垂れる。
「あまり休むと日が暮れます。頑張りましょう。」
「はぁい」
出てきたときは朝だったが今は昼を過ぎている
三人で柵の門を閉めて開き止めを筒の中に叩き込んで通信施設を後にした。

帰路

帰りは思いのほかスムーズだった。
通信施設から村までの間に戦闘になり倒した原生生物は5体と往路に比べて少ない。
どうやらボスが倒れたことで気が弱くなったらしくほとんど目が合っただけで逃げた。
倒した原生生物の爪を引きずりながら村に辿り着いた時にはもう日が暮れるかというところだった。
「ここはギギの村だぜ。もう夜だ、早く家に帰って寝るんだな。」
「どうも、こんばんは。」
シノが几帳面に挨拶すると青年は立ち去った。
「疲れた、寝たい。」
「ちゃんと服着替えてから寝んだぞ。泥だらけだぜ。」
「姉さんみたいなこと言ってる。」
「ん…あぁ、親衛隊の姉さんねぇ。」
「知ってるの?」
「まぁ、軍にいると色々とね。」
「ふうん」
他愛のない会話をしながら宿を目指す。
周囲は時間が時間だけに人気は少ないが時々農具の手入れをしている人がいる。
時々武装をしている村人ともすれ違う、農作業の護衛をする自警団である。
彼らは三人を見るとひそひそとなにか話しはじめた。
そうこうしている内に宿に到着する。
「なぁ、この爪はどうするんだい。」
「入口の辺りにでも置いといたら。」
「あいよ。」
「盗まれませんか?」
「……まぁ、大丈夫でしょう。」
ルーナはそっけない返事をしシノとストリクスはそれに従う。
この日は心配よりも疲労が勝っていた。
入口に原生生物の爪を置くと家の中に入った。

「失礼します。」
村長が訪れた。
「食事が必要かと聞きに来たのですが表のあれは?」
「ああ、通信施設までの道中で遭遇したのでちょっと。」
「そうですか。一応役所の方にも駆除依頼していたのですがなかなか動いてくれなかったので助かります。」
言葉の割にその態度には戸惑いが見える。
よそから来た作業員がいつの間にか倒したのだからそれも仕方ないだろう。
「それであの原生生物、国から冒険者ギルド通して討伐依頼が出ていたようなので討伐証明などを頂ければと。」
「はい、では手続きなどは通信施設の件とまとめて明日。それで皆さんお怪我などはありませんか?」
「えっと、回復もしたから多分大丈夫かと」
そう答えるルーナの後ろで男二人が自分の身体を確認する。
ストリクスが袖をめくると引っ掻き傷を見つけた。
木々の間を跳んだ時に枝に掛ったのだろう。
「見せてください。」
「この程度なら問題ありません。すぐに治りますよ。」
「悪化してはいけません。見せてください。」
「じゃあ…」
ストリクスが左腕を差し出すと村長が傷に額を擦りつける。
「お食事はどうしましょう。」
「では今日もお言葉に甘えて頂きます。」
「すぐにお持ちします。」
村長は一度家を出た。
左腕を見ながら目をぱちくりさせているストリクスにシノは話しかけた。
「この国の人達の汗には傷を治す効果があるようです。」
「知ってたが塗られたのは初めてだ。」

運ばれた料理は相変わらず香辛料の強い香りを漂わせ、
疲労により忘れていた空腹感を思い出させた。
「どうだった、討伐のお仕事ってのは。」
「割に合わない。」

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