スマブラのエロパロスレまとめ

注)流血ないけどリョナっぽい暴力アリ。トレナさん陵辱。


 僕がトレーナーさんと合流してから、もう10日ほど経つ。
 最初はすこしだけちぐはぐだった僕らの共同生活も、すっかり板についてきた。
 僕はその中で、トレーナーさんがどんな人なのかを知ることが出来た。

 トレーナーさんはインストラクターの立場らしく、気真面目でしっかりした人だった。
 話し方には少しドライな感じがするところもあるけど、本当はとっても優く親切だ。僕のことも、何かと気にかけてくれた。

 トレーナーさんが特に気にしていたのは、僕たちの睡眠時間だった。
 こんな状況の中で焦る気持ちは生まれてくるし、そもそも敵がいつ来るか分からない中でうかつに寝ることもできない。実際、僕は一人の間はあまり休みもとらず、寝るにしても敵が怖くて浅い眠りにつくばかりだった。
 でもトレーナーさんは、こんな状況だからこそ睡眠はきっちりとったほうがいいと指摘をした。トレーナーさんが言うには、判断力や思考力が鈍らないようにするには少なくとも七時間の睡眠が必要らしい。そして、二人で行動するなら睡眠と活動の両立が出来る、とも言ってくれた。
 そこで僕らは、日中の行動時間を10時間と定め、残りの14時間を二人で分けて、7時間ずつ交代で睡眠を取ることにした。
 また、規則的な睡眠も重要なことらしく、寝る、起きるという時間も正確に規定したほうがいいと、トレーナーさんはスケジュール管理のプラニングまでしてくれた。

 具体的にはこんな感じだ。

 朝7時〜夕方5時 行動時間(少なくとも二回は三十分以上の休憩をどこかでとる)
 夕方5時〜深夜0時 トレーナーさんが眠り、僕が危険を見張る
 深夜0時〜朝7時 僕が眠り、トレーナーさんが危険を見張る
 ※睡眠時間は起きているパートナーを信頼してぐっすり眠る
 ※ただし、危険が迫った時は必ずパートナーを起こし、二人で対処する

 基本的に野宿するしかない状況でそんなに細かくできるのかと思っていたけど、トレーナーさんは、トレーニング用の時計を持っていたので大丈夫のようだ。

 トレーナーさんはこの計画を話してくれた時
「本当は成長期のリュカさんはもっとちゃんと睡眠を取るべきですが、今の現状ではこれが限界だと思います。行動メンバーがもう一人くらい増えれば、もっと楽になると思うんです。それまでは頑張りましょう」
 と、言っていた。計画はしっかりとして、なおかつ僕のことをかなり気遣ってくれているようだった。
 トレーナーさんの話は、いつもしっかりとしていて安心感がある。僕はもちろん、彼女の立ててくれたプランに賛成して従うことにした。


 実際に言われたとおりに行動してみると、睡眠を中心にした活動サイクルは、トレーナーさんの言う通り重要なことだった。
 僕たちは日中は森を歩いて、時折襲ってくる亜空軍とも戦うなり逃げるなり臨機応変に対応し、そして他のファイターさんがいないかを探し回った。
 幸い、食料は亜空軍を倒すと落とすことがあるので苦労はしなかったけど、こうして過ごしているだけで時間はどんどん過ぎて、あっという間に日が傾いてきてしまう。
「リュカさん、そろそろ日が沈みます。今日はこのあたりで休息を取る場所を探しましょう」
「あっ、もうそんな時間か……。うん、分かった。じゃぁ僕は、薪になりそうな木を集めてくるよ」
 計画では、トレーナーさんが睡眠に入る時間は日が沈む前。その代わり、本来寝るべき深夜には、僕に寝てほしいということみたいだ。トレーナーさんにはちょっと申し訳ないけど、僕は素直に彼女に従う。
 睡眠をとる時間に入る直前には、トレーナーさんが安全に過ごせそうな場所を探し、僕が薪になる木を探すという流れが自然に決まった。
 この世界の夜はけっこう冷えるので、焚き火をして暖を取りながら夜を過ごさないと辛い。それに焚き火をしていれば、もし近くに他のファイターがいる時に煙や明りを合図に見つけてくれるかもしれない。そういういろんな意味もあって、焚き火を準備する僕の役目はけっこう重要だ。
 もちろん、夜に火を焚けば亜空軍に遭遇する可能性を高めることにもなるけれど、今すべきことは一体でも多く亜空軍を退けることじゃなく、一人でも多くのファイターと合流することだ。(これもトレーナーさんの言葉だ)

「では、リュカさん。日付が変わる時になったら起きますから。先に失礼します、おやすみなさい」
「うん、見張りは任せて。おやすみ」
 指定の時間になると、トレーナーさんは地面の上に敷いたシートの上に横になって、速やかに眠りに入る。目を覚ます時間は、僕にも頼っているけれど、自分の持っている時計にタイマーをつけていた。
 トレーナーさんが眠り、無防備な状態になる。ここからは僕が責任を持って頑張らなきゃいけない。僕は周囲を常に気にしつつ、焚き火を絶やさないようにしながら、日が暮れて夜が更けるのを待ち続けた。

 そして僕は、時折トレーナーさんの様子もじっと眺めてみた。
 焚き火の向こう側で穏やかに眠るトレーナーさん。寝ている時もきれいな姿勢で、寝息までリズムが整っている感じがする。白い肌が炎で照らされて赤みがかかり、端正な顔がますますきれいに見えた。
 
 と、僕がトレーナーさんに見とれていると、遠くのほうで、ガサガサと葉が不自然に擦れる音がした。
 まさかファイターさん? と一瞬僕は期待するけど、その期待は大抵裏切られてしまう。たぶん亜空軍だ。焚き火を焚いて目立つようにしている以上、彼らとはよく遭遇するのだ。
 僕はその場ですぐに焚き火を消し(再着火なら僕のPSIですぐ出来る)トレーナーさんには少しだけ寒いのに我慢してもらうことにして、明りを消してから、近くの茂みを探った。
 トレーナーさんの居場所が視界から外れない程度で周囲を調べていると、やっぱり、少し遠いところに亜空軍の集団がうろついている。彼らはあまり知的ではないらしく、狙っていた明りが消えて僕らの位置が分からなくなり、うろうろしているようだ。
 危険があったら必ずお互いを起こす約束だけど、一人で十分処理できるならそのほうが早い。なにより、わざわざトレーナーさんを起こすのは気が引けた。
 僕は相手の頭数を見て、一人でなんとかなりそうだと判断した。そこにいるのはプリム7体とスパー2体。中型以上の敵は見えないし、最近見かける変なプリムもいない。これ以上援軍が来ない限り厄介なことにはならなそうだ。
 彼らのところまで飛び出しても、寝ているトレーナーさんの安否は目で確認できる距離だ、僕はそれを確かめてから、勇気を振り絞って、彼らをやっつけに飛び出した。


 彼らのようないわゆる雑魚敵が相手なら、僕のフリーズやファイヤーを駆使すればあっという間に全滅させることが出来る。でも僕はそれをしなかった。近接攻撃だけでも十分対処できる相手だし、せっかく眠っているトレーナーさんを前に騒々しくするのはあまり好ましくない。僕はPSIで強化した肉弾戦のみで彼らを倒した。
 僕はあの時トレーナーさんに言われた自信を胸に、次々に敵を倒した。時折眠っているトレーナーさんに注意をするけど、トレーナーさんが隙を突かれ襲われている様子もない。大丈夫だ、うまくいく。
 そう思って少しずつ調子が出てきた時、突然、僕の目の前にふわりと新たな敵が現れた。
 出た、このところ何体か見かける、変わり種のプリムだ。
 トレーナーさんを救出した時に見かけた個体はロイさんに良く似た戦法をとる赤茶色い体色のプリムだったけど、この変なプリムにはいろんな種類がいるみたいで、どれも独特で誰かしらのファイターに似ている、そして他より頭がいい戦術を取るのが特徴だ。
 今ぼくの目の前にいるのは、全身の色がダークブルーで、姿勢は少し前傾、手には水で出来た手裏剣を持っているプリムだった。
 やっぱり気のせいじゃない。まるでファイターをコピーしたかのようなプリムだ。このプリムは、ポケモンのファイター、ゲッコウガ君をコピーしている。
 この手のプリムはすごく厄介で、もしかしたら僕一人の手には負えないかもしれない。でも、気持ち良さそうに寝ているトレーナーさんを起こしたくない、その気持ちのほうが、僕の中では強かった。
 僕は拳をぎゅっと握りしめ、その不気味なプリムに立ち向かった。

 世界がまだ平和だったころ、僕はゲッコウガ君と対戦したことがあった。素早くトリッキーな動きについていけず、ダメージを20%も与えられないまま3回も撃墜されて負けてしまったっけ。
 あの頃の再現ではないけれど、僕はやっぱり、そのプリムに苦戦していた。ただ、勝算は十分。僕はここまで、打撃以外のPSIを使わずに戦っている。
 相手はゲッコウガ君に似ているけど彼ほどじゃない。こっちが全力で叩き込めばぜったい勝てる。だめだ、ここで負けるわけにはいかないんだ。ごめんね、トレーナーさん。
「PKサンダー!」
 僕はPSIを解禁した。ここにきていきなり電撃を放った僕に、プリムが怯む。
 でも直接電撃を当てるわけじゃない。僕が狙っていたのは
「えーいっ!!」
 電撃に小回りを利かせて僕の背後まで飛ばし、僕自身に当てて、その電撃の勢いで体当たりだ。
 これは相手にも効いたようだ。体当たりの勢いと、電撃を食らって吹き飛ぶプリム。幸い読みが当たった、電撃が苦手なのはゲッコウガ君と同じだった。
 
 プリムは地面に倒れこみ、他のプリムと同じように影虫になって消滅していく。
 この変なプリムを倒したのは今回がはじめてじゃないけど、消滅の仕方は普通のプリムと同じだった。つかってくる技や戦術以外にも普通のプリムと違いは見られない。
 じゃぁ、このプリムと、これにそっくりなファイターさんとの関係はなんだろう?
 

 とりあえず亜空軍の一団は殲滅完了。僕は急いでトレーナーさんの元へと舞い戻った。
「ん、うーん……」
 いけない、騒がしくしたせいでトレーナーさんが起きかけている。僕はトレーナーさんの腕に手を触れてみた。焚き火を消していたせいで、やっぱりちょっと冷たい。
 僕はすぐにファイヤーで焚き火に火を灯した。トレーナーさんがもうちょっとゆっくり寝られるようにしてあげたかったけど……残念、トレーナーさんはその前の目を覚ましてしまった。
「リュカさん……」
「あっ、トレーナーさん。ごめんなさい、起しちゃって……」
 トレーナーさんは少し眠たそうにしていたけど、すぐに体を起こした。そして、泥だらけになった僕の服を見て、すぐに状況を察したらしい。
「亜空軍ですね」
「うん、でも大丈夫。ぜんぶ追い払ったよ」
 トレーナーさんは、無言で僕を褒めるように笑ってくれたけど、その後で僕に一言だけ注意した。
「リュカさん、私に気を遣って下さったんですね。……しかし、敵と対峙することがあったら、どうか遠慮なく起こしてください。もしも取り返しのつかないことになってしまったら……」
 確かに、どんな弱い敵が相手でも、ちょっとの油断で負ける時は負ける。油断をフォローしあえる二人以上なら、勝率が上がるのは間違いなかった。
 しかも、僕はさっき、あの変なプリムとも戦った。あの時は僕も調子がついていたから勝てたけど、もしも僕が少しでも隙を見せたら……
 理性的に言えば、遠慮なくトレーナーさんを起こして一緒に戦ってもらったほうが確実だった。
 でも、こんな状況でも、僕はそんな判断だけが全てではないと思う。
「うん、分かった。でも大丈夫だよ。眠ってるトレーナーさんを守るくらいのこと、頑張ってしなくちゃ。心配しないで、勝てるか勝てないか判断して、必要な時にはトレーナーさんを起こすから。……僕だってファイターなんだ、戦うのは、その……自分のためだけじゃなくて……」
 一度うまくいったからといって、ちょっと調子に乗ったことを言ってしまったかもしれない。
 僕はそう思って、最後には口を噤みかけた。なんだか格好悪いことを言ったかな。僕は思わず慌ててしまったけど、トレーナーさんは僕の頭にそっと手を置いて
「……そうでしたね。失礼なことを言ってしまいました。本当にありがとうございます」
 もう一回、僕のことを褒めてくれた。

 トレーナーさんは自分の時計をチェックしていた。僕も覗きこんでみると、交代の深夜0時まであと15分しかない。
「もうほとんど寝る時間はありませんね。私も目が覚めてしまいました。リュカさん、交代しましょう」
「えっ? で、でも大丈夫?」
 トレーナーさんは以前、僕のような子供に限らず一般的な睡眠はもっと時間を必要とする、ということを話していた。
 だから本当はトレーナーさんも、満足するまで寝ていたいんじゃないかと思う。僕だって、朝めざまし時計がなる五分前に起きたら、残りの五分間だって二度寝したいと思うくらいだし。予定より少しだけ早く起こしてしまって、ここから彼女に任せると言うのは少しだけ申し訳ない気持ちにもなる。
 そもそも、僕は若いから寝たほうがいいっていうトレーナーさんだって、全然年をとってなんかいない。
 確かにトレーナーさんは僕よりは年上だし、態度もすごく礼儀正しくて、大人な感じはする。だけど本当は、トレーナーさんだって大人になりたて、というくらいの若い体なんだ。休みを気にしなくていいなんてことは、絶対にないはず。

 僕はトレーナーさんに悪いような気がしてならなかった。でもトレーナーさんは、寝起きだというのにいつも通りのはきはきした様子で「私は大丈夫です、リュカさん。明日のために眠ってください」と、言ってくれた。
 心配ごとや気になることはいろいろあるけど、せっかく僕のためにいろいろ良くしてくれるトレーナーさんに生意気なことなんか言いたくない。
 それに、実は僕も、疲れて眠くて仕方がなかったのは本当だ。戦いが終わってトレーナーさんと話して安心すると、眠気が一気に襲ってきた。
「うーん、わかった。トレーナーさん。……もしものことがあったら、起こしてね。それじゃぁ、おやすみなさい」
 結局トレーナーさんの言葉に甘え、僕はそれまでトレーナーさんが横になっていたシートに仰向けになった。

 僕はトレーナーさんの計らいには助けられていた。
 このサイクルで行動するようになってから、日中は頭もすっきりするようになったし、体調もいい。そしてなにより、安眠出来ることは僕が思っていた以上に心に安心感をくれた。眠っている間も、僕を守ってくれる人がいる……。
 炎で体が暖まってきて、僕はそれからあっという間に、深い眠りについてしまった。
……トレーナーさんの身に何が起きても、気づいて起きてあげることが出来ないくらいに……


 リュカは静かに眠り、Wiifitトレーナーは相変わらず綺麗な姿勢で腰をかけたままでいた。
 トレーナーは耳をすませて周囲から物音がしないか十分に警戒してはいるが、その目線は炎の向かい側にいるリュカに向いている。
 リュカはとても気持ちよさそうに眠っていた。ベッドの上でもなく、ただの硬い地面の上に敷いたシートの上だというのに。
 トレーナーは、彼が寝る前に言っていた言葉を思い出していた。
「眠ってるトレーナーさんを守るくらいのこと、頑張ってしなくちゃ」「……僕だってファイターなんだ、戦うのは、その……自分のためだけじゃなくて……」
 トレーナーはあの時すっかり眠ってしまっていたが、目を覚ました時に見たリュカは明らかに激しい戦闘を終えた後の格好だった。疑う余地もなく、リュカの言葉は本音だ。
 トレーナーから見ても、リュカはまだ年端のいかない少年だった。まだまだ甘えたい部分もあり、支えてくれる人が必要な年頃なのは違いない。
 それなのに、こんなに小さい体で、優しくて少し怖がりなところもある彼が、自分を守ってくれようとする。自分のことで気を遣い、そのために全力を尽くしてくれる。
 トレーナーは胸が自然と温まるのを感じながら、リュカの寝顔を見守った。

「!」
 背後から物音が聞こえて、トレーナーはすぐそちらに目線を映した。暗くてよくは見えないが、トレーナーは、少し距離が離れた場所に何かがいるのを察した。
 亜空軍なら、すぐに何とかしなければならない。必要なら、リュカを起こして戦うなり逃げるなりすることも必要だ。それらを判断するために、トレーナーは静かに立ち上がり、自ら音が鳴ったほうに向かった。
 あくまでも音をたてないよう慎重に、トレーナーは何者かへ向かって距離を詰めていく。その間にも、その者が出す音は少しずつ大きくなり、明らかに焚き火に近づいてきているのが分かった。
 生い茂った草木で姿が確認できないが、もう互いの距離は10メートルもない。必要ならば先手を取れるようにと、とっさに一撃を繰り出す構えもして、トレーナーは茂みをかき分けた。
「ああっ! もしかしてトレーナーさん?」
「あっ、あなたは!」
 そこにいたのは白いキトン姿に頭には月桂樹、背中には鳥のような白い翼が生えている天使。まぎれもないファイターの一人、ピットだ。
 ピットも茂みの向かい側を警戒していたようで神弓をかまえていた。しかし、向かい合っていたのがトレーナーだと知ると喜んだ様子で、トレーナーの両腕をつかんで揺すった。
「わぁ、トレーナーさんだ! 良かった、こんなところにいたなんて!」
「おっと。ピットさん、無事だったのですね。よ、良かったです」
 トレーナーが言おうとする前に、ピットはむぎゅうとトレーナーの胸に顔を埋めた。
 やはりこんな状況で、寂しい思いや不安に駆られていたのだろうと思い、トレーナーはしがみつくピットの背に手を触れた。背中の羽が嬉しそうに、ぱたぱたと揺れる。
 まだ世界が平和だったころ、ピットはパルテナと共に、トレーナーが開いていたヨガ教室に足を運んでいた。そのこともあって、ピットとトレーナーはよく話をした仲だった。
 トレーナーはピットのことを良く知っている。やんちゃで明るく、口を開けばパルテナのことばかり話していた。
「ピットさん、パルテナさんはどうしましたか? それに、ブラックピットさんも……」
 トレーナーは、この世界が亜空軍に襲撃された時のことを覚えていた。ファイターたちのスタジアムが根こそぎ崩壊させられてしまった時、何人かのファイターが逃げ切れずに亜空軍につかまり連れ去られてしまった。しかしそんな中でパルテナは、ピットとブラックピットを掴んで「テレポートの奇跡!」で無事に逃走していたはずだ。
 それならばパルテナとブラックピットもすぐ近くに、と、トレーナーは少し期待したが、ピットは俯いて首を横に振る。
「ううん、パルテナ様もブラピも、はぐれちゃって……今は僕一人なんだ。トレーナーさん、もしかして、トレーナーさんも一人?」
「いえ、私はリュカさんと合流しています」
「本当!」
「はい。……とりあえず、来てください。ここは冷えます、暖をとりましょう」
 トレーナーは、自分の腕を掴んできたピットの手がひんやりとしていることに気づいていた。またリュカからも距離を置いてしまったことも気にしており、ピットを連れて、すぐに焚き火のもとに引き返すことにした。


 トレーナーはピットを焚き火の傍に座らせ、自分もその傍に腰掛けた。
 また一人のファイターと合流できたことは、トレーナーにとっても大きな喜びだ。本当は、すぐにリュカを起こして教えてあげようかとも思ったようだが、それは控えることにした。
 なにしろリュカは疲れが出たようでぐっすり眠っているし、ピット自身が
「明日起きて僕がいたらきっと驚くよ。朝まで待とう」
 と言ったので、今は、リュカは気持ちよく眠らせておくことにしたのだった。

 ピットは焚き火の前でくつろぎながら、すぐにトレーナーに、いろいろなことを尋ね始めた。
「仲間は二人だけ? 他のメンバーは、見てない?」
「はい。今は出会えたのはリュカさんと、ピットさんだけですね。他の方は見ていません。……残念ながら、パルテナさんやブラックピットさんも見かけてはいないです」
「そっか……とにかく、トレーナーさんは二人行動してるんだ。それで、こうして交代で眠ってるんだね」
「はい。寝込みを襲われるのは危険ですが、睡眠をとらないと体力が奪われます。ピットさんは? ちゃんと睡眠はとっていますか?」
「あぁ、僕なら大丈夫。うん、心配ないよ。ほら、こんなに体力いっぱいだし!」
 ピットは言った通り、元気なポーズをとってから、また座り直し、ぼそりと呟くように
「じゃぁ、二人同時に眠ってることはないんだね」
「?」
「ううん、なんでもない」
 明るい顔をぱっとあげた。
「ピットさん」
「ん? 何?」
「…………?」
 トレーナーはピットと会話をしているうちに、不意にピットに違和感を覚えはじめた。
 ピットの振る舞いはいつも通り、明るくて元気いっぱいなものだった。しかし時折、話を中断している時のピットの顔を見ていると、たまに暗い表情をして見せているのだ。
 いや、暗いなどというものではない。元気がない、というよりは、まるで死人のように生気がない表情になるのだ。トレーナーはその顔を見て、妙な寒気を覚えたくらいだった。

「何、どうしたのトレーナーさん」
 思わず呼びかけた際の反応は、いつも通りのピットだ。
 だが、トレーナーはどうしても気になって、ピットをじっと見つめて、観察した。
「な、なに? トレーナーさん……僕の顔になにかついてる?」
「いえ、なんでもありません、が……」
 覗きこまれて恥ずかしくなったのか、ピットが頬を赤くしてみせる。だがトレーナーはかまわずにピットの瞳をじっと覗きこんでみた。
 サファイアのような青い瞳には揺らめく炎が反射して美しく映っている。だが、その瞳自体に、あまり光を感じられないのだ。以前、トレーナーが彼と話したときには、ピットの瞳はまさに光に満ちたという雰囲気だったのに。

 トレーナーははじめ、ピットがこんなに明るくふるまい、そして時折元気がない一面を見せるのは、彼が空元気で振る舞っているからなのではないかと思った。
 なにしろ、トレーナーが知っている限りでは、彼は普段はパルテナにくっつきっぱなしだったのだ。もちろん一緒でないこともよくあったが、その時にも、パルテナのことは片時も忘れない、というほどに信頼を置いていた。
 そんな彼が今まで一人きり、パルテナの安否も分からない状態に置かれていたのだ。さぞかし不安だっただろうということはトレーナーにも容易に察せる。

 だが、トレーナーの中で、彼への違和感は消えなかった。
 ところどころ、一瞬だけ見えるピットの異様な表情が忘れられない。恐怖でも不安でも失望でもない。まさに「からっぽ」のような表情だった。
 確かにパルテナを失いかけていることは、彼の心に深い傷をつくっただろう。だが、それにしても……

「ト、トレーナーさん。どうしちゃったの?」
「…………」
 ピットが問いかけてくるが、トレーナーは、ピットの瞳から目を離さなかった。
 トレーナーは自分の直感を信じていた。明らかにおかしい、以前きさくに話してくれたピットと、今目の前にいるピットは、何かが違う。
 ピットはしばらく、トレーナーと見つめ合う形で彼女に視線を返していた。
 しかし、互いに無言の時間が続くと、不意に口を開き
「ねぇ、トレーナーさん。僕、なにか変?」
 あまり抑揚のない言葉をトレーナーに投げかけた。
 トレーナーはその声を聞いて、恐怖心を覚えた。
 今聞こえたのは確かにピットの声だ、しかし、目の前のピットがしゃべったわけではないような気さえした。彼の感情がこもっていない。
 例えるならば、ピットという人形に誰かが声をあてているかのようだった。
 いよいよおかしい、とトレーナーが思った瞬間だった。

「……やっぱりごまかしきれないか」

 トレーナーはとっさに身を捻った。それと同時に、トレーナーの肩をすれすれに光の矢が掠る。
 ピットがトレーナーめがけて、光の矢を放ってきた。もしトレーナーが彼の違和感に気づかなければ、光の矢は間違いなくトレーナーの左肩に直撃していただろう。
 トレーナーはピットと距離を置いた。わけがわからないが、ピットが敵対してきているということだけは確かなことだ。
「トレーナーさん、なんて顔してるの。僕をそんな目で見るなんて」
 ピットが冷たい口調でトレーナーに語りかける。もう観察するまでもない、彼の様子は明らかに異常だった。
「ピットさん、いったいどうしたんですか? しっかりしてください!」
 トレーナーが呼びかけても無駄だ。ピットはすぐに次の矢を番えて、トレーナーに放つ。トレーナーはそれを見切ってかわそうとしたが、ピットの矢は軌道が自在、かわしきれずに命中してしまう。

「うっ!」
 攻撃が当たって少し怯むも、トレーナーはすぐに体勢を立て直した。だが、次に顔をあげたときにはピットはいなかった。見回しても、周囲には森ばかりで姿がみえない。ここにいるのは、これだけ物音を立てても眠り続けているリュカだけだ。
 と、少し気を取られている間に、森の奥から光の矢が飛んでくる。次の一撃は、トレーナーは思い切り回避をしたので当たらなかった。
 トレーナーは短時間で素早く呼吸を整え直し、それからリュカのほうを向いた。ピットが来たことにも、戦いをしていることにもまったく気付かず寝ているリュカに向かって
「リュカさん、すぐ戻ります」
 声をかけ、それからすぐに、ピットが矢を放ってきた方向へと走った。

 様子がおかしいとはいえ、やっと会えたファイターだ。
 なんとしても正気に戻ってほしいし、そうでなくてもなぜ彼がああなってしまったのかを見過ごすわけにはいかない。それに、何か新しい情報を得られるチャンスかもしれないのだ。
 このままピットを逃がすわけにはいかなかった。幸い、ピットは休むことなく矢を撃ってくるので彼のいる場所を見失うことはなかった。トレーナーは矢をかわしつつ、ピットを追いかけた。


「……これは……?」
 森のひらけた場所に出て、トレーナーの目の前に現れたのはピットではなく赤い扉だった。
 設置されているというわけでもなく、ただ空中に、ぽつんと置かれるようにしてそこに存在している扉。

 と、トレーナーの目の前で、その扉は勝手に開いた。扉の先は向こう側の風景ではなく、真っ暗な闇が渦巻いている。
 トレーナーはこの扉の話を聞いたことがあった。亜空軍が使用する、異なる空間同士をつなぎ合わせる不思議な扉だ。

 トレーナーはつい気になって、扉にもう少し近づいて、中を見てみようとした。
 と、その時、彼女が振り返る間もなく、何者かがトレーナーの背中をガンと蹴りつけて扉の向こうへと突き飛ばした。
 とっさのことでトレーナーは避けることもできなかったが、それでも一瞬背後に目をやって、自分を蹴り飛ばした相手がピットだということを察し……しかし、彼女にそれ以上のことは何もできなかった。

 トレーナーは時空の扉に飲み込まれてしまった。背後から彼女を蹴り落としたピットも続いてその扉に入ると、扉は煙のようになって、その場から消えた。





「ううっ……」
 トレーナーが目を覚ましたのは、今までいた森とは全く異なる不気味な空間だった。まるでスタジアムの終点のような広いステージの上で、他につながる道は一つもなく、その先にもゆがんだ風景しか見えない。先ほど突き落とされた扉も見当たらない。
「ククッ、お目覚めか?」
 トレーナーがあたりを見回していると、頭上から声が聞こえた。それはピットの声のようだったが、少し違って口調に刺を感じる。
 声の主はすぐに上空から舞い降りてきて、トレーナーの目の前に着地した。その姿はピットに良く似ているが、翼は黒、瞳は血のように鮮やかな赤だ。
「ブラックピットさん!」
 目の前に降り立ったのはブラックピットだった。きれいに着地した後には、トレーナーを見てにやりと笑いかけてくる。
「ブラックピットさん、なぜこんなところにいるのですか? ピットさんが、あなたを探していましたよ!」
 トレーナーが思わずそんなことを口走ると、ブラックピットは急にゲラゲラ笑いだした。
「ハハハ、なんだ、まだそんなこと言ってるのか? お前、ピットに何をされたか覚えてないんじゃないだろうな?」
「!」
 それはもちろん、忘れるはずがない。扉を覗きこんでいたところをピットに蹴り飛ばされて、このおかしな空間にやってきてしまったのだから。
 しかし、いったいなぜ彼があんなことをしたのか、それはトレーナーには分からなかった。
「フッ……おい、ピット。このお姉さんがお呼びだぜ、出てきてやれよ」
 トレーナーが困惑していると、ブラックピットが上空に向かって呼びかける。
 その呼びかけに答え、ピットが続いて舞い降りてきた。ちょうどトレーナーの背後に、二人でトレーナーを挟むような形で着地し、まっすぐにトレーナーを見据える。
「ピットさん、もしかして、私に嘘を……?」
 トレーナーはピットが目に入るなり、ピットのほうへ慌てて駆け寄った。ピットが武器をかまえる様子がないので、トレーナーは彼の肩を掴んで揺すり、何度も声をかける。
「ピットさん、一体なぜこんなことを? どうしたのですか、ピットさん、私の声が聞こえないのですか?」
 トレーナーはピットに呼びかけたが、返事は全くない。それどころか、先ほどトレーナーを驚かせた、あの冷たい瞳、冷たい表情のまま、トレーナーをじっと見つめ返すばかりなのだ。
「何にも分かってないみたいだな? そのピットはただの抜け殻、ちょっとした暗示をかけて俺が操ってたんだ。お前を騙して、ここまで誘導するためにな」
「誘導? なんのためにそんなことを?」
 トレーナーがブラックピットに振り返った時、ブラックピットは弓矢をトレーナーめがけてまっすぐに構えていた。
「!」
 トレーナーは反射的に回避行動をとった。ブラックピットの黒い矢は身をかわしたトレーナーを外して通り過ぎていく。だが、それで終わりではない。ピットはそれを承知していたかのように、衛星ガーディアンズを放って矢を反射させた。
 再び折り返して飛んでくる黒い矢には、トレーナーもさすがに対応しきれなかった。反射された矢はトレーナーにまともに当たり、トレーナーは突き飛ばされるようにして、ブラックピットに向かって倒れこんでしまう。
「案外鈍いんだな、お前」
 ブラックピットが、倒れこんだトレーナーの頭を乱暴に踏みつけた。
「うっ……!」
 今や何を言っても無反応なピットの様子もおかしかったが、ブラックピットも普通ではないと、トレーナーは既に十分身をもって感じていた。
 トレーナーが知っているブラックピットはいつもつんけんして、素直でない性格だったが、決して凶悪な性格ではなかった。それなのに、今のブラックピットは、邪悪そのものだ。
 自分が知っている二人のファイターが、なぜこんなに豹変しているのか、トレーナーには分からない。
「ピットさん、それにブラックピットさん……一体、どうしたというのですか? なぜ、こんなことを……」
 トレーナーがたまらずに呟くと、ブラックピットはその質問を待っていたといわんばかりに、トレーナーから足を離して蹴りつけ、ステージの中央まで跳ね飛ばした。
「それは、こういうことだ」
 ブラックピットは手を軽く振って合図する。と、その途端、周囲に影虫が湧き立ち、そこから何体ものプリムが召喚され始める。
「亜空軍!」
「あぁ、そうだ」
 トレーナーは痛む体をなんとか起こして、亜空軍に対抗できるよう姿勢を整えた。
 ブラックピットとピットはふわりと宙に浮き、高みの見物だ。彼らは亜空軍に襲われる様子ではない。というより、むしろそれらを従えているようだった。
「ブラックピットさん、ピットさん、どういうことなんですか、これは!」
「見ての通りに決まってるだろ。まずは余興だ。お前、こんなことでくたばるなよ?」
 ブラックピットは憎たらしい笑みをうかべ、ピットはなおも、眉ひとつ動かさない。
 トレーナーはなにも理解することが出来なかったが、とにかくとるべき行動は一つ、襲いかかってくる亜空軍をひたすらに撃退することだけだった。

…………

「はぁ……はぁ……」
「ふーん、やるじゃん。新人とはいえ、伊達にファイターじゃないってことか」
 トレーナーは周囲の亜空軍をなんとか殲滅した。だが、普段はこのくらいの敵を相手に落ち着き払って戦えるはずのトレーナーは、今や余裕をなくすほどに疲れ果てて、敵がいなくなると同時にその場にしゃがみ込んでしまう。
 彼女の実力をもって亜空軍自体は何とでもなったのだが、亜空軍と戦っている時にも、上空の二人が光の矢で執拗に攻撃をしてきたのだ。それらを避けて、亜空軍の攻撃まで見切るのはさすがに難しすぎる。トレーナーは何度かまともな攻撃を食らって、それらを回避してもなおじりじりとダメージを受け、やっとその場の亜空軍を全滅させた時には、もうふらふらの状態だった。
 それでも、トレーナーはどうにか平常な呼吸を取り戻そうとした。また次の追撃が来るとなれば休んでいる暇はない。トレーナーは次の攻撃が不意打ちで来ることに注意しながらも、上空に浮くブラックピットに向かって聞こえるように、腹から声を出した。
「お二人に何があったかは分かりません。しかし、あなた達お二人が亜空軍側についてしまった、ということはよく分かりました」
「ほう、それは飲み込みが速いな」
 ブラックピットはわざとらしく笑い、ピットは相変わらずノーリアクション。それでもトレーナーは、さらに二人のピットに尋ねた。
「それで、私をここに呼んでどうするつもりなのですか? 私を消すのが目的なのでしょうか? それとも、私をここで弱らせて、お二人と同じように亜空軍のものにするつもりですか?」
「後者が正解だな。お前らみたいにまだ無事で残っているファイターをズタボロにやっつけて、一緒に来てもらおうと思ってるんだ」
 トレーナーはその言葉の裏の意味を理解した。まだ無事で残っているファイターがいる、ということは、逆に『既に無事ではない』ファイターもいるということ。
 彼らは既にやられてしまったか、あるいは捕獲され、何らかの方法でピットたちのように亜空軍に取り込まれてしまったのか。
「無事で残っている? では、他のファイターたちの中にもお二人のように……」
 そう言いかけて、トレーナーははっとした。トレーナーは二人に気を取られ、もっと肝心な、目先のことを見落としていたのだ。
(リュカさん……!)
 あの場で眠っていたリュカを放置したまま来てしまった。あれだけ周囲で騒いでも起きなかったリュカだ。敵たちの奇襲を受けていてもおかしくない。
 自分が持ち場を離れている間にどうか敵たちに遭遇していないように、トレーナーはそう願ったが、その願いはブラックピットの言葉にやすやすと潰されてしまう。
「あぁ、あそこにいたリュカなら心配しなくていいからな。あいつのところには、さっきお前と戦わせた十倍くらいは亜空軍を向かわせておいた。強力なヤツも、いっぱいな。だからきっと今頃は捕まってるさ。寝てる間にやられて、起きることもなくくたばってなければだが」
「そんな! リュカさん……」
 どんなに心配しても、自分はリュカを助けには行けない。なにしろ、この異空間から出る方法が分からないのだ。
 トレーナーは思わず彼の名を叫んだが、この異空間でむなしく響き、反響するだけだ。
「なぁ、自分の心配をしたほうがいいんじゃないのか」
「!」
 トレーナーが気付いた時、ブラックピットはさっとトレーナーの目の前に降りてきていた。トレーナーは思わず距離を取ろうと後退したが、そこで、いつの間にか背後に待ちかまえていたピットにつかまってしまう。
「あっ! なにをするんですか!」
 ピットはトレーナーを素早く羽交い締めにする。身長で負けている分、ピットは少しだけ宙に浮き、トレーナーの体を、そのつま先がぎりぎり地面につくくらいまで持ち上げる。
 身動きがとれなくなったトレーナーを前に、ブラックピットはにやにやして
「俺たちの役目は、ファイターを見つけ次第弱らせて捕まえることだ。でも、引き連れてた亜空軍はほとんどリュカのところへ送っちまったし、残してた分はお前にやられちまった。
 ……俺とピットの二人がかりでお前を倒すこともできるが、それじゃぁ時間がかかりすぎるし、お前、案外強いからな。……だから、フェアな戦いなんてしてられねぇ。手っ取り早く弱らせてやるよ」
 そのいやらしい笑みに、トレーナーは危険を感じ、拘束から逃れようとした。だがだめだ。ピットの腕は石のようにがっしりとトレーナーを捕まえている。
 ブラックピットはそのまま、舐め回すようにトレーナーの体を見つめた。
「ほう、ヨガのインストラクターなんて言うから全身が筋肉の塊かと思ったが。無駄な肉はないし良いスタイルだな。お前のパルテナ様みたいなナイスバディじゃないけどな。なぁ、ピット」
 ピットは無言のままで何一つ答えない。トレーナーは身体をじろじろと見られる嫌悪感に思わず顔をそらしたが、ブラックピットは無遠慮にトレーナーの体を触り始めた。
「あっ! や、やめてください!」
 ピットの手が腹部や脇部を撫でるたびに、くすぐったくて身を捩るトレーナー。ブラックピットはその反応を少しだけ楽しんでいた様子だったが、やがて、冷酷な口調になり
「ほら、下手に動くなよ。さもないと……」
 右腕に、今まで操っていた神弓とは違う武器を装着し始めた。
 金属の塊のような無骨な形状のそれは、スマッシュにも使うほどの打撃武器、豪腕デンショッカーだ。
「さもないと、せっかくの手加減が無駄になるかもしれないぞ。俺だって楽しみたいんだ、お前の身体」
「……!」
 明らかに危険すぎる装備を目の前にちらつかされ、トレーナーは身の危機を感じ、思わず固まった。
 ピットはトレーナーをしっかりと捕まえて離そうとしないし、ブラックピットとの距離は近く、どんな攻撃が来てもトレーナーは逃れることができない。
 まして、こんな近距離武器で攻撃されたら……想像するだけで、ひとたまりもない。
「ククッ、顔がひきつってるぞ。怖いか? 怖いだろうな。でも悪いが、脅しじゃないんだぜ、これ」
「…………!」
 ブラックピットは空いている左手で、トレーナーの顎をぐいと持ち上げた。もはやどうにも出来ないトレーナーは目を瞑って、これからされる仕打ちに腹をくくることしか出来なかった。










――リュカさん、リュカさん。起きてください。

 ん、トレーナーさん? 僕を呼んでる?
 ……いや、違う。誰の声だろう? トレーナーさんよりもっときびきびした女の人の声だ。ほわっとして優しいピーチ姫の声じゃないし、鋭い感じのサムスさんでもない……僕、寝ぼけてるのかな?

――リュカさん、リュカさんってば! もう、目を覚ましてください!
 
 そうだ。この声はファイターの一人、女神パルテナ様の声だ。寝ぼけていて、すぐに思い出せなかった。でもなんで僕を呼んでるんだろう? そもそもパルテナ様、僕のそばにいるの?

――リュカさん、では、起きなくとも、せめて頭上には気をつけてください!

「ふぇっ……」
 
 直後にガツンと金属がぶつかりあう音が聞こえて、僕はびっくりして飛び起きた。慌てて身体を起こすと、いつの間にか僕の周りを亜空軍の大群が取り囲んでいる。
 しかも、ギラーンやデスポッド、一筋縄ではいかない大型がいっぱいだ。
「うわ、うわぁっ!」
 いつの間にこんなに囲まれてしまったんだろう!
 僕はとっさにトレーナーさんの姿を探した。見当たらない、どこいったんだろう? それに、こんな大群が現れたのにどうして起こしてくれなかったのかな?
 もしかして、僕が寝ている間に、僕を起こす暇もなく……そんな……!
 今まで胸の奥に押し込めていた不安と恐怖がどっと襲ってきた。僕は今日までトレーナーさんと一緒に亜空軍を退けてきた。でも、こんな大きなのを一度にたくさん相手なんてしたことはないし、僕はいまたった一人だ。だめだ、勝てない! 僕は怖くなって、足がすくんで、亜空軍たちを前に戦闘のかまえをすることさえできなかった。

「リュカさん、目が覚めました?」
「えっ? トレーナーさ……」
 頭上から女の人の声が聞こえて、僕は慌てて振り返る。一瞬、トレーナーさんかと思ったけど、違う、トレーナーさんじゃなかった。
 声の主はすぐそばの小高い岩場のてっぺんにいた。月の光を背景に杖をまっすぐ構えているのは、パルテナ様だ!
 さっきパルテナ様の声を聞いた気がしたのは寝ぼけていた気のせいじゃなかったんだ。でも、どうしてトレーナーさんがいなくて、パルテナ様がいるんだろう?
「パ、パルテナ様! これは一体……!?」
 僕が思わず尋ねてみたけど、パルテナ様は首を振って、杖を僕よりすこし前方、亜空軍たちにまっすぐ向けた。
「リュカさん、状況は見ての通りです。いきなりですが、ちょっとかがんでいてもらえますか?」
「えっ? あっ、は、はい!」
 僕はわけが分からないまま、パルテナ様に言われたとおり、地面に伏せた。オート照準をかけるのに邪魔になっていたのかな? だとしたら、彼女の飛び道具がうまく敵に当たるように僕はうまく立ち回らないと……
「はい、ではいきますよ。爆炎!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!」
 爆炎といえば、周囲の空間を炎で吹き飛ばす大技だ。そんな屈んで避けられるかどうか分からない大技を背後で撃たれたらたまらない!
 僕は慌てて、パルテナ様が立つ岩場のすぐ真下に飛び込んだ。直後に背後の空気が熱くなるのを感じ、爆発音が耳を貫く。
「うわぁっ!」
 辺りの粉塵が収まってきた頃には、それまで辺りに溜まっていた大型亜空軍がダメージを受けて怯んでいる様子が目に入った。なるほど、僕のPSIの一撃ではこうはいかない、さすがの魔法力だけど……
「大当たり! 大丈夫でした? リュカさん」
「えっ、あ、うん……」
 パルテナ様に言われたとおりにあの場所にかがんだままでいたら避けきれただろうか? 直撃はしなくても、爆風に押し倒されるくらいの被害は被ったような……
 でもそんなことに文句なんかいえない。僕はパルテナ様に助けられたんだ。そうじゃなかったら、僕は寝てる間に奇襲されて大変なことになるところだったし、仮に起きても、亜空軍たちには到底かなわないところだった。
「リュカさん、あなたにお話しなければならないことがいろいろあります。しかし、それは後にしましょう。とりあえずこの亜空軍を、二人でなんとかしますよ」
「う、うん、分かった」
 ここからは僕も加えて、二人で亜空軍を撃退するということだ。パルテナ様の技の迫力を見ると、先ほどどこかへ行きかけた勇気が戻ってきて、戦う気力も沸いてくる。
 僕は振り返り、僕たちめがけてなおも襲ってくる亜空軍に立ち向かおうと改めて気合を入れた。 

 でも、パルテナ様とのタッグでは、トレーナーさんとやったようにうまくはいかなかった。
「天の光! 爆炎! パワーボム!」
「パ、パルテナ様、ちょっと待って!」
「流星! 人間ミサイル! 水平ビーム! 打ち上げ花火! ブラックホール! そして波動ビーム!!」
 パルテナ様は圧倒的な破壊力で、強力な亜空軍たちを次々になぎ倒していく。ただ、攻撃の衝撃や流れ弾が派手に飛び散るので、僕は亜空軍に攻撃するどころか、パルテナ様の攻撃に巻き込まれないように避けるので精一杯だった。
 確かに彼女の攻撃力は大型の亜空軍を軽々と倒すのにふさわしく凄いけど、僕は何か不必要な苦労をしている気もする。もしかしたらピット君は、毎日こんな風に思いやりのない戦いをしてきたのかな、パルテナ様のそばで。

 僕らの周りを取り囲んでいた大型の亜空軍たちは、女神の制裁によってものの数分で跡形もなく片付いた。
「はい、浄化完了しましたね。リュカさん、お疲れさまでした」
「う、うん……ありがとう、パルテナ様」
 お疲れ様といっても、僕はほとんどパルテナ様の攻撃から逃げ回っていただけのような気がするけれど。そのために、戦い終わった時には僕はもうへとへとだった。 

 パルテナ様は服についた少しのよごれをぱんぱんと払ってから、改めて僕の前に来て、僕の目線に合わせてしゃがんでくれた。
「さてと。ではリュカさん、本題に入りましょう」
「あぁ、そうだ。パルテナ様、会えてよかった。ええっと、僕、トレーナーさんと一緒に他のファイターを探して歩いてたんだ」
 そう言いかけて、急にトレーナーさんがいないことを思い出す。いや、今まで忘れていたわけじゃないけど、今はパルテナ様との共闘で精いっぱいだったからだ。
「あっ! そ、そうだ! パルテナ様、僕と一緒にいたトレーナーさんを知らない? 僕が寝ている間に守っててくれたんだけど、いなくなっちゃったんだ!」
 僕は慌てて、思わずパルテナ様をまくし立ててしまった。パルテナ様はそんな僕をなだめて
「えぇ、分かっています。しかしその前にあなたに伝えなければならないことがあります」
「えっ?」
 パルテナ様が急に神妙な顔でそう言ったので、僕は焦りと早まる気持ちをどうにか押さえて、彼女の話を聞くことにした。

 パルテナ様は真面目な顔で、僕にとんでもないことを教えてきた。
「リュカさん、驚かないでよく聞いて。実は、私と行動していたピットとブラピが、亜空軍に捕縛されて心を奪われ、彼らの手駒として暗躍しているのです」
「えっ、ええっ!? 二人が亜空軍に!?」
「驚かないでと言ったでしょう」
 パルテナ様がまた僕をなだめてから、急に立ち上がり、杖を構えて
「パルテナ・サーチ!」
「???」
 その場に杖を立てた。杖は斜めの方向に倒れて、その先はまっすぐ森の奥に向かっている。
 いろんなことに驚きっぱなしの僕を差し置いて、パルテナ様はもう一度僕の前に屈みこんだ。
「リュカさん、あまり時間がありません。とにかく私と一緒に来てください。あなたが探しているWiifitトレーナーも、恐らくこの先にいるでしょう」
「えっ! うん、わ、分かったけど……」
 彼女に聞きたいことや言いたいことはたくさんあった。でも、パルテナ様は杖を拾い上げると、地面を蹴り、杖が指した方向へまるで滑空するように地面を滑って走り出してしまう。
 僕はなんだか分からないままだった。でも、とにかくトレーナーさんの名前を聞いて、黙っていられない。パルテナ様の後を追って一緒に走った。

 鬱蒼とした森をパルテナ様が空を切るように走ると、気のせいか、草木のほうが避けていくように道があいていく。僕はそのすぐ後を追うように並んで走った。
 そうしてまっすぐに走っている間に、パルテナ様は僕に詳しい話をしてくれた。
「よく聞きなさい、リュカ。亜空軍になってしまったピットとブラピは私の元を離れて各地を回り、他のファイターたちを探して捕獲しようと企んでいるのです」
「そ、そんな! でも、ファイターを捕まえるなんて、なんでそんなことを?」
「詳しくは分かりません。しかし、恐らくは捕まえたファイターたちもピットたちのように、何らかの形で亜空軍の糧にされているのでしょう」
 なるほど。そうやって亜空軍は、配下の増殖を加速させているんだ。敵対するファイターを手に入れるという、最もシンプルな方法で。
 ……ということは?
「あっ! ま、まさかトレーナーさんも!」
「はい、推測ですが、おそらくあの方もピットたちに捕まっているのでしょう。ピットたちがこの辺りに出現した形跡がありましたからね。……今、私はこの杖でピットのオーラを追跡していますが、おそらく彼らを辿っていけば、Wiifitトレーナーも見つかるはずです」
 なるほど。だとしたら、すぐにピットとブラックピットを見つけて、もしトレーナーさんが見つかったらすぐに助けてあげないと、大変なことになってしまう。

「ねぇパルテナ様、もしよかったら、ピット君たちのこと、もうちょっと詳しく教えてよ」
 パルテナ様の後ろから走ってついていく最中、僕は思い切って彼女に尋ねてみた。この状況なので止まったり振り返ったりはしてくれなかったけど、パルテナ様はその点も、すぐに答えてくれた。
「……この世界が亜空軍の脅威に晒されたあの時、ファイターたちは皆ばらばらになってしまいましたね。しかし、私はピットとブラピを離さずに済みました。それからというもの、私たちは共に亜空軍を退け続けていたんです。その時には明確な目的は持たずに戦い続けたのみでしたが、とにかく敵の数が多く、生き延びることだけでも必死でした」
 ちょうど僕とトレーナーさんと同じような具合で、パルテナ様・ピット君・ブラックピット君の三人で行動していたということだ。例の、ピット君たちが苦労するような戦いを繰り広げていたのだろうか。
「ところが、ある時……私がついていながら、二人は亜空軍にさらわれてしまったのです。私は彼らを助けようとしたのですが、行方が知れず……。そのまま途方にくれていたところ、彼らは唐突に私の目の前に戻ってきたのです。ただし、その時には既に、それまでの二人ではありませんでした……」
「それまでの二人じゃない……?」
「ブラピは亜空軍に魅了されたかのように凶悪になり、ピットはまるで私の声が届かない、魂の抜け殻のようになっていました。私が声をかけても、ブラピは私を嘲笑うばかり。ピットは何も応えてくれず、二人で私に襲いかかってきたのです」
「だ、大丈夫だったの?」
 僕が思わず尋ねると、パルテナ様は少し黙ってから、振り返って僕にウィンクした。
「彼らは天使、私は神様ですよ? 簡単にやられてしまうものですか」
 もっとも、彼女が亜空軍にされていないということは、彼らと戦って負けたわけではないということだ。その点は信頼して間違いないはず。
 ……でも、もしかして、彼ら二人を相手に、さっき亜空軍をやっつけた時のような慈愛の女神にあるまじき猛攻撃をしたりなんてことはなかったよね。……そう信じることにした。
「そ、それでピット君たちは?」
「彼らは私にかなわないと判断すると、逃走してしまいました。私のテレポートをつかえば彼らを追いかけて捕まえることもわけない、と思ったのですが……」
 逃がしてしまった……パルテナ様は悔しそうに歯がみした。
「彼らは亜空軍の力を得て、『どこでもいける不思議な赤いドア』を自在に操るようになっていました。それで、追いかけきれずに……」
 以前の亜空軍との戦いに参加していないパルテナ様は知らないのかな、きっとパルテナ様が言っているのは異空間の扉のことだ。亜空の力で空間をねじ曲げて、別の場所同士をつなぎ合わせたり異空間を作り出したりする、亜空軍も利用していた不思議な扉。
 なるほど、あの扉を自由に作り出す力で遠い場所や異空間に逃げ込まれたら、さすがのパルテナ様でも追いつけない。
「それでも私は、パルテナ・サーチを使ってピットやブラックピットのオーラを察することが出来ます、今しているようにね。だから、私はあきらめずに、ずっと彼らを追いかけました。それなのに彼らは私から逃げて逃げて逃げ続け、そのうえ、ファイターたちを捕まえるべく働いているのです」
 彼らを野放しにしていることには、パルテナ様も責任を感じているみたいだ。

 そんな話をしているうちに、森の深い場所を抜けたのか、少しさっぱりした広場のような場所に出た。
 パルテナ様が「パルテナ・サーチ」でまた杖を立ててみたけど、杖はぴんと立ったまま、倒れる気配がない。
「あらあら。この杖、最近精度が悪いんですよね。近頃はこんな状況で、ディントス様にも連絡を取れず、ちゃんと修理に出していなくて」
 言ってることはよくわからないけど、とりあえずこの近くにピット君たちとトレーナーさんがいるってことなのかな。
「ねぇ、ピット君は? それに、トレーナーさんはどこにいるの?」
「おそらく彼らはここの近くで『どこでも行けるドア』を作って、Wiifitトレーナーを異空間に連れ込んだのでしょう。おそらくは、彼女を亜空軍のものにしてしまうために」
「ええっ! そ、そんな! それじゃぁどうにもならないよ!」
 いくら彼らに近づけたとしても、異空間の扉に入られて、しかもその扉を消されてしまったとしたら、もう彼らのもとへいく手段がない!
 僕は気を揉んだけど、パルテナ様は万事心得ている様子だった。
「何も心配いりませんよ。私も無策に彼らを追いかけていたわけではありませんから」
 そう言ってパルテナ様は杖を一振りすると、なんとその場所に、異空間の扉が現れた。
「あっ、扉が!」
「ピットに出来て私に出来ないことなどあるものですか。このくらいのことは亜空軍でなくても簡単に出来ます。えっへん」
「すごい! それじゃぁすぐにピット君のところへ行こう!」
 僕は焦る気持ちを抑えられず、パルテナ様を追い越して、その扉をくぐろうとした。
……ところが、向こう側は何も変わらない、同じ森の中の風景だった。空間が変わっているわけでもないし、これじゃぁただのハリボテの扉だ。
「私の『どこでもドア』はあくまでコピーなので、彼らのようにうまくいかないんですよね……しかし、安心してください。ピットたちが一度ドアを作り出した場所には時空の歪みの痕跡が残っています。それをこの扉でうまくキャッチすれば、彼らがいる異空間に繋げることが出来ます」
「そ、そうなんだ」
「そして時空の歪みを発見することも、この女神パルテナの力をもってすれば……」
 パルテナ様は大きく息を吸い、それから息を止めて
「パルテナ・スキャン!」
 パルテナ様は何もない空間のある場所に狙いを定めて杖を一振りした。
 また出現する異空間の扉。しかも、さっきとは違う、その扉からは、黒く禍々しい闇が漏れ出している。明らかに、向こう側が別のどこにつながっている!
 僕は心臓がどきどきと高鳴るのを抑えられなかったけど、パルテナ様は女神らしく、落ち着き払っていた。
「ここから先は亜空軍の領域です。ピットとブラピも待ちかまえていることでしょう。油断しないで、心していきますよ、リュカさん」
「は、はい!」













 異空間の中、トレーナーは二人の天使を相手に絶体絶命の危機に陥っていた。
「さてと、まずは小手調べだ」
「…………」
 トレーナーがどんなに力を振り絞っても、抜け出そうと工夫してみても、ピットの羽交い絞めから逃れることは出来なかった。ここに来るまでに既に彼女は相当体力を奪われているし、ピットの腕は相変わらず硬直したようにトレーナーを締め付けているのだ。
 ブラックピットはトレーナーを脅すように、その右手に豪腕デンショッカーを装着している。攻撃力の極めて高い殴打武器だ。その凶悪な武器を振りかざし、ブラックピットは恐ろしいほどに非情な笑みを浮かべた。
「ククッ、これであんたの白い素肌を痣だらけにしてやる……白いキャンバスを汚すみたいで、楽しいだろうな? トレーナー」
「…………」
 トレーナーももちろん、この状況に怯えている。だが、彼女はこんな時にも震えたり泣き喚いたりしなかった。
 彼女の態度はまだ冷静だ。その瞳は怒りの瞳でも、恐怖のそれでもない。ただ無言で、ブラックピットに、暴虐な行為をやめてほしいと訴えている。

 ブラックピットはそのトレーナーの態度が気に入らなかった。本当なら、普段は落ち着いている彼女が泣き叫んで助けを請うのを楽しみ、かつ、その哀願にもかまわず彼女を痛めつけるつもりだったのだ。
「フン、つまんない奴だ。聞いてるよ、あんたの最大の武器は『呼吸』だそうだな」
 世界が平和だった頃、トレーナーは新人であったにもかかわらず、かなりの実力者として優秀なファイターの頭角を現していた。
 他のファイターに比べて武装をせず、派手な技も持ち合わせず、超人的なパワーや魔法を持っているわけでもない彼女がなぜファイターの中でも上位で戦っていられたか。
 その理由は、彼女が常に呼吸を乱さないことだった。
 彼女はいかなるときも姿勢と呼吸を完璧に正し、ペースを崩すことなく自分の身体能力を最大限に生かして戦うことができる。それこそが、トレーナーのファイターとしての最大の長所だった。
「……面白い、だったらあんたの『呼吸』が、俺の攻撃にどこまで耐えられるか試してやるよ」
 ブラックピットはこのまま彼女を脅しても少しも楽しくないことを覚ると、その豪腕を振りおろし、彼女めがけてアッパーの構えをする。
「!」
 トレーナーは危険を察した。
 強烈な一撃が来る。回避しなければ、大ダメージは避けられない。
 だが、トレーナーはピットの拘束からどうしても逃れられなかった。もう覚悟を決めて、せめてダメージを軽減するために、これまでヨガで鍛えてきた腹筋に期待して腹部に力を入れるしかない。

 ブラックピットは一瞬、にやっと笑って、それから凶暴な顔つきになり
「く た ば れ っ!」
 豪腕デンショッカーを装着した腕を切り裂くように振り上げ、その勢いのままに、トレーナー腹部を思い切り殴りつけた。
「グゥッ……!!」
 ドスッ! と響く重い音と共に、強烈な拳がトレーナーの腹部にめり込む。
 トレーナーはその時、出来る限りダメージを軽減しようと努力した。しかし、なにしろ相手はフィニッシュ用の打撃だ。ピットに捕まっていなければ、ステージの端から落ちるほどに吹っ飛ばされていただろう。支えられていたことがかえってトレーナーにダメージを与えた。衝撃のほとんど全てが、どこにも分散することなく彼女の腹部への一撃に集中してしまったのだ。
「フッ、さすがに今のは効いたみたいだな。だが……」
 トレーナーが痛みのあまり歯をくいしばっている最中だと言うのに、ブラックピットは間髪入れずに腰をひねり、豪腕を思いっきり引く。
「俺は休ませてやるほど優しくないぜ!」
 ブラックピットは豪腕を、またしてもフルパワーでトレーナーの腹に突き入れた。
「ごはっ……!!」
 先ほど激しく打たれたばかりで、腹部に力をこめて防御することも出来ない。それなのに、また直撃だ。内臓を直接殴りつけられたような衝撃は、彼女の全身に途方もない負担を与えた。

 ここでピットが羽交い締めを解くと、トレーナーはその場に膝をつき、倒れこむようにして背を丸め、激しく咳込んだ。痛みの余り、吐きそうな素振りも見せる。
「はは、ぜぇぜぇ言ってるぞ」
 トレーナーの反応がようやく見れて、卑劣な笑みを浮かべるブラックピット。
 腹部の激痛でまともに立ち上がれないトレーナーを、ピットがもう一度つかんで立ち上がらせた。まだまだ殴り続ける気だ。

「ピット、もう一回押さえろ。次は子宮だ。……いや、待て」
 ブラックピットがもう一度拳をかまえたときにはトレーナーは背筋を凍らせたが、ブラックピットの恐ろしい笑みは、更に卑しいものになる。
 トレーナーは嫌な予感しか感じなかったが、相変わらずピットから逃れられず、度重なるダメージで身体に力が入らない。なすすべなく、成り行きに任せることしか出来ないのだ。
 ブラックピットはそれを狙っていた。
「ピット、暴れないようにしっかり押さえてろよ」
「ブラックピットさん! な、なにを……!?」
 ブラックピットは抵抗できない彼女の腰に手をかけ、スパッツとその下のインナーを、彼女の膝まで一気にずり下ろした。
「あ、あっ!」
 彼女の腰部を隠すものが一切なくなり、彼女の色白い性器が露になる。
「お、おぉ……」
 ブラックピットは単に辱めて楽しむのが目的だったようだが、彼女の整った腰と性器に、思わず見とれた。
 
 腰部に限らず、彼女の身体はヨガのプロインストラクターに違わぬ美しさを持っていた。
 彼女の身体に、男を一撃で魅了するような強烈なくびれや肉付きはない。しかしその身体はどこをとっても程よく引き締まり、すらっとして、だらしなさなど微塵もない肢体なのだ。女としての性的魅力の強さではなく、彫像のように美しく整った造形を持っている。
 ブラックピットはその美しい体を一通り眺め、綺麗な流線型の腰を眺めた後、服を剥がれて露出させられてしまった性器をじっくりと観察した。
 彼女の性器はとても控えめで形が整っており、少しだけふっくらとした恥丘に綺麗な一本の筋を引いていた。
「すげぇな……」
「み、見ないでください……あっ! だ、だめです、それはやめて……!」
 彼女が止めるのもきかずに、ブラックピットはその割れているところにそっと指をかけて、割れ目を開いた。
 割れ目の内側の粘膜は仄かに桃色がかっており、真っ白な肌とのコントラストが色味を強調している。使い慣れていないのか、ブラックピットが手で触れたり内側の弱い部分を指で触れてみたりしても濡れが弱く、トレーナーはあまり快感を覚えていない様子だった。
「うっ! いけません、そんなところを触っては……」
 いつもどおり大人しめだが、かなり初心な反応をするトレーナー。彼女がまだ未熟でそのての経験もほどんどないことをはっきりと示していた。
 ブラックピットにしても、予想外に良いものが見れた様子だったが、その興奮が、ますますサディスティックな欲望を掻き立ててしまった。
「ほう、お前の弱点はこっちだったか……」
 ブラックピットは彼女の弱い粘膜部をいじったり、指の腹で撫でてみたりを繰り返して彼女の反応を散々楽しんだ。そしてその後、少し濡れてきた膣部に指を押しあてて、力を込めて、そこめがめて一気に指を突っ込んだ。
「あ、ああっ!?」
 トレーナーが思わず身を逸らせる。ずぶ!と一気に押し込んだブラックピットの指は、第二関節くらいまでしか入っていない。
「お、きついな」
 トレーナーの膣が、ブラックピットの指を嫌がるようにぎゅうぎゅうと締め付ける。
 膣の中に指や異物を入れる行為自体が初めてだったのか、彼女の反応は快楽というよりも苦痛の様子だった。
「あっ! い、痛っ! やめてください、痛いですっ!」
「ん? 体はしっかり鍛えてるけど、ココだけは鍛えてないのか?」
「うぁっ! あ、だめですっ!」
 ブラックピットがぐりぐりと指をねじったり、指をぐいっと曲げると、トレーナーは痛そうに身を捩る。
 もう暴れるほどの体力はないようだが、それでも、拡張される痛みと内臓を触られるような嫌悪感でたまらずに動き回る。背後から抑えるピットはそれをがっしりと捕まえ、無理やりまっすぐな姿勢にさせた。
「痛い、痛いっ! もうやめて! 本当に痛いんです!」
「……なんだよ、全く興ざめるな。まだ指入れただけじゃないかよ」
 ブラックピットがどんなにトレーナーの膣部をいじめても、トレーナーは気持ちいいという感覚を覚えない様子だった。
 ブラックピットはまた少しイライラして彼女の膣から指を抜き、指の先についた彼女の分泌液を舐めとった。

 彼女は苦痛と疲労の上に、羞恥から頬を赤くしていた。ようやくピットに手を離されても、すとん、と糸を切られたように地面に座り込む。
「…………」
「まったくつまんない奴だよお前。ゼルダはもっと楽しかったぜ? ぐしゃぐしゃに泣き崩れて、キャンキャン喘いで……あぁ、またゼルダをいじめてやりたいな」
「……! ゼ、ゼルダ姫を!」
 トレーナーは聞きなれた名前を聞いて、驚いて顔をあげた。だが、正面にいるのはブラックピットではない。いつの間にか二人の立ち位置が交代し、正面にいるのがピットになっている。背後にはブラックピットだ。
 先ほどピットがやったように、ブラックピットは彼女の両腕を掴んで乱暴に持ち上げ、今度はピットが戦闘のかまえをとる。
「ピットさん……!」
 なにも答えてくれないピットに代わり、背後のブラックピットがトレーナーの耳元に囁きかける。
「ククッ……トレーナー、覚悟しとけ。こいつは今、操り人形だ。俺みたいに楽しむことが目的じゃない、ただ純粋に、お前を弱らせるための攻撃をしてくるぜ。……もちろん、それも俺にとっては楽しいけどな。ハハハ……」
 ブラックピットの笑い声と同時に、ピットの蹴りが腹部に突き刺さる。
「ぐぁっ……!」
 もうダメージが限界の腹部に一撃を食らい、トレーナーは息絶え絶えになりながら
「もう、やめてください……お腹は……」
「だってさ、ピット」
 ピットはそれを聞き入れたのか否か、今度はよりにもよって彼女の左頬を思い切り殴りつける。
「がっ! ……あうぅっ……」
「へへっ。おいおい、せっかくの綺麗な顔にあんまり攻撃してやるなよ?」
 それからもピットは、休みを入れることなく、トレーナーの身体に打撃攻撃を加え続けた。
 もともと武器での攻撃が主体のピットなので幸い攻撃力はそれほどでもなかったのだが、全身を執拗に殴り蹴りを繰り返されて、トレーナーの身体のダメージが限界に近づいていく。
 ピットの一撃が来るたびにトレーナーは呻くような声を漏らすばかりだったが、そのうちそれらの声さえも出てこなくなり、ぐったりと俯いて、反応も示さなくなった。

 もはやトレーナーは弱り果てて身動きもとれない。ブラックピットは彼女の背後から手を伸ばし、顔を無理やり横に傾けさせた。
「い……痛……」
 トレーナーが苦しそうに呻く。もう明らかに、戦うことも抵抗することもできない有様だ。だが、ブラックピットはトレーナーの目をじっと見つめて、舌打ちした。
「だめだ、まだ目が死んでない。思ったよりタフだな、つくづくムカつく奴だ」
 ブラックピットの言葉には、少し焦りが見えていた。早く彼女を片づけなければ、厄介事が来る、というのを予知しているようだった。
「本当はあんまり壊さずに持ち帰りたかったが、まぁ、仕方がない。おい、ピット!」
 ブラックピットの合図にピットは頷き、腕に新しい武器を装着した。
「……?」
 トレーナーがどうにか顔をあげると、ピットが装備しているのは豪腕、だがブラックピットのデンショッカーや、彼本来の装備であるダッシュアッパーではない。
「こ、これは……」
「豪腕ドリルヘッド。お前もアイテムとして使ったことはあるんじゃないか? 本来はこうして使うものなんだよ」
 口を開かないピットの代わりに、ブラックピットが説明した。
 豪腕ドリルヘッド、通称ドリルは、この世界においてはドリル部分を飛ばして相手にぶつけるアイテムだ。しかしピットは腕にはめて、相手を殴りつける打撃武器として装着している。彼はこれが従来の使い方だということを知っていた。
「……!」
 そんな鋭い凶器のようなもので、先ほどまでのように殴られたら……トレーナーはさらなる激痛を覚悟した。
 だが、彼らの狙いはトレーナーが想定していたよりもさらに残虐なものだった。

「さて、どうしてやろうかな? お前の身体中をこれで傷だらけにしてやってもいいが……せっかくなら、こっちのほうが苦しむだろ?」
「!?」
 ブラックピットに指示されて、ピットはトレーナーの前に跪き、トレーナーの真下からドリルで狙うように構えた。
 先ほどスパッツとインナーをずり下ろされたせいで、そこは、彼女の性器がむき出しになっている。
「まさか、そんな!」
「ま、本当はお前が亜空軍になった暁に、俺が初めての味を教えてやりたかったんだが……こうでもしないとお前の心は折れないみたいだからな」
 ブラックピットは先ほどトレーナーの膣内をまさぐった時、彼女の未経験の証をその指で探って確かめていた。その時は指を軽く突っ込んだだけだったので、幸いにも膜は裂けずに済んでいたが……
「指を入れただけであんなに痛がってたんだもんな、こんなのを突っ込んで、大事なところをメチャメチャにしたらどうなっちまうんだ?」 
「…………!!!」
 ブラックピットが楽しそうに語る残酷過ぎる行為。いくらなんでも、トレーナーは生命の危機への恐怖を隠せずに入られなかった。
「ブラックピットさん、後生です、悪い冗談はやめてください……」
 トレーナーの性器に差し向けられるドリルは、鋭利で切削に優れた形状だ。もちろん、人間の身体になど用いて良いものではない。
 抵抗する体力もなく、彼女にできることは、ブラックピットに思いとどまるように語りかけることのみ。だが、それは何の意味もなさない行為だった。
「うっ……ブラックピットさん、お願いです、正気に戻って……どうか考え直してください、そんなことをしてはだめです、死んでしまいます……!」
「心配するな、これでも乱闘で使う武器だから、見た目ほど鋭くはない。……だが、ものすご〜く痛いだろうな! 泣きわめくところが目に浮かぶ」
「…………」
 もうどうすることもできない。この苦痛からは逃れられない。
 ここまでトレーナーがどうにか保ってきた意識も、絶望とダメージでついに底を尽きた。トレーナーの意識は落ちるように失われ、彼女はがっくりとうなだれてしまった。



 その直後のことだった。
「オート照準!」
「何っ!?」
 ブラックピットが背後からの不意打ちを察し、飛んできた光弾をとっさに回避する。その攻撃に続いて、叱るような叫び声が異空間に響いた。
「ピット! ブラピ!」
「チッ、もう来やがったか。もうちょっとだったのに……やっぱり亜空軍どもの足止めじゃ、この程度か」
 ブラックピットはこのことを予測していた様子で、特別に驚きはしなかった。しかしだからこそか、悔しそうに舌打ちし、振り返って声の主を睨む。

 異空間に入り込んできたのは、パルテナとリュカの二人だ。
「ほう、意外だな。リュカも無事だったか」
「トレーナーさん!」
 リュカは二人のピットにもかまわず、大声で叫ぶ。トレーナーは今も、ブラックピットの腕に抱かれて気を失っていた。
 ボロボロにやられたその姿は、リュカの目にはもしかしてもう手遅れなのかという風にさえ映ったが、ブラックピットは面白くなさそうにトレーナーを見下ろして
「フン、パルテナがお出ましとなれば、今はこんな荷物を背負ってる場合じゃない。リュカ、お前が見ていろ。後でお前とまとめて回収してやる」
 ブラックピットはトレーナーを手離し、ガンと蹴りつけて、乱暴に地面に押し倒した。
「あっ! トレーナーさん!」
 リュカは思わず倒れたトレーナーのもとに駆け寄った。

 リュカはトレーナーの傍に寄り添い、どうにかトレーナーに息があることを確認し、それから全身の酷い怪我を見て、彼女が大丈夫なのかを確認するため何度も呼びかける。
「トレーナーさん、しっかりして! トレーナーさんっ!」
「う……う」
 トレーナーはリュカの呼びかけを聞いて、ようやく、うっすらと目を覚ました。
 彼女は全身を襲う激痛と朦朧とする意識の中、自分の性器が破壊されずに済んだことを確かめ、それから顔をあげて、リュカを確認し
「リュカさん……今の二人は、危険です……」
 必死で伝えるべきことを伝えようとする。リュカはすぐにうなずいて、それから無理やり起きようとするトレーナーをなだめて横向きに寝たままの姿勢にさせようとした。
「分かってる、話はパルテナ様からぜんぶ聞いたよ。トレーナーさんはじっとして、そんな身体で動いちゃだめ」
「……リュカさん……良かった……」
「えっ?」
 トレーナーはリュカを見上げて、消え入りそうな声で呟いた。彼女はこれだけ酷くやられて、今もなお絶体絶命だというのに、何よりもまずリュカの無事を知って安心している様子だった。

 彼女はブラックピットに責められながらも最後まで強い自我をなくさずにいられた。それは、リュカを置いてきてしまったことに責任を感じ、何としても彼を助けるため、抜け出すチャンスを待っていたからだった。もちろん、この異空間から出る方法は分からないし、勝ちはほとんど見えない勝負ではあった。それでも、彼女は諦めていなかったのだ。
 そうでなければ、いくら彼女といえど、ピットたちの鬩ぐに落とされていたことだろう。彼女は決意を固く持っていた。たとえどれほど殴られようと、辱められようと、性器を台無しにされようと、諦めない、逃げるチャンスを見つける、そしてリュカを助け出す、と。ほとんどその意識に身を任せるようにして、彼らに心まで奪い取られないように、無我夢中で抗っていたのだった。
 そのリュカが、いま無事で目の前にいてくれる。トレーナーは安心して気持ちが緩んだようで、同時に、身体を襲うダメージで激しく咳込み、うずくまった。
「トレーナーさん……」
 リュカは、こんなに消耗しているトレーナーを見るのは初めてだった。亜空軍相手に常に優勢を貫いてきたトレーナーが、今は戦闘不能に追いやられて息が荒い。先ほど確認した全身のダメージもそうであるし、ここまでにどれほど酷い攻撃を受け続けていたのかは彼女を見れば明らかだ。
「トレーナーさん、本当にごめん。もうちょっとでも助けに来るのが早ければ、こんなことには……」
 リュカが思わず呟くと、トレーナーは顔をあげ、なんとかリュカを心配させまいと
「お気になさらずに……大丈夫、です、致命傷ではありません……少し、休ませてください……」
 どうにか喉から声を絞り出し、それっきり、もうしゃべらなくなってしまった。本当に体力が尽きてしまったらしく、仰向けになって、ぐったりと意識を失う。
「ト、トレーナーさん……」
 トレーナーは深めの息をついて、仰向けになったまま動こうとしない。リュカは悲しくなって、トレーナーの身体に抱きついた。トレーナーにこんな目に遭ってほしくなかった、二人で行動していたはずが、なぜこうなってしまったのか。そんなことばかりを考えていた。

 リュカは気を失ったトレーナーの顔を見て、殴られたらしき跡のある左頬を見、それから何度も攻撃を受けた身体を見やって……
「……あっ」
 ある事に気付いた。
 トレーナーの安否に夢中で気付かなかったが、リュカがふとトレーナーの腰のあたりまで見渡すと、彼女のスパッツとインナーがずり下ろされてしまっている。女性らしくふっくらして、筋がはいったところが丸見えの状態だった。
「わっ! あ、あ……」
 リュカは思わず両手で目を覆った。女性とのつきあいなどなく、母親とも幼いころに死別したリュカは女性自身をじっくり見たことなどない。だがリュカはびっくりして、悪いことをした気になって、まともに見てしまわないようにしながら
「あ、あの、ごめんなさい、トレーナーさんっ」
 トレーナーのスパッツとインナーを上げてやった。意識をほとんどなくしているトレーナーはそれに気付かなかったか、相変わらず眠るように倒れたまま、リアクションもない。


 リュカがトレーナーに声をかけて介抱している間ははっきり言って隙だらけだった。ピットとブラックピットがその気になれば、あっという間に片づけられたことだろう。
 だが、二人の天使は彼らに攻撃を加えることはなかった。ブラックピットも、もう戦えないトレーナーと弱小トレーナーとして認識していたリュカのことなど戦闘対象として見ていなかったのだ。
 それよりも二人の天使は、目の前に現れた天敵とも言うべき女神に堂々立ち向かっていた。
「ピット! 私のもとを無断で離れて亜空軍に肩入れするなんて、お尻叩き100回とご飯抜きでは済まされませんよ! ブラピもです、すぐに彼を連れてこちらに戻ってきなさい!」
「フッ、パルテナ、まだそんなこと言ってるのか? 前にも言ったはずだ、俺たちはもう戻らない。ファイターなんかやめた、誇り高い亜空軍だ!」
「なにをおバカなことを言っているのです! いいかげんにしないと、二人とも、本当にお仕置きですよ!」
 もちろん、パルテナの説教をピットたちが聞くはずもない。
 パルテナはやむを得ず、しかしためらうことなく彼らに応戦していた。ただし、ある程度手加減をしているのか、主にオート照準を用いた威力低めの飛び道具を使っている。
 一方、二人の天使はパルテナを翻弄するように逃げ回り、ときどき矢を放って牽制するように攻撃した。本気を出されたらかなわないパルテナを相手には、様子見を続けるのが限界のようだ。

「二人とも! もう、逃げ回るのはやめなさい! 私の言うことが聞けないのなら……こんなことはしたくないですが、爆炎!」
 いい加減に埒が明かず、パルテナが爆炎の一撃を放つ。その一撃はピットを掠り、ブラックピットは少しだけダメージを被った。
「チッ、だめだ。やっぱりパルテナは厄介だな。俺たちの癖や特性を知りつくしてやがる!」
 だが、ブラックピットはまだ余裕を持っていた。彼らには勝算があったのだ。

 ブラックピットは上空高く舞い上がり、ピットはパルテナから少し距離を置いて、まっすぐに神弓をかまえる。
「ふん、さすがパルテナ。だが、俺たち相手にいつまでも優勢だと思うなよ? ……覚えているよな? 初めて俺たちを逃がしたあの時のことを」
 そう言われて、パルテナの背がびくっと震える。
 パルテナが変わり果てたピットとブラックピットをはじめて発見し、それから逃がしてしまった経緯。リュカには黙っていたが、あの時のピットたちとの勝負は、パルテナにとってほとんど敗北に近いドローだったのだ。それどころか……
「忘れるはずないよな? 女神として、あんな痴態をさらしたのはあれが初めてだろうし。しかも、よりによってピットの手で、な……!」
 その言葉をきいて、パルテナはかちんと来たのか、普段の冷静さを忘れてつい
「くっ……あれはあなた達が卑怯な手を使い、私の力を奪ったせいです!」
 言い放ってしまう。パルテナにとっては突っつかれたくない話であり、彼女のカンに障ったのはむしろブラックピットの狙うところだった。
「ははっ、怒るなよ、それだって立派な戦法だろ? なんなら、また『あの体験』をさせてやってもいいんだぜ?」
 ブラックピットが指を鳴らすと、周囲に影虫が立ち込め、先ほどとは違う亜空軍たちがわらわらと召喚され始める。
 周囲に湧き上がった「ある種類」の亜空軍の群れを見て、パルテナは寒気を抑えきれず、両腕を抱いた。そしてさらに怒った様子で、ブラックピットを睨む。
「あなたは! 彼らだけでなく、私までも罠にかけたのですか!」
「フッ、そういうことだ。女神パルテナ。今回こそはその魂を亜空軍に売ってもらうぞ。そのために、わざわざこいつらだけは残しておいたんだからな!」

 これまでリュカはずっとトレーナーのもとで油断しきっていたが、周囲に亜空軍が出現し始めればさすがに無視することはできなかった。
「わっ、また亜空軍!? し、しかも、ブチュルスばっかり……」
 周囲に召喚されたのは、巨大な唇のようなを持つ亜空軍、ブチュルスの大群だった。
 この亜空軍、戦闘力はさほど高くないのだが、ファイターに吸いついて力をどんどん奪っていくという厄介な敵である。
「パルテナ・バリア!」
「え、えっ!?」
 リュカが戦闘の判断をするそのまえに、パルテナは片手をリュカたちめがめて広げ、リュカとトレーナー、二人の周囲にバリアを張った。
「パ、パルテナ様!」
 パルテナの突然の行為に、リュカは慌てた。この状態ならブチュルスの攻撃は絶対に受けずに済む。だがそれと同時にバリアから出ることが出来ず、パルテナと共にブチュルスたちと戦うこともできない。それどころか、バリアの壁が不透明なせいで外で何が起きているかさえ見えないのだ。
「パルテナ様、待って! まだ僕がバリアの中にいるよ! 僕も戦う、いったんバリアを解いて!」
「黙りなさい!」
 リュカがバリアの中から必死で訴えたが、パルテナはぴしゃりとリュカの申し出を断った。バリアの内側で驚くリュカに対し、パルテナはバリアの壁に振り返ってにこやかな表情を見せ
「いいですか、リュカさん。Wiifitトレーナーはダメージで身動きできません。そして彼女を守るあなたも、そこを離れてはいけないのです。だからあなたたち二人はそこにいて。……私は光の女神です。あなたたち二人を、あんな目に遭わせることはできない!」
 それからまた振り返り、四方八方から襲ってくるブチュルスに対して杖を振り上げ、高火力な魔法で応戦を始めた。


 爆炎の音や魔法が飛び交う音がバリア内にまで響いてくる。リュカは外でどんな戦いが起こっているのか分からず、ひたすらに気を揉むばかりだった。
「パ、パルテナ様……」
 リュカははじめ、このバリアの意味は、パルテナが自分の魔法を存分に発揮するために自分とトレーナーが邪魔になってしまうからだと思っていた。
 だが、そうではない。パルテナは以前このブチュルスたちに、許し難い陵辱を受けていたのだ。
 
続く

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