冷戦時代の核実験や民間防衛をめぐるカルチャー

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Pageant 1951年2月の米国都市への核攻撃


海岸沿いの都市に対する核攻撃の仮想報道を掲載したPageant 1951年2月号の記事。


2発の原爆が米国の都市を攻撃
水中核爆発と空中核爆発が、沿岸都市を破壊。数万が死亡・火傷で負傷、放射線
エグゾダス 燃え上がる都市から難民があふれだす。防衛当局からの警告にもかかわらず、道路は数千台の車で渋滞し、レスキューの作業を妨害する。


幼い生存者 氏名不詳の子供が市民病院で頭部の傷の治療を受けている。
パニック 突発的火災で、10番街地下鉄駅で数百名が地下に閉じ込められる。
レスキュー 民間防衛作業者たちが、中心街で救援作業をしている。消火しようという試みはムダ。商業ビルでは炎と戦い、生存者を探して瓦礫を探索する。


大惨事 2発目の原爆投下から2時間後に、陸軍偵察機から見たメインストリート。2万人が核爆発で死亡。原爆はここから数ブロック先に投下された。


衛生兵 自らの生命を危険に曝しながら、放射能汚染地帯で、負傷者を救出する。
死のデザイン 背中に焼き付けられたメイプルリーフの影。
津波 この船は陸地に打ち上げられ、巨大な機関車を撥ね飛ばした。
最期のバス停 レスキューチームのカメラマンが、爆心近くのオークパークバスで撮影した写真。全員死亡。広大な領域が放射能汚染され、レスキューの活動を阻んでいる。
[ "Amazing 1950s Illustrations of American Cities Destroyed by A-Bombs" (2011/08/17) on SFweekly ]





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